後藤一人くんのプロフィール(抜粋)
好きなもの「家族、友達、努力」
嫌いなもの「自分、他人、偏見」
バンドミーティングから一日経って、今日は月一定例の結束バンドのライブの日だ。
いつもなら虹夏さん達と一緒に行って、緊張するひとりを励ましている頃だ。
ただ、今日はちょっとした用事があったから、先に行ってもらって僕は別行動していた。
その用事も思いのほか早く終わった。想像してたよりもずっと話の分かる人でよかった。
これで今日やるべきことはもう何も無い。一仕事終えて気分良くスターリーへ向かう。
文化祭ライブを通じて皆一つ成長したようで、前回十月のライブはトラブルも無く成功した。
加えて今月はノルマだって達成出来た。きっと先月よりも安心して臨めるはず。
だからあとはライブを楽しむだけ。そんな呑気なことを、まだこの時の僕は考えていた。
スターリーに到着して早々、見覚えのない女の人が皆に話しかけているのを見かけた。
手が隠れるほどの長袖に、天使の羽がついた派手な鞄。随分特徴的な恰好だ。
確かこの間、リョウさんが教えてくれたジャンルだ。痛い系? 地雷系? と言っていたような。
今日から結束バンドは新衣装、長袖のパーカーに衣替えしたのにインパクトで負けている。
ただ下北沢はサブカルの街。その辺を歩けばもっと奇抜なファッションの人も多くいる。
最も特徴的なのは、注目すべき点は、服装ではなくその話し方にあった。
「皆でずっと楽しく続けることです!」
「あっ、世界平和……」
「あ、あはは~、目標がたくさんあるのはいいことですね~」
途中からの聞き耳だから、前半はよく聞こえなかった。察するに今後の目標か何かだろう。
メモを片手に問いかけるように話しかける姿は、まるで取材か何かのようにも見える。
取材。もしかして、あの人は記者? あまりいい思い出の無い職業の人だ。少し気分が下がる。
確認したいけど、直接聞く訳にもいかない。だから近くにいたPAさんへ挨拶も兼ねて聞いてみた。
「PAさん、あれはいったい?」
「音楽系のフリーライターらしいです」
バンド批評サイトへ記事を提供しているフリーライター、ぽいずん♡やみ(14歳)。
PAさんが彼女の名刺を見せながら教えてくれたけど、飲み込むまで少しかかりそうだ。
なお名刺には(17歳)と書かれていたが、二重線が引かれて(14歳)に訂正されていた。
予想した通り記者らしいけど、それ以外が僕には理解できない。この業界そんな人ばかりだ。
「それでその、ぽいずんさん? やみさん? は何をしに?」
「下北沢で活躍中の若手バンド特集の取材、と本人は言ってましたね」
自分で言いながらも、PAさんはその言葉を信じてなさそうだった。僕も同じ意見だ。
ファンとしてはどうかと思うけど、結束バンドが活躍中だなんて口が裂けても言えない。
今もノルマはギリギリ達成できるくらいだし、腕だって隠れた実力者、という訳でもない。
知名度だってほぼ無い。知る人ぞ知る、どころかほとんど誰も知らない。
となると、彼女には何か別の狙いがあると考えた方が自然だ。
今日のライブに本命の取材対象がいるとか、ここで誰かを探しているとか。
いずれにせよ、これ自体はいい機会だ。取材を受けた経験はいつかきっと役に立つ。
僕が出ると大惨事になる可能性が高いから、とりあえず黙って見ておこう。
「おいあの女やべーぞ! これ見てみろ」
そう思ったのもつかの間、星歌さんが携帯片手に僕とPAさんのところへ飛び込んで来た。
挨拶もそこそこに、言われるがまま画面を覗く。佐藤愛子アンチまとめとかなんとか書いてある。
佐藤愛子。あの記者の人の本名だろうか。いい名前だからこっちを名乗ればいいのに。
「あー、アンチのまとめですね。よくあるやつです」
妙に実感の籠った声でPAさんが教えてくれた。初めて見たけどよくあるやつらしい。
そのサイトには本名、年齢、連絡先、出身校まで晒されていた。ネットの闇を感じる。
