十一月の定例ライブを明日に控えた今日、またしても僕はスターリーを訪れていた。
そしてまた星歌さんに相手をしてもらっている。忙しいのにいつも申し訳ないです。
ただ、今日は彼女に大事な用事があって来た。感謝と謝意を封じて、やるべきことをやろう。
密かにそんな決意を固めていると、星歌さんはいつものように頬杖をついて僕を見ていた。
「にしても、お前が相談に来るなんてな。私の説教が効いたか?」
「はい。信じたい、信じてみようと思って今日は来ました」
「……お、おう。真面目に返されるとなんかこう、困るな」
誤魔化すように彼女は頬をかき、落ち着かない様子で前髪を弄り始めた。
信じたい。紛れもない本心だ。以前までの僕ならスターリーじゃなくて警察へ行っているはず。
最後までこの信用が続いて欲しい。無駄と知りながらも、僕はそう願わずにいられなかった。
「……その、僕は星歌さんのことを尊敬しています」
「なんだ急に」
「スターリーが順調なのも虹夏さんがあんなに優しいのも、星歌さんの人柄あってだと思います」
「…………………………………………相談しに来たんじゃないのか? 何も無いなら追い出すぞ」
「すみません、前置きです。話しづらくてつい」
顔を背けながら星歌さんは言い捨てた。耳が赤いことは触れないでおこう。
どうせここから青くなる。というか、そのくらいの気持ちになってもらわないと困る。
僕は迷いを捨てて、明後日の方向を眺める彼女へ本題を告げた。
「相談したいのは、ひとりの写真についてです」
「――」
人は言葉で凍り付くことが出来る。新たな発見だった。
「正確には、星歌さんが盗撮している写真についてです」
「……なんのことだ?」
「してますよね? これ、証拠です」
先日の勉強会後、喜多さんから借り受けた写真を取り出し、並べた。
途端に星歌さんの目があちらこちらに泳ぎ始めた。あまりにも分かりやすい。
挙句の果てに下手くそな口笛まで吹き始めた。元バンドマンならもう少し上手であってほしい。
「これはあれだ、何かあった時の、そう記録用のだから」
「星歌さん」
「いやその、見守ってるだけ」
「伊地知星歌さん」
「私は何もしてない。何が悪い」
強情だ、自白してくれない。こうなったらアプローチを変えて、情に訴えてみよう。
僕は携帯を取り出して、バンドミーティングをしている虹夏さんの写真を何度も撮った。
目の前で唐突に盗撮し始めた僕を見て、星歌さんは目じりを上げながら声を荒げた。
「おい、何やってんだ?」
「虹夏さんの写真撮ってます。つい撮りたくなってしまって」
「は? お前よく姉の前でそんなこと言えるな。それ盗撮だぞ」
どの口が。言葉は飲み込めたけど、心は我慢できなかった。自分でも白い目になるのが分かる。
「星歌さん」
「はい」
「これが僕の気持ちです。分かっていただけましたか?」
「はい、すみません」
目に見えて星歌さんはしょんぼりしてしまった。出来れば僕も帰ってふて寝したい。
その気持ちを抑えて、僕は彼女へ相談を続けた。今日は怒りに来た訳じゃない。
「先に言っておくと、写真を撮ること自体はそれほど怒っていません。むしろ心配しています」
その言葉に顔を上げた星歌さんは、見るからに困惑していた。当然の反応だ。
さっき自分がされた時の様子からして、妹の盗撮なんて彼女も許せないはず。
僕も相手が彼女でなければ怒って、というか法的な手続きを進めている頃だ。
「僕の確認出来た範囲では、まだギリギリ辛うじてきっと法には触れていないはずです、多分」
「そこまで言う?」
「ただこの手の犯、じゃなくて行為は、エスカレートする傾向があるそうです」
「犯罪……」
刑法のみで考えれば、まだ逮捕まではいかなかったような覚えがある。
これ以上となると知らない。そこまでいくと心情も含めて、僕も庇うのが難しくなる。
「僕は星歌さんのことが好きです。出来ることなら、刑務所になんて叩き込みたくありません」
「……お前なぁ、よく恥ずかしげもなく」
「星歌さんは恥ずかしがってください」
「はい、ごめんなさい」
