ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、ここすきありがとうございます。

※ 彼は虹夏ちゃんの夢について一ミリたりとも知りません。


第二話「ブーメラン」

 僕が最悪な雰囲気の元へ近付いても、周りはまったく気づいてなさそうだった。

皆の目はその中心である佐藤さんと、彼女に纏わりつかれているひとりに集まっている。

結束バンドもファンの一号さん二号さんも、あれだけ冷たくあしらわれてはそうもなるだろう。

 

「ではギターヒーローさん、取材と紹介の話をしたいのでご予定聞いてもいいですか!?」

「……う、うぅ」

 

 といってもどうするか。佐藤さんの言葉を撤回させることは出来ないし、その必要もない。

事実は事実だ。そこを無理やり捻じ曲げても何の意味も無い。下手な慰めにもならない。

とりあえず帰ってもらうか。ここに居座られると、それだけでも悪影響がありそうだ。

 

「お話し中のところすみません、少しよろしいでしょうか」

「……あなたはさっきの」

 

 まずは何よりひとりを守ろう。適当に声をかけて、佐藤さんの注意を引く。

その隙に二人の間に入り込んで、彼女に詰め寄られていたひとりを背中に庇った。

ただ背中じゃ満足出来なかったのか、ひとりはジャケットの中にまで潜り込もうとしていた。

 

「あっお兄ちゃん、お、遅いよ。避難させて」

「ごめんね。でもそれは駄目」

 

 事情があったとはいえ、佐藤さんの話を見過ごしていたのは事実だ。謝るほかない。

それはそれとして、そこに潜り込まれてしまうと真面目な話なんて出来なくなる。

なのでひとりと攻防を繰り広げていると、佐藤さんが驚きの声を上げた。

 

「お兄ちゃん……ってあなた、ギターヒーローさんのお兄さん!?」

「はい。この子のマネージャーのようなことをしています」

「マネージャー、ですか? あなたが?」

 

 僕の言葉を受けた佐藤さんは、確かめるようにひとりの方へ目を向ける。

ようやくジャケットに入ることを諦めたひとりが、顔を半分出しながらなんとか答えた。

 

「あっ、ほ、本当です。編集とか、投稿とか、SNSのこととかやってもらってます」

「ほうほう!」

「あっあと、法律とか、お金のこととか、難しいことは全部」

「……ほう!」

 

 途中、お金の話あたりで佐藤さんの目がすっと細くなった。どこか暗い疑りが見える。

どうせ何か下世話な勘繰りでもしてるんだろう。僕がその目をしたいくらいなんだけど。

彼女はそんな疑念なんて露も漏らさず、甘ったるい声で問いかけてきた。

 

「それではマネージャーさん! 一つお聞きしたいことがあるんですが」

「なんでしょうか」

「ギターヒーローさんのSNSなんですけど、素っ気なさ過ぎませんか?」

 

 意外なところを聞かれた。不躾な質問をされるとは思っていたけど、意図が読めない。

彼女の表情には、依然として疑いと緊張が見える。何を探られている? 考えても答えは出ない。

会話したくないけど、様子見を兼ねて少し話してみるか。口を閉じてさっさと帰って欲しい。

 

「……宣伝を多くした方がいい、と」

「はい! もっと再生数が伸びると思いますけど、しないんですか?」

「その予定はありません。失われるものがあるからです」

 

 目の前の佐藤さんと同じように、背中のひとりが首を傾げるのが分かった。

この子に伝えるつもりは無かったけど、これくらいなら言っても大丈夫かな。

 

「透明性です」

「……とーめいせい?」

「宣伝に力を入れればキャラが、色が付きます。色は人を近づけ、遠ざけ、イメージを作ります」

 

 僕の魔王なんてその極地だろう。会ったことも無い人にすら僕は恐れられている。

おかげで喜多さんと会話するまで一年生と、後輩とまともに話す機会は一度も無かった。

 

「この子の演奏を聴く時、それが余計な色眼鏡に変わる可能性を危惧しています」

 

 色が薄いとはいえ、ストイックというキャラが付くのは予想外ではあった。

偏見と言えば偏見だ。それでも幸い、演奏に余計なノイズを生むようなものではなかった。

佐藤さんへそんなことを説明していると、ひとりが後ろから袖を引っ張ってきた。

 