というか本当は二十三歳なんだ。およそ十歳のサバ読み、ここまで来るとむしろ称賛してしまう。
そして熱心な人がいるようで、今日秀華高校へ不法侵入したらしいことも書いてあった。
ここにもアポ無しで来たあたり、これも取材か何かかな。嫌な予感が増してきた。
気を落ち着けるため、諸々の確認のため、まずは僕に出来ることをしておこう。
「星歌さん、この人の書いた記事とかって読めますか?」
「ん? あぁ、まとめに載ってるみたいだな」
そのページを開いてみると、バンドのくだらないゴシップや下世話な噂話ばかり並んでいた。
それでも読まずには何も言えない。掲載されている全ての記事をざっと読む。つまらなかった。
だけどこれはアンチのまとめだ。恣意的な選択や文章の改変などがあるかもしれない。
念のためばんらぼ、例のバンド批評サイトも確認し、佐藤さんが書いた記事を探す。
記者名がないことも多くて断言はできない。それでも文体で見分けて片っ端から読んでおく。
少し引っかかるところはあったけど、こちらも大体同じだ。読むだけ時間を無駄にした。
サイト自体も閲覧数稼ぎ目的の、いわゆる炎上系ゴシップ記事の方が多いようだった。
これで偏見まみれだけど彼女の、佐藤さんの素性はおおよそ分かった。
ただ、それで余計に分からなくなった。何を求めて彼女はここまで来たんだろう。
考え始める前に、思い出したような、それでいてわざとらしい彼女の声が聞こえた。
「あ! そういえばなんですけど、そこのギターの方ってこの間ダイブで話題になってましたよね!?」
そういうことか。
「ねぇねぇなんでダイ、ひぃっ!?」
「うわっ、ど、どうしたんですか!?」
「ご、ごめんねー、なんだか急に寒気がして」
狙いはひとり、正確には文化祭ライブのダイブのようだ。あれなら確かにゴシップにはなる。
昨日知ったことだけど、トゥイッターで拡散され話題になり、一時期バズったらしい。
今更ながら後悔が残る。もっと早く気づいて、もっと早く対処しておけばよかった。
そうしてもっと前に話をつけてくれば、あんな人が来ることもなかっただろう。
そう、今日の寄り道は、あの動画を投稿した人とお話することだった。
拡散した動画を全て消すことは難しい。下手に触れると、余計に被害が増える可能性すらある。
だから静観するしかないけれど、この流行りも所詮は一瞬だけ。すぐに廃れていくはず。
それはそれとして火元、投稿主を許すかどうかは別の話だ。むしろ許す理由がない。
その人が今回のことで味を占めて、再びひとりの学校生活を投稿する可能性もある。
それも許す理由はない。なので特定して、一時間ほどお話させてもらった。
そういう訳で火元を断って、この問題は解決したと踏んでいたけれど、まだ続きがあった。
僕の怠惰が予想もしてない面倒な人、面倒な状況を呼び込んでしまった。
それにしても、高校生のダイブを書くだけで仕事になるんだろうか。疑問だ。
どうでもいいか。彼女がただのゴシップ記者だと分かった時点で、僕の興味は尽きた。
確認出来た記事の範囲からすると、彼女の記者としての能力には疑問が残る。
ファンも信者も生み出さず、アンチばかり増やしていくような取材、記事。
周囲の評判だけで人を判断すべきじゃないけれど、少なくとも警戒はしてしまう。
また、服装や言動、態度、名刺、その他ほぼ全て。いずれも僕の不信を煽る。
総じて信用、信頼のおける人とは思えない。今のところ関わるだけ損だと言ってもいい。
さっさと片づけた方がいいだろう。そのために立とうした僕を星歌さんが止めた。
「待て、私が行く」
「いいんですか?」
「周りを頼れって言ったのは私だぞ? それにこういうのは、大人の仕事だからな」
僕の頭に一度手を乗せてから、颯爽と星歌さんは佐藤さんの元へ歩んで行った。
格好いい、頼りになる背中だ。この分だと僕の出番は必要なさそうだ。
僕とPAさんが見守る中、星歌さんが毅然とした態度で佐藤さんへ注意をした。
