ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想、評価、誤字脱字報告、ここすきありがとうございます。

前回のあらすじ
「少し視野が広がった」

後藤家訪問が書けなかったので誤魔化しました。
代わりと言ってはなんですが、今回は短いおまけがあります。


第十八話「兄と妹の頭脳戦」

 結束バンドのメンバーが、明日うちに遊びに来るらしい。

正確には遊びじゃなくて、ライブ用のバンドTシャツデザインについての打ち合わせだ。

だけどそれはうちじゃなくても、いつものスターリーでも出来ることだ。

だから、それを口実にして集まって遊ぶんだろう。

 

 何回か一緒にいるのを見たこともあるし、ひとりの話から仲良く出来てるのも知っていた。

それでもこうして、うちに遊びに来るという結果が出ると喜びも違う。

僕ははっきり言って浮かれきっていたけど、父さんと母さんはそうでもなかった。

むしろ、心配の色を深めているように見えた。

 

「どうしたの、ひとりの友達が遊びに来るんだよ。嬉しくないの?」

「いや、嬉しい。お父さん嬉しいけど……」

 

 父さんに聞いても、歯切れが悪かった。母さんも同じように、思い悩んだ表情をしている。

何か気になることがあるみたいだ。

父さんと母さんがそんな調子だと、僕も不安で喜びきれなくなる。

 

「その、さ。その友達、ほんとに実在してるのかな?」

「!?」

 

 非実在系の友人だと思われてる。

そんな、親として子供を信じて、信じ、信じられなくてもしょうがない気がしてきた。

 

 僕と同じくひとりは筋金入りのぼっちだ。

十年以上もひとりの友達を作るため、二人で色々と試してみたけど成果は無かった。

僕達の努力も失敗も、父さんと母さんはよく知っている。

あの無残な歴史を知っていれば、こうやって疑う気持ちも分かる。

 

「ほ、ほら、部屋にある写真見たでしょ? あれ、友達、メンバー」

「……うーん、でも、最近の合成技術は凄いから」

 

 子供より科学の方が信頼されている。

だけど、ひとりがあんな写真を用意するかというと、どっちかというとする。

それを友達と言い張るのも、どっちかというとする。

あんな写真を作れるのかというと、どっちかというと作れる。

何か反論しなきゃ、このままだと結束バンドが想像上の産物になる。

 

「これ、写真のデータ、未加工だよ。未加工だけど、四人いるよ」

「…………うーん、でも、最近は友達のレンタルっていうのもあるらしいし」

 

 恐ろしいほど信頼度が低い。

むしろ、十数年積み重ねたぼっちの信頼があまりにも重い。

二人にはあんまり心配をかけないように、一時期あることないこと話していた。

その負債が、今一斉に襲い掛かってきていた。

 

 僕が過去の過ちにボコボコにされていると、今まで重い沈黙を守っていた母さんが動き出した。

あの決意に満ちた顔は、絶対にろくでもないことを考えている。

 

「こうなったらお母さん、ひとりちゃんの同級生になるわ」

「やめて」

「大丈夫よ、高校生には何歳からでもなれるから」

「やめて」

「ほら、あの時見せた制服姿、まだいけたでしょ?」

「やめて」

 

 調べてみたら高校は既卒ならほとんどの場合、再入学できないらしい。よかった。

 

「いきなり何言ってるの?」

「お母さんが高校で友達を作って、それをひとりちゃんに紹介するって作戦よ」

「むむむ」

 

 認めるのが癪だけど、何故か成功しそうな気がする。

少なくとも、ひとりに紹介する段階までは上手くいくような気がしてしまう。

こと友達作りにおいて、僕達は母さんの足元にも及ばない。

なんだろうこの敗北感。ここ最近で一番悔しい。

いや、そんな馬鹿な事考えてもしょうがない。

 

「というか信じてないならさ、この大量の下拵えはなんなの?」

 

 父さんと母さんはあれこれ言ってはいたけど、昨日から大量に食材を準備していた。

どう見ても五人分以上、その倍以上はあると思う。買いだめにしてもあまりに多い。

明日皆が来るってことを信じてないと、用意しない量だった。

 

「万が一、万が一本当だったら大変でしょ?」

「万が一……うん。準備してくれてるから、何も言えないけど」

 

 万が一で済んでよかったということにしよう。

ほとんど信じてないのにこうして準備してくれるんだから、むしろ頭が上がらない。

 

「それに準備するの早いでしょ。皆来るの明日だよ」

「……なんというか、落ち着かなくてつい」

 