再び星歌さんは九十度の礼を取り、僕へ向けて謝罪した。それはいらない。
僕は彼女を裁判所まで連れて行きたくないだけだ。そのためにもある提案をした。
「依存性のある行為は、一度で止めるのは難しいと聞きます。まずは数を減らしましょう」
「依存性って、別にそんな。いや、その目はやめて」
「……一日三枚くらいから始めましょう。それと確認のため、撮った写真は僕に送ってください」
「確認? なんの?」
「色んな一線を越えてないかの確認です」
「……一線って、どこのラインだ?」
「もしかしてギリギリを探ってますか? そのくらい自分で考えてください」
「じゃあもし一線を越えたら?」
「二度と写真なんて撮れると思わないでくださいね」
言葉が強くなってしまった。怒ってない怒ってない。僕は冷静、ひとりの兄。優しく優しく。
「…………一線、一線なぁ」
星歌さんはそんな僕にも怯えず、懲りずにラインを探っていた。もう駄目かもしれない。
そうして無力感を覚えていると、袖に力を感じた。ひとりがいつの間にか後ろに立っている。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「もちろん。ミーティング中だけど、どうかした?」
「虹夏ちゃんが連れてきてって」
「分かった。じゃあ星歌さん、これで失礼します」
「……おう」
机に伏せて思考にふける星歌さんを残し、僕はひとりに連れられて行った。
「あっ、お、お兄ちゃん連れてきました」
「ありがとー、ぼっちちゃん」
ひとりにお礼を告げる虹夏さんは、どことなくぽやぽやしていた。
会議中にしては緩い雰囲気だ。まだ終わってはいないようだけど、どうしたんだろう。
ひとりに手を引かれるまま座ったところで、虹夏さんがゆるゆると問いかけてきた。
「なんかお姉ちゃん頭抱えてるけど、何話してたの?」
「……法と倫理の話?」
「じゃああれ知恵熱かー」
それくらい悩んでくれていると考えるべきか、そもそも悩んで欲しくないというか。
一度脇に置いておこう。後はもう、星歌さんの良心と理性に期待するしかない。
「それで、今はバンドミーティング中だよね。僕は何をすればいいの?」
「よくぞ聞いてくれました! 今日の議題は『今後の目標』なんだけど」
ババン、みたいな音を出しそうな勢いで、白紙のスケッチブックを見せつけ彼女が宣言する。
「目標が、思い浮かびません!!」
「えー」
胸を張ってあまりにも堂々と言うものだから、つい呆れた声が出てしまった。
「だってさー、まさかノルマ達成がこんな早く出来るなんて思ってなくてさー」
「いいことだよ。あ、そういえば言ってなかった、おめでとう」
「ありがとー」
力のないお礼が返ってきた。彼女の言葉通り、最近の目標はノルマ達成だった。
それが想定よりずっと早く出来たことで、なんだか気が抜けてしまったようだ。
前にも見たけど、この状態の垂れ虹夏さんはあまり頭が回らない。他の人にも聞いてみよう。
「虹夏さんはこんなだけど、三人とも何か無いの?」
「物販の売上をもっと上げたい」
「……せ、世界平和?」
お金が欲しいとちやほやされたい。二人ともいつも通りだ。どちらもすぐ叶えるのは難しい。
だから最後の一人に期待のまなざしを送ると、珍しく眉を斜めに考え込んでいた。
「喜多さんは何かある? 何でもいいよ」
「……その、具体的なことじゃないんですけど」
「平気平気。こういうのは思ったままのことを言うのが一番だよ」
そう背中を押すように告げると、喜多さんはちょっとだけ照れ臭そうに口を開いた。
「このままずっと、みんなで楽しく続けられたらいいなって」
「……こういう時の喜多ちゃんは可愛いのになぁ。このこのー」
「わっ伊地知先輩、くすぐったいですよ、もうー!」
「よきよき」
「きゃー!? リョウ先輩の手が私の頭に!!??」
「反応違い過ぎない?」
喜多さんの可愛らしい目標をきっかけに、三人がわちゃわちゃし始めた。微笑ましい光景だ。
それを前に何故かひとりは、おもむろに僕の頭を撫で始めた。いや、本当になんで?
