前回のあらすじ
陽キャに負けた。
山田はジェットコースターで腰を抜かす女(公式)
昼休み、僕は今日もお昼を食べる場所を探していた。教室はちょっと空気が重い。
昼休みなのに一心不乱に勉強している人もいる。
あの人たちはいつご飯食べてるんだろう。
だから僕はいつも学校のどこか、人のいない適当なところで食べている。
ひとりはこういうの探すの上手なんだけど、僕はそんなにだ。
あの子みたいな定住の地を一年経っても見つけられていない。
だから今日も彷徨っている。
ふらふら校内を歩き回っていると、校舎裏に着いた。
暑くなってきたからか、今日は人気が無い。ここでいいか。
裏口付近の影のある小さな階段に腰を降ろした。
弁当を取り出していざ食べようという時に、視界の隅で何かが動いた。
あの辺には草しか生えてない。動物か何かかな。
よくよく見ると変なものが見えた。草から足先だけがちょこんと出ている。
それは、時折思い出したようにぴくぴくと動いている。儚い動きだ。
動いているというより、これから動かなくなるのが近そうだ。
あれ人だ。人が倒れてるのかな。
もしそうなら放っておくわけにもいかない。妹を持つ身として人道に背けない。
僕は弁当を置いてからその人へ近づいた。
「生きてますか」
草の中を覗き込むと女の子が四つん這いになっていた。倒れてはいなかった。
当然と言えば当然だけど、うちの制服を着ている。
不審者ではないみたいだ。不審だけど。というかこれ山田さんだ。
いくら僕でも、ここまで近づけばクラスメイトぐらい分かる。
僕の問いかけに、彼女はこちらを振り向かずに答えた。
「もしゃもしゃ、ぎりぎり、もしゃもしゃ」
なんか草食べてた。もしゃもしゃしてる。なんで? どういうこと?
それ食べれる草だっけ。カタバミかな、じゃあ大丈夫だ、たんとお食べ。じゃない。
生で食べるとあんまり体によくないよ、でもない。
なんだこの人。なんで学校に来てまで雑草食べてるんだ?
「あの、大丈夫ですか?」
色々と。
「大丈夫じゃない、火の車。だからこうして草を食べて生きてる」
平坦な声色の中に必死さが満ちていた。
それでも生きていこうという強い意志が伝わった。
雑草食べながらじゃなきゃかっこよかったんじゃないかな。
それはそれとしてどうしよう。まさか食に困る人と出くわすとは思わなかった。
現代の貧困問題に学校で遭遇するなんて。
しかも知らない人じゃない、妹の仲間だ。こんな時の対応を僕は知らない。
お金渡すのとかってあんまりよくないよね。
妹と山田さんは仲良くても僕たちは全然だし。じゃあご飯あげればいいのかな。
その時弁当のことを思い出した。そういえばまだ食べてなかった。
今日の弁当は僕が作ったものだ。渡しても大して惜しくない。
僕のお昼が無くなるけど何か適当に買えばいい。食堂もある。
「よければ、僕の弁当食べます?」
「いいの?」
僕が声をかけると勢いよく山田さんが振り向いた。
そして目が合った途端表情が凍り付いた。
「ま!?……っ」
そのまま気絶した。やっちゃった。駄目だったみたいだ。
不幸中の幸いと言っていいのか、四つん這いだったから崩れ落ちるだけで済んだ。
ちゃんと手からいったから、頭を打った様子もない。
ただ、これどうしよう。
いつもは誰かが気絶したら、近くの友達とかが保健室まで運んでいる。
だけど今は僕達以外誰もいない。
この調子だとこれからも誰も来ないだろうし、ここは初夏の草むらだ。
放っておけばあちこち虫に噛まれてボロボロになる。僕がやるしかないか。
一応脈と呼吸だけ確認する。大丈夫、生きてる。それから抱え上げた。
多分だけど、ひとりよりも軽い。感触からして肉付きもよくない。
あんまり食べてないんだろうか。食べられてないんだろうな。学校の草食べてるくらいだし。
抱えて一度弁当のところまで戻って、下ろす。まだ保健室には運べない。
以前山田さんが言っていた人身売買の噂。このまま行くと、似たようなものが広まりかねない。
だけど今日の僕には考えがある。意気揚々と僕は上着を脱いだ。
保健室は一階にある。昇降口も一階だから、校舎裏からでも移動距離自体はそんなにない。
今は昼休みだ。出歩く生徒は多くて、誰にも見られずたどり着くのは無理だ。
だからこそ今回の僕の策が輝く。
堂々と上着で包んだ物体を抱えて歩く。もちろん中身は山田さんだ。
人を抱えて歩くから変な誤解をされる。こうして隠せば普段以上の恐怖は生まれない。
我ながらいいアイデアだと思う。それでも通りすがりの生徒にはぎょっとされるけどね。
今も一人の男子に三度見された。そんなに勢いよく振り向くと首痛くない?
