ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

17 / 82
感想、評価、ここすきありがとうございます。

前回のあらすじ
「文化祭を支配する魔王」

ぼっちちゃんが女遊びの意味を理解してるかどうかは諸説あります。
この小説では兄妹共々分かってない説を採用しました。



第十五話「酒の匂いのする不審者」

 とうとう夏祭りの日が来てしまった。ひとりが死ぬ日だ。

だけど何回死んでも、今日はチケットを売り抜かなければならない。

既に他の皆は、ノルマをとっくに達成したらしい。

たった二枚だけど、ノルマを達成出来なければあの子はきっと引きずる。

ライブ当日まで、もしかしたら終わった後もくよくよする。

そんなこと、兄として認めるわけにはいかない。

 

「お巡りさん。僕はそのために声をかけていたんです」

「後藤君、君が噂みたいな子じゃないのは知ってるけど、流石にこれは」

「必要な犠牲でした」

 

 ひとりのため、僕は頑張った。

高架下でお手製のチラシを持って、色んな人に声をかけた。

結果は予想通りだ。死屍累々だ。あまりの惨状に、近所の交番からお巡りさんが来た。

顔見知りだ。子供の頃から何回も通報されているから、覚えられてしまった。

 

「必要な犠牲って、成果は?」

「もちろんありません」

 

 声をかけ次第すぐに逃げられる。ライブの話すら出来ていない。

だから成果なんて出る訳がない。そんな説明を聞いて、お巡りさんはため息を吐いた。

 

「それに後藤君、許可は取ってる?」

「はい。許可証はここに」

 

 ちゃんと警察署へビラ配りの申請書は提出して、道路使用許可証はもらった。

僕達はまだ子供だから、無許可でも見逃してもらえるかもしれないけど、違法は違法だ。

なるべくひとりに前科を与える可能性は減らしておきたい。

 

 僕の見せた許可証を前に、お巡りさんは微妙な顔をしている。

今回僕の行動に違法性は無いはず。許可は取ってるし、ギリギリ誰も失神してない。

僕の声かけ自体が犯罪、という意見は聞かなかったことにする。

 

「だとしても、この辺でビラ配りはもう難しいと思うよ」

 

 そう言ってお巡りさんが見せてくれたのは、とあるネット上の呟きだった。

 

『金沢八景に魔王出現』

 

 ゲームかな? 現実だ。そして僕だ。

もう僕がビラ配りのため、道行く人に声をかけていることが噂になっていた。

なるほど、だからさっきから人通りが少なくなっていたのか。

 

それにしても噂の回りが早い。呟いたのは近所に通う高校生。

名前は覚えてないけど、きっと同級生だったんだろう。

九年間で染みついた僕への恐怖が、この対応を産んだようだ。

 

 感心している僕をお巡りさんは気の毒そうに見ていた。

僕は気にしてないから、気にしないでほしい。

 

「分かりました。妹と合流します」

「その方が良い。あと、あんまり気にしないで。いややっぱり少しは気にして」

 

 この辺でのビラ配りは難しい。そう判断してひとりと合流することにした。

去り際、お巡りさんに気を使われる。久しぶりに会うけど、優しい人のままだった。

 

 ひとりと合流を決意したのは、今の呟きだけが理由じゃない。

ひとりからの連絡が途絶えたからだ。別れ始めは鬼のように連絡が来ていた。

無理、とか。助けて、とか。延々と助けを求められていた。

 

 兄的に頼りにされるのも、甘えられるのも嬉しい。

だけど、今日のこれは反応しちゃいけない。これでひとりは時間稼ぎも狙っている。

僕が助けに行けばよし。来なくても、僕の説得に対応していればそれだけ時間が過ぎる。

そうしてなるべく、ビラ配りの時間を減らそうとしている。

いつかの風邪の時みたいに、あの子はたまに小賢しくなる。

 

 そんな連絡が急に無くなった。

その内ヘルプが電話に切り替わると思ってたけど、そうならなかった。

いいことか悪いことか分からないけど、何かが起こったのかもしれない。

確認のため、僕はひとりがいる神社まで走って行った。

 

 

 

