ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、ここすきありがとうございます。


「喜多ちゃん先生のコミュニケーション教室 護身編」

 小テストが近いから勉強を教えて欲しい、と昨夜喜多さんからお願いされた。

図書館は話せない、カラオケは喜多さんが歌う、スターリーは星歌さんに迷惑をかける。

そういう訳でファミレスの一角を陣取って、今日は勉強会を行っていた。

 

「ひとり」

「シャー芯、2Bでも大丈夫?」

「平気。ありがとう」

「……じーっ」

 

 喜多さんが見てくる。

 

「お兄ちゃん」

「はい消しゴム。確か家にも無かったから、帰りに買おうか」

「うん。ありがとう」

「……じーっ!」

 

 喜多さんが凄い見てくる。

 

「あっ、き、喜多ちゃん、どうかしました?」

「……ひとりちゃんと後藤先輩って、仲いいですよね」

 

 その圧力に屈してひとりが声をかけると、喜多さんが唐突にそんなことを言ってきた。

 

「そう見えるかな。ありがとう」

「えっと、どういたしまして?」

 

 家族と仲がいい、もしくはよさそう。僕が言われて嬉しい言葉ランキング五位だ。

ちなみに一位は家族を褒められること、二位は家族からのお礼。毎日言いたいし言われたい。

ただ、喜多さんにとってそれは枕だったようで、本題を慎重に切り出して来た。

 

「それでその、二人って距離感近い、ですよね?」

 

 距離感。この間聞いたばかりの単語だ。だからつい、もう一個の方を口に出してしまった。

 

「……またむっつり?」

「その話はやめましょう」

「…………や、やーい」

「ひとりちゃん」

「はい」

 

 珍しくすんとした喜多さんに鋭く呼ばれ、ひとりもしゃんとした返事をしていた。

触れられたくないらしい。山田さん曰く脳みそピンクの頭思春期。当然といえば当然か。

これ以上は気まずくなるだけだから、僕も喜多さんの言葉へ意識を切り替えた。

 

「距離感が近いか」

 

 なんとなく隣のひとりを見ると、ひとりも僕の方を向いていた。ポケポケとした顔をしている。

ひとりはいつも可愛いけれど、こういう時はマスコット的愛らしさが強く出てくる。

もっとよく見たいから優しく前髪をかき分け、確かめるように少し摘まんだ。口実作りだ。

 

「ちょっと前髪伸びたね。今度の休みに切ろうか」

「お願いします。あっ長さは」

「目元が隠れるくらい?」

「うん」

「僕はもうちょっと切りたいけど、駄目?」

「駄目」

「無理?」

「無理」

「残念?」

「残念……じゃない!」

「引っかからないか、残念」

「……もう」

 

 非難の目を誤魔化すために、乱れてしまったひとりの髪を整える。

今日もツヤツヤサラサラだ。手入れをさせてもらってる身として、満足感と達成感を覚える。

いやそうじゃなくて、今は喜多さんの言ったことについて改めて考えないと。

距離感が近い。そんなこと言われても、僕達は家族で兄妹だ。この世にこれ以上近い関係はない。

ここで近づけないのなら、人は誰とも寄り添えなくなると思う。

 

「兄妹ならこのくらいが普通だよ」

「今のやり取りの後でよくそんなこと言えますね!?」

「でも確か、喜多さんは一人っ子だったよね。なら分からなくてもしょうがないか……」

「なんでちょっとマウント取って来たんですか?」

 

 思わず同情してしまった僕に、喜多さんは白い目でツッコミを入れてくる。

出会った当初と比べて、彼女もかなり遠慮が無くなってきた。気安くなってきたとも言える。

前向きにそう考え喜んでいると、彼女は物言いたさをさらに深めた目で言葉を続けた。

 

「というか、座る位置がちょっともうおかしいです」

 

 座る位置、僕とひとりがぴったり隣り合って、テーブルを挟んで向かいに喜多さん。

これのどこが、いや、確かにおかしい。この座り方は駄目だ、よくない。彼女の言う通りだ。

勉強を教えてと言われて来たのに、これじゃひとりに付きっ切りに見える。あまりに不誠実だ。

 

