迷宮都市にて咲く菖蒲   作:にがりって…美味しいよね。

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正義失墜
登らぬ陽(パラダイスロスト)


 

 

 

暗澹たる、灰色の空。

天からの雫は途絶えた。

 

 

砕かれ、抉られ、ひび割れた街並みは、昨日までの仮初の平穏が既に崩れた事を如実に表していた。

 

 

『死の七日間』。その二日目。

冒険者はその多くが眠ること無く走り続けた。

長い長い夜が過ぎ、朝。

 

 

破壊され大きな爪痕を残した街。

そんなオラリオは、恐怖に支配されていた。

 

 

 

「静か…ですね。『象神の杖(アンクーシャ)』。」

 

 

 

都市を見て回る女性は同行者に向けて、ポツリと声を漏らした。

 

 

 

「あぁ…その通りだな。『万能者(ペルセウス)』。」

 

 

 

迷宮都市オラリオ。世界の中心とまで言われた場所は暗澹とした空気が立ち込めていた。声も、中央広場(セントラルパーク)の方向から僅かに聞こえる程度だ。

 

 

“大抗争”の被害は甚大で、闇派閥(イヴィルス)の破壊活動は、多くの死者を出した。

 

 

だが、今も中央広場(セントラルパーク)で指揮を執る【ロキ・ファミリア】の団長。『勇者(ブレイバー)』は、「犠牲者の数は減っている。他ならぬ“彼女”によって。まだ、最悪ではない。」

 

 

と言っていた。

“彼女”…アストレア・ファミリアの新人冒険者。フルルドリス。

彼女の齎した“護り”が、今も闇派閥の接近を防ぎ…民衆を過剰に萎縮させている。

 

 

 

「女神アストレアによれば、あの“泥”は彼女のスキルが暴走した結果だと。」

 

 

思い出されるのは、燃え盛る街を、瓦礫を、自分を、黒泥が飲み込む恐怖。

闇派閥がオラリオから姿を消すと同時に街を黒泥の高波が覆った。

その黒泥は火炎石の爆炎を喰らい、瓦礫を喰らった。

結果として、救出、治療、避難の“救出”が完全に省略される事になり、多くの人々が助かった。

 

 

さらに、都市の何処かに残留した黒泥は“悪意ある行動”を感知して、即座に喰らう。都市内に潜伏していた闇派閥は、民衆を襲った瞬間、石畳の隙間から現れた黒泥に骨すら残さず喰らい尽くされた。

 

故に、闇派閥との戦闘が殆ど起こらず、陣地の構築、避難所の敷設、被害の全容把握…それらに冒険者が奔走できた。

 

 

 

だが、泥に内包された悪感情に充てられた民衆は、不可視の脅威に思考を止めてしまった。

タイミングのこともあり、黒泥も闇派閥の攻撃と考える民衆は多い。

 

 

そして、今も、意思疎通が取れない程重症の者も一割に満たないが、いると聞いている。

無気力な者、狂乱する者、目を覚まさない者…

 

 

 

「闇派閥は必ず次の手を打ってくる。彼女の護りとて何時まで続くか誰にも分からん。備えを急ぐぞ。」

 

 

「はい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで終わりか…?」

 

 

避難を呼びかけるために大声を出し続け、酷く嗄れた声で小人族(パルゥム)のライラは仲間に尋ねた。

 

 

「あぁ、もう人の気配は感じない。いたとしても、物言わぬ屍だ。」

 

 

その言葉に、薬剤の入った瓶を投げ渡して、輝夜が答えた。

重傷者の搬送も終わり、アストレア・ファミリアの仲間達も続々と戻ってきていた。

 

 

その顔には隠せない疲労が滲んでいる。

 

 

「…酷い顔だぞ」

 

 

「鏡、見せてやろうか?お前もひっでェ不細工な(ツラ)してるぜ。」

 

 

輝夜の言葉に苦笑いで言い返すライラ。

どちらも、顔は憔悴しきっている。

 

