ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、ここすきありがとうございます。

一話一ぼっちちゃんを遵守した結果長くなりました。


第三話「新宿のチワワ/私なりの反抗期」

 結束バンドは今、バンドミーティングをしている頃だろうか。

気にはなる、なるけれど、僕はあくまで皆の友達兼ファンでしかない。

これ以上出しゃばればその領分を超える。そうすれば絶対悪い結果になる。

 

 だから今日の約束は、ある意味渡りに船だった。自然とスターリーから離れられた。

行けばなし崩し的にミーティングへ参加し、そのまま色々話して提案もしていたかもしれない。

僕は隙だらけな上に甘い。落ち込んだ皆に対して、毅然とした態度を取れる自信が無い。

 

「今日は誘ってくれてありがとうございます、廣井さん」

「急にどうしたの? まぁいいやーどういたしまして!」

 

 隣の廣井さんがいつものような、ふにゃふにゃと溶け切った笑みを浮かべた。

今日の約束、すなわち新宿FOLTへSIDEROSのライブを見に行くこと。

先週廣井さんから唐突に誘われたライブが、気まずい僕を助けてくれていた。

 

「でもお礼なら、大槻ちゃんに言った方がいいよ」

「チケットを用意してくれたのは大槻さんですから、もちろん伝えるつもりです」

 

 大槻ヨヨコさん。新宿FOLTで活躍するSIDEROSのギターボーカルの人。

縁あって、というか廣井さんに強引に連れられて、一度だけ食事をしたことがある。

加えて何故かその時に連絡先も交換した。しただけで、結局ほとんど連絡はしていない。

その程度の仲なのに、わざわざ僕を呼ぶなんてどうしたんだろう。

 

「あいつ一度もライブ見に来ないじゃない、ってキャンキャン言ってたよ~」

「誘ってもらえて嬉しいのは本当なんですけど、どうして大槻さんは僕を?」

「あー、私のせいかも」

 

 廣井さんは気まずそうにお酒を口にした。あんまり気まずさが伝わらない。

 

「ほら、君のギター。例のあれ」

「そんな濁さなくても大丈夫ですよ」

「あれあの子の前で褒めてたから、なんかライバル意識持っちゃったのかも」

 

 僕の感情、もっと言えば他人への身勝手な嫌悪が乗った演奏。

廣井さんが言うには、上手く調理すればいい音楽になるそうだ。実際何回も誘ってもらえた。

僕の都合もあってお断りしたけれど、大槻さんにはそんなこと関係ないだろう。

 

「そうは言っても僕は少し弾けるだけで、バンドマンでも何でもないですよ?」

「大槻ちゃん思い込み激しいからねぇ……」

「それはなんとなく分かります」

 

 初めて会った日も大槻さんは、廣井さんを背負う僕を女衒か何かだと勘違いしていた。

キノコ状態だったから誤解を招きやすい、とは言っても限度がある。半分くらいは彼女の責任だ。

だから今日会うのも少し心配なのだけれど、廣井さんはいつも以上にお気楽そうだった。

 

「だけどね、お姉さんの勘が言ってる。君と大槻ちゃんはきっと相性がいい!」

「……絡まれた記憶しかありませんが、廣井さんがそう言うなら」

「おにころもそう言ってる!」

「今信憑性が消えました」

「えー!? だっておにころだよー?」

「だっての中身が分かりません」

 

 お酒は喋らない。何か聞こえたとしたらそれは幻聴、ただの飲み過ぎだ。

僕の反論が余程気に食わなかったのか、廣井さんは口をとがらせてしまった。

 

「そんなつべこべ言ってないでさ、友達欲しいんでしょ? ならこういう時頑張らないと!」

「……それ言われると、ちょっと弱いです」

 

 文化祭ライブのあの日、僕は友達を作りたいと廣井さんと星歌さんに告げた。

今のところ成果はゼロだ。気絶のスコアだけはどんどん上がっている。今日は二人。

それなのに立ててもらったお膳を投げ捨てるのは、あまりにも道理にかなっていない。

 

「せめてライブが終わった後に挨拶させてください」

「もちろん! 大槻ちゃん以外が気絶したら大変だからねー!」

 

 

 

 そんな風に言われて、僕もほんの少しだけその気になっていたのだけれど。

 

「貴方、今更何しに来たの?」

 

 新宿FOLTの入口で僕を睨みつける大槻さんは、殺気を感じるくらいには鋭い目をしていた。

とてもじゃないけど歓迎ムードとは思えない。むしろこの間より反感が強い。

そして間髪入れずに僕を指差し、糾弾するように大きく声を上げた。

 

