ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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後藤一人くんのプロフィール(抜粋)
好きなもの「家族、友達、努力」
嫌いなもの「自分、他人、偏見」


二期第一話「地雷原でタップダンスする女」

 バンドミーティングから一日経って、今日は月一定例の結束バンドのライブの日だ。

いつもなら虹夏さん達と一緒に行って、緊張するひとりを励ましている頃だ。

ただ、今日はちょっとした用事があったから、先に行ってもらって僕は別行動していた。

その用事も思いのほか早く終わった。想像してたよりもずっと話の分かる人でよかった。

これで今日やるべきことはもう何も無い。一仕事終えて気分良くスターリーへ向かう。

 

 文化祭ライブを通じて皆一つ成長したようで、前回十月のライブはトラブルも無く成功した。

加えて今月はノルマだって達成出来た。きっと先月よりも安心して臨めるはず。

だからあとはライブを楽しむだけ。そんな呑気なことを、まだこの時の僕は考えていた。

 

 

 

 スターリーに到着して早々、見覚えのない女の人が皆に話しかけているのを見かけた。

手が隠れるほどの長袖に、天使の羽がついた派手な鞄。随分特徴的な恰好だ。

確かこの間、リョウさんが教えてくれたジャンルだ。痛い系? 地雷系? と言っていたような。

今日から結束バンドは新衣装、長袖のパーカーに衣替えしたのにインパクトで負けている。

ただ下北沢はサブカルの街。その辺を歩けばもっと奇抜なファッションの人も多くいる。

最も特徴的なのは、注目すべき点は、服装ではなくその話し方にあった。

 

「皆でずっと楽しく続けることです!」

「あっ、世界平和……」

「あ、あはは~、目標がたくさんあるのはいいことですね~」

 

 途中からの聞き耳だから、前半はよく聞こえなかった。察するに今後の目標か何かだろう。

メモを片手に問いかけるように話しかける姿は、まるで取材か何かのようにも見える。

取材。もしかして、あの人は記者? あまりいい思い出の無い職業の人だ。少し気分が下がる。

確認したいけど、直接聞く訳にもいかない。だから近くにいたPAさんへ挨拶も兼ねて聞いてみた。

 

「PAさん、あれはいったい?」

「音楽系のフリーライターらしいです」

 

 バンド批評サイトへ記事を提供しているフリーライター、ぽいずん♡やみ(14歳)。

PAさんが彼女の名刺を見せながら教えてくれたけど、飲み込むまで少しかかりそうだ。

なお名刺には(17歳)と書かれていたが、二重線が引かれて(14歳)に訂正されていた。

予想した通り記者らしいけど、それ以外が僕には理解できない。この業界そんな人ばかりだ。

 

「それでその、ぽいずんさん? やみさん? は何をしに?」

「下北沢で活躍中の若手バンド特集の取材、と本人は言ってましたね」

 

 自分で言いながらも、PAさんはその言葉を信じてなさそうだった。僕も同じ意見だ。

ファンとしてはどうかと思うけど、結束バンドが活躍中だなんて口が裂けても言えない。

今もノルマはギリギリ達成できるくらいだし、腕だって隠れた実力者、という訳でもない。

知名度だってほぼ無い。知る人ぞ知る、どころかほとんど誰も知らない。

 

 となると、彼女には何か別の狙いがあると考えた方が自然だ。

今日のライブに本命の取材対象がいるとか、ここで誰かを探しているとか。

いずれにせよ、これ自体はいい機会だ。取材を受けた経験はいつかきっと役に立つ。

僕が出ると大惨事になる可能性が高いから、とりあえず黙って見ておこう。

 

「おいあの女やべーぞ! これ見てみろ」

 

 そう思ったのもつかの間、星歌さんが携帯片手に僕とPAさんのところへ飛び込んで来た。

挨拶もそこそこに、言われるがまま画面を覗く。佐藤愛子アンチまとめとかなんとか書いてある。

佐藤愛子。あの記者の人の本名だろうか。いい名前だからこっちを名乗ればいいのに。

 

