ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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前回のあらすじ
「二学期初キルは喜多」


第三十話「進学校では学力=戦闘力」

「連立方程式楽しい」

「凄いね山田さん、もう中一の数学は終わったよ」

「どや」

「自分の学年忘れてない?」

 

 伊地知さんにお願いされ、僕はスターリーで山田さんのテスト勉強を手伝っていた。

喜多さんがひとりを殺害したことは気になるけれど、それはそれだ。

二人ともその内来るだろうから、事情を聞くのはその時で十分間に合うだろう。

 

 時折山田さんの面倒を見つつ、僕達も僕達でテスト対策をそれぞれ行う。

ライブハウスとは思えない静けさの中、カリカリとペンの走る音と、何か液体を飲む音がする。

そっちの方は見ない。絶対面倒なことになる。なんであの人ここにいるんだろう。

伊地知さんに視線で問いかけると、無言で首を横に振られた。アンタッチャブルらしい。

 

 僕達はなるべく意識の外にそれを置いていたのだけど、向こうが許してくれなかった。

カランコロンと下駄を鳴らして近づいてきて、座っている僕の上に覆いかぶさってくる。

今日も酒臭い。

 

「ねー、なんで君たちライブハウスに来てまで勉強してるの~? 楽器を握れ、楽器をー」

「…………どうして廣井さんがここにいるんですか?」

 

 スターリーの開店まで、まだまだかなりの時間がある。関係者以外立入禁止のはずだ。

まさか廣井さんもここで働き始めたりしたんだろうか。それならこんなに酔ってないか。

そんな大事件があれば、ひとりもきっと僕に話してくれるだろうし。

 

 廣井さんは僕の疑問に答えてくれない。どいてもくれない。ただただお酒を飲んでいる。

代わりに伊地知さんがため息混じりに、むしろため息中心に教えてくれた。

 

「ライブの日以来、うちにシャワー借りに来たりするんだよね……」

 

 店長さんと廣井さんは先輩後輩関係だ。でも最近は会ってなかったらしい。

それがこの間僕達が引き合わせたせいで、再び縁が出来てしまった。

そしてそれから伊地知さん達に迷惑をかけてしまっているようだ。

 

「……ごめんね。僕達がライブに呼んだばっかりに」

「ううん。後藤くんのせいじゃないよ」

 

 伊地知さんはそう言ってくれているけれど、完全に僕達のせいだった。責任を感じる。

僕が謝って、伊地知さんがフォローしてくれて、何度もそんなことを繰り返す。

そんな僕達を見て、廣井さんが訝しげな声をあげた。

 

「あれ、なんか仲いいね。正体隠してるんじゃないの?」

「色々あって、その、友達になったので」

 

 照れるようなことじゃない。友達になれたのだから、むしろ誇らしげにすべき。

それなのに、口にするのはなんとなく気恥ずかしいものがあった。

思わず廣井さんから視線を外し、伊地知さんの方を見てしまう。ばっちり目が合った。

彼女は最近よく見る、いたずらっぽい猫のような微笑みを浮かべていた。

 

「後藤くんって、思ってたよりも照れ屋だよね」

「そうなのかな、ってあれ、僕そういうの顔に出にくいらしいけど、分かるの?」

「ふっふっふ、リョウで鍛えられてるからね!」

 

 今度は得意げな笑顔だ。ころころと変わって、どこか子供っぽい可愛げを感じる。

こういう顔をされると、たとえからかわれたりしてもつい許してしまう。

それどころか、こっちまでなんとなく楽しく、嬉しくなってしまう。愛嬌があるって得だ。

そうして伊地知さんと話していると、廣井さんが不満を滲ませながら口を挟んできた。

 

「えっずるくない? 私が言った時は全否定だったじゃん!」

「正直今も抵抗があります」

「なんで!?」

 

 廣井さんのことは好きだし、尊敬もまだ少しは残っている。

それはそれとして、会う度に何かしらの汚点を、関わっていいのかな、という面を見せてくる。

好意はあるけど、なんというか、両親に紹介したくない人を友達と呼んでいいのかな。

 

「陛下見て、出来た」

「早いね。……うん、全部合ってるよ。ここはもう完璧だね」

「どやぁ」

 

 廣井さんのことも僕の葛藤も気にせず、山田さんが勉強の成果を持ってきた。

軽く確認すると、全部出来てる。思っていたよりもずっと飲み込みが早い。

これならなんとか、中間テストまでに仕上げられるかもしれない。

 

