ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、誤字脱字報告、ここすきありがとうございます。

前回のあらすじ
「廣井の尊敬ポイントが回復した」

尺の関係上大槻の出番とシリアスが消滅しました。ごめんね。


第三十六話「一つの終わりに向けて」

 ライブ終了後、SICKHACKの楽屋に廣井さんが招いてくれた。

結束バンドの皆は喜んでその招待に応じた。何せあのライブの後だ。

音楽に携わる者としては色々と聞きたいこと、話したいこともあるだろう。

 

 そうして楽屋にお邪魔してから時間が経って、自然と僕達は話す相手が別れていた。

ドラムでまとめ役の岩下さんと伊地知さん。ギターの清水さんと喜多さん。

山田さんはその間を飛び回り、自由に会話に加わっていた。

 

 そして廣井さんの担当は僕とひとり。ある意味いつも通りだ。

なんだかんだ廣井さんはとても話しやすい人だから、僕達としても助かる。

今は彼女を挟むようにソファーに座って、ライブのことについて喋っている。

 

「二人とも、お姉さんたちのライブどうだった? かっこよかった?」

「は、はいっ、凄く、凄くよかったです!」

「とても格好良かったです。今日誘ってくれて、ありがとうございました」

 

 ひとりと一緒に、二人揃って噓偽りの無い感想を述べる。

僕達の称賛とお礼を受けて廣井さんは鼻高々になっていた。

そんな状態になりながらも、どこか気遣うような微笑でひとりに目を向けた。

 

「もう元気出てたみたいだね」

「えっ?」

 

 意外そうにひとりが声をあげた。口にこそしなかったけど、僕も同じ思いだ。

まさかあんなだった廣井さんに、ひとりの心配が見抜かれていたなんて。

 

「勉強会の時、元気なかったでしょ? だから、少しでも励ませたらなって思ったんだけど」

「廣井さん、ちゃんと見ててくれたんですね」

「これでもお姉さんだからね! それに、ぼっちちゃんと私って似てるからさ」

 

 今聞き逃してはいけない発言があった。ひとりと廣井さんが似ている? 悪質な冗談だ。

自然と険しい顔になってしまいそう。廣井さんはそんな僕の眉間に手を伸ばして解し始めた。

 

「はいそこ怖い顔しないー。実は私高校の頃はね、教室の隅でじっとしてる根暗ちゃんだったの」

 

 それから、廣井さんはバンドを始めた経緯を教えてくれた。

昔は大人しい子だったこと。地味なまま生きたくないから、一念発起してロックを始めたこと。

最初は楽器店に行くのすら怖かったこと。初ライブの前、どうしようもなく緊張したこと。

それを誤魔化すためにお酒を飲み始めたこと。最後のはいらない。

 

「ぼっちちゃんがライブを、大勢の人の前に立つのが怖い気持ちも分かるよ」

「お姉さん……」

 

 どこまでも実感の篭った、僕には言えない優しい言葉だった。

僕に人を怖がる気持ちは分からない。他人は怖がるものじゃなくて、怖がられるものだ。

ひとりを思いやること、寄り添うことは僕にも出来る。でも共感するのは難しい。

それを廣井さんは見事にやりきってくれていた。

 

「だから私が先輩として励まそうって思ってたけど、先越されちゃったみたいだね」

「先越しました」

「おっ、ドヤ顔―」

「でも、ありがとうございます」

 

 ひとりのことを心配してくれる、好きでいてくれる人がいるのは、とても嬉しい。

僕のお礼を廣井さんは余裕たっぷりに受け取った。なんだか今日の彼女は大人に見える。

 

「お兄ちゃんからどんな励ましもらったか知らないけどさ、私からも言わせて」

「は、はい」

 

 膝の上で重なって縮こまっているひとりの手を、廣井さんが両手で握る。

普段の振る舞いのように乱暴じゃない。優しい、こわれものを扱うような手つきだった。

 

「ぼっちちゃんなら大丈夫だよ。路上でも箱でも、君は誰よりも輝いてた」

 