「見せびらかすように姐さんまで連れて、相変わらずいやらしいわね!」

 

 全部にツッコミを入れたい。それをぐっと我慢して、最初の疑問を口にした。

 

「今日はライブを見に来たんだけど。それに誘ってくれたのって大槻さんだよね?」

「は? 馬鹿にしてるの? 私たちのライブは一昨日!!」

「えっ? でも廣井さんが今日だって」

「えっ」

 

 空気が停止した。僕と彼女が同時に首を傾げ、また同時に廣井さんの方を向く。

その廣井さんは手に持ったくしゃくしゃのチケットを三度見してから、馬鹿笑いをしていた。

 

「あっほんとだー! あっはっはっはっはー、ごめんね~日にち読み間違えてた!」

「……気にしないで下さい。自分で確認しなかった僕が悪いです」

「そ、そうよ、この程度自分で確かめておきなさい! 小学生でも出来るわよ!!」

「あれ、なんか責められるより辛い」

 

 悲しそうにお酒を啜る廣井さんは置いといて、それならどうしようか。

今からスターリーに向かう訳にもいかないし、どこかで終わるまで時間を潰すのが一番かな。

これ以上ここにいても、きっと廣井さんからお酒臭さを移されるだけだ。

 

「それじゃ大槻さん、今日はお邪魔しました。僕はこの辺で」

「待ちなさい。貴方には聞きたいことが山ほどあるの」

 

 デジャヴだ。前回も同じような言葉で引き留められた覚えが。

 

「貴方ね、ロイン交換したのにまったく連絡してこないってどういうこと?」

「そう言われても、大槻さんと話すことなんて特に思い浮かばないし」

「はあ!? わ、私とは、話もしたくないってこと!?」

「そうじゃなくて。ロインで何話せばいいのか分からなくて」

「……紛らわしいこと言わない! 何話すかなんて、そんなの何でもいいでしょ?」

「そこまで言うなら、それこそ大槻さんから連絡くれればよかったんじゃ」

「なっ、よくそんな無茶ぶり出来るわね!?」

「えー」

 

 大槻さんが噛みついてくるのを僕が受け流す。そんなことをしばらくやっていた。

強い言葉で理不尽なことを言われている気がするのに、不思議と嫌な気持ちにはならない。

吉田さんに怒られるまで、廣井さんはそんな僕達をにっこり微笑みながら眺めていた。

 

 

 

 お店の前で騒いじゃ駄目、という真っ当なお叱りを受けた僕達は、そのまま店内へ移動した。

大槻さんはまだ何か言い足りなそうだったし、僕も時間と居場所に困っていたからだ。

角のテーブルを陣取ってほっと一息ついていると、吉田さんが飲み物を渡してくれた。

 

「はいリンゴジュース、お待ちどうさま」

「ありがとうございます。お代は」

「いっっっつも廣井が迷惑かけてるから、そんなのいらないわよ~」

「えっと、じゃあ吉田さん、お言葉に甘えていただきます」

「もう、この間も言ったでしょ、私のことは銀ちゃんって呼んでって」

「すみません。お姉さんをちゃん付けで呼ぶのって、なんだか照れてしまって」

「あら恥ずかしがり屋さん。でも男の子ってそういうものよね」

「そうだ! ならちゃん付けに慣れるために、私のことはきくりちゃんって呼んでみよー!」

「背筋が寒くなるので嫌です」

「あれー?」

「……あんた前から言おうと思ってたけど、高校生は犯罪よ」

「あれれー?」

 

 最後に廣井さんへよく分からない釘を刺してから、吉田さんは仕事へ戻っていった。

厚意でいただいたリンゴジュースを早速いただく。スターリーのとは違って甘さ控えめだ。

これはこれで美味しい。満足そうな僕へ、大槻さんは珍獣でも見るような目を向けていた。

 

「……貴方、妙に馴染んでない?」

「廣井さん送るのに何回か来てるから、それで自然と」

「その割に遭遇した覚えがないけど」

「不思議だよね。正直避けられてるんじゃって思ってた」

 

 実際結束バンドの皆と来た時は避けられた、というより全力で逃げられた。

それもあって他の人と同じように、結局大槻さんにも避けられていると思っていた。

 

「そんなことっ」

 