 僕が神社にたどり着いた時、そこにはひとりともう一人女の人がいた。

ひとりは立ち去ろうとしていて、女の人はそんな妹の手を握って何かを言っている。

ここから見えるひとりは怯え、戸惑っていた。

 

誰だあの女は。

 

 まず周囲を見る。二人以外誰もいない。単独だ。手には何も持ってない。

年齢は、恐らく二十後半から三十前半。肌つや、首元を見るとそれくらいだ。

服装はスカジャンにワンピース、下駄。どれもよれている。何日も洗ってなさそうだ。

足取りは不安定。近くに転がる紙パックを見ると、酒によるものか。

祭りだから羽目を外して酔っているのか、いや、関係ないだろう。

祭りを楽しみに来ているなら、もっと身綺麗なはず。一人というのも変だ。

それに祭りの屋台はここから遠い。あの様子でここまで無事に来れるとは思えない。

総じてあれはただの酔っ払い、ただの社会不適合者だ。

ひとりに近づけさせる訳にはいかない。早くどこかへ追い払おう。

 

「もったいないよ。もう少し続けてみなよ」

「妹に、何をしてるんですか」

 

 何かを言っていたようだが関係ない。いつもより低い声が出た。

奪うようにひとりを抱き寄せた。急に現れた僕に、ひとりは丸くしている。

 

「えっ、あっ、お、お兄ちゃん?」

「ごめんねひとり。遅くなっちゃった」

 

 ぺたぺたと顔やら体やら触って無事を確認する。

ひとりももう年頃だから、最近はあんまりこういうことはしないようにしている。

だけど今は緊急事態だ。くすぐったいけど我慢してもらう。よし、確認終了。

何ともない、よかった。無事だ。走ってきてよかった。間に合った。

何事もないようだから、名残惜しいけどひとりを解放し、背中に庇う。

そして、不審者に目を移した。

 

「あっ、もしかしてひとりちゃんのお兄ちゃん?」

 

 酔っぱらいは、真っ赤な顔で呑気に笑っている。

何だこいつは。自分でも目つきがきつくなるのを感じる。後ろのひとりが慌て始めた。

僕が社会不適合者を睨んでいると、赤い顔がどんどん青くなっていく。

その青さが最高潮に達した頃、おもむろに膝をついた。土下座だ。

えっ、怒ってはいたけど、そこまでさせるつもりは。

怒りより困惑が勝り始めた時、女の人が口を開いた。

 

「……風呂に沈めるのだけは勘弁して下さい」

「いえ、殺しまではしませんけど」

「えっ」

「え?」

 

 流石に酔っぱらって妹に絡んだだけで、殺そうとまでは思ってない。

しかもそんな、溺死だなんて残酷なこと考えもしなかった。

少し反省はしてほしいけど、それだけだ。

僕の返答に、酔いが醒めた様子の女の人、お姉さんはぽかんとしていた。

そんなに僕は殺意のようなものを出していたんだろうか。僕の方こそ反省しないと。

 

「えっと、ちょっとごめ」

 

 何かを確認したいのか、お姉さんは口を開こうとした。

その最中、顔が再び真っ青になる。また土下座でもするんだろうか。

 

「うっ」

 

 結果的に土下座の方がよかった。彼女は吐き始めた。汚い。

どうしよう。放っておきたい。僕もひとりも暇じゃない。

だけど今彼女が嘔吐してるのは僕のせい、いやこれ僕のせい? この人が飲み過ぎなだけじゃ。

どっちにしても、このまま見捨てたら今日の夢に出てきそうだ。それは嫌だ。

しょうがないから、僕達は彼女の介抱をすることにした。

 

 

 

「いやぁごめんねー、こんな迷惑かけちゃって」

「いえ、すみません。こちらこそつい威嚇してしまって」

「ううん、こーんな可愛い妹ちゃんだもんね。心配する気持ちは分かるよー」

 

 あれから何とか介抱して、お姉さんはなんとか立ち直った。

立ち直った当初こそ挙動不審だったけど、お酒を飲んだら復活した。

酔っ払いって不思議な生態をしている。

父さんも母さんもあまりお酒を飲まないから、こんな人見たことなくて驚く。

 

