ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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第四話「妹の知らない友達」

 時が流れるのは早いもので、気が付けばあの日からもう一か月以上が経っていた。

僕が大槻さんとじゃれている間に、皆は未確認ライオットへ応募する決心をしたらしい。

その証拠にここ一か月はこれまでとは比べ物にならないほど、練習の密度も熱も増えていた。

 

 その良し悪しを語る資格を僕は持っていない。正しくは得る権利を投げ捨てた。

そのこともあってしばらくの間、僕は大きな恐れを抱きながら日々を過ごしていた。

だけどそれも僕の杞憂だった。あんな態度を取った僕にも、皆は普段通りに接してくれた。

ただあれ以来、時々妙に悪そうな笑みで見てくるのが気にはなる。でも聞かないようにしている。

悪戯か何かを計画しているのかもしれない。それくらいは甘んじて受け止めよう。

 

 

 

 例によって今日はスターリーでの月一ライブ、その十二月版だ。

たった一月とはいえ、これまでの努力が問われる大事なライブ。見るだけの僕にも緊張感がある。

あるというか、さっきまでは確かにあった。今は変な脱力感に飲まれつつある。その原因は。

 

「あっ零号君聞いて聞いて! この子ね、結束バンドのファンなんだって!」

「つっきーちゃんって言うんだよ~!」

「あっ、え、その」

 

 今日も来てくれた一号さんと二号さんは、見慣れない大人しそうな女の子と一緒にいた。

その子はマフラーへ埋めるように顔を伏せ、その上眼鏡までしてるから顔が分かりにくい。

分かりにくいけど、どう見ても大槻さんだ。予想外の来客で少し対応に困ってしまう。

どうしたものかと悩む僕を置き去りに、二号さんは興奮気味に話を続けていた。

 

「あのね、知り合いから結束バンドのこと聞いて、居ても立っても居られなくなったんだって!」

「いやーいざこうしてファンが増えてみると、自分のことみたいに嬉しいね!」

「あっちが」

 

 どこまでも舞い上がっていく二人のテンションに、大槻さんはただ戸惑っていた。

彼女が今日スターリーに来た理由について、なんとなくだけど僕は察している。

それを考えると、結束バンドのファン扱いなんて心外のはず。怒ってもおかしくない。

にもかかわらずこうして困ってしまうあたり、大槻さんも大概人がよかった。

 

「……つっきーちゃん、私服は大人しいのが趣味なんだね」

 

 そういうところを見てしまうと、僕も大槻さんのことを放っておけなくなる。

せめてもの助けとして声をかけると、彼女の顔がぱあっと明るくなった。

と思ったらいつものように腕を組んで、明後日の方向を睨み始めた。やっぱり大槻さんだ。

 

「いつもの格好いい服も似合ってるけど、今日のは優しい雰囲気があっていいね」

「よ、余計なお世話だから黙ってて! あとつっきーちゃんはやめなさい!!」

「自分から名乗ったのに」

 

 いつものように吠え始めた大槻さんを、これまたいつものように僕は宥めようとする。

その光景を前に一号さんと二号さんは揃って目を丸くして、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。

 

「えっ零号君知り合いなの?」

「はい、大槻ヨヨコさんと言って新宿の」

 

 そこで思い切り袖、というより腕を思い切り引かれた。力加減がまったく無い。

この手の行動に慣れてないらしい。逆らわずに腰を落として、大槻さんの元へ耳を寄せる。

 

「ちょっと! 見て分からないの、今日はお忍びなの!」

「……それでその格好? じゃあSIDEROSのこととかは内緒にした方がいい?」

 

 無言でこくこくと、勢いよく頷かれた。ならどう紹介すればいいのかな。

 

「えっと、新宿の方で、廣井さんを通して知り合った人で」

「へー、零号君そんなお友達いたんだ」

「友達というか」

 

 僕と大槻さんって、そこまで仲良くなれたのかな。大槻さんはどう思ってるんだろう。

彼女の様子を窺うと、勝ち気な瞳の奥に微かな期待の色が見て取れる。いや、なんの期待?