「……なんで僕に?」
「じょ、女子高生の間には、混ざりにくくて」
「君もでしょ。じゃあ連れて行きます」
「!?」
驚愕に固まるひとりを抱えて、楽しそうにしている三人の元へ近づいた。
その後のひとり曰く、喜多ちゃんの髪はサラサラでいい匂いがした、女の子って凄い、とのこと。
時々、本当に時々だけど、もしかしてこの妹は半分くらい弟なんじゃ、と思う時がある。
そんな一幕もあったけど、今はこれからの目標を考える時間だ。出た意見を一度整理しよう。
「お金が欲しい、ちやほやされたい、仲良くやっていきたいかぁ」
「お、お兄ちゃん、ち、違うよ? 世界平和だよ?」
「ごめん言い間違えた。どれもいい目標だけど長期的だね。何か分かりやすくて短期的なものは」
喜多さんの考えは素敵だったけれど、今後の目標としては少し弱い。
山田さんのもひとりのも、今すぐどうこうするのは難しい。出来ても邪道だ。
頭を悩ませている僕へ、喜多さんが視線を向けて来た。期待のまなざしを返されてしまった。
「じゃあじゃあ、後藤先輩は何かありませんか?」
「僕、一応部外者なんだけど」
「いいからいいから。何でも言うのが大事なんでしょ?」
「……それなら、何かのフェスに応募してみるとか」
「フェス?」
「駅で見かけたやつなんだけど」
なんとなく気になって、もらっていたフライヤーを取り出した。
「未確認ライオットに、閃光フェスティバル?」
「それは十代向けのフェスだね。他にもいくつかあるよ」
前二つと比べると中小規模になるけれど、他のフェスについても調べておいた。
はっきり言って、どれも今の結束バンドには厳しい。だからその分目標には相応しいとも思う。
「この、どれかに応募したらってこと?」
「分かりやすい目標になりそうな気がして」
「……うーん」
虹夏さんは悩まし気に腕を組んだ。そうなる気持ちも分かる。
フェスに応募すれば、確実に演奏や人気の競い合いになる。メジャーを目指す人達も多く出る。
まだそんなことを皆は意識していないだろうから、ちょっと重い目標かもしれない。
「まだまだ期限は先だから、気が向いたら応募してもいいんじゃないかな」
「ありがとう後藤くん。皆でよく考えてみるね」
感謝して受け取ってもらえただけいいか。これ以上は結束バンドで決めるべきことだ。
僕も含めて目標を一つずつ出したことで、なんとなく会議が一区切りした空気になった。
流石喜多さんというべきか、それを敏感に察知したようで、新たな話題を口に出した。
そして何やら巨大なサイコロを机の下から取り出した。どこかで見たことあるような気が。
「そういえばひとりちゃん、掃除してたら見つけたんだけど、これ何か知ってる?」
「あっ、こ、これは、思い出のサイコロです」
「思い出?」
喜多さんと同じように僕も首を傾げた。あんなもの一度見れば忘れないから初対面だ。
不思議そうな僕達へ苦笑いを浮かべながら、虹夏さんが説明をしてくれた。
「あー懐かしいね。初めてのバンドミーティングで使ったやつだ」
「これミーティングで使うんですか?」
「あの頃はぼっちちゃんと何話せばいいか分からなくて、リョウと相談して用意したの」
「……そんな相談したっけ?」
「いやこれリョウ発案なんだけど、ほらこのバンジーとか」
「えっバンジー? これ当たったらどうするつもりだったんですか?」
「さあ? 飛ぶんじゃない? 知らないけど」
「適当!?」
雑極まりない山田さんの返事に驚きながらも、喜多さんの目はサイコロから離れない。
気持ちキラキラしている気がする。回したいのかもしれない。僕もちょっとだけ分かる。
「伊地知先輩、これ回してみてもいいですか!?」
「いいよー! ぶつけないようにだけ気を付けてねー?」
