前回のあらすじ
「二学期初キルは喜多」
「連立方程式楽しい」
「凄いね山田さん、もう中一の数学は終わったよ」
「どや」
「自分の学年忘れてない?」
伊地知さんにお願いされ、僕はスターリーで山田さんのテスト勉強を手伝っていた。
喜多さんがひとりを殺害したことは気になるけれど、それはそれだ。
二人ともその内来るだろうから、事情を聞くのはその時で十分間に合うだろう。
時折山田さんの面倒を見つつ、僕達も僕達でテスト対策をそれぞれ行う。
ライブハウスとは思えない静けさの中、カリカリとペンの走る音と、何か液体を飲む音がする。
そっちの方は見ない。絶対面倒なことになる。なんであの人ここにいるんだろう。
伊地知さんに視線で問いかけると、無言で首を横に振られた。アンタッチャブルらしい。
僕達はなるべく意識の外にそれを置いていたのだけど、向こうが許してくれなかった。
カランコロンと下駄を鳴らして近づいてきて、座っている僕の上に覆いかぶさってくる。
今日も酒臭い。
「ねー、なんで君たちライブハウスに来てまで勉強してるの~? 楽器を握れ、楽器をー」
「…………どうして廣井さんがここにいるんですか?」
スターリーの開店まで、まだまだかなりの時間がある。関係者以外立入禁止のはずだ。
まさか廣井さんもここで働き始めたりしたんだろうか。それならこんなに酔ってないか。
そんな大事件があれば、ひとりもきっと僕に話してくれるだろうし。
廣井さんは僕の疑問に答えてくれない。どいてもくれない。ただただお酒を飲んでいる。
代わりに伊地知さんがため息混じりに、むしろため息中心に教えてくれた。
「ライブの日以来、うちにシャワー借りに来たりするんだよね……」
店長さんと廣井さんは先輩後輩関係だ。でも最近は会ってなかったらしい。
それがこの間僕達が引き合わせたせいで、再び縁が出来てしまった。
そしてそれから伊地知さん達に迷惑をかけてしまっているようだ。
「……ごめんね。僕達がライブに呼んだばっかりに」
「ううん。後藤くんのせいじゃないよ」
伊地知さんはそう言ってくれているけれど、完全に僕達のせいだった。責任を感じる。
僕が謝って、伊地知さんがフォローしてくれて、何度もそんなことを繰り返す。
そんな僕達を見て、廣井さんが訝しげな声をあげた。
「あれ、なんか仲いいね。正体隠してるんじゃないの?」
「色々あって、その、友達になったので」
照れるようなことじゃない。友達になれたのだから、むしろ誇らしげにすべき。
それなのに、口にするのはなんとなく気恥ずかしいものがあった。
思わず廣井さんから視線を外し、伊地知さんの方を見てしまう。ばっちり目が合った。
彼女は最近よく見る、いたずらっぽい猫のような微笑みを浮かべていた。
「後藤くんって、思ってたよりも照れ屋だよね」
「そうなのかな、ってあれ、僕そういうの顔に出にくいらしいけど、分かるの?」
「ふっふっふ、リョウで鍛えられてるからね!」
今度は得意げな笑顔だ。ころころと変わって、どこか子供っぽい可愛げを感じる。
こういう顔をされると、たとえからかわれたりしてもつい許してしまう。
それどころか、こっちまでなんとなく楽しく、嬉しくなってしまう。愛嬌があるって得だ。
そうして伊地知さんと話していると、廣井さんが不満を滲ませながら口を挟んできた。
「えっずるくない? 私が言った時は全否定だったじゃん!」
「正直今も抵抗があります」
「なんで!?」
廣井さんのことは好きだし、尊敬もまだ少しは残っている。
それはそれとして、会う度に何かしらの汚点を、関わっていいのかな、という面を見せてくる。
好意はあるけど、なんというか、両親に紹介したくない人を友達と呼んでいいのかな。
「陛下見て、出来た」
「早いね。……うん、全部合ってるよ。ここはもう完璧だね」
「どやぁ」
廣井さんのことも僕の葛藤も気にせず、山田さんが勉強の成果を持ってきた。
軽く確認すると、全部出来てる。思っていたよりもずっと飲み込みが早い。
これならなんとか、中間テストまでに仕上げられるかもしれない。
「あれ、こっちの子とも仲いい。もしかしてこの子も友達?」
