前回のあらすじ
「魔王捕獲作戦」
当初の予定から少しルート変更しました。
その影響で三千文字ほど増えました。
『山田リョウ様へ お心遣いありがとうございます。ですが大変申し訳ございません。
私情都合のためライブへ行けません。応援しています。夏休みなんとか生きてください。』
「リョウ、大丈夫?」
「……」
次の日、弁当に添えるように置いてあったチケットと手紙を見て、山田さんは黙り込んでいた。
ただじっとチケットを見つめて動かない。
プレゼントを突っ返されて落ち込んでるのかな。悪いことをしてしまった。
罪悪感が沸く。だけど、あれは受け取れない。
「ファンなのにライブにも来れないってことは、よっぽどの事情があるんだね」
「……」
「おぉ、今日のお弁当重い。中身はなんだろな~」
俯く山田さんを励まそうと、伊地知さんはわざと明るく振舞っていた。
あの人にもどんどん貸しが積み重なっている。全て返せる日が来るんだろうか。
「虹夏」
「おっとごめんごめん。お弁当、ちょっと気になっちゃって」
「おかしいと思わない?」
山田さんが顔を上げて、伊地知さんに問いかけていた。
その目に浮かんでいるのは落胆じゃない。疑念と知性だった。
ついこの間、テスト期間でしか見ることのなかったものだ。
「おかしい?」
「このチケット、返す理由が無い」
「えっ、行けないから返すってのは普通じゃない?」
「普通ならそう。だけどこの子は私のファンだよ。私からの贈り物というだけで価値がある」
「自分で言うか。……でも、確かにそう言われるとそうかも」
「それに私はこの子の顔も名前も知らない。黙ったままでもライブに来たかどうかは分からない」
山田さんに釣られて、伊地知さんも考え込みだした。
そんなこと考えなくていいよ。なんか返されたで流してほしい。
「考えられる可能性は二つ」
山田さんは指を二本立てた。
「そもそも私のファンじゃないか、もうチケットを持っているか」
どっちも合っている。僕は別に山田さんのファンじゃない。
演奏を聴いたことも無いから、ファンになりようもない。
そんな僕の気持ちも知らず、彼女は、前者はありえないと指を折った。
伊地知さんも同意して頷く。
「ファンじゃないなら、こんな風に毎日お弁当用意しないよね」
「お弁当とメモを隠れて毎日供える。この子はきっと真面目で、自分の考えに素直な子」
「それがどうして、もうチケットを持ってるってことになるの?」
「発想を逆転させて考えてみた。返す理由じゃなくて、返さないといけない理由はあるのか」
両手を使って、ひっくり返す手振りをしながら山田さんは推理を続けた。
「チケットの所在が曖昧になって起こるのは、観客が一人確定で減ることだけ」
「そう、だね。お金も、この場合はリョウが出すし」
「だからそこは問題ない。問題なのは」
「私たちの演奏を聴く人が、一人減る?」
山田さんは頷いた。
それは確かに、僕が山田さんにチケットを返すことを決めた理由の一つだ。
まさか察せられるとは、それも山田さんにされるとは思ってもなかった。
「そんなことに気づくのは、気にするのは重度の真面目なファンだけ」
「なるほどー。……あれ? でもそれは返す理由で、元々持ってる理由にはならないよね」
「観客のことに気づいても、私からの贈り物だから一枚だけなら、って取っておくと思う。
でも、もう一枚となると気が引けるから、こうして返した。だからもう持ってるはず」
「うーん、推理にしては願望混じり過ぎな気がするけど」
伊地知さんはあごに手を当てて考えていた。
そして山田さんはお腹に手を当てて、顔を青くしていた。
「……そう思わないと、胃が」
「あー、よしよし」
伊地知さんが背中と頭を撫でていくうちに、山田さんも回復した。
それを確認した伊地知さんは、両手を握って気合を入れるように言った。
「じゃあ、リョウが売った相手の中にいるかもしれないね。心当たりある?」
「まったく覚えてない」
「そこは覚えてないの!?」
気がついたらなんか売れてた、そう山田さんは言う。なんか売れてた。強者の発言だ。
日々ノルマ妖怪として着々に進化しているひとりに、その力を少しでも分けてほしい。
あの子本当に大丈夫かな。最近はチケットに謎のエネルギーを感じることがある。
気のせいか鳴き声もあげているような気もする。僕も疲れてるのかもしれない。
「覚えてないけど、ライブには必ず来るはず。そこで捕まえる」
「その計画まだ続いてたの……?」
最後に山田さんが暗い笑みをして、虫取り網とカメラをどこからか取り出した。
