ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

45 / 82
感想評価、誤字脱字報告、ここすきありがとうございます。

文化祭飲酒未遂について
 ぼっち まったく気づいてない。そんな余裕はなかった。滅茶苦茶心配されたのは知ってる。
 虹夏  気付いてない。位置的に手元が見づらかった。
 喜多  様子は見てたけど、まさか飲酒しかけだったとは思っていない。
 山田  全部見てた。意図も大体察している。大満足。



「ギターを買いに行かない話」

 文化祭翌日、今日もまた僕はスターリーを訪れていた。今日の目的は二つある。

まず一つ目を果たすため、僕は店長さんと向かい合って座っていた。

なんとなく期待に胸を膨らませている僕を見て、彼女はとても気味悪そうにしている。

 

「あのさ、わざわざ自分から説教されに来るか普通?」

「せっかくの機会なので」

 

 今日の第一目的、昨日ライブ中に言っていた説教をしてもらうためだ。

よくよく振り返ってみれば、家族とお巡りさん以外からの説教なんて十数年振り。

不謹慎なのは分かっているけれど、どんな言葉をかけてもらえるのかわくわくする。

 

「あー、自分から言っといてなんだけど、こういうの苦手だからさっさと終わらせるぞ」

「お願いします」

「いいか、周りをもっと信用しろ。もっと頼れ。もっと自分を大切にしろ。以上だ」

 

 周りを、他人を信用すること、頼ること。以前までの僕には発想すらなかったこと。

今となっては否定なんて出来ない。昨日といいこれまでといい、色んな人に助けてもらっている。

それでも店長さんから見れば、今の僕ではまだまだ足りないのだろう。

そんなことをしていいのか、それは正しいことなのか、分からないけど気には留めておこう。

 

「はい、心に刻みます」

「……無視されるのもムカつくけど、重く取られ過ぎるのもなんかアレだな」

 

 そう言いながら店長さんは僕の頭に手を乗せて、そのままぐるぐる回し始めた。

これも説教の一種かもしれないから、無抵抗のまま振り回される。視界が回る。

揺れる視界の隅に、なんだか楽しそうな店長さんと微妙な顔の伊地知さんが映っていた。

 

「二人とも何してるの?」

 

 訝しげな彼女の声に、店長さんの動きが止まる。僕の視界も定まってくる。

ジトっとした目を伊地知さんはしていた。何かを疑うように僕達を見比べている。

説教について、ではないように見える。もっと別の、何か重大な問題を考えているようだった。

 

「……なんでもいいだろ」

「妹の友達撫で回しておいて、なんでもいいじゃ済まないよ」

 

 撫で回すというよりは、振り回すの方が近い表現な気はする。

どっちにしても、他所の子供にするべきことではないのは確かだ。

僕は嫌じゃなかったけれど、そんなものを見れば伊地知さんだって不審に思うだろう。

 

「というか今更だけど、お姉ちゃんたちライブ中もくっついてなかった?」

「…………別に、どうでもいいだろ」

「いやよくないよ。廣井さんはともかく、お姉ちゃんまで危ない道に行こうとしてるの?」

 

 店長さんの下手な誤魔化しで、伊地知さんの視線はどんどん強くなっていく。

伊地知さんが何を疑問に思っているのか、はっきり言って僕には分からない。

だけど店長さんが口ごもる理由は分かる。僕の暴走がバレないようにしてくれている。

僕を庇って疑いを受けている。だから僕も、店長さんのために何か弁明しないと。

 

 そのためにも危ない道とは何か考えよう。僕と店長さんを見て出てきた言葉だ。

ついでに廣井さんは既に歩んでいるらしい。彼女の名前が出てくるということはお酒の話かな。

でも今お酒は関係ないはず。僕は当然として、店長さんも素面だ。となるとなんだろう。

 

 廣井さんの危ない道、心配なところを無差別に考えて、そこから連想してみるか。

素行、金銭、将来、健康等々。数えきれないほどあるけれど、どれも店長さんにはピンと来ない。

とりあえずこの中で、店長さんにも関係あるかもしれないものを聞いてみよう。

 

