九千字超えちゃった、長過ぎだし添削しよう、と思い文章を見直しました。
最終的に一万五千字を超えたので、二分割で投稿します。
宅録を見学したい、という伊地知さんのお願いを、ひとりは快く受け入れた。
今日はその約束の日だ。呼び鈴が鳴ったから、準備をしているひとりに代わって玄関へ向かう。
扉を開けると、伊地知さんがひらひらと手を振りながら立っていた。
「やっほー、お邪魔しまーす」
「いらっしゃい、外寒くなかった?」
「ちょっとだけね。あっ、これお土産」
「わざわざありがとう」
玄関でそんなやり取りをしている間、伊地知さんはじっと僕の顔を見続けていた。
二人で会話してるのだからおかしいことじゃないけれど、どうにも視線の圧が強い。
話すために見ているというより、観察されているような心地がする。
「もしかして僕の顔、何かついてる?」
「いやぼっちちゃんが、お兄ちゃんは家では表情豊かです、って言ってたからさ」
確かにそんな話を聞けば、伊地知さんからすれば気になるのも当然だ。
彼女の視線に釣られて自分の顔を触ってみる。特にいつもと変わらない気がする。
その感触と伊地知さんの表情で察するけど、念のために確認はしておいた。
「どう? 表情出てる?」
「全然」
一言で切り捨てられた。僕の鉄仮面は周囲への警戒と無関心から出来ている。
家という自陣で大事な友達を出迎える。それでも無意識の警戒を消せていない。
好きとか大切とか思いながらも、どこかで僕が一線を引いていることの証明だ。
そのことにちょっと落ち込んでいると、伊地知さんが下から僕の目を覗き込んでいた。
「そんな気にしなくても大丈夫だよ」
「……僕の表情、変わってないんだよね?」
「うん。まったく全然」
「じゃあなんで分かるの?」
「後藤くん、分かりにくいけど分かりやすいから」
「それどっちなの?」
「内緒だよー」
そう言って逃げるように二階へ向かった彼女を追いかけ、僕も階段を登る。
以前一度来たから、伊地知さんもひとりの部屋は分かっているはず。
その証拠に部屋の前にはいたけれど、何故か躊躇するように戸にかけた手が止まっていた。
「ひとりの部屋はそこだよ」
「うん。……一応聞くけど、今日もミラーボールとかある?」
「今日は収録するから無いよ」
「無かったらあるのか……」
多分飾り付ける。ひとりなりに頑張った、精一杯の歓待表現だから受け取って欲しい。
微妙な顔の伊地知さんが元に戻るのを待ってから、部屋の戸を開けた。
その音に反応して、緊張と喜びで凝り固まったひとりがこちらに振り向いた。
「ぼっちちゃん来たよー、今日はよろしくねー」
「あっ虹夏ちゃん、い、いらっしゃい」
「はー、ここにある機材全部使うの?」
「あっはい。ここの三脚にカメラを置いて、ここに繋いで」
「分かってたけど本格的だなぁ」
ほへー、とでも表現すべきか、伊地知さんが感心したような音とともに機材を見ている。
この隙だ。彼女が気を取られている間に、ひとりに近付きもう一度だけ確認を取る。
「ひとり、僕の顔どう?」
「え」
「ほら、表情」
「あ、あぁー」
納得の声とともに、ひとりは僕の顔をまじまじと眺めた。
僕単独ならともかく、妹と一緒であれば何かまた変わるかもしれない。一筋の希望だ。
気まずそうな顔ですぐに消えたけれど。そんなことだろうとは思ってた。
そして何故かひとりはペタペタと僕の顔を触り、頬を引っ張ったり伸ばしたりし始めた。
「顔ほぐしても、そもそも動いてないから変わらないよ?」
「そうじゃなくて、私がこうやって笑顔を作れば、なんとかなるかも」
「なるほど、妙案だね。でもこれだとひとりからしか見えないよ」
「あっそっか。じゃ、じゃあ後ろからやるね」
「お願い」
ひとりの提案を受け、後ろから僕の顔を操作してもらう。
変なことをしている自覚はあるけど、半ば意地だ。伊地知さんは気にしてなくても僕が気にする。
ひとりの顔面操作術を信じて僕はなすがまま、伊地知さんに話しかけるのを見守った。
「あっ虹夏ちゃん、み、見てください、これが笑顔のお兄ちゃんです!」
「ふぉうふぁは?」
「えっリアル福笑い……?」