「……お、お兄ちゃん、どういう意味?」

「出来る限り偏見無しで、ひとりの演奏を聴いてもらいたいってこと」

「そ、そんな理由が……言ってくれればよかったのに」

「あんまり難しいこと言って、ひとりに変な意識させたくなかったから」

 

 ひとりは気にしいだ。一つ言うと十は気にしてしまう。

キャラを付けないという意識が、演奏に乗る感情をどこかで阻害してしまうかもしれない。

僕が聴きたいのは、してほしいのは、ひとりの想いが全て籠った演奏だ。だから言わなかった。

 

「ですがそれでは、視聴者を増やす手段が減るのでは?」

「……私の役目は、この子が自由にギターを弾ける環境を整えることですから」

 

 これは僕のエゴだ。ひとりはより多くの人に認められたいと、いつだって思っている。

それを果たすためなら佐藤さんの言う通り、僕も宣伝を始めとした努力をするべきだ。

だけど僕がそんなことをすれば、きっとひとりは今以上に数を気にしてしまう。

 

「それにこの子なら、実力でなんとでも出来ます」

 

 ひとりは優しい子だ。宣伝に力を入れて結果が伴わなければ、きっと自分のせいだと思い込む。

そして良くも悪くも、これまで以上に数を伸ばすためギターを奏でる機会が増えるだろう。

僕はそれを望んでいない。ひとりには義務でギターを弾いてほしくない。音楽を楽しんでほしい。

これもきっと重い気持ちだ。佐藤さんは当然として、ひとりにも伝えるつもりは無い。

 

「……なるほど、マネージャーさんもストイックなんですね!」

 

 どうでもいいけど勝手に納得したらしい。訂正する必要も無いから放っておく。

不思議と佐藤さんの目が和らいた気がするけど、そんなことより確認すべきことがあった。

 

「もしかして、これは取材でしょうか」

「あぁ失礼しました! ほんの雑談です。すみません、つい気になってしまって!」

 

 佐藤さんはそう言って、ウインクしながら自分の頭を軽く叩いた。油断も隙も無い。

僕が言わなければ、このままなし崩し的に取材にもつれ込んだかもしれない。

もっと警戒しないと。相手は記者で大人だ。この手のことは僕よりずっと上手のはず。

 

「ささっ、じゃあ改めて取材と紹介のお話を、とりあえずどこか喫茶店にでも」

 

 取材と紹介、どうするべきか。僕は今のところ彼女のことを、欠片も信用出来ていない。

でもこれはギターヒーローへの、ひとりへの話。最終的にはひとりの意思が一番大事だ。

そのひとりは背中に擦りつけるように、ぶんぶんと首を横に振っていた。ならもう迷いはない。 

 

「いえ、どちらも結構です。お疲れ様でした」

「えっ?」

 

 当然の返事をしたはずなのに、何故か佐藤さんは呆然としていた。

 

「……あの、今なんて?」

「どちらも結構ですので、お疲れ様でした。お帰りはあちらです」

「え、ちょちょ、ちょっと、取材ですよ!? 業界への紹介ですよ!?」

「はい、承知しておりますが」

 

 取材による知名度の確保、業界への伝手。どちらも魅力的な話ではある。

でもギターヒーローとして表に出ることを、今ひとりは望んでいない。断るには十分な理由だ。

それに僕はこの人も、この人の伝手も信用できない。だから僕にも受け入れる理由が無い。

 

「は? え? い、いい話ですよね、どうして」

「そうですね……」

 

 なんて言って説明しようか。心のままに語れば、ただの罵詈雑言になりかねない。

柔らかく話しても、出来るかどうかは置いといて、この人は聞いてくれなさそうだ。

面倒だけど一つ一つ順序だてて説明しよう。心を出せないなら理屈を出さないと。

 

「先ほどの結束バンドへのお言葉ですが」

「……まさか、それが気に入らないから、とか言いませんよね?」

「いえ、いくらかは的を射ていると思います」

 

 僕が平然と同意したことで皆の顔が沈み、空気が重くなった。

背中のひとりが、服の裾を力一杯握りしめてくる。どれも気づかないふりをする。

嘘は吐けないし、今はこの人をどうにかするのが先決だ。そのためにも僕は言葉を続けた。

 

「ですが、こたつだな、と感じて」

「?」

 