「あー、アンチのまとめですね。よくあるやつです」

 

 妙に実感の籠った声でPAさんが教えてくれた。初めて見たけどよくあるやつらしい。

そのサイトには本名、年齢、連絡先、出身校まで晒されていた。ネットの闇を感じる。

というか本当は二十三歳なんだ。およそ十歳のサバ読み、ここまで来るとむしろ称賛してしまう。

 

 そして熱心な人がいるようで、今日秀華高校へ不法侵入したらしいことも書いてあった。

ここにもアポ無しで来たあたり、これも取材か何かかな。嫌な予感が増してきた。

気を落ち着けるため、諸々の確認のため、まずは僕に出来ることをしておこう。

 

「星歌さん、この人の書いた記事とかって読めますか?」

「ん? あぁ、まとめに載ってるみたいだな」

 

 そのページを開いてみると、バンドのくだらないゴシップや下世話な噂話ばかり並んでいた。

それでも読まずには何も言えない。掲載されている全ての記事をざっと読む。つまらなかった。

だけどこれはアンチのまとめだ。恣意的な選択や文章の改変などがあるかもしれない。

 

 念のためばんらぼ、例のバンド批評サイトも確認し、佐藤さんが書いた記事を探す。

記者名がないことも多くて断言はできない。それでも文体で見分けて片っ端から読んでおく。

少し引っかかるところはあったけど、こちらも大体同じだ。読むだけ時間を無駄にした。

サイト自体も閲覧数稼ぎ目的の、いわゆる炎上系ゴシップ記事の方が多いようだった。

 

 これで偏見まみれだけど彼女の、佐藤さんの素性はおおよそ分かった。

ただ、それで余計に分からなくなった。何を求めて彼女はここまで来たんだろう。

考え始める前に、思い出したような、それでいてわざとらしい彼女の声が聞こえた。

 

「あ! そういえばなんですけど、そこのギターの方ってこの間ダイブで話題になってましたよね!?」

 

 そういうことか。

 

「ねぇねぇなんでダイ、ひぃっ!?」

「うわっ、ど、どうしたんですか!?」

「ご、ごめんねー、なんだか急に寒気がして」

 

 狙いはひとり、正確には文化祭ライブのダイブのようだ。あれなら確かにゴシップにはなる。

昨日知ったことだけど、トゥイッターで拡散され話題になり、一時期バズったらしい。

今更ながら後悔が残る。もっと早く気づいて、もっと早く対処しておけばよかった。

そうしてもっと前に話をつけてくれば、あんな人が来ることもなかっただろう。

 

 そう、今日の寄り道は、あの動画を投稿した人とお話することだった。

拡散した動画を全て消すことは難しい。下手に触れると、余計に被害が増える可能性すらある。

だから静観するしかないけれど、この流行りも所詮は一瞬だけ。すぐに廃れていくはず。

 

 それはそれとして火元、投稿主を許すかどうかは別の話だ。むしろ許す理由がない。

その人が今回のことで味を占めて、再びひとりの学校生活を投稿する可能性もある。

それも許す理由はない。なので特定して、一時間ほどお話させてもらった。

 

 そういう訳で火元を断って、この問題は解決したと踏んでいたけれど、まだ続きがあった。

僕の怠惰が予想もしてない面倒な人、面倒な状況を呼び込んでしまった。

それにしても、高校生のダイブを書くだけで仕事になるんだろうか。疑問だ。

 

 どうでもいいか。彼女がただのゴシップ記者だと分かった時点で、僕の興味は尽きた。

確認出来た記事の範囲からすると、彼女の記者としての能力には疑問が残る。

ファンも信者も生み出さず、アンチばかり増やしていくような取材、記事。

周囲の評判だけで人を判断すべきじゃないけれど、少なくとも警戒はしてしまう。

 

