おまけです。別視点のお話なので本編は進みません。
お兄ちゃんはある意味ぼっちちゃんよりレベルの高いコミュ障です。
初めてのバイトに目を回していると、完熟マンゴーが姿を消しているのに気付いた。
「あっあれ、完熟マンゴーがない」
虹夏ちゃんも気づいたみたいで、きょろきょろと探している。
店長さんが記念品だから、と片付けずに隅っこに置いてあったはずなのに、影も形もなかった。
「本当だ。お姉ちゃん、どうしたの?」
「邪魔だから捨てた」
「記念品って言ってたのに!?」
多分だけど、あの中にお兄ちゃんが入ってた。
その完熟マンゴーが消えたということは、お兄ちゃんもここから立ち去ったということだ。
なし崩し的にお兄ちゃんにも一緒に働いてもらう私の策は、完全に失敗してしまった。
お兄ちゃんはいつも色々言うけど、ほとんどのお願いは聞いてくれる。
だからずっと断るこのお願いは本当に駄目なんだろう。
そんなに虹夏ちゃんたちと会いたくないのかな。
ううん。お兄ちゃんが会おうとしないのは私のためを思って、というのは分かってる。
お兄ちゃん自身は会いたいとか会いたくないとか、そもそもなんでもいいと思っていることも。
小学校の頃、私があの後藤の妹だって避けられてたことを今も気にしている。
そんな風に避けられてなくても、私はきっとぼっちだったと思うから気にしなくていいのに。
自分で言ってて悲しくなってきた。
だ、だめだ。これ以上考えるとバイト分もあって心が折れてしまう……!
「ぼっちちゃん、ライブ始まるよ」
私が自傷をしていると、虹夏ちゃんが教えてくれた。
さっきまでの慌ただしさ、私のせいもあるけど、が嘘のように無くなり、お客さんは皆ステージの方を見ている。
だから私もお客さんと同じようにライブを見ることが出来た。
お金をもらいながらライブも見れるっていいかも。いい条件だってお兄ちゃんが言ってたのはこういうことかな。
それにしてもやっぱりライブっていいなぁ。かっこいい。
ステージで演奏する姿は輝いていて、お客さんも演者も一体になって楽しそうだ。
これを見ているとこの間の私って何だったんだろう。
完熟マンゴーって。ダンボール姿で走りまくって、誰とも顔を合わせず一人で終わった。惨めだ。
「すみません、カシオレください」
「ひ、あっ、はいっ」
落ち込んでいる暇なんてない。今はバイト中。お客さんのお姉さんがカウンターに来ている。
思わず返事をしてしまった。はいって言っちゃった。言っちゃったから私がやらないと。
隣の虹夏ちゃんが心配そうに私を見つめている。逆サイドのリョウさんもだ、無表情だけど。
が、頑張ろう! ここまで迷惑かけっぱなしだ。挽回しないと!!
教わったことをなんとか思い出してドリンクを用意する。蓋をして完成。出来た。
カウンターに戻ってお客さんに向かい合う。笑顔、頑張って笑顔を作るんだ私!
「お、お待たせしました」
「ありがとう」
引き攣ってる。顔がぴくぴくしてる。
お兄ちゃんは味があるって言ってたけど、きっと気味が悪いと思う。
そんな私を見てもお客さんはくすりと笑ってお礼までくれた、いい人……!
で、でも虹夏ちゃんたちに手伝ってもらわなくても対応できた。
これは凄い成長だと思う。きっと千歩ぐらい進んだ。後藤ひとり、バイト道を千歩くらい進めた。
自画自賛して、心の回復に努めていると虹夏ちゃんたちも褒めてくれた。やった。
「やったねぼっちちゃん! また一歩前進だね!」
「うん。よくやったぼっち」
「あっはい。へへっ……」
今のたった一歩なんだ。力ない笑いをついしてしまう。
そんな感じで初日のバイトはなんとか無事に終わった。生きて帰れてよかった。
「仕事終わりで悪いけど、ちょっと来て」
シフトの時間が終わって、一刻も早く帰ろうとしていると店長さんに手招きされた。
しょ、初日に呼び出し……! もしかしてもうクビ!? 使えなさ過ぎて損害賠償!?
