ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、ここすきありがとうございます。

前回のあらすじ
「楽しい()勉強会が始まった」


第三十一話「テスト対策と結果」

「それで後藤先輩は、さっきから何してるんですか?」

 

 皆で勉強を始めてからしばらくして、喜多さんに声をかけられた。

勉強会が始まってからずっと、僕はパソコンを弄って作業を進めている。

間違っても勉強をしているようには見えない。彼女からすれば気になるだろう。

ちなみにこのパソコンはスターリーのもの。さっき店長さんにお願いして貸してもらった。

 

「これ? テストの予想問題作ってるところ」

 

 今日何もなければ作業をしようと思ってたから、作成途中のデータを持ち歩いていた。

毎回作っている定期テストの予想問題。もちろん僕のじゃなくて、ひとりのためのものだ。

今までたくさんのテスト対策を試してきたけれど、これが一番効果的だった。

 

 ひとりはいつも真面目に授業を受けている。ノートを見ればそれが分かる。

板書されたものは一文字も残さず写しているし、口頭での説明も意識があれば全部メモしている。

ノートだけなら間違いなく優等生だ。これさえあれば、どんな授業をしていたか完全に分かる。

 

 このノートと各小テスト、宿題の出し方、あとは参考程度にひとりからの印象。

これら全てを考慮し、どんなテストを出してくるかを予想して問題を作っている。

相当疲れるし、時間もかかる作業だ。何より他人の考えを読み解くのが、一番のストレスだ。

 

「今のところはこれで完成」

「あれでも先輩これ、中途半端、ですよね」

 

 勉強を中断して、パソコンの画面を覗き込んだ喜多さんは不思議そうにしていた。

まだ数問程度しか作っていない。彼女の言う通り、テストとしては中途半端だ。

だけどこれはひとり専用の予想問題だから、これでいい。

 

「ひとりの理解度に合わせて、テスト問題を作ってるから」

 

 これだけ言ってもよく分からないだろう。現に喜多さんは首を傾げたままだ。

理解されなくても問題ないけど、せっかく聞いてくれたのだからもう少し詳しく説明しよう。

 

「今のひとりが全力を出せて、多分三十点くらいかな。だから三十点分予想してる」

 

 ひとりは確かに勉強が苦手だ。それでも、0点を取るほど悪くもない。

じゃあなんで取ってしまうのかと言うと、テストという形式が苦手だからだ。

あの静けさ、緊張した、張り詰めた空気でひとりは委縮してしまう。

そして秒針がコツコツと知らせる、制限時間の存在もまたあの子に緊張を強いる。

こんな状態で何か分からない問題に引っかかってしまえば、そこでおしまいだ。

混乱して悪い想像ばかりしてしまって、テストを解くどころじゃなくなる。

 

 そういう訳でひとりはテスト本番にとてつもなく弱い。かつて1+1を間違えたこともあった。

そんなひとりだから、どれだけ勉強を、努力を重ねても点に繋がらないことも多い。

あまりにも不憫だから、ひとりが実力分点を取れるようにその分だけ予想問題を作っている。

いくらひとりが本番で緊張していても、まったく同じ問題なら流石に解ける。

 

「この実力分の調整が凄く大変で、配点の調整に時間がかかるんだ」

「そんな面倒くさいことしないでさ、カンニングしなよ、カンニング! それか教師脅すとかさ!」

「うっわ、最低だ、この人」

 

 喜多さんから受けたダメージが回復したのか、廣井さんが犯罪を推奨してきた。

誰にも言えないけれど、どちらも考えてみたことはある。

もちろん法的にも道義的にも駄目だから、絶対にやらないしやらせない。

ただ、そうでなくても無理だろう。ひとりがカンニングなんてしたら、罪悪感と緊張感で死ぬ。

僕が教師を本腰入れて脅すと、多分教師が死ぬ。どっちも死人が出る。

 

「というかそれだと、調整しないならどれくらいの作れるの?」

「大体同じのも作れるよ」

「本当? じゃあお願い、作って」

「駄目。山田さん、次は中二の問題だよ」

 

 というか、実際に中学生の頃一度作った。ほぼ一緒だった。そしてひとりが学年一位になった。

あの時の、調子に乗っていたひとりはとても可愛かった。総理大臣の座はもらったとか言ってた。

そして次のテストは慢心して勉強をサボったから、相当酷いものだった。

さっき喜多さんが言っていたように、総合六点だった。多分ビリだった。

 

