ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

18 / 82
感想、評価、誤字脱字報告、ここすきありがとうございます。

前回のあらすじ
「妹にしか勝てない男」


第十六話「闘いに向けて」

「む、無理。路上ライブなんて無理」

 

 廣井さんのベースを探し求めていくつも居酒屋を訪ねるうちに、ひとりが正気に戻った。

最善はあのまま流すことだったけど、予想はしてた。

今は僕と廣井さんの後ろを歩きながらぶつぶつと、無理無理繰り返している。むむむ妖怪だ。

今のところ、逃げ出す気配も壊れる気配も無いからそっとしておこう。

 

「それで、今どこに向かってるんだっけ?」

「高架下です。あそこの使用許可は取ってますし、今なら人通りがそこそこなので」

「えー、路上ライブに許可取ってんのー? 真面目過ぎだよ、ロックじゃないぞー」

 

 ビラ配りのために取っておいた許可証を見せると、廣井さんから何故かブーイングを食らう。

必要ないところでロックしてもしょうがない。

それに、限界ギリギリのひとりが今ロック的行動を取ると、多分法に触れる。

 

「ビラ配りのための許可なので、大丈夫かは微妙です。

ただ、近くのお巡りさんは知り合いですから、多少大目に見てくれると思います」

「知り合いのお巡りさん! なになに、やっぱり悪いことしてたの?」

 

 廣井さんが元々していたニヤニヤ顔を深めた。

やっぱりってなんだ。いや、初対面で自発的にだけど土下座させちゃったしな。

殺されそうとまで思われたんだから、そう見られてもしかたない。

 

「そんなことしてません。中学生の頃、ちょっとその辺の人を気絶させて回ってただけです」

「ちょっと……?」

 

 ドン引きされた。僕も同じこと聞いたら引く。

あの頃は焦ってたこともあって、今より積極的だった。その分被害者がたくさんいた。

廣井さんが醒めた酔いを取り戻すため、お酒を飲み始めた時、ひとりが僕の袖を引っ張った。

 

「お、お兄ちゃん。私、や、やっぱり自信ない」

 

 妖怪ではなくなったけど、腰は引けたままだった。

それでもやらない、逃げると言わないのは、一度やると言ってしまったからだろう。

ひとりは真面目で臆病だから、嘘以外の発言を撤回出来ない。

 

「だいじょぶだいじょぶ! 私がいるからなんとかなるよ!」

 

 そんなひとりを見て、安心させるように廣井さんが自分の胸を叩く。

気持ちはありがたいけど、自称天才である彼女の腕前は今も不明。

安心できそうもない。ひとりも、あっはい、と沈みながら返すだけだった。

 

「路上ライブも、意外とやってみればなんてことなかったよ」

 

 僕もひとりを励ますために、そう伝える。

ひとりも廣井さんも、僕の発言に驚いたのか勢いよく僕を見た。

 

「え何、君やったことあるの?」

「はい。中学生の頃に一回だけ」

 

 あれはどっちかというとテロだったけれども。

結果が結果だったから、ひとりにはやったことも連行されたことも言ってない。

言うつもりもなかったけど、ひとりが少しでも楽になりそうなら言うべきだ。

 

 僕達が説得しても、ひとりの顔は暗いままだった。

このまま何もしなくても、ひとりは演奏してくれると思う。

ただ、その場合きっと満足できるものにはならない。恐らくチケットは売れないままだ。

 

 僕が次の手を考えていると、廣井さんが持っていたお酒をひとりに差し出した。

これは何の真似だろう。とりあえず通報の準備をしておこう。

 

「あ、じゃあひとりちゃんもお酒飲む?」

「もしもし、警察ですか」

 

 本当に何の真似だろう。未成年飲酒をこんな堂々と勧めるなんて。

やっぱり悪い人かもしれない。僕がひとりを背中に隠すと、慌てて弁明を始めた。

 

「あのね、将来の不安とか、私にも嫌なことや苦しいことがいっぱいあるんだ」

「あっ、しょ、将来の不安ですか?」

「就職とか年金とか、色々大人にはあるんだよ」

「え、廣井さん年金払ってるんですか?」

「君思ったより口悪いね」

 

