朝起きて鏡を見る。私の眼にはロバの顔をしたミノタウロスのような動物がヒトの真似をしているような姿が映る。ウマ娘という種族はかくも奇妙な種族である。明らかに獣の方が近いのにヒトと同じ営みをしている。男女いるはずなのに皆一様にヒトの女性に近い衣服を好む。⋯⋯獣なのに衣服をまとっている。衣服をまとうのは社会的、知的生物として羞恥の感情があるからと考えれば納得はできるが。むしろなんでウマ娘だけ高度な知性があるのか疑問は尽きない。
同室の子はいない。いないわけではないが私とコミュニケーションをとりたくないのか私と顔を合わせることが極端に少ない。夜も別の部屋で明かすことが多く寮長も黙認している。
鬣の癖になっている部分を整えて学園に向かう。途中私に挨拶をしてくれる奇特なウマ娘はいない。マンハッタンカフェも私に積極的に接触をしてくるタイプではない。みんながどちらかというと距離を置くように私から離れて行く。私が自分の風聞を知らないというわけでもないし、私と練習すると恐慌してしまう子が多いのは事実だ。ならば私からも必要以上に関係を持たない方がいい。
広場にある三女神像。見目麗しい女性の姿をしているそれは普通の1ウマ娘の悩みには答えてくれない。
◆◆◆◆
「君が補習なんて珍しいじゃないかサイト」
「三女神様についての課題だったの。三女神像は私達の始祖という話もあるけれど似ても似つかわないよね?だから私達の祖先は三女神の怒りを買っちゃったから半獣の身になってしまった……と言ったら酷く怒られたの」
何時もより遅れて僕の前に現れたのは僕の担当するウマ娘であるラインオブサイトだ。模擬レースで一層目立つ前傾の、ともすれば4つ足で走っていると錯覚するような異常に前傾なフォームで優秀と呼べるタイムで走り抜けた彼女はトレーナー間でもそこそこ有名になっていた。
彼女のトレーナーを引き受けたのは先輩から同期、はたまた後輩まで、何人かが名乗りを上げたが彼女の奇怪な走り方を矯正しようとすると、彼女は模擬レースで見せた走りは替え玉でもしたのではないかと思ってしまうくらい全くと言っていいほどうまく走れなくなった。挙句の果てにチームを持っていたトレーナーのチームでは彼女を気味悪がったり、恐怖したりとそのチームを加入して少し練習しただけで半壊させてしまうという始末。
僕達トレーナーなんかからすると彼女は少し独特な子という感じの評価にしかならないのだけれどウマ娘にとって彼女は相当な忌避感があるらしい。結局噂に尾ひれがついたり事実が出回ったりなどがありチームを持つトレーナーは彼女のスカウトは諦め、一般トレーナーも彼女を卸しきれないと判断。マイナスポイントすべてを見ないふりするほど飛びぬけた才覚があるわけでもない。
そういうわけで貧乏くじは僕に回ってきた。丁度担当を持っていなくフリーであったし僕はその話を受けた。たづなさんもその時の顔は力が足りず申し訳ないといった様子かつ彼女にしては非常に珍しく若干怖れがあるような様子だったことが印象的だ。そして僕はたづなさんから彼女を指導するうえでお願いのようなものをされた。
「とらえ方によっては神は狭量だって言っていることになるからね。三女神信仰の強いウマ娘には受けが悪いのかもね」
「確かにそうかもしれないね。怒りを買う、嫉妬するという言葉は失礼だったわ。三女神さまも私たちも別方面に美のベクトルがあるもの。ギリシャ神話の彫刻や仏教彫刻なんかも美しいのだから言葉選びが悪かったのね」
こんな風に美的感覚に関してはおそらく一般のウマ娘とズレがある彼女だ。思想や感性も独特なもので、僕は彼女の走り方を矯正しようとはしない。それはトレーナーとしてはどうなのかと思う所ではあるが、僕は彼女の感性を全く理解できないので、あくまで好意的な第三者でいることを心がけている。
課題はあとでこっそり確認させてもらおう。たぶんそんなに内容は変化してないだろうから。先生の方にも少し話しをしにいく必要があるだろう。この手の課題についてはミホノブルボンの特異体質の例だったり教師陣も結構柔軟な対応をとってくれる。一度は突き返されるが。
「信仰の自由が保証されてるとはいえ、周囲に慣らす事もある程度は必要だよ」
「私は私なりに周りに併せてると思うよ?」
