ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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91話 melting chocolate

 

 2階中央ホール――。

 

「ほんっとーに変わってないんだね、ちょこちゃん」

「……誰?」

 

 昔馴染みとの再会を果たした物の、相方にはどうやら記憶がないようで。

 マリンから事前に聞いていても、やはり心に来る物がある。

 

 最後に出会ったのは何年前の事だろう。

 確か……4、5年前、だったか。

 嬉々としてスバルを紹介する姿は実に乙女チックで可愛らしく、今でもその光景を忘れる事は無い。

 少しだけ妬いてしまった自分の嫉妬心さえも、当時のまま甦る。

 

「洗脳なんかにやられちゃうなんて……。心も身体くらいガチガチならいいのにね」

「……っ⁉︎」

 

 その一言にちょこが頭を痛めた。

 思い当たる節なんて何も無い筈なのに、何故だろう……こんなやり取りを覚えているような……。

 

「メルがいつもゆるゆるだから、ちょこちゃんは甘え癖が付いちゃったのかな〜」

「……――!」

 

 ちょこと対面する者――それは夜空メル。

 過去の出来事を思い返して、少し首の角度を上げた。

 

 ちょこはやや錯乱気味だが、メルは構わない。

 

「偶にはメルがきちっとして、ちょこちゃんに喝を入れてあげないと、だね」

 

 首の角度を直してちょこと向き合うと、メルは小さく笑って舌舐めずりをする。きらりと八重歯が白い光沢を放った。

 どちらも近接を主流とした戦術である。

 但しちょこの一撃は重いので、攻撃を何度も受ける事は不可能に近い。

 

 

「――――っ」

 

 メルは一直線に距離を詰めた。

 その行動を前にちょこは錯乱から何とか復帰し、全身を硬めて対応するのだが、メルは尚も距離を詰めて八重歯を尖らせる。

 そしてかぷりと肩に噛み付く。

 

「――⁉︎」

 

 メルの歯牙が鋭く食い込んだが、痛みは一切感じない。

 硬質化の肌に容赦無く噛み付いた事、噛み付かれても痛みがない事。これら2つの謎がちょこの脳に押し寄せる。

 

 ちゅー、ちゅー、ちゅー……。

 

 小さく音を立ててちょこから何かを吸い取る。

 本人はそれが血であると直ぐに理解した。

 

「ふんっ!」

 

 メルの頰目掛けて鉄拳を振るったが、歯をするりと抜いて距離を取られた。

 ――――?

 メルの口元はほんのり赤く湿っていた。

 

「……」

「うん、やっぱり血は美味しくない」

 

 血なんて所詮鉄の味。

 べたべたして血腥いだけの鉄だ。

 こんな物、能力だろうと誰が好んで吸うもんか。

 

「ちょこちゃんだから特別な味がするけどね」

 

 人の生き血など啜った事が無いので、これはメルだけが分かる違いだ。

 だがきっと、気分的な話だと思う。

 

 服の袖で口周りの血を拭うと、薄く血が広がった。

 とても悪役に見える。

 

「あなた……」

 

 ちょこが顔を顰めてメルを見た。

 その瞳がとても儚く、脆い。

 

「なんで……」

「――ちょこちゃん?」

 

 脆い瞳は刹那の間に崩れ、はらはらと何滴もの雫を零す。

 正直メルは、面食らって感情と言葉が整理できなかった。

 今目にしている光景も演技なのかもしれないと、戦場で敵が――涙を流すはずがないと自身に警鐘を鳴らすから。

 あの涙が嘘か誠か、見破れない程にちょこに対する直感は死んでいた。

 それがメルにとって、何よりも悲しい。

 

「なんで、かしら……敵なのに……あなたとは、戦いたくない気がするの……」

「――」

 

 マリンには洗脳の解除法なんて聞いていない。

 いや、一応聞いたが――マリンのみが可能だと聞いている。

 しかしまさか……有り得るのか? そんな事が。

 

「メルの事……覚えてるの?」

「あなたなんて知らない……知らないのよ……」

 

 知らないからこそ、今の蟠りが気持ち悪いのだ。

 はらはらとながれていた涙が、滝のように溢れ始めて歯止めが効かなくなる。

 メルは対応に困り果て、狼狽えていた。

 

 何か、ちょこの記憶をこじ開ける鍵は無いだろうか?

