弁当の配達を始めた
一万文字くらいになったので二分割します。
放課後、僕とひとりは雑貨屋さんにいた。
本当は今日、ひとりは喜多さんと練習を予定していた。
それが喜多さんに急用が入り、一時間ほど後ろにずれることになった。
そのぽっかり空いた時間を使って、この前約束した写真立てを買いに来ている。
ここ数日何か悩んでいるようだったから、少し強引に誘った。
お店に入る前に、雑貨屋さんの雰囲気にひとりが飲まれたけど、いつものことだし割愛。
「写真立てってこんなに種類あるんだね」
ガラスやスチール、木などでシンプルに作られた物。
色とりどりの模様で綺麗に飾られた物。
僕は知らないけど、何かしらの可愛いキャラクターが添えられている物。
ぱっと見ただけで数えきれないほどある。
「これなんて電飾付いてる」
派手派手だ。これだと写真が脇役になりそう。
それともこれすら脇にどけるほど、煌びやかな写真を入れるのかな。
これとかひとり好きそう。ここにあの写真を入れることを想像すると少し面白い。
そういえば、さっきからひとりが反応してくれない。独り言になっちゃってる。
店内でもひきつけ起こしてるのかな。
気になって探してみると、ひとりはお徳用コーナーにいた。
雑貨屋にもこんな所帯じみた場所あるんだ。初めて来たから知らなかった。
業務用なのか、一箱いくらで売られている物をひとりは見ていた。
僕が買ってあげる、と言ったから遠慮してるのかもしれない。
「ひとり、あっちに色んな種類のあったよ」
「あっ、でも、いっぱい欲しいから」
「いっぱい?」
写真って一枚だけじゃ。あっもしかして、他にも結束バンドの写真があるのかな。
「あの、たくさん飾りたいから」
「アー写を?」
「うん」
そういう訳ではなかったらしい。単純に一枚のアー写をずらっと並べたいみたいだ。
それだけ嬉しかったんだろう。友達と撮る写真って初めてだからね。
僕も嬉しかったけど、ひとりのそれはきっと僕より何倍も大きい。
「百個くらい欲しい」
「百」
思ったよりいっぱいだった。確かにそれだけ買うとなると、綺麗なものでは僕の財布も厳しい。
百個か。全部置いたひとりの部屋を想像してみる。これはよくない。
「百個はスペースが厳しいと思う」
「!」
ひとりの部屋は物が少ない。その分写真立ても置けそうだけど、空いてる場所は大体床だ。
今百個買っても半分以上は床に直置きになってしまうだろう。
きっと悪気がなくても足蹴にしてしまうこともある。いい気分には絶対にならない。
だから、模様替えでもしないと量を飾るのは難しい。
「そこで僕に提案があります」
「提案?」
これだけ伝えてもひとりの気持ちを萎えさせるだけだ。
だから僕は代案を用意した。さっきひとりを探している途中にいいところを見つけた。
ひとりの手を取って、僕たちはそこまで移動した。
「量が駄目なら質を求めたいと思って」
「わ」
到着した。ひとりの反応も結構いい。兄の面目を保てたかな。
「そういうわけで額縁です」
小さい物をたくさん飾れないなら、大きい物を一つ飾ればいい。発想の逆転だ。
それに個人的な好みだけど、小さいのよりこのくらい大きい方が好き。よく見える。
ひとりも納得したみたいで自分好みのものを探し始めた。
あっ、その前に一つ言っておかないと。
「ほどほどのサイズが一番いいと思う」
僕がそう伝えると、ひとりは首を傾げている。その手はA1サイズくらいの額縁に触れていた。
うん。大きいのって言ったらとにかく大きいの選ぶと思ってた。
「大きすぎるのもスペースが足りなくなるから」
「これくらいなら、多分部屋に入るよ?」
確かにこれを抱えて階段登るのは大変そうだけど、運ぶのは僕と父さんだろう。
だからそこは問題ない。問題はそこじゃなくて。
「これからも写真はきっと増えるから、その分も空けとかないと」
「……あっそっか。うん、そうだね」
あと、これ飾ると日当たりがすごく悪くなる。
今でも不思議とジメジメしてるのに、これ以上になると多分キノコとか生える。
最終的に、一般的なA3サイズのものを買った。
額縁となると派手なのも多い。だけどひとり基準だと落ち着いたデザインのものだ。
梱包されたそれをひとりは大事そうに抱えている。
持とうかと言っても、持ちたいからと断られた。
そんなに喜んでもらえると僕も嬉しい。
ふと携帯が鳴った。メッセージが来ている。喜多さんからだ。
『今日も練習頑張ります!』
写真とかスタンプとか色々あったけど、要約するとこうなる。