 つい漏らしてしまった本音を聞いて、大槻さんは机を叩きながら立ち上がる。

彼女も反射的に声を上げてしまったらしい。咳払いをしながら、恥ずかしそうに座り直した。

そしてほんのり赤い顔で僕を睨みながら、澄ました言葉で誤魔化した。

 

「私はそんな陰険なことしない。貴方がどうとか関係ないから、変な勘違いはしないように」

「ありがとう大槻さん」

「何が?」

 

 大袈裟に鼻を鳴らしながら、彼女はそっぽを向いた。星歌さんで慣れておいてよかった。

春頃の僕では、大槻さんの優しさなんてほとんど理解が及ばなかっただろう。

 

「……一応聞くけど、一番最近来たのはいつ?」

「確か先々週の金曜日、だったかな」

「確認するからちょっと待ちなさい」

 

 大槻さんは生真面目だった。取り出した携帯を素早く操作し、スケジュール帳を確認している。

 

「……その日はここでスタ練の予定だったけど、幽々がなんか騒いで場所を変えたのよね」

「あーあれ凄かったねー。半狂乱って感じだった」

「半狂乱って。具体的にはどんな感じでした?」

「えっとねー、すっごくお酒飲んだ時の私みたいな」

「怪獣じゃないですか」

「今日は私をいじめる日なの?」

 

 ぶーぶー言いながら、廣井さんは僕の膝を占領しようと這いずり始めた。ふて寝するらしい。

下手に反抗すると、膝の上で吐くぞ、と脅されるので放っておく。もう諦めた。

大槻さんも凄い目で睨んではくるけど止める気配はない。彼女も諦めていた。

 

「そういえばあの時あの子、魔王様が、魔王様がーとかなんとか言ってた」

「……」

「貴方確か、下北沢の魔王とかいうトンチキな呼ばれ方されてるのよね?」

「呼ばれてはいるけど。でも大槻さんのメンバーとは会ったことないよ」

「本当? この子のこと、見たことないの?」

 

 そう言って大槻さんが僕の眼前に突き出してきたのは、SIDEROSのアー写だった。

この中のゴテゴテした恰好、ゴスロリという服装の子が件の内田幽々さんらしい。

見ていて何か、記憶のどこかに引っかかる感触はある。でもそれ以上はなかった。

 

「……うーん」

「もしかして、本当に見覚えあるとか?」

「ある気はする。でもごめん、はっきりしない」

「あんなキャラ濃い子相手に? 嘘でしょ……?」

 

 誰であってもどうせ気絶するだけ。だから他人のことなんて覚える必要はない。

そんな考えをしていた時期もあった。今思えばあまりにも幼稚で傲慢だ。恐ろしく恥ずかしい。

だから内田さんとも、そんな恥知らずな頃に出会っていたのかもしれない。

 

「……この時ほどは騒いでないけど、幽々が怖がって予定を変更したことが最近何回かあった」

 

 この後大槻さんが教えてくれた日は、全て僕がここに来た日と一致していた。

そう告げると彼女は疑いで一杯の、とてもじっとりした目を僕へと向けて来た。

 

「やっぱり貴方、昔幽々と何かあったんじゃ」

「そう言われても、僕がトラウマになってる人なんて数えきれないし」

「えぇ……」

 

 例えば同級生なら一つや二つ、僕が原因のトラウマがあるはずだ。当然ドン引きされた。

犯人が言うのもなんだけど、彼らが勝手に怖がってるだけだから責任なんて取れない。

でも今回は話が別だ。何の関係も無い大槻さんに迷惑をかけてしまっている。

だから内田さんの事情を確認して、可能であれば何とかする義務が僕にはある。

ただ、これ以上考えても記憶が蘇る気配はない。こうなったら本人に聞くしかないか。

 

「それなら大槻さん、悪いけど電話して聞いてもらってもいいかな?」

「はあ!? 電話!?」

 

 声が大きい。

 

「じゃあメッセージか何かを」

「はあ!? メッセージ!?」

「何ならいいの?」

 

 もっと声が大きい。

 

「くっ、電話……着信拒否されたら立ち直れない……メッセージ、既読スルー……」

 

 ひとりみたいなことをブツブツ言いながら、大槻さんは項垂れた。これは駄目そうだ。

なら廣井さんはどうだろう。リーダーの大槻さんが尊敬してるし、一応新宿FOLTのエースだ。

連絡先くらいなら知っているかもしれない。膝の上でうたた寝している廣井さんへ問いかけた。

 

「廣井さんはその方の連絡先ご存じですか?」

「ちゃっきょー」

 