そんなものどこに隠してたんだろう。伊地知さんじゃないけど、まだ諦めてなかったんだ。
僕が弁当の子だって気づかれるはずもないけど、ライブ当日はちゃんと気をつけないと。
「それにしてもどうしちゃったの、リョウ。こんなに頭使っちゃって」
「生きるためなら、私は何だってやる」
「うわー、かっこわるいー」
終業式、HRも終わり放課後になった。これで夏休みだ。
ひとりの高校生活も、無事に九分の一が終わった。
四月頃は卒業出来るか怪しいところもあったけど、今はもうあまり心配してない。
これからもこの一学期のように、慌ただしいけど楽しい毎日が続くはずだ。
ひとりは今日もスターリーで練習だ。帰りで合流するまで時間はある。
弁当箱を回収して、どこかで時間を潰そう。図書室で宿題やるのもいいな。
僕は油断していた。今朝山田さんが思ったより落ち込んでなかったこと。
彼女の推理ショーで、ライブの時に捕まえると言っていたこと。
学校が終わって、もう他人と会わなくてもいいこと。
理由はたくさんあった。その分だけ、気が抜けていた。だから周囲への警戒がおろそかだった。
僕が弁当箱を取った時、何かが開く音がした。
普通の扉の音じゃない、金属音。ロッカーか何かが開いた音。
振り向いた先に見えたのは、勢いよく開かれた掃除用具入れと転がる山田さん。
まだ、諦めてなかった。
彼女はあんなことを言いながら、今日も弁当の子を捕まえようと網を張っていたようだ。
ようだとか言ってる場合じゃない。
幸い、勢いが良すぎたせいか彼女は転がり出て、うつぶせの状態だ。
こっちを見ていない。震えてもいないから、多分ここにいるのが僕とも気づいてない。
この隙に逃げる、それは難しい。
掃除用具入れから飛び出した山田さんは、教室の出入り口付近に倒れている。
どこも打ってないし、僕と目も合ってない以上すぐに起き上がるはずだ。
だから教室を出て立ち去るまでに、必ず姿を見られる。
僕ほど髪の長い男子もいないから、後ろ姿だけでも絶対に特定される。
じゃあベランダから飛び降りようか。ここは三階だ。このくらいならいける。
途中途中で手すりを使って減速すれば、怪我無く降りられる。
逃走経路を頭の中でイメージする。これも駄目だ。降りた先はグラウンド。
グラウンドにいる他の生徒は皆ジャージや練習着だ。制服姿の僕は悪目立ちする。
山田さんがベランダから下を覗けば、走り去る僕がよく見えるだろう。
迷っている間に山田さんが動き出した。起き上がる、首が動く、こちらを向こうとする。
逃げる、隠れる、立ち向かう。どれを選ぶにしても、もう悩む時間は無い。
僕は一瞬で周りを見渡して、決断した。
「とらえた」
僕が決断してすぐ、シャッターを切る音がした。同時にフラッシュも焚かれる。
弁当を確保する瞬間、弁当の子という証明、カメラはそのためにあったらしい。
あと一瞬躊躇していたら、そこに僕は映っていただろう。
ファインダー越しに見た光景に、山田さんは首を傾げていると思う。
「……ダンボール?」
そう、ダンボールだ。昨日山田さんが被っていたダンボールがまだあった。
誰も片づけてない。夏休み前だし、捨てる場所ここから遠いし、面倒だったのかな。
今週の掃除当番のサボりに助けられた。僕は今、そのダンボールに隠れている。
まさか人生で二回も、それも同じ人を理由にダンボールに隠れることになるなんて。
「……」
「……」
隠れて間一髪難を逃れた。でもそれだけだ。危機的状況なのは変わらない。
どう考えてもこのダンボールは怪しい。山田さんの席の横で、堂々と直立している。
変な人がここに入ってますよ、と全身で主張している。僕は不審者だ。
「……なにこれ」
僕もそう思う。思わず同意してしまう呟きをして、山田さんは僕に近付いてきた。
そのまま確認するように周囲をぐるぐると回る。そして、ノックしてきた。
「もしもし、入ってる?」
返事、すべきかな。このまま黙ってたら、なーんだただの空き箱かーってならないかな。
「入ってないなら、開けるよ」
当然無理だった。山田さんがダンボールを掴んだ衝撃が、もろに伝わる。
少しずつ、持ち上げられる。このままだと御対面だ。きっと彼女はまた意識を失うだろう。
この間は突発的な出会いだった。だから記憶も曖昧だったみたいだけど、今日は段階を踏んだ。
目が覚めた時に弁当の子=魔王ということを、覚えているかもしれない。
「は、入ってます」
彼女の問いに答えると、ダンボールの動きが止まった。そして下げられた。
そのまま滑るように山田さんが後ろに下がっていくのが、足音で分かった。
逃げられた、まさか、この声だけで僕だと気づかれた?