「……すみませんが、うちでの迷惑行為はやめてくれませんか?」
「ふ、ふえぇ、ご、ごめんなさぁいぃ……」
こってりとしたあざとさだった。胸やけしそうだ。遠目で聞いていても心なしか気が滅入る。
この距離でそうなのだから、至近距離で直撃した星歌さんがどうなるか。自明の理だった。
「セ、セツドノアルコウドウヲオネガイシマスネ」
「はぁ~い☆」
顔を真っ青にした星歌さんが、項垂れながら帰って来た。そのまま力無く椅子に座る。
さっきまでの格好良さは嘘のようだった。敗北者の姿だった。
「星歌さん」
「いや待て、言いたいことは分かる。でも待って。おぇ」
本気で辛そうな星歌さんの背中を、PAさんと二人で慰めるように優しくさする。
ただの痛い恰好をしたゴシップ記者だと思ったら、とんだ強敵らしい。
まさかあの星歌さんが、ここまでこっぴどくやられてしまうなんて。
星歌さんが負けてしまった以上、彼女をなんとかするのは僕の役目だ。
だとしても、短絡的に気絶させるなんて暴力的手段は取れない、取りたくない。
それに相手は曲がりなりにも記者だ。変に反感を買って目をつけられるのも鬱陶しい。
ここは適当にいなして、何も書けないように帰らせるのが一番無難だろう。
「……星歌さん、僕が着られるジャケットってありますか?」
「おぇぇ……、おぉ、あるけど、どうするの?」
「カツラと一緒に貸してください。あの人は僕がなんとかします」
「貸す貸す。悪いけど、頼む」
僕が準備を終える頃になっても、佐藤さんはしつこくひとりに絡んでいた。
「ねぇねぇねぇねぇどうなんですかー?」
「あっえっあっあっ」
幸か不幸か、ひとりの人見知りが上手い具合に作用していたらしい。
知らない人にしつこく詮索され、ひとりは不定形となって虹夏さんに纏わりついていた。
失言どころかものも言えない状態だ。間に合ったことに安堵しながら、僕は作戦を開始した。
「…………結束バンドさん、そろそろ準備お願いします」
「えっ、ごっ」
作戦と言っても大したものじゃない。スタッフのふりをして声をかけるだけ。
そうしてこの場を離れる口実を用意して、皆には裏の方へ逃げてもらう。
わざわざ変装したのは、あの動画には僕も映っているからだ。バレたら面倒なことになる。
変装した僕が突然話しかけてきたことで、その場の全員が目を丸くした。
佐藤さんも含めて驚きすぎじゃない? そんな変なところあったかな。
なんでもいいか。もう一回念押しして、誰でもいいから僕の意図をくみ取ってもらおう。
「……ちょっと押してるんで、早めにお願いします」
「あっはい、分かりました! 皆行こう!」
「ひとりちゃんしっかり掴まっ、私これどこ掴んでるのかしら!?」
「あ、ちょ、ちょっと!」
佐藤さんには見えないよう、皆には分かるように奥を指差す。それで伝わった。
虹夏さんと喜多さんが、未だ形を取り戻していないひとりを引きずって走り去る。
反射的にか、皆を追いかけようとした佐藤さんの前に立つ。行かせない。
奥に入ってさえしまえば、そこからは関係者以外立入禁止だ。そのために時間を稼ごう。
「……すみません、チケットはお持ちですか」
「あっ、え、い、いえ!」
「……では、こちらでご購入お願いします」
「は、はいっ」
僕は既にこの人へ悪感情を抱きつつある。だからきっと、目が合えば気絶させてしまう。
視線を合わせないよう声をかけ、意外にも素直な反応をした彼女へチケットを売った。
時間も稼げたし、結束バンドの売り上げも一枚伸ばせた。我ながら一石二鳥、よくやった。
ちなみに、彼女は財布も羽付きで毒々しい色合いだった。キャラが徹底していた。
「あれー? 零号くんどうしてまたそんな格好してるの?」
「おー、悪い男フォームだ。何か悪事でも働くんですか?」
時間稼ぎに成功してライブ後の対応を考えていると、一号さんと二号さんに声をかけられた。
彼女たちとは先月、十月のライブで改めて挨拶と自己紹介をさせてもらった。
