「あっ、あの、そ、そそ相談したいことがあるんです」
お兄ちゃんとお姉さんと一緒に路上ライブをして数日後、私はスターリーに来ていた。
今日もライブのための練習と、嫌だけどバイトのためだ。
今は休憩中で皆とお喋り、いや私はほとんど喋ってないからお、喋りって言っていいのかな。
とにかく休憩中で皆がいる。どうしても相談したいことがあったから、勇気を出して声に出した。
「チケットのこと? 大丈夫よ後藤さん、気にしないで」
「うんうん、大丈夫、大丈夫だよ」
喜多さんと虹夏ちゃんが優しく声をかけてくれる。
ノルマを達成したこと、相変わらず信じられてない……!
この間お兄ちゃんの分を追加でお願いしたら、凄い可哀想な目で見られた。
よく分からない見栄を張っていると思われてる、私でも分かる。
でももらえないとお兄ちゃんの分が無いから、無理を言ってもらった。
それ以来、リョウさんも含めて皆が優しくなった。消えてなくなりたい。
って違う。チケットのことは当日になったら信じてもらえる、はず。
今相談したいのはそんなことじゃない。お兄ちゃんのことだ。
「あっいえ、そ、相談したいのはお兄ちゃんのことで」
「お兄さんのこと?」
代表して虹夏ちゃんが声に出したけど、皆不思議に思っているみたい。
リョウさんですら、首を斜めにしている。
皆も、会ったことも無いお兄ちゃんについて相談されても困ると思う。
それもこんな、初ライブの前にされるなんて凄く困ると思う。
困ると思うけど、私が相談できるのなんて、家族と結束バンドの皆くらいしかいない。
だから、駄目で元々、言うだけ言おうと思った。言えてしまった。
ど、どうしよう。まさか本当に口に出せると思わなかった。
相談しようと思った、で満足するつもりが、出来てしまった。
皆も不思議だなぁという顔をしてるけど、嫌だなぁって顔をしていない。
「あっ、その、最近お兄ちゃんの様子が変なんです」
相談を受けてもらえてしまった。こうなったら、言うしかない。
私は、最近のお兄ちゃんの変なところを話し始めた。
「ちょっと、出かけてくるね」
「えっ、また?」
「うん、また。帰りは夕方くらいだと思う」
お兄ちゃんは私と同じ、筋金入りのインドア派、のはず。
今まで、夏休みはずっと部屋で一緒だった。
私がギターを弾いている間、何もなければ一緒に何か勉強をしている。
何かあっても家事とか、ふたりと遊ぶとかで離れることは少ない。
部屋を、それこそ家を出るなんて、お母さんからのお使いとふたりの送り迎えくらいだ。
それなのに、今年の夏はおかしい。
最初はテスト明けだったと思う。人に会いに、果し合いに行くって休みの日に出かけた。
凄く珍しいことだったから覚えている。
あのお兄ちゃんが、家で家族といられる時間を減らしてまで人に会うなんて。
よっぽど重要な事情があるんだなってその時は納得した。
帰ってきたお兄ちゃんは相当疲れていたから、凄い戦いだったみたい。
「ちょっと待って、後藤さん。その、果し合いって何なのかしら?」
「あっ、お兄ちゃんにどこ行くのって聞いたらそう言ってました」
「そ、そう。果し合い、果し合い……」
「?」
その日一日だけだったら、何かあったのかなって思っただけだった。
でもそうじゃなかった。それから今日まで、何回かこういうことがあった。
途中から不審に思ってお兄ちゃんの様子を見ていたら、出かける前の日はいつも携帯を見てた。
家族以外の連絡先をお兄ちゃんは知らない、あっ今はお姉さんのもあるんだった。
でも、お兄ちゃんは訃報用って言ってたから、関係ないよねきっと。
というか、訃報用ってどういう意味なんだろう。
「あ、あの感じだと、む、無理やり誰かに呼び出されてるんじゃないかって」
「無理やり? お兄さんが?」
「無理やり……」
虹夏ちゃんが不思議そうに聞いてきた。
あのお兄ちゃんが、誰かに脅されているとは思えない。思いたくない。
だけどいつもそうして出かける時は、何かを決意したような顔をしている。
なのに帰ってきた時は、完全敗北という文字を背負っている。
「あっ、お兄ちゃんは頭いいけど、時々抜けているところがあって」
特にいいアイデアだ、なんて本人が思っている時は、大体変なことになってる。
あんなに様子が変だから、きっと今回は自称いいアイデアをいっぱいしたと思う。
だから、相当よく分からない状況に多分お兄ちゃんはいる。
「ご、後藤さん。ほら、お兄さんにお友達が出来たー、とかなら自然じゃない?」