「気付かなかった、ごめんね。今までずっと二人だったから、隣に座るの癖になってて」

「そこじゃないです。いえ、眼福なのでそれはいいんですけど」

「が、眼福……?」

「それに、私がそっちへ行けば解決します!」

 

 ちょっと狭くなるけどそれも一つの解決方法だ。こっちに来てもらおう。

スペースを作るためひとりに奥に行ってもらおうとすると、喜多さんに止められた。

 

「先輩、ひとりちゃん、ちょっと間開けてくれますか?」

 

 言われるがまま間を開けると、その間に喜多さんが座った。そこなんだ。

 

「これで解決ですね!」

「……教える僕が、間にいた方がいいんじゃ」

「これで解決ですね!!」

 

 これで解決らしい。そういうことになった。

喜多さんはいつにもまして煌めく笑顔だ。わざわざ曇らせる必要もない。

改めて気合も入ったようで、彼女は両手を胸の前で握りしめ、何かに燃えていた。

 

「さあひとりちゃん、分からないことあったらいつでも聞いてね!」

「あっはい、ありがとうございます。喜多ちゃんも、何かあればお兄ちゃんに聞いてください」

「そこは自分じゃないのね」

 

 それにちょっと視点を変えてみれば、これはこれで別の勉強になる。

友達と一緒に勉強すること、教わること、お話しすること。どれもコミュニケーションの練習だ。

普通の勉強なら家で僕が教えられる。でもこれは外でしか、今ここでしか出来ない。

ならどちらを優先すべきかは明白だ。初めは驚いたけれど、喜多さんの選択は正しかった。

 

「あっ、あの、喜多ちゃんこれは?」

「ちょっとじっとしててね」

 

 なんて物思いにふけっていると、何故か喜多さんがひとりに密着し、腕に抱き着いていた。

両手を使っている喜多さんはもちろん、ひとりもこの状態じゃ勉強なんて出来ない。

少し早いけど休憩したいのかな。意図を掴めない僕へ、喜多さんがにこやかに問いかけた。

 

「後藤先輩、この状況を見てどう思いますか?」

「勉強する気ないの?」

「厳しい!? もうちょっと優しくお願いします!」

「……仲が良さそうで僕も嬉しい?」

「もう一声!」

「これからも、末永くひとりをよろしくね?」

「重い!」

「あっ、お、お兄ちゃんのこともよろしくお願いします」

「二重で重い!?」

 

 やっぱり重いらしい。自覚はしてたけど、他の人の意見も聞けてよかった。

それはともかく、いったいどんな反応を期待していたのか。喜多さんが例を挙げてくれた。

 

「なんか近いなぁ、ベタベタしてるなぁ、とか思いませんか?」

「……うーん、でも仲良しならそんなものじゃない?」

「なるほど、やっぱりそうなりますか」

 

 なるほどにやっぱり、要領を得ない返事だ。ひとりも首を傾げている。

ただ一人喜多さんだけが、ふむふむと何かを納得したように何度も頷いていた。

 

「お待たせ―」

「待たせてごめん。責任取って帰るね」

「帰るな帰るな。勉強しろ」

 

 そうこうしているうちに、虹夏さんと山田さんもやってきた。

僕達に小テストはないけれど、宿題が大量に出された。しかも提出しなければ補習付き。

今日の勉強会は放っておくと確実に補習行きになる、山田さんのためのものでもある。

 

「むむむっ、君たちー、ペンが止まってたみたいだねぇ」

「てへっ、ごめんなさーい」

「す、すす、すみません!」

 

 ペンを放り投げて抱き着く喜多さんと、されるがままのひとりを見て虹夏さんが注意する。

ただ、微笑ましげでふざけ混じりだ。欠片も怒ってない。ひとりは分かってなさそうだけど。

ちなみに山田さんは意にも介さずメニューを開いていた。今日お金持ってるの?