目を合わせながら言葉に詰まった僕達を見て、一号さんがにやにやとした笑みを浮かべた。

 

「えー、じゃあもしかして彼女とかー?」

「ぶーっ!?」

「違います。この間も似たようなこと言ってましたけど、そういうの好きなんですか?」

「もちろん! そういうの嫌いな女の子はいませんよ~」

「ひとりは」

「ひとりちゃんは例外!!」

 

 ぴしゃりと二号さんに切り捨てられてしまった。一号さんは辟易としていた。

触れてはならない気配がする。最近多いな。これも水に流してどこかへ捨てておく。

 

「どうなのどうなの~?」

「さっきも言いましたけど、そういう関係ではありません」

「じゃあやっぱり友達?」

「えっと、恥ずかしい話どこからが友達なのか、未だによく分かってなくて」

「ふむふむ、じゃあ私たちは?」

「……ファン仲間?」

「えー、友達じゃないの? 私たち大学で、高校生の男の子と友達になったーって話してるよ?」

「そんなつもりなかったけど、あの時はマウント取れて凄く気持ち良かったよね……!」

「誤解されるからそういうことは言わない。あっ写真とかは見せてないから心配しないでね?」

「はあ」

 

 失礼だけど気の無い返事をしてしまった。マウント、僕で、よく分からない。

 

「僕と友達だとマウントが取れるんですか?」

「えっと、結果的になったってだけで、それは全然目的じゃないからね、本当」

「そこは疑ってません。ただ、どこでそうなるのかが分からなくて」

「あー、そういう」

「ひとりちゃんのお兄ちゃんって感じするねー。どう説明すればいいのかなぁ」

 

 疑問のままに聞いてみると、二人とも悩み始めてしまった。ちょっと申し訳ない気分になる。

だから自分で問題を解消するために、蚊帳の外だった大槻さんにも同じ質問をしてみた。

 

「大槻さんは分かる?」

「分かるけど癪だから教えない」

「じゃあヒントください」

「じゃあってなによ、じゃあって」

 

 まったく、とため息と言葉を吐きながらも、大槻さんは顎に手をあて顔を伏せる。

ヒントを考えてくれている。十秒ほど経った後、彼女は焦りきった表情で指を立てた。

あんまりいいものが思い浮かばなかったらしい。そんな真剣に考えなくてもいいのに。

 

「…………し、思春期に入ると、気になり始めるものって、なーんだ?」

「パス」

「パス!?」

 

 ここまでの話や大槻さんのヒントからすると、おそらく異性か何かの話の可能性が高い。

だとすると未だ僕には早い問題だ。たとえ考え込んでも、理解も納得もきっと出来ないだろう。

だからそこで疑問は打ち切って、大槻さんへお礼を告げた後一号さん二号さんに向き直った。

 

「友達だと言っていただけるのは嬉しいです。これからもよろしくお願いします」

「固いなぁ。でもそこもいいところだからなぁ」

「うんうん。それじゃあ改めて、つっきーちゃんとはどういう関係なの?」

 

 一周回って最初の質問に帰って来た。僕が彼女とどういう関係なのか。

嘘を吐いても見栄を張ってもしょうがない。現状と正直な気持ちをありのままに語ろう。

 

「……大槻さんは友達でもありません」

「うっ」

「ありませんけど、今一番友達になりたい人です」

「おーっ!?」

 

 僕の言葉に、一号さんと二号さんがそろって黄色い声を上げた。

多分二人が期待しているような言葉じゃなかったと思うけど、どこが琴線に触れたんだろう。

言われた大槻さんと言えば、あちこち目線を彷徨わせていて落ち着きがなかった。

そして一通り店内を見渡して指をもじもじと合わせた後、横髪を弄りながら口を開いた。

 