喜多さんが何故か焦りながら、ありえないことを聞いてきた。
友達。お兄ちゃんに。へっ。
「ふひゅ」
「凄いとこから声出すね」
「あっ、す、すみません。ありえないことを聞いてしまってつい」
「ありえないこと!?」
お兄ちゃんはぼっちだ。しかも私と違って望んで一人でいる。
お兄ちゃんは他人に無関心だけど、意外と親切だ。困っている人を見たら助けようとする。
そうした姿を見ていれば、仲良くなりたい、仲良くなろうとした人もいたはず。
でもその全てを断って、お兄ちゃんは今も一人だ。それもまったく全然気にしていない。
むしろ家族といれる時間が増えて幸せ、くらいに思ってるはず。
「あっ、お兄ちゃんは家族以外に無関心なので、友達はありえないと思います」
「あ、ありえない、ありえない……?」
さっきから喜多さんがずっと何かにショックを受けている。
なんでだろう。喜多さんは陽キャの中の陽キャ、クイーンオブザ陽キャだ。
友達がいないとか、いらないなんて発想が分からないのかもしれない。
「友達じゃないならー、もしかして彼女とか?」
彼女。お兄ちゃんに彼女。へっ。
「ほひゅっ」
「デジャヴ!?」
「あーうん。こっちもなんだね」
虹夏ちゃんの確認を、つい変な風に笑ってしまった。
笑ってしまった、じゃない! 相談に乗ってくれてるのに失礼すぎる!
そんな返答でも虹夏ちゃんはまったく気にしてなかった。よかった……
「友達でも彼女でもない人に、何回も呼び出されてるってことかぁ」
「け、怪我とかはしてないんですけど、いつも凄い大変そうで」
「それは確かに心配だね」
「……」
虹夏ちゃんは、こんな私の個人的な相談にも親身になってくれている。
喜多さんは私の相談があまりにも理解できないみたいで、目を逸らして黙ってしまった。
うぅ、ごめんなさい。でも、私も吐き出さないと不安が、このままだと物理的に出てしまいそう。
「あっ、あと、もう一つ凄くおかしいところがあって」
「もう一つ?」
「あっはい。い、一緒に下北沢まで行くとき、荷物がたくさんなんです」
虹夏ちゃんは、それの何がおかしいんだろうって不思議な顔をしていた。
あっ、駄目だ、言葉が足りてない。全然足りてない。もっと、ちゃんと話さなきゃ。
「……クーラーボックス?」
「これは、えっと、ご飯?」
バイトや練習で帰りが遅くなる日は、お兄ちゃんも一緒に下北沢まで行く。
過保護だって本人も言ってるし、私もそう思う。
だけど夜の下北沢を歩くのは、正直まだ怖いから、来なくていいよとは言えない。
というか言っても、多分お兄ちゃんは隠れて見守ってくれる。
若干、結構気持ち悪いけど、その気持ちはうれ、嬉しいかな。どうだろう。自信が無い。
それは置いといて、夏休みが始まってすぐ、この日もそうだった。
今までのお休みと一緒で、お兄ちゃんも一緒に行こうとしていた。
違ったのは荷物だ。いつもは、私と離れている間にする勉強道具くらいしか持ってない。
だけどこの日は、大量のおかずをクーラーボックスに入れて持ってきていた。
お弁当を持っていくことはあるけど、こんなことは今までなかった。
「ど、どうしたのこれ」
私の問いかけに、お兄ちゃんは明後日の方向を見た。悩んでいた。
数秒その姿勢で悩んで、答えが返ってきた。
「成長期だから、ってその時お兄ちゃんが」
「ちなみに、どのくらいあったの?」
「あっ、えっと、一週間分くらいです」
「……それは、凄く変だね」
神妙な顔で虹夏ちゃんは頷いてくれた。よ、よかった。やっぱりあれ変だったんだ。
あまりにも自信満々だったから、あの時はつい納得しちゃったけど、
いくらお兄ちゃんが男の子でも、あんなに食べれないと思う。
虹夏ちゃんと一緒に悩んでいると、何か固い物がぶつかる音がした。
驚いて音の方を向くと、リョウさんがひっくり返っていた。
「りょ、リョウ先輩大丈夫ですか!?」
「うわっ、急に何してるの?」
「ね、眠気覚まし……」
倒れていたリョウさんが、机に手を着いてよろよろと立ち上がる。
凄い痛そうだった。大丈夫かな。リョウさんはいつもと同じ涼し気な表情だった。
その顔のまま、私に問いかけてくる。あっ、でも涙目だ。
「ぼっち、それいつの話?」
「え、えっと、確か」
終業式が終わって、天にも昇る気持ちだったから覚えてる。
日付を教えると、リョウさんは考え込むように黙ってしまった。
な、何かおかしなこと言っちゃったかな?