「男の子だったんだ」
「あっ」
山田さんはここにいるのが男だと思ってなかったらしい。
薄々そんな気はしてた。ファンの子って言い方には、なんとなく女の子っぽい響きがある。
弁当を隠れて渡すというのも、男というよりも女の子がするイメージがある。
それなら女声に調整してから返事をすればよかった。
しばらくの間、僕達は何も喋らなかった。
やりづらい。この状況の原因がほぼ僕にあるのは分かってるけど、何か反応してほしい。
出来れば早く立ち去ってほしい。僕の思いとは裏腹に、彼女はまた僕に近付いてきた。
そのまま自分の席に、僕の隣に座る。そして手をダンボールの上に乗せた。
「君がお弁当をくれた子?」
「あっはい」
認めざるをえない。何も無いのにこんなことしてたら本当に不審者だ。
山田さんがこの箱を剥ぎ取らないのは、弁当の子が正体を隠したいことを知ってるからだろう。
そうじゃなければ問答無用だ。すると箱から魔王が飛び出してくる。とんだトラップだと思う。
「どうして隠れてるの?」
「色々あって」
「色々」
「はい。なんやかんやで」
「そっか。開けるよ」
「話します。話しますから、少し待ってください」
誤魔化そうとすると、力技に出られた。今僕は圧倒的に弱い立場だ。
求められるままに話すしかない。話すにしても、どれを話そう。
当たり前だけど全部は無しだ。仮に全部を話してみたらどうなるか、想像してみた。
『実は君のバンドのギター、後藤ひとりは僕の妹なんだ。
妹がお世話になってるから、そのお礼として今まで弁当を用意してたんだ』
『ぼっちは、魔王の妹だったのか。そんな危険物はバンドに置いておけない。クビ』
『新しいギター、探さないとですね』
多分こうなる。せっかく上手く回り始めたひとりの生活を、僕で壊す訳にはいかない。
かといって全部嘘も駄目だ。最近知ったことだけど、僕は嘘が下手な上に口が軽い。
誤魔化そうとしている内に、ポロッとひとりのことを話しかねない。
ここは実践してみるしかない。
喜多さんに敗北し、伊地知さんに口を滑らせてから、僕は嘘の吐き方を勉強した。
本や論文からだから、机上の空論に過ぎないかもしれない。それでもやらないよりいい。
それらによると、全てが嘘というのはバレやすい、とのこと。
本当に隠したいことだけ嘘を吐いて、他は妥協して事実をそのまま話す。
これが嘘のコツらしい。まだ検証もしてないけど、やってみるしかない。
「その、僕は学校で浮いてて、そんな僕が表立って渡すと迷惑がかかると思って」
「そう。でも安心して、私も浮いてる」
励まされた。他人に励ましてもらうなんて数年ぶりだから、少し嬉しい。
だけどこの励まし、大丈夫だから普通に弁当渡しに来て、って意味だよね。
それは認められない。やった時のことを想像もしたくない。
「ありがとうございます。でも、ごめんなさい」
「……分かった。もう一つ聞かせて」
励ましを無下にされても、山田さんは特に気にしていなかった。
それ以上に聞きたいことがあるみたいだ。
僕が言うのもなんだけど、不審なところばかりだからね。何回聞いても足りないと思う。
「どこで私のファンになったの?」
「いえ、別にファンではないです」
「えっ?」
「あっ」
またやってしまった。適当に何か言えばよかったのに。それこそスターリーでとかなんとか。
箱の中にいるのに、山田さんから変なプレッシャーを感じる。
ダンボールを掴まれた。実際に箱への圧力がどんどん増している。
「……開けるね」
「ごめんなさい、勘弁してください」
誠心誠意謝ると許してもらえた。箱にかかる圧力が消える。
そっとその部分を内側から撫でてみる。へこんでる。
「じゃあどうして?」
「弁当を作ってた理由ですか?」
そう、と短い返事だった。彼女からしたら、今全ての前提条件が崩れてしまった。
訳が分からなくて当然だと思う。それでも、全部は話せない。
「詳しくは話せません。ただ、お世話になったからです」
「お世話、私が?」
「はい、僕と、僕の大切な子が」
ひとりから聞いただけ、その話だけでも僕は彼女に恩を感じている。
生まれて初めてあだ名を付けてもらった。
初ライブの緊張でどうしようもない時に励ましてもらった。
作詞を通じて、暗くて後ろ向きなところも個性として認めてもらえた。
これだけじゃない。僕が知らないところで、もっとお世話になってると思う。
そうだ。僕は伊地知さんだけじゃない。山田さんにも数えきれないほどの恩がある。
「だから、せめてもの恩返しです」
そう伝えると、彼女は黙ってしまった。急に恩返しと言われてもピンとこないのかな。