 いつもの力のないものでも、ライブ時のような獰猛さもない瞳。

優しく暖かい、伊地知さんや喜多さんとも違う、お姉さんのような柔らかい瞳。

そんな廣井さんとひとりの目が合う。ひとりも目を逸らしたりしなかった。

 

「君なら文化祭でも、絶対にいいライブが出来るよ」

「……はいっ!」

 

 そう言って力強く返事をするひとりの目は、ライブ前よりずっと輝いていた。

今日ライブに行って、廣井さんに誘ってもらえてよかった。

僕一人の励ましじゃ、ここまで前向きなひとりはきっと見れなかった。

 

「うんうん、じゃあ気合入れて頑張らないと、ね!」

「危ないですよ」

 

 ひとりの決意を受けて、何故か壁を殴ろうとした廣井さんの手を受け止める。

防音材だからそんなに硬くないけど、万が一でも怪我してしまう可能性がある。

こんなことで怪我をして、彼女がベースを弾けなくなるなんてもったいない。

 

「廣井さんベーシストなんですから、手は大事にしましょうね」

「……」

「廣井さん?」

 

 返事が無い。どこか呆然とした様子で僕が掴んだ自分の手を見ている。

しまった。もしかして、勢いよく止めすぎてどこか痛くさせてしまったかもしれない。

僕が確認のため口を開こうとすると、それより先に廣井さんが不思議なお願いをした。

 

「もっと、小さい子に言う感じで言ったら、聞くかも」

「えっ。…………………きくりちゃん、そんなことしたら危ないよ。めっ」

「……………………へへっ、はーい」

 

 二度とやらないと決めていたはずだけど、お願いされてついやってしまった。

あの廣井さんが大人しく言うことを聞いてくれる、これは便利な手法だ。

だから今後も使うべきなのかもしれないけど、さっきから何故か背筋が寒い。

僕は僕の勘を信じる。やっぱりこのやり方はよくない。封印しておこう。

 

「……廣井はもう、いやとっくに駄目だったか」

「新しいベーシスト、探さないとネー」

 

 冷めきった岩下さんと清水さんの声が、妙に印象に残った。

 

 

 

 この後お酒の入る打ち上げあるらしいので、その場は解散になった。

その別れ際、廣井さんにあることを言われたけど、今は考えないようにしよう。

せっかくの楽しい気分が台無しになる。あれを考えるのは、家に帰ってからでも遅くない。

 

 ちょうど夕飯時だったから、僕達もそのままファミレスへ移動した。

こうして皆とご飯を食べるのも二回目だ。ちょっと恥ずかしいけど心が躍る。

 

 今は席に着いて、何を食べるか決めようとメニューを眺めている。

今日の座り方は奥から僕、ひとり、喜多さん。安全性を考慮した座り方だ。

真ん中のひとりが持つメニューを覗き込んで、喜多さんが楽しそうに迷っていた。

 

「こうして見てると全部美味しそうで迷っちゃう……後藤さんはもう決めた?」

「ご、ごめんなさい、まだ全然です。お兄ちゃんはどう?」

「僕も全然。自分で決めるのって久々だから、なんか困ってる」

「久々?」

 

 僕は舌が子供だから、ファミレスで出てくるものは大体美味しく食べられる。

だからこそ迷う。お腹も空いたしご飯系か、それとも王道のお肉、ハンバーグ系か。

喜多さんは僕が迷っている、というよりその発言に違和感があったようだ。

首をこてん、と傾げながらその部分を復唱している。だから僕はその疑問に答えた。

 

「普段はふたりが食べたいものを頼んでるから」

「ふたりちゃんがですか?」

「ほら、ハンバーグとオムライスどっちも食べたくても、一人じゃ難しいでしょ? だから僕がもう片方を注文して、両方食べられるように半分こしてるんだ」

「へぇ、お兄ちゃんしてますね」

 

 ふたりは賢い子だからそれを狙って、わざとらしくどうしようかなー、なんて呟いたりもする。

その様子もたまらなく可愛い。兄馬鹿なのは分かってるけど、つい甘やかしてしまう。

最近あまり父さんのことを言えなくなってきた気がする。気をつけないと。

 

