ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、ここすきありがとうございます。


「距離感の話 姉編 上」

 今年の春から、私を取り巻く環境は大きく変わった。

ギターが逃げたり戻ってきたり、色んな意味でとてつもない子が入ってきたり、ライブをしたり。

バンドに限った話でも今挙げたこと以外にも、数え切れないほどたくさんのことがあった。

大変だったことも含めて、そのどれもが今となってはいい思い出だ。

 

 そして学校生活においては、彼と友達になったことが最も大きい変化かもしれない。

彼、後藤一人くん。バンドのとてつもない子、ぼっちちゃんのお兄ちゃんでもある。

そんな後藤くんは私の通う下北沢高校で、一番の有名人だと言ってもいい。

 

 下北沢の魔王。彼は心からの恐怖と畏敬から、こんな馬鹿みたいな呼ばれ方をしている。

馬鹿みたい、なんて呆れたように言えるのも、私が彼と友達になれたからだ。

それまでは私も彼を怖がっていたし、彼の威圧感(本人曰く魔王感。なにそれ?)は今も健在だ。

その証拠に今日も、彼と目が合ったクラスメイトは泡を吹いて気絶していた。

彼はいつもと同じ無表情で、いつものようにその子の介抱をしながらぽつりと呟く。

 

「なりたいとなる。当たり前だけど別の話か」

 

 誰に聞かせるわけでもない独り言。どういう意味なのか私には分からなかった。

 

 後藤くんと目が合うと気絶する。意味不明だけど周知の事実だ。

それを聞いても、何を馬鹿なと笑う人がほとんど。でも一度見れば心に刻まれる。

熱も光も持たず、何の感情も宿さない、星の無い宇宙のような瞳。

ただただ虚ろで見るだけで、目が合うだけで、大事な何かが削られていくような心地すらする。

こうして仲良くなった今でも、あの目を見ると心臓がキュッとしてしまう。

それなのにどうして、私は後藤くんの目を追ってしまうのか。

 

「後藤くんおはよう!」

「おはよう、伊地知さん」

 

 これが答えだ。何もない瞳に、私を見つけた途端に灯がともる。温かで嬉しそうな光が宿る。

目は口程に物を言うなんて言葉があるけれど、彼の瞳はいつだってそれを証明している。

恐ろしい魔王が、私を見る時はただの優しい男の子になる。その落差が私の中の何かを刺激する。

 

 彼の数少ない友達、私のバンドメンバーもこの変化には気づいてないと思う。

喜多ちゃんは目というか、いつも顔全体を見てるから細かい動きには鈍感だ。

リョウは微妙にトラウマなのか、仲良くなってはいるけど目を合わせるのは今も避けている。

 

 だからこの動きを知っているのは、私と多分もう一人、妹のぼっちちゃんだけ。

自分でもちょっとないな、とは思うけど、なんとなく優越感を覚えてしまう。

そういうわけで何かあれば、今もついつい彼の目を見てしまう。変な癖がつきそうで怖い。

 

 

 

 突然話は変わるけれど、私にはお姉ちゃんが一人いる。

照れ屋で素直じゃなくて意地っ張りでツンツンツンツンデレな、優しくて大切なお姉ちゃん。

 

 そのお姉ちゃんと後藤くんが、最近あやしい。

まず距離感がおかしい。妙に近い。ベタベタしている。この間なんか頭撫でてた。

文化祭の時もくっついてた。後藤くんは腰が抜けてたからって言ってて、あの時は納得した。

だけどそれにしたって変。おかしい。あんなにくっつかなくてもいいよね?

