ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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前回のあらすじ
「新宿にも魔王が生まれかけた」


第二十二話「怒れるぼっち」

「それで、喜多さんとは最近カラオケで歌の練習をしてて」

「……」

「山田さんとは直接会ってないけど、ご飯を提供してる」

「……」

「ほら、あの人ほっとくと草を食べて生きようとするから」

「……」

「伊地知さんとは、特に何もないかな。クラスメイトだからたまに話すけど」

「……」

「ほんとだよ? 連絡先も知らない、あっ、聞けば教えてくれるかな」

「……」

「あっはい。ごめんなさい。聞いてたらもっと駄目ですよね」

 

 ライブ翌日、ひとりに現状を説明した。そうしたらこうなった。

今はひとりの部屋でお互いに向かい合い、膝をくっつけながら正座している。

ひとりは俯いていて、つむじしか見えない。どんな顔をしているか分からない。

逃げる気はもちろんないけど、両腕の袖を摘ままれていて身動きが取れない。

この体勢でかれこれ三十分ほど、ずっとひとりは黙っている。

 

 これは、怒ってる、のかな。

ひとりは割と分かりやすい子だけど、この反応はどうなんだろう。

戸の隙間から、僕達を覗き見る父さんたちの顔を見た。

父さん、母さん、ふたり、ジミヘン、皆顔を横に振った。誰も分からないらしい。

 

 このままだと、どこまで怒っているのか、どうすれば許してもらえるのか、想像もできない。

僕が困っていると、部屋の外にいたジミヘンがこっちに駆け寄ってきた。

一度僕の膝を叩くと、ひとりの顔の下に身を寄せる。僕の代わりに確認してくれるみたいだ。

ひとりを見上げるジミヘンの様子は変わらない。尻尾もよく振っている。

僕の膝に登って元気づけるよう一度吠えると、そのままふたりの元へ戻って行った。

この感じだと、そこまで深刻に考えなくていいのかな。

 

 その時、机の上にある僕の携帯が震えた。誰かから連絡が来たようだ。

 

「おにーちゃん、電話よんでるよ」

「ふたり、取ってくれる?」

「はーい!」

 

 ふたりは喜んで僕の手元まで運んでくれた。

ひとりに摘ままれている体勢のままだから、このままだとひとりにも画面を見られる。

でも見られて困るようなこともないか。特に洗いざらい話した今なら、隠すことも無い。

 

 連絡は喜多さんからだった。

 

『また練習に付き合ってくれませんか?』

 

 いつもの練習の誘い。最悪、あるいは最高のタイミングだ。

ライブも終わったし、そろそろ僕とひとりについて打ち明けるつもりだった。

いい機会だから、この時に言おう。そう決めた僕の袖が強く引かれた。

 

「……一緒に行く?」

 

 ひとりは俯いたまま、黙って頷いた。

 

 

 

 初めての日以来喜多さんは僕を気遣って、人通りの少ないところを集合場所にしてくれる。

ただ、そういうところに喜多さんを一人で待たせるのは、僕が不安になる。

経緯はどうであれ、よそ様の娘を預かるのだから、危ない目に合わせる訳にはいかない。

なのでいつも、集合時間より早めに来るようにしている。

 

「喜多さんは、まだ来てないみたいだね」

「……」

 

 今日も三十分前には到着した。喜多さんの姿はまだ見えない。

ひとりも一緒だと、人通りの少なさがまた助かる。

原因の僕が言うのもなんだけど、ひとりはまだ摘まみ状態から回復していない。

今も僕の背後で、ずっと袖を摘まんでくっついている。暑い。

この中で人ごみに飛び込んでしまえば、どれくらいの被害が出るのか想像も出来ない。

 

 相変わらずひとりは僕に顔を見せてくれない。口も利いてくれない。

だけどこうしてくっついてくるし、声をかければ反応はしてくれる。

怒ってるのか怒ってないのか、何を考えているのか、どうしてほしいのか。

こんなにひとりのことが分からないのも久しぶりだ。

 

 ひとりの重圧を背中に感じながらしばらく待つと、見覚えのある人影が近づいてきた。

喜多さんだ。片手を挙げると、早足でこちらに歩いてくる。

 

「お待たせしました、先輩」

「ううん、今来たところだよ」

「ふふっ。先輩、いつもそう言ってますよね」

「本当のことだから」

「分かりました、そういうことにしておきます」

 

 喜多さんと挨拶を交わしていると、何故か背後のひとりが振動を始めた。

摘ままれている僕も一緒に震える。今日の振動は強い、震度五くらいかな。

これくらいなら平気だ。ひとりは置いといて、喜多さんに話をしないと。

 

「喜多、さん、カラオケ、行く前に、話したい、ことが」

「何の揺れですかこれ!?」

 

 僕の異常を確認するように、喜多さんは僕を観察し始めた。

そこで袖にかかった指を見つけたようだ。その指の主、ひとりを目にする。

大きな目がますます大きくなり、輝きが強くなる。あれ?