ピンと来ない方がいいんだけど。あ、ぼっちのことかぁ、なんて言われたら僕の心臓は止まる。
しばらくダンボールを触りながら、山田さんは考え込んでいた。
分からなくて手持ち無沙汰なんだと思うけど、怖いから触るのはやめてほしい。
彼女がその気になれば、一瞬で僕は外に出てしまう。真綿で首を締められているような気分だ。
やがて考えがまとまったのか、ダンボールから手を放し、山田さんが話し始めた。
「お願い聞いてくれたら、今日はこのまま帰るね」
「分かりました。どんなお願いですか?」
夏休みも弁当を作ってほしい、とかかな。
僕も色々とあるから、毎日は難しい。山田さんのご飯のために、毎日下北まで来るのはつらい。
それでもたまになら、ひとりの送り迎えのついでになら大丈夫だ。
そう思っていたけれど、山田さんの要求は僕の想像を超えていた。
「連絡先教えてくれる?」
「連絡先、ですか。どうして?」
「夏休みもご飯作ってほしいから。お腹空いたら連絡する」
冷静に考えると、かなり乱暴な発言だ。
秘密は聞かないでやるから、これからもご飯は作ってこい、みたいな。
そのはずなんだけど、なぜか僕は安心していた。
「ロインは事情があって使えないので、メールアドレスなら」
「うん。連絡取れるならなんでもいいよ」
喜多さんとの戦いの結果、僕のロイン上の名前は魔王だ。
変えた当初は家族みんなにとても心配された。
魔王を自称し始めて、このまま世界征服に乗り出すんじゃないかとまで言われた。
そんなことしません。多分。
下北沢高校で魔王なんて呼ばれているのは僕くらいだ。
他の高校ならともかく、この高校の生徒でふざけて魔王を自称出来る人はいない。
自ずと、こんな名前を付けているのは魔王本人ってことになる。
だからメールならと言ったところ、受け入れられてしまった。
「これ私のアドレスだから、あとでメールして」
「はい。ありがとうございます」
ダンボールの隙間から、ちぎられたノート片を入れられる。
暗くてよく読めないけど、英数字がいくつか書かれているのは分かる。
山田さんのアドレスだろう。言われた通り、あとで空メールを送ろう。
連絡先を受け取ると、山田さんは宣言通り立ち上がった。
ほっとする僕に、帰る準備をしながら彼女は声をかける。
「今度やるライブのチケットは持ってる?」
「持ってます」
「ちゃんと来てね」
元々行くつもりだった。行くつもりだったけど、この分だともっと対策しなきゃ。
どんな変装をすればいいんだろう。最悪着ぐるみかな。夏場だし死にそう。
ライブを思って憂鬱な僕を置いて、山田さんは教室のドアへ向かった。
戸に手をかける音がする。その時、思い出したように口を開いた。
「言い忘れてた、今までごちそうさま」
そして僕の方へ振り返った。
「全部美味しかったよ」
隙間からかすかに見えたのは、笑顔の山田さんだった。
その言葉を残して彼女は教室を去った。
伊地知さんが昨日言っていた、ずるいの意味が、なんとなく分かったような気がした。
「お兄ちゃん、それ何?」
「……僕のお昼?」
「えっ、こんなに?」
夏休みが始まって数日、早速山田さんから連絡があった。メールにはたった一文のみ。
『そろそろカロリーゼロになる』
とだけ書かれていた。もしかして、あれから何も食べてないのかな。
流石にそれは、いやまさかね、そんなわけとは思う。
思うけど、初めて校舎裏で見た山田さんの姿が目に浮かぶ。
お小遣いを使い果たして、草を食べる人だ。僕の想像をいつも超えてくる。
……最悪を想定しよう。何も食べてないかもしれない。
そんな風に考えていたら、たくさん用意してしまった。
多分一週間分くらいある。保存も考えて、クーラーボックスで持ってきてしまった。
ひとりが不審に思うのも無理はない。僕だって、若干何してるんだろうって思ってる。
「ほら、その、僕、成長期だから」
「……そっか?」
納得したような、してなさそうなひとりと一緒に下北沢へ向かう。
電車に揺られ、ぼーっと景色を眺めるひとりを見ながら、僕は考え事をしていた。
あの日僕のことがバレても、そのままひとりが妹だとは分からないはず。
ただ山田さんが気絶して、今後弁当を渡すことがなくなるだけ。
彼女が不健康になるかもしれないけど、それだって究極を言えばどうでもいいことのはずだ。
なのにどうして、僕はあんなに必死になって隠そうとしていたんだろう。
電車に乗っている間なんとなく、ずっと考えていた。
今週の掃除当番は山田です。
次回のあらすじ
「魔王」