ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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前回のあらすじ
「友達が出来たけどタイトルは変わりません」


第二十九話「二学期の始まり」

 ある意味一学期と同じくらい、もしくはそれ以上に激動の夏休みが終わって、学校が始まった。

昨日は自信に溢れていたひとりだったけど、案の定朝はぐずっていた。筋肉痛だかららしい。

最後は喜多さんにひきずられてたし、あの下り道が効いたのかな。

 

 ふたりに虐められて朝から可哀想ではあったけど、この程度で休ませてはいけない。

ひとりが筋肉痛に慣れてないから騒いでいるだけで、触診したけど大したことは無かった。

実際電車に乗る頃には、時々痛そうにはするけどそれだけで、もう叫んだりはしない。

憂鬱そうに外の景色を眺める余裕も生まれていた。そして途中で眠った。

 

 そんなひとりが学校に辿り着くのを見送って、僕も高校に着いた。

山田さんの補習やら何やらで、夏休みの間も何回か来たから久しぶりという感じはしない。

でも生徒たちが僕を恐れ、道を空けてくれるこの感覚は懐かしい。

 

 昇降口を抜け、廊下を進み、教室へ進む。今日も道が広い。

僕が歩く度に廊下から人は減り、音が減り、静寂に満ちていく。

今日はちょっと遅くなってそろそろ始業時間だから、僕だけが理由じゃないと思う。多分。

 

 教室に着き戸を開けると、既に中は静かになっていた。

二年生の二学期にもなると、僕の登校時間もなんとなく知られている。

だからその前後にはこうして静かになり、ほとんどの生徒が席に着いている。

今日は中々来なくて皆そわそわしていたようだけど、入ってきた僕を見て机を眺め始めた。

この光景を見ると、なんだか学校が始まるって実感が湧いてきた。自分でもどうかと思う。

 

 そうして教室を見回していると、伊地知さんと山田さんと目が合った。

伊地知さんは手を振ってくれて、山田さんは手を合わせている。その動きはなんだろう。

もしかして、いただきますかな。気が早い。今日の分はまだ渡していない。

 

 僕が自分の席に着いた頃、ちょうどチャイムが鳴った。遅刻ギリギリだった。

同時に担任の先生が慌てて教室に飛び込んできて、下北沢高校の二学期は始まりを告げた。

 

 

 

 下北沢高校は進学校だから、始業式も授業があって、午前だけで終わらない。

ひとりのところは、午前中で終わりだと言っていた。

今はノルマ達成のため、伊地知さんにシフトを増やされてバイト中のはず。

 

 ひとりが頑張っているんだから、僕も頑張らないと。

そう決意して、今日はどこでお昼を食べようか考えていると、僕に忍び寄る影があった。

それはひもじそうな顔をして、縋りつくように僕の机にしがみついている。

その光景は、教室の中にざわめきを作り始めていた。

 

「陛下、お弁当下さい」

 

 そんな空気をものともせずに、山田さんは両手で皿を作り、僕を上目遣いで見つめていた。

もちろん今日も、山田さんの分も弁当は持ってきている。

ただ、僕が遅い時間に登校したのもあって、中々渡すタイミングが掴めなかった。

当然渡すつもりだけど、こんな公衆の面前では僕と山田さんの関係が知れ渡ってしまう。

 

「山田さん、皆の前で話しかけるのは」

「前も言ったけど、私も浮いてるから平気」

 

 だから早くお弁当下さい、と彼女は続けた。もしかして、お腹空いてて頭回ってないだけかな。

思わず呆れてしまう。何かを勘違いした山田さんは、目をうるうるとさせ始めた。

この人に今何を言ってもしょうがない。とりあえず持ってきた弁当を手渡した。

受け取ったそれを、山田さんは高く掲げて喜んでいる。

そこまで喜んでもらえると嬉しいけど、もっと周りの目を気にしてほしい。

 

 ざわめきと山田さんをどうしようか悩んでいると、伊地知さんが教室に入ってきた。

何かの都合で廊下の方へ行っていたらしい。戻ってきて早々教室の雰囲気に目を丸くしている。

そして悩む僕と弁当を掲げる山田さんを見てため息を吐く。吐きながら、僕らの方へ歩んでくる。

 

「こらリョウ、後藤くん困ってるよ」

「これはあれ、嫌よ嫌よも好きのうちだから」

「まだ嫌すら言ってないよ」

「大丈夫、私には分かってる」

 

 何故か山田さんは自信満々だった。

話しかけられて、確かに僕は嫌じゃないし嬉しいけど。そういう問題じゃない。

こうやって話すこと自体が問題だ。

 

