ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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93話 天上天下

 

「よっ――」

 

 入り口を盛大に切り開き侵入する者が1人。

 目を疑うほど美しい切筋を境に崩れる西口の扉。

 当然金属製である。

 

「んー……ここは北口でござるかぁ?」

 

 高く聳える施設を見上げ、周囲も見回すが、それで方向感覚が取り戻せるなら今頃AZKiの下へ到達している。

 

「あの2人もどこか行っちゃったし……」

 

 ルイとクロヱの事だ。

 共に北口からの侵入を試みていた筈だが、気が付けばいろは1人。

 しかしそれは、いろはが森を抜ける際に迷ったせいである。

 仕方無しに彷徨った結果、どう間違えたのか西口へ辿り着いた。

 

「ま、入れたからいっか」

 

 能天気に西口から侵入。

 いろはは呑気に心の内で歌を歌って薄暗い通路を進む。

 足音や気配を殺す事もせず、公道を歩く様に。

 

 しかし静かな通路を歩いていると次第に想い出が溢れてきた。

 

 そら、ロボ子、AZKi、すいせい……。

 ラプラスから洗脳事件の詳細を知り、いろはは何度も考えた。

 こうなってしまったのは自分のせいだと。

 

 そらを護ると誓っておきながら、護れなかった。

 2人の大喧嘩も止められなかった。

 ロボ子を苦しい立場に置いてしまった。

 

 そして全てを元に戻す為だ、と言い訳の様に自身を説得し、そらの下を一時的に離れている。

 

「……」

 

 人を纏める才がそらにはあって、いろはには無かった。

 だからこうなった。

 

 海賊なんて、始めるべきでは無かったのだ、きっと。

 

「……お?」

 

 物思いに耽っていると、正面から一つの足音が聞こえた。

 姿は見えないが、1人だけだと分かる。

 

 いろはは意識を切り替えて、闇の中の者の登場を待った。

 

「……どうも、こんにちは」

 

 正面に現れた者の顔を、いろはは知らない。

 そして相手方もいろはを知らない。

 故にお互い、軽い挨拶から入る――のが無難。

 

「……あのー、マリンさんの味方ですか? 風真は一応マリンさんの仲間でござるよ」

 

 その申告が火切となった。

 対面する女性が懐から小さな透明の球を取り出していろはに全力投球した。

 

 その時点で敵と確定しいろははすかさず回避したのだが、女性が指を鳴らすと小さな球は弾けて爆発した。

 

「っ――!」

 

 不意打ちに顔を顰めるも、何とか負傷をゼロに抑えた。

 

「道聞きたいだけなのに……」

 

 いろはの意思など尊重されず、女性――大空スバルは迫り来る。

 

 身を低くして距離を詰め始めるので、いろはは致し方無く刀に手を掛けてスバルの到来を待機。

 スバルが拳を握ると拳の周囲に半透明の球体が生まれた。

 簡易的な装甲だろうか。それなりの硬度はありそうだ。

 

「――」

 

 いろはは微動だにしない。

 スバルからの攻撃を待つ。

 

「――!」

 

 突然、スバルが右手を振るった。

 空を殴り飛ばすと、右手に纏った半透明の球がいろはに爆進。顔面に直撃しそうなので流石に対処する。

 とは言っても躱すだけ。

 さっと身軽に左へズレて一歩大きく踏み込んだ。

 

「ふっ!」

 

 スバルが両手を筒状にし、そこを通じて息を吐く。

 ごちん。

 

「いだ! いてて……」

 

 距離を詰め始めたいろはが見えない壁に衝突し、額を押さえた。

 見えない壁をこんこんと叩き硬度を確認。そこそこだ。

 

「面白いでござるな〜」

 

 にっこり笑って刀を一振りすれば、不可視の壁が破裂する。

 

「っ!」

 

 動きを封じれないと知るや否やスバルは懐から幾つもの小さな球を握り締める。

 それを全力投球。

 先程の爆弾かと思ったが、それらは全て手裏剣へと変化した。

 

 見事な縦回転と横回転で数多の手裏剣がいろはへ迫る。

 きききっ、と回避できない3つのみを刀で弾きスバルへの距離を詰めた。

 たたたたたっ、と忍の様に駆けて。

 

 スバルは拳を握った。

 拳を包む球体をいろはの振るった刀に向けて放つ。

 

 カンッ、と甲高い衝突音――そして、

 パキンとスバルの装甲が割れた。僅か0.5秒。

 無防備な腕を斬り落とさぬ様、太刀筋を変更して、

 

 ――――――!