 廣井さんはもっと駄目だった。こうなるとどうするべきか。考えるまでも無かった。

 

「それじゃあ、SIDEROSの予定表とかあったら教えてくれないかな?」

「は? 何で?」

「僕が来るとその人が怖がって、大槻さんにも迷惑かけちゃうし」

「……」

「でも予定は未定だよね。いざという時に僕が来ると、その人が発狂して困っちゃうか」

「…………」

「そうだ、なるべくここにはもう来ないようにするから」

「………………あー、もう!!」

 

 しびれを切らしたかのように大槻さんが立ち上がり、また僕を指差し宣言した。

 

「今電話するから、ちょっと待ってなさい!!」

 

 さっきまでの葛藤が嘘みたいに、彼女は迷いなく携帯を操作し電話をかける。

そして一言二言会話したかと思えば、僕の眼前へ通話中の携帯を勢いよく突き出した。

 

「ん!」

「ありがとう、大槻さん」

 

 差し伸べてもらった優しさをなるべく丁寧に受け取る。そして耳に当てた。

 

「もしもし」

『あ、も、もしもし~』

 

 耳に届いた女の子の声は、間延びした口調に似合わない緊張に満ちていた。

震えからは恐怖も伝わる。聞き覚えはないけどこの感じ、本当に会ったことがあるかもしれない。

 

「突然の電話で失礼します。後藤一人と申します」

『ご、後藤一人。も、もしかしてそのお声とお名前、ま、まま魔王様であらせられますか~?』

「……はい。恥ずかしながら、横浜と下北沢でそう呼ばれています」

「えっ、貴方横浜でもそんな呼ばれ方してるの……?」

 

 むしろ本家本元だ。校内で収まっている下北沢と違って、横浜では市内全土に知れ渡っている。

 

「僕が貴方にご迷惑をおかけしていると聞きました。ですが心当たりが無くて」

『ひっ』

「申し訳ないのですが、よければ事情をお教えいただけますか」

『はひっ』

 

 もの凄く怯えられている。普段はこうなる前に気絶されるから、ある意味新鮮な反応だ。

なんて僕が反省もせず感心していると、思い切り後頭部を叩かれた。痛くは無いけどいい音だ。

振り返ると目を釣り上げた大槻さんが、ハリセン片手に憤っている。どこから持って来たの?

 

「貴方ね、何私のメンバー怖がらせてるの!?」

「そんなつもりは無かったけど」

「なくてもそんな無機質に問い詰められたら、誰だって怖くなるに決まってるでしょ!!」

 

 無機質な声。他人相手には感情を抑えて話しているから、そうなっている自覚はある。

ギターほどではないけれど、何も考えずに話せば色々と漏れ出てしまう可能性が高いからだ。

ただ、元々恐ろしい相手から無機質に詰められたら、それはそれで怖くもなる。怯えて当然か。

 

「えぇと、怖がらせてすみません内田さん。そういうつもりはなくて」

『……え』

「僕も緊張してたみたいで、つい声が固くなりました。ごめんなさい」

「ついで済むレベルじゃなかったけど」

「じゃあうっかりしてたから?」

「言い方の問題じゃ、いや言い方の問題なんだけど! 貴方本当に面倒ね!!」

「大槻さんにそれを言われると、僕にもちょっと思うところが」

「何それ!?」

 

 内田さんそっちのけで言い合いをしていると、くすくすと小さな笑い声が電話から届いた。

怯えも緊張も感じ取れない。どうやら今の大槻さんとのやり取りが効いたようだ。

 

『……魔王様、なんだか雰囲気変わられましたね~』

「そうでしょうか? 本当なら嬉しいです」

『…………はい、本当に』

 

 それから内田さんは、打って変わって落ち着いた様子で事情を語ってくれた。

 

『魔王様が近くにいると、ルシファーとベルフェゴールちゃんが平伏してしまって~』

 

 随分仰々しい名前だけど、ペットか何かだろうか。ライブハウスに連れてきてもいいのかな。

でも廣井さんが自由に行き来出来るのだから、今更何が入ってきても問題ないのかもしれない。

 

『でもこうしてお話し出来て、二人とも安心出来たみたいです~』

「二人?」

『先ほどお話しした、ルシファーとベルフェゴールちゃんです~』

 

 匹や頭じゃなくて人。もしかして家族とか友達とかだったのかな。それにしては名前が。

ご両親が熱心なサタニストなのかもしれない。何にせよ考えない、触れないようにしよう。

 