放置された廣井さんだけど、それよりも目の前の光景の方が気になるようだ。
山田さんも友達なんだろうか。こういうことって、確認してからなるものなのかな。
でも伊地知さんは友達になってくださいって言う前に、もうなってくれていた。
分からない。僕は初めて友達が出来てから、まだ一か月も経たない身だ。
友達検定初級にすら届かないだろう。こういう時は聞いてみるしかない。
「僕達ってなんだろう。友達でいいのかな?」
「友達兼配下だよ。私は魔王軍大幹部」
「らしいです」
「え、意味分からない」
最近の子怖い、と廣井さんはお酒を一気飲みした。
魔王軍はともかく、山田さんも友達でいいらしい。嬉しい。また友達が出来た。
そんな僕の内心を知ってか知らずか、廣井さんは山田さんの顔を見て唸り始めた。
頭に手を当てて、何かを思い出そうとしている。一瞬二日酔いで頭が痛いのかと思った。
少ししてあっと声をあげた。思い出したらしい。そして頭を押さえた。二日酔いでもあるらしい。
「そういえば君、私たちのライブによく来てたよね?」
「……?」
「ねーねー、ほら私のファンなら、いい感じに私の事フォローして!」
「…………すみません、どちら様ですか?」
「うぇっ!? えっ、あ、あれだよ? SICKHACKの天才ベーシストきくりちゃんだよ?」
「???」
「わ、私だよ? 私、忘れられるようなキャラじゃないよ……!?」
衝撃のあまり、さっき一気飲みしたはずなのに廣井さんの酔いが醒めかけていた。
どこかひとりを思い出す慌てぶりで、彼女は山田さんの前で不思議な動きをしている。
流石に不憫に思ったのか、伊地知さんがフォローに入る。山田さんの肩に手を乗せ解説を始めた。
「あー、この子の記憶ところてん式なので、勉強すると音楽のこと全部忘れるんです」
「ところてん式!?」
「山田さんも結構人間離れしてるよね」
「そんなに褒めないで、照れる。それに、後藤兄妹には劣るよ」
「褒められてないし、それは誉め言葉でもないでしょ」
廣井さんが絡んできて、案の定勉強する雰囲気ではなくなってしまった。
ただ、一番心配な山田さんの勉強が、想定よりずっとスムーズに進んでいる。
この辺りで一度休憩にしてもいいかもしれない。
そんな風に思っていると、表の方から騒がしい音がした。
階段を乱暴に駆け下りる音がする。お客さんかな。
いや、スターリーは開店前だ。こんなに急いでくる人はいないか。
考えている内にお店の入口が力一杯、思いっきり開かれた。
「せ、先輩、大変です!」
そこには血相を変えた喜多さんと、顔色の悪いひとりが立っていた。
よく見ると喜多さんは顔を真っ赤にして汗をかき、息も乱れている。駅から走ってきたのかな。
それならあのひとりの顔色の悪さも納得だ。飲み物とタオルを用意しなきゃ。
「ご、後藤さんが、後藤さんがっ」
喜多さんはそう何度も言いながら、入口の階段も駆け下りる。
ひとりはもうついていけないようで、手摺にすがりつくようにしていた。ゆっくりでいいよ。
喜多さんはその勢いのまま僕達のところへ走り寄り、思い切りテーブルを叩いた。
「後藤さんが、馬鹿なんです!」
「知ってる」
「大声で何てこと言うの喜多ちゃん。後藤くんも何言ってるの」
ひとりは可愛い可愛い僕の妹だ。でも可愛さで成績は誤魔化せない。ひとりの成績は悪い。
よければ多分、高校も僕と同じところに通っていた。受験したけど普通に落ちた。
あの頃は僕にも考えがあって、下北沢高校の受験は手伝わなかった。
「あっ、て、点数ひとりです」
「ほら、つられてぼっちちゃんもまた変なこと言い始めた」
正確には点数ぜろにんだと思う。
もちろんこんなことを言えばひとりが傷つくから、何も言わない。胸にしまっておく。
代わりに飲み物とタオルを二人に渡した。想像はつくけど、話は落ち着いてから聞きたい。
「とりあえず、一回休憩しようか。風邪引かないように汗も拭いてね」
「ありがとうお兄ちゃん」
「あっ、ありがとうございます、後藤先輩」
僕達の様子を、意外なことに廣井さんは黙って見ていた。