 

 ピシッ……。

 

「ァッ……」

 

 どさっ……と、スバルの全身が力無く床に倒れた。

 腹からじわじわと血を床に浸透させている。

 

 かちゃっと納刀完了し、いろはは振り返ることもせず通路を進んだ。

 

 

 結局その後しばらく、スバルが立ち上がる事はなかった――――。

 

 

「んー……今の戦況はどうなってんだ〜?」

 

 通路を更に進み、中央ホールへと近づくいろは。

 何となく西側の階段をスルーして奥へ進んでみたが、天辺まで登るべきだったのだろうか。

 いろははただ、AZKiとすいせいに会ってお話ししたいだけなのに、その2人の居場所が分からない。

 

「カレー作ったら飛び出てこないかな〜」

 

 そらやロボ子を含めて「ゼロ海賊団」全員の好物であるいろはの手作りカレー。

 この場に調理器具も素材も無いので作れはしないが……何気なく言ってみた。

 2人と離別して3年ほど経つが、その間でいろはのカレーもパワーアップしている。是非とも食べてほしい。

 

「はぁ……」

 

 重たいため息を吐いた。

 足取りは変わらないが、心無しか足音が大きく聞こえた。

 

 コツコツコツコツ……。

 

「――――」

 

 気持ちの優れないいろはの下へ新たなる足音が迫る。

 等間隔でなる靴音。

 音だけで感じる歩き方の姿勢の美しさ。

 運動慣れしている者の足音だ。

 

 薄暗い通路の奥から現れた者の姿は、またしても知らなかった。

 お互いに見知らぬ相手に内心戸惑うが、姿勢は崩さない。

 

 どちらもまだ刀を抜かない――。

 

「えっと……敵? 仲間? どっち……でござる?」

「……さあね。余が聞きたい所よ」

 

 それはそうだ。

 自身の加勢する陣営がどちらかを明言しない限り、答えられない。

 だがいろはは、それで先程失敗した。

 だから今度は要件だけを端的に述べよう。

 

「風真はあずきちに用があるので、もし仲間なら案内してもらえませんか?」

 

 偽りのない事実。

 AZKiやすいせいと対峙しても戦闘には発展しないはず。

 なので大きな害はないのだが……。

 

「それはできんよ、流石に。誰であれ、AZKiちゃんとぺこらちゃんには近付けるなって指示だから」

「え〜……そこをなんとか、お願いします!でござる!」

 

 両手をパチンと合わせて頼み込んでみるが、あやめは首を縦に振ろうとしない。それどころか両手を腰の刀に掛けて引き抜いた。

 

 今回も対話失敗。

 もっと巧みに情報だけを引き出す技能が欲しいものだ。

 

「あの、風真は何も懲らしめようって訳じゃなくて……」

「放っといたらAZKiちゃんのとこへ行くでしょ。だから斬る」

「……えぇ〜」

 

 斬られる気は毛頭ないが……と言うかまあ、斬られる様なヘマは――

 

「っぇ――⁉︎」

 

 キッっ――と瞬きの間に2本の刀が奇襲を仕掛けてきたので、咄嗟に抜いたチャキ丸で受け止める。

 想像以上に重い一撃。

 一度は勢いを殺したが刀2本の圧力にジリジリと刀が押され始めたのでタイミングを見て刀を流し、一度後方へ跳躍した。

 その着地を狙うようにあやめは更に距離を詰め、右手に握る刀を力半分に振るう。

 刀の軌道から後方への回避か受けの2択。連続して後方へ退避するといろはと言えど体勢を崩しやすい。

 刀2本のアドバンテージを上手く使っている。

 

 正直驚いている。

 油断と奇襲が重なったとは言え、まさかこんな事になるとは。

 

 あやめの迫撃を回避不能と判断したいろはは一瞬受けの姿勢に出かけるが、思考を瞬速で改める。

 チャキ丸を縦に一振り、あやめの刀がいろはに迫るよりもずっと素早くだ。

 まだ刀のリーチ内にあやめは届いていない、が――いろはの斬撃は刀から飛び出して、鋭い風の刃としてあやめを襲った。

 

 

 ――斬撃が、飛んだ。

 