 また、服装や言動、態度、名刺、その他ほぼ全て。いずれも僕の不信を煽る。

総じて信用、信頼のおける人とは思えない。今のところ関わるだけ損だと言ってもいい。

さっさと片づけた方がいいだろう。そのために立とうした僕を星歌さんが止めた。

 

「待て、私が行く」

「いいんですか?」

「周りを頼れって言ったのは私だぞ? それにこういうのは、大人の仕事だからな」

 

 僕の頭に一度手を乗せてから、颯爽と星歌さんは佐藤さんの元へ歩んで行った。

格好いい、頼りになる背中だ。この分だと僕の出番は必要なさそうだ。

僕とPAさんが見守る中、星歌さんが毅然とした態度で佐藤さんへ注意をした。

 

「……すみませんが、うちでの迷惑行為はやめてくれませんか?」

「ふ、ふえぇ、ご、ごめんなさぁいぃ……」

 

 こってりとしたあざとさだった。胸やけしそうだ。遠目で聞いていても心なしか気が滅入る。

この距離でそうなのだから、至近距離で直撃した星歌さんがどうなるか。自明の理だった。

 

「セ、セツドノアルコウドウヲオネガイシマスネ」

「はぁ~い☆」

 

 顔を真っ青にした星歌さんが、項垂れながら帰って来た。そのまま力無く椅子に座る。

さっきまでの格好良さは嘘のようだった。敗北者の姿だった。

 

「星歌さん」

「いや待て、言いたいことは分かる。でも待って。おぇ」

 

 本気で辛そうな星歌さんの背中を、PAさんと二人で慰めるように優しくさする。

ただの痛い恰好をしたゴシップ記者だと思ったら、とんだ強敵らしい。

まさかあの星歌さんが、ここまでこっぴどくやられてしまうなんて。

 

 星歌さんが負けてしまった以上、彼女をなんとかするのは僕の役目だ。

だとしても、短絡的に気絶させるなんて暴力的手段は取れない、取りたくない。

それに相手は曲がりなりにも記者だ。変に反感を買って目をつけられるのも鬱陶しい。

ここは適当にいなして、何も書けないように帰らせるのが一番無難だろう。

 

「……星歌さん、僕が着られるジャケットってありますか?」

「おぇぇ……、おぉ、あるけど、どうするの?」

「カツラと一緒に貸してください。あの人は僕がなんとかします」

「貸す貸す。悪いけど、頼む」

 

 

 

 僕が準備を終える頃になっても、佐藤さんはしつこくひとりに絡んでいた。

 

「ねぇねぇねぇねぇどうなんですかー?」

「あっえっあっあっ」

 

 幸か不幸か、ひとりの人見知りが上手い具合に作用していたらしい。

知らない人にしつこく詮索され、ひとりは不定形となって虹夏さんに纏わりついていた。

失言どころかものも言えない状態だ。間に合ったことに安堵しながら、僕は作戦を開始した。

 

「…………結束バンドさん、そろそろ準備お願いします」

「えっ、ごっ」

 

 作戦と言っても大したものじゃない。スタッフのふりをして声をかけるだけ。

そうしてこの場を離れる口実を用意して、皆には裏の方へ逃げてもらう。

わざわざ変装したのは、あの動画には僕も映っているからだ。バレたら面倒なことになる。

 

 変装した僕が突然話しかけてきたことで、その場の全員が目を丸くした。

佐藤さんも含めて驚きすぎじゃない? そんな変なところあったかな。

なんでもいいか。もう一回念押しして、誰でもいいから僕の意図をくみ取ってもらおう。

 