 

「あっ、今日は後藤さんも一緒なのね!」

「えっ、あっ、はい、い、一緒です」

 

 ひとりが喋ってくれた。やった、じゃない。

喜多さんは今確かに驚いた。驚いたけど、想像してたものじゃない。

どういうことだろう。僕が想像してたのはもっと違う。

 

『な、なんでここに後藤さんが!?』

『実は僕達兄妹なんだ』

『えぇぇぇぇぇ!?』

 

 みたいな激しいもの、系統的には幽霊を見た時のような、ありえないものを見た時の反応だ。

だけど今のは、驚きは驚きだけど嬉しい驚きというか、遊園地で出すような驚きだ。

なんというか、ギャーって言われると思ったら、きゃーって言われた気分。

上手く言語化出来ない。ちょっと混乱してるな。一度冷静になろう。

 

 一回深呼吸。よし。今の反応、知らないものを知った時のものじゃない。

だから僕の想像が正しければ、喜多さんは既に僕とひとりのことを知ってることになる。

どういうこと? 知ってたなら今までなんで、でもそれなら確かに今までの疑問点が。

いや、よく考えるとどっちでもいい。元々今日はそれを言いに来たんだ。

知ってても知らなくても何も変わらない。僕は喜多さんに切り出した。

 

「喜多さん、実は僕とひとりは兄妹なんだ」

「…………知ってますよ?」

「ぅうええええええ!?」

 

 決意を込めた言葉に返ってきたのは、困惑だった。

喜多さんの代わりに、ひとりがギャーって感じの声をあげてくれた。ありがとう。

当然そんな声をあげれば注目される。これだとゆっくり話も出来ない。

早くカラオケまで移動した方がいいな。

 

「喜多さん、事情を説明したいから移動してもいい?」

「は、はい」

 

 

 

「えっ、あれで隠してたんですか?」

 

 カラオケに着き、僕達の事情を聞いた喜多さんは開口一番こう言った。切れ味が鋭い。

僕の三大ゴミ技能、会話、嘘、演技は全部喜多さんには通じていなかったらしい。

もう身の程を知ってるから、力量を思い知らされても傷つかない。本当だよ。

 

「いつ兄妹だって気づいたの?」

「下北沢で一緒にお買い物した時には気づいてましたけど……」

 

 初手だった。僕のここ数か月の努力は何だったんだろう。

ロインを魔王にする必要なんてまったくなかった。無駄魔王だ。

ため息を吐く僕の背中を、ひとりが慰めるように撫でてくれた。

 

「ありがとう、ひとり」

「……」

 

 お返しに頭をそっと撫でる。抵抗はない。これはいいんだ。

だけどさっき喜多さんとは話していたのに、僕にはまだ口を利いてくれない。

僕達のその変わった様子を見て、喜多さんは首を傾げた。

どうして僕と話さないのか、分からないんだろう。僕も分からない。

 

「後藤さんどうしたの? 喉痛いの?」

「あっ、いえ、そういうわけじゃ」

「じゃあなんで先輩とお話ししないの?」

「そ、そそ、それは、その」

 

 それをそのままひとりにぶつけていた。強い。僕達じゃとても勝てない。

背中のひとりが視線を迷わせているのを感じる。ひとりがこうなったのは僕のせいだ。

僕が返事をしないと。

 

「これは僕が悪いから」

「そうなんですか?」

「さっきも言ったけど、僕は結束バンドと関わらないって言ったのにこれだから」

「それで後藤さんは怒って、怒ってる?」

「話してくれないし、顔も見せてくれないから分からない」

 

 喜多さんは僕の横に回り込み、ひとりの様子をじっと見ている。その姿勢のまま問いかけた。

 

「後藤さん、怒ってるの?」

 

 本当に強い。喜多さんは無敵だ。物怖じせず、気になったことを直接ぶつけている。

ひとりがそんな彼女に勝てるはずもなく、あわあわしているようだった。

 

「あっ、その、怒ってる訳じゃ」

「そうなの? じゃあどうして?」

「い、いま、お兄ちゃんと話すと、爆発しちゃうので」

「……先輩、後藤さんって爆発出来るんですか?」

「たまにするよ」

 