 唐突に出てきた場にそぐわない言葉に、緊張に満ちた空気が少し弛緩した。

ただ一人、意味に気づいた佐藤さんだけが、顔を真っ赤にして声を荒げる。

 

「こ、ここ、こたつ記事ってこと!?」

「すみません、二文字くらい省略せず話すべきでした」

 

 なるべくこの人と話す言葉を減らしたい、と思っていたら逆に増やしてしまった。

駄目だな、横着すると余計に手間が増える。こういう時こそちゃんと話さないといけない。

 

「結束バンドに知名度が無いことも、動画サイトやSNS等宣伝活動が足りないことも事実です」

 

 動画サイトへの投稿はしていないし、喜多さんが管理しているSNSはほぼ美容系になっている。

まして音楽系サブスクの利用なんて、考えたことすらないかもしれない。

ライブだってホームのスターリーでやるだけで、別のライブハウスの下調べもしていない。

路上ライブやフェスへ参加する等、ファンを増やそうという気概を感じる行動も特にない。

本気でメジャーデビューを目指すというには、佐藤さんの言う通り確かに甘い姿勢だ。

 

「しかしそのどれもが、適当に検索すれば分かることでもあります」

 

 検索して出てくるのは工具の結束バンドについてばかり。好評も悪評もほとんどない。

逆説的にこれだけでも、バンドの結束バンドが無名なのがすぐに、誰にでも分かる。

 

「演奏へのお言葉も具体性に欠けていて、乱暴に言えば聴かなくても言えることでした」

 

 高校生にしては、下北系、どれもメンバーやホームを見れば出せる言葉だ。説得力が無い。

 

「また、貴方が過去に書かれた記事もいくつか拝読いたしました。以上を踏まえて私は」

 

 貴方のことを信じられないと思いました。ちょっと直接的に過ぎる気もする。

残念ですが今回はどちらもご遠慮させて、今度は迂遠過ぎる。これじゃ断れない。

こんな下劣な三流ゴシップライターに、いやこれ、ただ罵倒することが目的になってるな。

 

 適切な表現を考えて、さっき佐藤さんが言っていたことを思い出した。

あれくらいがちょうどいい気がする。だからそのまま引用させてもらった。

 

「ガチじゃない方に、妹をお任せするのは難しいと判断しました」

「……は?」

「ガチじゃないですよね」

 

 どうして佐藤さんは目を丸くして驚いて、そんなにショックを受けているんだろう。

まるで傷か何かを抉られたかのように、酷く辛そうな表情を一瞬だけ見せた。

自分が言われてそこまで傷つくことなら、他の人にも言わなければいいのに。

 

 音楽に、バンドにガチな人であれば、高校生の文化祭でのダイブなんて記事にしないはず。

拙いライブであっても、それが真剣なものであればきちんと耳を傾けるはず。

バンドの金銭トラブルや痴情のもつれなど、炎上目的の記事ばかり書かないはず。

 

 全部社会を知らない子供の理屈だ。大人だから、仕事だから、何か事情があるのかもしれない。

でもガチ、本気であり続けることは、子供であり続けることでもあると僕は考えている。

言い訳を並べて自分の怠慢から目を逸らし続けるのなら、その人はもうガチじゃない。

 

「今日は秀華祭でのダイブを取材しに来たとお聞きしましたが」

「あっ、そ、それは」

「あの日、この子がボトルネック奏法をしたのはご存じでしたか」

「は、え、ぼ、ボトルネック!? 本当なんですか!?」

「あっえ、演奏中に弦とペグが壊れちゃって、でもソロがあったので、それを弾くために」

「しかも即興!? さすがギターヒーローさんね……」

 

 感心する佐藤さんとは逆に、僕の中でまた彼女の評価が下がっていった。

こんなことも知らなかったのか。秀華高校へ取材に行ったらしいけど、何してたんだ?