「……ちょっと押してるんで、早めにお願いします」

「あっはい、分かりました! 皆行こう!」

「ひとりちゃんしっかり掴まっ、私これどこ掴んでるのかしら!?」

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

 佐藤さんには見えないよう、皆には分かるように奥を指差す。それで伝わった。

虹夏さんと喜多さんが、未だ形を取り戻していないひとりを引きずって走り去る。

反射的にか、皆を追いかけようとした佐藤さんの前に立つ。行かせない。

奥に入ってさえしまえば、そこからは関係者以外立入禁止だ。そのために時間を稼ごう。

 

「……すみません、チケットはお持ちですか」

「あっ、え、い、いえ!」

「……では、こちらでご購入お願いします」

「は、はいっ」

 

 僕は既にこの人へ悪感情を抱きつつある。だからきっと、目が合えば気絶させてしまう。

視線を合わせないよう声をかけ、意外にも素直な反応をした彼女へチケットを売った。

時間も稼げたし、結束バンドの売り上げも一枚伸ばせた。我ながら一石二鳥、よくやった。

ちなみに、彼女は財布も羽付きで毒々しい色合いだった。キャラが徹底していた。

 

 

 

「あれー? 零号くんどうしてまたそんな格好してるの?」

「おー、悪い男フォームだ。何か悪事でも働くんですか?」

 

 時間稼ぎに成功してライブ後の対応を考えていると、一号さんと二号さんに声をかけられた。

彼女たちとは先月、十月のライブで改めて挨拶と自己紹介をさせてもらった。

もちろん名前も交換した。なのにどうして、こんな風に呼び合っているかというと。

 

『番号で呼び合うのって、なんかファンクラブ感あってよくないですか?』

『いいよねー、こう、結束感あるよね。あっもしかしてこれ、結束バンドにかかってる?』

『じゃあお二人が一号さんと二号さんだから、僕は三号と呼んでもらえるんでしょうか?』

『うーん、でもお兄さんを差し置いて、一号二号を名乗るのは抵抗があるなぁ』

『私たちはファン歴三か月だけど、もっと長いはずだもんね』

『……だけど今更、二号の名を失うのは惜しい!』

『うわ力強っ。いや、私は三号でもいいけど』

『何それ!? 一号としての誇りはないの!?』

『えぇ……』

『あの、僕が結束バンドのファンになったのは今月からなので、別に三号でも』

『ひとりちゃんのファンになったのは?』

『十五年と八か月くらい前ですね』

『うわぁ……』

 

 そんな会話もあって零号を襲名し、今日もそう呼んでもらっている。

あと数字を主張することで、将来的に古参感をアピールしたいらしい。

大学生ともなると着眼点が違う。そう目を輝かせる僕へ、一号さんは呆れた目を向けていた。

 

 夏休みに受けた恩やひとりのファンということもあり、僕も二人となら普通に話せる。

お二人も僕の評判を知らないのか気にしないでいてくれるのか、今みたいに話しかけてくれる。

友達よりは遠いけど他人よりは近い、そんな不思議な関係だ。これからも大切にしたい。

 

「ひとりちゃんが悲しむから、あんまりやんちゃしちゃ駄目だよー?」

「違います。少し長くなりますけど、あの人対策です」

「えっ、ああいう子好みなの?」

「もっと違います。それにあの人、お二人より年上です」

「えぇー、嘘ですよねー?」

 

 そのためにも年齢も含めて、ぽいずん♡やみ(14歳)さんのことを二人に説明した。

真剣に聞いてくれた二人だけど、(14歳)辺りでドン引きしていた。

ふたり二人分のサバ読みだ。僕も最初は脳が理解を拒んだから、気持ちはよく分かる。

 

「あまり行儀のいい方ではないようなので、ひとりに関わって欲しくなくて」

「話は分かりましたけど、なんでその格好?」

「動画には僕も映ってますから、そのままだと僕も取材されちゃいます」

「あっそっか」

 

 そんな風に事情を話して、その後も雑談を続けている内に時間が来たようだ。

準備を終えた結束バンドがステージ上に立っていた。相変わらずひとりは俯いている。

その様子を見て二号さんはキャーキャー言っていた。見方が通だ。よく分かっている。

 