黙ってはいたけれど、じろじろと喜多さんのことを観察していた。
知らない酔っ払いにそんな風に見られては、いくら喜多さんでも感じるものがあったみたいだ。
さりげなく移動して僕の背中に隠れつつ、恐々と尋ねてきた。
「えっと、後藤先輩、この方は?」
「SICKHACKでベースボーカルをやってる廣井きくりさん。以前お世話になったんだ」
「どうもー、廣井きくりでーす! よろしくね!」
「はぁ、どうも。喜多です?」
喜多さんはコミュニケーションの鬼だけど、流石に酔っ払いの対応には困っていた。
彼女のそんな反応も廣井さんはまったく気にしていない。これはこれでコミュ強と言えるのかも。
「それで、もしかしてこの子も?」
紹介が終わると、廣井さんはまた確認してきた。そんなに僕の友達関係が気になるのかな。
喜多さんは、どうなんだろう。僕は友達だと、友達であってほしいと思っている。
それ以外になにかあったかな。彼女には、音楽のことやひとりのことを時々教えている。
何を期待してそんなことをしているか、今は彼女の力になりたいからだけど、きっかけは。
きっかけは、そうだ、僕がいない場所で、ひとりのことを助けてもらうためだ。
だから、そう、喜多さんと僕の関係は。
「…………後継者?」
「何の話ですか?」
ひとり係の後継者だ。うん、最低だし、何より二人に失礼だ。この発想は捨てておこう。
よく分からないことを言われて不思議そうな喜多さんに、廣井さんの疑問を説明した。
それを聞いてすぐ、何の迷いもなく彼女は明るく答えてくれた。
「大切な先輩で、友達です!」
ここが地下だってことを忘れるほど、眩しく輝く笑顔だった。
近くで浴びたひとりは、あまりの光量に目を押さえ、もだえ苦しんでいた。
そしてそれを正面から受け止めた廣井さんは、お酒を絶えず飲むことでなんとか耐えていた。
「うぅ、この明るさは肝臓にしみるよ……」
肝臓は沈黙の臓器だ。それが悲鳴をあげるということは、そろそろ危ないのかもしれない。
「それで、中間テストで赤点を取ると補習で文化祭どころじゃ」
騒ぎの元だった廣井さんが静かにお酒を飲み始めたから、今度は喜多さんから話を聞いた。
予想した通り、彼女が文化祭ステージの申請を出したらしい。
そのことをひとりと話している途中に、中間テストを、補習のことを思い出したそうだ。
この慌てようだと、ひとりの小テストの結果でも見せられたんだろう。
ついこの間あったことは知っている。補習もないらしいから今回は対策しなかった。
だけど答え合わせと復習は一緒にした。一緒じゃないとやってくれないからね。
ちなみに自己採点だと0点だった。
あれを見たならこれだけ焦って慌てる気持ちも十分わかる。
ちょっと勉強すればいいとか、そんなレベルじゃない。このままだと間違いなく補習だ。
ただ、定期テストであれば心配しなくても大丈夫だ。喜多さんを安心させよう。
「ひとりの一学期の期末テストの点数、喜多さんは知ってる?」
「え、合計六点くらいじゃ」
五教科合計でそれはなかなか取れないと思う。
喜多さんの無残な予測を聞かされて、ひとりが地味にショックを受けていた。
可哀想だとは思うけど、あんな小テストを見た後だ。妥当と言えば妥当だ。
「ほらひとり、喜多さんにちゃんと言おう」
僕の言葉に頷き、ひとりは自分の鞄を漁り始めた。
その中からクリアファイルに挟まれた、一学期の成績表を取り出す。持ち歩いていたらしい。
そしてひとりはその成績表を、ほんの少し自慢げに喜多さんに見せつけた。
「へ、平均六十点くらいでした……!」
「嘘ぉっ!?」
喜多さんが今まで聞いたことのない汚い声を出した。それだけの驚きだったようだ。
想像の六十倍もひとりが優秀だったからだろう。元の想定があまりにも酷い。
「小テストはともかく、定期テストは僕も一緒に対策してるから」
そしてその度に死にかけている。今回も僕の死は近い。夜更かししたくない。
僕の微妙な雰囲気を感じ取ったのか、ひとりがおろおろとし始める。
しまった。ひとりが気にしないようにって、いつも心がけていたのに。