「ひとりがまったく勉強しなくなるので、もう作りません」

「別によくない? 点数取れれば勉強なんてしなくていいだろ」

 

 ここまでずっと黙って僕達の勉強会を、廣井さんをスルーしていた店長さんが初めて反応した。

その言葉に、そうだそうだ、とでも言いたげに、廣井さんとPAさんが手を挙げた。

勉強できない組も微妙に賛成しようとしている。君達は集中してて。

 

「勉強はテストのためにしてる訳じゃありません」

 

 大学まで行けば違うのかもしれないけれど、高校までの勉強は手段に過ぎないと思う。

例えば国語なら読解力や文章力、生きていくために必要な日本語の力。

算数、数学なら、日常で使う単純な計算から論理的な思考能力。

英語は他文化を、社会は社会の仕組みを、理科は世界の仕組みを、それぞれ学ぶ。

それらを知って、学んで、身につけて。よりよい人生を送るための手段。

どの科目にも、勉強するだけの理由が必ずある。覚えれば、点が取れればいいって訳じゃない。

 

 ひとりには出来るだけ多くの可能性があってほしい。

今はギターヒーローとして、そして結束バンドのギターとして、毎日とても楽しそうだ。

だけど将来、また何かしたいことや成りたいものが増えるかもしれない。

そんな時にそれが叶う可能性を、僕は出来るだけ増やしてあげたい。

 

 音楽繫がりだけど作詞だって、ギターしかしていなければ出来なかったはずだ。

どんな理由であっても、あれはひとりが毎日図書室へ行って、本を読み続けた成果だ。

あんな風にどんな勉強が、どんな未来に繋がっているかなんて誰にも分からない。

 

「なので、ひとりにはちゃんと勉強してもらいたいんです」

「うっ」

「ぐっ」

「げっ」

 

 僕の話を聞いて、大人三人組が大ダメージを受けていた。もしかして皆勉強が苦手なのかな。

そういえば以前、店長さんは高校にほとんど行ってなくて、PAさんは中退だと言っていた。

廣井さんはよく知らないけど、結構無神経なことを言ってしまったかもしれない。

 

「あくまでも僕の考えなので、気にしないで下さい」

 

 押しつけがましい僕の持論だ。ひとりに拒絶されても仕方ないとも思う。

それでもあの子は受け入れて、こうしていつも頑張って勉強してくれている。

あの姿を見ると、僕も気合を入れてテスト作りを頑張ることができる。

 

「たとえ勉強ができ、いや、勉強関係なく皆さんのことは尊敬してます」

「本当? お姉さんのこと、尊敬してくれる?」

「……たぶん」

「自信が無い!?」

 

 廣井さんの問題は勉強云々じゃない。素行の問題だ。

僕の反応にまた廣井さんが何か言い始めた。だけど気にしないようにする。

今日の彼女は勉強の邪魔ばかりしている。ここで何か言えば、また皆の集中を削いでしまうかも。

 

 気を取り直して、パソコンに意識を移す。

文化祭が、結束バンドが関わっているからか、今回のひとりはよく頑張っている。

この調子で行けば、七十点を超える科目が出る可能性が高い。

これは、今までで一番難しいテスト作りになるかもしれない。ついため息を漏らしてしまう。

 

「せめて過去問があれば、もっと楽になるんだけど」

「もらってきましょうか?」

 

 僕の独り言に喜多さんが答えた。今、彼女はなんて言った?

その言葉に思わず反応してしまう。彼女がびくりと跳ねるのも無視して、両肩を掴んで確認する。

 

「喜多さん、今なんて?」

「わ、せ、先輩、近いです。えっと、二三年の友達から、もらってきましょうか?」

「出来るの?」

「は、はい。それくらいなら全然」

 

 二三年の、つまり二年分のサンプルが手に入る。この瞬間、僕の睡眠時間が確約された。

勢いよく掴んでしまった肩から手を放し、代わりに彼女の両手を優しく握る。

困惑する彼女を置いて、僕は膝をついて彼女に感謝を捧げた。

 

「今度、喜多さんの神棚作るね」

「かみ、えっ、神棚? え、なんで?」

 

 帰りにホームセンター寄らなきゃ。木材買いに行こう。

 

 

 

 しばらくそうして勉強をしていると、とうとう廣井さんが限界を迎えた。

皆が勉強に集中し始めて、まったく相手にされなくなったからだろう。

パソコンに向かう僕の背中を何回も叩いたり、肩を掴んで揺らしたりしてくる、

 