 

 それに一昨日、つまり後藤家へ遊びに行く前日、お姉ちゃんとこんな会話があった。

 

「あっお姉ちゃん、明日友達の家遊びに行ってくるね」

「おー、リョウのところか? あんま遅くなるなよー」

 

 私の方を見向きもせず、寝っ転がって雑誌を眺めながらの適当な返事。

そんな気のない言い方に、ちょっとした悪戯心が沸いた。お姉ちゃんがそんな態度なのが悪い。

なるべくなんでもないように装って、さりげなさを意識して口を開く。

 

「ううん、男の子の家」

 

 それを聞いたお姉ちゃんはずるりと、勢いよくソファーから落下した。

 

「…………はあ!? ちょ、ちょちょ、ちょっと待て、どういうことだ!!??」

 

 想像以上の慌てぶりだ。悪戯が上手くいって、思わず笑みがこぼれる。

いつものお姉ちゃんなら、私の笑顔を見て察すると思う。でも今日は違った。

 

「えっ、ちょ、男って、え、誰だ!?」

「ふっふっふ、誰だろうね」

「いや今そういうのはいいから、早く言って!?」

 

 私の肩を掴んで、ぐわんぐわんと揺らすように尋ねてくる。ちょっと力が強い。痛い。

どんどん動揺が強くなっていくお姉ちゃんを見て、私もほんのちょっぴり反省した。

追及があるかもだけど、彼の名前を出せばお姉ちゃんも少しは落ち着くだろう。

 

「後藤くんだよ」

「なんだあいつか」

 

 すん、なんて音が聞こえてきそうなほど、急にお姉ちゃんは白けた。

今度はこっちが困惑、慌てる番だ。どうして後藤くんの名前が出た瞬間にそうなるの?

 

「えっ、急に冷めすぎじゃない?」

「だってあいつんちってことは、ぼっちちゃんも一緒だろ」

「うん。というか、本当はぼっちちゃん目当てだし」

「だろうな。あー、慌てて損した」

 

 やれやれ、なんて態度を隠そうともせず、お姉ちゃんは再びソファーに横になる。

釈然としない私に気づいているのか、いないのか、だらだらした姿勢のまま続けた。

 

「それにあいつなら、別に二人きりでも大丈夫だろ」

 

 なんなら泊まってきたらどうだ、なんてことまでその時は言っていた。

半笑いの冗談交じりの発言。でもその声には、はっきりとした信頼が込められていた。

 

 

 

 私はその信頼を確かめたかった。彼を疑っている訳じゃない。私だって信じている。

それでもお姉ちゃんがそれだけ言う根拠を、私は探していたのかもしれない。

それとついさっき、お姉ちゃんに悪戯が成功して調子に乗っていたこともある。

いつも落ち着いている彼の、あんな風に慌てる姿が見てみたいな、なんて思いもあった。

 

 それがまさか、あんなことになるなんて。今思い出すだけでも顔から火が出そう。

二人きりだねって言って、ちょっと意識させて、からかえたらなって。その程度の考えだった。

それが、あ、あんな恰好で、顔を触り合って、見つめ合って、名前まで呼ばれて。

私たちの信頼通り、後藤くんは、その、それ以上は、そういう素振りはまったく見せなかった。

それでも、あんな大胆なことをされるなんて、男の子を意識させられるなんて思わなかった。

彼にそんなことをするような欲があるなんて、想像もしていなかった。

 

「……あ゛ぁ゛―」

「ずっと顔赤いし、変な声出てるけど大丈夫か? 熱ある?」

 

 あれ、でも待って? よくよく思い出してみると、彼がしたことは全部先に私がしたことだ。

見つめたのも、頬を触ったのも、その感触を楽しん、いや、その感想を言ったのも。

彼から、彼だけがしたのは名前で呼んだことくらい。びっくりしたけど、変なことじゃない。

逆に私だけがしたのは、お、押し倒したこと? い、いや、そんな、まさか。

こんなの、どっちがアレかなんて考えるまでも無い!?

 

「に゛ゃああああああああああ!!」

「うおっ!? えっ怖っ急に何? 家行ってぼっちちゃんうつった?」

 

 駄目だ、これ以上考えると頭が馬鹿になる。最初の疑問に戻ろう。頑張って戻ろう。

どうしてお姉ちゃんが、あそこまで後藤くんのことを信頼してるのか。それが分からない。

というかそもそも後藤くんと仲良くなってるのもおかしい。二人ともそんなに接点ないでしょ。

クラスメイトはあんなだし、私とリョウだって友達になったのは一年以上経ってから。

ほんの数回しか会ったことないはずなのに、あれはおかしい。絶対変。絶対何かある。

 

「……じー」

「え、なんで私のこと睨んでるの?」

 

 でもお姉ちゃんに直接聞いたところで、からかわれて真面目な答えなんて返ってこない。

後藤くんなら真剣に答えてくれるだろうけど、どうせヘンテコな回答しか出てこないはず。

だったらもう、自分で調べてみるしかない! 自分の目で、耳で確認するしかない!