「ま、まあしょうがないわね。貴方が、まあ、その、どうしてもって言うなら」

「じゃあいいです」

「ちょっと!? 今一番とか言ってたじゃない!!」

「ごめんね、さっきのは冗談だから」

「どっちが!? ……まあ今なら? ちゃんと言えば、と、友達になってあげなくもないけど?」

「じゃあどうしても」

「何その言い方、誠意が感じられないから嫌! もっとちゃんと言い直しなさい!!」

「どうしてもなりたいです。どうかよろしくお願いします」

「………………………………ふんっ、そこまで言うならまあ、しょうがないからなってあげる!」

 

 無事友達になれた。なってもらえたけれど、ついそこで本音を僕は漏らしてしまった。

 

「……やっぱり大槻さんって、僕と同じくらい面倒くさい人だよね」

「!?」

「零号君が見たことないくらい生き生きしてる……!」

「ライバル出現だって教えてあげないと!」

 

 そういう感じで、ライブが始まるまで今日も大槻さんと遊んでいた。

 

 

 

 今回のライブは特に何事もなく終了した。落ち着いて聴けたのは二回目だ。

その一回目の先々月から先月、それから今日のライブ。同じ一か月でも皆の成長は段違いだった。

やっぱり明確な、そして高い目標があると、それだけやる気やモチベーションも上がっていく。

そう考えると、佐藤さんの来店はある意味いい発破になった。二度と会いたくないけど。

 

 一号さんと二号さんも、レベルの上がった結束バンドのライブに大満足のようだった。

でも大槻さんだけはライブ中も、ライブが終わった後も眉をひそめて難しい顔をしている。

ずっとこんな顔をしていればボロが出て、一号さんと二号さんへ何か失言をしてしまいそうだ。

 

「大槻さん、ちょっと来てもらってもいいかな?」

「急に何? あの二人には聞かせられない話?」

「そんなところ。一つ聞きたいことがあって」

 

 それで彼女達を傷つけてしまうのは、大槻さんだってきっと不本意なはず、

なので結束バンドの出番が終わって機材入替の時間、大槻さんを連れて二人から離れた。

ついでに確認したいこともあったからちょうどいい。今のうちに聞いておこう。

 

「大槻さんは結束バンドのこと、SICKHACKの前座として認められそう?」

「……バーターのこと、知ってたのね」

「虹夏さんが、えっと結束バンドのドラマーの人が、今日教えてくれたから」

 

 今日、学校からスターリーへ向かう道中のことだ。

突然廣井さんから、クリスマスライブにゲスト出演して欲しい、との依頼が虹夏さんへ届いた。

大きな会場とそれを埋め尽くす観客。経験を積みたい結束バンドにとっては願ってもない話だ。

ただ大槻さんからすれば当然面白くない。苛立ちや反感を持ってもおかしくない。

だから結束バンドがゲストに見合うかどうか、それを判断しに今日は来たんだろう。

 

「……そうね、前見た動画の演奏よりはまあ、いくらかマシだったけど」

「はっきり言っても大丈夫だよ。大槻さんが言うなら、悪口とかそういう風には思わないから」

「別に、そんな心配してない」

 

 それから何度か咳払いして口を開いた大槻さんは、いくらか躊躇っているように見えた。

 

「全然足りない」

 

 それでもきっぱりと断言した。

 

「さっきも言ったけど、動画で見た演奏よりずっとよくなってた。一か月でよくここまで、とも思った」

「うん、僕もそう思った」

「でもまだ姐さんたちとは、ううん、私たちとやるのにも、まだ全然足りない」

 

 その口ぶりには自分達の実力への自負と、ほんの少しだけ情けが感じられた。

これならもっと踏み込んでもいいかもしれない。僕は大槻さんの優しさを当てにした。

 

「足りないところ、具体的に聞いてもいい?」

「……長くなると思うけど」

「僕は大丈夫。大槻さんさえよければ教えて欲しいな」

「じゃあ、まずはリードギターから」

 

 大槻さんが口を開くのと同時に、僕は携帯のメモ帳アプリを起動させた。

 

 宣言通り、それから長い間大槻さんは結束バンドの改善点について語ってくれた。

どれくらいかと言えば、機材入替が終わり、次のバンドの出番が終わった後もまだ話している。

これだけ長く長く続くと、僕としても気になることが出来てしまう。

 