 落ち着かない気持ちは僕も分かる。ここ最近ずっと、僕もそわそわしている。

そうだ、準備といえば言っておかないと。

 

「僕の分は用意しないでね。明日は出かけるから」

 

 そう伝えると、父さんも母さんも心配の色をより深くした。

僕がひとりの友達を避けているのが分かったからだろう。

 

 実を言うと、皆のことが好きだと気づいてから、避ける必要はないかもしれないと思い始めた。

僕はともかく、僕がいるからひとりのことを嫌う、なんてこと皆はしないと思う。

そう信じてるから、その内ちゃんとした自己紹介をするつもりだ。

つもり、なんだけど、明日やるとすると、三人全員に一気にやることになる。

それはちょっとね、僕の心臓がね、多分破裂する。死ぬ。

だから、明日は一日中どこかへ出かけるつもりだ。まだ死にたくない。

 

「……そういえば、ひとりに買い物頼まれたんだけど、代わりに行ってもらってもいい?」

 

 重くなった空気を払拭するように、父さんが頼んできた。

気を使わせちゃったな、と思ったけど、ちょうどよかった。

今日は父さんと母さんが台所を使っているし、ひとりはずっとそわそわしてて落ち着かない。

ふたりはそんな姉で遊んでて、ジミヘンはそのお目付け役。なんとなく、手持ち無沙汰だった。

 

「いいよ。何買ってくればいいの?」

「横断幕の生地」

「横断幕?」

 

 なんで横断幕。

 

「なんか、こう、歓迎! みたいな文章を飾りたいんだって」

「……どこに?」

「ベランダ?」

 

 ひとりは初めての友達訪問に浮かれている。

なるべくいい思い出になるよう手伝いたいし、要望も出来るだけ応えたい。

だけど横断幕、横断幕かぁ。

 

「大きさとか、どういうの書くのとか聞いた?」

 

 首を横に振られた。横断幕はいいけど、ひとりのデザインセンスは独特だ。

何を書くかによって、買うべき下地の色とか大きさも変わる。

僕は確認のため、ひとりの部屋へ向かった。

 

 

 

「ひとり、入ってもいい?」

「……あっ、だだ、大丈夫、だよ」

 

 ノックをすると、妙にうろたえた返事だった。ここ数日ちょっと様子がおかしい。

浮かれているからだと思うけど、それにしては少し違和感がある。

何も無いのに、たまにじっと僕を見ている。その割に僕が目を合わせると、高速で目を逸らす。

何か僕に後ろめたいことがある時のひとりだ。

最初に見たのは、小さい頃僕の分のおやつまで食べた時だっけ。

今何を隠してるか分からないけど、どうしようもなくなったら教えてくれると信じよう。

 

 部屋に入ると、ひとりは部屋の飾りつけを終えようとしていた。

あちこちに風船や何かギラギラしたものがつけられている。

一番目立つのは、部屋の中央で回り続けるミラーボールだ。

この間から思ってたけど、これはいったいどこで買ったんだろう。

こんなの売ってるパリピ空間に、きっとひとりは耐えられない。通販かな。

 

「今から横断幕の生地買ってくるけど、どんなのがいいとかある?」

「あっ、お兄ちゃん行ってくれるの?」

 

 ぱっとひとりの顔が輝いた。ここまで喜んでもらえると、僕もやる気がある。

それからおずおずと、ひとりはリクエストしてくれた。

ベランダに飾れるくらいの大きさ、色は白、紐で括り付けられる奴。なるほど。

 

「手芸屋とかなら売ってるかな。確か駅前にあったような」

「あっ、えっと、そっちじゃなくて、あそこのショッピングモールに売ってると思う」

「あそこ、駅から遠いところの?」

「うん」

「分かった。じゃあ今から行ってくるね」

「あっ、お兄ちゃん。暑いし、重いし、その、ゆっくり」

「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」

 

 こうして僕は、生地を買いに手芸屋さんへ向かった。

 

 

 

 八月だから当然外は凄く暑い。

ひとりが心配してたし、ショッピングモールに着いてから一度休憩を入れた。

あの子は時々察しがいい。急いで買いに行けば、帰った時に多分気づかれる。

そうなると、僕に無理をさせたことを気にしてしまう。

ひとりには明日を目一杯楽しんでほしいから、あまり僕の事で心を揺らしたくなかった。

 

 明日、明日か。そのことでいくつか違和感がある。

一つ一つは気にしなくてもいいかもしれない小さなもの。

だけど僕の直感が、何かがおかしいと朝から叫び続けている。

ちょうどいい。休憩がてら少しまとめてみよう。

 