あれから、ちょくちょくと喜多さんから連絡が来る。
文句を言うため、という名目だったはずだけど、それは一度も来てない。
代わりに今日みたいな報告? とか、ギターの相談とかは送られてくる。
家族以外と連絡を取ることが無いから、ここ最近ずっと不思議な気持ちだ。
返事送らなきゃ。スタンプで来たらスタンプで返すのが礼儀だと聞いたことがある。
スタンプの画面をなんとか呼び出す。
この間喜多さんに勧められるまま買った、デフォルメされた虎のスタンプが並んでいた。
丸くて可愛らしい中に、どこか鋭い強さを感じるのが気に入っている。
たくさんの虎の中から頑張って、を含むものを探す。
安くてたくさんあるのはいいんだけど探すのが大変だ。
あっ誤タップした。咆哮する虎が送られる。意味のない威嚇をしてしまった。
文章でごめんね、間違えました、とだけ短く送り、改めて目的のスタンプを送る。
今回は大丈夫だった。
数秒もしない内に返信が来る。陽キャの反応速度って凄い。陽の人だから光速なのかも。
笑顔一杯のスタンプだった。これでよし。
そして喜多さんがこんなメッセージを送れるってことは、用事が済んだんだろう。
携帯も約束の時間が迫っていることを示している。
「ひとり、そろそろ時間になるよ」
「あっうん」
額縁を抱えたまま、ひとりはスターリーの方へ歩き出した。持っていくんだ。
それを見送る。以前のようにもう僕が送らなくても大丈夫だ。
安心と寂しさが少し胸を過ぎる。結局悩みは聞き出せなかったな。
何歩か進んだと思ったら、急に振り返って戻ってきた。忘れ物かな。
ちょっと困ったような顔をしている。そうじゃなくて悩みを相談してくれるみたいだ。
ひとりが葛藤を顔で踊らせているのを見守る。まとまるまで待とう。
案外時間はかからなかった。内容よりも、聞いていいのかどうかを考えていたみたいだ。
お兄ちゃんは、と切り出した。
「バンドとしての成長って何か分かる、か」
ひとりと別れてから、僕は歩きながら考えをまとめていた。
あの後ひとりが説明してくれた。今度ライブをするのにオーディションを受ける必要があると。
ひとりが歌詞を、山田さんが曲を完成させて、いざライブだという時に店長さんからストップが入ったらしい。
この間のようなライブでは到底させられない。
通常ライブではデモ音源を含む色々な方法で審査をしている。
今度の土曜日にオーディションをやるから、それを突破出来たらライブさせてやってもいい。
そして店長さんはぬいぐるみを抱っこしないと眠れない、と。
最後のはバラさないであげた方がいいよ。
オーディションの合格基準は分からない。
ただ、店長さんをよく知る伊地知さんによると、技量だけを見てるわけじゃない。
バンドとしての熱量とか、成長とかを見せれば合格を勝ち取れるはず。
そのためにこれから猛特訓だー、となったらしい。
このタイミングで買い物誘ってごめんね。
バンドとしての成長か。確かによく分からない。
何が成長なのか。何をもって成長とみなすのか。そもそも成長とは何か。
考えれば考えるほどドツボにはまりそうだ。
ひとりは真面目だから、ずっとぐるぐると考え続けてしまいそう。
当てのないことを考え続けていると、いつの間にか暗くなっていた。
あんまり妹のことを言えない。僕もしっかりはまっていた。
というかここどこ? 目的地無しで、考えながら歩いていたから現在地不明だ。
携帯を取り出して現在地、ついでに時間も確認。一時間以上経っていた。考え込み過ぎだ。
地図は懐かしい場所を示していた。ひとりが伊地知さんに誘われた場所、あの公園の近くだった。
なんとなく、寄ろうと思った。あそこはある意味、今のひとりの原点だ。
そこで立ち返れば、部外者の僕でも見えるものがあるかもしれない。
そうして公園に向かった僕が見たのは、意外な人だった。
伊地知さんがいた。あの日ひとりがうなだれていた公園で、ブランコに座り込んでいる。
微かにブランコを揺らしながら空を見ていた。
こんなところで何をやっているんだろう。
この間来た時も思ったけど、この公園は人通りが少ない。
これからますます暗くなっていくだろうから、ここに女の子が一人でいるのは危ない。
危ないよって声をかけるべきかな。だけど今も伊地知さんとは接触を避けてる。
電話とはいえ話したこともあるから、話しかけるとあの時の兄ってバレるかも。
じゃあ見なかったことにしておく? 夜の下北沢は治安がそんなによくないのに?