「はい! あ、コールもお願いします!」
「ノリノリだなぁ。えーっと、なーにが出ーるかなー」
「ありがとうございます! さあひとりちゃんも先輩も!」
「えっ、わ、私たちもですか?」
「もちろん!」
言われるがまま僕もひとりもコールに参加した。なに出るかなー。思ったより楽しかった。
「学校の話、略してガコバナー」
そうして出てきたのは、山田さんの読み上げ通りガコバナ、学校の話だ。
楽しく回したのはいいけれど、これ一体誰が主体になって話すんだろう。
「ガコバナガコバナ、何かありますか?」
「……じゃあ陛下、なんで下高選んだの?」
「聞いたことなかったね。あんな遠いのにどうして?」
山田さんのふりにより僕が主体になった。それはいいけど、下校を選んだ理由か。
声高々に言える理由じゃない。それでも隠すほどでもない。軽く言えば流されるかな。
「………………誰も、僕を知らないところへ行きたかったから?」
「またか!!」
「またなんですか!?」
「あっはい。私もです。お、お揃いです。へへっ」
「嫌なお揃いね!!」
察するにひとりもこのサイコロで同じように話を振られ、同じように返したんだろう。
喜多さんの言う通り嫌なお揃いだ。でも嬉しそうなひとりを見て、少しだけ喜ぶ自分が悲しい。
「ガコバナ繫がりですけど、先輩たちって学校ではどうなんですか?」
「……あんまりここと変わらないかな。違いは、魔王係としてお世話してもらってること?」
「魔王係ってなんですか!?」
「陛下と目が合うと普通の人は気絶するから、間に私たちが入ってる」
「……毎回聞いてますけど、それ本当なんですか? 私一度も見たことないです」
「もうばったんばったんよ」
「そんな勢いで!?」
今日は話しかけられることが多かったからか、十六人もやってしまった。
その内ほとんどが文化祭とかダイブとか、うわごとで身に覚えのあることを呟いていた。
おかげであんなに声をかけられた理由もよく分かった。家に帰ったら対処しよう。
「あっお兄ちゃんたちが何話してるのか、私も気になります」
「あれ、ひとりちゃんも知らないの?」
「あっはい。私の話聞くばっかりで、自分のことはあんまり話してくれなくて」
「……今までは、今日は何人気絶させたかー、くらいしか話すことなかったから」
「戦国かよ」
後藤家は戦国一家じゃないから、家では学校の話はしなかった。
それはともかく、僕達が学校でどんなことを話しているか。記憶の海から引っ張りださないと。
「というか今日私たちって、どんな話してたっけ?」
「えっと確か、豚汁に入れる芋の話とか」
「あっそうそう、サトイモかジャガイモかって話した!」
「所帯染みてますね……」
雑談なんてお互いの共通項からするものだから、僕達が所帯染みた会話をするのも当然だ。
虹夏さんとは料理とか家事とか、そういう家の事について話すことが比較的多い。
「あの後調べたら、サツマイモ入れる家もあるらしいよ」
「ほほう、試してみようかな。お姉ちゃん、今日豚汁でいいー?」
美味けりゃ何でもいいぞー、 という声がカウンターから帰って来た。一番困るやつだ。
「お芋の話はこの辺にして。じゃあリョウ先輩とはどんなお話を?」
「あっそれ私も気になる。私いない時、何の話してるの?」
好奇心に溢れた視線を三つもらった。その期待に応えるためにも、記憶を掘り返す。
山田さんと何を話しているか。少し考えて、もっと考えて、ちょっと困ってしまった。
代わりに答えてもらおうと彼女を見ても、黙って視線を返されるだけだった。お手上げだ。
「……僕達、今日何か話したかな?」
「……特に?」
「急に不仲疑惑が芽生えてきた」
「あっ、あわわ、わわばばばわっ」