「い、いつもごめんね、お兄ちゃん」
「ううん、気にしないで。大半は僕の拘りとわがままだから」
謝るひとりをなんとか止める。実際、苦労の大半は僕が勝手にしていることだ。
楽をしようと思えばもっと出来る。僕がひとりのためにと、一人で拘っているだけだ。
そうして項垂れ沈む僕を見て、伊地知さんが納得したように声をあげた。
「だからいつも、テスト期間はあんなに殺気立ってたんだね。勉強のし過ぎかと思ってたよ」
「僕はどうとでもなるから、自分のことは関係ないよ」
「どうとでもなるかぁ。そんなこと言われると自信なくなるなー」
そう言って、今度は伊地知さんが項垂れた。長い髪がテーブルに広がっていく。
ただそれも十秒もしないくらい。すぐに彼女は勢いよく起き上がり、目を見開いた。
握りしめた手を顔の前まであげて、ひとりのことを励ましていた。
「そっか。じゃあぼっちちゃんも勉強頑張らないとね!」
「なるほど……伊地知先輩も、一緒に頑張りましょうね!」
「お、おー! …………ん?」
そんな様子を見て、喜多さんが優しく伊地知さんの頭の上に手を置いた。
先輩に対して失礼だとは思うけど、仲のいい女の子同士ならそんなものなのかな。
それよりも、どうやら喜多さんは重大な勘違いをしているみたいだ。
「喜多さん、伊地知さんは成績いい方だよ」
「えっ。……………………後藤先輩は?」
「後藤くんは学年一位だよー」
「わぁ、先輩凄いですっ、ね………………あれ、そうなると、ま、まさか」
喜多さんが絶望の予感に震えていると、ずっと我関せずとしていた山田さんがペンを置いた。
そして僕にノートを見せてくる。心なしか自慢げだ。今日の彼女は幼い感じがする。
「陛下、英語終わった」
「……よし、全部出来てる。これで中一の勉強は終わり。山田さんは飲み込みが早いね」
「どやあぁ」
ますます山田さんは得意げになって、仁王立ちまでしている。
もしかしたら中学生の勉強をしてるから、心までその頃に戻っているのかもしれない。
そんな彼女を見て、喜多さんは劇画のような、悲嘆と絶望に満ちた表情をしていた。
「う、うそ、うそよ、こんなの」
彼女は事実を受け止められず、膝から崩れ落ちた。気の毒だけどこれが現実だ。
見かけによらず、山田さんもひとりに負けず劣らず勉強が苦手だ。
授業中に指名されて、彼女が分かりません以外のことを言った記憶が無い。
間接的に馬鹿扱いされても、伊地知さんは特に気にしていなかった。
むしろ四つん這いで震えている喜多さんを、憐みを込めた苦笑いで見守っていた。
ひとりは、喜多さんが伊地知さんの頭をポンとしたあたりから、ずっとあたふたしていた。
そして今は喜多さんを心配そうに、僕を不安げに、交互に何度も見ている。
僕が声をかけようと思っていたけれど、この分だとその必要もなさそうだ。
ひとりが勇気を出そうとしている。なら僕がすべきはその背中を押すこと。
僕の方へ再び視線が届いたとき、頷いてひとりのことを促した。
それを見てひとりも頷き返す。それから喜多さんの元へ歩み寄り、かがんで話しかけた。
「き、喜多さんは勉強得意ですか?」
「……はっ。わ、私も赤点までは取らないけど、そこまで勉強は得意じゃないわ」
「あっ、そ、それじゃあ一緒に勉強しませんか?」
今ならお兄ちゃんもいますし、とひとりが続けて、喜多さんも僕を見た。
期待の込められた視線が二つ。どう反応すればいいんだろう。とりあえず手を振ってみる。
キターンという音が聞こえ、輝きが広がる。正解だったようだ。
さっきまで山田さんとしていたし、ひとりには今までもずっと教えていた。
喜多さんは二人ほど重症じゃないようだから、そこまで負担にならないはず。
もう一人の教える側、伊地知さんも苦笑いを微笑みに変えている。
これなら大丈夫。きっと身になる勉強会になるだろう。
「よーし、じゃあ赤点回避のため、文化祭ライブのため、がんばろー!!」
「おー!」
「お、おー」
そうして僕達は、テスト対策を開始した。
何位の魔王が一番怖いか考えた結果、学年一位になりました。
感想評価お願いします。
次回のあらすじ
「試験」