ど、どうしようそんなお金なんてない。あったらバイトなんてしてない。
こうなったらロックな感じの飾りになって、それで払うしかない。
ライブハウスだし、磔刑になればなんかロックな感じになるはず。
「わっ分かりました。なっなるべく低いところにしてください」
「何の話? てか何で正座?」
覚悟を決めて店長さんの前に正座する。ごめんお兄ちゃん。しばらく帰れません。
「あっお姉ちゃん。ぼっちちゃんいじめちゃ駄目だよ」
「いやいじめてない。なんか呼んだらこうなった」
「お姉ちゃんに急に呼び出されたら怖いって」
正座のままがたがた震えていると、私の代わりに虹夏ちゃんが話してくれていた。
なんだろう。クビじゃないのかな。ほっとしたような、残念なような。
ちょっとして、虹夏ちゃんがしゃがんで話しかけてくれた。
「あのね、時給とかの話がまだ済んでないから、それだけ聞いていってほしいって」
「あっそうですね、してないです」
「時給あげて」
「馬鹿言ってないで働け」
お兄ちゃんのことでバイトを始める前の時間は終わってしまった。
バタバタしてて、流れのまま働いたからそういう話は全然してない。
え、でも店長さんと二人で話すの? も、申し訳ないけど怖い。
今度お兄ちゃん連れてきてでいいですか。
「あー大丈夫だよぼっちちゃん。お姉ちゃん見た目怖いけどツンツンツンツンツンデレだから」
「長い。あと誰がツンデレだ」
虹夏ちゃんが指先でつんつん遊びながら、店長さんをからかっていた。
店長さんはそれを聞いて鼻を鳴らして否定する。だけど怒ってるようには見えなかった。
私が変なことを、ふたりがいたずらした時のお兄ちゃんみたいだった。
そう思うと、大丈夫、かも。
「いっいいい、行きます」
「……私ってそんな怖いか?」
「うん」
店長さんの言葉に従って、私たちはお店のバックヤードへ移動した。
「座って。そんなに長くしないよ」
「あっはい」
大丈夫って思ったけどやっぱり緊張する。店長さんが問題じゃない。私が問題だ。
家族以外の人と密室で二人っきり。こんな状況いつぶりだろう。ど、どどどうしよう。
「とりあえずこれ、返しとく」
「あっはい」
渡されたのはお兄ちゃんの履歴書だった。忘れてた。渡したままだった。
自分で言うのもなんだけど、よく出来てる。特に写真は会心の出来だ。
お兄ちゃんのいい写真がなかったから、私の写真を色んなアプリで加工して作った。
おかげで今日は寝不足だ。それとバイトの疲れもあって頭も痛いし、ぼーっとする。
「あっ、あの、すみません。こんなことして」
「別にいいよ。最初は面食らったけど面白かったし」
勝手に履歴書作って応募とか、バイトでするやつ初めて見た、と店長さんは笑う。
ただ、怒ってるかもしれないしちゃんと謝っておきな、と続いた。
怒ってはいないと思う。お兄ちゃんに怒られた記憶は小さいころから一度もない。
怒りはしないけど、きっとものすごいお説教が待っている。怖い。
私やふたりが悪いことをしても、お兄ちゃんは感情のまま怒ったりしない。怒鳴りもしない。
それの何がどう悪くて、どういう事態を引き起こして、最終的にどうなってしまうか。
いつも通りの穏やかな声と喋り方で、理路整然にただただ淡々とお話ししてくれる。
いっそ怒ってくれた方が怖くない。最後の最後まで理詰めでお説教してくる。
心底心配してるのが伝わってくるから無下にも出来ない。辛い。
今日のお説教は想像するのも恐ろしい。
履歴書のこともあるけど、氷湯たんぽまでバレたらどこまで続くか予想も出来ない。
最悪帰りの電車はずっと叱られっぱなしだ。震えが止まらない。
「あば、ばばば、ばばばばっば」
「どんだけ怖いの、あいつ……」
私にかお兄ちゃんにか、もしくはどっちにも店長さんがドン引きしていた。
ああ、正気に戻らないと。こんなことばっかりしてるとどんどん二人っきりの時間が長くなる。
そう思って、頑張ってなんとか座り直した。
「それとこれが規則、これが契約書、これがシフト表」
「あ、わっ、あっ」
店長さんがぽんぽんぽんといくつも書類を渡してきた。
も、文字がいっぱいだ。読めない。見てるだけで視界がくるくる回る。
「量もあるし、帰ってから読んどいて」
「あっはい」
あと、と口にした後、店長さんが視線を逸らして口ごもってしまった。
な、なんだろう。何かまたこの一瞬で私やっちゃったのかな。
泡を吹きそうになっていると、そのまま店長さんが口を開いた。
「……ライブハウスって力仕事も多いから、男手あった方が楽」
「?」
「裏方は特にそうだから。お客さんと会わない仕事もあるって、伝えておいて」
「あっはい!」
「じゃあぼっちちゃん、またね」
店長さんは別れ際そう言ってくれた。あだ名で呼んでくれた、店長さん優しい。好き!