 

その言葉を最後に、口を閉ざした。

 

 

その中でも団長たるアリーゼだけが、毅然とした態度で指揮を執っていた。

報告から疫病の対策はできており、また、生存者が居ない事を確認して、アリーぜは撤収の判断をした。

 

 

「シャワーを浴びてぇ、あったけぇスープを飲みてぇ、そして寝てぇ。」

 

 

「最後のは叶わん。…補給の後、直ぐに巡回だ。闇派閥による更なる被害こそ防げているが…だからこそ我々も動かねばならん。」

 

 

「わーってるよ。ったくこちとらヤベェ大抗争(たたかい)から碌に休んでねぇんだが…仕方ねぇよな。」

 

 

軽口を叩くライラを誰も止めない。

その言葉が自分達を守るものだと分かっているから。

 

 

だがその言葉に、普段程の切れ味は…なかった。

それでも皆、少し気が紛れた。

 

 

そんな中、一人だけ暗鬱な表情を浮かべる、リオン。

そんな彼女にアリーゼが声を掛ける。

 

 

「リオン。下を向いちゃダメよ。何か喋らなきゃ、ダメ。」

 

 

「……」

 

 

アリーゼはリオンの肩に手を置いた。

 

 

「貴方、あれからずっと塞ぎ込んでる…そのまま溜め込むと、いつか爆発するわ。」

 

 

「………」

 

 

「もう仮説のキャンプに着く。一度そこで……」

 

 

道を行くアストレア・ファミリア一行の前に、壁を築くようにオラリオの民衆が現れた。

 

 

「なんだよ、お前ら…」

 

 

ライラが困惑の声を漏らす。

皆一様に幽鬼のような顔色で、家族の仇を見る目をしていた。

 

 

「【アストレア・ファミリア】は…正義の派閥なんじゃなかったのかよ…?」

 

 

「皆を助けてくれるんじゃなかったの?皆を守ってくれるんじゃなかったの!?」

 

 

最早金切り声にも近い叫び。怒涛の感情の発露。

 

 

「嘘つき!あの人を返してぇ!」

 

 

その『糾弾』にアリーぜ、輝夜、ライラ、【アストレア・ファミリア】の面々…全員が目を見開いた。

 

 

そして、悲しみは連なり広がる。

獣人の女性の言葉を皮切りに、憎悪の言葉が降り注いだ。

 

 

「みんな死んじまった!」

「ふざけんな!」

「冒険者だろう!」

「なんとかしろよ!」

「どうしてこんな目に遭わないと行けないんだ!」

「何が正義だ!」

「お前達のせいだ!」

 

 

一人の男性が、我慢ならないと言うように、小さい瓦礫を拾い上げた。

それを投げつける寸前、いち早く立ち直ったアリーゼだけが“ソレ”に気づいた。

 

 

「止めて!ルリス!」

 

 

“悪意ある害”に、“泥”が反応した。

石礫を持つ手に、黒泥がまとわりつく。

その身体を喰い尽くさんとして、

 

 

「ひっ…」

 

 

寸前で、黒泥の侵食が止まる。

 

 

「…ルリス…なの?」

 

 

アリーゼの問いかけに応えるように、黒泥が地面から這い出て形を成す。

異なる世界で、教導の神徒(ハッシャーシーンドラグマ)或いは、デスピアの凶劇(アドリビトゥム)と呼ばれた姿。

 

 

…冒険者フルルドリスの成れの果て、その端末だ。

 

 

そして、端末の顕現と同時に“畏れ”が一帯を満たした。

民衆が次々に膝を着く。

 

 

理解してしまったのだ。この黒泥には悪意を感知する機能はあっても、無辜の民衆と、闇派閥の区別がつかない。

“悪意ある害”を実行に移せば、民衆でも当たり前に“喰らう”。

 

 