「おはようございまーす! 結束バンドでーす!」

「こらこら喜多ちゃん、今の時間はこんばんはでしょー?」

「えー、こういう業界ならいつだって、おはようございます、ですよねー?」

「この業界人気取りー!」

 

 相変わらずMCは面白くないけれど、不思議なことに聞いていると気持ちが安らぐ。

ささくれ始めていた心が落ち着いてきた。もしかしたらリラックス効果とかあるのかもしれない。

文化祭の笑いはきっと奇跡か偶然だから、こっち方面を伸ばした方がいいと個人的には思った。

 

「あっ始まりましたね」

「ライブに集中しましょう!」

 

 始まった結束バンドのライブを、佐藤さんはつまらなそうに、興味なさそうに聞いていた。

ちゃんと聞いているだけまだいい方か。あの人への期待値は相当低くなっている。

あれならもう様子を窺う必要もないかな。僕もライブを楽しみたいからこの辺にしておこう。

 

「———っ!?」

 

 そう思い、視線を切ろうとしたその瞬間、弾かれたように佐藤さんは顔を上げた。

さっきまでの無気力な姿とはまるで違う。食いつくようにステージ上を見ている。

その瞳にはギラついた輝きが宿っていて、否が応でも僕に警戒心を呼び起こさせた。

 

 何を見ている? あの人の目は今どこに、ひとりのところ、ひとりの何を見てそうなった?

演奏を聴いて、ステージを見て、そこからひとりの何を見つけられる?

ひとりが本当は上手いということ? それだけで、あんな劇的な反応を見せるだろうか。

あれは、あの顔は、探していた何かを見つけたような、秘密を暴いた時のような、そんな反応だ。

 

「うそ、ううん、そんなはずが、でも、この音は」

 

 演奏と歌声が響く中、佐藤さんの小さな声がどうしてか耳に届いた。

困惑と混乱、動揺、そして何よりも興奮をその声からは感じ取ることが出来た。

無意識なのか、胸の前で握った手には力が入り、震えているのがここからでも分かる。

 

 秘密、嘘、音、ひとり、ギター。根拠のない妄想を閃いた。でも僕は確信してしまった。

僕は兄としてあの子を守らなきゃいけない。だから最悪の場合を想定しておこう。

精度を高める、余計な動きをしたら止めるためにも、このライブ中は佐藤さんを観察しないと。

 

 それにしてもどうして、ライブの度に何かしらトラブルが起きるんだろう。

ライブに来るのはもう四回目なのに、まだ一回しか心おきなく楽しめていない。

皆に見られる訳にはいかないから、僕は心の中で大きくため息を吐いた。

 

 

 

 僕の心配をよそに、ライブ自体は無事に終わった。

とりあえず最悪のパターン一、途中興奮のあまり暴走する、は起こらなかった。

密かにほっと息を吐く僕に、ライブを満喫した様子の一号さんが誘いをかけてくれた。

 

「これから差し入れ渡しに行くけど、零号くんも一緒にどうですか?」

「僕は」

 

 どうすべきか。ここに留まって佐藤さんの監視を続けるべきか。

それとも何かあった時のために、皆の近くに控えておくべきか。

言葉を止めた僕を不思議そうに見つめる二人を置いて、一度佐藤さんの様子を確認する。

 

 彼女はどこから取り出したのか分からないほど、大きなヘッドホンを着けていた。

そして鬼気迫る、という表現がぴったり当てはまるほど、真剣な表情で携帯を見つめている。

あの様子だと、恐らく動画か何かを見ているようだ。ほぼクロと言ってもいいだろう。

あれを放っておけば、気になって何も手につかない気がする。

 