「そうだ、君には自己紹介してなかったね。

私こそが誰よりもベースを愛する天才ベーシスト! 廣井きくりでーす!!」

「そうですか。お疲れ様でした」

「お、お疲れ様でしたー」

「ってちょいちょいちょい、帰ろうとしないでー!!」

 

 酔っ払いってこんなに面倒くさいんだ。そういう驚きだ。

割と冷たい目を向けている自覚があるんだけど、廣井さんは怯まない。

クラスメイトならもう三回くらいは気絶してると思う。酔ってるから鈍感なのかな。

 

「廣井さん、僕今睨んでますけど怖くないんですか?」

「超ビックリした! 君目つき悪すぎ~。先輩より悪い人がいるとは思わなかったよ」

 

 けらけらと朗らかに笑いながら言われた。

あまりにも初めての反応だから、思わずたじろぐ。なんだろうこの人。

 

「でも、思ったよりお子様みたいだし、別にねー」

「お子様?」

「あっ気にしなくていいよー!」

 

 お子様。なんかこの人に言われるとむかつく。

だけどそれを表に出したらそれこそ子供だ。ぐっと堪えよう。

僕の内心なんて気にせず、廣井さんは話を変えた。

 

「あっそうだひとりちゃん。さっきも言ったけどもったいないよ。

もう少しだけでもいいから、ギター続けてみよ?」

 

 ギターを続けてみよう? ひとりがギターをやめる訳がない。

さっきの状況も考えると、危険な人に絡まれたと思って嘘を吐いたのかな。

いい判断だったと思う。次こんなことがあった時のために防犯ブザーを今度買ってこよう。

 

「あっいや、すみません、さっきの話全部嘘です」

「凄いすらすらと吐いたね!?」

 

 どんな嘘か詳細は知らないけど、嘘はひとりにとって一種の防衛反応だ。

追い詰められた時と、承認欲求が暴れた時と、見栄を張りたい時と、あとはえっと。

うん、この辺で考えるのをやめよう。この子結構嘘つきだった。

今度機会があったらよく話し合おう。

 

 ひとりと廣井さんの会話の裏で頭を抱えていると、また話題が変わったようだ。

ひとりが抱えていたチラシを持って、廣井さんは体全体を斜めにしている。また吐きますよ。

当然のように、チラシは家を出た時と同じくらいあった。

 

「それで、ひとりちゃん兄妹は何してたの?」

「えっ、えっと、チケット売ろうとしてて」

「なになに? 何のチケット?」

 

 関係ない、という前にひとりが話してしまった。

聞かれても問題ないしいいか。この人と関わるのが面倒なだけだ。

それに、ひとりの話すいい練習にもなるだろう。

一生懸命に廣井さんへ事情を説明するひとりを見て、そう思った。

 

 

 

「そっかー、ひとりちゃんは悲劇の少女だったんだね……」

 

 ひとりの説明を聞いて、廣井さんはさめざめと泣き始めた。怖い。

情緒が不安定だ。やっぱり近づいちゃいけない人なのでは。

一応逃走経路は確認しておこう。

 

「分かるよー。私も最初の頃はずうっと、苦労してたから」

 

 そう語る彼女の言葉は、過去を振り返るようだった。

ただの酔っ払いにしては言葉に実感と重みがある。

まだ半信半疑だけど、本当にベーシスト、バンドマンなのかもしれない。

 

「お兄ちゃんも偉いねー、妹ちゃんのために一緒に頑張ってて」

「僕がしたくてやっていることなので、別に偉くは」

「いやぁ偉い! 偉いよー、私は偉いと思うよー」

 

 落ち着きがない。しみじみとしていたと思ったら、僕に絡み始めた。ものすごい鬱陶しい。

何が琴線に触れたのか知らないけど、偉い偉いと言いながら、頭を撫でようとしてくる。

酔っ払いで不安定だから、無理やり抵抗すると危ない。怪我でもされたら大変だ。

諦めてさせたいようにさせた。酒臭い。ひとりが驚愕の目で見ている。

こんな情けない姿は見ないで欲しかった。

 

「そんな悲劇の兄妹のために、私、一肌脱ぎます!」

「!?」

 

 僕の頭を撫でるのをやめると、急に立ち上がり、自分のスカジャンに手をかけた。

ひとりはそれを見て、あたふたする。そして両手で僕の目を覆うようにした。

何も見えない。僕に彼女を見てほしくないらしい。僕も見たくないから大丈夫。

 