兄と友達の不仲疑惑にひとりが震え始めた。また変な誤解と妄想をしている。
あの話さなくてもいい空気も好きなんだけど、それを伝えてもひとりは納得しない気がする。
もっと分かりやすい、僕と山田さんが仲良さそうな話は何か。そうだ、あれなら大丈夫かな。
「話じゃないけど、先週行った映画は面白かったね」
「劇伴目当てで行ったけど中々だった。特に中盤の公園のシーンがよかった」
「映画? 一緒に見に行ったの?」
初めて家族以外の人、というより付き添い以外で映画に行った。
なにせ映画は長い。一時間から、大作になると三時間以上するものもあるという。
一人で行けば僕が楽しむためだけに、その分時間を浪費することになる。それはもったいない。
「山田さんがタダ券もらったからって誘ってくれて」
「えー、私たち誘われてませんよ?」
「私以外その日バイトだったから」
「んじゃしょうがないかー、残念ー」
それ以前にもらったチケットは、年齢制限付きのホラー映画だった。
文化祭のお化け屋敷での様子からして、見れば二人とも大変なことになるだろう。
「もしかして、他にもどっか行ったりしてる?」
「えっと、先々週は古着屋さんに連れてってもらった」
「古着屋? どうしてまた」
「陛下がファッションのこと聞いてきたから、レッスンしてあげた」
心なしか満足げに山田さんが腕を組む。
「たまには男物を選ぶのも悪くない。結構面白かった」
「と言いつつ、スカートとか着させようとしてたよね?」
「てへっ」
「何ですかそれ、楽しそう! それも誘ってくださいよー!」
「私も見てみたかったなー。というか後藤くんって、服に興味とかあったんだ」
「僕のというか」
ちらっと横のひとりを見る。それで二人には伝わった。
古着屋で着せ替え、お兄ちゃんが陽キャリア充に、と震えていたから本人には伝わらなかった。
こうなるからひとりには話していなかった。今頭の中ではパリピの僕が躍っているんだろう。
「……服装なんて個人の自由だと思うけど、たまには違うのも着てほしいから」
「…………うん、頑張って」
「応援してます!」
熱いエールを送られてしまった。気持ちは嬉しいけど、未だ勝利への道筋が見えない。
親子そろって連敗中だ。最近母さんはもう諦めて、自分が着たい服を買っている節がある。
暗い未来に沈む僕とは逆に、山田さんはウキウキとした様子で声をかけてくる。
「ウケがよさそうなの着せられたら写真送ってね。物販で売る」
「それはしない、絶対」
「ケチ」
「前も言ったけど、自撮りでもすればいいでしょ」
「……結束バンドは、ビジュアル売りはしないから」
「今メンバー売ろうとしてたよね?」
「でも大売れ間違いなしとまで言われると、いくら私でも流石に照れる」
「そこまで言ってないよ?」
「しょうがないから陛下には、三十パーセント引きで売ってあげる。特別だよ。ぽっ」
「いらない」
私が買います、と興奮し始めた喜多さんを押さえていると、虹夏さんがほっこりしていた。
ほほほとでも言いそうな、妙に包容力のある笑みだ。というか実際声に出していた。
「なんだ二人とも仲良しじゃん。お姉さんは嬉しいよ、ほほほ」
「お姉さんというには小さい」
「うるさい九月生まれ、五月生まれにひれ伏せ!」
「……僕は四月生まれだから、二人ともひれ伏す?」
「ははーっ」
「ははーっ……なら陛下のこと、お兄ちゃんって呼ぼうか?」
「それはひとりちゃんが拗ねちゃうから駄目です!!」
「ぼっちちゃん、そんな可愛い反応するんだ……」
「すっごく可愛かったです!!」
「見たんだ、というか呼ぼうとしたんだ……」
そのひとりは唐突に恥ずかしいことを暴露され、ドロドロに溶けていた。