「店長さん、もしかして肝臓悪いんですか?」

「なんの話だよ」

「大丈夫そうな気がしてきた」

 

 僕の質問はまったくの見当違いだったらしい。伊地知姉妹に揃って呆れた目で見られる。

そのおかげか伊地知さんの目から、さっきまでの真剣さはどこかへ消し飛んでいた。

それでも疑念自体は残っていたようで、軽い調子ではあるものの僕にもそれをぶつけてくる。

 

「後藤くんに聞いた方が早いか」

「危ない道の話?」

「まあ、そんなところ。文化祭ライブの時さ、なんでお姉ちゃんとくっついてたの?」

 

 それなら単純な話だ。お酒がどうこうとかは関係ない。嘘を吐く必要もない。

少し恥ずかしいけれど、ありのままを話しても問題ないはずだ。

 

「あれは腰が抜けちゃって、それで店長さんが支えてくれたんだ」

「えっ、後藤くんそんなことになってたの?」

「情けない話だけど、ひとりのソロが無事に終わって安心しちゃって」

「そっか、ギター壊れてたもんね」

 

 説明を聞いてやっと、伊地知さんは安心した様子で胸をなでおろした。

妹がピンチを切り抜け、無事に演奏出来たから腰を抜かす。大げさな反応ではある。

だけど彼女は、僕が重たいシスコンだということをよく知っている。納得もするだろう。

 

 ただ、その安堵の表情も一瞬しか見ることが出来なかった。

僕と店長さんから視線を外した彼女が再び半目に、呆れと疑いの混じった目に戻る。

そんな目になっても、今度は僕も不思議に感じない。その内聞かれるとは思っていた。

 

 彼女の視線の先で、ひとりが何かキラキラと輝きながら、ご機嫌に掃除をしていた。

そしてふと顔を上げると、喜多さんとひとりの目が合う。彼女もひとりの観察をしていたらしい。

だけどひとりは目を逸らさず、それどころかにこりと微笑んで、お辞儀をして再び掃除に戻る。

その様子を見て喜多さんは、お化けでも見たかのように顔を真っ青にしていた。酷い反応だった。

 

「…………そのぼっちちゃんだけど、なんで今日あんなにいい笑顔なの?」

「可愛いよね」

「もうツッコまないよ?」

「店長さんもそう思いませんか?」

「えっあっおう」

「お姉ちゃんを巻き込まないで?」

 

 ひとりが謎のパワーを放ち輝く理由。それを語るには、昨夜の後藤家会議まで遡る必要がある。

怪訝そうな伊地知さんと店長さんに説明するため、僕はそのことを思い出した。

 

 

 

「お父さん、ギター壊してごめんなさい」

「管理が甘くてごめんなさい」

「いいよいいよ! 元々年期入ってたし、それにステージでギター壊すなんてロックだろ?」

「おぉ……」

 

 あの後もひとりはずっと、お父さん怒らないかな、と部屋でぐずぐずしていた。

放っておくと切腹か土下座くらいはしそうな気配がしたから、背中を押して僕も一緒に謝った。

ただ、僕が伝えた想像の通り、父さんはまったく怒っていなかった。むしろご機嫌だ。

その様子と僕の顔を見比べて、ひとりは感嘆のため息を漏らしていた。

 

「どうしたのひとり? お父さんのロック振りに感動した?」

「えっ……うん、それでいいよ」

「あれ、ちょっと反応雑じゃない?」

「思春期の娘なんてそんなものよ」

 

 おざなりなひとりの対応に不思議そうな父さんだったけど、母さんが宥めてくれた。助かった。

深入りされてポロっと、お兄ちゃんが言ってた通りだ、なんて零したら面倒なことになる。

息子の予想を超えたロックを見せてやる、とか意地を張って妙なことをしかねない。

母さんほどじゃないけど父さんも、時々僕達の親だということを見せつけてくる時がある。

 

「なんならもっと壊そう! 最近は破壊するためのギターとかもあるらしいし」

「じゃあ破壊用のカタログとか用意してる?」

「いや、そこまでは期待してないかな……」

 

 ここは外した。僕もまだ読みが甘い。

 