こんな風に話しているのも楽しいけれど、伊地知さんの希望もあって早速収録を始めた。
収録の間、彼女はずっと難しい顔をしてひとりの演奏を聴いていた。
「……」
ギターヒーローとしてのひとりの演奏は圧倒的だ、伊地知さんが気圧されても不思議じゃない。
もしかしたらバンドの時と比較して、何か考えることがあったのかもしれない。
だとしてもそれは僕が触れることじゃない。結束バンドの皆で解決すべきことだ。
だから今は思考にふける伊地知さんを連れ戻すため、軽い調子で声をかけた。
「これで収録は完了。あとはちょっと編集しておしまい」
「……はっ。そ、そっか。編集は後藤くんがしてるの?」
「編集も含めて、投稿関係の細々としたところは僕が担当だよ」
動画を編集する暇があるなら、その時間で練習なり、更に動画を撮るなりした方がいい。
そう考えて僕が編集をやらせてもらっている。それにこういう細かいことは僕の方が得意だ。
「じゃあコメントとかも後藤くんが?」
「一応ね。ほとんど書いてないけど」
作詞作曲編曲、加えて収録CDや配信サイトくらい。それ以上は必要ないからだ。
僕としてはそう思っているけれど、どうやら彼女達は違う考えを持っているようだった。
「ちょっと味気ないし、もっと何か書いてもいいんじゃない?」
「で、ですよね!!」
「わっびっくりした」
伊地知さんの言葉は、ひとりの琴線に触れてしまったらしい。
ひとりが久しぶりに大きな声を出して、自分の考えを主張しようとしていた。
「あっ、前からもっとたくさん書いて欲しいって言ってるのに、お兄ちゃん聞いてくれなくて」
「僕がこういうの考えるの苦手だって知ってるでしょ」
「だったら私が書くのに、それも許してくれないし」
「えー、後藤くん酷くなーい? ぼっちちゃん文章書くの上手じゃん」
「あっへへ、あ、ありがとうございます」
何も知らない伊地知さんが、囃し立てるように言ってくる。
彼女はまったく理解していない。ひとりの書くコメントが、どれだけのものか。
でもそれは責められない。伊地知さんが見たことのあるひとりの文章は、きっと作詞くらいだ。
あれはきちんと推敲して日本語訳したもの。いつも書きたがる煮凝り、虚言とはまるで違う。
いや、逆に考えよう。これはいい機会だ。僕以外にもストッパーが欲しいと思っていた。
今この場所でひとりの虚言を、その恐ろしさを、伊地知さんにも体感してもらおう。
「……じゃあひとり、試しにこの動画のコメント考えてみて」
「えっ、いいの?」
「確認したいから投稿はしないでね」
「うん!」
いきなりの無茶ぶりにもかかわらず、ひとりは意気揚々とキーボードを叩き始めていた。
これはまた、長い間温めてきた恐ろしいものが出てくる予感がする。
楽しみだなー、なんて呟く伊地知さんの隣で、僕は戦慄を抑えきれずにいた。
そうして完成してしまった、ひとり渾身の文章。伊地知さんは目をひん剥いた。
「うわ」
何の意味もない言葉。それなのに、全てが伝わる感想だった。
彼女の顔が画面とひとり、僕の顔を何度も往復している。僕が言うことじゃないけど、気の毒に。
気が滅入るけど、僕もひとりの作ったコメントを改めて確認した。
その前に、一度投稿した曲について整理する。別に見るのを躊躇してる訳じゃない。本当に。
今日の曲は、ここ最近でヒットしたアクション映画のエンディングテーマだ。
幸いひとりが問題なく見られるものだったから、参考にするため二人で一緒に見に行った。
人間関係がこじれたヒューマンドラマや青春系だと、将来を悲観したひとりが途中で死ぬ。
映画のストーリーは、悪い奴がいた、だから倒した、くらいのシンプルを極めたもの。
その分アクションや画角、テンポ等に力を入れていて、僕達でもかなり楽しめた。
エンディングテーマも同じく、曲自体は単純で弾きやすい、初心者でも弾けるくらいだ。
だからこそ演者の技量、センスの差が浮き彫りになる。流行りもあるけど、今回選んだ理由だ。
この辺にしておこう。こうした情報を踏まえた上で、僕は覚悟を決めた。
『おはこんばんにちはろー!! ギターヒーローでーす!!!!!!!!☆(ゝω・)V