 

「本当にダイブのことしか頭に無かったようですね」

「うっ」

「少しでもライブの話をしていれば、すぐ分かることだとは思いますが」

「……それは」

 

 自然と言葉がきつくなってしまう。このざまで、よくもあそこまで偉そうに。

いや、それは違う。この人がどうであれ意見は意見。事実は事実。分けて考えるべきだ。

熱くなってるな、冷静に冷静に。ひとりの前だ、穏やかに穏やかに。どうか落ち着いて。

 

「………………なら私が」

 

 そうして自分を落ち着けていると、少しの間俯き黙っていた佐藤さんが顔を上げた。

 

「私がガチって分かったら、ギターヒーローさんへの取材と紹介、受けてもらえますよね!?」

「はぁ」

 

 誰もそんなこと言ってないのだけれど、佐藤さんは一人で勝手に盛り上がっていた。

僕にとってガチとは、命を、人生をいつでも捧げられるほどの意気込み、気持ちを意味する。

ひとりに、家族にかける僕の想いくらいは最低でも欲しい。現状期待薄だ。

 

 しかし何をもって自分がガチだと、彼女は証明するつもりなんだろう。

信用信頼は過去の積み重ねだ。今日の言動と過去の記事、それを打ち消す何かがあるんだろうか。

何でもいいから帰ってほしい。そんな気持ちを抑えていると、彼女は結束バンドの皆を指差した。

 

「あんたたち!」

「は、はいっ!?」

「しょうがないから、特別にアドバイスしてあげる!」

 

 結束バンドへのコメントを通じて、音楽への姿勢と知識を僕に証明するつもりらしい。

正直あまり期待していないけれど、外部の業界人? からアドバイスをもらえる貴重な機会だ。

中身によっては参考になるかもしれない。聞くだけ聞いてみて、駄目そうなら止めよう。

 

「ギターボーカル! あんた楽器始めて何年!?」

「えっ、は、半年くらいです」

「……半年にしては、よくやってるわね!!」

 

 喜多さんの経験が思ったより浅かったからか、そこで佐藤さんは一度言葉を止めた。

それでも数秒ほど考えた後、滑らかに口を動かし始めた。柔軟な反応だ。

 

「でもそれが通じるのは、あんたのことを知ってる人だけ。客にはそんなこと関係ない。それに半年にしてはって評価は、あんたの演奏が舐められてる証拠よ」

「っ」

「それが嫌ならもっと練習しなさい、歌もね。どっちも基礎は固まってきてる。ここからどこまで伸びるかはあんた次第よ。ギターボーカルはバンドのフロントマン。あんたたちが、結束バンドがどこまで伸びるのかも、あんた次第になる。気張りなさい」

「……はい!」

 

 喜多さんの元気のいい返事を満足そうに受け止めてから、佐藤さんは虹夏さんを指差した。

 

「次、ドラム!」

「は、はい!」

「あんた、何のためにいるの?」

 

 その言葉に虹夏さんが肩を震わせた。

 

「周りを見てるのも分かる。それに合わせてるのも分かる。どっちも高校生にしてはよく出来てる。でもそれだけよね。今の時代、欲しい音があれば打ち込みでもなんでもやり方はある。周りが欲しい音も、合わせる音も、機械でも出せる。ミスしない分あんたよりマシかもね」

 

 喜多さんの時より格段に容赦が無い。背中を握るひとりの手に、力が入るのが分かった。

抑えるように、慰めるように頭を撫でる。今のところ止める必要は無さそうだった。

 

「だからもっと自分を出しなさい。合わせるのもいいけど、自分が引っ張るぐらいの気概を持った方がいいわ。ドラムはバンドの中心。あんたの色でバンドの色が決まるの。自分が、自分たちがどうなりたいか、しっかり考えなさい。芯の無いバンドに未来なんて無いわ」

「……はい」

 

 俯く虹夏さんを一瞥してから、佐藤さんはリョウさんへ視線を移した。

 

「で、ベース」

「……」

「あんた、なんでベース弾いてるの?」

 

 佐藤さんの声色は心底不思議そうだった。

 

「ベースの仕事分かってる? 例外はあるけどリズム隊よ? それがまあ自分に酔って、あんた何がしたいの?」

 

 語尾が全て上がっている。声色通り、何もかもが疑問に感じるらしい。

 

「あんたが高校生にしてはかなり上手いのは分かったけど、それだけ。自分の世界に浸りたいなら、自分が目立ちたいだけなら、さっさとベース捨てなさい。捨てられないなら、周りのための演奏くらいマスターしなさい。あんたなら出来るでしょ?」

「……」

 

 リョウさんはいつものようなすまし顔だった。手に力が入ってることを除けば。

 

「それじゃ最後に、ギターヒーローさん」

 

 呼ばれたひとりが、僕の背中でびくりと震えた。この子にもあるんだ。

 