黒泥にまとわりつかれた男が助かったのは、アリーぜの悲痛な声に悪感情が一瞬キャンセルされからに過ぎない。

奇跡的に捕食対象から外れた、それだけだった。

 

 

「どうしてだよ…どうして何もさせちゃくれない!怯えたまま、俺達を守れなかった冒険者に縋り続けろってか!?」

 

 

「…」

 

 

「なんとか言えよぉ!」

 

 

 

泥は、何も語らず形を崩して地中に消えた。

 

 

 

「くそっ!くそっ…!くそぉ…!」

 

 

 

男は、その場で項垂れた。

混沌とした感情は渦巻くまま、それをどこにもぶつけられずに。

 

 

そんな中、【アストレア・ファミリア】の中から一人進み出る者が居た。

 

 

アリーゼだった。

 

 

 

「━━ごめんなさい。」

 

 

 

意図も打算もない、純粋な謝罪。

 

 

 

「私達の力が足りなかった…貴方達の家を、大切な人達を、守れなかった…」

 

 

 

「「「……!」」」

 

 

 

「本当に、ごめんなさい。」

 

 

 

瞬間、その場の民衆の抑圧された激情の多くは行き場を失った。

懺悔にも似た言葉に、呻き、後ろめたさを感じて。

 

 

 

それは、アリーゼ自身が誰よりも己を許していないから。

 

 

 

「アリーゼ…」

 

 

 

リュー・リオンは、そんな少女(アリーゼ)を見ていることしか出来なかった。

 

 

滅私奉公の行き着く先が自責の念に苛まれ、民衆から弾劾される結末だという現実が、リオンには認められなかった。

 

 

その不条理に対する怒りが燃え盛る瞬間、

 

 

一人の只人族(ヒューマン)の女性がアリーゼに掴みかかった。

 

 

 

「ごめんなさい…じゃあないわよ…」

 

 

 

少しづつ覚束無い足取りで進んで居た女性は、掴んだアリーゼの肩を大きく揺さぶる。

 

 

 

「貴方達のせいで…あの子はぁ!!!まだ……小さかったのに…!」

 

 

 

「お、おい!やめないか!冒険者様になんてことを…!」

 

 

 

女性の夫とみられるヒューマンの男性がその手を無理矢理抑える。

 

 

 

「リアは…あの子は…一度は…救ってもらったのに…!」

 

 

 

言葉は止まらない。

 

 

 

「救ってもらったのに…!」

 

 

 

女性は言葉を続けられずに、そのまま泣き崩れる。それを介抱する男性も涙を流していた。

リオンとアリーゼは男性が手に持った血塗れの熊の縫包み(テディベア)を見て、気づいてしまった。

 

 

 

数日前、自分達が救った小さな少女。

彼女が大切そうにしていた縫包みと酷似している。

 

 

 

目の前で泣いているのは、あの時見た彼女の母親だ。

では、少女は?あの無邪気な少女はどこに行ったのだろう…?

 

 

答えは、論ずるまでも、なかった。

 

 

 

 

私達は、一度守った者でさえ…守れなかった…

 

 

 

 

「あぁ…あああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

あらゆる不条理への怨嗟の声を漏らしたリオンは、己の心が砕ける音を聞いて、意識を暗転させた。





さて、今回から“正義失墜”編、開幕です。





…先ずは謝罪から始めるべきでした。


3ヶ月以上期間を空けて申し訳ありませんでした。
実はこの3ヶ月、書き溜めすら殆どできていません。


このあとがきの最初の一行も、四月に書いたものでした。
なので、恐らく次の投稿に一週間近く頂く事になりそうです。


なのでまたお待たせする事となります。
すみません。


あと、“邪悪胎動”編を勢いで書きすぎて(プロットもなかった。)結構グチャグチャです。
設定の矛盾に関しては皆様にご理解いただける形で修正していきますので、お気づきの方は、感想等でお教えください。

最後に、どうだったでしょうか?
よろしければ評価、感想、よろしくお願いします。

(原点回帰の乞食)
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