今日弾く曲はあの大人気映画のエンディングテーマ! 皆はもう見た? (*>ᴗ<*)
私も大好きなカレと昨日一緒に見に行ったヨ! ✧◝(⁰▿⁰)◜✧
あっ言ってなかったけど私、カレシいるの! ガチ恋勢はごめんね!!』
ここで僕は限界を迎えた。今日の破壊力は四割くらいだろうか。
この後も十行ほど嘘八百が並べてある。僕からは何も言えない。感想は控える。
「ど、どうですか?」
どうして僕らのこの反応を見て、こんな自信満々に聞けるんだろう。
聞かれた伊地知さんは口をパクパクとするばかりで、何も言えない。それはそうだ。
衝撃と困惑を煮詰めたような表情で僕に助けを求めている。
この状況、ひとり、伊地知さん、どこから手をつけたものか。
聞きたくないけど、とりあえず確認だけさせてもらおう、聞きたくないけど。
「ギターヒーローさん、質問よろしいでしょうか?」
「あっへへっ、な、なんですか?」
「このカレシというのは?」
残念だけどひとりにそんな存在はいない。というか、ここでの彼氏は文脈的に僕のことだ。
この文章に文脈があるのかは考えないことにする。日本語のはずなのに、脳が拒否する。
僕の当然の疑問に、ひとりは僕よりも不思議そうに返してきた。
「お兄ちゃんのことだよ?」
「どうして兄から彼氏にダウングレードを?」
「えっダウングレードなの?」
伊地知さんが反射的に口を挟んできた。家族から他人になってるんだから大幅ダウンだ。
「前お兄ちゃんが、女の子相手だと変な絡み方する人がいるって言ってたから、男の人の存在も匂わせた方がいいのかなって」
「それで彼氏?」
「あっあと、リア充アピールがしたかったです……」
「なるほど?」
とんでもない虚言とはいえ、ひとりにはひとりなりの理屈があった。
僕の鬱陶しいお説教を気にしてくれていたのも嬉しい。だけどこれは駄目だ、色々と。
「結論から言うとボツです」
「えっなんで?」
よくそんな顔出来るね。
「まず、嘘はよくない」
「……お兄ちゃんもずっと嘘ついてた」
「ほんとにごめんね。でも今は関係ないよ」
「お兄ちゃんも一回したから、私も一回してもいいと思う」
「それは屁理屈。というか、これまで僕の一万倍は嘘ついてるよね?」
「い、一万は言い過ぎ! せめて、千倍くらい……?」
「十分多いよ」
皆のことを黙っていたこと、まだ根に持たれていた。僕が言うことじゃないけどかなり長い。
僕とひとりがコメントについて言い合いをしている間に、伊地知さんの正気も帰って来たようだ。
彼女はごほんと咳払いを一つしてから、この無益な争いに介入してくれた。
「二人とも、どっちにしても嘘はよくないよ」
「虹夏ちゃん……」
「そもそもこれ悪いのはセンスだよね」
「虹夏ちゃん!?」
時々伊地知さんは恐ろしいほど率直だ。切れ味が違う。
とりあえずこれで二対一。一旦このコメントを却下するのには十分な根拠になる。
伊地知さんの言葉に震えるひとりに向けて、パソコンを求めて手を伸ばした。
「それじゃひとり、コメント書き直すからパソコン返して」
「……へ、へへ」
僕の要求にひとりは誤魔化すように笑っていた。嫌な予感がする。
「と、投稿しちゃった」
「……あれを?」
「え、えへへ」
一瞬耳を疑った。可愛い、じゃない。不味い、ギターヒーロー最大の危機が今訪れていた。
「た、大変だよ後藤くん! このままだとチャンネル登録者が十万は減るよ!?」
「最悪アカウントごと消されるかもしれない」
「そこまで酷いの!?」
ひとりがショックを受けていたけれど、今は対応できない。ギターヒーロー消滅の危機だ。
すぐに確認すると、事前に投稿日時を予告していたからか、既にコメントがついていた。
『通報しときました』
『ウイルス対策はしっかりした方がいいですよ』
『クソみたいな文章だな』
『無理して若い頃の服着てる母ちゃん見た気分』
『最初は笑えたけど読んでる内に涙が止まらなくなった』
ボコボコだった。これ以外のコメントも、乗っ取りの心配と文章への酷評しかない。
そっと閉じたパソコンをひとりが手渡してくる。そしてそのまま僕に土下座をした。
「……これからもコメントはお願いします」