「すみません、やるべきことがあるので」

「あー、頑張ってくださいね!」

「ありがとうございます。お二人はひとりのこと、よろしくお願いします」

「任せて!!」

「また急に勢いづく……」

 

 急にやる気と元気を出した二号さんと、少し気疲れした一号さんを僕は見送った。

 

 そうしてしばらく監視を続けていると、答え合わせの時間が来た。

どこか緊張感を漂わせた佐藤さんが動き出し、皆の元へ近づいていく。

止めるべきか、それとも言わせるべきか。メリットデメリットを秤にかける。

合ってた場合、間違ってた場合。それで起きること、予想されること。

 

 合ってて、言われて、それを知る人。星歌さん、リョウさん、喜多さん、一号さんと二号さん。

知ってどうするか、何を思うか、ひとりを傷つける結果にならないか。亀裂が生まれないか。

僕が勝手に最悪を想像していると、ふとこの間、星歌さんに言われた言葉が脳裏を過ぎった。

 

『もっと周りを信用しろ』

 

 考える。少なくとも虹夏さんは、八月の時点であれを知っても何も変わらなかった。

喜多さんは、驚きはするだろうけどきっとそれだけだ。凄いわねーの一言で終わる可能性もある。

リョウさんは、下手すると驚きすらしないかもしれない。お金の無心は増えるかもしれない。

星歌さんは大丈夫。一号さんと二号さんも、純粋にひとりを褒めてくれるだけのはずだ。

なんだ、僕は誰のことも疑いすらしていない。信じることが当たり前になっていた。

 

 おかしくて誇らしくて、そんな場合じゃないのに内心少し笑ってしまう。

それならここですべきは静観だ。ある意味、これもいいきっかけとも言える。

出来ればひとりから打ち明けて欲しかったけど、このままだと墓まで持って行きそうだったし。

 

「あなた、ギターヒーローさんですよね!?」

 

 青ざめるひとりの顔を見て、穏便に済めばいいな、なんてことを思った。

 

 

 

 佐藤さんが皆の前でひとりをギターヒーローと呼んだこと。それ自体はそこまで問題じゃない。

いつかは話さなければいけないことだったし、バレても何も変わらないと信じている。

 

「あっえっ、ぎぎぎぎ」

「その歌うようなビブラートのかけ方! 所々に滲み出る演奏の癖!! 間違いない、ギターヒーローさんですよね!!!」

 

 問題はこの人だ。ゴシップ記者である彼女に、ひとりの正体を知られたこと。

星歌さんに頼んで理由を付けて、口を滑らす前にスターリーから追い出すことも出来た。

だけどそれでは、この人がひとりの何に気づいたのか把握出来ない。

過去の仕事からして、確証が無くても記事にする可能性がある。最悪妄想で暴露されかねない。

それを防ぐため、彼女のスタンスをより深く知るため、今は遠くから観察している。

 

 ひとりが青くなり、佐藤さんが熱くなっていく中、ぽかんとしていた喜多さんが口を開いた。

 

「……あの、ギターヒーローって?」

「は!? あんたまさかギタリストのくせに、ギターヒーローさんのこと知らないの!!??」

 

 掴みかかるような勢いで、佐藤さんは喜多さんを睨みつける。そして口が悪い。

あの高カロリーなぶりっ子は、どうやらキャラを作っていたらしい。むしろ安心した。

あれが天然ものだとすると、僕はこれから人間の可能性に怯え続けることになる。

 

「三年前オーチューブに突然現れた、超凄腕の現役学生ギタリスト! 何も語らずただひたすらにギターを奏でるその姿はストイックで! 飾り気のない部屋、ボロボロのジャージがミステリアスさを醸し出しつつ! 少しずつ大きくなっていく手や身長が、あどけなさを感じさせて! そのギャップが、魅力が、全てがカリスマに繋がってるのよ!!!!」

「あっはい」

 