 

 人間離れした業に瞠目したが、焦燥は見せず素早い対処。

 追撃用に溜めていた左の刀で勢いを殺すように一度受け、右手を防御に間に合わせる。

 2本の刀が揃うと力が纏まり、いろはの斬撃を打ち消した。

 

 どちらも一瞬ながら肝を冷やした。

 侮れないと判断するなり2人は後方へ軽く跳躍して距離を取る。

 

 いろはもあやめも、こう思っていた。

 自分が負けるはずなど無い、と。

 いや、強敵を前にした今でも尚、お互いにその思考は変わらない。

 

「びっくりした〜」

 

 いろはの口からは緊張感の無い声が溢れる。

 一旦刀を鞘に納めて様子を伺いつつ、戦意の低さをアピールするがあやめの瞳は和らがない。

 何時迄も、彼女が持つ刃物のようにギラギラと。

 

「いや〜、ごめんごめん。また弱い人かと」

「余も見縊ってたよ」

 

 あははと乾き切っていない笑いを飛ばすいろはに、あやめも同調して小さく答えた。

 お互い知らぬ事だが、それぞれ既に1人ずつを斬っている。

 あやめはわためを、いろははスバルを。

 

 互いに敵の実力を認め合った。

 

「本気で行くよ、悪く思わんでね」

「お気になさらず」

 

 気魄を増して刀を構えるあやめの前で、いろはは未だに刀を納めたまま。

 いろはの舐めプと思われる言動に眉をピクリと動かす。

 あやめは決して気の短い人間では無いが、目に余る扱いを受けて少々頭に来た。

 あやめの怒りを誘う事が目的なら大成功だが、そんな気は微塵もない。

 

 あやめの姿勢が低くなるといろはも身を小さくし、左腰に携えた刀の柄に手を掛けた。

 その構えは居合。

 いろはの思惑を察したあやめは驕ることなく飛び出し、環境に能力を発動した。

 ぐわん、といろはの体勢が揺らいだかと思えば床がスライムの様に柔軟に伸張し、四肢を拘束しようと迫ってきた。

 当初の思惑は早速没、いろはは冷静に抜刀して四肢を狙う4の突出部分を斬り捨てた。

 ぽよよん、と崩れた床の塊が床で小さく何度も跳ねている。

 鬱陶しさMAX!

 

「――」

 

 そちらへ対処している間にいろはの両脚がくるぶしまで床に呑まれていた。

 既にあやめの刀が間近に迫っており数瞬の内には斬り裂かれる。

 足が埋まって回避はうまく取れないだろう。2本の刀が重なる瞬間を狙っていろはは刀を衝突させた。

 

 キッ、キン!

 

 攻撃の重みで足が更に床に呑まれ、膝まで到達した。

 あやめは能力を解いた。

 

「――」

 

 床は元通りに――いろはの足の自由が効かなくなる。

 あやめは神速で背後へと回り全力で刀を――

 

 バゴっ!

 

 いろはの足を閉じ込める床が粉砕する様に切り裂かれ、桎梏が剥がれる。

 神速に対応する神速の剣術――。

 ここまで肉薄されて、何と迎撃に出る。

 大きく脚を広げて敵のスライムの様に柔軟に身を低くし、横一閃を軽々と頭上に流した。

 そこから刀を横一文字に振るったが、左手の刀で威力を半減された上に軌道を逸らされ、刀は床を切り裂く。

 即行で危機感を持ちあやめの右手を注視すれば、手がスライム状に変化して伸びていた。

 いろはの左隣を通過して伸びたあやめの腕。

 

 次の瞬間、背中から殺意を感じた。

 

 目にも止まらぬ速さで床に刺さる刀を左手に振い斬撃を飛ばす。

 スライム化したあやめの右腕がぽよんと地に転がり、背後でからん、と細い金属が落下する音も届く。

 

 一度いろはは距離を置いた。

 あやめはその間で切断された右腕をスライムで繋ぎ合わせて再生させる。

 

「あんた、何モン?」

 

 尋常ではないいろはの強さにあやめはそんな質問を繰り出した。

 いろはは一度納刀する。

 

「……一般人」

「それはない。余が梃子摺るのに一般人はあり得ん」

「梃子摺る、ね」

 

 いろはが小さく溢した。

 未だにお互い、勝ちを確信している。

 

「ジャキンジャキン!」

 