 喜多さんは部屋の入り口を横目で見た。逃げようとしている。

ひとりと仲良くし始めて数か月だ。その経験で本当に今爆発しかねないと思っている。

爆発自体はするけど、命に支障はない。喜多さんの誤解を解こう。

 

「大丈夫だよ。物理的な破壊力は無いから」

「ぶ、物理的じゃない方は?」

「あるけど、今のは多分嘘だから今日はどっちもないよ」

 

 僕の言葉を確認しようと喜多さんがひとりに目線を戻す。

普段からは想像できない反応速度で、僕の背中にひとりは姿を隠した。

この感覚、なんとなく覚えがある。あれは僕達がもっと子供の頃だった。

 

「こうしてると、小さい頃思い出すな」

 

 漏れ出た僕の独り言に、喜多さんは何故か目を輝かせて反応した。

 

「小さい頃ですか?」

「うん。小学校くらいまではずっと、こんな感じでくっついてたから」

 

 ひとりが一緒の時はこの子を守ろうって意識が強すぎて、周囲を威嚇していたかもしれない。

今思うと、あれのせいでひとりへの腫物扱いが加速してたような気もする。

自分の馬鹿さ加減を思い出して、深いため息を吐く。それに連動してひとりが飛び上がった。

 

「ぴょぉぉぉっ」

「こ、これは何ですか、先輩!?」

 

 謎の挙動を見せるひとりに、喜多さんが動揺している。

これは変な誤解してるな。訂正しておかないと。

 

「ひとりがこうして頼ってくれるのは、昔からずっと嬉しいよ。

ただ、ついでに自分の駄目なところというか、失敗も思い出しちゃっただけだから」

 

 そう伝えると、飛び上がって硬直していたひとりが、元の位置に戻った。

僕がこの体勢を昔から嫌がってたって、ひとりは多分勘違いしかけてた。

だけどちゃんと気持ちが伝わったみたいだ、よかった。

一安心していると、喜多さんが感心したように僕達を見ていた。

 

「先輩って、後藤さんの考えてること分かるんですね」

「兄妹だから」

「いいですよね、そういうの。家族の絆って感じがします」

 

 そこまで言って、喜多さんは言葉を切った。

そして少しの間考え込むと、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

怖い。喜多さんのいたずらに僕が勝てる気がしない。何をされるんだろう。

 

「一回、お兄ちゃんって呼んでみてもいいですか?」

「えっ、それは」

 

 否定の言葉を出す前に、強く袖を引かれた。今までで一番強い。

振り返るとやっぱり見えるのはつむじだけ。でも今だけは言いたいことも分かる。

心配しなくても大丈夫。僕の答えは決まっている。

 

「ごめんね喜多さん。僕の妹はひとりとふたりだけだから」

 

 ひとりの力が弱まった。喜多さんは、あれ、断られたのに笑顔のままだ。

 

「残念です!」

 

 むしろ笑みを深めている。残念だって気持ちが伝わらない。いたずら指数が更に増している。

今の答えにそうなる要素あるの? それとも断られることが前提だった?

それよりも、笑顔の対象がひとりになっているのが気になった。

 

 喜多さんはそのニマニマとした笑顔のまま、僕に、というよりひとりに近付く。

 

「ちょっと後藤さんお借りしますね」

「あっはい、どうぞ」

「あっ、えっ、き、喜多さん、どこへ」

 

 そして僕の背中から喜多さんはひとりを剥がした。手を取ってそのまま部屋の外へ向かう。

ひとりの疑問に答えるため、僕に伝えるために、喜多さんはウインクしながら口を開いた。

 

「女の子の内緒話をします!」

 

 女の子の内緒話。よく分からないけど、妙な圧力を感じる言葉だ。

だからそれ以上触れることなく、手を振って二人を見送った。

 

 

 

 数分もしない内に戻ってきた喜多さんの手には、見慣れたピンク色の物体が乗っていた。

 

「後藤さん溶けちゃいました……」

「まだ女の子の内緒話は難易度が高かったみたいだね……」

 

 喜多さんから元ひとりを受け取る。

とりあえず横の席に座らせ? 寝かせ? うん、置いておこう。

どう表現すればいいのか分からない動作をしている僕の前に、喜多さんが座った。

 

「先輩でも、今の後藤さんは分かりませんか?」

「物理法則も何もあったものじゃないから」

 

 一時期あらゆる理系科目が出来なくなったことを思い出した。

科学、物理学、生物学、ほぼ全ての基礎理論が信じられなくなった。

今は広い心で、何事も例外はあるよねと受け入れている。諦めたとも言う。

 