 喜多さんが引く程度の熱量で、佐藤さんはギターヒーローについて語り続けた。

なんというか、こう、予想していた反応というか、話し方というか、とにかく違う。

ダイブについて聞いていた時のように、もっと下世話な好奇心が出てくると思っていた。

 

「はぁー! それにしてもまさか、まさかこんな場末でギターヒーローさんに会えるなんて!! いやぁどんなゴミ記事作ろうとしても、足使って探してみるものね!!!」

 

 佐藤さんは相変わらずあらゆる言動で、僕の信用と好感度の底を削っていく。

それはそれとして、彼女がギターヒーローのファンだということはよく伝わった。

そして彼女が見つけた秘密が、予想通りのものだったことも分かった。

 

 以上を踏まえてこの人を、この発言をどうするか。誤魔化すか、認めるか。

今のところ、ひとりがギターヒーローだという証拠はない。根拠は彼女の耳だけだ。

にもかかわらず確信してるのが厄介だけど、やり方次第で対処は出来るはず。

 

 皆の反応確認も兼ねて周囲を見渡す。その途中で虹夏さんと目が合った。

その瞬間、何故か飛び上がるほど驚かれたけれど、すぐに力強く頷きを返してくれた。

 

「そ、そんな訳ないじゃないですか~。ちゃんとこの子のこと見てください! これが、あのギターヒーローさんに見えますか!?」

「こっこれ……」

「……ふむ」

 

 誤魔化す方がいい、と虹夏さんは判断したらしい。

八月からずっと内緒にしてくれていた彼女だ。今日もひとりの気持ちを汲んでくれている。

それを見た喜多さんとリョウさんも、事情を知らないなりに協力してくれた。

僕達はいい友達を持った。

 

「そうですよ! ひとりちゃんはミステリアスというよりも、ただの変な子です!!」

「そんな格好いいカタカナじゃなくて、奇妙とか奇怪とかの方が似合う」

「へ、変な子……奇怪……」

 

 ひとりはダメージを受けているけれど。出来ればもうちょっとだけでも容赦してあげてほしい。

 

「むむむ」

 

 バンドメンバー全員から全否定され、佐藤さんにも迷いが生じたらしい。

それでも一度目を閉じた後、カッと見開いて叫ぶようにして彼女は断言した。

 

「……やっぱり、あなたがギターヒーローさんですね!!!」

「なんで!?」

「この絶妙に社会から外れた抜け感、そこから滲み出るカリスマ性が隠せてませんよ!!!!」

 

 さっきからこの人、滅茶苦茶ひとりのこと褒めるな。これだと多分無理だ。

 

「あっいや、違っ、えへっ、違いますよ、へ、ぬぇへへへっ」

「絶対この子だ!!!!」

 

 分かっていたことだ。そもそもひとりは、僕より数段嘘と隠し事が下手だった。

 

 

 

 佐藤さんが反応の薄いメンバーに憤慨したり、逆に感嘆した一号さん二号さんに感心したり。

そこからは想像していたより穏やかな状況が続いていた。出る幕が無いから僕は蚊帳の外だ。

ちょっとだけ拍子抜けして、もう変装を解こうかなという時に佐藤さんからある提案が出た。

 

「そうだ! うちの編集長に掛け合って、業界の人に紹介してもらえるように言っておきますね!」

 

 うちの編集長。彼女はフリーらしいから、ばんらぼというサイトのだろうか。

あのサイトのか。中々もらえない機会ではある。それでもあまり素直に受け取れない。

僕はなんとなく警戒心を抱いていたけれど、皆は素直にはしゃぎ始めた。

 

「え!? それって結束バンドがデビュー出来るかもしれないってこと!?」

「すごーい、もうメジャーデビュー!? えっ、やだ、なんかドキドキしてきた!」

「へ、へへ、うへへっ」

「もうひとりちゃんったら、にやけ過ぎよ」

「喜多ちゃんもだよ~」

「虹夏もね」

 