 

「それで、何話してたの?」

「ちょっとひとりちゃんと後藤先輩の距離感について話してて」

「距離感?」

 

 二人とも嫌そうな顔をした。

 

「私が言うことじゃないけど、人の距離感にあんまり口出すのはよくないよ」

「分かってます。でも今のうちに話しておかないと不味い気がして」

「不味い? 何が?」

「先輩があまりにも隙だらけなところです」

 

 隙だらけ。以前虹夏さんにも言われた言葉だ。

納得するところもあったけど、何度も指摘されるほど重大な問題ではないと思う。

だけど喜多さんにとってはそうじゃないようで、やけに深刻そうな表情で言葉を続けた。

 

「間に挟まりたい私としては、最近凄く心配になってきて」

「しれっととんでもないこと言ってない?」

「……郁代もヤベー奴になってきたね」

「いえ、それほどでもありません!」

「褒めてな、いや、ヤベー奴=ロックだから褒めてるのか……?」

「私に聞かないでよ……まあ隙だらけって言っても後藤くんだし、そこまで心配しなくても平気じゃない?」

「……そうですね、ちょっと見ててください」

 

 そこで話を区切り、ひとりを解放した喜多さんは僕の方へ向き直った。

そして上目遣いで僕を見つめて、首を傾けながらお願いを口にした。変なプレッシャーを感じる。

 

「先輩先輩、手繋いでもいいですか?」

「……この流れで繋ぐと思う? それに、そういうのはよくないよ」

 

 家族や幼い子は例外として、理由も無く男女で手を繋ぐのは、いわゆる深い関係の人達だ。

僕と喜多さんは友達、自惚れでなければ仲良し、ではあるけれど、そういう関係じゃない。

だから何かしらの事情がなければ、手なんて繋ぐつもりはない。

 

「先輩は御存じないかもしれませんけど、最近は友達でも普通に繋ぎますよ?」

「そんなの聞いたこともないよ。女の子だけの話じゃない?」

「性別で判断するなんて時代錯誤です! それに、友情に男女も貴賤もありません!!」

「ゆ、友情……うっ」

 

 未だに青春コンプレックスを抱えるひとりが、友情という言葉の輝きに身を焼いた。

それは置いといて僕が渋っていると、喜多さんがおずおずと顔を覗き込んで来た。

 

「……駄目ですか、先輩?」

 

 手、手を繋ぐか。一般的な倫理観からしたら、さっき僕が言った通りのはず。

それに喜多さんにとってこのお願いは、僕が隙だらけというのを証明するためのもの。

だから応える必要はない、とは思うのだけど、彼女の目を見ると気持ちが揺らぐ。

演技かもしれない。誘導かもしれない。だけど微かに、ほんの少しだけそこに怯えを感じる。

自意識過剰だとは思う。でも、これが僕の拒絶への恐れなら。

 

「いいよ、どうぞ」

「いやチョロすぎでしょ」

 

 虹夏さんのツッコミは無視。僕が一番分かってる。

差し出した手を喜多さんは喜んで握った。女の子らしい、小さくて柔らかい手だった。

でも指先だけ少し硬い。ギタリストの指になってきた。僕はこういう努力の跡を見るのが好きだ。

 

「またちょっと硬くなった。喜多さんはいつも頑張ってて偉いね」

「あ、ありがとうございます」

 

 そしてそれを見つけると、ついつい褒めたくなってしまう。悪癖だ。

手か言葉かどっちもか、とにかく頬を緩めた喜多さんは、今度はひとりへ手を伸ばした。

 

「じゃあひとりちゃんも手、繋ぎましょうか!」

「えっ、じゃ、じゃあ?」

「さあ!!」

「あっはい」

 

 言われるがまま、ひとりは喜多さんと手を繋いだ。僕以上に隙だらけな気がする。

 

「コンプリートです!」

「こいつ強いな……」

 

 僕とひとりと繋いだ手を上にあげ、喜多さんはチャンピオンのように勝ち誇る。

何とも言えない気持ちで喜多さんを見ていると、向こう側のひとりも同じような顔をしていた。

そうして気持ちを共有していると、喜多さんは一転心配そうなまなざしを僕達へ向け始めた。

 