人目を避けるためダンボールを被せておく。これで五分もあれば復活するはずだ。
周りは慣れ過ぎてもはや反応すらしない。そのまま会話を続けようとしていた。
「それでそれで、他にもどこか遊びに行った?」
「他には、そうだ、文化祭の後くらいにホームセンターにも行ったよ」
「ホームセンターって遊びに行くとこ?」
「僕は用事があったから。山田さんは、チェーンソーが見たかったんだっけ?」
「そう。ピザカッターみたいなやつが見たかった」
「え、なんで?」
「ロマンを感じたくて」
部屋の神棚を増改築するため、木材を見に行った時の話だ。
実際に買うのは家近くの店だけど、設計段階で材質を確かめてイメージを固めたかった。
そこに山田さんが付いてきた形だ。ついでだから僕もチェーンソーの見学をした。
彼女の言う通り巨大なチェーンソーには不思議なロマンがあって、二人してはしゃいでしまった。
「あの時キャンプ用品も見てたけど、山田さん興味あるの?」
「あると言えばある。でもキャンプ場まで行くのめんどい」
「最高にキャンプに向いてないセリフだな!」
「もしやりたくなったら誘ってね。テント張りとか火おこしくらいなら出来るから」
「ちょっと意外です。ひとりちゃんそういうの苦手そうだから、先輩も興味ないと思ってました」
「ひとりは確かにそうだね。僕は、小さい頃父さんに教えてもらったから」
キャンプに限らず海やら山やら、色んな所へ連れて行ってもらった記憶がある。
当時は二人して家にいたいな、と感じていたけれど、今思えばあれも父さんと母さんの愛情だ。
理由は違えど閉じこもりがちな僕達兄妹を心配して、外にも目を向けるようにしてくれていた。
「ならバーベキューもよろしく。あっカレーも食べたい」
「図々しいなこいつ」
「その時は結束バンド皆と行けたらいいね」
「あっいいですね! キャンプと言えば夏ですから、来年の話でしょうか?」
自分が家族以外と、鬼が笑うような話をするなんて想像もしてなかった。
そしてひとりが死んでいる間に、来年のお出かけが決まりつつあった。
ものすごく渋るとは思うけど、行けばきっと楽しいから頑張って説得しよう。
僕がそうして気を逸らしている内に、また話題が変わろうとしていた。
女の子の会話が移ろいやすいってのは本当なんだ。変な感心をしてしまった。
でも会話の内容は、感心している場合じゃなかった。
「……今更だけど虹夏のこと、いつの間にか名前で呼んでるね」
「ほんと今更だね。そこ触れるのかー」
「私も気になってました! もしかして何かあったんですか?」
「な、何かあったというか、なんというか」
この間喜多さんに相談した後、恥ずかしそうな虹夏さんにとてもとても怒られた。
ああいうことは、たとえ絶対にバレないとしても秘密にしなければならない、らしい。
そのこともあって、あの日のことについてはどれも言い訳と誤魔化しを用意してある。
「元々呼ぼうとしてたから、会話の流れで呼んだだけだよ」
「そ、そうそう!」
「……ふーん、そうなんだ」
「喜多さんのことも呼びたいけど、呼ぶとダウンしちゃうから」
「やですねー先輩、私の名前は喜多喜多ですよ? だからもう名前で呼んでます!」
「無理があるよ郁代さん」
「……くっ、うぅ、ふ、はぁ、はぁ。だ、誰のことですか?」
「あ、耐えた」
「……」
このまま慣らしていけば、その内普通に呼べそうだ。隙を見てこれからも呼ぼう。
なんて皮算用を立てていると、山田さんが不思議とむっつりと、なんだか不満そうにしている。
何か気に食わないことがあったのかな。心配になる僕とは裏腹に、虹夏さんが突然興奮し始めた。
「後藤くん後藤くん!」
「どうしたのそんな楽しそうにして」
「リョウが拗ねてる!」
拗ねてる。なんで?