 まずはひとりの違和感、後ろめたさだ。感じるようなことあったかな。

強いて言うなら明日、皆が来るときに僕が家を出ることくらい。

それだってひとりは止めているのに、僕が勝手にしていること。

あの子は優しいから気にしてしまっているのかもしれない。

でも、それならもっと口に出して、明日も家にいてね、と言ってくるはずだ。

これじゃないのかな。確定出来ないから保留。

 

 次に父さんだ。なんで今日休みなんだろう。

家にいてほしくない、という訳じゃない。むしろいてくれると嬉しい。

そうじゃなくて、今日父さんは有給を使ってまで休んでくれている。

明日は元々休みだから、準備のためにわざわざ休みを取ってくれたのかもしれない。

 

 準備、そう準備にも引っかかることが多々ある。

食事の準備、下拵え。あれは、すぐにでも調理できる段階までしてあった。

もちろんあの状態で保存しておけば、明日調理しても大丈夫。

だけどあそこまで用意して明日に回すと、少し味が落ちると思う。

量が量とはいえ、そこまでして今日やる必要はないはず。

 

 そしてひとりの準備も少し変だ。部屋の飾りつけが完成しつつあった。

家に皆が来ると決まってから、あの子は毎日のように部屋の飾りつけを色々と試していた。

本番を明日に控えた今日、普段のひとりならもっと焦って試行錯誤が止まらないはず。

だけど、僕が部屋に行った時にはほとんど出来ていて、それ以上手をつけようとしていなかった。

 

 あとそういえば母さんは何故か化粧をしてた。服装も妙に気合が入ってた。変だ。

 

 違和感についてはこんなところかな。

ここまで考えて、確信は無いけど、全ての違和感を拭う答えは既に思いついている。

まさかとは思うけど、確認しなければいけない。僕はひとりに電話をかけた。

 

「も、もしもし。お兄ちゃん?」

「あっひとり、ちょっと聞きたいことが出来ちゃって」

「う、うん。何?」

 

 僕との電話なのに緊張が透けて見える。やっぱり何か隠してる。

これはそれを見抜くための電話だ。単刀直入に僕は問いかけた。

 

「伊地知さん達はもう来た?」

「うん、さっき着い……あ゛っ」

 

 その返答が答えだった。

 

「やっぱり、皆が来るのは今日なんだね」

 

 僕の覚えた違和感は、全てが少し早い、という点にある。

明日のための準備なのに、どれも今日既に終わっている。

今日やる必要のないもの、明日した方がいいと思うものまで全て。

これは明日皆が来る、という前提条件をひっくり返せば全部無くなる。

つまり今日が本番なら、何一つ違和感なんて存在しない。

僕が勝手に勘違いしている可能性も考えていたけど、ひとりの反応でそれもなくなった。

 

「えっ、ど、どど、どうして?」

「一日ずらした日を教える。いい作戦だったね」

 

 当日はともかく、前日なら準備のために必ず僕は家にいる。

この作戦なら僕の行動も場所も固定できる。

ひとりが思いつくとは思えないから、父さんか母さんが考えたのかな。

食事のことも考えると、あの二人もひとりに協力しているはず。

 

 今気づいたけど、こうして僕がお使いをしているのも作戦の内だろう。

家にいる間に皆が来ても、隙を見出して僕なら脱出できる。

だけどこうして外に出て、帰ってきた時に鉢合わせすれば逃げられない。

駅から離れたところを指定したのも、きっと途中で遭遇するのを防ぐためだ。

横断幕、横断幕は多分、本当にひとりは飾りたがっていると思う。

 

 それにしても、こんな作戦を立ててまで僕を皆に会わせようとするなんて。

バイトを始めたての頃はそんな節もあった。

だけど履歴書偽造のお説教も兼ねて、僕が会えない理由を話すとそれからはなかった。

 

「ひとりは僕に、皆と会ってほしいの?」

「えっと、その、皆にお兄ちゃんのことを相談したら、会ってみようってなって」

「相談? 僕のことで?」

「うん」

 

 兄が魔王として恐れられていて、みたいな相談ではないと思う。

魔王か、じゃあ会わないと、なんて勇者系の人は結束バンドにはいないはず。

他に、僕について相談する事なんてあるのかな。

 

「何を相談したのかって聞いてもいい?」

「あっ、えっとね」

 

 夏休みに入ってから、よく分からない外出が増えた。うん。

そしてたまに、意味わからないくらい荷物を抱えて下北沢に行っている。ほうほう。

もしかして変な人に脅されてるんじゃないかと心配している。なるほど。

 

「ごめんなさい」

「!?」

 