 周囲を見る。僕の動向に注目している。興味津々だ。

仕方がない、被害が出るかもしれないことを承知で、周りを軽く睨む。

全員一斉に目を逸らしたから、誰も気絶しなかった。よく鍛えられている。

 

 それでも、これで少しの間はこっちを見ないだろう。

この隙に伊地知さんに手招きをして、顔を寄せてもらう。

机とにらめっこしてても耳を立ててるのは分かってるから、内緒話で説明しよう。

 

「僕と話していると、二人にも変な噂が流れるから」

 

 最初ちょっとくすぐったそうにしていた伊地知さんは、途中からどんどん真顔になっていった。

黙って僕の説明を聞いている。頷きもしないけど、話すのを止めると僕を見て先を促す。

そして僕が話し終えると、少しだけ目を瞑り、内緒話なんてなかったかのように口を開いた。

 

「後藤くん、一緒にご飯食べよ?」

 

 空気が凍った。ついでに僕の思考も凍った。伊地知さんまで僕の話を聞いてくれない。

固まって返事もしない僕に、伊地知さんは言葉を重ねてきた。

 

「嫌だったら、ちゃんと嫌だって言ってね」

 

 嫌な訳が無い。昨日の江ノ島で知ったことだけど、友達とご飯を食べるのは楽しい。

それに嫌だって、君とはご飯を食べたくないなんて言われたら、方便でもきっと傷付く。

だから嫌だなんて言える訳がなかった。せめてもの抵抗として、頷いて返事をする。

それでも伊地知さんは嬉しそうにしてくれた。無意味な抵抗だった。

 

「じゃあ決まりだね。どこで食べようか」

「私のとっておきを紹介しよう。なんと今なら無料で前菜もついてくる」

「それ雑草でしょ」

 

 伊地知さんと山田さんに引っ張られるように、僕は教室を後にした。

僕達が教室を離れてすぐ、クラスメイトの、男子と女子の悲鳴が聞こえた。

なんで悲鳴をあげたのか、これから何を話すのか、想像もしたくない。

今後のことを思うと、今からでも二人と別れるべきだ。

それでも僕は惜しくなってしまって、結局そのまま一緒に昼休みを過ごした。

 

 

 

 こうして時々、伊地知さんと山田さんと一緒にお昼ご飯を食べるようになった。

僕と表立って絡むことで何か二人に不都合が生じると思っていたけど、今のところはなさそうだ。

ただそれ以来、何か僕に用が出来た時は皆が二人を通すようになった。

二人とも後藤、というか魔王係になってしまった。とても申し訳ない。

そのことで何度か謝ったけれど、伊地知さんは別にいいよといつも許してくれる。

山田さんには、もうおかずのグレードアップを要求された。分かりやすくて助かる。

 

「なので、何かお礼が出来ればいいなと思ってます」

「……それを私に言ってどうする」

「店長さんはお姉さんだから、伊地知さんの欲しいものとか分かるかなって」

「知るか、というか知ってても教えない。自分で聞け、自分で」

 

 二学期が始まって少しして、ちょっとしたきっかけでスターリーを訪れた。

ちょうどよかったから、店長さんに相談したけど教えてくれない。ただ言うことはもっともだ。

僕のお礼なんだから、僕の気持ちが伝わるように考えないと。

 

 密かに気合を入れる僕を、冷ややかに店長さんは見ている。

その目線は時々僕じゃなくて、地面の方を、ゴミ箱の方へ向いている。

今日彼女が冷たいのは、僕の相談じゃなくてこっちが原因だろう。

 

「お前、この状態のぼっちちゃんを見て何も言わないのか?」

「文化祭のライブに出ようか迷ってて、相談しようかと思ったけど勇気が出ないみたいですね。

この後店長さん達に声をかけると思うので、よかったら聞いてあげてください」

「えっ怖っ」

 

 求められたから、ゴミ箱つむりのひとりが言いたいことを代わりに伝える。

それなのにドン引きされた。理不尽だ、と思ったけどそうか、そこじゃないか。

店長さんは言いたいことは、きっとこっちの方だ。

 

「あっでもこの後バイトなのにゴミ箱に入るのは、衛生的に不味いですよね」

「そこは大丈夫。それはぼっちちゃん専用だから」

「えっ」

「ちゃんと消毒してあるし、ゴミを入れたことも無い。ハーブのいい匂いまでするぞ」

 