もちろん名前も交換した。なのにどうして、こんな風に呼び合っているかというと。
『番号で呼び合うのって、なんかファンクラブ感あってよくないですか?』
『いいよねー、こう、結束感あるよね。あっもしかしてこれ、結束バンドにかかってる?』
『じゃあお二人が一号さんと二号さんだから、僕は三号と呼んでもらえるんでしょうか?』
『うーん、でもお兄さんを差し置いて、一号二号を名乗るのは抵抗があるなぁ』
『私たちはファン歴三か月だけど、もっと長いはずだもんね』
『……だけど今更、二号の名を失うのは惜しい!』
『うわ力強っ。いや、私は三号でもいいけど』
『何それ!? 一号としての誇りはないの!?』
『えぇ……』
『あの、僕が結束バンドのファンになったのは今月からなので、別に三号でも』
『ひとりちゃんのファンになったのは?』
『十五年と八か月くらい前ですね』
『うわぁ……』
そんな会話もあって零号を襲名し、今日もそう呼んでもらっている。
あと数字を主張することで、将来的に古参感をアピールしたいらしい。
大学生ともなると着眼点が違う。そう目を輝かせる僕へ、一号さんは呆れた目を向けていた。
夏休みに受けた恩やひとりのファンということもあり、僕も二人となら普通に話せる。
お二人も僕の評判を知らないのか気にしないでいてくれるのか、今みたいに話しかけてくれる。
友達よりは遠いけど他人よりは近い、そんな不思議な関係だ。これからも大切にしたい。
「ひとりちゃんが悲しむから、あんまりやんちゃしちゃ駄目だよー?」
「違います。少し長くなりますけど、あの人対策です」
「えっ、ああいう子好みなの?」
「もっと違います。それにあの人、お二人より年上です」
「えぇー、嘘ですよねー?」
そのためにも年齢も含めて、ぽいずん♡やみ(14歳)さんのことを二人に説明した。
真剣に聞いてくれた二人だけど、(14歳)辺りでドン引きしていた。
ふたり二人分のサバ読みだ。僕も最初は脳が理解を拒んだから、気持ちはよく分かる。
「あまり行儀のいい方ではないようなので、ひとりに関わって欲しくなくて」
「話は分かりましたけど、なんでその格好?」
「動画には僕も映ってますから、そのままだと僕も取材されちゃいます」
「あっそっか」
そんな風に事情を話して、その後も雑談を続けている内に時間が来たようだ。
準備を終えた結束バンドがステージ上に立っていた。相変わらずひとりは俯いている。
その様子を見て二号さんはキャーキャー言っていた。見方が通だ。よく分かっている。
「おはようございまーす! 結束バンドでーす!」
「こらこら喜多ちゃん、今の時間はこんばんはでしょー?」
「えー、こういう業界ならいつだって、おはようございます、ですよねー?」
「この業界人気取りー!」
相変わらずMCは面白くないけれど、不思議なことに聞いていると気持ちが安らぐ。
ささくれ始めていた心が落ち着いてきた。もしかしたらリラックス効果とかあるのかもしれない。
文化祭の笑いはきっと奇跡か偶然だから、こっち方面を伸ばした方がいいと個人的には思った。
「あっ始まりましたね」
「ライブに集中しましょう!」
始まった結束バンドのライブを、佐藤さんはつまらなそうに、興味なさそうに聞いていた。
ちゃんと聞いているだけまだいい方か。あの人への期待値は相当低くなっている。
あれならもう様子を窺う必要もないかな。僕もライブを楽しみたいからこの辺にしておこう。
「———っ!?」
そう思い、視線を切ろうとしたその瞬間、弾かれたように佐藤さんは顔を上げた。
さっきまでの無気力な姿とはまるで違う。食いつくようにステージ上を見ている。
その瞳にはギラついた輝きが宿っていて、否が応でも僕に警戒心を呼び起こさせた。
何を見ている? あの人の目は今どこに、ひとりのところ、ひとりの何を見てそうなった?
演奏を聴いて、ステージを見て、そこからひとりの何を見つけられる?