 僕がひとりに、結束バンドの人達との関係を黙っていたことが原因だった。

こんな大事な時期に、ひとりに余計な心配をかけた全責任は僕にあった。

 

「ちょっと、その、説明が難しいけど、危ないことはしてないよ」

「で、でも、いつも帰ってきた時は疲れ果ててるよ?」

「それは、なんというか、ほら、ひとりが結束バンドの人といるときと一緒だよ」

 

 音にならない疑問の声が届いた。もう少し詳しく言おう。

 

「楽しいけど、精神力を持ってかれるでしょ?」

「…………た、確かに!」

「それと一緒だよ。楽しい、うん、多分楽しんでたから」

 

 皆への好意を自覚してなかった頃の話だ。当時はそんなこと考えてもいなかった。

だけどカラオケ、あんな密室に喜多さんと、他人と一緒にいても全然苦しくならなかった。

だからきっと、無自覚だけど楽しかったんだと思う。

そっか、前に喜多さんが楽しそうな演奏って言ってたのは、実際に楽しかったからなのかな。

 

「詳しくは、そうだね、今度のライブが終わったら話すよ。結束バンドの人とも会う」

「ほんと?」

「約束する。嘘吐いたら好きにしていいよ」

「……や、破ったら、ほんとに好きにするよ?」

「守るから平気だよ」

 

 約束をして電話を切った。こうでもしないと、僕も皆に打ち明ける勇気が出せない。

ひとりに話して、怒られて、その後怖いけど皆にも話そうと思った。

きっと皆なら、驚きはするけど受け入れてくれると信じる。

駄目でも、受け入れてもらえるように頑張る。そうした方がいいと、そうしたいと思えた。

 

 ただね、こんな初ライブ前の大事な時にね、こんな告白されても困ると思うんだ。

そう、だから今こうして僕が逃げているのは、勇気が出ないからだけじゃない。

色んなことを考えての総合的な結論。決して怖いから先送りしてる訳じゃない。

誰にも聞かれていないのに、僕は心の中でずっと言い訳をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ没シナリオ もし普通に帰宅していたら

「正座に慣れたら」

あらすじ

 何も気づかず帰宅すると、そこには結束バンドの面々がいた。

笑顔の喜多、驚きに声をあげる虹夏、そして気絶する山田。

混沌とした状況は皮肉にも、ぼっちが静かにキレることで終結する。

怒りのぼっちを鎮めるために今、裁判の開催が決定した。

 

 

 8月某日、午後某時、後藤家二階ひとりの部屋。

今ここで、とある裁判が開かれようとしていた。

 

「えっと、弁護人、検事、立証の準備は十分ですか?」

「出来てます」

「はい! 大丈夫です!」

 

 伊地知裁判長が声をかけると、山田弁護人、喜多検事がそれそれ返事をする。

両者ともに自信に満ち溢れていた。どっちの返事も僕の不安を煽った。

 

「では喜多検事、冒頭陳述をお願いします」

「はい、今回の事件は、被告が原告である妹へ吐いたある嘘が発端でした」

 

 

 

 あれは確か、偽装登校をして喜多さんとぶつかった次の日くらいだったと思う。

ひとりが風邪を引く前にした、履歴書の偽造について僕は説教していた。

 

「履歴書はね、個人情報の塊なんだ」

「うっ、は、はい」

「勝手に作るのも応募するのも、罪には問われないよ。でも、倫理的にはどう?」

「よ、よくない、です」

「そうだよね。名前とか住所とか、知らない内に知られていたら怖いよね」

 

 ひとりの風邪が治るまで待っていたから、僕もすでに落ち着いている。

あの時は動揺で頭が回ってなかったけど、よく考えるとひとりならこれくらいやる。

履歴書や布団の中の氷、何も気づけないほどあの頃の僕は浮かれていた。

パニックになると明後日の方向に進む子なのは、とっくに分かっている。

今思えば、兄としてあれくらいの奇行は読んでおくべきだった。

 

 それはそれとして、お説教はする。駄目なことは駄目。

嫌われないといいな、と思いつつお説教を続けていると、ひとりが手を挙げた。

質問があるみたいだ。

 

「……お兄ちゃんはどうしてそんなに」

「スターリーでバイトしたくない理由?」

 

 控えめに頷かれた。

扶養の関係とかいくつか理由はあるけど、一番はもちろん僕の評判だ。

今のところ順調なのに、僕が理由でこの関係を崩したくない。

 

「僕とひとりが兄妹ってバレたら、また大変なことになるからだよ。だから」

 

 

 

「『僕は結束バンドの人とは関わらないよ』という宣言を被告がした、と原告は主張してます!」

「……被告、本当ですか?」

「はい、言いました」

 