「お兄ちゃん、ふたりのこと甘やかし過ぎ」

「ふたりが産まれる前はひとりとやってたよ」

「…………う゛」

「なんかいいですね、そういうの」

 

 というか振り返ってみると、僕は昔からひとりにも、妹達にずっと甘々だ。手遅れだった。

そのひとりは甘やかされた過去を思い出してダメージを受けていた。

喜多さんはそんな僕達を見て、何故か癒されたような雰囲気で微笑んでいた。

 

「あっ、まだ前のページ見てたのに」

「時間切れだよ。あとでまた見て」

 

 僕達側はこんな感じでどこか和やかな雰囲気だったけど、向こう側はそうでもなかった。

伊地知さんと山田さんはさっきからメニューの取り合いをしている。

その争いに負けた伊地知さんが、睨むように山田さんへ告げた。

 

「というかリョウ、お金持ってないから何も食べれないでしょ」

「……お腹空いた。誰かお金貸して」

「あっみんな駄目だよ甘やかしちゃ。自業自得なんだからたまには痛い目見ないと」

「へ、陛下、郁代……」

 

 山田さんが縋るように僕達を見るけれど、伊地知さんが釘を刺す。

せっかく借金が清算されたのだから、健全な関係を保つためにもお金を貸すつもりはなかった。

喜多さんが財布を取り出そうとしたけれど、その牽制に伊地知さんが指を立てて口を開く。

 

「喜多ちゃん、駄目バンドマンに引っかからない!」

「うぅ、でも」

「彼氏にしちゃいけない3Bっていうのがあって、ベーシスト・ベーシスト・ベーシストなの!」

 

 全部同じだ。どれだけベーシストは彼氏に向かないんだろう。

僕が疑問を挟む暇もなく、伊地知さんは僕達三人に向けて忠告を放った。

 

「ぼっちちゃんも喜多ちゃんも気をつけてね、ついでに後藤くんも!」

「僕は男だけど」

「後藤くん仲良くなると、凄い隙だらけだから」

 

 ため息交じりのその言葉に、ひとりと喜多さん二人にまで頷かれた。

僕ほど他人に対してガードの固い人はいないと思うけど、友達になると違うのかな。

これまでを振り返ってみると、確かにその節はあった。隙だらけというか、僕は好きな人に甘い。

 

「伊地知先生、質問があります」

「ん? なにかね、後藤くん」

 

 伊地知さんの言う通りに気をつけようとすると、一つ気になることがある。

その確認のため、僕は伊地知先生に向けて挙手をした。

 

「逆に彼女にしちゃいけない3Bとかってあるの?」

「それは知らないけど、彼女でもベーシストだけは絶対に駄目」

「そっか、ならそうする」

 

 彼女なんてものが出来るかどうか、今の僕には想像すら出来ない。

出来ないけど伊地知さんがここまで言うのだから、そのアドバイスには従おう。

僕達の会話を聞いて、元々空腹に震えていた山田さんが更に震えを大きくしていた。

 

「そ、そんな、陛下にこのままなし崩し的に養ってもらう計画が……!?」

「これが典型的な3Bだよ」

「なるほど」

 

 勉強になる。というか山田さん、そんな計画練ってたのか。

謎の計画が失敗に終わった彼女は、何を思ったのかひとりに語り掛けていた。

 

「……ぼっち、私のことお姉ちゃんって呼んでもいいよ」

「えっ、嫌です」

 

 即答だった。

 

 

 

 そんなことを話していると、料理が届き始めた。

喜多さんに伊地知さん、ひとり。それぞれ注文したものが次々と並べられる。

そして最後に僕がお願いした料理が、大きな存在感を放ちながら配膳された。

 

「うわっ、これは」

「なんというか、山ですね。先輩、写真撮ってもいいですか?」

「どうぞ」

 

 悩みに悩んで僕が注文したのは、キングサイズのハンバーグだった。

頼んだ理由は二つ。一つは一度実物を見て見たかったから。想像よりも大きい。

思わず喜多さんが写真に撮ってしまうほどだ。

 

「これは一人で食べきるのは難しいかも」

 