 皆ひとりが勧誘されたことを、我が事のように喜んでくれていた。我が事のように。

いやもしかして、本当に自分達のことだと思ってる? だとしたらそろそろ介入しないと。

今までの言動からして、佐藤さんは遠慮のない言葉をぶつけてくるはず。

遠目からの様子見をやめ、近づこうとした僕の肩を誰かが掴んだ。

 

「……星歌さん?」

「ちょっと落ち着け。まだお前が出るには早い」

「でもこのままだと、皆きっと嫌な思いをします。避けられるなら避けた方が」

「……それでも、この先どうするにしても、ここらで一回言われた方がいい」

 

 星歌さんも佐藤さんがどんなことを言うのか、大体想像がついているらしい。

それでも僕を止めるのは、きっと見ているものが違うからだ。どっちが正しいのか。

この場合、正しいも何もないか。あるのは優先順位の違いだけ。何を望んでいるかの違いだ。

 

「結束バンド? え、何の話?」

「……え」

「私が言ってるのはギターヒーローさんのことだけ。他のメンバーのことなんて言ってないわ」

 

 考えている間に、佐藤さんの口はもう開いてしまっていた。止めるにはもう遅い。

呆然と声を漏らす虹夏さんを見て、星歌さんの手が僕の肩に食い込み始める。

 

「結束バンドはー、高校生にしてはまあまあだけど、よくある下北系って感じだしー」

 

 しんと静まり返る空気なんて気にもしてないのか、彼女は言葉を続ける。

 

「ていうか、ガチじゃないですよね?」

 

 その言葉で、完全に空気が凍り付いた。

 

「見たところ客も常連だけで、それなのに宣伝とかも全然やってないみたいだし。これでプロ目指してるはちょっとねぇ」

「……っ」

「あっギターヒーローさんはもうプロとしても通用するので、こんなところじゃなくて、もっとちゃんとしたバンドに入った方がいいですよ!」

 

 そろそろいいんじゃ。これ以上佐藤さんに喋らせても、ろくな言葉は出てこないと思う。

確認のために僕の肩を握りしめる、心配になるほど白い手に触れた。痛くしてなければいいけど。

無意識だったのか、星歌さんは目を見開いた後慌てて離してくれた。肩に手形が残ってそうだ。

 

「あっ、わ、悪い、痛かったよな?」

「平気です。星歌さんこそ指大丈夫ですか?」

「……生意気なやつめ」

「あの、カツラがずれるので今はちょっと」

 

 僕の訴えを無視して、星歌さんは頭をガシガシと撫で続けた。頭が揺れる。

その手つきがいつも以上に乱暴だったから、それ以上は止めずに彼女が満足するのを待つ。

この間に確認しておこう。星歌さんが落ち着き次第、出来るだけ早く行動したい。

 

「それで星歌さん、いい加減あの人追い出してもいいですか?」

「あぁもう大丈夫だ。というか助かるけど、ほんとに頼んでもいいの?」

「一番嫌いなタイプなので、早くいなくなって欲しくて」

 

 思わず口に出してしまった言葉に星歌さんが手を止めて、目を更に大きく丸くしていた。

僕の事情を知っていても、誰かを直接嫌いと言ったのは初めてだから驚いたのかもしれない。

自分のことではあるけれど、僕もこんな一瞬で個人を嫌いになれるとは思っていなかった。

 

「じゃあ頼むけど……あー、殺すなよ?」

「努力します」

「努力じゃなくて約束して?」

 

 苦笑いの中に本気のお願いを滲ませながらも、星歌さんは背中を押してくれた。

当然だけど、もちろん殺す気なんて無い。気絶も出来る限りさせるつもりは無い。

あの人とはなるべく口を利きたくないから、手短に用件を済ませて帰ってもらおう。

そんな後ろ向きな決意と共に、冷たく重い空気の中へ足を進めた。

 




次回「ブーメラン」です。
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