これは、決して明日以降後藤くんとどう接していいか悩んでるから、という訳じゃない!!

 

「よし!」

「最近妹が分からない……」

 

 

 

「という訳で、お姉ちゃんと後藤くんの関係について調査したいと思います」

「協力します!」

「…………帰っていい?」

「ダメ。今日バイトでしょ」

「じゃあ仕事しろよ」

 

 そして次の日。今日はバイトで皆が集まる。せっかくだから調査の協力をお願いした。

リョウがまさかの正論を言ってきたけど無視。時には正論よりもっと大事なことがある。

私は一人だけ状況を理解出来てなさそうなぼっちちゃんにも同意を迫った。

 

「ね、ぼっちちゃんも変だと思わない?」

「あっ、へ、変と言えば変ですけど、仲良しならいいんじゃ」

 

 結構変な疑いについて話しているのに、ぼっちちゃんにしては平然と聞いていた。

そういえば昔、お兄ちゃんに友達? 彼女? へっ、とかなんとか言ってた気がする。

後藤くんとそういうことについて、考えがまったく結びつかないのかもしれない。

 

「ひとりちゃん、この場合の仲良しっていうのは、いわゆる友達的な仲良しじゃなくてね」

「はぁ」

「あー、もう言っちゃうけど、男と女的に仲良くなってる疑惑なのよ!」

「…………お、おお、男と女!?」

「いやそこまでは言ってないけど……」

 

 仲良過ぎで変だな、とは思うけど、いくらなんでもそこまでは考えてない。

二人を宥めるために言ってみたものの、喜多ちゃんの興奮は治まってくれなかった。

 

「いえ伊地知先輩、男と女の行きつく先はいつだって一つです!!」

「……もしかして昨日、変なドラマとか見た?」

「はい! 面白かったです!」

「喜多ちゃんは素直だなぁ」

「そうですか? ありがとうございます!」

「褒めてないんだよなぁ」

 

 私と喜多ちゃんがアホな会話をしている間に、身震いしていたぼっちちゃんも少し落ち着いた。

意外と冷静な感じで眉をひそめ、何かを考え込んでいる。そしてボソッと呟いた。

 

「で、でも店長さんって私たちより、お母さんたちの方が年近いですよね?」

「……それ、お姉ちゃんには言わないであげてね」

 

 そうしてなんとかぼっちちゃんを巻き込もうとしていると、リョウが唐突に電話をかけた。

 

「……もしもし陛下?」

「!?」

 

 相手は後藤くんだ。私たちが面倒だから、直接聞いて終わらせようとしているのかもしれない。

通話設定をスピーカーにしたのか、リョウの携帯から後藤くんの声が響いた。

 

『もしもし山田さん、どうしたの? お腹空いた?』

「空いてるけどそれは後で。陛下って、店長のことどう思ってる?」

『どうって。急にどうしたの?』

「好きとか嫌いとか、そういう答えが欲しい」

 

 リョウらしい、率直で簡潔な聞き方だった。かなり聞きにくいことだけど何も気にしていない。

そして聞かれた後藤くんも気にしない人だから、間髪入れずに返事をしていた。

 

『優しくていい人だよね。好きだよ』

「ぎゃあ!」

「に、虹夏ちゃん、き、喜多ちゃんが倒れました!?」

『……喜多さんの悲鳴が聞こえたけど、何かあった?』

「気にしないで。大丈夫、郁代の脳が壊れただけ」

『それは大丈夫じゃないよ?』

「今から直すからちょっと待ってて」

 

 そう言って電話を保留にした後、リョウは喜多ちゃんに近付いた。

 

「りょ、リョウ先輩、私はもう駄目です……」

「郁代、こっち向いて」

 