 覚えてる。ひとりの複雑そうな顔も覚えてる。

自分で言うのもなんだけど、断言してた。力強く断言してた。腕まで組んでた。

僕の発言に、喜多さんは勢いよく机を叩いた。

 

「しかし、被告は関わらないどころかメンバー全員と交流を深め、遊んだりしています!」

「……」

「…………あの、後藤さん? いえ、あれは遊びじゃなくて、練習というか」

「……」

「あっ、そうね。休みの日に一緒に出掛けたら、それは遊びと同じね、うん」

 

 横に座るひとりに見つめられ、喜多さんはおとなしく座った。

怖い。さっきからひとりが何も喋らない。元々口数は多くないけど、何も喋らない。無。

 

「そ、それでは弁護人、冒頭弁論をお願いします」

「分かりました」

 

 呼ばれた山田さんが音もなく立ち上がった。

謎のプレッシャーが満ちる空気なんて気にしてないように、涼しい顔をしている。

いや違う。滅茶苦茶足震えてる。冷や汗かいてる。ひとりの重圧に負けてる。

 

「被告がしたのは、人命救助です」

 

 それでも、山田さんは高らかに、僕がしたのは人命救助だと主張した。

え、人命救助って何。急にどうしたの。

 

「被告は空腹の私を助けるため、毎日弁当を差し入れてくれただけです。

私と被告の関係はそれだけだから、特に遊んだりはしてません」

 

 そう言って、また静かに座り直した。えっ、それだけ? 弁護は?

あっ、これはもしかして。そうだ、違う。山田さんが弁護してるのは僕じゃない。

自分だ! 自分だけ助かろうと命乞いしてる!

 

「……」

 

 そんな山田さんをひとりはただ見ていた。何か喋って。

 

「で、では、被告。ここまでの冒頭陳述と弁論に言いたいことは?」

「特にありません。全て事実です」

 

 実際言えることはなかった。

ひとりにあんな宣言をしておきながら、結束バンドの皆に接触したのは事実だ。

なんだかよく分からない内に、連絡先を交換していたのもその通り。

僕は、妹にした宣言を全力で破っていた。罪深い存在だ。

 

「裁判長、僕は死刑ですか?」

「これそんな重いやつだったの!?」

 

 伊地知さんが設定を忘れて絶叫した。

妹との約束を破った。ある意味兄としては死んだも同然だ。

 

 神妙にする僕を、いつも山田さんを見るような目で伊地知さんは見ていた。

そして気持ちの整理をつけるように、一度咳払いしてから手を叩く。

 

「えー、じゃあ被告は有罪で。求刑はー、どうするぼっちちゃん」

「……」

「ぼ、ぼっちちゃーん、お願いだから何か言ってー」

 

 じっと伊地知さんを見ていた。やっぱり何も喋らない。

そんなひとりの様子に困り果てた伊地知さんは、もう一度咳払いして判決を出した。

僕達兄妹がご迷惑をおかけしてごめんなさい。

 

「と、とりあえず被告は隅っこで正座してて」

「そんな、僕は死刑じゃないんですか?」

「そっちが不服なの!?」

 

 思っていたより軽い判決が出た。

伊地知さんの指示通り部屋の隅に正座する。

これだけで本当に僕は許されるんだろうか。反省感が足りない。

僕のこの思いを伝えるために、どうすればいいのか。

少し考えて、思い出したものがあった。そうだ、あれを使おう。

 

「ジミヘン、ちょっとあれ取ってきて」

 

 裁判中おとなしく待っていたジミヘンにお願いする。

ジミヘンは驚くくらい賢い。こんな適当なお願いでも理解して聞いてくれる。

実際に少しして、僕が言ったあれを部屋から持ってきてくれた。

しかもお願いし忘れたマジックまで用意してくれた。流石の気遣いだった。

 

「ありがとう、ジミヘン。この後はふたりのことお願い」

 

 あれとマジックを受け取って頭を撫でる。

今一人で暇してるだろうふたりのことを任せると、一声吠えて部屋から立ち去った。

頼りになる背中だなぁと思いながら、受け取ったものに僕はマジックを走らせた。

 

『僕は妹に嘘を吐いた罪深い兄です』

 

 反省を示すため、僕はフリップを首から下げる。いつかひとりがやろうとしていたものだ。

あの時、これなら逆に怒られないかもと思ったから試してみた。

 

「え何それ、ふざけてるの?」

 

 伊地知さんの目はかつてないほど冷たかった。

 





次回のあらすじ
「台風」
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