 驚きのあまり失礼なことを言ってしまった。

謝ろうと廣井さんの顔を見ると、自慢げにお酒を差し出された。いらない。

 

「でもお酒を飲むと全部忘れて楽しくなれる。私はこれを幸せスパイラルって呼んでるんだ~」

 

 負のスパイラルだ。

僕はそう思った。ひとりも似たようなことを考えているのが、表情から読み取れた。

そんな僕達の気も知らず、廣井さんは幸せそうにお酒を吸っている。

終末医療の現場を見た時のような、なんだか悲しい気持ちになってきた。

 

「だからひとりちゃんも、お酒飲めば何も怖くなくなるかもって!」

 

 一応優しさ、多分優しさから来た行動ではあったらしい。

法とか健康とか、信頼とかで受け取る気にはならなかった。

それに、と廣井さんは続ける。

 

「ひとりちゃんはなんとなく私に似てるからさ、大人になったら絶対ハマるよ!」

 

 人の可愛い妹と一緒にしないで欲しい。

そう伝えようと思ったけど、背中のひとりが震え始めた。

あ、まずい。廣井さんに言わないと。

 

「廣井さん、耳塞いでください」

「いいよ~」

「僕のじゃないです」

 

 酒臭い手をどけて、耳を塞がせる。そろそろ来るはずだ。

 

「あぎゃあああああああああああ!!」

 

 ひとりが吠えた。

廣井さんの言葉から、将来お酒に溺れた自分を想像してしまったんだろう。

押入れの中でお酒を飲み続けるひとりが僕にも見えた。おつまみを作る僕の姿も目に浮かぶ。

これは避けないといけない未来だ。

 

 普通の人ならすぐ逃げる惨状だったけど、廣井さんは相変わらず笑っていた。

爆笑しながら、ひとりを興味深そうに見ている。これがお酒の力なんだろうか。

 

「この子、思ったよりやばくない?」

「可愛いですよね」

「おっとー? 君もかー?」

 

 目が虚ろで叫んでいてもひとりは可愛い。当たり前のことを言ったのに驚かれた。

確かに最初は珍獣か妖怪に見えるけど、慣れてくると愛嬌を感じるようになる。

まだ素人の廣井さんには分からなくても当然かもしれない。

 

「この状態になるとしばらく動けないので、背負って行きます」

「やべー兄妹に拾われちゃったなぁ……」

 

 

 

 高架下に辿り着いた頃、ひとりが意識を取り戻した。

目を覚まして、自分がどこにいるか知ると、一瞬で顔を青くした。

目的地に着いたことを察したみたいだ。

もちろん、路上ライブをする覚悟はまだまだ決まっていない。

 

 幸いなことに、まだ路上ライブは出来ない。

廣井さんがアンプ等の機材をメンバーの方にお願いしたから、今はそれを待っている。

そのメンバーがお酒の生み出した幻覚という可能性も考えて、一応僕も話をさせてもらった。

その方、岩下さんは信じられないくらい、とてもしっかりした大人の人だった。

廣井さんについてひとしきり謝られ、お詫びとして機材を無償で貸してくれることになった。

そこでやっと、僕も廣井さんがバンドマンだと信じることが出来た。

 

 岩下さんは、悪いけどちょっと時間がかかるよ、と言っていた。

むしろ助かる。今日のひとりの説得は骨が折れそうだ。

騙し打ちのような形で、路上ライブを承諾させたのは僕だ。

責任を取って、ひとりが演奏できるようにしなければいけない。

 

 と言ってもどうすればいいんだろう。

物で釣る。ひとりは意外と物欲自体はそんなにない。欲しいのは称賛、承認だ。

さっきみたいに誘導する。流石にひとりも今は警戒してると思う。

それに、あんまり妹を騙すようなことはしたくない。これ以上は僕の心が持たない。

 

「ひとり、どうすれば勇気出る? そのためなら何でもするよ」

 

 名案が出ない以上、本人に聞くしかない。

何でもするという言葉に、ひとりの耳がぴくりと動いた。

よかった。やってほしいこと、僕に出来ることがあるみたいだ。

ひとりが話しやすいよう、なるべく穏やかに待つ。やがて、ひとりが口を開いた。

 

「お、お兄ちゃんも一緒なら、出来る、かも」

「…………え?」

 