「ねー、つまんないよー。せっかく会えたんだから、お姉さんと遊ぼうよー」

「暇なら手伝ってください。ほら、ひとりが今悩んでる問題、一緒に解いてあげてください」

「しょうがないなー、どれどれ」

「あっ、ありがとうございます、お姉さん」

 

 ひとりの数学のプリントを、廣井さんが摘まみ上げて眺め出した。

数秒ほどは真剣な顔でじっと見ていた。だけどすぐに、高らかに笑い声をあげた。

 

「何これ全然わっかんない! あっはっはっはっは!」

「お前やっぱり馬鹿だったんだな」

「えー、じゃあ先輩やってみてくださいよ」

「…………なるほど、そういうことか。おい、お前分かるか?」

「私、高校すぐ中退したから勉強分かりません……」

「ふっ、なるほどな」

 

 何がなるほどなんだろう。格好つけるだけ格好つけて、店長さんはプリントをひとりに返した。

真っ白なままのプリントを、ひとりは悲しそうな目で見ていた。あとで僕が教えるね。

 

「え、お姉ちゃん大学行ってたでしょ!?」

「あのな、大学なんて選ばなきゃどんな馬鹿でも入れるんだよ」

「えぇ…………」

 

 伊地知姉妹がそんな微笑ましい、気がする会話をしている裏で、廣井さんが戻ってきた。

またお酒を啜りながら、僕の肩を何度も揺らす。そろそろ、一度ちゃんと言った方がいいな。

 

「というわけで私は戦力外です! だからね、お姉さんと一緒に遊ぼ?」

「廣井、邪魔だから向こうでお酒でも飲んでて」

「呼び捨て&タメ口!?」

 

 ついに全ての尊敬が差し押さえられた。敬語を使う気力も、さんをつける気もなくなった。

もちろん冗談だ。冗談だけど、一度自分を顧みてほしいとは思っている。

その想いも込めて呼び捨てにしてみたけれど、まったく伝わらなかったみたいだ。

いつかみたいに、地面に転がって子供のように駄々をこね始めた。

どうしようこの人。どうすれば静かに、大人しくなってくれるんだろうか。

……子供のように駄々をこねる。子供のように。そうだ、ちょっと試してみようかな。

 

 転がる廣井さんを止める。念のため、手を差し伸べてみても起き上がってくれない。

それならしょうがない。やってみるしかない。だからこれは、僕の好奇心でする訳じゃない。

そう自分に言い聞かせ、廣井さんの前でしゃがんで、いつもふたりにするように視線を合わせた。

 

「あのね、きくりちゃん」

「えっ」

「ごめんね。今は皆、頑張って勉強しているところなんだ」

 

 そう語りかける僕を、廣井さんは呆然と眺めていた。あれ、怒らない。

じゃあもう少し積極的にやってみよう。まずは片手で廣井さんの手を軽く握る。

そしてもう片方の手を伸ばして、そっと廣井さんの頭に乗せる。

ひとりやふたりにやるように、そのまま優しく撫で始める。なんかパサついてる。

 

「きくりちゃんが遊びたい気持ちは分かるけど、もう少し待てる?」

「あっはい。待ちます」

「いい子だね。その間はあっちで、星歌お姉さんと遊んでてくれるかな?」

「あっはい。行きます」

「うんうん、ありがとう。…………すみません、店長さんお願いします」

「お、おう」

 

 酔いが醒めたような、変な酔い方をしてるような、不思議な廣井さんを店長さんに預けた。

意外なことに、このあやし方は有効だった。無事に廣井さんは大人しくなってくれた。

でもこれかなり失礼だ。大人の人にやっていいことじゃない。

彼女が怒らないから、ついその優しさに甘えてしまった。反省して二度とやらないようにしよう。

 

「……………………………………先輩、私なんか新しい扉を開きそうです」

「死ね」

 

 

 

 廣井さんが静かになったおかげで、それからの勉強は捗った。

ひとりも山田さんもまだまだ不安ではある。あるけど、このまま頑張ればなんとかなるだろう。

 

 そんな感じで、この日から皆でテスト勉強をすることになった。

楽器は毎日触ってないとすぐに鈍るから、最低限だけ練習する。

バイトも店長さんが気を遣って、シフトを上手いこと減らして調整してくれた。優しい。

 