 神速抜刀術で刀を2振り。

 音速とも錯覚する速度で迫る風の刃がふたつ、あやめへと。

 ザシュザシュ、と相殺して微風の様に扱った。

 

「ふっ――!」

 

 鬼気迫る表情で飛び出したあやめ。

 一度力強く踏み込むと――バネの様な跳躍力で天井まで到達、そこに脚をつけて更に反発力で跳躍――跳躍――跳躍――と四方八方を軟体化させて縦横無尽に駆け巡る。

 目で追える速度域ではないので、いろはは目で追う事を諦める。

 

 神経を研ぎ澄まし風と空気の巡りを一身に。

 あやめはいつ斬りかかるのか、そんな事は考えるな。

 ただ感じるだけでいい。

 これは第六感でも予測でもなく、「反射神経」で対応しろ。

 風と空気の切断の歩調が乱れた時、その方角から攻撃は飛んでくる。

 

 いろはお得意の居合もこの場では流石に不利と見て、既に抜刀している。

 受けを前提として、右手に刀を掴み、刀身に左手を添えて待つ。

 

 ビュン――、と来てここ!

 

 カァァッ――ン。

 

 甲高い鋼鉄の衝突音と共に火花が散った。

 左斜め後ろと最も防ぎ難い方向からの攻撃を見事に防ぎ小さく微笑んでみたが、交わる刀を見てハッとする。

 あやめが刀を1本しか握っていない。

 もう一方は何処へ――。

 

 背後で風の乱れを感じた。

 あやめの刀を地に叩き落とし振り返ると一直線に飛んでくる刀を弾いた。

 

(天井に刀を――)

 

 まさに神業。

 あの速度で飛び回る隙にできる仕込みではない。

 

(ぃやっび――)

 

 見事な対応を見せたいろはだが、直後――カンッとあやめの追撃で刀を弾かれた。

 反応が間に合わず手から弾け飛んだ愛刀がくるくると回転して天井に突き刺さる。

 

 丸腰同然。

 

(えぇ〜うそぉ〜……この人強すぎる……)

 

 いろはの諦めた顔を前にも一切気を抜かずあやめが切り掛かった。

 1本の刀がキラリと刃を剥いていろはの腹を斬り裂く。

 

 キィン!

 

「――⁉︎⁉︎」

 

 はずだった――。

 あやめの数多を切り裂く斬撃が、果たしてどの様にして防がれたのか。

 

(手刀――⁉︎)

 

 両手で握り込んだ刀から放たれる斬撃は最大火力である。

 それをいろはは右手の手刀で受け止めている。

 あやめの表情に初めて焦燥が現れ余裕が無くなった。

 

「ぃょっ!」

「――!」

 

 右手で刀を押さえながら左脚を蹴り上げた。

 ビュンと巻き起こる風、そして発生する斬撃。

 回避は間に合わないと目測で判断し、あやめは自身を軟体化する事で斬撃を受け流す。

 切断された腹部が見る見る修復された。

 

「それが厄介でござる」

 

 スライム化して攻撃を受ければ大抵の攻撃を無効化できる。

 まさにあやめは柔と剛の使い手。

 

「――――」

 

 あやめはまた距離を置く。

 床をスライム化させていろはの背後に転がる自身の刀を床内に埋める。

 そのまま床の中を通して手元へ戻した。

 

「うわっ、ずるい!」

 

 その感情は先刻、手刀で刀を受け止めた際にあやめも感じた事である。

 卑怯とも言える戦術はお互い様だ。

 

「じゃあ風真も――っと」

 

 右手を天井に振るうと斬撃が天井に亀裂を生み、刺さっていたチャキ丸が降って来た。

 ぱしりと掴んでいろはも武装完了。

 環境の惨状を除けば、戦場は振り出しへと戻った。

 

「本気じゃなかったんよね」

「んー……いや〜、まあ。刀使わないの疲れるから」

 

 基本的に本気を出さずして戦い抜いてしまう。

 いろはの本気は刀と格闘の両立だが、格闘は慣れない上に能力を使用しまくる為疲労が溜まりやすい。

 だから大抵は刀1本。

 

「うん、でも流石にキツそう」

 

 これもブランク故か。

 3年間筋トレは欠かさず行っていたが、対人する機会など一度もなかった。

 3年のブランクは大きい。

 