 出てきたのは、予想外の要求だった。僕にも一緒にやってほしい。

呆然としていると、廣井さんに後ろから肩を組まれた。さっきより更に酒臭い。

弱い人なら匂いだけで吐いてしまうかもしれない。

 

「おっ、そうだよね。前やったことあるって言ってたし、一緒にやろーよ!」

「いや、ちょっとそれは」

「えー!? 何でもするってさっき言ってたよ!」

 

 同意するように、ひとりも僕を見つめてくる。じっとりとして、ほんのり半目だ。

納得いかない時、不満を持っている時にする目だ。普段は可愛いけど、今日は突き刺さる。

 

 そう、確かに何でもすると言ってしまった。吐いた言葉は飲み込めない。

兄として妹に嘘は吐けない。やるしかないのか。ただ、やるにしても問題がある。

二人の前に僕は指を三本立てた。そして、三つ問題がありますと言った。

 

「まず、今ギター持ってきていません」

「取りに行けばいいじゃん。ひとりちゃん、おうち遠い?」

「あっいえ、歩いてもそんなに」

 

 ひとりの言う通りご近所さんだ。

暑いけど、走れば岩下さんが機材を持ってくる間に往復できると思う。

 

「……二つ、人と目が合うと、気絶させちゃうんです」

「えっ何それ怖っ。でもサングラスか何かで隠せば平気っしょ?」

 

 意味が無いから試したことは無いけど、いける気はする。

年がら年中恐れられている僕だけど、気絶までされるのは目が合った時くらいだ。

サングラスのようなもので視線を、目を隠せば大丈夫かもしれない。

 

「み、三つ。ひとりと違って、あまりギター触ってないから人に見せられるものじゃ」

「って言ってるけどー?」

「……お兄ちゃん、最近あのバンド練習してるよね」

「うっ」

 

 今日のひとりはよく刺してくる。

ひとりの言う通り、喜多さんとカラオケに行った日以来、僕は時々演奏してみている。

あの日言われた喜多さんの、楽しそうだったという言葉が忘れられない。

喜多さんの目が曇っていたのか、僕が変わったのか。それを確認するためだ。

 

「あのバンド?」

「あっ、私たちのバンドの、その、今度ライブでやるオリジナル曲です」

「オリジナル曲! いいねー、いいよー! お兄ちゃんも弾けるならそれやろっか!」

 

 それにしてもここで裏目に出るなんて。

喜多さんに関わることで試したことは、大体裏目に出ている気がする。

駄目だ。ここまで来たら言うしかない。出来ることなら隠しておきたかった。

ひとりには後で不審に思われるかもしれない。

 

「あと、僕のギターを聴くと、恐怖で気絶する人が出ます」

「演奏で気絶? いいね、ロックだよそれ」

 

 個人的に最大の秘密は、ロックの一言で片づけられた。

いや、気にされないならいいんだけど、なんか、こう、釈然としない。

僕は何とも言えない気持ちで、家に向かって走り出した。もう言えることが無い。

 

 

 

 家にギターを取りに行き、途中であるものを買ってから走って戻った。

ひとりよりは軽いから、ギターを背負っていても走るのに支障はない。

そしてひとりと廣井さんの二人を預けていた交番まで戻った。

 

「ねー、なんで私たち交番に預けられてるの?」

 

 交番に届けた時、廣井さんは不満そうに言っていた。

僕からすると廣井さんは落とし物みたいなものだから、ある意味正しい届け場所だ。

この場合一割もらえるのかな。多分お酒しかもらえないからいらないな。

 

交番に届けたのは、はっきり言って僕が廣井さんをあまり信用していないからだ。

こんな日中からその辺で、酔い潰れて倒れるような人には妹を安心して預けられない。

家とここを往復する間に、目も当てられない状況になりかねない。

 

 だからちょうどさっき会ったし、信用も出来るお巡りさんに二人とも預けておいた。

交番に連れて行かれてひとりは真っ青な顔をしていた。変な妄想をしたからだと思う。

可哀想だけど、一番安全な場所だから少し我慢してほしい。

廣井さんはもしかしたら、何かでそのまま連行されるかもしれないけど、それはいいや。

その場合でもきっと機材は岩下さんが貸してくれるから、路上ライブは僕とひとりで出来る。

 

 僕が交番に戻ると、廣井さんの姿は見えなかった。まさか本当に連行されてしまった?

