ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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前回のあらすじ
「よわよわ会話デュエリスト」

コミュ障あるあるその1 一方的に話は出来る。キャッチボールは出来ない。



第十話「妹の成長を想って」

「……きょ、今日はいいお天気ですね?」

「!?」

 

 天気デッキは駄目だった。切り替えよう。

当初の目的を思い出そう。伊地知さんに話しかけたのは、彼女と仲良く話すためじゃない。

夜の公園に女の子が一人きりだと危ないから、明るい場所に移動してもらうためだ。

 

 僕の会話技術はゴミだった。

これで目的を達成するのは諦めて、他の手段でどうにかして移動してもらうしかない。

そうだ、怖がってもらおう。僕は大体の人に怯えられている。

これは伊地知さんにもさっき効いた。僕は黙って伊地知さんの横のブランコに座った。

 

「!?」

 

 ぎょっとして伊地知さんがこっちを見てくる。狙い通りだ、怖いだろう。

魔王とか呼ばれてる危ない男が、こんな暗い公園で隣のブランコに座ってきた。

半分犯罪みたいなものだと自分でも思う。そう遠くない内に伊地知さんも逃げるだろう。

 

「……」

「……」

 

 あれ? 逃げない。

びっくりして一回こっちを見たけどそれっきりだ。おかしいな。

まだ時間が足りないだけかもしれない。もう少し待ってみよう。

 

「……」

「…………」

「………………」

 

 どういうことだろう。この感じは初めてだ。反応すらしてもらえないなんて。

まさか僕無視されてる? 

意識しないよう努められることはあるけど、ここまで無反応なのは経験がない。

ここまでして動かないということは、この公園で待ち合わせとかしてるんだろうか。

分からない。こうなったらとりあえずもう一度、もう一度だけ直接言ってみよう。

 

「………………………ここ、暗いし、人通りも少ないし、帰った方が良いよ」

 

 そう言うと伊地知さんがこちらを向いた。不思議そうな顔をしている。

夏に雪を見たような目をしていた。丸くて大きな目が、ますます大きくなっていた。

 

「もしかして、心配してくれてる?」

 

 心配。僕は伊地知さんのことを心配してるんだろうか。

彼女が危ない目にあって、ひとりが傷つくことは心配している。

怪我か何かで、ひとりのバンド活動に支障が出ることは心配している。

 

 じゃあ伊地知さん本人は? 彼女がどうにかなったとして、僕は何を思うんだろう。

彼女はいい人で、妹の大恩人で友人だ。そんな人が不幸な目にあうことは気に入らない。

でもそれは、そういう出来事が嫌なのか、彼女がそうなるのが嫌なのか、どっちなんだろう。

僕はどう考えているんだ? 今思っていることは何だ? 感じていることは何だ?

はっきりしない。僕は頭を抱えてうなだれた。

 

「心配とは、想うとは、心とはいったい…………?」

「ラスボスみたいなこと言い出した!?」

 

 僕の呟きに伊地知さんが反応した。つい口にしてしまったといった風なツッコミだった。

これが芸人魂というやつだろうか。僕が目を向けると伊地知さんがぴしりと固まる。

ショートしてしまった。微かな震え以外動かない。普通の人ってどう再起動するんだろう。

ひとりと同じように斜めから軽く叩けばいいのかな。流石に叩いちゃ駄目かな。

一応この状態でも声は聞こえるだろうから、今のうちに重ねて言っておこう。

 

「ここで待ち合わせしてるのかもしれないけど、別の場所にした方が良いよ」

「…………はっ。いや、ここで何かしてる訳じゃ」

 

 意識を取り戻した伊地知さんが言葉を漏らした。

てっきり山田さんあたりと待ち合わせしてるのでは、と思っていたけど違うらしい。

じゃあここで何してるんだろう。

 

「じゃあここで何を?」

「うっ」

 

 分からないことは聞いてみよう。僕が人生で最初に覚えたことだ。

伊地知さんは僕に質問され縮こまっていた。これで逃げてくれても、答えてくれてもいい。

どっちに転んでもよし。この数瞬でコミュニケーション能力が向上した気がする。

コミュニケーション能力というか、これ脅迫に近いのでは。これ以上考えるのはやめよう。

 

「バ、バンドとしての成長は何かって、考えてました」

 

 返ってきたのは、ひとりと同じ悩みだった。でもなんで敬語?