そんなこんなで保健室に着いた。休憩時間なのか保険医の先生はいなかった。
ベッドにも誰もいない。無人だった。好都合だ。山田さんを服から取り出してベッドに下す。
靴は脱がして、服は、いいか。息苦しくも無さそうだしこのままでいいだろう。
すうすうと静かによく寝て、いや気絶している。
ミッションコンプリートだ。無事保健室までお届けできた。
達成感を味わっていると、ぐうっと大きな音がした。保健室は静かだからよく響く。
音の発生源を見る。山田さんだ。お腹の音だ。あんなに大きな音が出せるんだ。
人体って凄いな。変なところで感心してしまった。
そういえば僕も山田さんも、まだお昼をちゃんと食べてなかった。
元々そのつもりだったから、僕は弁当を山田さんが寝ているベッド脇に置いた。
一応メモも残しておこう。草とはいえ、山田さんの昼食を邪魔してしまった。
気絶もさせちゃって食事の時間も奪ってしまった。草だけど。
そのお詫びだ。あと、妹の友達が延々と雑草を口にしていたのが見てられなかった。
弁当は渡してしまったし、食堂でも行こう。
いつも混んでるらしいけど、僕が行くと一瞬で空くんだよね。便利。
「……ん、あれ。保健室? さっきのは」
「?」
「……弁当とメモ?」
「『山田リョウ様へ 応援してます。よければ食べてください。弁当箱は教室の隅にお願いします』」
「…………これは、いったい」
「あっリョウお帰り。遅かったねー、ってその弁当どうしたの?」
「……お供え物、だと思う」
「えっ罰当たり」
弁当箱は気づくと教室の隅に置いてあった。中身はきれいさっぱりなくなっていた。
女の子には量が多めと思ったけど、食べきってくれたみたいだ。ちょっと満足。
それにしてもまさか山田さんがご飯に困るほど貧しかったなんて。
音楽はお金がかかるから、バンドをやってる子は皆ある程度裕福だと思ってた。
そういえばひとりがリョウさんはベースが上手だと言っていた。
きっとそんな家庭環境が、彼女のハングリー精神を育ててきたんだろう。
ひとりに今日あったことも併せてそう伝えると、ひとりはきょとんとしていた。
「リョウさんちはお金持ちだって、虹夏ちゃん言ってたよ」
「え」
「というかリョウさん、ほんとに草食べてたんだ……」
ひとりが伊地知さんから聞いたところによると、山田さんはとんでもなく金遣いが荒いらしい。
もらったお小遣いは音楽関係に一瞬で使い込むからいつでも金欠。
先日喜多さんから多弦ベースを買い取った時に、これから私は草を食べて生きていきます、と宣言したそうだ。
今日有言実行してたよ。
「ちゃんと食べられる草を選んではいたけど、大丈夫かな」
「あっでも、今度スターリーの給料日なんだって」
ひとりが思い出したように口にした。
給料日。そうかひとりがバイトを始めてからもうそんなに経つのか。
風邪で行けない時も結構あったけど、それ以外はサボらずちゃんと働いていた。
「おめでとうひとり。よく頑張ったね」
「うん、何に使おうかな。新しいスコアとか、漫画の大人買いとか」
お母さんとお父さんにケーキを買ってあげたりとか、ひとりが珍しく前向きに想像を巡らせていた。
いつになく嬉しそうで、この笑顔をこれから曇らせると思うと心苦しい。でも言わなきゃ。
なんのためにバイトを始めたんだっけ、って。
「ひとり、ノルマっていくらくらいだっけ」
「のるま?」
「うん。ライブのノルマ」
「あっ、……一万円くらい」
「今月のお給料は?」
「いちまんえんくらい」
そう口にして、ひとりがおもむろにギターを取り出した。
「聞いてください。新曲『さよなら諭吉』」
「その諭吉さんまだ会えてないよ」
いい曲だった。全体に溢れる哀しみと絶望、ひっそりと感じるほのかな怒りがいいね!