「それでボーカルも声はいいけど迷いがあって。……はっ」

 

 その思いが伝わったのか、指を立てて喋り続けていた大槻さんの動きが急に止まった。

錆びついた音を立てながら僕の方を向こうとして止まる。視線だけはちらちらと向けている。

ちょうどいいタイミングだ。彼女が止まらなければ、僕から言おうと思っていた。

 

「大槻さん」

「な、なに? 言っとくけど、教えてって言い出したのは貴方の方だから」

「たくさんお話ししてもらったし、喉乾かない? よければ何か貰ってくるよ」

 

 僕の気になったこと。何も飲まずにこんな話してもらって、大槻さんの喉が痛まないかどうか。

まだ生で聴いたことはないけれど、動画や配信で確認した限り彼女は素晴らしいボーカリストだ。

僕から聞いたこととはいえ、結束バンドへのアドバイスのため彼女へ負担をかけるのは心苦しい。

僕の問いかけに何故かしどろもどろになりながら、大槻さんはゆっくりと頷いた。

 

「え、えぇ、じゃあ、お願い」

「ちょっと待っててね。あっ何か苦手なものとかある?」

「ない、けど」

 

 なら適当に、炭酸以外のものをもらってこよう。

 

 

 

「お待たせ。甘いのと甘くないのどっちがいい?」

「……なら甘いの。あ、お金は」

「大丈夫。星歌さん、ここの店長さんが今日は奢ってやるって言ってくれたから」

 

 飲み物を貰いに行く途中、あいつ誰だ、と訝し気な星歌さんに話しかけられた。

大槻さんの素性は言えないから、友達です、とだけ返すと飛び上がるほど驚かれた。

その後は一転上機嫌になって、お祝いに飲み物を奢ってくれた。星歌さんは今日も優しい。

 

 残った甘くない方、ウーロン茶を飲んでいると、また大槻さんがちらちらしていた。

当然気になるから視線を返すと、勢いよくそっぽを向いてジュースを飲み始める。

そんな勢いだからすぐに無くなる。それで手持ち無沙汰になったのか、今度は手慰みを始めた。

そうしてしばらく時間をかけてから、おずおずと話しかけてきた。なんとなく小さな子のようだった。

 

「……怒らないの?」

「何が?」

「何とも思ってないなら、別にそれでもいい」

「何ともは思ってるよ。たくさんアドバイスしてくれてありがとう、大槻さん」

「……………………ふんっ」

 

 大槻さんはいつものように腕を組み、同時に鼻を鳴らして斜め上を見る。

よく見る動作のはずなのに、どこか喜びと安心が伝わってくるような気がした。

 

 

 

 その後全てのライブが終わり、観客が帰っていくのを見て大槻さんが腰を上げた。

 

「いい加減そろそろ帰るから。あんまり長居するとバレそうだし」

「一号さんと二号さんに挨拶しなくてもいいの? 二人とも仲良くしたそうだったけど」

「……うっ、う゛ぅぅうう、きょ、今日のところは帰る。その、よろしく言っておいて」

 

 断腸の思い、というものを初めて見たかもしれない。それくらい唸っている。

頼まれてしまったけれど、二人ともこっちに駆け寄って来ているからもう手遅れだ。

 

「あーいたいた、二人とも探したんだよー?」

「ひゃぁ!?」

「わぁ凄い反応。つっきーちゃん驚かせてごめんね」

「い、いえ、大丈夫……」

 

 大槻さんは胸に手をあて、息を切らしながらなんとか答えていた。

断腸の上に飛び上がるほどの驚きだから無理もない。用件は僕が引き受けよう。

 

「それで二号さん、どうかしたんですか?」

「どーもこーもないよ! せっかくだからつっきーちゃんのこと、皆にも紹介しようと思って!」

「えっちょ」

 

 救いを求める目で見られてしまった。誤魔化しを求められている。

嘘と誤魔化しの下手な僕だけど、それが分かってからもう数か月が経った。

さすがにそれだけあれば、改善は出来なくても対策くらいは立てられる。それを実践した。

 

