2階中央ホール――。
「ほんっとーに変わってないんだね、ちょこちゃん」
「……誰?」
昔馴染みとの再会を果たした物の、相方にはどうやら記憶がないようで。
マリンから事前に聞いていても、やはり心に来る物がある。
最後に出会ったのは何年前の事だろう。
確か……4、5年前、だったか。
嬉々としてスバルを紹介する姿は実に乙女チックで可愛らしく、今でもその光景を忘れる事は無い。
少しだけ妬いてしまった自分の嫉妬心さえも、当時のまま甦る。
「洗脳なんかにやられちゃうなんて……。心も身体くらいガチガチならいいのにね」
「……っ⁉︎」
その一言にちょこが頭を痛めた。
思い当たる節なんて何も無い筈なのに、何故だろう……こんなやり取りを覚えているような……。
「メルがいつもゆるゆるだから、ちょこちゃんは甘え癖が付いちゃったのかな〜」
「……――!」
ちょこと対面する者――それは夜空メル。
過去の出来事を思い返して、少し首の角度を上げた。
ちょこはやや錯乱気味だが、メルは構わない。
「偶にはメルがきちっとして、ちょこちゃんに喝を入れてあげないと、だね」
首の角度を直してちょこと向き合うと、メルは小さく笑って舌舐めずりをする。きらりと八重歯が白い光沢を放った。
どちらも近接を主流とした戦術である。
但しちょこの一撃は重いので、攻撃を何度も受ける事は不可能に近い。
「――――っ」
メルは一直線に距離を詰めた。
その行動を前にちょこは錯乱から何とか復帰し、全身を硬めて対応するのだが、メルは尚も距離を詰めて八重歯を尖らせる。
そしてかぷりと肩に噛み付く。
「――⁉︎」
メルの歯牙が鋭く食い込んだが、痛みは一切感じない。
硬質化の肌に容赦無く噛み付いた事、噛み付かれても痛みがない事。これら2つの謎がちょこの脳に押し寄せる。
ちゅー、ちゅー、ちゅー……。
小さく音を立ててちょこから何かを吸い取る。
本人はそれが血であると直ぐに理解した。
「ふんっ!」
メルの頰目掛けて鉄拳を振るったが、歯をするりと抜いて距離を取られた。
――――?
メルの口元はほんのり赤く湿っていた。
「……」
「うん、やっぱり血は美味しくない」
血なんて所詮鉄の味。
べたべたして血腥いだけの鉄だ。
こんな物、能力だろうと誰が好んで吸うもんか。
「ちょこちゃんだから特別な味がするけどね」
人の生き血など啜った事が無いので、これはメルだけが分かる違いだ。
だがきっと、気分的な話だと思う。
服の袖で口周りの血を拭うと、薄く血が広がった。
とても悪役に見える。
「あなた……」
ちょこが顔を顰めてメルを見た。
その瞳がとても儚く、脆い。
「なんで……」
「――ちょこちゃん?」
脆い瞳は刹那の間に崩れ、はらはらと何滴もの雫を零す。
正直メルは、面食らって感情と言葉が整理できなかった。
今目にしている光景も演技なのかもしれないと、戦場で敵が――涙を流すはずがないと自身に警鐘を鳴らすから。
あの涙が嘘か誠か、見破れない程にちょこに対する直感は死んでいた。
それがメルにとって、何よりも悲しい。
「なんで、かしら……敵なのに……あなたとは、戦いたくない気がするの……」
「――」
マリンには洗脳の解除法なんて聞いていない。
いや、一応聞いたが――マリンのみが可能だと聞いている。
しかしまさか……有り得るのか? そんな事が。
「メルの事……覚えてるの?」
「あなたなんて知らない……知らないのよ……」
知らないからこそ、今の蟠りが気持ち悪いのだ。
はらはらとながれていた涙が、滝のように溢れ始めて歯止めが効かなくなる。
メルは対応に困り果て、狼狽えていた。
何か、ちょこの記憶をこじ開ける鍵は無いだろうか?