「一緒に路上ライブをして、チケットを売ろう!!」

 

 廣井さんがそう高らかに宣言した。

路上ライブという言葉にひとりの力が抜ける。光が戻った。

廣井さんはスカジャンを脱いだワンピース姿で、片手を高く挙げている。

脱ぐ必要あったんだろうか。

 

「ろ、ろろ、路上ライブ、ですか?」

「うん! 演奏して、聞いてくれた人にチケットを売るんだよ」

 

 路上ライブ。路上ライブか。

廣井さんがベーシストでもなんでもないただの酔っ払いで、適当に話している可能性を考える。

だとしても。

 

「いい、ですね。路上ライブ、僕は賛成です」

「ぃっ!? お、お兄ちゃん!?」

「おっ、やっぱりー? いいアイデアって自分でも思うんだ!」

 

 僕が賛成すると、ひとりは声にならない声をあげていた。

信じられないようなものを見た、裏切られたような顔をしている。

心が痛むけど、いい機会だと思う。

チケットを売るいいチャンスになるし、売れなくても本番前のいい練習になる。

 

 だけど多分、このまま僕がおすすめしても、ひとりは首を縦に振らない。

いつかのように、むむむと横に振る人形になる確率の方が高いと思う。

どうにかして説得しよう。僕はひとりの手を取った。

 

「ひとり、ちょっといい?」

「えっ、お、お兄ちゃん。わ、私、路上ライブ、むり」

「ひとりは人に話しかけるのと、ギターを弾くのどっちが得意?」

 

 唐突な僕の質問に、ひとりは首を傾げた。

よし、とりあえず横じゃなくて斜めに出来た。ここからが本番だ。

数回目を瞬かせると、かすれた声でギター、と言った。

 

「うん、ひとりのギターは上手で格好いい。僕も好きだよ」

「ぅへへ」

「凄い笑い方するねー」

 

 いいところなので廣井さんは黙っていてほしい。

まだ説得中だ。ひとりが冷静になる前に畳みかけないと。

 

「今日はひとり、苦手な声かけ頑張ってたよね。どれくらいやった?」

「……一時間くらい?」

「そうだね。苦手だけどたくさん頑張ってたね。偉いよ」

「そ、そう? で、でも私、全然配れてないよ」

「それを言ったら、僕だって全然だよ。成果無し。僕って今日ダメダメかな」

「! ううん、お兄ちゃんは頑張ってくれてたよ」

「ありがとう。だから、ひとりも同じだよ」

 

 いい感じにひとりの気持ちが緩んできた。罪悪感はもちろんある。

だけどここまで言ったのも、もちろん本心だから許してほしい。

 

 このタイミングで、僕は廣井さんに声をかけた。

話しかけられると思ってなかったのか、廣井さんがびくりとした。

そのままついでにお酒を飲んだ。飲まないと話せないのかな。

 

「廣井さん、路上ライブって何曲くらいやるんですか?」

「んー、日にもよるけどひとりちゃんは今日が初めてだし、一、二曲くらいかなー?」

「だって、ひとり」

 

 急転換してひとりに話を戻す。そんなすぐに戻ってくるとは思ってなかったようだ。

驚いている。僕はそれを狙っていた。この隙を突く。

 

「一、二曲、かかっても数分くらいだよ」

「えっで、でも」

「大丈夫。今日のひとりは苦手な声かけを一時間も出来た。そうでしょ?」

「うっ、うん」

「それなら、得意なギターを数分くらい簡単だよ」

 

 どうだ。この反応で、僕の作戦が成功か決まる。

 

「そ、そう、かな?」

「うん、そうだよ。ひとり、出来そう?」

「……やって、みる」

 

 勝った。

 

「というわけで、廣井さんお願いします」

「……君、やっぱりちょっと怖いかも」

 

 真顔だった。どうして。

何はともあれ、ひとりが了承してくれた。

冷静になると逃げるかもしれない。出来るだけ早く路上ライブの準備をしよう。

 

「あっ、そういえば私のベースってどこだっけ?」

「……」

 

 出来るだけ。うん、出来るだけ。

 




次回のあらすじ
「交番」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。