「給料日なら山田さんも当分は大丈夫かな」
「たぶん」
即興ライブでちょっと落ち着いてくれた。
山田さんの時給は知らないけど、しばらく食うに困らない程度には残るはずだ。
よかった。同級生、それも妹の仲間が地面に這いつくばってるところなんて見たいものじゃない。
ほっとしていると、なんだかひとりがそわそわしていた。聞きたいことがあるらしい。
「どうしたの?」
「う、うん。お兄ちゃん、リョウさんのこと気にしてるから」
仲良くなったの、と続いた。
確かに僕が家族以外を気にするのは珍しい。というかあったっけ。
なんでもいいか。誤解は解いておこう。まったく仲良くなってない。
「いや全然。だって山田さんが倒れたらひとりも大変でしょ」
「……うん」
ちょっと落ち込んでしまった。僕と山田さんに仲良くなってほしいのかな。
自分だけ脱ぼっち出来たことを気にしてるみたいだ。別にいいのに。
ただその優しさは嬉しいな。今日もひとりは優しさと可愛さで出来ている。
「大丈夫だよ。なんとなく気にかけとくから」
「……うん、ありがとうお兄ちゃん」
そう返事したひとりの顔は、何故か暗いままだった。
ひとりの給料日から次の日、僕はまた校舎裏に足を運んでいた。
今日もお昼ご飯を食べる場所探しだ。誰もいなければいいけど。
「もしゃもしゃ」
誰かいた。誰かというか山田さんがいた。また草食べてる。
え、昨日給料日だったはずだけど。またなんかもしゃもしゃ食べてる。
あれはスカンボか。ここ食べられる草ばっかりあるな。実は誰かの畑なの?
というか、なんでまた草食べてるんだろう。もしかして好きなのかな。
それならこの間は悪いことをした。好きなものを食べる邪魔をしてしまった。
なんとなく食べてる姿を見守ってしまう。何故か目が離せない。
何だろうこの気持ち。初めての感情だ。そわそわする。
「もしゃも、ぐっごほっ、うっ」
あ、えずいた。やっぱり好きでも何でもないみたい。
だとすると尚更分からない。なんで草食べてるんだろう。
まさかもう給料を使い果たしたのか。
あれだけ貧乏していたから、もしかしたら借金とかしていたのかも。
それなら返済でまたお金が無くなってても不思議じゃない。
どれでもいいか。今は苦しそうにしている山田さんに飲み物を渡そう。
お昼用に買っておいたリンゴジュースがある。紙パックの小さなやつ。お気に入りだ。ちょうどよかった。
「これどうぞ」
「けほっ、あ、ありがとう」
顔の横に差し出すと、奪うように受け取られた。
プレス機で押されたような勢いで紙パックが縮んでいく。数秒で全て飲み干された。
良い飲みっぷりだった。腰に当てた手が、何とも言えない風情を出している。
「ん」
「良い飲みっぷりだね」
飲み干した紙パックが帰ってきた。捨てといてってことだろうか。
そのくらいいいか。山田さんがここにいる以上、また別の場所でご飯食べようって思ってたし。
移動中にどこかのゴミ箱へ捨てよう。
受け取ろうと手を伸ばした時、彼女が振り向いて目が合った。
「よろしっ、…………」
そして気絶した。一瞬の出来事だった。
喜多さんは一回も気絶しなかったのに、もしかして山田さんってメンタル弱めなのかな。
気絶させた側が思うことじゃないな。反省しないと。早く保健室へ運ぼう。
前回同様保健室へ輸送。今回も無事到着。相変わらず誰もいない。
そして山田さんを寝かせると、こっちも相変わらずお腹の虫が鳴く。今日も元気な音だ。
今日も何か置いておくべきだろうか。
でも今日のお弁当はあげたくない。ひとりの給料日祝いということで、中身が豪華だ。
母さんが僕とひとり、それぞれ好きなものばかり詰めてくれた。だからこれは僕が食べる。
代わりと言っては何だけど、おにぎりを置いておこう。
おやつ用に小さなものをいくつか用意してきた。傷みにくくするため海苔は巻いてない。
具もそのために塩と梅干の二種類だけだ。
ひとりがバンドを始めて以来、家に着くのが結構遅くなった。
僕もひとりもまだまだ成長期だから、お腹が空いてそれまでもたない。
そのために用意した。ちゃんとひとりが食べやすいように小さく作ってある。
山田さんに渡すと今日のおやつがなくなっちゃうけど、一日くらい買い食いしてもいいだろう。
おにぎりは教室に置きっぱなしだ、取りに行こう。あと、メモも教室で書いておこう。
どっちも何事もなく終わった。これを置いて、校舎裏に戻ってお昼ご飯だ。
「……また保健室? ……また、メモ」
それにしても山田さんの食生活がここまで貧しいとは思わなかった。
食事は健康の源だ。あれじゃいつ体調を崩しても不思議じゃない。