 いろはは考えを改める。

 あやめは間違い無く強敵。

 手数を考慮するに刀1本では勝ち目がない。

 

「じゃ、参る、でござる」

 

 かちゃんと納刀すると初めていろはから仕掛けた。

 やはり身を低くして、忍者の様な構えで駆ける。

 それでもノットニンニン。

 

 ゴォぉぉ――といろはの右手側の壁が勢いよく突出して迫り来る。

 右手をシュッと縦に振り上げて切断。

 真っ二つに割れた壁が軌道を逸れ――たかと思えばそのまま軌道修正していろはを追尾する。

 どれだけ斬ろうと一度管理下に置いた環境は基本能力を切るまで支配できる。

 

 好機と捉えてあやめが動き始めた事を視界の端で確認したので左脚を振り回して斬撃を送る。

 刹那だがあやめを足止めし、押し寄せる壁の対処へ。

 素早く揺らぐ壁際へと接近して蠢く壁の根元を大切断――壁と切り離すと材質が元に戻り床に倒れた。

 

「なるほど」

 

 床に転がった巨大な瓦礫は再び蠢いて床と同化――いろはの足元へ押し寄せる。

 加えてあやめも妨害など無かったように距離を詰めるので対処を迫られる。

 次から次へと、止まぬ猛攻。並の体力では付いていけない。

 

「神速抜刀――風月斬り」

 

 目にも止まらぬ抜刀速度。

 刀を天井に向けて振るう。巨大な円を描くように。

 

 天井の一部が崩壊してあやめといろはの間に割って落下した。

 崩落と土煙の発生であやめを数秒間足止めする。

 丁度天井を切り崩した所で両脚が床に拘束されるが足から斬撃の波動を放って周辺を破壊し、脱却。

 

 崩落した天井を切り裂き土煙も突破して、あやめがいろはの目前に飛び出た。

 迫る剣技。

 脚からの斬撃で勢いを殺そうとしたが、鬱陶しくも床が纏わりついて上手く動かせない。何度払っても、しつこくて。

 だから足での迎撃は断念。

 

 あやめは右から左に身体を流すようなモーションで斬りかかる。

 そこへ刀からの飛ぶ斬撃を1発重ね、遅れて刀を直接ぶつける事で威力差を広げた。

 華麗な刀捌きと神の如き速度。

 ピキッ、と鈍い音が鳴ったかと思えば、刹那後にはパキンとあやめの刀が弾けた。

 2本とも同時に、その先端を欠損する。

 

 からから、と床を跳ねて滑る刀の先が一瞬だけ薄い照明を反射した。

 

「――きっ!」

 

 武器が破壊されようと、あやめは戦意を喪失しない。

 多少の怒りに歯を噛み合わせながら猛進。

 残り僅かだった距離を強引に詰めるといろはの手刀を受け流しながら右手を伸ばした。

 

「夢魘ッ!」

 

 あやめの右腕がスライムとなり、いろはの口と鼻に侵入し始めた。

 

「ッッー‼︎」

 

 呼吸を封じられた。

 苦しさに呻吟することもできず、両目から涙が滲み出る。

 スライムが口内で唾液と、鼻の奥で鼻水と絡んで吐き気が増してきた。

 衝撃やら酸欠やらで判断が遅れつつも、いろははあやめの右腕を切断する事に成功。

 顔面にへばりついたあやめの右腕を振り払って距離を置く。

 

「げぇっほ! ぅぇっ――ごほっ、ごほっ!」

 

 ぼたぼたといろはの口と鼻から粘性の高い軟体物が溢れた。

 

「うぇ……ぎもぢわるい……」

 

 鼻の右側を押さえて「ふっ」と息を吐けば何かが飛び出る。

 それが何かは形容したくない。

 左側を押さえて同様に吐き出す。

 

 内部の異物はまだ少々残っているが、今はここで我慢。

 チャキ丸を納刀してあやめと向き合った。

 

「あの〜、刀も割れましたし、この辺にしませんか?」

 

 望み薄と分かっていながらも提案する。

 当然あやめは頷かない。

 

「確かに刀は失くした。でもそっちは余を斬れん。それが変わらない以上、余から退くことはない。アプローチの方法はまだ幾らでもある」

 

 たった今その手段を見せたと言わんばかりに宣言した。

 いろはは口元を小さく曲げて「困ったな〜」と呟いた。

 