 机に染み込むようにしていた喜多ちゃんの肩をリョウが叩く。

そして反射的に顔を上げた喜多ちゃんの顎に手をあてて、そのまま顔を覗きこんだ。

手慣れてるなこいつ。

 

「あっ顔が良い……。脳が再生する音がするわ…………」

「の、脳が再生……? 喜多ちゃん、頭大丈夫ですか……?」

「色んな意味で駄目かもしれないね」

 

 喜多ちゃんも喜多ちゃんで、意味の分からない反応をしていた。

最近は後藤兄妹にのめり込んでると思ってたけど、まだリョウにも未練があるみたい。

復活したけど恍惚としている喜多ちゃんを放置して、リョウは電話に戻った。

 

「おまたせ。修理して来たから安心して」

『……ごめん、脳が壊れたところから理解が追い付いてない』

「それでいいよ。陛下はそのままでいてね」

『えぇと、うん。山田さんがそう言うなら』

 

 納得したような、してなさそうな声が携帯から聞こえた。

後藤くんはあれで純粋というか幼いというか、その手の知識に疎いところがある。

あざといなこの人、みたいな目でたまに見てくるけれど、実は一番あざといのは後藤くんでは。

そんな考えは、彼の爆弾発言でどこかへ消し飛ばされた。

 

『そうだ山田さん、星歌さんに伝言してもらってもいいかな』

「!?」

 

 名前で呼んでる!? さしものリョウも驚いたようで、一瞬言葉に詰まっていた。

それでも自称クール系変人の意地か、なんでもないように返事をしていた。

 

「……いいよ。何の話?」

『ありがとう。今日の約束だけど、少し遅れますって伝えて』

「分かった。言っとく」

『お願い。よく分からないけど、星歌さんの携帯繋がらないんだ』

 

 通話の終了音が店内に虚しく響いた。その音が緊張感を謎に引き立てる。

誰かがごくりと喉を鳴らしたタイミングで、裏からお姉ちゃんが出てきた。

自然と私たちの視線はお姉ちゃんの元へ集まっていく。

 

「……なんだお前ら、雁首揃えて私の顔見て」

 

 微妙にお姉ちゃんは怯えていた。喜多ちゃんなんか目がギラギラしてるからしょうがない。

 

「店長、陛下から伝言」

 

 張り詰めた空気なんてリョウは気にしてないみたいで、普通にお姉ちゃんに話しかけていた。

 

「一人からか。なんて?」

「ん?」

「今日の約束少し遅れるって」

「ふーん。それはいいけど、なんであいつ直接連絡してこないんだ?」

「んん??」

「携帯繋がらないって言ってたよ」

「……あー、電源切りっぱだった。そうだ、あいつ来たら裏に通してくれ。お前らは入るなよ」

「んんん???」

 

 名前で呼んでる? 連絡先知ってる?? 裏に通せ、お前らは入るな???

 

「……………………これは、深い調査が必要ですね」

「頼りにしてるよ喜多ちゃん。ぼっちちゃんは……」

「あっえっ、が、頑張ってください?」

「うーん、まあしょうがないか。後は任せてね!」

「……なんか楽しそうだなお前ら」

「私はそうでもない」

 

 

 

 それからしばらく掃除やセッティングなど、真面目にバイトをしていた。

今日は調査するから、そのためにも早く仕事を終わらせないと。喜多ちゃんと張り切って働く。

ちょうど掃除が終わった頃に、玄関が開く音が店内に響いた。

 

「お邪魔します」

 

 後藤くんが来た。見慣れた無表情で、入口から店内の様子を窺っている。

顔を見て、つい昨日のことを思い出して、私は咄嗟に喜多ちゃんの後ろに隠れた。

幸い彼はぼっちちゃんを見つけて手を振っていたから、私には気づかなかったみたい。

 

「伊地知先輩、どうして隠れるんですか?」

「い、いやー、ほら、今日はこれから調査だから、ね?」

「なるほど?」

 

 ひとまず納得してくれた喜多ちゃんの背後から、入口の後藤くんの様子を観察する。

近くで当日チケットの確認をしていたリョウが、すぐに気づいて声をかけていた。

 