「……大槻さん、この後の予定は大丈夫?」

「!」

 

 対策、問いかけにして代わりに答えてもらうこと。

これなら嘘も誤魔化しもない。他力本願だけど、僕が話すよりはよほどいい。

その証拠に一号さんも二号さんも、疑いのない目を僕と大槻さんに向けていた。

 

「予定? もしかして何かあるの?」

「えっ、えぇ、その、と、友達と会う約束してて。しかも今すぐ行かないと間に合わなくて」

「そっかぁ残念。でも約束ならしょうがないよね」

「むしろそんな忙しいのに来てくれて感謝、って感じだね!」

「い、いえ、別に」

 

 納得どころか残念そうに、その上感謝まで示す二人に大槻さんはまた胸を抑えていた。

今度は罪悪感だ。僕も実は覚えている。だけど本当のことを言う訳にもいかない。

親し気に手を振ってくれる二人を背に、僕と大槻さんは出口まで歩いて行った。

 

「で、なんで貴方はついてくる訳?」

「せめて出口までは見送ろうかなって」

「……まあ、好きにしたら?」

 

 大槻さんは僕の方を向きながらそっぽを向くという、変に器用なことをしていた。

つまり彼女は前をまったく見ていなくて、目の前で開いた扉に反応も出来なかった。

 

「あ痛ぁっ!?」

 

 ぶつかり転げ落ちそうになる大槻さんをキャッチする。見送ろうとしててよかった。

それにしても、こうして抱えてみると彼女もかなり細くて小さい、そして軽い。

楽器も歌も体力仕事なのに、僕の周りは皆こんな感じだ。もっと食べた方がいいと思う。

 

「いたた、あれ、私倒れてない……?」

「大丈夫? どこか捻ったりしてない?」

「え、えぇ、大丈夫。そっか、貴方が。あり、あっ、え」

 

 ほっとした様子で大槻さんが僕を見上げる。そしてすぐに顔を赤く染め始めた。

自分の体勢を理解したらしい。何かを叫ぼうとした瞬間、別の声が割り込んだ。

 

「あ~! 二人ともそんなにくっついて、いつの間にそんな仲良くなったのー!?」

 

 廣井さんが僕達を指差して叫んでいた。大槻さんとぶつかったのは彼女のようだ。

大股開きでしりもちをついて、誤魔化すように後頭部へ手を回している。

体勢とぶつかった時の様子からして、二人とも頭は打っていないはず。なら平気か。

目を丸くしている大槻さんを降ろしてから、しゃがんで廣井さんと目を合わせた。

 

「結構な勢いでぶつかりましたけど、廣井さんも大丈夫ですか?」

「平気平気ー! あ、でもなんか立てないから手貸してー?」

「それ大丈夫じゃないんじゃ。とりあえず手を」

「待ちなさい。私が手を貸すから貴方のはいらない。まったく、油断も隙も」

「はいはい」

「はいはい!? 何その反応!?」

 

 そんな風に入口で、しかも客のほとんどいなくなった状況で騒げば当然注目を集める。

ひとりは注目だけでなく、僕を心配して駆け寄ってまでくれていた。嬉しいけど、状況が状況だ。

 

「お、お兄ちゃん大丈夫? ……え、その人誰?」

 

 僕の傍にいる大槻さんを見て、ひとりが凍り付いた。ややこしいことになりそうだ。

 

 

 

 そして予想通り、本当にややこしいことになった。

入口でひとりに捕まった僕達は、何故か今結束バンドに囲まれるように立っている。

そしてじろじろと好奇心やら何やら、とにかく色々籠った視線で突き刺されている。

大槻さんの顔が、別の意味で廣井さんの顔も青くなってきたから、まずは僕から切り出そう。

 

「こちら大槻ヨヨコさん。新宿FOLTをホームにしているSIDEROSのギターボーカルさんです」

「……」

「あれ、ねぇねぇ私のことは紹介してくれないのー?」

「ややこしくなるからお前は引っ込んでろ」

「……こちら廣井きくりさん。SICKHACKの天才ベーシストさんです」

「すんのかよ」

「やったー! いぇーい、きくりちゃんだよ~!」

「いいのかよ」

 