「はい」
慰めの言葉は思いつかなかった。無力な兄でごめん。
コメント欄を修正して再投稿した。悲しい事件だった。
起きてしまった悲劇を変えることは出来ない。僕達に出来るのは忘れることだけだ。
いややっぱりひとりには覚えておいてほしい。反省してほしい。推敲してほしい。
気を取り直して、伊地知さんの質問タイム続行だ。
まだまだ気になることがあるようで、彼女は投稿したばかりのパソコンを弄っている。
そしてギターヒーローのプロフィールにある、SNSのアカウントへマウスを動かした。
「じゃあこのトゥイッターとイソスタも後藤くんが?」
「僕が管理してる」
「やっぱり。この淡々とした事務連絡感は後藤くんだよね」
投稿日の予告をしたり次回投稿分の一部をあげたり、ちょっとした宣伝にしか使っていない。
それ以外は何もしていない。今後もひとりの日常などを伝えるつもりは無い。
僕はギターヒーローのために、ひとりのプライベートを切り売りする気はなかった。
「この何も語らないところが、仕事人って感じしてたなぁ」
「そういう意図は無かったけど」
「このジャージとか部屋とかも、全部身バレ対策か何かだと思ってたよ。まさか素だったなんて」
ひとりが照れたように後頭部へ手を置いた。どこを褒められたと思ったの。
とりあえず便乗して僕もひとりの頭を撫でる。伊地知さんの冷えた視線は気にしない。
「ギターヒーローのじゃなくてさ、自分のは二人ともないの?」
二人揃って首を横に振る。ひとりはともかく、僕は作ろうだなんて考えたこともなかった。
自分の活動を他人に伝える。他人の活動を見る。どちらにも僕は価値を見出せない。
でもそれはあくまで僕の価値観だ。伊地知さんなら、何か別の答えを知ってるかもしれない。
「そもそもあれって、何のためにやってるの?」
「喜多ちゃんは、楽しいのおすそ分け~って言ってたね」
まったく共感出来ないけれど、喜多さんらしい素敵な考えだ。
そうは思いつつ、それ以上の関心を抱けない。ただ、ひとりの方は興味がありそうだった。
分かりやすくそわそわしている。伊地知さんもそれに気づいたようだ。
「ぼっちちゃん、作ってみる?」
「えっ、そ、それは」
ちらちらと、上目遣いで僕の様子を窺っている。僕からの許可が欲しいみたいだ。
禁止したところで隠れて作りそう。そもそも僕に、ひとりの行動を禁じる権利はない。
「せっかくだし、教えてもらったら?」
「……いいの?」
「僕が許すとかの話じゃないからね」
いつかひとりの言動に僕が干渉できなくなる、してはいけなくなる時が必ず来る。
その時のためにも、どこかで経験を積んだ方がいいとは常々考えていた。
SNSで何かを発信することは、言葉を扱ういい訓練になるかもしれない。
それにギターヒーローのアカウントならともかく、ひとり個人なら見る人も少ないはず。
たとえ虚言を振り回しても、そこまで大きいダメージを受けることはないだろう。
伊地知さんに教えてもらいながら、ひとりはアカウントを作成した。
やたらとタピオカに拘って伊地知さんを辟易させながらも、無事に登録出来たらしい。
瞳をキラキラと輝かせながら、嬉しそうに自分のアカウントを眺めている。可愛い。
早速出来立てのアカウントで音楽関係の呟きを読んでる途中、気になるものを見つけたようだ。
「まい、にゅー、ぎあ……?」
聞き覚えの無い言葉だ。SNSだけで通じるスラングか何かだろうか。
確認のため画面を見せてもらうと、機材の写真だけが投稿されている。これはなんだろう。
伊地知さんには心当たりがあるようで、僕達にどういうものか解説してくれた。
「新しい機材や楽器を買った時にね、こうやって写真をあげるんだ。そうするとたくさんいいねがもらえるの」
「しゃ、写真をあげるだけでこんなに……!? そんな、こっちの方が全然コスパいい!?」
「なんのコスパ?」
承認欲求と時間のコスパだと思うけど、お金や継続性を考えるとそんなによくない。
一度身につければずっと使える技術の方が、総合的にはコスパがいいはずだ。
そんな僕の考えはともかく、ひとりは既に承認欲求に飲まれつつあった。