「そ、それでその、修理にも時間がかかるし、その間練習も出来ないし」

 

 もじもじと、指を弄って絡ませながらひとりが本題を切り出した。お小遣い交渉だ。

実はそんなことをする必要ないことを僕は知っている。でもそれは言い出せない。

自分から相談してお金のお願いをする、それが母さんからの条件だったからだ。

ギターは高いし、それだけの大金を渡すなら出元についても説明することになる。

そうなると僕と父さんに、その条件を否定する理由はなかった。

 

「新しいギター買いたくて、それで、お小遣いの前借を」

「ギターなら、お兄ちゃんのを借りればいいんじゃないかしら」

「えっ」

 

 修理ってどれくらいかかるのかお母さん分からないけど、と母さんは続けた。

打ち合わせに無かった展開だ。ひとりが言うならもちろん貸すけど、どういうつもりなんだろう。

不思議に思って母さんに目で問うと、ウインクが返って来た。無駄に上手い。

 

 ウインクはともかく、母さんにも何か考えがあるらしい。ここは少し黙っておく。

母さんに出鼻を挫かれるとは想像もしていなかったのか、ひとりは戸惑っていた。

それでもと、ひとりはもう一歩踏み込んで続きを口にした。

 

「その、二本目が欲しいです」

「ギターって一本あれば十分じゃないの? 本当に必要なの?」

 

 これから渡すお金はひとりが自分で稼いだお金だ。ここまで出し渋らなくてもいいはず。

母さんが意地悪でしている訳ないから、何かひとりのためなんだろうけど。

そんな僕の疑問には、ひとりの言葉が答えてくれた。

 

「……うん、今日必要だった」

「壊れちゃった時?」

 

 黙ってこくりとひとりが頷く。言葉にならない強い後悔と、新たな決意が目に浮かんでいる。

そんなひとりのことを、母さんはいつものように温かい優しい瞳で見ていた。

それで分かった。母さんはこれが見たかった。これを確認したくて、あんなことを言ったんだ。

 

「ちゃんと私が準備してれば、きっとあんな風にはならなかった」

 

 ライブをする上で予備を持って来なかったのは、確かに迂闊だった。

だけどそれは僕も同じだ。当然想定してしかるべきことなのに、何も考えていなかった。

妹と友達のライブ、それにサプライズ。浮かれ切っていた僕の責任でもある。

 

「だから次は皆に迷惑をかけないためにも、二本目のギターが欲しい、です」

「ひとり、これを使いなさい!!」

 

 もう耐え切れないとでも言わんばかりに、父さんがお金を取り出した。

普段の生活ではまず見ることのないような大量の一万円札。

父さんは見せつけるようにして、ひとりの前にそれを広げていた。ドヤ顔だった。

 

「父さん、まだ母さんが確認してる途中だよ」

「でももういいじゃないか! ひとりがこんな立派なことを言うなんて、お父さん感動した!!」

「あらあら」

 

 言葉の通り父さんは半泣きだった。年のせいか最近涙腺が緩い気がする。

母さんは話を遮られてしまったけれど、特に気にしていない様子だ。

ひとりの決意を見て、思いを聞いて、もう納得したらしい。僕も満足だ。

 

 ただ、ひとりはそんな僕達のやり取りなんて気にもしていなかった。出来ていなかった。

目の前のお金に、全ての注意を完全に奪われていた。ただし、それは興奮じゃない。

何か悪い想像でもしているのか、真っ青な顔でお金を見ていた。

 

「な、なな、なにこのお金!? お、お父さん、闇営業!?」

「してないよ。お父さんのことなんだと思ってるの?」

「じゃ、じゃあお兄ちゃんが闇営業!? 闇侵略!?」

「してない。僕のことなんだと思ってるの」

 

 そもそも闇侵略って何。

 

「これはひとりの、ギターヒーローの広告収入だよ」

 

 目を白黒と、ぐるぐると回しながら混乱するひとりに、僕と父さんでなんとか説明した。

ギターヒーローの活動が軌道に乗った時、父さんと母さんに相談したこと。

その話の中で動画広告について父さんが提案して、実際にやってみたこと。

想像以上にギターヒーローの動画が伸びて、かなりの広告料が貯まっていること

せっかくだから僕が補填できる範囲で、そのお金を使って資産運用していること。その他諸々。

なるべく丁寧に根気よく、ひとりが理解できるまで父さんと話し続けた。

 