 彼女の心に強く刻まれた、メルとちょこの思い出などが。

 

「……」

 

 メルは一歩距離を詰めた。

 

「……」

 

 更に一歩、一歩と距離を縮めていく。

 メルの攻撃を受け入れるように、ちょこは動じない。

 

 残念ながらメルにちょこを直す手段は浮かばなかった。だがちょこがこのままメルに何もしないなら、一方的に血を吸って、一度貧血で倒れてもらう。

 マリンが上手くやれば、洗脳については万事解決するのだから。

 

 口付けするようにちょこの肩を食む。

 

「吸うひょ? ひーほ?」

 

 黙って吸えばいい物を、メルは敢えて尋ねる。

 ちょこは涙を抑えずに頷いた。

 

 だからメルは――。

 メルは――。

 

 

「…………」

 

 そっと歯を抜き取り、じっと視線を合わせた。

 

「ほんとのほんとに、変わってない……」

「……?」

「諦め癖は、健在なんだね……」

「――⁉︎」

 

 メルは酷く肩を落として嘆息した。

 

「騎士団の教官になったって聞いて、もしかしたら、って思った。スバルちゃんの事も聞いてたから、もしかしたら、って思ったんだけどなぁ……」

 

 メルの発言の真意は汲み取れないのだが、酷く心に突き刺さる。

 

「メルの……せいだね、ごめんね」

 

 ずっと昔から仲が良かった。

 外出する時は大抵一緒。

 メルもちょこもお互い思いやりに溢れた子だったから。

 

 その優しさに当てられて、ちょこは諦め癖が付いてしまった。

 出来ない事は仕方が無いと放棄して、思い付きの夢も叶わないと思った途端に諦めて。

 

「……聞こえて、ないんだよね」

「――――」

 

 

 ぽろぽろと想いをこぼすメルの瞳がちょこと交差する。

 こんな想いを吐露しながら、メル自身も今は諦めていた。

 ちょこを救う事など不可能だと、思い込んでいた。

 諦めた者の言葉が、どうして突き刺さるだろう?

 

「ちょこちゃん――」

「――!」

 

 

 

  ――――――――――

 

 

 ここは何処かしら?

 

 すっごく深くて、暗い……。

 私は確か姫様たちと海へ出て、それからマリン様に出会って……。

 あれ、その後からの記憶が出てこない。

 あれから私、ずっとこんな暗闇にいたんだっけ?

 

 そう、だったのかもしれないわね……。

 

 暇ねぇ……何も出来ないなんて、退屈。

 

『ちょこちゃん』

 

 誰?

 

『諦め癖は、健在なんだね』

 

 ぇ……?

 

『――もしかしたら、って思ったんだけどなぁ』

 

 何をいっているのか分からない……。

 私はずっと暗闇の中で寝ているだけ。諦めるも何も無いのよ。

 だってそうでしょう?

 私には何も出来ない。ただ眠り続けて、それだけ。

 

『メルの……せいだね、ごめんね』

 

 ――――?

 

 そんな事ないわよ、メル様は何も悪くない。

 試験勉強を諦めて遊びこけていたのは私。

 騎士団に向いてないから、って諦めたのも私。

 スバルとかラプラスちゃんにはあるけれど、私には「諦めない心」が無いの。

 

 国が乗っ取られた時も、自分の力ではどうしようも無いって言い聞かせた。

 姫様が攫われた時も、スバル程危機感を得る事が出来なかった。

 私はスバルのオマケで騎士団に入っただけ。

 だから今だって……。

 今だって……?

 

 今……何してるんだっけ?

 

 

 ――突如、ちょこは鉄格子で周囲を覆われた――

 

 

 ちょっと、何よこれ!

 

『……聞こえて、ないんだよね?』

 

 聞こえてる!

 ちゃんと私に届いてるの!

 届いているのよ!

 どうして、どうして分からないの⁉︎

 私はこんなに必死なのに!

 

 

 ――鉄格子はびくともしない。力任せに押しても引いても、しなる音さえしない――

 

 

 ……。

 

 

 ――無理だ。ちょこの自力で壊せない鉄格子なんて、ただの鉄格子じゃ無い。永遠にこの闇に囚われるのだ、きっと。ああ、きっとそうだ――

 

 

 メル様……。

 

 

『ちょこちゃん――』

 

 

 ――‼︎‼︎

 

 

 ――五感は全て隔絶されて、言葉は聞こえないし、姿は見えない筈なのに。それらは全てちょこの心に直接語り掛けてくるように。心に響き渡る五感からの情報がちょこの全身を震わせ、奮起させる――

 

 

 諦めないでメル様!