スターリーを出てしばらく歩いているとお兄ちゃんを見つけた。
街灯の近くに立って私を待っている。壁に貼られたチラシをなんとなく見ているようだった。
長い一つ結びした髪が光を反射していて、なんだかキラキラして見えた。
お兄ちゃんの髪は長い。きっかけは私だ。
私が小さいころ、お兄ちゃんとお揃いの髪がいいと駄々をこねたとお母さんが言っていた。
それを聞いてお兄ちゃんは私のために髪を伸ばした。女の子だし長い方がいいかと思ったらしい。
大きくなってからはお揃いがいい、とは私も流石に言わなくなった。
だけど今度は、私もお兄ちゃんも美容室に行けなくなって髪が切れなくなった。
私は単純に行くのが怖いから。お兄ちゃんは誰か死ぬかもしれないから行かないって言ってた。
そういう訳で、今も私たちは同じように髪を長くしている。
私がお兄ちゃんの元へ歩いていると、それより前にお兄ちゃんへ近づく影があった。
女の人が二人。あれは、そんな、パリピ!? きっと私より少し年上、大学生くらい。
垢抜けた雰囲気で、全身からおしゃれ、リア充、陽キャ、三種のオーラを出している。
近づけない。今近づくとあのオーラで私は天に召されてしまう。慌てて近くの自販機裏に隠れた。落ち着く。
自販機裏からそっと覗き込む。あの人たちは誰なんだろう。
お兄ちゃんの知り合いかな。多分違うと思う。
あんな知り合いがいたら、きっと私にパリピ師匠として紹介してくれる。
よく聞こえないけど、お兄ちゃんに話しかけたみたいだ。声色は楽しい、楽しそう、なのかな。
その声に反応してお兄ちゃんが彼女たちに視線を向けた。あっ。
「ひっ」
ちょうど目を合わせようとしていた方の人が気絶した。
彼女たちに向けるお兄ちゃんの目には何もなかった。温度も色もない深い暗闇の目。
虫を見るような目という表現があるけど、きっとそっちの方が全然優しい。
一瞬目についただけなのに、背筋が凍り付いた。
おお兄ちゃんが他人のことを見る時、そこには何もない。
親愛の温かさも嫌悪の冷たさも、喜びも悲しみも何もない。何一つ心を向けていない。
お前には無価値という価値すらないと、目が合った人は視線を通じて叩きつけられる。
私なんかが語るのはおこがましいけど、本当の意味で他人に無関心な人はいないと思う。
嫌なものを見る時だって人の目には何かが、冷たさとか嫌悪とかが宿る。
私はクラスでぼっちだけど、クラスメイトだって私を見る時は戸惑いとかが映ってる。
うぅ、思い出すだけで心臓が。なんだか動悸がする。
だけどお兄ちゃんは違う。家族以外に興味も関心も持っていない。
家族が関わらないと誰にでもあんな風に、何もかも飲み込むような目を向ける。
私は妹だから、直接その目で見られたことはない。こういう時に一瞬チラッと見るだけだ。
それだけでも胸を掻き毟りたくなるような不安と恐怖に襲われる。
「し、失礼しました!」
お兄ちゃんと目が合って気絶してしまった友達を抱えるように陽キャの人は走り去った。
瞬き数回分だけ見ていたけど、それだけだった。何もなかったかのように視線を戻す。
思うところはあるけれど、今日はもう帰ろう。
頑張りすぎて疲れた。お兄ちゃんのことも何でも、全部明日以降やろう。
私は自販機裏から出て、お兄ちゃんの所へ向かった。
私を見つけたお兄ちゃんの目に色と温度が戻る。さっきまでのが嘘のような温かさだった。
いつものお兄ちゃんで安心した。ほっとして私の顔も緩む。
お兄ちゃんは家族さえいれば幸せだ、と前に言っていた。
友達なんていなくても毎日楽しいよ、とも。どっちも本心だと思う。
それでも私は、お兄ちゃんにも家族以外で好きな人を作ってほしかった。
大変なことはいっぱいだけど、想像していた以上に嬉しくて、楽しくて、幸せな気持ちになれたから。
私のような陰キャでも、虹夏ちゃんと奇跡みたいに出会えて、バンドを組めてバイトまで出来た。
先週までの私に言ってもきっと信じられない。自分自身にすら、いつもの虚言かってなると思う。
だからきっと、きっかけさえあれば変化は起きる。お兄ちゃんだって変われる。
いつかお兄ちゃんにも、家族以外を想えるきっかけを起こしたいな。
お兄ちゃんにおんぶしてもらいながら、そう思った。
「……」(お腹空いたなぁ。ひとりまだかなぁ)
「あ、お兄さんちょっといいですかぁ」
「……」(今までならもう家にいる時間だからなぁ、お腹空いたなぁ)
「よかったらなんですけど」
「……なんですか」(なんだろ、道とか聞きたいのかな?)
「私たちと遊びに、ひっ」
「えっ……し、失礼しました!」
「?」(何だったんだろ。お腹空いたなぁ。今度からおやつとか用意しようかなぁ)
よくわかる後藤兄の作画
家にいるとき きらら
外で家族、または家族関係者といるとき ギターヒーローもどき(目つき悪い)
家族関係ないとき R指定
今回はおまけなので、22日(日)に本編を投稿します。