 どこか得意げに店長さんが教えてくれた。言っていることも、得意げな理由も分からない。

ひとり専用。どういうことだろう。専用のゴミ箱って初めて聞いた。

スターリーって専用のゴミ箱支給してるの? 支給してどうするんだろう。

ひとりなら喜ぶかもしれないけど、普通の人がゴミ箱をもらってもどうしようもないはず。

 

「PAさん達にも支給してるんですか?」

「は? んな訳ないだろ」

「私もこんなものもらっても困っちゃいますよ」

 

 念のため確認すると、頭のおかしい人を見る目で見られた。これは間違いなく理不尽だ。

 

「……店長さんも、バンドマンだったんですね」

「どういう意味だコラ」

 

 僕の知る限り、バンドに携わる人は多かれ少なかれ、皆どこかおかしい。

今のところ伊地知さんはまともだけど、きっと知らないだけで変なところがあるはず。

だってあの山田さんの親友で、僕とひとりとも友達が出来ている。まともな神経じゃ無理だ。

 

 それに店長さんは、あの廣井さんの先輩だ。

とても口に出来ないような趣味を持っていても、正直不思議とは思わない。納得する。

僕は店長さんのことを尊敬している。なるべく維持したいから、深堀りはしないでおこう。

 

 店長さんの追及をかわしていると、ひとりがゴミ箱から這いずり出てきた。

どうやらゴミ箱の中で勇気がチャージ出来たようだ。

そのまま立ち上がり、僕の横に座って店長さんとPAさんに話しかけた。

そんなひとりから、ほのかにラベンダーの香りがした。店長さんは本当のことを言っていた。

 

「あ、あの、店長さんは、文化祭でライブした方がいいと思いますか?」

「一生に一度の青春の舞台だからな、迷ってるくらいなら出た方がいいんじゃない?」

「青春の舞台……」

「あー、私高校ろくに行ってないから、今適当なこと言ってるぞ」

「ちなみに私は高校中退です」

「青春の舞台……?」

 

 相談相手を間違えた、口以外の全てがひとりの感想を物語っていた。

話すだけでも整理がついたり、自分の気持ちが分かったりするから、無駄じゃないよ、多分。

店長さん達もなんとなく気まずそうだ。青春してない人に聞くべきじゃなかった。

 

「お疲れ様でーす! あれ、なんだ後藤くんも来てたの?」

「しかも集まって話し込んでる。レアな光景」

 

 そんな空気を切り裂くように、伊地知さんが元気よく入ってきた。

山田さんもよどんだ空気を気にせず、声をかけてくれる。よかった。なんとかなりそうだ。

 

「後藤さんが文化祭のステージに出るかどうか、悩んでるんですよ」

「え、文化祭の? いいねー、出ようよ!」

 

 予想通り、伊地知さんは乗り気だった。

山田さんは何も言わないけど、どこか楽し気だ。彼女もやりたいみたいだ。

その返答をひとりも分かってたらしい。だから用意していた質問を続ける。

 

「あっあの、文化祭でライブとかしたことあるんですか?」

「中学でやったよ!」

「私はマイナーな曲で、会場をお通夜にしてやったぜ」

 

 堂々としたお通夜宣言だった。胸を張って言うことじゃないと思う。

微妙に手と瞳が震えているような気もするけど、僕の勘違いだろう。こんなに自慢げだ。

山田さんから視線を外すと、何故か僕を見ているひとりと目が合った。僕にも確認したいようだ。

 

「え、僕? 僕はしたことないよ。ひとりも知ってるでしょ」

「でもお兄ちゃん、私に路上ライブのこと隠してたから」

「あれは、ほら、色々事情があって」

「……」

 

 そう話す僕を見るひとりの目は、微妙に冷たい。

隠し事をしていた僕が悪いけど、あれからちょくちょく疑われる。

自業自得だけど、切ない気持ちになる。なんでも信じてくれるひとりはもういない。

 

 そんな僕達を放置して、伊地知さんは出たいなーと何度も呟いていた。

 

「ほら、私たちの学校って全然文化祭盛り上がらないでしょ? だからやりたいなー、ライブ」

「そっか。なら僕が」

「はい後藤くんストップ。その話はもう終わってるからねー」

 

 ひとりと山田さんは分かってないようだけど、伊地知さんには止められた。

生徒会に掛け合おうとしたことがバレたみたいだ。

流石に生徒会長になろうなんてもう思ってない。だけど会長に要望を伝えるのは簡単だ。

彼には結構な貸しがあるから、お願いすれば喜んで何でも聞いてくれると思う。

 

「私もここ以外でオリジナル曲をやりたい。きっといい宣伝にもなる」

「うんうん。喜多ちゃんも色々頑張ってくれてるけど、実際に見てもらうのが一番の宣伝になると思う!」

 