彼女の心に強く刻まれた、メルとちょこの思い出などが。
「……」
メルは一歩距離を詰めた。
「……」
更に一歩、一歩と距離を縮めていく。
メルの攻撃を受け入れるように、ちょこは動じない。
残念ながらメルにちょこを直す手段は浮かばなかった。だがちょこがこのままメルに何もしないなら、一方的に血を吸って、一度貧血で倒れてもらう。
マリンが上手くやれば、洗脳については万事解決するのだから。
口付けするようにちょこの肩を食む。
「吸うひょ? ひーほ?」
黙って吸えばいい物を、メルは敢えて尋ねる。
ちょこは涙を抑えずに頷いた。
だからメルは――。
メルは――。
「…………」
そっと歯を抜き取り、じっと視線を合わせた。
「ほんとのほんとに、変わってない……」
「……?」
「諦め癖は、健在なんだね……」
「――⁉︎」
メルは酷く肩を落として嘆息した。
「騎士団の教官になったって聞いて、もしかしたら、って思った。スバルちゃんの事も聞いてたから、もしかしたら、って思ったんだけどなぁ……」
メルの発言の真意は汲み取れないのだが、酷く心に突き刺さる。
「メルの……せいだね、ごめんね」
ずっと昔から仲が良かった。
外出する時は大抵一緒。
メルもちょこもお互い思いやりに溢れた子だったから。
その優しさに当てられて、ちょこは諦め癖が付いてしまった。
出来ない事は仕方が無いと放棄して、思い付きの夢も叶わないと思った途端に諦めて。
「……聞こえて、ないんだよね」
「――――」
ぽろぽろと想いをこぼすメルの瞳がちょこと交差する。
こんな想いを吐露しながら、メル自身も今は諦めていた。
ちょこを救う事など不可能だと、思い込んでいた。
諦めた者の言葉が、どうして突き刺さるだろう?
「ちょこちゃん――」
「――!」
――――――――――
ここは何処かしら?
すっごく深くて、暗い……。
私は確か姫様たちと海へ出て、それからマリン様に出会って……。
あれ、その後からの記憶が出てこない。
あれから私、ずっとこんな暗闇にいたんだっけ?
そう、だったのかもしれないわね……。
暇ねぇ……何も出来ないなんて、退屈。
『ちょこちゃん』
誰?
『諦め癖は、健在なんだね』
ぇ……?
『――もしかしたら、って思ったんだけどなぁ』
何をいっているのか分からない……。
私はずっと暗闇の中で寝ているだけ。諦めるも何も無いのよ。
だってそうでしょう?
私には何も出来ない。ただ眠り続けて、それだけ。
『メルの……せいだね、ごめんね』
――――?
そんな事ないわよ、メル様は何も悪くない。
試験勉強を諦めて遊びこけていたのは私。
騎士団に向いてないから、って諦めたのも私。
スバルとかラプラスちゃんにはあるけれど、私には「諦めない心」が無いの。
国が乗っ取られた時も、自分の力ではどうしようも無いって言い聞かせた。
姫様が攫われた時も、スバル程危機感を得る事が出来なかった。
私はスバルのオマケで騎士団に入っただけ。
だから今だって……。
今だって……?
今……何してるんだっけ?
――突如、ちょこは鉄格子で周囲を覆われた――
ちょっと、何よこれ!
『……聞こえて、ないんだよね?』
聞こえてる!
ちゃんと私に届いてるの!
届いているのよ!
どうして、どうして分からないの⁉︎
私はこんなに必死なのに!
――鉄格子はびくともしない。力任せに押しても引いても、しなる音さえしない――
……。
――無理だ。ちょこの自力で壊せない鉄格子なんて、ただの鉄格子じゃ無い。永遠にこの闇に囚われるのだ、きっと。ああ、きっとそうだ――
メル様……。
『ちょこちゃん――』
――‼︎‼︎
――五感は全て隔絶されて、言葉は聞こえないし、姿は見えない筈なのに。それらは全てちょこの心に直接語り掛けてくるように。心に響き渡る五感からの情報がちょこの全身を震わせ、奮起させる――
諦めないでメル様!