「それで内田さん、突然ですけど僕達って会ったことあるんでしょうか?」

『あら、忘れられてしまったんですね、悲しいです~』

「ごめんなさい、うっすら覚えはあるんですが」

 

 横の大槻さんにもの凄いジト目で睨まれた。彼女の予想通り、僕達は面識があったらしい。

それが分かっても相変わらず僕の記憶は蘇らない。ここまで来ると正直申し訳ない気分になる。

僕のそんな気持ちが伝わったのか、内田さんはフォローするように続けてくれた。

 

『実際お会いしたのは一度だけですから、当然かもしれませんね~』

「それでも内田さんが覚えているのに、なんだか申し訳ないです」

『いえいえ。魔王様は一度体験したら、二度と忘れられませんから~』

 

 体験って。そうは思ったけど反論出来なかった。

 

『確認ですけど魔王様は、SIDEROSのことはご存じでしょうか~?』

「はい、大槻さんがその関係で内田さんのことを教えてくれました」

『ヨヨコ先輩はSIDEROS以外に繋がりが無いから、そうだとは思ってました~』

「ちょ、ちょちょっと、どういう意味!?」

 

 大槻さんはぼっち。薄々感じていたこと、そして廣井さんが暴露していたことだ。

僕だって人のことは言えない。慰めも出来ない。ここは聞こえなかった振りをする。

 

『では今度ライブを見に来ていただいたついでに、お話出来ればな~と』

「一度見たいと思ってましたから、僕は大丈夫です。大槻さん、次のライブって」

「……次のはもう売り切れてるから、その次の方にしときなさい。当日買えなかったら困るでしょ」

 

 さっきスルーされたから不機嫌そうに、それでも親切に大槻さんは教えてくれた。

当日券を買うとなると、確実に人混みへ飛び込むことになる。すると誰かが犠牲になるだろう。

ここは大槻さんのアドバイス通り、次々回のライブにした方が無難だ。

 

「じゃあさ~、クリスマスにうち来なよ!」

「廣井さん、起きてたんですか?」

「今起きた!」

 

 なお、目は覚めたけど体は起こしていない。僕の膝に頭を乗せたままだ。

 

「私たちクリスマスにライブやるんだけど、その時大槻ちゃん達にゲストやってもらうんだ」

「姐さん、せっかく私たちの音を聴かせるんだから、ワンマンの時の方が」

「よく分かんないけど、終わった後なんか話すんでしょ? ワンマンの後そんな体力残ってる?」

「うっ」

 

 痛いところを突かれた、とでも言うように大槻さんが息を呑んだ。

廣井さんの言う通り、疲れ切った身体で僕のような刺激物と接するのは大きな負担になる。

内田さんも電話はともかく、実際に顔を合わせても大丈夫かどうか、まだ判断が付かない。

だからいい機会、なんだけど日にちが問題だ。クリスマスの夜は予定がもう入っている。

 

「クリスマスか……」

「なに、まさか予定あるとか言うつもり? いやらしいわね」

「前から薄々思ってたけど、大槻さんってむっつりだよね」

「は、はあ!? はあああ!?!? はああああああああ!?!?!!?」

『もしかして魔王様、もうご予定あるんですか~?』

「家で妹のためにサンタ役やるので、あんまり遅くなるとちょっと厳しいです」

「大丈夫大丈夫! 大槻ちゃんたちもいるからそこまで遅くならないよ!」

 

 なら、まあ大丈夫かな。最悪の場合、翌朝までにプレゼントを枕元に置ければいい。

それに考えてみれば、ひとりだってクリスマスは結束バンドの活動があるかもしれない。

そうなると、家のクリスマスパーティー自体をずらしてもらうのが一番無難だ。

今日帰ったら父さんと母さんに相談して、その後ふたりにも許しを乞いておかないと。

日取りが固まりつつある中、荒れ狂っていたのに放置されていた大槻さんがぽつりと言った。

 

「というか別に、ライブ関係なく会ってもいいんじゃないの?」

『いえ、その~、私にも気持ちの準備が必要なので~』

「どんだけトラウマになってたの……?」

 

 ここでも僕は何も言えないから、そこには触れず約束の確認をした。

 

「分かりました、ではクリスマスに。……あの、もう僕が行っても平気ですか?」

『はい、もう大丈夫です~。今の魔王様は、昔よりずっと怖くないので~』

 

 その会話を最後に通話が終わった。想像よりもずっと和やかにお話し出来た。

予想外の達成感に包まれながら、僕は大槻さんへお礼と携帯を返した。

 