 そうやって相談を続けていく内に、二人ともどんどん乗り気になっていた。

ひとりも引きずられるように、少しずつだけど前向きになっている。

それでも、どうしても不安を振り切れないようで、知らない校則を語りだした。

 

「で、でも、高校の文化祭って、青春ロックで盛り上げないと退学になるんじゃ」

「大丈夫。中学の頃だけどほら、お通夜の山田さんでもちゃんと高校生にはなれてるよ」

「その二つ名はやめてください。正直、今もたまに夢に見る……」

「強がりだったのかよ」

 

 震えていたのは気のせいじゃなかった。山田さんだからそうかなとは思ってた。

ちょっと意地悪だったかもしれない。明日は卵焼きを一つ増やしておこう。

僕の懺悔に気づかず、山田さんはひとりに寄り添ってくれていた。

 

「文化祭はきっと、いや絶対にここより多い人の前での演奏になるから、ぼっちの不安も分かる」

「確かに、そうだね。だからぼっちちゃん、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。

ぼっちちゃんたちの文化祭なんだから。ほら、来年も再来年もチャンスはあるし」

 

 伊地知さんと山田さんはやりたいな、とは言うけど無理強いはしなかった。

あくまでひとりに任せるという姿勢を崩さない。そしてひとりはまだまだ迷っている。

今すぐに決める必要がないのなら、もう少し時間が欲しいな。

 

「ひとり、提出期限っていつだっけ?」

「えっと、まだ一週間くらいあるよ」

「それなら、まだゆっくり考えられるね」

 

 そう言って、伊地知さんと山田さんの顔色を窺う。これでいいのかな。

すぐ僕の様子に気づいた二人は、明るく答えてくれた。

 

「私はどっちでもいいよ!」

「ぼっちに任せる」

「ね、二人ともそう言ってくれてるし」

 

 最後まで二人は明るく暖かく、ひとりの気持ちを尊重してくれた。

二人の気遣いを大切にして、一番ひとりに、皆にいい形になるようによく考えて。

あれ、二人? もう一人の子は、喜多さんの意見はいいのかな。

 

「そういえば、喜多さんには聞かないの?」

「……喜多さんに言うと、自動的に参加が決まりそうだから」

「確かに」

 

 伊地知さんも山田さんも、というか店長さんとPAさんまで深々と頷いていた。

陰口みたいでごめんね喜多さん。でも、僕も納得したから何も言えない。

彼女にはひとりが決意を固めるまで内緒にしておこう。

 

 

 

 そう思っていた次の日の昼休みのことだ。

ちょうどお昼を食べ終えた頃に喜多さんからメッセージが届いた。

なんだろう。今日はスタ練の日らしいから、練習の誘いじゃないと思う。また何か雑談かな。

喜多さんの話はよく分からないことも多いけど、刺激的かつ新鮮で、いつも面白い。

何も考えずに開いた画面には、一文と一枚の写真のみが届いていた。

 

『私は罪人です』

 

 そこにはフリップを首から下げ正座する喜多さんと、棺の中で横たわるひとりが写っていた。

よく見る光景だから特に何も思わなかった。精々が、これ誰が撮ったんだろうくらいだ。

 

「二人とも、ちょっとこれ見て」

 

 今日も一緒にご飯を食べてくれた伊地知さんと山田さんに声をかける。

僕の差し出した携帯を見て、またぼっちちゃん死んでる、とだけ伊地知さんが呟いた。慣れてる。

山田さんに至っては、一度ちらりと見ただけで何も言わない。日常風景になってる。

 

 別に僕はひとりの死体を二人に見せたかったわけじゃない。

僕の推論を理解してもらうためには、この状況を見せた方が分かりやすいと思ったからだ。

遺体のひとり、近くでへたり込む罪人の喜多さん。この光景から分かること、それは。

 

「喜多さんが文化祭ステージの申込、したみたいだね」

 

 つまり結束バンドの、秀華高校文化祭でのライブが決定した、ということだ。

僕の推測を聞いて伊地知さん、そして山田さんも顔を上げた。

二人とも、山田さんは分かりづらいけど、やる気に満ちた顔をしていた。

 

 そんな表情のまま、伊地知さんが僕をじっと見つめている。

何かあるのかな。僕から確認する前に、彼女がその何かを口にした。

 

「それじゃ、後藤くんに一つお願いしたいことがあるんだけど」

「いいよ。何でも言って」

「リョウに勉強、教えてあげてくれない?」

 




撮影したのはささささんです。

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