ひとりが本当は上手いということ? それだけで、あんな劇的な反応を見せるだろうか。
あれは、あの顔は、探していた何かを見つけたような、秘密を暴いた時のような、そんな反応だ。
「うそ、ううん、そんなはずが、でも、この音は」
演奏と歌声が響く中、佐藤さんの小さな声がどうしてか耳に届いた。
困惑と混乱、動揺、そして何よりも興奮をその声からは感じ取ることが出来た。
無意識なのか、胸の前で握った手には力が入り、震えているのがここからでも分かる。
秘密、嘘、音、ひとり、ギター。根拠のない妄想を閃いた。でも僕は確信してしまった。
僕は兄としてあの子を守らなきゃいけない。だから最悪の場合を想定しておこう。
精度を高める、余計な動きをしたら止めるためにも、このライブ中は佐藤さんを観察しないと。
それにしてもどうして、ライブの度に何かしらトラブルが起きるんだろう。
ライブに来るのはもう四回目なのに、まだ一回しか心おきなく楽しめていない。
皆に見られる訳にはいかないから、僕は心の中で大きくため息を吐いた。
僕の心配をよそに、ライブ自体は無事に終わった。
とりあえず最悪のパターン一、途中興奮のあまり暴走する、は起こらなかった。
密かにほっと息を吐く僕に、ライブを満喫した様子の一号さんが誘いをかけてくれた。
「これから差し入れ渡しに行くけど、零号くんも一緒にどうですか?」
「僕は」
どうすべきか。ここに留まって佐藤さんの監視を続けるべきか。
それとも何かあった時のために、皆の近くに控えておくべきか。
言葉を止めた僕を不思議そうに見つめる二人を置いて、一度佐藤さんの様子を確認する。
彼女はどこから取り出したのか分からないほど、大きなヘッドホンを着けていた。
そして鬼気迫る、という表現がぴったり当てはまるほど、真剣な表情で携帯を見つめている。
あの様子だと、恐らく動画か何かを見ているようだ。ほぼクロと言ってもいいだろう。
あれを放っておけば、気になって何も手につかない気がする。
「すみません、やるべきことがあるので」
「あー、頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます。お二人はひとりのこと、よろしくお願いします」
「任せて!!」
「また急に勢いづく……」
急にやる気と元気を出した二号さんと、少し気疲れした一号さんを僕は見送った。
そうしてしばらく監視を続けていると、答え合わせの時間が来た。
どこか緊張感を漂わせた佐藤さんが動き出し、皆の元へ近づいていく。
止めるべきか、それとも言わせるべきか。メリットデメリットを秤にかける。
合ってた場合、間違ってた場合。それで起きること、予想されること。
合ってて、言われて、それを知る人。星歌さん、リョウさん、喜多さん、一号さんと二号さん。
知ってどうするか、何を思うか、ひとりを傷つける結果にならないか。亀裂が生まれないか。
僕が勝手に最悪を想像していると、ふとこの間、星歌さんに言われた言葉が脳裏を過ぎった。
『もっと周りを信用しろ』
考える。少なくとも虹夏さんは、八月の時点であれを知っても何も変わらなかった。
喜多さんは、驚きはするだろうけどきっとそれだけだ。凄いわねーの一言で終わる可能性もある。
リョウさんは、下手すると驚きすらしないかもしれない。お金の無心は増えるかもしれない。
星歌さんは大丈夫。一号さんと二号さんも、純粋にひとりを褒めてくれるだけのはずだ。
なんだ、僕は誰のことも疑いすらしていない。信じることが当たり前になっていた。
おかしくて誇らしくて、そんな場合じゃないのに内心少し笑ってしまう。
それならここですべきは静観だ。ある意味、これもいいきっかけとも言える。
出来ればひとりから打ち明けて欲しかったけど、このままだと墓まで持って行きそうだったし。
「あなた、ギターヒーローさんですよね!?」
青ざめるひとりの顔を見て、穏便に済めばいいな、なんてことを思った。
佐藤さんが皆の前でひとりをギターヒーローと呼んだこと。それ自体はそこまで問題じゃない。
いつかは話さなければいけないことだったし、バレても何も変わらないと信じている。
「あっえっ、ぎぎぎぎ」
「その歌うようなビブラートのかけ方! 所々に滲み出る演奏の癖!! 間違いない、ギターヒーローさんですよね!!!」