「え〜っとですね〜……まあ、斬れるんですよ、一応」

「へえ」

「風真が能力に頼りたくないってだけで……あと疲れるし」

 

 能力の使用は当然、使用者本人にも多少の負荷がかかる。

 長時間の使用、無理矢理な使用、多数の使用など物によっては相応の反動が来るものもある。

 反動が無いにしても、体力はその分だけ奪われる。

 能力者が常に力をセーブして戦うのは、主にこれが理由だ。

 

 本気を出す時は決まって、緊急事態、若しくは確実に勝利を奪える時。

 

 あやめの武器を破壊した今、その条件はほぼ満たされた。

 このまま立会稽古を続けるのであれば、その手段に出る。

 

「なら斬ればいい。余はこれでも剣士。安い同情はいらんよ」

 

 いろはの言葉も半信半疑に受け止めている。

 

「分かったでござる」

 

 互いに覚悟を決め睨み合う。

 納刀したまま身を跼めるいろは。

 下手に動かず、やはり得意の居合で。

 

 決していろはから動く事はなく、まるで石像のようにどっしりと構える。

 

「――‼︎」

 

 あやめ、最後の駆け出し。

 ぐわんぐわんといろはの足元が蠢いて、自立もままならない。

 周囲のスライムが再三拘束を、と迫る。

 

「はぅー……」

 

 いろはの口先から吐息が溢れる。

 凄まじい集中力だ。

 

「色は匂えど散りぬるを」

 

 バゴッ――ガジャァッ――――‼︎

 

「――⁉︎」

 

 環境が途方もない斬撃の嵐を浴びて爆ぜるように粉砕された。

 宙に舞う塵どもはあやめの支配下を離れる。

 塵旋風で視界が曇るもあやめは直進、最早手段は窒息一つと見て無謀と知りつつ距離を詰める。

 

 いろははまだ動かない。

 

 がらがら……がら……ぱらぱら……。

 

 天井と壁が悲鳴を上げて粉を散らしている。

 あやめの地形変更に加えていろはの斬撃と、建造物の耐久を削るには十分過ぎた。

 天井が崩落を始める。

 

 瓦礫がいろはの頭上に落下――。

 直撃とも言えないほんの刹那の接触の後、瓦礫は斬撃で粉砕される。

 

 あやめの頭上にも落下――。

 軟体化して受け流し、まだまだ距離を縮める。

 

 いろははまだ動かず。

 

「夢魘ッ!」

 

 あやめが一足早く左腕を伸ばした。

 スライムの伸縮性を利用して、刀の届かぬ位置から早めに仕掛けた。

 今度は鼻と口以外にも、目や耳といろはの顔面全てをスライムで覆い尽くす。

 

 五感のうち4つを閉ざされた。

 

 あやめは開いた右腕に渾身の力を溜め込んで、一歩距離を詰めた。

 狙うは鳩尾。

 あやめのパワーなら、いろはの耐久でも上手く入れば一撃だ。

 

「――はァッ!」

(神速抜刀――)

 

 

 ――――――――――

 

 

(――疾風(はやて)斬り)

 

 

 ――――――――――

 

 

「んぶッ……」

 

 軟体化したあやめの腹から血が溢れ出る。

 溢れる血の広がりに合わせて、あやめの軟体化が解けていく。

 いろはの顔に纏わり付いたあやめの左腕も元に戻った。

 

 あやめの腹から血が、いろはの顔から余ったスライムが地に垂れるが、天井の崩落でそれどころではない。

 

 剣士と侍の戦いの結末として背中で語り合って終わりたいが、意識を手放すあやめを置き去りにすれば、瓦礫に埋もれて死ぬ。

 

「よっ――」

 

 いろははまだ気絶していないあやめを右肩に抱えた。

 左手にはチャキ丸を掴んで。

 

 崩れ落ちる残骸を悉く粉砕しながら安全な場所まで歩いた。

 

 

 数秒歩くと崩落は止み、あやめは気絶していた。

 いろはの服にもあやめの鮮血が生々しく染み込んでいた。

 

 

「不運でござるな。風真と鉢合わせた事だけは、同情するでござる」

 

 

 抱えたあやめに独り言を呟いた。

 そしてあやめを抱えたまま、中央ホールへ進み、上階へと進んだ。

 

 

 1階西通路の戦い、いろはvsあやめ。

 勝者――いろは。

 

 

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