「陛下、店長が直接裏に来いって」

「ありがとう。伝言のお礼と言ってはなんだけど、ふたりとクッキー焼いてきたんだ。どうぞ」

「どういたはぐはぐ」

「よかったら皆で食べて」

「ありがはぐはぐ」

「……皆で食べてね?」

 

 通りかかるスタッフの人へ挨拶しながら、後藤くんは裏へと歩いて行く。

勘違いかもしれないけど、足取りが軽い気がする。喜多ちゃんにもそう見えたらしい。

 

「後藤先輩、なんだか楽しそうですね……」

「それだけお姉ちゃんに会えるのが嬉しいのかな?」

「くっ、先輩も所詮は男の子……! 萌えキャラには弱いのね………………!?」

「人の姉萌えキャラ呼ばわりするの止めてくれない?」

 

 確かにお姉ちゃんそういうところあるけども。

 

 

 

 さて、後藤くんが来ちゃったわけだけど、これからどうしよう。

お姉ちゃんは入るなって言ってたし、正面から行けばきっと怒られる。それに気まずい。

何かいい方法がないかなぁ。そんな風に彷徨っていた視線が喜多ちゃんの目と合った。

 

「任せてください!」

 

 さすが喜多ちゃんだ、頼もしい! きっと何か、慎重に探っていく作戦があるに違いない。

ふんす、みたいな音が見えるほど胸を張った喜多ちゃんが、堂々と店の裏を進んで行く。

するとすぐに裏、スタッフルームに着く。ここからどうやってバレないように調査するんだろう。

 

「たのもー!!」

「喜多ちゃん!?」

 

 まさかの正面突破だった。

 

「事は一刻も争います! それに正義はこちらにあります!!」

「えぇ……」

 

 人選間違えたかもしれない。でも残りはぼっちちゃんとリョウ。正解がない。

開け放たれた部屋の中から、お姉ちゃんと後藤くんがぽかんとこっちを見ている。

二人とも大量の書類に囲まれながら、隣り合って一台のパソコンの前に座っていた。

肩と肩が触れ合いそうだ。そういう雰囲気じゃなさそうだけど、やっぱり距離は近い。

 

「……お前ら、入って来るなって言わなかったか?」

「言いました!」

「えっ、分かってるのに入って来たの? なんで?」

「正義のためだからです!!」

「ごめんちょっと意味分からない」

 

 言いつけを破られて、普段のお姉ちゃんならもう怒ってるはずだ。

でも喜多ちゃんがあまりにも堂々としているせいで、怒るに怒れない、むしろ混乱していた。

頭の上に疑問符を浮かべ続けるお姉ちゃんに代わって、今度は後藤くんが尋ねてきた。

 

「二人ともどうかしたの? 何かトラブルとかあった?」

「いえ、今目の前にあるトラブルを解決しにきました!」

「ごめん僕もちょっと分からない」

 

 後藤くんもやられた。同じように疑問でいっぱいの様子で首を傾げている。

 

「目の前のトラブル……」

 

 一見意味不明の言いがかりみたいな言葉だけど、お姉ちゃんには心当たりがあったみたい。

横目でちらりと、奥の方に溜まっている書類を確認していた。あれがトラブル?

遠くて細かいところは読めない。請求書、という文字だけが僅かに読めた。

 

 しばらく喜多ちゃんの言葉に二人して頭を悩ませていたけど、揃って理解を放り投げた。

それでお姉ちゃんは余計なことを思い出したらしくて、目を吊り上げて私たちを睨む。

 

「なんにせよお前ら、私の言いつけ破ったな?」

「え、えっと、その」

「えっともそのもない」

 

 一度落ち着いてしまえば、喜多ちゃんの勢いも何も関係ない。

気まずげに顔を伏せる私たちを見て、大きなため息を吐いた後お姉ちゃんは告げた。

 

「とりあえず表出て正座しろ」

 

 当然のように調査は失敗に終わった。喜多ちゃん、やっぱり正面突破は無茶だよ。




次回「距離感がおかしい 姉編 下」です
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