問題はこの人だ。ゴシップ記者である彼女に、ひとりの正体を知られたこと。
星歌さんに頼んで理由を付けて、口を滑らす前にスターリーから追い出すことも出来た。
だけどそれでは、この人がひとりの何に気づいたのか把握出来ない。
過去の仕事からして、確証が無くても記事にする可能性がある。最悪妄想で暴露されかねない。
それを防ぐため、彼女のスタンスをより深く知るため、今は遠くから観察している。
ひとりが青くなり、佐藤さんが熱くなっていく中、ぽかんとしていた喜多さんが口を開いた。
「……あの、ギターヒーローって?」
「は!? あんたまさかギタリストのくせに、ギターヒーローさんのこと知らないの!!??」
掴みかかるような勢いで、佐藤さんは喜多さんを睨みつける。そして口が悪い。
あの高カロリーなぶりっ子は、どうやらキャラを作っていたらしい。むしろ安心した。
あれが天然ものだとすると、僕はこれから人間の可能性に怯え続けることになる。
「三年前オーチューブに突然現れた、超凄腕の現役学生ギタリスト! 何も語らずただひたすらにギターを奏でるその姿はストイックで! 飾り気のない部屋、ボロボロのジャージがミステリアスさを醸し出しつつ! 少しずつ大きくなっていく手や身長が、あどけなさを感じさせて! そのギャップが、魅力が、全てがカリスマに繋がってるのよ!!!!」
「あっはい」
喜多さんが引く程度の熱量で、佐藤さんはギターヒーローについて語り続けた。
なんというか、こう、予想していた反応というか、話し方というか、とにかく違う。
ダイブについて聞いていた時のように、もっと下世話な好奇心が出てくると思っていた。
「はぁー! それにしてもまさか、まさかこんな場末でギターヒーローさんに会えるなんて!! いやぁどんなゴミ記事作ろうとしても、足使って探してみるものね!!!」
佐藤さんは相変わらずあらゆる言動で、僕の信用と好感度の底を削っていく。
それはそれとして、彼女がギターヒーローのファンだということはよく伝わった。
そして彼女が見つけた秘密が、予想通りのものだったことも分かった。
以上を踏まえてこの人を、この発言をどうするか。誤魔化すか、認めるか。
今のところ、ひとりがギターヒーローだという証拠はない。根拠は彼女の耳だけだ。
にもかかわらず確信してるのが厄介だけど、やり方次第で対処は出来るはず。
皆の反応確認も兼ねて周囲を見渡す。その途中で虹夏さんと目が合った。
その瞬間、何故か飛び上がるほど驚かれたけれど、すぐに力強く頷きを返してくれた。
「そ、そんな訳ないじゃないですか~。ちゃんとこの子のこと見てください! これが、あのギターヒーローさんに見えますか!?」
「こっこれ……」
「……ふむ」
誤魔化す方がいい、と虹夏さんは判断したらしい。
八月からずっと内緒にしてくれていた彼女だ。今日もひとりの気持ちを汲んでくれている。
それを見た喜多さんとリョウさんも、事情を知らないなりに協力してくれた。
僕達はいい友達を持った。
「そうですよ! ひとりちゃんはミステリアスというよりも、ただの変な子です!!」
「そんな格好いいカタカナじゃなくて、奇妙とか奇怪とかの方が似合う」
「へ、変な子……奇怪……」
ひとりはダメージを受けているけれど。出来ればもうちょっとだけでも容赦してあげてほしい。
「むむむ」
バンドメンバー全員から全否定され、佐藤さんにも迷いが生じたらしい。
それでも一度目を閉じた後、カッと見開いて叫ぶようにして彼女は断言した。
「……やっぱり、あなたがギターヒーローさんですね!!!」
「なんで!?」
「この絶妙に社会から外れた抜け感、そこから滲み出るカリスマ性が隠せてませんよ!!!!」
さっきからこの人、滅茶苦茶ひとりのこと褒めるな。これだと多分無理だ。
「あっいや、違っ、えへっ、違いますよ、へ、ぬぇへへへっ」
「絶対この子だ!!!!」
分かっていたことだ。そもそもひとりは、僕より数段嘘と隠し事が下手だった。
佐藤さんが反応の薄いメンバーに憤慨したり、逆に感嘆した一号さん二号さんに感心したり。
そこからは想像していたより穏やかな状況が続いていた。出る幕が無いから僕は蚊帳の外だ。
ちょっとだけ拍子抜けして、もう変装を解こうかなという時に佐藤さんからある提案が出た。