 

 

 

「私、バンドやってるんだ」

 

 知ってる、妹もメンバーだよ、とは言えない。だからただ頷くだけにする。

黙って話を聞く僕を見て、彼女は続けた。

 

 今度オーディションを受けるんだ。

ライブをするためには、オーディションに受からなくちゃいけなくて、

そのために、バンドとしての成長をお姉ちゃんに見せつけようって。

そう皆に言ったんだけど、私が分からないんだ。バンドとしての成長が何かって。

何を見せれば成長で、どうすれば認めてもらえるんだろうって。

分からなくて、悩んで、気がついたらここにいたの。

この公園はね、今ギターやってる子と初めて会った場所なんだ。

その子はちょっと、だいぶ、いやかなり変わった子なんだけど凄くいい子で。

色んなことがあったけど、今の結束バンドがあるのはここであの子と会えたから。

だから、ここで考えれば答えが出るかなって思って、ずっと考え込んでた。

こんなに暗くなるまで悩むなんて、想像してなかったけど。

 

 伊地知さんはここまで言って、ため息を吐いた。

ひとりと同じように、ずっと悩んでいたらしい。

伊地知さん、と呼びかけるとさっきより少し落ち着いた様子で返事が返ってきた。

 

「何か飲めないものある?」

「えっ、特にないけど」

「じゃあお茶でいい?」

「う、うん」

 

 あれだけ話せば喉も乾くはず。話の途中だけど、近くの自販機でお茶を買って渡した。

渡してからしばらく手で遊んでいたけれど、やがて意を決して飲み始めた。

そんなに勇気必要?

 

「バンドとしての成長とは何か……」

 

 僕もここ一時間ほど考えていた。

ただ、僕と伊地知さんでは立場が違うから、その悩みの深さもきっと違う。

僕以上に悩んで迷っているはずだ。そんな彼女に僕から言えることなんてあるんだろうか。

いくらひとりが大切でも、僕は結局のところ部外者だ。

 

 それでも、と思う。ちびちびお茶を飲む伊地知さんを見る。

ほぼ脅迫みたいではあったけど、悩みを聞きだしたのは僕だ。

だからそれ相応の責任がある。僕なりに言えることは言おう。

 

「伊地知さん、もう一ついい?」

「えっと、どうぞ」

「結束バンドを組んでから、どんなことがあった?」

「どんなことって」

 

 僕の質問に彼女は首を傾げた。傾げながらも、ぽつりぽつりと少しずつ話し始めた。

 

「最初はリョウと二人だけだったんだ」

「うん」

「けど、えー、色々あって今は四人になって。結構、仲良くなれて。

最初は本当、本当色んなことでどうしようかと思ったけど、なんとかなって。

それで、今度のライブのためにオリジナルの曲も作ったんだ」

 

 作詞も作曲も私はしてないんだけどね、と居心地悪そうに続ける。

 

「あ、あと、アー写も新しく撮り直した。皆で色んな撮影スポット回ったなぁ」

「楽しかった?」

「うん。全部すっごく楽しかった」

 

 頷く伊地知さんは、僕を前にしても笑顔だった。

さっきまで怯えたり、戸惑っていたりしたとはまるで違う。

ただ素直な気持ちが零れ出たような、喜びと楽しさだけが詰まった笑みだった。

綺麗だな、と自然に思えた。

 

「なら大丈夫だよ」

 

 こんな顔が出来るなら、きっと何も問題なんてない。

伊地知さんはぽかんとした表情をしていた。

こんなに話してもらったのに、一言で返されたらそうなるよね。

僕も頑張って、思ったことを伝えないと。

 

「僕の考えでしかないけど、何が成長かなんて、自分で決めるものだと思うんだ」

 

 成長なんて、変化の一部を好き勝手に言い換えただけだ。

言う人、考える人がそれぞれ都合のいいように受け取るだけ。

僕が出したのは身もふたもない結論だった。

 

「皆とやったこと、変われたこと、嬉しかったこと、その全部が成長だと思う」

 

 ひとりのことを思い出す。

結束バンドに入ってから、あの子は変わった。

その日あった嬉しいこと、楽しかったことを、帰りに話してくれるようになった。

その表情は僕や自分を安心させるため、妄想を語っていた時とはまるで違う。

ずっとずっと明るくて、可愛くて、素敵なものだった。

 

「バンドのことを話してる時の伊地知さん、皆のことが大好きだって伝わったよ」

「そ、そう?」

 

 照れを誤魔化すように、伊地知さんがブランコを漕ぐ。

ちゃんと話を聞いてくれている。僕は安心して話を続けた。

 

「そんな人達と今まで頑張ってこれたなら、きっと大丈夫だよ」

 

 そう締めると、伊地知さんはたじろいでいた。

僕に言われても説得力がね、大好きな人達ってね、魔王が何言ってるんだってね。

なんか恥ずかしい。

 