 テスト問題の作成は、喜多さんのおかげで随分と楽になった。

おかげでテスト期間なのにぐっすりと寝られた。今回僕は死ななかった。

お礼として、全力で作った予想問題をあげた。調整も何も気にしてない完全版だ。

多分満点を取れてしまうけど、きっと喜多さんなら大丈夫だろう。

 

 ひとりには家で、山田さんには学校で、時には二人同時にスターリーで勉強を教えた。

僕にとって勉強を教えること自体は苦じゃない。というよりもむしろ好きだ。

まして相手が妹と友達だ。二人は苦しかったかもしれないけど、僕は正直楽しかった。

 

 そんな楽しい中間テストも、そろそろ終わりを告げようとしていた。

四科目返ってきて、今のところ山田さんに赤点は無い。当然伊地知さんにも無い。

というか、彼女よりも山田さんの方が高い点数を取っている。なんだか理不尽なものを感じる。

 

「このテストで、最後だね」

 

 そして最後の数学も、直前の授業で返却が終わったところだ。

昼休みになって僕達は裏返しの、山田さんの解答用紙を囲んでいた。

いつもの涼しげな表情に、分かりづらく緊張を滲ませながら、山田さんが呟いていた。

でもおかしいな。僕達はともかく、彼女はもう自分の点は分かってるはずだけど。

 

「点数って受け取った時に分からない?」

「目を瞑って受け取ったから、全然分からない」

「えっ、なんで?」

「今日まで頑張れたのは二人のおかげ。だから、こうして二人と一緒に見たかったから」

 

 キメ顔だった。

隣で半目になっている伊地知さんがいなければ、僕も騙されていたかもしれない。

 

「単純に一人で確認する勇気がなかったからでしょ」

「……ふっ」

「ふっ、じゃないよヘタレ」

 

 軽く頭を叩かれて、山田さんの頭からカラカラといい音がした。

テストが終わったから、もう頭の中から知識が消えたらしい。恐ろしい早さだった。

 

 伊地知さんから鋭いツッコミをもらっても、山田さんの決心はつかなかった。

さっきから解答用紙を弄ってばかりだ。やがて、痺れを切らした伊地知さんが手を伸ばした。

 

「じゃあもう私がひっくり返すから」

「いや虹夏、ちょっと待って」

「待たない。私お腹空いたから、早くご飯食べたいの」

「私も空いてるよ。そうだ、ご飯食べてからにしよう」

「はいはい。見るよー」

「あー」

 

 山田さんからテストを奪い無情にも、いや無情じゃないな、親切に伊地知さんが点数を見た。

彼女は名前の横に書かれた数字を確認した後、一つため息を吐いて僕に解答用紙を手渡す。

僕も彼女に倣って中身を確認する。結論だけ言うと、結束バンドは無事に文化祭を迎えられそうだった。

 

 

 

 

 

おまけ「一方その頃の秀華高校」

 

「あっ、き、喜多さん、見てください。数学が七十二点も取れましたっ」

「……」

「あ、あれ、喜多さん?」

「……」

「あっ、す、すみません、七十点くらいで調子に乗って。こんな点数、喜多さんからすれば」

「……はっ、ご、ごめんね後藤さん。凄い、勉強した甲斐があったわね!」

「あっはいっ、これも喜多さんのおかげです。あっ、ありがとうございます」

「ううん、後藤さんが頑張ったからよ。あとは、先輩たちは大丈夫かしら?」

「えっと、あっ、い、今お兄ちゃんから連絡が来ました。リョウ先輩も大丈夫だったそうです」

「そうなの! よかった、じゃあもう安心して練習できるわね!」

「うっ、そ、そうだった、これで文化祭が。あっ、えっと、それで、あの、喜多さんは」

「……」

「あ、いえ、すみません、い、言いたくないですよね、テストの点数なんて」

「ひゃくてん」

「えっ?」

「ぜんぶひゃくてんだったわ」

「えっ」

「後藤先輩からもらった予想問題、そのまま同じものが出たから、全部解けちゃった」

「あっ」

「これ、やばいわね。次のテストも当てにして、勉強しなくなりそう」

「……それすると、六点くらいになりますよ」

「……合計?」

「……はい」

「……次から、もらわないようにするね」

「……私もお兄ちゃんに、渡さないよう言っておきます」

「……ありがとう、後藤さん」

「……いえ、兄がすみません」




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