どうしよう。さっきとは別に、また違う悩みが回り始めた。何が正解なんだろう。
そわそわと落ち着かず、考えてしまう。すると視界の隅に青い服が見えた。
お巡りさんだ。僕をじっと見ている。目を付けられてる。どうしてだろう。
一度状況を確認しよう。
公園に佇む女の子を遠くから男が見ている。しかも落ち着きなく、その様子はおかしい。
これは事案だ。見られて当然だった。まだ声をかけられていないだけ有情だった。
しばらく僕を見ていたお巡りさんだったが、視線を伊地知さんに切り替えた。
物思いにふけっている彼女を見て何か合点がいったのか、手を叩いた。
そして僕にサムズアップした。なんで?
首を捻る僕に対してなんだか不満そうな顔をして、親指を立てたまま伊地知さんの方へ手を振る。
行け、ということだろうか。
考えてみると、伊地知さんも僕も同じ学校の制服を着ている。
悩んでいる友達に声をかけようか迷っている、という構図にでも見えたのかもしれない。
友達ではないけど、迷っていたのは事実だ。お巡りさんの仕草がいいきっかけになった。
僕は彼女に一礼すると、そのまま公園へ向かった。いい笑顔で見送ってくれた。
この公園は狭い。ブランコに座っていれば、人が入ってきたらすぐ見える。
けれど伊地知さんは僕が公園に足を踏み入れても無反応だった。
僕のことを怖がっていない、というわけではないだろう。ただ気づいてないようだった。
そのままブランコに横から近づく。彼女の顔に、街灯と僕で出来た影が差す。
その変化に反応して、反射的に伊地知さんがこっちを向いた。
教室で見る明るい表情はそこにはなくて、迷子のような、何かを探している顔だった。
まあ僕の顔を見て恐怖に染まるんだけどね。気絶までいかなくてよかった。
「ご、ごごごごごっ、後藤くん!?」
「こんばんは」
「こ、こんばんは…………?」
戸惑いながら挨拶も返してくれた。流石ひとりと友達になれる人だ。
ただ、長々と話すことはないし、言うことだけ言っておこう。
「ここ、暗いし人通り少ないから危ないよ」
「えっ、うん」
「……」
「……」
……
「?」
「?」
返事はくれたけどそれだけだ。あれ伝わってない、どうしよう。次何言えばいいんだろう。
ここ最近、数人だけとはいえ話せたから忘れてた。僕ってひとりと同じくらい話すの下手だった。
よくよく考えてみると、同い年の人とまともに話を出来たことがほとんどない。
年上の店長さんや年下の喜多さんは、家族との会話を応用すればなんとか出来た。
でも同い年の伊地知さんとはどうやって話せばいいんだろう。見本がない。
言うだけ言ったから立ち去ればいいの? それだけだと意味無い気がする。
ちゃんと話をしないと僕の言いたいことは伝わらない。
話。会話。そう会話デッキだ。中学生の頃、脱ぼっち対策委員会で議題にしたことがある。
会話デッキを用意しておけば、僕達のような人間でもなんとか話せるようになるって。
ひとりと散々会話デッキバトルをした。確かその時、万能の初手があったような。
そうだ、思い出した。これならきっといける。
「……きょ、今日はいいお天気ですね?」
「!?」
駄目だった。
次回のあらすじ
「成長」