 

 

 そしてひとりは調子に乗った。

 

「ふへ、ぬへっ、ぬふへへへへへっ」

 

 一万円札を眺めて悦に浸るその姿は、妹ながら表に出せるものじゃなかった。

その表情のまま何を思ったのか、七並べのように床へ一万円札を並べ始める。

それが終わると、今度は一つ一つ指差して数え始めた。独特な数え方だった。

 

 いち、に、さん、と興奮と喜びを隠せない声でお金を数え続ける。これで四回目だ。

最初は一緒に数えて遊んでいたふたりも、今はもう飽きて下へ行ってしまった。

一回目は信じられないように。二回目はとにかく楽しそうに。三回目は浸るように。

それぞれ侘び寂びがあったのだけれど、ふたりにはまだ分からなかったようだ。

 

「お兄ちゃん、これ何枚あると思う?」

 

 下ろして来たの僕だから知ってる、とはこんな嬉しそうな顔の前では言えない。

 

「んー、三十枚くらい?」

「つまり三十万!」

 

 考える振りをするため一瞬溜めて答えると、ひとりはまた楽しそうに声を上げた。

それでようやく満足したのか、やっと床に並べていたお金を拾い上げ、まとめ始める。

その途中、何気ないようにしてひとりが聞いてきた。

 

「お兄ちゃん、何か欲しい物ある?」

「その気持ちだけで嬉しいよ。自分のために使ってね」

「……うーん、自分のため?」

 

 自分のため、自分のためと繰り返していたひとりが、急に息を呑んだ。何か思いついたらしい。

欲しい物を思い出した、じゃない。したいことが実はあった、でもない。

あの感じはおそらく、後ろ向きに全力で走るような発想が今、ひとりの脳裏をよぎっている。

 

「い、今十月で、ライブのノルマが一万円だから、十万円のギターを買えば」

 

 二十万余る。それで何を、あぁなるほど、きっとバイトの話だろう。

予想していた使い道の中でもかなり穏当な方だ。これなら僕が口を挟む必要もない。

密かにしていた警戒を緩めて、お金を掲げてはしゃぐひとりを見守る。

 

「これがあれば、高三の夏くらいまでバイトしなくて済む!?」

 

 暗算にかかった時間はおよそ二秒。こんな時だけ計算が早かった。

 

 

 

「という喜びで、今日はあんなに輝いてる」

「えぇ……」

 

 店長さんもいるし、ギターヒーローのことは抜いて簡単に説明した。

話し始めは楽しく聞いていた伊地知さんも、今ではもの凄く渋い顔になっていた。

その表情に非難を混ぜながら、彼女は僕の肩を軽く叩いてくる。

 

「後藤くんちゃんと止めてよ」

「バイト辞めるって言える勇気が出せたなら、それも成長の一つかなって」

「いやいやいや」

 

 見た目からか表面的な言動からか、ひとりは店長さんを怖がっている。

それでもと勇気を振り絞り、自分の気持ちを伝えられるのなら、それはそれでいい。

バンドを始める前なら絶対に出来るはずもなかったこと。これもある種の成長だ。

 

「それに働く皆を見てたら、辞めるのを止めると思うよ」

 

 自分だけ仕事をせず、悠々自適に過ごす度胸なんてひとりにはない。

仮に辞めると言い出せても、練習やライブでスターリーを訪ねる内に心が折れるだろう。

だから止めてないと告げると、伊地知さんも納得したようだった。

 

「……ぼっちちゃん、バイト嫌なのか?」

「バイトというか、知らない人と接するのがですね」

「まあ、分かってたけどなぁ」

 

 ずっと黙って話を聞いていてくれた店長さんが、落ち込んだ声とともに机に沈んで行った。

しまった。バイトとはいえ、従業員から全力で辞めたいと宣言されたようなものだ。

例え分かっていても、経営者の店長さんからすればショックを受けるのも当然だろう。

デリカシーがあまりにも欠けていた。また今日も反省することが増えてしまった。

 