「……お兄ちゃん、私もマイニューギアしていい?」
「ひとりのアカウントだからね、僕に聞かなくても大丈夫だよ」
嬉々としてこの間買ったギターの写真を投稿していた。当然だけど反応はない。
むしろさっき出来たばかりのアカウントに、そんな劇的な反応がある方が怖い。
それでもひとりは不満げだ。承認欲求が満たされていないらしい。
「お、お兄ちゃんのギターも使っていい?」
「いいけど、もう少し時間置いた方が反応あると思うよ」
「う、うぅうぅん……そうする」
ひとりは早くもSNSの沼に浸かりつつあった。予想はしていたことだ。
この辺りで一度、何かしらのブレーキをかけておいた方がいいかもしれない。
伊地知さんも似たようなことを思ったようで、脅かすようにとあるアカウントを見せてきた。
「んー、ぼっちちゃんこの人の投稿見てごらん」
「……高い楽器、凄い頻度で売り買いしてますね」
「そう。この人はね、マイニューギアの悪霊に憑りつかれてしまったんだよ」
「あ、悪霊ですか?」
「一席語ります。怪談『my new gear…』」
突如始まった伊地知さんの怪談を楽しみながら、なんとなくその人の呟きを眺める。
楽器の写真、買い取り募集、楽器の写真、買い取り募集、その繰り返し、マイニューギア中毒だ。
半年くらい前までそんな感じだったけど、六月ころから少し様子が変わっていた。
時々弁当の画像が混じるようになる。なんとなく見覚えがあった。
「マイ、ニュー、ギアァァァァァ!!」
「ひっ、ひぃえぇぇぇぇ!?」
怪談のオチなのか伊地知さんが大声を、合わせてひとりが悲鳴をあげた。それで思い出した。
「これ、僕の作った弁当だ」
「え?」
僕の呟きに、遊んでいた二人も画面を覗き見る。
最後に投稿された画像。弁当の写真は、ちょうど昨日僕が山田さんに渡したものだ。
「これ、もしかしてリョウ?」
「は、ハンドルネームも世界のYAMADAです」
「まんまだね」
隠す気が欠片もない、自己顕示欲の塊のような名前だった。
楽器を買っては見せて売り、買っては見せて売り。改めて見ても不思議な行動だ。
重ねて不思議なことに、どれも結構ないいねがついている。僕には分からない世界だ。
「あと僕が作った弁当、自作の体で紹介してるね」
「山田はさぁ……」
こっちはこっちでそこそこいいねがついていた。
「あいつにそんな見栄があったなんて。勝手に使われてるけど、後藤くんこれいいの?」
「それは別に。でも嘘で褒められて、山田さん虚しくないのかな? 恥を晒してるだけだよね?」
「……たまに後藤くん、すっごくきついこと言うよね」
「伊地知さんには負けるよ」
「!?」
心外だ、なんて顔をしているけど、無自覚だったことに僕もびっくりだ。
お互いの驚愕で生まれた一瞬の沈黙は、ひとりの勢いよく立ち上がる音で消え去った。
「お、お兄ちゃん! 虹夏ちゃん!」
呼びかけると同時に財布を掴み、戸を開け放つ。テキパキとしている。アクティブひとりだ。
「ちょ、ちょっと行ってきます!」
「車に気を付けてねー」
声をかける僕に目もくれず、ひとりは家を飛び出して行った。
急に叫んで、唐突にどこかへ駆けていく。結構な奇行だ。驚かれて当然の行動。
にもかかわらず、伊地知さんは平然とお茶を飲んでいた。貫禄すら感じる。
「ぼっちちゃん、あれどこ行くのかな?」
「マイニューギアしに行ったね」
「承認欲求に弱すぎる。そんなお金どこに、あっギターの!?」
「一万円残して回収したから、そこまで散財出来ないと思う」
承認欲求に勝っても負けても、大したものは買えないはず。
精々エフェクターを一、二個程度。あとは買えても弦とかの消耗品くらいかな。
マイニューギアというには少し寂しい。ただの備品購入だ。
「あの勢いだとその一万円使い切っちゃいそうだけど、それでもいいの?」
「一人で買い物出来ただけ感動する」
「初めてのお使いか何か?」
たった一万円でそんな成長が見れるなら、安い買い物だよ。
そんな僕の返答に帰って来たのは、ただただ深いため息だけだった。
次回「宅録の話 下」です。
ぼっちちゃんのコメントセンスが真似できません。