「えっと、ギターヒーローさんはー、もっと人前に慣れましょうね!」

「あっはい?」

「あ、あと、客席ともメンバーとも、もっと目が合うようになると、もっといいかもしれません!」

「あっはい」

 

 ひとりは最後まで甘々だった。僕としてはここで一番語って欲しかった。

 

 

 

 四人分のアドバイスで話疲れたのか、一つ息を漏らしてから佐藤さんはこちらへ振り向いた。

言うことを言ってすっきりしたのか、さっきよりも澄んだ目をしているような気がする。

 

「……これでどうですか? 私の話、受けていただけますか?」

「いえ、結構です」

「あれぇ!?」

 

 率直に答えると、何故か佐藤さんは素っ頓狂な声を上げた。

 

「私結構語ったわよ!? アドバイスも! ガチじゃないとこんなに話せないでしょ!?」

「はい、辛辣でしたが貴重なお話をいただきました」

「ならどうして!?」

 

 まさか再び断られるなんて想像もしてなかったのか、佐藤さんは声を荒げている。

取り繕っていた敬語もキャラも投げ捨てていた。そんなに意外だったのか。

この感じだと行き違いがあったみたいだ。恐らく彼女は、僕が断った理由を勘違いしている。

 

「……一番難しいと感じたのが、能力ではなく信用の問題なので」

「えっ」

 

 あれでもちゃんと聴いていたんだなぁと感心はしたけれど、それだけだった。

音楽に関するものはともかく、人としての信用はまったく回復していない。

どうすれば上がるのかは僕にも分からないけれど、わざわざ考える義理も無い。

 

 聞くことは聞いたし、これ以上この人と関わっても時間を無駄にするだけだ。

さっさと帰ってもらおう。そして二度とスターリーの敷居を跨がないでもらおう。

そんな内心に出来るだけ蓋をして、佐藤さんを出口へ誘導しようとした。

 

「それではお帰りください。本日はありがとうございました」

「ちょ、ちょっと待って! 次、次のアポを」

 

 縋りつくように佐藤さんが僕へ絡んで来ようとする。本当に鬱陶しいな。

つい見下すように視線を下げてしまう。それが失敗だった。

彼女は(14歳)を自称するだけあって小柄だ。そんな人が近づいてくればどうなるか。

 

「こひゅっ」

 

 前髪も眼鏡も飛び越えて、僕と直接目が合う。すると当然気絶する。やってしまった。

これなら最初に問答無用で気絶させてた方が、心情はともかく問題は少なかったかもしれない。

床に転がる彼女を見て反省していると、頭に何かが乗せられた。星歌さんの手だ。

振り返るとなぜかガスマスクを着けた完全防護状態だった。あざとさにも効果あるのかな。

 

「すみません星歌さん。僕は結局」

「……事故だ事故、気にするな。ほら、呼吸はあるし」

 

 そう言ってもらえたけれど、じわじわと反省と自己嫌悪が湧いてくる。暴走してしまった。

この気持ちは後にして、まずはこの人をどうするか考えないと。まさか放置する訳にもいかない。

 

「星歌さん、これどうしましょう?」

「もえないゴミかなぁ……」

 

 

 

 後処理は私に任しとけ、口止めもしておくと宣言した星歌さんに僕達は追い出された。

そして予定していた打ち上げも中止して、力無く解散した。あれだけ言われれば無理もない。

僕はというと、何も言えずに皆を見送った。これもまた、僕が今日反省すべきことだ。

 

 帰り道、そんなこともあって僕は落ち込んでいた。深い深いため息が止まらない。

それに気づいたひとりがぎょっとした顔を、というか動きをしていた。

 

「す、凄いため息。お、お兄ちゃん、大丈夫?」

「……うん、ごめん、大丈夫だよ」

 

 ひとりの前で漏らしてしまうほど、自己嫌悪が抑えきれていない。

佐藤さんへ向けた言葉全てが、今僕を責めている。なんだあの偉そうで攻撃的な言動は。

他人を嫌うのはもうしょうがない。それで自然と態度が固くなるのも、まだ妥協できる。

それでもあんなに傷つけるような、悪意を込めた振る舞いはしちゃいけなかった。

一度大義名分を得ればこれか。自分の子供っぽさに失望を禁じ得ない。

 