「あっあああの、店長さん!」

 

 この状況、何と言ってフォローすればいいんだろう。何も思い浮かばない。

そうして悩む僕を尻目に、光り輝くひとりがとうとう店長さんに声をかけた。

店長さんが弱ったのをチャンスと見て挑みかかったのかもしれない。あの子は時々卑劣だ。

 

「……何?」

「あっえ、えっと、ば、ばばバイトのことで」

「バイトが、何?」

「あっ、え、ああ、あっと、えっ」

 

 ただ、出せた勇気はそこまでだった。輝きを失ったひとりが僕の背中に潜み始める。

今日はここまでかな。怯えながらも声をかけられただけ、この子にしてはよく出来た方だ。

そう思っていたのだけれど袖を引っ張られて、まだ諦めていないことを悟った。

 

「お、お兄ちゃん、代わりに言ってっ」

「キラーパスだ」

 

 引っ張られるまま腰を落とすと、耳元でひとりがごにょごにょと何か囁き始めた。

今までお世話になりました。今日でバイト辞めます。ありがとうございました。どうかお元気で。

なるほど、言いたいことはよく分かった。絶対に僕からは言わない。代わりに何を言おう。

 

「店長さん、何か欲しい物とかありますか?」

「え」

「バイトの話どこ行った?」

「それはあとでひとりから言います」

「!?」

 

 裏切られたような瞳でひとりが僕を見上げてくる。

胸が痛むけれど、僕から伝える訳にはいかない。それだと何の意味も無い。

説得や慰め、言い訳などなど、色んな気持ちを込めてひとりの頭に手を乗せた。

 

「こういうことは自分で言わないとね」

「うぉぅ……」

 

 納得か諦めからか、謎の鳴き声を出しながら、ひとりは萎れて崩れ落ちていった。

それをバラバラにならないよう僕が丁寧に成形している様子を、店長さんは何故か撮影していた。

時々こうしてひとりの、たまに僕のも、写真を撮っているけれど、理由がまったく分からない。

まさか店長さんに限って、単純に盗撮をしているだけ、なんてことはないだろう。

きっと何かしらの理由があるはず。次に撮っているところを見たら教えてもらおう。

 

「すみませんお待たせして。それで、何かありますか?」

「特にないけど、急にどうした?」

「この間のも含めてお礼がしたくて」

 

 出会ってからずっと、店長さんにはお世話になりっぱなしだ。

その度に感謝の気持ちは伝えているけれど、もうそれだけでは足りないくらいだ。

この辺で一度何か言葉以外、ものや行動でお礼をしておきたい。

そう思って言ったけど、店長さんの反応はあんまりよくない。頬杖をついてため息を吐かれた。

 

「別に、どれもお前のためにやった訳じゃない」

「だとしても、です。出来ることがあれば何でも言ってください」

「何でもって。そこまで言うなら、まあ何か考えとく」

「よろしくお願いします。待ってます」

 

 思わず頭を下げて頼み込む。そんな僕を見て、彼女は薄く笑っていた。

 

「ふっ、なんでやる側がお願いしてんだよ」

「……ほんとだ、変ですね。それだけお礼がしたいってことにさせてください」

「たまに馬鹿だなお前」

 

 そう言って軽く鼻で笑った後、店長さんはいつかのように僕の額を指で弾いた。

意地の悪い振舞だけど、悪意はまったく感じない。からかいは十分に感じる。

その表情はどことなく、いたずらっぽい時の伊地知さんを彷彿とさせる。

だからその時と同じように僕もまた、なんとなく楽しくなってしまった。

 

「やっぱりあやしい……」

 

 なお、その伊地知さんは何故か、再び疑いの目を僕らに向け始めていた。

 

 

 

「で、ぼっちちゃん。バイトの話って?」

「……こ、これからも誠心誠意頑張らさせていただきましゅ…………」

「あっ、うん。よろしく?」

 

 結局言えなかった。まだまだ成長が足りない。

 




次回「ギターを買いに行く話」
来週二十七日投稿予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。