「ありがとう大槻さん、おかげで内田さんともちゃんと話せた」

「……あの子と約束もしたし、来月はちゃんと来るんでしょうね?」

「もちろん。今度は絶対に行きます」

「ふんっ、ならクリスマスまで、首洗って待ってなさい!」

「わぁ大槻ちゃんいいドヤ顔だー。この子来てくれるのそんなに嬉しい?」

「き、気のせいです!」

「そこまで歓迎してもらえると僕も嬉しいな。凄く楽しみになってきた」

「だから気のせいって言ってるでしょ!? 調子に乗らないで!!」

 

 大槻さんと話すのは今日が二回目だ。過ごした時間だって片手で数えられるほど。

それなのにどうしてか、肩の力を抜いて自然と話すことが出来ている。

廣井さんが言っていた相性がいいって言葉も、今なら信じられるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 あのライブから、あの記者の人が来てから一日経って、私は決意を胸にスターリーを訪れた。

その決意とは、この間お兄ちゃんが言っていた未確認ライオットに出場すること。

そこでグランプリを取って、結束バンドの、皆の力を証明すること。

 

 私なんかがこんな提案していいのか、皆が受け入れてくれるのか、バンドが嫌になってないか。

勇気を振り絞るまで、たくさんの不安があった。それでもなんとかフライヤーを取り出せた。

そして幸いなことに、皆も私と同じように未確認ライオットに出場しようって思っていたみたい。

 

 こうして決意を分かち合った私たちは、これからに向けてのバンドミーティングを開始した。

 

「じゃあまずは、未確認ライオットについて皆で確認しよう!」

 

 あっ、こ、これは、昨日お兄ちゃんが言ってた流れの通りだ!

急いで鞄の中から、昨晩お兄ちゃんが作ってくれたカンペを取り出す。今日の会議用だ。

そのまま三ページ目、未確認ライオットの審査についての欄を読み上げた。

 

「あっ、『審査は四段階に分けて行われます。初めに三月〆切のデモ審査』」

「ど、どうしたの、ひとりちゃん?」

 

 急に話し始めた私に、喜多ちゃんがあっけに取られている。

何か返したい。でも読みながら反応するなんて器用なこと、私には出来ない。

もう必要ないかもしれないけれど、ここはたくさん読んで、私のやる気を皆に見せないと。

 

「『その次にネット投票、三段階目が対バンライブ。そして最終審査がフェス形式です』」

「……よく調べてるね、ぼっち」

 

 なんとかつっかえずに読んでいるとリョウ先輩から褒めてもらえた。顔がにやけてしまう。

私が褒められて嬉しいし、お兄ちゃんの努力も認められて嬉しい。二重にいい気分だ。

よし、この調子のままどんどん読み進めて、どんどん皆から褒めてもらおう!!

 

「あっ『どれも求められる力は異なりますが、まずはデモ審査を乗り切るために、バンドとしての基礎を固めていくのをお勧めします。そのためにも、練習及びライブの回数を増やすべきでしょう。ライブについては場慣れや知名度の確保、お金の関係から路上ライブもした方がいいと思います。場所によって許可証が必要なところや、暗黙の了解で見過ごしてもらえるところもあるそうなので、事前に確認しておくと無難です。おすすめの場所をいくつかピックアップしておきました。よければ参考にしてください。十二ページに記載してあります。また、ネット投票を見据えて、加えて客観的な実力を測るためにも演奏を動画化し、どこかへ投稿するのもいいかもしれません。ライブの動画データや使用許可については、星歌さんに確認してください。お願いすればどちらもいただけるはずです。なお、星歌さんが好意でスターリーでのライブを何度もやらせてくれる可能性もありますが、なるべく遠慮した方がいいでしょう。以前ひとりが言っていたように』」

「ちょ、ちょちょいちょい、ちょっと待って? ぼっちちゃん一旦落ち着いて?」

 

 褒められて調子に乗って、勢いのまま読んでいると虹夏ちゃんに止められてしまった。

はっとして顔を上げると、さっきとは違ってなんだか皆から距離を感じる。

も、もしかしてやり過ぎた? 急に読み過ぎて飛ばし過ぎた? な、何が悪かったのかな。

 

「えっ何今の? なんか急に凄い情報量叩き込まれたけど」

「あっ、昨日調べて暗記してきました」

「じゃあそれ何?」

「お、お守り? です?」

「すぐばれる嘘を吐かない」

「ご、ごめんなさい」

 

 に、虹夏ちゃんに叱られてしまった。しかもなんとなくお兄ちゃんっぽい言い方だ。

ま、まさか私へのお説教マニュアルとか、配ったりしてないよね? 可能性があるのが怖い!