「そういう意味じゃなくて、何を考えてるか、です」

 

 遠い目をする僕を喜多さんは切り捨てた。最近は喜多さんも遠慮しなくなってきた。

それは置いといて、ひとりがいったい何を考えているか。僕もずっと悩んでいる。

 

「困ったことに、今回はあんまり分からない」

 

 ひとりは素直な子だ。

出力の段階で不可思議な動きをするから誤解されやすいけど、喜怒哀楽は分かりやすい。

楽しいときは楽しい気持ち、悲しいときは悲しい気持ちで一杯になる。

だから、僕は今回かつてない勢いで怒られると思っていた。だけど実際はこれだ。

黙っていた僕への怒り、教えてくれなかったことへの不安、僕が人と仲良くしていた喜び。

あとその他諸々の感情が入り混じっていて、ひとりが今何を考えているのか分からない。

 

「今の、あんまり分からないって言いませんよ」

「うーん、でも一番大事なところを理解できていない気がする」

 

 僕の所見を述べると、喜多さんはちょっと引いていた。兄妹ならこれくらい出来ると思う。

腕を組んで首を傾げる僕に、喜多さんは更に問いかけてくる。

 

「先輩は後藤さんが私たちと仲良くなって、寂しくありませんでした?」

「少しはね。それよりも、嬉しい気持ちの方が大きいから」

 

 一緒にいる時間が減って、もちろん寂しく思う時もある。

だけどそれ以上に、毎日楽しそうなひとりを見られる幸せの方がずっと大きい。

十年以上求め続けて、やっと手に入ったもの。目の当たりにする度に寂しさなんて消し飛ぶ。

 

 僕の返答を受けて、喜多さんは言葉に迷い始めた。

違う答えだと想像していて、その答えから言いたいことへ繋げようとしていたのかな。

しまった。喜多さんがせっかく話してくれようとしたのに。なんとか軌道修正しないと。

 

「実は狂おしいほど寂しい」

「極端ですね!?」

 

 なるべく真剣に伝わるよう、大真面目な顔で言ってみた。信じられた。

まさかここに来て、僕の演技力が向上している? 今更上がっても使いどころがない。

僕の失敗した軌道修正を受けて、喜多さんはまた別の質問に繋げた。

 

「えっと、それで先輩は私たちに、その、妬いたりしませんか?」

「嫉妬? そんなこと、したこともないけど」

 

 結束バンドの皆には感謝しかない。嫉妬なんてとんでもない。

僕がしてあげられなかったこと、僕達が出来なかったことをしてくれた。

神棚の一つや二つ作ろうかな、なんて思ったこともある。図面はもう作った。

 

 喜多さんは手を顎に置いたり、お腹の前で弄ったりし始めた。

また、言葉に迷っている。また迷わせてしまった。今度こそ正しい軌道修正をしよう。

 

「実は殺したいほど嫉妬してる」

「ま、魔王!?」

 

 喜多さんに呼ばれるのは初めて、新鮮な気分だ。

というか、やっぱり噂の魔王が僕ってことも知ってたんだ。

それなのに初対面の時からずっと、こうして普通に話してくれる。喜多さんはいい子。

 

 そんないい子の喜多さんは、僕の言葉で顔を真っ青にしていた。ごめんなさい。

 

「ごめん、怖かったよね。冗談だよ」

「き、気をつけてくださいね……」

 

 楽しくて自分の魔王感をうっかり忘れてた。はしゃぎすぎはよくない。

それにしても嫉妬、嫉妬か。今の状況に何か関係あるのかな。

 

「嫉妬がどうかしたの?」

「……本気で言ってますか?」

「うん」

 

 重い重いため息を吐かれた。僕を見る目も呆れ果てている。

喜多さんにこんな目で見られるなんて。動揺する僕へ彼女は告げた。

 

「じゃあ教えてあげません。女の子の秘密です」

 

 なるほど。

 

「兄じゃなくて、姉に産まれればよかったのかな」

「そういう問題じゃないですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、あの、喜多さん、内緒話って一体」

「ごめんね後藤さん、お兄さんと引きはがしちゃって」

「あっ、いえ、それは別に」

「一つだけ、伝えておこうと思って」

「な、なんですか?」

「大丈夫よ後藤さん。お兄さんのこと、取ったりしないから」

「な゛っあ゛ぁ゛」

「ふふっ、後藤さん真っ赤になってかわ、え、あか、赤過ぎない? というかこれ溶けてる!?」




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