あなたは私とは違うのよ! 声は私に届いてる!
――メルの言葉はいつも蕩けそうなほど甘かった。それに甘えてちょこはずっと、ずっと、ずっと! 逃げてばかり、諦めてばかりの人生だ。人生に一度くらい、死ぬ気で頑張れないのか!――
こんな檻なんて――!
こんな私なんて――!
邪魔だ――どけ――!
変われ、私!
もう溶けてドロドロになる程甘えるのはやめろ!
身も心も硬くなれ!
諦めるな――!
メル様がすぐそこに、いるのだから!
壊れろ、シガラミ――‼︎
待ってて、メル様――――――
――――――――――
目が醒めればそこは見知らぬ世界だった。
自分の身に何が起きたのか全く飲み込めなかったが、ただ一つだけ――視界の中心に立つメルの存在だけは事前に認識していた。
メルの顔は涙でドロドロだった。
溶けたチョコのようにドロドロだ。
まさか言葉が届いてちょこが生還するなどと、夢にも思わなかっただろう。
否――まだ思っていない。
この均衡を破るにはまず一言、ちょこが声を掛けなくては。
「メル……様」
「……へ」
不意に名前を呼ばれ、メルは嘗て無い程素っ頓狂な声を漏らした。
きっと涙で声が掠れた事も原因の一つだ。
「だめよ……諦めたら」
「ぇ……え、ちょこ……ちゃ」
言葉の飲み込みよりも状況の飲み込みを優先しており、メルに言葉は届いていない。
ちょこが一歩前へ進み出ると、メルも一歩歩み寄った。
ずるっ、と鼻水を啜ってちょこは自分が泣いていたことに気付いた。
頰に触れると乾いた涙の跡を感じた。どうやら暗闇の中にいる間も、自分は泣いていたらしい。
「ありがとう、戻って来てくれて」
「……ぇ、へへ……だって、約束したもん」
――――。
2階中央ホールの……戦い?
ちょこ――『解放』。
*****
これはある日のキャンディータウンの一幕――。
きゅっきゅっと砂を踏み鳴らして、遠ざかるメルの背中にちょこは声をかけた。
「メル様……」
「メルはメルの夢の為に、ちょこちゃんはちょこちゃんの夢の為に」
「私は……」
「騎士団。入りたかったんでしょ」
「そ、そうだけど、メル様も……」
「――――」
メルはゆっくりと首を横に振った。
メルは一度も騎士団に入りたいと思った事などない。ちょこに前を向かせる為に嘘をついていただけ。
2人一緒に同じ夢は目指せない。
メルが側に居ると、ちょこは夢を叶えられない。
「ちょこちゃん」
「――」
「手紙送るから、騎士団に入ったら教えてね」
「でも――」
「なれるよ、ちょこちゃんなら」
「……うん」
「ちょこちゃんが騎士団に入ったら、また会いに来るよ」
「……約束よ?」
「ん、約束」
右手の小指を絡めて2回だけ縦に振った。
きらきらと太陽の光を反射して、美しく水面が輝く。
その煌めきを背景にメルは何処かへと向かう船に乗り込んだ。
そして2人は姿が見えなくなるまで力一杯に手を振り続けていた。
皆様どうも、作者です。
最近投稿遅くて申し訳ない。
ここで言うのもアレですが、実は新作を出しまして、そちらにすこ〜しだけ感けてました。
気が向いたらそっちも読んでみてね。
さて、今回はメルキスでした。
ちょこ先のコンプレックス、実はちょくちょく出してましたが気付いた?
皆様からしたら、展開が唐突過ぎて「は???」ってなってるのかもと杞憂してる。
自己満足での執筆とは言え、人に見てもらう前提で投稿してるのでやはり、多少は気にしますよね。
――はい、本編の後にこんな話いらないですよね。
次回は〜、1階or4階or地下牢、のどこかです。
ではまた次回!