「一人だけ名前で呼ばれる気配が無いから、ちょっと拗ねてるんだよ!」
「別に拗ねてない」
「この子まとめられるのも嫌だけど、仲間外れも嫌いだからさぁ」
「嫌いじゃない。私はロックの申し子、じゃんじゃん仲間外れにして」
山田さんは繊細さんだから、そんなことをしたら泣いてしまうと思うけど。
確認を兼ねてじっと彼女のことを見ていると、そっと目を逸らしながら口を開いた。
「……でも陛下がどうしてもって言うなら、好きに呼んでもいいよ」
「かっ可愛い……格好いいリョウ先輩もいいけど、可愛いリョウ先輩も素敵……!」
どことなく星歌さんを思い出す振る舞いだ。なら呼んで欲しいってことかな。
そういうことならと、今日までずっと考えていた彼女の新しい呼び方を口にした。
「じゃあよろしくね、山田」
「いやなんでやねん!!」
「……はっ。あっ、え、えっと? な、なんでやねん!?」
力強いツッコミを三つと弱いのを一つ貰った。ひとりもちょうど生き返ったらしい。
状況を把握出来なくても、なんとか流れに乗ろうとする姿に成長を感じる。
「いや違うでしょ。後藤くんこれは違うでしょ、駄目でしょ」
「今のは無いです。ありえません」
「……えっえっ、こ、こんなに責められるなんて、お兄ちゃん、な、何したの?」
かつてないダメ出しだった。今までで一番ボコボコに言われている。
ただ、それでも僕にだって一応の言い分はある。せめてそれを聞いてからにしてもらいたい。
落ち着いて理由を告げるため、僕の腕に縋りつくひとりを宥めながら説明を始めた。
「僕なりにこう、呼び方のバランスを考えてて」
「何それ?」
「結束バンドって皆それぞれ、呼び方が違うでしょ?」
ひとりちゃん、ぼっちちゃん、ぼっち。喜多さん(今は喜多ちゃん)、喜多ちゃん、郁代。
虹夏ちゃん、伊地知先輩、虹夏。リョウさん、リョウ先輩、リョウ。バリエーション豊かだ。
「だからなるべく、呼び方は被らない方がいいのかなって」
「どんな配慮? そもそも喜多ちゃん被ってるし」
「ひとりがその辺気づかなかったのかなと」
「えっ!? ご、ごご、ごめんなさい!?」
「大丈夫よひとりちゃん。先輩が気を回し過ぎなだけ、それも変な方向に」
僕が勝手に予測していたことだけど、そんな法則は無かったらしい。
そうして二人に叱られている僕を見て、山田さんがおかしそうに息を漏らしていた。
「陛下、それなら尚更駄目だよ」
「尚更なの?」
「山田は虹夏のツッコミ専用の呼び方だから」
「……なるほど、盲点だった。あれって虹夏さん専用だったんだ」
「そんな訳ないでしょ。後藤くんも納得しない!」
もう一度鋭いツッコミをもらって、僕の妄言へのお叱りは終わった。
終わったのはいいのだけれど、今度は期待というか好奇心というか、色々籠った視線に囲まれた。
こんなに見られてしまうと、いくら僕でも流石にちょっとやりづらい。
それでも、ここまで来て逃げるわけにはいかない。覚悟を決めて山田さんを見つめた。
「改めて言うとちょっと照れるけど、これからもよろしくね、リョウさん」
「……うん、よろしく、か、陛下」
「あっ照れてるー」
「照れてない」
こんな感じで、スターリーは今日も平和だった。
次回二期第一話「地雷原でタップダンスする女」
オチが思い浮かんだので、完結設定を外して本編を再開します。