駄目だ、考えても不安になるだけ。気がつかなかったことにしよう。そんなものは無いんだ。

とりあえず、皆が興味津々に見ているこのカンペの説明をしよう。

 

「あっ、お、お兄ちゃんが昨日作ってくれた、今日のカンペです」

「後藤くんが……」

 

 数時間で作ったものだからあまり当てにはしないでね、とは言ってた。

それでも私が空で何か話すよりずっと参考になるはず。私は今日、自分の言葉で話しません!

私の暗い決意とは反対に、虹夏ちゃんはいいことを思いついた、みたいな顔で話始めた。

 

「……前からちょっと考えてたんだけど、後藤くんマネージャーとかやってくれないかなぁ」

「あ、いいですね! 元々一緒にいることも多いですし、色々手伝ってもらってますし!」

「いるだけでボディーガードにもなる」

 

 お兄ちゃんをマネージャーにしよう、と皆盛り上がってるけど、私はそれどころじゃない。

このことについては特に言われてた。えっと、マネージャーについては、確か十七ページに。

 

「『申し訳ないのですが、それは出来ません』」

「へ?」

「あっ、か、カンペにそう書かれてて」

 

 きょとんとする皆から目を逸らすため、私はカンペに意識を集中させた。

 

「『結論から言うと、結束バンドが崩壊する可能性が高いからです。僕は』」

「……ぼっち?」

 

 変なところで言葉を止めたせいで、リョウ先輩が不思議そうな声を出した。

でもまた私はそれどころじゃない。お、お兄ちゃんはこれ私が読むってこと知ってるよね?

なのになんでこんなこと書いてるの? あぁぁあぁあ゛あ゛、こんなの皆の前で読みたくない!

読みたくないけど、皆の待つ目には逆らえない!! お腹痛い!!! 

 

「あっぼ、『僕は皆様のことが好きですが、ひとりのことはもっと大好きだからです』」

「なんであの人急にのろけてるんですか?」

 

 喜多ちゃんの白い眼と声が突き刺さる。心を無、心を無にする。私は機械。

ただこのカンペを読み上げるだけの機械。だから何も感じずただ読み進めるだけ。

 

「『皆様も既にご存じでしょうが、僕は過干渉で過保護な人間です。幸いにしてひとりの生態とは相性が良く、これまでは問題なくやってこれました。しかし、マネージャーという立場を得た僕は、それを皆様へも向けてしまうかもしれません』」

「そんな、過干渉って言われても、先輩になら別に」

「『過干渉についてですが、喜多さんにはSNSの頻度を下げてもらおうとするでしょう』」

「……あんまり先輩に頼り過ぎるのもよくないですよね!」

「喜多ちゃん?」

「『リョウさんには家計簿をつけてもらいます。その他については、枠が無いので割愛します』」

「……陛下にはいつも迷惑かけてるから、これ以上はね」

「山田?」

「『虹夏さんには特にありません。最近寒くなってきたので、体には気をつけてください』」

「…………なんとなく悔しいのは分かるけど、私のこと睨まないでくれない?」

 

 微妙な空気になってしまった。こ、この空気の中続きを読むの?

しかも、また読みたくない、読みにくいことが書かれてる。でも読む以外選択肢が無い。

こんなことなら、スターリーに持ってくる前にもっとちゃんと確認しておけばよかった。

 

「あっ『それだけならまだしも、先ほど述べたように僕はひとりを一番大切に思っています。そして僕は感情的な人間です。意識無意識問わず、恐らくひとりびいきの判断を下してしまうはずです。そんな歪な行動指針の持ち主がマネージャーでは、いつか取り返しのつかない事態を起こすでしょう』」

「それじゃあ、今までみたいなお願いとかもしない方がいいのかなぁ」

「あっ『マネージャーは出来ませんが、僕に手伝えることがあれば何でも言ってください』」

「……なんでもとか言うならさ、別にマネージャー引き受けてくれてもよくない?」

「えっと『やることは変わらないかもしれませんが、大義名分の有無が大きく違います』」

「むぅ、反応予想されてるのがなんかムカつく……」

 