 忙しいからと放っておくより、ちょっとだけでも構った方が満足して大人しくなる。

幼い頃のひとりやふたりと接していく中で学んだことだ。廣井さんにも通じてしまった。

それはもういい。逐次ツッコんでくれる星歌さんとは逆に、一切反応しない皆の方が気掛かりだ。

 

「ね、ねえちょっと、誰も反応しないんだけど。私のこと誰も知らないの?」

「そんなはずは無いと思うけど。同年代で活躍中の人だよってこの間紹介したし」

「あ、あらそうなの、ふふっ、じゃなくて、じゃあこの空気は何?」

 

 大槻さんの言う通り、不思議と空気が重い。感じたことのないプレッシャーだ。

こそこそと僕達が相談し合っている今も視線を感じる。これが射貫かれるって感覚なんだろうか。

廣井さんはいつも通り周りのことなんて気にしていなくて、愉快そうに声を上げていた。

 

「大槻ちゃん今日可愛い格好だね! おめかししてきたの?」

「あっ」

 

 廣井さんの指摘に思わず顔を見合わせた。眼鏡にマフラー、おさげが目に入る。

眼前の大槻さんはメタルなんて縁もゆかりもなさそうな、大人しい女の子のように見える。

これだと面識が無ければとぴんと来ないはずだ。いそいそと彼女は変装を解き始める。

途中脱いだコートとマフラーの処理に困っていたから、手伝いを申し出た。

 

「コートとマフラー、あっちに掛けておくね」

「あ、ありがとう」

 

 受け取った二つを片付ける間に、大槻さんは髪型も整え終わっていた。見慣れた彼女の完成だ。

そして彼女は仁王立ちをして、髪を払いながら高らかに宣言した。気持ちのいいドヤ顔だった。

 

「改めまして、そうです、私が大槻ヨヨコです!」

「……あっどうも」

 

 だけどもその声はスターリーに虚しく響くだけで、それ以上の反響は返ってこない。

ドヤ顔を収め、気持ち身を縮めながら大槻さんが僕の両肩を掴んだ。力が入って震えている。

 

「……ねぇ、ほんとに貴方私のこと紹介した? リアクションうっすいんだけど」

「ちゃんと見開きでしたよ」

「見開きって何?」

 

 ひとりのために作った即席資料には、同世代で一番の人、一番のバンドだと記載しておいた。

あの後もあれを使ってるらしいから、一度か二度は皆もそのページに目を通してるはずだけど。

 

 こそこそ話していたのは僕達だけじゃなかった。結束バンドも同じようにこそこそしていた。

ひとりですら顔を寄せ合っているから、何を話しているか聞こえないし読み取れない。

囁きだけが聞こえるライブハウスという異常な状況は、虹夏さんが手を挙げたことで終わった。

 

「質問があります」

「……えーっと」

「ドラマーの伊地知虹夏さん」

「伊地知虹夏、特別に答えてあげるから感謝しなさい」

「……なんでさっきから後藤くんが仲介してるの?」

 

 代表して虹夏さんが話しているけれど、どうやら結束バンドの総意らしい。

後ろで喜多さんとひとりが何度も頷いている。リョウさんもじっと僕を見ている。

もう一つの疑問、なんでこの人こんなに偉そうなんだ、は誰もしないようだ。

 

「大槻さん人見知りだから」

「べ、別に知らない人と話すのが少し苦手なだけ。変な勘違いしないで」

「それが人見知りだよ。あと大槻さんは友達だから」

「ふ、ふんっ、ならま」

「えぇえええええええぇええぇえぇぇぇ!!??」

「私の正体より驚きが大きい!?」

 

 ひとりが石となり、虹夏さんと喜多さんが抱き合い、リョウさんが食べていた草を落とした。

僕をよく知る皆からすれば驚天動地の衝撃だろう。これで済むなら、まだ穏やかな反応だ。

とりあえずひとりを戻そうと全身を解していると、復活しかけの状態で僕を咎めてきた。

 