あの酔い方だと、法の一つや二つに触れていても不思議じゃない。

 

「あっ、お帰り、お兄ちゃん」

 

 僕が心中で廣井さんに別れを告げていると、奥からひとりが出てきた。

落ち着いたみたいで、交番に届けた時よりずっと顔色がいい。

 

「ただいま。廣井さんは何の罪犯したの? 器物破損?」

「えっ。お、お姉さんは機材が届いたからって、高架下に行ったよ」

 

 捕まった訳じゃないらしい。一安心、安心かな。安心しとこう。

もう岩下さんが機材を届けてくれたそうだ。お礼を言わなきゃいけない。

僕達はお巡りさんにもお礼と一言を伝えて、すぐに交番を後にした。

 

 

 

「志麻ならもう帰ったよ?」

 

 僕とひとりが高架下に戻ると、そこには廣井さんと機材しかなかった。

岩下さんはもう帰ってしまったそうだ。お礼を言い損ねた。

今度、今度があるか分からないけど、その時に言おう。

 

「それで、ギターとサングラス、ちゃんと持ってきた?」

「サングラスじゃないですけど、一応」

「えっ、これ、お祭りのお面……?」

 

 ひとりの言ったように、僕が持ってきたのはさっき屋台で買ってきたお面だ。

ふたりとたまに見る、日曜日の朝にやっているヒーロー物のボスのお面。

確か、なんとか魔王。僕にぴったりだと思った。

 

 最初は家で父さんからサングラスを借りようと思った。

だけど家に向かう途中、お祭りを楽しむ子供達を、着けていたお面を見つけた。

同じ隠すなら、隠れる面積が多い方がきっといい。

そう思った僕は、ここに戻る途中屋台に寄って買っておいた。

 

「なにこれ? なんかの悪役?」

「今やってる戦隊もののボスらしいです」

「おー、お祭り感あっていいねー!」

 

 よく分からないけど、廣井さんにも好評だ。

ひとりもぽけーと眺めるだけで特に何も言わない。

お面のせいでコミックバンド感が出そうだけど、怖がられるよりはいいと思う。

そうだ、これも持ってきたんだった。ひとりに確認しないと。

 

「ひとり、楽譜とスコア持ってきたけど、廣井さんに渡していい?」

「あっ、うん。もちろん」

 

 無事ひとりに許可も貰えたし、廣井さんにベース用の楽譜とスコアを渡した。

いいのー、と喜んで受け取った廣井さんは、数回目を通すと僕に返してきた。

返してきた? 酔ってて読めないのかな。

どういうことだろうと廣井さんを見ると、自信に溢れた笑みが返ってくる。

 

「大丈夫。もう弾けるよ」

 

 信用しちゃいけない発言。根拠なんてまるでない。

そのはずなのに、どうしてか僕達はその言葉を受け入れてしまった。

 

 とにかく、これで準備は整った。

機材は届いた。ひとりも受け入れた。僕も楽器と、顔を隠すものを用意した。

人通りもほどよい程度に戻ってきている。

あとはもう、気持ちの問題だ。僕もひとりも覚悟を決めるしかない。

 

 そうして僕達がそれぞれ準備を進めていると、既に終えた廣井さんに声をかけられた。

彼女はスカジャンを脱いだワンピース姿で、胡坐をかいて座っている。

格好も姿勢もだらしない。なのに何故か、どこか惹かれる貫禄があった。

 

「一応言っとくけど、今目の前にいる人は君達の闘う相手じゃないからね」

 

 僕とひとりの目を見ながら彼女はそう言った。さっきまでの曖昧で揺れている視線じゃない。

思わず目を逸らす。見抜かれるはずなんてないのに、どこか怖かった。

 

「敵を見誤るなよ」

 

 その言葉にひとりは困惑していた。闘う、敵、心当たりがないんだろう。

人前も、演奏するのも怖い。だけどそれを闘う相手、まして敵とは思ってないはず。

だけど僕は分かっている。

 

「大丈夫です。分かってます」

 

 ずっと前から、小学生の頃から知っている。他人は敵だ。

 

 

 





次回のあらすじ
「好意」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。