一応の社交性についての小言もすかされる。いや多分本気でそう思ってるのかな。事象の認知の仮定で決定的なズレがあるのかもしれない。レースについてもだが今後サイトが社会に出ていく事を考えるとこのズレを自覚出来るようになれば……また違うんだけどなぁ。
「それじゃあ練習を始めようか」
「そうしましょう」
たづなさんとした約束は3つある。
『一つ、他のウマ娘の前で4本足で走らせないでください。一つ、彼女が何かに至った場合その力はあまり使わせないでください。一つ、彼女を話を否定しないで上げてください』
そのお願いは守っている。三つ目以外人間の僕にはさっぱりなのだが経験豊富なたづなさんがいうことなのだ。たづなさんが言う彼女が何かに至った、その時に僕は彼女のトレーナーとして彼女を尊重するのかどうかの答えは僕の中ではまだ出せていない。
◆◆◆◆
「ラインオブサイト君、君の噂はかねがね聞いているよ」
「私もアグネスタキオン君の話はマンハッタンカフェからよく聞いているよ。それで私の所にきてどうしたの?」
アグネスタキオン。マンハッタンカフェと同じクラスで私やマンハッタンカフェと同じで普通のウマ娘からは距離を置かれている。彼女は科学的なアプローチで速さのその先を至らんとしているというのは聞いている。さもすれば私への要件は噂についてだろう。
「アグネスタキオン君なら私なんかよりはるかに速いじゃない。私が力になれることはないよ」
「つれないことを言わないでおくれよ。カフェの目をしのんで接触してるんだから」
「そうは言っても⋯⋯私が出来ることなら協力するけど」
「ふーん。言ったね。それじゃあ君についてだ。君のフォームははっきり言ってでたらめだ。運動学的に見ても理に反していると言ってもいいくらいだ。しかし君はそれなりに速く走れる。その筋肉量では考えられないくらいに。シミュレーションはシャカール君にも手伝ってもらったがありえないと一蹴されてしまったよ。君には何か違うものが見えているんじゃないのかい」
アグネスタキオン君は私にそう告げる。フォームについては今のトレーナーにつく前に担当してもらった複数のトレーナーから指摘されたことだ。フォームの矯正は何度か試したが自分のボディイメージとかけ離れた走りをするのは苦痛の極みであったし長続きはしなかった。しかし運動学的に理に反している?
「⋯⋯私は体に合った走り方をしているつもりだよ?ウマ娘は直立して走るような体じゃないよ」
「うーん、話がかみ合わないね。君のフォームのカラクリもわからず。⋯⋯いや待ちたまえ、直立して走る体じゃないというなら君はどう走るのが早いと思っているんだい?」
「4つ足で走ることかな」
アグネスタキオンの唾をのむ音が聞こえる。その目は半信半疑といった様子ではあるが私の話を聞いてここまで正気な様子も珍しい。
「っはは。面白いことを言うねえ。私たちは4つ足で走った方が早いと。しかも本気だというのも見て取れる。バカにしているわけではないから気を悪くしないでくれ。参考になったよ。君さえよければ今度私の研究に協力してくれないか」
「別に構わないよ」
そういって私とアグネスタキオン君は別れた。
「ということがあったんだよねカフェー」
「⋯⋯あなたが私の言いつけを聞くとは思っていませんがよくその話を私にできましたね」
4つ足で走る。それが荒唐無稽なのは紛れもない事実だ。しかしサイト君はそれに一切の疑いを持っていない。ウマ娘の手は『手』であり足の機能はとてもじゃないが有していない。手関節は足関節みたいに荷重に強い構造をしていない。学術的にも直感的にもわかることである。
であるのにサイト君は4つ足に類似するフォームで結果を出してそのことに妄信している。私のできない角度からのアプローチをしているということだろう。目の前のカフェと同じように。
「⋯⋯タキオンさんはどこまで聞きましたか?」
「彼女の理想のフォームが4つ足だというところまでは。でもそれはあり得ないと私は断言できるさ」
「⋯⋯忠告はしましたよ」
トレーナー
放任主義だが一応担当なのでラインオブサイトの事を考えてる。ただどちらかというと競走に関してはは彼女に対して何かを指導する事は諦め気味。やや孤立気味な様子の方を心配している。
アグネスタキオン
科学の徒。解剖学的に違うと確信している、及び彼女の話でしか聴いていないためsanチェックは薄め。ただ科学の徒である以上サイトの発言を理解できないしサイトのアプローチを取り入れる事はできない。