「あれ、こっちの子とも仲いい。もしかしてこの子も友達?」

 

 放置された廣井さんだけど、それよりも目の前の光景の方が気になるようだ。

山田さんも友達なんだろうか。こういうことって、確認してからなるものなのかな。

でも伊地知さんは友達になってくださいって言う前に、もうなってくれていた。

分からない。僕は初めて友達が出来てから、まだ一か月も経たない身だ。

友達検定初級にすら届かないだろう。こういう時は聞いてみるしかない。

 

「僕達ってなんだろう。友達でいいのかな?」

「友達兼配下だよ。私は魔王軍大幹部」

「らしいです」

「え、意味分からない」

 

 最近の子怖い、と廣井さんはお酒を一気飲みした。

魔王軍はともかく、山田さんも友達でいいらしい。嬉しい。また友達が出来た。

そんな僕の内心を知ってか知らずか、廣井さんは山田さんの顔を見て唸り始めた。

頭に手を当てて、何かを思い出そうとしている。一瞬二日酔いで頭が痛いのかと思った。

少ししてあっと声をあげた。思い出したらしい。そして頭を押さえた。二日酔いでもあるらしい。

 

「そういえば君、私たちのライブによく来てたよね?」

「……?」

「ねーねー、ほら私のファンなら、いい感じに私の事フォローして!」

「…………すみません、どちら様ですか?」

「うぇっ!? えっ、あ、あれだよ? SICKHACKの天才ベーシストきくりちゃんだよ?」

「???」

「わ、私だよ? 私、忘れられるようなキャラじゃないよ……!?」

 

 衝撃のあまり、さっき一気飲みしたはずなのに廣井さんの酔いが醒めかけていた。

どこかひとりを思い出す慌てぶりで、彼女は山田さんの前で不思議な動きをしている。

流石に不憫に思ったのか、伊地知さんがフォローに入る。山田さんの肩に手を乗せ解説を始めた。

 

「あー、この子の記憶ところてん式なので、勉強すると音楽のこと全部忘れるんです」

「ところてん式!?」

「山田さんも結構人間離れしてるよね」

「そんなに褒めないで、照れる。それに、後藤兄妹には劣るよ」

「褒められてないし、それは誉め言葉でもないでしょ」

 

 廣井さんが絡んできて、案の定勉強する雰囲気ではなくなってしまった。

ただ、一番心配な山田さんの勉強が、想定よりずっとスムーズに進んでいる。

この辺りで一度休憩にしてもいいかもしれない。

 

 そんな風に思っていると、表の方から騒がしい音がした。

階段を乱暴に駆け下りる音がする。お客さんかな。

いや、スターリーは開店前だ。こんなに急いでくる人はいないか。

考えている内にお店の入口が力一杯、思いっきり開かれた。

 

「せ、先輩、大変です!」

 

 そこには血相を変えた喜多さんと、顔色の悪いひとりが立っていた。

よく見ると喜多さんは顔を真っ赤にして汗をかき、息も乱れている。駅から走ってきたのかな。

それならあのひとりの顔色の悪さも納得だ。飲み物とタオルを用意しなきゃ。

 

「ご、後藤さんが、後藤さんがっ」

 

 喜多さんはそう何度も言いながら、入口の階段も駆け下りる。

ひとりはもうついていけないようで、手摺にすがりつくようにしていた。ゆっくりでいいよ。

喜多さんはその勢いのまま僕達のところへ走り寄り、思い切りテーブルを叩いた。

 

「後藤さんが、馬鹿なんです!」

「知ってる」

「大声で何てこと言うの喜多ちゃん。後藤くんも何言ってるの」

 

 ひとりは可愛い可愛い僕の妹だ。でも可愛さで成績は誤魔化せない。ひとりの成績は悪い。

よければ多分、高校も僕と同じところに通っていた。受験したけど普通に落ちた。

あの頃は僕にも考えがあって、下北沢高校の受験は手伝わなかった。

 

「あっ、て、点数ひとりです」

「ほら、つられてぼっちちゃんもまた変なこと言い始めた」

 

 正確には点数ぜろにんだと思う。

もちろんこんなことを言えばひとりが傷つくから、何も言わない。胸にしまっておく。

代わりに飲み物とタオルを二人に渡した。想像はつくけど、話は落ち着いてから聞きたい。

 

「とりあえず、一回休憩しようか。風邪引かないように汗も拭いてね」

「ありがとうお兄ちゃん」

「あっ、ありがとうございます、後藤先輩」

 