「そうだ! うちの編集長に掛け合って、業界の人に紹介してもらえるように言っておきますね!」
うちの編集長。彼女はフリーらしいから、ばんらぼというサイトのだろうか。
あのサイトのか。中々もらえない機会ではある。それでもあまり素直に受け取れない。
僕はなんとなく警戒心を抱いていたけれど、皆は素直にはしゃぎ始めた。
「え!? それって結束バンドがデビュー出来るかもしれないってこと!?」
「すごーい、もうメジャーデビュー!? えっ、やだ、なんかドキドキしてきた!」
「へ、へへ、うへへっ」
「もうひとりちゃんったら、にやけ過ぎよ」
「喜多ちゃんもだよ~」
「虹夏もね」
皆ひとりが勧誘されたことを、我が事のように喜んでくれていた。我が事のように。
いやもしかして、本当に自分達のことだと思ってる? だとしたらそろそろ介入しないと。
今までの言動からして、佐藤さんは遠慮のない言葉をぶつけてくるはず。
遠目からの様子見をやめ、近づこうとした僕の肩を誰かが掴んだ。
「……星歌さん?」
「ちょっと落ち着け。まだお前が出るには早い」
「でもこのままだと、皆きっと嫌な思いをします。避けられるなら避けた方が」
「……それでも、この先どうするにしても、ここらで一回言われた方がいい」
星歌さんも佐藤さんがどんなことを言うのか、大体想像がついているらしい。
それでも僕を止めるのは、きっと見ているものが違うからだ。どっちが正しいのか。
この場合、正しいも何もないか。あるのは優先順位の違いだけ。何を望んでいるかの違いだ。
「結束バンド? え、何の話?」
「……え」
「私が言ってるのはギターヒーローさんのことだけ。他のメンバーのことなんて言ってないわ」
考えている間に、佐藤さんの口はもう開いてしまっていた。止めるにはもう遅い。
呆然と声を漏らす虹夏さんを見て、星歌さんの手が僕の肩に食い込み始める。
「結束バンドはー、高校生にしてはまあまあだけど、よくある下北系って感じだしー」
しんと静まり返る空気なんて気にもしてないのか、彼女は言葉を続ける。
「ていうか、ガチじゃないですよね?」
その言葉で、完全に空気が凍り付いた。
「見たところ客も常連だけで、それなのに宣伝とかも全然やってないみたいだし。これでプロ目指してるはちょっとねぇ」
「……っ」
「あっギターヒーローさんはもうプロとしても通用するので、こんなところじゃなくて、もっとちゃんとしたバンドに入った方がいいですよ!」
そろそろいいんじゃ。これ以上佐藤さんに喋らせても、ろくな言葉は出てこないと思う。
確認のために僕の肩を握りしめる、心配になるほど白い手に触れた。痛くしてなければいいけど。
無意識だったのか、星歌さんは目を見開いた後慌てて離してくれた。肩に手形が残ってそうだ。
「あっ、わ、悪い、痛かったよな?」
「平気です。星歌さんこそ指大丈夫ですか?」
「……生意気なやつめ」
「あの、カツラがずれるので今はちょっと」
僕の訴えを無視して、星歌さんは頭をガシガシと撫で続けた。頭が揺れる。
その手つきがいつも以上に乱暴だったから、それ以上は止めずに彼女が満足するのを待つ。
この間に確認しておこう。星歌さんが落ち着き次第、出来るだけ早く行動したい。
「それで星歌さん、いい加減あの人追い出してもいいですか?」
「あぁもう大丈夫だ。というか助かるけど、ほんとに頼んでもいいの?」
「一番嫌いなタイプなので、早くいなくなって欲しくて」
思わず口に出してしまった言葉に星歌さんが手を止めて、目を更に大きく丸くしていた。
僕の事情を知っていても、誰かを直接嫌いと言ったのは初めてだから驚いたのかもしれない。
自分のことではあるけれど、僕もこんな一瞬で個人を嫌いになれるとは思っていなかった。
「じゃあ頼むけど……あー、殺すなよ?」
「努力します」
「努力じゃなくて約束して?」
苦笑いの中に本気のお願いを滲ませながらも、星歌さんは背中を押してくれた。
当然だけど、もちろん殺す気なんて無い。気絶も出来る限りさせるつもりは無い。
あの人とはなるべく口を利きたくないから、手短に用件を済ませて帰ってもらおう。
そんな後ろ向きな決意と共に、冷たく重い空気の中へ足を進めた。
次回「ブーメラン」です。