 そしてもう一つの理由は、さっき考えた通り、僕は好きな人に甘いと思う。

よくないことだと分かってはいるけれど、ついこんな風にしてしまう。

 

「山田さん、悪いけど手伝ってくれる?」

「!!」

 

 飢えて死に向かっていた山田さんの目が、輝きを取り戻した。

僕のお願いに無言で何度も首を縦に振る。かつてない勢いだ。

 

「これくらい食べられるかな?」

 

 三分の一ほどを山田さんに分ける。物欲しそうな目だったからご飯や付け合わせも乗せた。

お皿に乗せられたそれらを見て、山田さんは感極まったように掲げた。

ご飯をあげるといつもこのポーズをしている気がする。何かの習性なのかもしれない。

 

「後藤くん」

「これは僕が手伝ってもらってるから、ね」

 

 苦しい言い訳染みた、というよりそのまま言い訳だ。伊地知さんに通じるはずもない。

彼女は呆れたまなざしを僕に向けていたけれど、ため息でそれを流して山田さんに注意する。

 

「リョウはちゃんと後藤くんにお礼しなきゃダメだよ?」

「もちろん。ご命令をいただければ、命に代えても何でもします」

 

 なんでも、と喜多さんが噛み締めるように復唱した。なんだか怖い。気にしないでおこう。

山田さんに命令したいこと、してほしいこと。特に思い浮かばない。

強いて言うならこれからも仲良くしてほしい、くらいかな。

でもこれは命令とかお願いとか、そういうことをしてはいけないものだと思う。

 

「……ギターの目立つおすすめの曲とか、今度教えてほしいな」

「それくらいならいくらでも。今度CDたくさん持ってくる」

 

 少し考えてこういう結論になった。山田さんに頼るなら音楽関係がきっと一番だ。

彼女がドヤ顔で返事をするのを見て、僕はその判断に自信を持った。

 

「結構細かい指定ですね」

「僕もひとりも流行りの曲は大体知ってるけど、それ以外がね」

 

 僕達は二人ともぼっちだったから、あらゆることへのアンテナが低い。

曲についても調べてすぐ出るようなものはともかく、それ以上となると知る機会も無い。

その点音楽に造詣が深い山田さんなら、マイナーだけどいい曲もたくさん知ってると思う。

 

 

 皆がご飯を食べ終えて人心地ついた頃、山田さんがテーブル脇のペンを取りだした。

 

「お腹いっぱいになったところで、セトリを決めよう」

 

 こうしてライブ後ファミレスに来たのは、ご飯を食べるためだけじゃない。

ライブの熱が冷めないままに、文化祭のセトリを決めるためだ。

ここからはバンドとしての真面目な話だ、部外者の僕は黙っていよう。

そんなことを考えていると、ちょいちょいと山田さんに手招きされていた。

 

「陛下、ちょっとこっち来て」

 

 言われた通りにすると、突然ヘッドホンを着けられた。いい音だけど音量が大きい。

何か意図があってのことだとは思うけど、今の僕にはさっぱり思いつかない。

だから一度ヘッドホンを外して尋ねると、山田さんはうきうきと答えてくれた。

 

「セトリは当日までのお楽しみ。サプライズだから聞いちゃ駄目」

 

 そんなことを言われてしまうと、ヘッドホンを着けざるを得なくなる。

サプライズ、これも初めての経験だ。だとしたらあまり皆の観察や推測もしない方がいいかも。

せっかく隠してくれているのに、事前に分かってしまうのは興ざめだろう。

 

『一つだけ言ってもいい?』

「なになに、もしかしてリクエストとか?」

 

 皆とは仲良くさせてもらっているけれど、僕は結束バンドの一員じゃない。

それは分かってるけど、どうしても一つだけアドバイスというか、言っておきたいことがあった。

ヘッドホンをつけていると上手く話せているか分からないから、紙に書いて意見を述べた。

 

『MCで漫才はしない方がいいと思う』

「やかましいわ!」

 

 僕の意見に山田さんだけは深く深く頷いてくれていた。

 

 

 