「だとしても、ちゃんと伝わるかな」

「絶対伝わる。音楽は心の声だから」

 

 不安げな伊地知さんに僕は断言した。言葉とか、文章とかでの審査なら分からない。

でも、今回のオーディションはライブだとひとりが言っていた。

演奏なら、音楽なら絶対に伝わる。心を伝えるのに音楽以上のものはない。

ひとりがギターを手にしたあの日から、僕はずっとそう信じている。

あの子のギターが大好きで、僕が音楽をしない理由だ。

隠しておかなければいけないものまで、悪意まで音楽は伝えてしまう。

 

「だから、一生懸命演奏すれば絶対に伝わるよ。伊地知さん達の成長も、気持ちも、絶対」

 

 言い切った。全部僕の本心だ。それを聞いて、しばらく伊地知さんは黙っていた。

そして、なんだか穏やかな雰囲気になって、僕に問いかけてきた。

 

「……後藤くん、今日ちょっと雰囲気違うね」

「そう、かな?」

 

 僕の雰囲気が違う。こんな風に頑張って話すのは初めてだから、普段とは違うのかも。

魔王感が薄れているのかもしれない。魔王感ってなんだ。闇のオーラ? ゴトーン?

 

「うん。なんかお兄ちゃんっぽいね」

「実際、妹いるからね」

 

 ひとりとふたりの顔を思い浮かべ、ている場合じゃない。

何口滑らせているんだ、僕。僕後藤、ひとりも後藤。伊地知さん両方知ってる。

いい感じに話が出来て油断していた。自分からヒントをばらまいてどうする。

 

「ご、五歳になるんだ」

「へぇ、可愛い?」

「この世で一番」

「へ、へー」

 

 ふたりのことを言って、なんとか誤魔化せたかな。

気持ち伊地知さんに引かれた気がする。でも、気づかれてないからセーフ。結果オーライだ。

ちなみに、ひとりも可愛さランキング同率一位だ。

ひとりもふたりもジャンルは違うけど、世界一可愛い。

 

 それっきり会話は止まって、なんとなく弛緩した空気が流れた。

少しの間、二人とも何も話さずにただお茶を飲んでいた。

 

「よーし、オーディションに向けて頑張らなきゃ!」

 

 やがて、伊地知さんはそう言いながら、勢いよくブランコから立ち上がった。

両手をぐっと握ってやる気に満ち溢れている。

ここで見つけた時とは違って、目には輝きが戻っていた。

いつもの、いやいつもよりパワフルだ。僕の拙い意見でも、力になれたみたいだ。

 

「じゃあ私、練習行くね!」

 

 合わせて僕も立ち上がる。

まだひとりと合流する時間じゃないけど、ここにいる理由はもうない。

一緒に行く気はないけど、伊地知さんが明るい場所に着くまでは見守りたい。

見送るふりをしよう。出入り口に近づくと、彼女が振り返った。

 

「後藤くん、今日はありがとう」

「いや、むしろごめんね、無理に聞き出して」

 

 僕は僕の都合で聞き出して、好きなことを言っただけだ。

お礼をもらえるようなことはしていない。どちらかというと謝るべきことだ。

喜多さんのことといい、最近こんなことばっかりしてる気がする。

 

「そういえば、後藤くんはどうして私に話しかけたの?」

 

 普段の僕を知ってるからの疑問だった。学校では用がなければ他人に僕は話しかけない。

危ないからね。気絶して授業に出れなかったりすると、いくら僕でも罪悪感が沸く。

だからこそ伊地知さんは分からないのだろう。でも、答えは簡単だ。

 

「伊地知さんだから」

「え」

「伊地知さんが困っているみたいだから、力になれたらなって」

 

 彼女は妹の友達で大恩人だ。そんな彼女が困っていたら助けるのは当然だ。

だけどどうしてだろう。僕の答えに今日一番の百面相をし始めた。ひとりみたい。

バンドとしての成長を考えてた時より眉間の皺が深い。なんで?

 

「……またねっ!」

 

 僕でも分かる。今、伊地知さんは何か疑問を放り投げた。

そしてそのまま爆走してどこかへ走り去っていった。伊地知さんって結構足速い。

これだけ速いなら、見送らないでも平気だろう。

 

 安心した僕の肩を誰かが叩いた。振り向くと、さっきのお巡りさんが立っていた。

理由は分からないけど、慰めるように背中を撫でられる。どういうこと?