余計なお世話ではあるけれど、彼女に倒れられるとひとりが困る。よって僕も困る。
何か対策を考える必要がある。どうしようか。
一度問題をまとめよう。問題は山田さんがまともに食べてないこと。
原因はお金が無いから。で、お金が無いのは金使いが荒いから。使い道は音楽、だと思われる。
お金の使い方の矯正は無理だ。そこに踏み込むような関係じゃない。
お金が無いのも解決できない。貸し借りはよくないし、あげるのはもっとよくない。
となると、もう二回やってるし、食事の提供が一番無難かな。
それじゃあやり方を考えないと。急に仲良くもない人に食べ物をもらっても困るだけだ。
まして相手が僕だ。魔王から受け取る食事って呪いとかかかってそう。
二回の成功体験を振り返ると、ファンからの差し入れ、という体を装えばいける気がする。
あとはどうやって渡すか。これは今までの経験は使えない。
昼休みの度に気絶させるのはどう考えても駄目。ただの暴力だ。
堂々と渡すのは論外だし、朝早く来て置いておくというのも難しい。
あれ以上早く家を出るとなると、多分一週間くらいでひとりが不登校になる。
こういう時は、力押しだな。とりあえず明日やってみよう。
というわけで次の日の朝。僕は山田さんの弁当を用意して登校した。
山田さん本人はまだ来てないけど、クラスメイトはもう何人かいる。
僕が教室に入ると、談笑していた彼らは散らばり、席に着いた。
それぞれ本を読んだり、勉強したり、皆机か前を向こうとしている。
僕は何もしないから、そのまま話してればいいのに。それはそうと、想定通りで都合はいい。
山田さんは最後列の席だ。たとえ教室に人がいても、この状況なら後ろで僕が何をしていても分からない。
用意しておいた弁当とメモをそっと置く。周囲を確認するけど、僕に目を向けている人はいない。
よし、終了。力押し大成功だ。
あとは今日の山田さんの反応を確かめて、今後も続けるか決めよう。
僕がいると恐怖しか恐らく見れないから、山田さんが来るまでベランダに隠れておこう。
少しして山田さんが来た。伊地知さんも一緒だ。今日も仲がいい。
「むっ、これは」
「どうしたの、リョウ」
きらりと山田さんの目が光る。獲物を捉えた猟師のようだった。
早速僕が置いた弁当を見つけたみたいだ。
「またお供え物が届いた」
「お供え物というか、これファンからの差し入れ?」
「似たようなものだよ」
「似たようなものか?」
両手で弁当を掲げる山田さんを、伊地知さんが呆れた目で見ていた。
そして机の上のメモを、訝しげに読んでいる。
「差出人書いてないけどこれ大丈夫、ってもう食べてる!?」
「朝、もぐもぐ、今日、もぐもぐ、食べてない」
「話すか食べるかどっちかにして!」
「もぐもぐ」
「やっぱそっちだよね……」
思った以上に大成功だ。朝からがっつかれている。
あの分だと次からは弁当の量を増やした方がいいだろう。
半分くらい食べて落ち着いたのか、山田さんが一度箸を置いた。
さっきまでが嘘のように、静かな目で伊地知さんを見上げる。
「今は、結束バンドにとって大事な時期だから。多少怪しくても、使えるものは使うべき」
「リョウ……」
通じ合うように二人は見つめ合った。結束バンドにとって大事な時期。何かあるのかな。
「それ、いつ考えた?」
「今」
「絶対何も考えずに食べたでしょ!!」
あの様子だと、明日以降も用意して大丈夫そう。
山田さんは飢えない。ひとりは友達が苦しまない。僕は間接的に妹に貢げる。
これが本当の三方よしというもの。めでたしめでたしだね!
下北沢高校とある男子生徒達の会話
「この間さ、あの人が、その、あれ持って歩いてたんだ」
「あの人? あれ?」
「ほら、あの、ま」
「分かった。言わなくていい」
「いや聞いてくれ。誰かに聞いてもらわないと、俺もうどうしたらいいか」
「……なるべく、簡潔に頼む」
「俺が昼休みに食堂に向かってたら、あの人が制服に包んだ何かを抱えて歩いていてな」
「あーもう聞きたくない」
「気のせいか、いつもより雰囲気は穏やかだったんだ」
「……いいことだろ?」
「俺もそう思った。思ってた。その服から人の腕が出てなければ」
「!?」
「ちらりとしか見えなかったけど、相当血色が悪かった。あれは、まさか、し」
「やめろ。やめよう。これ以上は触れるべきじゃない」
「いや、だけど」
「忘れよう。お前は何も見なかったし、俺も何も聞かなかったんだ。だろ?」
「…………あぁ、そうだな。悪い」
今日も下北沢高校は平和です。やったね!
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