 僕達の様子を、意外なことに廣井さんは黙って見ていた。

黙ってはいたけれど、じろじろと喜多さんのことを観察していた。

知らない酔っ払いにそんな風に見られては、いくら喜多さんでも感じるものがあったみたいだ。

さりげなく移動して僕の背中に隠れつつ、恐々と尋ねてきた。

 

「えっと、後藤先輩、この方は?」

「SICKHACKでベースボーカルをやってる廣井きくりさん。以前お世話になったんだ」

「どうもー、廣井きくりでーす! よろしくね!」

「はぁ、どうも。喜多です?」

 

 喜多さんはコミュニケーションの鬼だけど、流石に酔っ払いの対応には困っていた。

彼女のそんな反応も廣井さんはまったく気にしていない。これはこれでコミュ強と言えるのかも。

 

「それで、もしかしてこの子も?」

 

 紹介が終わると、廣井さんはまた確認してきた。そんなに僕の友達関係が気になるのかな。

喜多さんは、どうなんだろう。僕は友達だと、友達であってほしいと思っている。

それ以外になにかあったかな。彼女には、音楽のことやひとりのことを時々教えている。

何を期待してそんなことをしているか、今は彼女の力になりたいからだけど、きっかけは。

きっかけは、そうだ、僕がいない場所で、ひとりのことを助けてもらうためだ。

だから、そう、喜多さんと僕の関係は。

 

「…………後継者?」

「何の話ですか?」

 

 ひとり係の後継者だ。うん、最低だし、何より二人に失礼だ。この発想は捨てておこう。

よく分からないことを言われて不思議そうな喜多さんに、廣井さんの疑問を説明した。

それを聞いてすぐ、何の迷いもなく彼女は明るく答えてくれた。

 

「大切な先輩で、友達です!」

 

 ここが地下だってことを忘れるほど、眩しく輝く笑顔だった。

近くで浴びたひとりは、あまりの光量に目を押さえ、もだえ苦しんでいた。

そしてそれを正面から受け止めた廣井さんは、お酒を絶えず飲むことでなんとか耐えていた。

 

「うぅ、この明るさは肝臓にしみるよ……」

 

 肝臓は沈黙の臓器だ。それが悲鳴をあげるということは、そろそろ危ないのかもしれない。

 

 

 

「それで、中間テストで赤点を取ると補習で文化祭どころじゃ」

 

 騒ぎの元だった廣井さんが静かにお酒を飲み始めたから、今度は喜多さんから話を聞いた。

予想した通り、彼女が文化祭ステージの申請を出したらしい。

そのことをひとりと話している途中に、中間テストを、補習のことを思い出したそうだ。

 

 この慌てようだと、ひとりの小テストの結果でも見せられたんだろう。

ついこの間あったことは知っている。補習もないらしいから今回は対策しなかった。

だけど答え合わせと復習は一緒にした。一緒じゃないとやってくれないからね。

ちなみに自己採点だと0点だった。

 

 あれを見たならこれだけ焦って慌てる気持ちも十分わかる。

ちょっと勉強すればいいとか、そんなレベルじゃない。このままだと間違いなく補習だ。

ただ、定期テストであれば心配しなくても大丈夫だ。喜多さんを安心させよう。

 

「ひとりの一学期の期末テストの点数、喜多さんは知ってる?」

「え、合計六点くらいじゃ」

 

 五教科合計でそれはなかなか取れないと思う。

喜多さんの無残な予測を聞かされて、ひとりが地味にショックを受けていた。

可哀想だとは思うけど、あんな小テストを見た後だ。妥当と言えば妥当だ。

 

「ほらひとり、喜多さんにちゃんと言おう」

 

 僕の言葉に頷き、ひとりは自分の鞄を漁り始めた。

その中からクリアファイルに挟まれた、一学期の成績表を取り出す。持ち歩いていたらしい。

そしてひとりはその成績表を、ほんの少し自慢げに喜多さんに見せつけた。

 

「へ、平均六十点くらいでした……!」

「嘘ぉっ!?」

 

 喜多さんが今まで聞いたことのない汚い声を出した。それだけの驚きだったようだ。

想像の六十倍もひとりが優秀だったからだろう。元の想定があまりにも酷い。

 

「小テストはともかく、定期テストは僕も一緒に対策してるから」

 

 そしてその度に死にかけている。今回も僕の死は近い。夜更かししたくない。

僕の微妙な雰囲気を感じ取ったのか、ひとりがおろおろとし始める。

しまった。ひとりが気にしないようにって、いつも心がけていたのに。

 