 僕が山田さんのヘッドホンで音楽を聴いている間に、無事セトリは決定したらしい。

皆の満足した様子と、期待と不安を抱えたひとりからすると、じゃない。

推測も予測もしない。さっき自分で決めたことを忘れていた。僕はただ楽しみにしていればいい。

 

 ご飯を食べて、やるべきこともやったから僕達も解散した。

歩いて帰る伊地知さんと山田さん、駅まで一緒の僕とひとりと喜多さんに別れる。

 

 ひとりの足取りは軽い。思い返すと、今日はたくさんひとりに嬉しいことがあった。

廣井さんのライブに行けたこと、励ましをもらったこと、皆でご飯に行ったこと。

これ以上は考えないけれど、セトリにもきっと喜ぶような何かがあったんだろう。

それが歩き方にも表れている。街中なのにちゃんと前を向いていた。

 

 そんなひとりとは対照的に、喜多さんにはどこか陰りがあった。

取り繕ってはいるけれど、普段が普段だからとても分かりやすい。心当たりはある。

彼女はこの間から、ひとりが文化祭ライブについて苦しんでいることに悩んでいた。

最終的に文化祭ライブの申請をしたのは彼女だ。今もその責任を感じているのかもしれない。

 

 ファミレスを出てしばらくしてから、喜多さんは何度も何かを口にしようとしては止めていた。

その度にちらちらとひとりを見ているから、ひとりに何か話したいことがあるようだ。

こうなると、多分僕はお邪魔虫だ。僕がいても話しにくくなるだけだろう。

 

「ちょっと用事を思い出したから、先に駅まで行ってるね」

「え? 一緒に行ってからでもいいんじゃ」

「ちょっとしたことだから気にしないで、二人はゆっくり来て」

 

 だから二人にこう告げた。ひとりは不思議そうにしていたけれど当然だ。

本当は用事なんてない。誤魔化すように言い切って、僕は足早にその場を立ち去ろうとした。

そうだ、その前に喜多さんに一声かけておこう。彼女なら大丈夫だとは思うけど、念のためだ。

 

「喜多さん、ゆっくりでいいからね」

「……!」

 

 僕が喜多さんだけにそう言ったことで、ひとりはますます不思議そうにしていた。

今日のひとりは楽しくて浮かれているから、まったく僕の意図が読めないらしい。

喜多さんは一度大きな目を見開いて、そのまま黙って一礼した。これで大丈夫。

もうここで僕がやるべきことは何もない。二人に一度別れを告げて駅の方へ向かう。

 

「あ、あのっ、後藤さん!」

「あっはい、な、なんですか?」

 

 歩き始めて少しして、背後からそんな声がした。だから僕は安心して足を進められた。

 

 

 

 図らずも一人になった。家に帰ってからゆっくりと考えようと思ったけど、いい機会だ。

ひとりと喜多さんが話をしている間、僕も考えるべきことをまとめよう。

別れ際にかけられた、廣井さんの言葉を思い出す。

 

「私の見てさ、君もバンドやりたくならなかった?」

「なりませんけど、どうしたんですか? この間からよく誘ってくれますよね?」

「だって君のあれ、いい音楽になると思うんだ。あれなら絶対上を目指せるよ」

 

 廣井さんは明るく、楽しそうに話していた。それを聞くこっちはとてもそんな気分になれない。

あれ。誰にも話したことのない僕の気持ちを、彼女はまるで分かっているように話す。

気づいているのか、適当に言ってるのか。良くも悪くも廣井さんだから判断がつかない。

後者だと無理にでも楽観して、僕は誤魔化そうと試みた。

 

「……あれって、何のことですか?」

「誤魔化さなくていいよ」

 

 彼女はいつかの、あの路上ライブの日のような、何もかも見透かすような目で僕を見ていた。

違う。見透かすような、じゃない。この目は、口ぶりは、完全に見抜かれている。

なんで。どうして。僕の驚きを置き去りにして、廣井さんは答えを口にした。

 

「君、他人のこと嫌いなんでしょ?」

 




感想評価お願いします。

あと五話くらいで一旦終わります。

次回のあらすじ
「初日」

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