「とまあこんな感じで、二人とも押せばいけるので私は心配です」

「二人ともなら、僕よりひとりの方を心配して欲しいな。女の子だし」

「ひとりちゃんは多分、いざとなったら爆発でも何でもすると思うので」

「……あー」

「それにひとりちゃんには先輩がいます。でもその先輩が押しに弱いのが、一番心配なんです!」

 

 そこで一度、喜多さんは躊躇うように言葉を止めた。ほんのりと頬が赤い。

それでもと決意を固めたみたいで、目を伏せて指をもぞもぞさせながら続けた。くすぐったい。

 

「……ぐ、具体的に言うと、その、気がついたら誰かに押し倒されてそうで」

「ぶふっ」

 

 虹夏さんが吹き出した。故意ではないけど、前科持ちだからしょうがない。

だけどそれを知られるのは、彼女も僕もとても気まずい。僕の方でこの話題は流そう。

 

「またまたー、そんなことないよ」

「……嘘と誤魔化し、今度一緒に練習しましょうね?」

 

 一瞬で見破られた上に、優しく諭されてしまった。僕は弱い。

 

「どうせ廣井さんだとは思いますけど、気を付けたほうがいいですよ」

「そ、そうだよー、ちゃ、ちゃんと警戒しよーねー」

「なんで棒読み?」

 

 今日の虹夏さんは恐ろしく嘘と演技が下手だった。ふたりの方がよほど上手だ。

もしかして僕もこのレベルなんだろうか。それなら本当に練習しないと不味いな。

密かに決意を胸にしていると、喜多さんが指を一本立てて話を続けた。

 

「それで、どうして後藤先輩がそんな感じなのか考えて、一つ思いつきました」

「その心は?」

「ずばり、距離感の基準がひとりちゃんじゃないかって」

 

 距離感に限らず僕の基準はひとりだけど、その言葉の意味はよく分からなかった。

皆も同じだ。一様に首を傾げ、喜多さんの話の続きを待っている。

注目を集めて心なしか満足げな彼女は、鞄から十数枚の写真を取りだした。

 

「これは店長さんからもらった写真なんですけど」

「あっあの、こんな写真いつ撮って」

「見てくださいこの距離感!」

「どれも目線がカメラにないんだけど、これ盗撮だよね」

「全部ぴったりくっついてます!!」

 

 兄妹揃って無視された。やっぱり星歌さん、ひとりのこと盗撮してるよね。

近い内にスターリーに行って、ちょっとお話ししないと。主に倫理や法について。

それはそれとして、写真の確認はしておく。僕としても気にはなる。

 

「……あっこのひとり可愛い。この写真もらってもいい?」

「お、お兄ちゃんやめて」

「あっ、いつも可愛いとは思ってるけど、これは特に写真写りがいいから」

「そこじゃないよ」

 

 ひとりの珍しく鋭いツッコミを受け止めながら確認すると、言われた通りどれも密着していた。

腕や肩、背中、全身。とにかくどこかしらでくっついている。想像以上にベタベタだ。

 

「ほんとだ。見事に全部くっついてる」

「見慣れた光景」

「そう、このひとりちゃんとの距離感、つまりゼロ距離が先輩にとっては自然なんだと思います」

「あー、だから時々急に、びっくりするくらい近くなるのかな?」

「……そんなに近い時ある?」

「ヤバい」

 

 僕にとって家族、好きな人はどこまでも近くて、他人はどこまでも遠いものだった。

だから家族以外との関係において、僕は無知な上に酷く感覚がずれている。

聞きかじりのにわか知識でなんとか取り繕って来たけれど、虹夏さん曰くヤバい時があるらしい。

 

「先輩なりに色々考えてるのは分かります。それでもこんな感じに勢いと理由を付けられると、すぐ受け入れちゃうのが問題です!」

「犯人が言うのか」

「なんとなく分かったけど、それって問題なのかな?」

「大問題です!!!」

「声でかいな……」

 

 喜多さんはボーカルで鍛えられた声量を遺憾なく発揮していた。ライブで発揮してほしい。

 