「……きっとそれはボランティアだよ」
「えっ? ぼ、ボランティアですか?」
「そう。私のようにおなかの空いた子供たちに、愛の手を差し伸べている」
「リョウのは自業自得でしょ」
虹夏ちゃんが呆れてリョウさんにツッコミを入れている。
ボランティア、恵まれない子に愛の手を。さっきの友達よりはまだありえるかも。
でもお兄ちゃんならそういう時、ご飯じゃなくてもっと根本的に解決しようとすると思う。
「ボランティアじゃないなら、誰か知り合いにあげてるとか?」
「し、知り合い……あっ」
「ぼっちちゃん、もしかして心当たり?」
お兄ちゃんがそこまでするってことは、何か大きな恩を受けたってことだと思う。
大きな恩があって、ご飯を食べてなさそうな人。お姉さんだ。
『お腹空いて死んじゃうよ~』
『……お酒ばっかり飲むからです。ほら、これ食べてください』
呆れ果てた目で見つつ、張り切りながら準備するお兄ちゃんが目に浮かぶ。
だって十点中四点もついてる。そんな人から求められたら、お兄ちゃんは頑張っちゃう。
私は確認のため、お姉さんの連絡先を呼び出した。お兄ちゃんと一緒に私も交換してもらった。
少しの間、反応を待つ。呼び出し音が変わった。繋がった?
『おかけになった番号は、現在使われておりません』
「……こ、心当たりの人、もう死んでるかもしれません」
「えぇ……」
「まとめると、最近誰かに何度も呼び出されていて、かつ食べ物をたくさん運んでいる」
「あっ、はい」
「うーん、よくわっかんないなー」
虹夏ちゃんが万歳して背筋を伸ばす。
わ、私なんかの相談のために、こんな大事な時期にこんなに悩ませちゃった。
ど、どうしよう。やっぱりいいですって取り消すべきかな。
いや、でも、虹夏ちゃん達優しいから、一度された相談って忘れられないかも。
忘れてって言われたら忘れられるものなのかな。
だ、駄目だ。相談されたことも、忘れてって言われたこともないから、全然分からない!
「よし、決めた!」
「ひぇっ」
勢いよく机を叩いて、虹夏ちゃんが立ち上がった。
な、なんだろう。何を決めたんだろう。
「バンドTシャツの打ち合わせ、ぼっちちゃんの家でやろう!」
え。
「それで、お兄さんの様子も見てみよう!」
え、じゃない! もしかして、これは、私が相談したせい?
そのせいで、こんな大事なことを私の家で!?
「え、いや、私なんかのために」
「相談のことだけじゃなくて、私が単純にぼっちちゃんの家行ってみたいから」
むしろ、口実に使って申し訳ないかなー、といたずらっぽく虹夏ちゃんが笑う。
あまりの眩しさに私が目を隠していると、喜多さんも手を挙げた。
「あ、はい! 私も後藤さんのおうち行ってみたいです!」
こ、こっちも眩しい! キターンって音もする! 音も眩しい!!
「私も行く」
あまりの眩しさに顔を伏せていると、リョウさんの声が聞こえた。
その声に、喜多さんは喜んで、虹夏ちゃんは意外そうな声をあげた。
「え、リョウも来るの? お婆ちゃん峠なんじゃないの?」
「確認したいことがあるから。あと、勝手に人のお婆ちゃんを峠にしないでほしい」
「お前が九回も送ったんだろうが」
私を除いた三人で何か話してるけど、私の耳には届かない。
わ、私の家に、友達が、遊びに来る。それも、三人も。
どど、ど、どどどうしよう!? お、お兄ちゃんについて相談したらこんなことになるなんて!
こ、今度はお兄ちゃんに相談しなきゃ。
あっでも、お兄ちゃん皆が遊びに来るって聞いたら、きっと出かけちゃう。
それじゃ、皆が来てくれた意味がちょっとなくなっちゃう。
なんとかして、お兄ちゃんにバレないように皆に来てもらわないと。
楽しそうな皆を見ながら、私はどうやってお兄ちゃんを誤魔化すか、
どうやって皆のことを歓迎すればいいか、店長さんに皆で怒られるまで、ずっと考えていた。
まだ会わないです。