 あなたは私とは違うのよ! 声は私に届いてる!

 

 

 ――メルの言葉はいつも蕩けそうなほど甘かった。それに甘えてちょこはずっと、ずっと、ずっと! 逃げてばかり、諦めてばかりの人生だ。人生に一度くらい、死ぬ気で頑張れないのか!――

 

 

 こんな檻なんて――!

 こんな私なんて――!

 邪魔だ――どけ――!

 

 変われ、私!

 もう溶けてドロドロになる程甘えるのはやめろ!

 身も心も硬くなれ!

 諦めるな――!

 メル様がすぐそこに、いるのだから!

 

 壊れろ、シガラミ――‼︎

 

 待ってて、メル様――――――

 

 

 

  ――――――――――

 

 

 

 目が醒めればそこは見知らぬ世界だった。

 自分の身に何が起きたのか全く飲み込めなかったが、ただ一つだけ――視界の中心に立つメルの存在だけは事前に認識していた。

 メルの顔は涙でドロドロだった。

 溶けたチョコのようにドロドロだ。

 まさか言葉が届いてちょこが生還するなどと、夢にも思わなかっただろう。

 否――まだ思っていない。

 この均衡を破るにはまず一言、ちょこが声を掛けなくては。

 

「メル……様」

「……へ」

 

 不意に名前を呼ばれ、メルは嘗て無い程素っ頓狂な声を漏らした。

 きっと涙で声が掠れた事も原因の一つだ。

 

「だめよ……諦めたら」

「ぇ……え、ちょこ……ちゃ」

 

 言葉の飲み込みよりも状況の飲み込みを優先しており、メルに言葉は届いていない。

 ちょこが一歩前へ進み出ると、メルも一歩歩み寄った。

 

 ずるっ、と鼻水を啜ってちょこは自分が泣いていたことに気付いた。

 頰に触れると乾いた涙の跡を感じた。どうやら暗闇の中にいる間も、自分は泣いていたらしい。

 

「ありがとう、戻って来てくれて」

「……ぇ、へへ……だって、約束したもん」

 

 ――――。

 

 2階中央ホールの……戦い?

 ちょこ――『解放』。

 

 

 

         *****

 

 

 

 これはある日のキャンディータウンの一幕――。

 

 きゅっきゅっと砂を踏み鳴らして、遠ざかるメルの背中にちょこは声をかけた。

 

「メル様……」

「メルはメルの夢の為に、ちょこちゃんはちょこちゃんの夢の為に」

「私は……」

「騎士団。入りたかったんでしょ」

「そ、そうだけど、メル様も……」

「――――」

 

 メルはゆっくりと首を横に振った。

 メルは一度も騎士団に入りたいと思った事などない。ちょこに前を向かせる為に嘘をついていただけ。

 2人一緒に同じ夢は目指せない。

 メルが側に居ると、ちょこは夢を叶えられない。

 

「ちょこちゃん」

「――」

「手紙送るから、騎士団に入ったら教えてね」

「でも――」

「なれるよ、ちょこちゃんなら」

「……うん」

「ちょこちゃんが騎士団に入ったら、また会いに来るよ」

「……約束よ?」

「ん、約束」

 

 右手の小指を絡めて2回だけ縦に振った。

 きらきらと太陽の光を反射して、美しく水面が輝く。

 その煌めきを背景にメルは何処かへと向かう船に乗り込んだ。

 

 そして2人は姿が見えなくなるまで力一杯に手を振り続けていた。

 

 





 皆様どうも、作者です。
 最近投稿遅くて申し訳ない。

 ここで言うのもアレですが、実は新作を出しまして、そちらにすこ〜しだけ感けてました。
 気が向いたらそっちも読んでみてね。

 さて、今回はメルキスでした。
 ちょこ先のコンプレックス、実はちょくちょく出してましたが気付いた?
 皆様からしたら、展開が唐突過ぎて「は???」ってなってるのかもと杞憂してる。
 自己満足での執筆とは言え、人に見てもらう前提で投稿してるのでやはり、多少は気にしますよね。

 ――はい、本編の後にこんな話いらないですよね。
 次回は〜、1階or4階or地下牢、のどこかです。
 ではまた次回!
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