 

 

 

 あの後、時間を潰してひとりと合流した。

練習を終えたひとりはどこかすっきりとした表情をしていた。

バンドとしての成長、答えが見つかったんだろうか。

 

「ううん。いくら考えても分からなかった」

「でも解決した?」

「うん。成長が何か分からなくても、したいことは分かったから」

 

 この分なら僕の意見はいらない、余計なノイズになるだけだ。

そう思うほど、ひとりはいい表情をしていた。久しぶりに見る何の迷いもない顔だった。

オーディションは心配ない。無事突破できる。

そう信じるには十分すぎるほど、ひとりは今、僕に成長を見せていた。

 

「そっか。聞いてもいい?」

「うん。その、私、ちやほやされたくてギターを始めたけど」

 

 中学生一年生の頃、ひとりはとあるバンドのインタビューをきっかけにギターを始めた。

テレビで歓声を浴びるギタリストの、昔は陰キャだったという発言がきっかけだった。

ちやほやされたいから、陰キャでも輝きたいから、人気者になりたいから。

別に恥ずかしくない理由だと思うけど、いつも世界平和のためだとか誤魔化そうとする。

 

「今は四人で、結束バンドの皆で有名になって、皆でちやほやされたい!」

 

 だけど今日は違った。胸を張って、これが私だと主張していた。

最近、この子には驚かされてばかりだ。

スターリーへ通い始めて、結束バンドに入って一月二月くらい。

それが信じられないほど強く、大きくなっている。

 

「いい目標だね」

 

 バンド活動は始まったばかりだ。四人になってからは初ライブもまだ。

だからひとりは、これからもどんどん大きくなっていくだろう。

強くなって、友達も増えて、立派になって、いつか大人になる。

きっと、僕の手なんて必要ないくらいずっと。その時、僕はどうしてるんだろうか。

 

「そ、それで、メジャーデビューして、高校中退して、うへへ」

「目標……?」

 

 これは目標じゃなくて妄想か現実逃避だ。ひとりはどこか遠い世界へ心を飛ばしていた。

そういえば、そろそろ期末テストの時期だ。そのことを思い出したのかな。

どうやら、僕の手はまだまだ必要みたいだ。思わずため息を吐く。

それがどういう理由のため息なのか、僕にも分からなかった。

 

 

 

 

 

 後日、週明けの話。

オーディションは無事通過したということで、僕も晴れやかな気持ちで登校していた。

別の問題も発生したけどそれはそれ。いつも通り隠れて山田さんの机に弁当とメモを置く。

 

 今日もよし。無事本日分の使命を果たした。あとは放課後ひとりと一緒に帰るだけだ。

それまで暇だな。早く学校終わらないかな。やること無いし勉強していよう。

 

 僕が机に戻り適当なテキストを取り出してすぐ、伊地知さんと山田さんが来た。

今日はちょっと危なかった。そろそろ、先に山田さんが来ていた時の対策を考えよう。

横目で山田さんの様子を見る。うん、弁当を提供する前よりずっと顔色がいい。

こうして結果が出ると達成感がある。山田さんの健康は僕が作った。

 

 だけど横の伊地知さんの様子がおかしい。

この間の百面相が継続している。あの顔ずっとしてると、顔が凄い筋肉痛になりそう。

あとついでに、僕のことをさっきからちらちら見てくる。何かついてるかな。

 

 不思議に思っていると、伊地知さんが僕の方へ向かって歩いてきた。

僕の周りの席は誰もいないけど、何か用事があるんだろうか。誰かに借りたものを返すとか?

歩いて来た彼女は僕の前で止まり、こちらへ向いた。酷く緊張しているようだった。

 

「ご、後藤くん。お、おお、おはよう」

「……おはようございます?」

 

 それだけ言うと、彼女は山田さんの元へ戻った。

彼女を迎える山田さんも、教室の他の生徒も、その様子を見ていた。

これは、あれだね。きっとまた、何か変な噂が生まれる気がする。

 

 




「お姉ちゃん、聞きたいことあるんだけど」
「オーディションの合格基準なら言わないぞ。ちゃんと練習しろ」
「そうじゃなくて、もし、もしもだけど」
「何、はっきり言って」
「悩んでるときに、君だからって助けてくれるのってどういうこと?」
「長いし分かりづらいな……それは、あれだ、なんというか、惚れてるとか?」
「……その人が、ものすごく悪い人だったら?」
「悪い人って、あー、あれだ。お前を殺すのは俺だ、みたいな」
「…………もー、なんなの、全っ然わかんない」
「え何なの怖っ……おい大丈夫か、オーディション延期するか?」
「しなーい、やるー」


夏休みにぼっちちゃんを怒らせるため、もう一周各メンバー回をしてから廣井回になります。

次回のあらすじ
「嫌悪」
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