「親しい人からぐいぐい来られたら、先輩は拒めますか?」

「大丈夫だと思うけど。それに、僕と仲良い人はそんな悪いことしてこないよ?」

「誰でも魔が差すことはあります。何か間違いがあってからじゃ遅いです!!」

 

 虹夏さんが目を逸らした。もう終わったことだから、お互い気にしないようにしようね。

 

「先輩がいつも心配してくれるように、私だって先輩のことが心配です」

「その気持ちは嬉しいよ、ありがとう。でもほら、僕に近付いてくる人なんていないし」

「私は近づきましたよ?」

「来ても、僕が好きになるかどうかはまた別の話だし」

「……先輩は、私のこと嫌いですか?」

「好きだよ」

 

 握られたままの手に力を込めた。喜多さんの頬に赤みが増していく。

どう考えても誤解を招く発言だ。だけど嫌いだなんて誤解をされるよりはずっといい。

 

「明るくて前向きなところとか、何事にも積極的なところとか、凄く尊敬してる」

「あっいえっ、そこまで求めては」

「この手も、頑張り屋さんなところも好きだよ。努力を、ううん、なんでも楽しめるところも」

「い、いったん、この辺でやめましょう!」

 

 喜多さんからストップがかかったことと、白けた冷たい目線が数多く寄せられたから止めた。

いけない、いざ好意を伝えていい状況になると歯止めが利かない。これも悪癖だ。

この感じがきっと、さっき言われたヤバい距離感なのだろう。確かに家族以外には近すぎる。

 

「……そういう、軽々しく好き好き言うところも問題だよね」

「面目ないです。これからは気を付けます」

「ほんとに気を付けてね。ほんとにだよ?」

 

 棘のたっぷり詰まった言葉が虹夏さんから送られた。視線も同じくらい突き刺さる。

軽々しく言ってるつもりはないけれど、言葉は相手がどう受け止めるかが何より大事。

あの虹夏さんにこんな態度を取らせるのだから大問題だ。もっとよく考えないと。

 

「……こ、こういう感じで、これから先輩が誰かと仲良くなる可能性はいくらでもあります」

 

 喜多さんはしどろもどろになっていて、手にも少し汗を感じた。それでも手は離さない。

一度大きく咳払いをして、それで気持ちを切り替えたのか、真剣なまなざしで続けた。

 

「その中にいけない人がいるかもしれません、廣井さんみたいな」

「さっきから名指しが酷いね……でも、廣井さんもいい人だよ」

「そういうところが先輩の隙です」

 

 確かに廣井さんは、一般的な尺度で測ればちょっといけない人かもしれない。

だけどあの人は何の関係も無い、それも敵意を向けていた僕を助け、導いてくれた優しい人だ。

調子に乗るから絶対言わないけど、彼女のことは人生の恩人だと思っている。

たとえこの気持ちが隙になるとしても、僕は一生彼女に感謝し続けるだろう。

 

「すみません先輩、こんな失礼なこと長々と話して」

「ううん、さっきも言ったけど、心配してもらえるのは嬉しいから」

 

 この気持ちは間違いなく本心だ。それでも、言われたことには戸惑いが残る。

距離感。そんなもの、いったいどうやって注意すればいいんだろう。

 

「でも距離感かぁ。こういうのって経験だから、いきなりちゃんとするのは難しいよね」

「そうですね……とりあえず迷った時は、一度立ち止まった方がいいと思います」

「立ち止まって、どうするか考えて」

 

 考えて、それでどうにかなるのかな。堂々巡りになるだけのような。

迷ったのは一瞬だった。それでも喜多さんは察したようで、僕に提案してくれた。

 

「なら先輩、困ったことや分からないことがあったら、なんでも私に聞いてください!」

「僕はこんなだし、結構変なこと聞くと思うけど、それでも大丈夫かな?」

「はい! いつでも私なりにお答えしますから、遠慮しないでくださいね!」

 

 そう胸に手を当て答えてくれた喜多さんは、陰り一つ無い笑みを浮かべていた。

こんなことを言ってもらえて、こんな笑みを見せてもらって、遠慮する方がきっと失礼だ。

彼女の優しさと思いやりに感動していた僕は、山田さんたちの会話を聞き取れなかった。

 