 それに、ガチじゃないですよね、はいくらなんでもない。

今日の僕の失敗で、これが一番恥じるべきことだ。思い出すだけで顔が熱くなりそう。

何がちょうどいいだ。どう考えても意地の悪い意趣返しにしか思えない。

 

 彼女は信用出来ない。でもそれは、彼女の伝手全てが信用出来ないという意味じゃない。

僕に結束バンドの皆がいるように、彼女が紹介する中には信頼のおける人もいたかもしれない。

だから僕は皆のフォローと当たり障りのない対応をして、この機会を利用するべきだった。

子供の頃から何も成長していない。僕はまたひとりから、貴重なきっかけを奪ってしまった。

 

 しかも一番大事なギターヒーローについての口止めは、まったく出来ていなかった。

星歌さんがしてくれるそうだけど、それもどこまで通じるか。何から何までどうしようもない。

結局一番ガチじゃなかったのは僕だ。感情に流されて、やるべきことを何一つ出来なかった。

 

「……お兄ちゃん、私たちってガチじゃなかったのかな?」

 

 心中で今日のことを整理して、再び反省を積み上げていると、ひとりが小さく零した。

僕の反省も後悔も一度心の隅に置いておこう。こんなもの、後でまとめて処理すればいい。

一瞬考えて、正直に話すことにした。今のひとりなら最後まで聞いてくれるはずだ。

 

「そうだね。ガチって言うには、色々甘かったかもしれない」

「……」

「でもそれって悪いことなのかな?」

「……え?」

 

 僕の言葉が余程意外だったのか、ひとりは足を止めて顔を上げた。

さっきまで不安と悲しみに揺れていた瞳が、今はきょとんと丸くなっている。

 

「ガチで、本気でやるってことは、自分の全てを捧げることだと僕は思う」

「す、全て?」

「これは僕の基準だから、言い過ぎかもしれないけどね」

 

 重い重いと言われる僕の考えだ。一般的にはこの半分くらいでも十分のはず。

 

「そんな姿勢でいれば楽しいことだけじゃない。辛いこともたくさんある」

 

 何事にも入れ込むだけ反動がある。その分だけ、苦しむことだって増えていく。

 

「努力が報われないことだってきっと、ううん、絶対にある」

 

 報われない努力がどれだけ虚しいか、僕はよく知っているつもりだ。

どれだけ手を打っても、どれだけ頭を捻っても、ひとりに友達が出来なかったこと。

あの苦しみと無力感を知りながら、それを誰かに強要することなんて出来ない。

 

「ひとりも喜多さんも、バンドを始めてまだ半年でしょ?」

「うん、喜多ちゃんは楽器も半年」

「だからまだ、楽しいだけでもいいんじゃないかな、って考えてた」

 

 なんなら、ずっとそれだけでもいいとも思っている。音楽への向き合い方は人それぞれだ。

メジャーデビューを目指すことだけがバンドとしてのあり方じゃない。

音楽は窮屈なものじゃない、楽しんでやった方がいいと、かつて廣井さんが教えてくれた。

 

「ガチなほどいい、それだけが正しいだなんて思ってない。そんなのつまらないよ」

「……でも」

 

 僕を見上げるひとりの目には迷いが浮かんでいる。怯えも不安もある。

そして、それ以上の決意に満ちていた。成長したひとりならこうなるとも思っていた。

絞り出すような声で、それでもあらゆる気持ちを混ぜながらひとりは続けた。

 

「それでも、私は」

「大丈夫だよ。僕はいつだってひとりのことを応援してる。一緒にいるから」

「……ありがとう、お兄ちゃん」

 

 たとえどんな道を選んでも、僕はひとりの味方であり続ける。

そんな気持ちを込めてひとりの手を取って、そのまま途中まで繋いで帰った。

手に残る努力の感触が、僕とひとりの背中を押してくれているような気がした。

 

「じゃ、じゃあお兄ちゃん、明日も一緒にスターリー来て?」

「あっごめん、明日は用事あるから行けない」

「……えぇええええええええ!?!?」

「大きい声出せるようになったねー」

「あっえっ、い、一緒だって今言ったよ!? また嘘!?」

「またって、いや今そこはいいか。さっきのはほら、決意というか心意気というか」

 

 そうして歩き始めとは打って変わって、いつもより騒がしいくらいで僕達は帰り道を歩いた。




次回「新宿のチワワ」です。
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