「い、いつもごめんね、お兄ちゃん」

「ううん、気にしないで。大半は僕の拘りとわがままだから」

 

 謝るひとりをなんとか止める。実際、苦労の大半は僕が勝手にしていることだ。

楽をしようと思えばもっと出来る。僕がひとりのためにと、一人で拘っているだけだ。

そうして項垂れ沈む僕を見て、伊地知さんが納得したように声をあげた。

 

「だからいつも、テスト期間はあんなに殺気立ってたんだね。勉強のし過ぎかと思ってたよ」

「僕はどうとでもなるから、自分のことは関係ないよ」

「どうとでもなるかぁ。そんなこと言われると自信なくなるなー」

 

 そう言って、今度は伊地知さんが項垂れた。長い髪がテーブルに広がっていく。

ただそれも十秒もしないくらい。すぐに彼女は勢いよく起き上がり、目を見開いた。

握りしめた手を顔の前まであげて、ひとりのことを励ましていた。

 

「そっか。じゃあぼっちちゃんも勉強頑張らないとね!」

「なるほど……伊地知先輩も、一緒に頑張りましょうね!」

「お、おー! …………ん?」

 

 そんな様子を見て、喜多さんが優しく伊地知さんの頭の上に手を置いた。

先輩に対して失礼だとは思うけど、仲のいい女の子同士ならそんなものなのかな。

それよりも、どうやら喜多さんは重大な勘違いをしているみたいだ。

 

「喜多さん、伊地知さんは成績いい方だよ」

「えっ。……………………後藤先輩は?」

「後藤くんは学年一位だよー」

「わぁ、先輩凄いですっ、ね………………あれ、そうなると、ま、まさか」

 

 喜多さんが絶望の予感に震えていると、ずっと我関せずとしていた山田さんがペンを置いた。

そして僕にノートを見せてくる。心なしか自慢げだ。今日の彼女は幼い感じがする。

 

「陛下、英語終わった」

「……よし、全部出来てる。これで中一の勉強は終わり。山田さんは飲み込みが早いね」

「どやあぁ」

 

 ますます山田さんは得意げになって、仁王立ちまでしている。

もしかしたら中学生の勉強をしてるから、心までその頃に戻っているのかもしれない。

そんな彼女を見て、喜多さんは劇画のような、悲嘆と絶望に満ちた表情をしていた。

 

「う、うそ、うそよ、こんなの」

 

 彼女は事実を受け止められず、膝から崩れ落ちた。気の毒だけどこれが現実だ。

見かけによらず、山田さんもひとりに負けず劣らず勉強が苦手だ。

授業中に指名されて、彼女が分かりません以外のことを言った記憶が無い。

 

 間接的に馬鹿扱いされても、伊地知さんは特に気にしていなかった。

むしろ四つん這いで震えている喜多さんを、憐みを込めた苦笑いで見守っていた。

ひとりは、喜多さんが伊地知さんの頭をポンとしたあたりから、ずっとあたふたしていた。

そして今は喜多さんを心配そうに、僕を不安げに、交互に何度も見ている。

 

 僕が声をかけようと思っていたけれど、この分だとその必要もなさそうだ。

ひとりが勇気を出そうとしている。なら僕がすべきはその背中を押すこと。

僕の方へ再び視線が届いたとき、頷いてひとりのことを促した。

それを見てひとりも頷き返す。それから喜多さんの元へ歩み寄り、かがんで話しかけた。

 

「き、喜多さんは勉強得意ですか?」

「……はっ。わ、私も赤点までは取らないけど、そこまで勉強は得意じゃないわ」

「あっ、そ、それじゃあ一緒に勉強しませんか?」

 

 今ならお兄ちゃんもいますし、とひとりが続けて、喜多さんも僕を見た。

期待の込められた視線が二つ。どう反応すればいいんだろう。とりあえず手を振ってみる。

キターンという音が聞こえ、輝きが広がる。正解だったようだ。

 

 さっきまで山田さんとしていたし、ひとりには今までもずっと教えていた。

喜多さんは二人ほど重症じゃないようだから、そこまで負担にならないはず。

もう一人の教える側、伊地知さんも苦笑いを微笑みに変えている。

これなら大丈夫。きっと身になる勉強会になるだろう。

 

「よーし、じゃあ赤点回避のため、文化祭ライブのため、がんばろー!!」

「おー!」

「お、おー」

 

 そうして僕達は、テスト対策を開始した。

 




何位の魔王が一番怖いか考えた結果、学年一位になりました。

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