「……これで陛下と距離を縮めた人の話は、全部郁代の耳に届くようになったね」

「えっ、ど、どういうことですか?」

「あそこまで言われたら、陛下なら何かあれば必ず相談する。郁代もそれくらい分かってるはず」

「?」

「誰を警戒すべきか、郁代はいつでも分かるようになったってこと」

「け、警戒? えっ、な、なんのですか?」

「……ぼっちはやっぱりいいね。愛い奴、愛い奴」

「りょ、リョウさん? えっえっ?」

「……え待って、じゃあまさかこれって、未来への牽制が目的ってこと!?」

 

 お礼を伝える僕を前に、何故か皆は蜘蛛の巣に絡めとられる蝶を見るような顔をしていた。

そして喜多さんは、これまた何故か、どこか深みを感じる笑みを浮かべていた。

 

「ありがとう喜多さん。その時はよろしくね」

「先輩、私いつでも待ってますからね!」

「こっわぁ……」

 

 

 

「ところで後藤先輩、実はもう聞きたいことあったりしますか?」

「……あると言えばあるけど、人に聞いていいことか分からなくて」

「そういうことこそ聞いてください! 大丈夫です、誰にも言いませんから!」

「そっか、そうだね。……ごめんなさい、聞きます」

 

 これは軽々しく聞いていいことじゃない。しかも蒸し返しだ。それでも確認したい。

済んだ話だけど、僕の中には未だ戸惑いが残っている。今謝って、後でもう一度誠心誠意謝ろう。

周りにばれないように、虹夏さんへ軽く頭を下げた。彼女は絶句した。

 

「じゃあ、頬を触りながら見つめるのってどういう意味? どうすればよかったのかな?」

「それはもうほぼ告白なので、先輩の気持ち次第……えっそんなことされたんですか!?」

 

 だいぶ偏った意見な気がする。参考にしていいのか分からない。

虹夏さんの方を見ると、頬を紅潮させながら、首を壊しそうな勢いで首を横に振っていた。

サイドテールを何度もぶつけられて、山田さんが極めて微妙な表情を浮かべている。

 

「それを受けて、同じことを返したら?」

「完全に告白返し……えっそんなことしたんですか!?」

「いや? 友達の話? だよ?」

「私たち以外に友達いるんですか?」

 

 いません。でも友達の話でもあるので、本当のことを言ってます。

というか嘘でしょ。喜多さんの言うことが事実なら、いつの間にかカップル成立してる。

念のため虹夏さんを確認すると、顔を両手で覆って蹲っていた。微かに震えているのが分かる。

雰囲気に流されたとかなんとか言ってたし、そんな気はなかったんだろう。

ついでに山田さんからはじっとりした視線を向けられている。今はスルーしておこう。

 

 若干混沌としつつある状況の中、何も気づいていなさそうなひとりが疑問の声をあげた。

 

「あっ、あれ? でも、喜多ちゃんも確か前」

「ひとりちゃん、物事には時と場合とタイミングってものがあるのよ」

「あっはい」

 

 夏休みにカラオケで、ひとりとの関係を打ち明けた時の話だろう。

ものすごく顔をぺたぺた触られて、ものすごく顔も目も見られたような記憶がある。

時と場合とタイミングが違うから、告白系の行動じゃないらしい。違いがよく分からない。

 

「それで先輩、他には何かされましたか?」

「えっと」

 

 これも聞いていいのかな。既に虹夏さんは限界に見える。僕も追い打ちはしたくない。

だけど何度も繰り返される、キターンというサーチ音から逃げられる気がしない。

腹をくくろう。虹夏さんには今度、精一杯のお詫びをさせてもらおう。

 

「……じゃあ、馬乗りは?」

「確実に痴女ですね、通報しておきましょう。今廣井さんは新宿ですか?」

「やめてあげて?」

 

 虹夏さんが崩れ落ちた。分かっていたことだけど、もう今日は勉強会なんて出来なさそうだ。




この話の間は勉強しなくていいから楽だな、と思って山田は静観してました。

次回「話の話」です。
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