 カンペをそのまま読み上げていると、虹夏ちゃんが膨れて頬杖をついた。

わ、私の言葉で、いやお兄ちゃんの言葉なんだけど、こんな反応をさせてしまった。

しかもなんだか、空気がさっきよりも重くどんよりとしたものに変わりつつあった。

 

「というか昨日、先輩私たちのことはフォローしてくれませんでしたよね……」

「あぁそっかぁ。じゃあこれ体のいいお断りなのかな……」

「…………はぁ」

 

 ど、どど、どうしよう!? お兄ちゃんが結束バンドを見捨てるなんてことはありえない。

私にとって結束バンドはもう体の一部、いや半身、いやもう人生そのものと言ってもいい。

だからお兄ちゃんはこれからもずっと、結束バンドとだって一緒にいるはず。

だけど私じゃそんなこと上手く説明出来ない。出来るお兄ちゃんもこの場にはいない。

こ、こうなったらもう、何か一発芸で空気を換えるしかない!

 

「さっきから聞いてりゃ随分女々しいな。お前らそれでもロッカーか?」

「……お姉ちゃん重い。どっか行って」

 

 私がギターケースを開く間に、店長さんが虹夏ちゃんにのしかかるようにしていた。

虹夏ちゃんの抗議なんてものともせず、それどころか呆れを隠さずため息まで吐いている。

 

「あのなぁ、そもそもマネージャーになってください、なんて頭下げるのがおかしいんだよ」

「お願いするんだから、何もおかしくないでしょ」

「おかしいよ。逆だ逆」

 

 そう言ってから挑発的な笑みを浮かべて、私たち全員の顔を見渡した。

 

「バンドマンならファンに、マネージャーやらせてくださいって頭下げさせるくらいじゃないと」

「!」

「あんなチョロい馬鹿相手に無理なら、それこそメジャーデビューなんて夢のまた夢だろ?」

「……うっさい! 言われなくても分かってるよ!!」

「おーこわ。急に元気になりやがって」

 

 そうして乱暴にあしらわれたのに、店長さんは不思議なことにどこか嬉しそうだった。

どうしてだろう、なんて考える間もなく虹夏ちゃんが私たちの顔を見回す。

さっきまでと違って、明るくて優しくて強い光が、私の好きな虹夏ちゃんの輝きが戻っていた。

 

「……皆、もう一個だけ目標増やしてもいいかな?」

「もちろんです!」

「ぼっちちゃんも、リョウもいい?」

「あっはい!」

「……しょうがない」

 

 私たち全員の同意を受けて、虹夏ちゃんがよし、と大きく声をあげる。

そしていつもバンドミーティングで使っているスケッチブックへ、乱暴にペンを走らせた。

その勢いのまま滑らせて、書き終わったそれをまた勢いよく机へ立てた。

 

「じゃあ今後の結束バンドの目標は、未確認ライオットで優勝すること! そして」

 

 そこで一度言葉を区切り、虹夏ちゃんはちょっと悪そうな笑みを浮かべた。

 

「後藤くんにマネージャーやらせてくださいって、自分からお願いさせること!!」

 

 もう一度私たちを見渡す虹夏ちゃんに合わせて、私も皆のことを見る。

虹夏ちゃんだけじゃない。喜多ちゃんも、あのリョウ先輩でさえ口角を上げている。

びっくりして固まってしまった私の肩を、喜多ちゃんが楽しそうにつついてくる。

 

「ひとりちゃん、悪ーい顔してるわよ?」

「えっあっ、わ、私もですか?」

 

 言われて、触って、それでやっと私も同じような顔をしていることが分かった。

考えてみると、お兄ちゃんの決心に真っ向から反抗して覆そうなんて初めてのことだ。

気づいた途端に胸がざわめいて落ち着かない。ドキドキして、ワクワクしてきてしまう。

お兄ちゃんなりの気遣いを、考えを無にしてしまうのに、それがなんだか楽しみだ。

この気持ちが、この胸の高鳴りが、私なりの反抗期なのかもしれない。ふいにそう思った。

 

「よーし、これから忙しくなるよ、頑張っていこう!!」

「おー!!」

「お、おー!」

「……おー」

 

 こうして私たちは決意も新たに、未確認ライオットへ向けて活動を開始した。

 

 

 

「それはそれとしてこのカンペは使おう」

「せっかく用意していただいたのに、もったいないですからね!」

「ていうか分厚いなこれ。何ページあるの?」

「あっ一夜漬けだから三十ページしか用意できなかったって」

「十分多いよ」




次回「妹の知らない友達」です。
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