「えっ、と、友達って、お、お兄ちゃん、また隠れてたくさん会ってたの?」

「またって、何その引っかかる言い方。それに大槻さんと会うのは、今日で三か四回目だよ」

「さ、さんかよん!? そ、そんな回数で!?」

「そんな、あの先輩が!?」

「ありえない。きっと何か怪しげなあれこれがあったはず」

「怪しげなあれこれって何?」

「ちょめちょめ」

「何も分からない!?」

 

 かなり好き勝手に言われていた。でも僕も同感だから文句は言えない。

なので黙って受け入れていると、置いてけぼりの大槻さんが再び僕の耳元に寄ってくる。

 

「……ねえ、貴方の友達って、宇宙人か何かなの?」

「大槻さんもその一人だよ」

「えぇ……」

 

 もの凄く嫌そうな顔をしながらも、彼女は友達じゃないとは言わなかった。

曖昧な空気になったからこれで打ち切ろうとした瞬間、今度は喜多さんが元気に手を挙げた。

 

「は、はい!」

「……」

「ギターボーカルの喜多い」

「喜多喜多です!」

「……喜多喜多さんです」

「えっそんな名ま……いえ、うん。何かしら、喜多喜多」

「それで呼ぶんだ……」

 

 時々発揮する大槻さんの懐の深さに、虹夏さんが呆れと感嘆を漏らしていた。

喜多喜多と呼ばれた喜多さんはというと、鋭いキターン音を出しながら僕を指差している。

 

「質問は先輩にです。先輩、大槻さんのこと私相談してもらってません!」

「うん。僕もした覚えない」

「もう! 遠慮しないでくださいって言ったじゃないですか!」

 

 人間関係で気になったこと、分からないことがあった時はいつでも相談に乗ってくれる。

先月約束してくれたことだけど、大槻さんについては一度も話していない。必要ないからだ。

 

「遠慮はしてないよ。大槻さんなら別に何でもいいかなって」

「何でも!? この間から思ってたけど、貴方私の扱い雑じゃない!?」

「……考えてみると、そうだね、ごめん。自分でもよく分からないけど、大槻さん相手なら大丈夫だって思って、つい遠慮が無くなっちゃうみたいなんだ」

「それならまあ、じゃあ、しょうがないわね、許してあげる。私に感謝しなさい」

「いつもありがとう大槻さん」

「……ふんっ」

「えっ何この空気」

 

 結束バンドが困惑に揺れる中、廣井さんはやっぱり空気に飲まれず平然と口を開いた。

 

「そういえばさー、なんで大槻ちゃんここにいるの?」

「うっ」

 

 言葉に詰まる大槻さんを見て、何故か廣井さんが急にニコニコし始めた。

そのまま僕に近付くと、後ろから両肩を掴んで強調するように揺らしてくる。

 

「もしかしてー、この子に会いに来たとかー?」

「そうなの? 嬉しいな、ありがとう」

「何言ってるの!? 貴方はもう知ってるでしょ!?」

 

 今のは半分助け舟のつもりだったのだけど、大槻さんに沈められてしまった。

冗談でもいいから認めておけば、彼女の本当の狙いは隠し通せたはずだ。

会話としては当然の流れで、廣井さんがもう一度同じことを問いかける。

 

「じゃあなんでー?」

「それは、その」

 

 僕を見て、結束バンドを見て、また僕を見る。そして大槻さんは口を閉ざした。

いくら彼女でも正面から、貴方たちじゃ役者不足よ、なんて言う気にはならないらしい。

少し空気が固くなった、気まずい沈黙が流れそうになった時、虹夏さんが廣井さんへ頭を下げた。

 

「あっ廣井さん、クリスマスのライブのゲスト依頼、ありがとうございます! 今たくさんライブしたいので助かりました!」

「いいよー気にしないでー! なんか飲み会明けに気づいたら送られてたからさー!」

「えっ」

「びっくりするよねー、魔法みたいなこともあるんだなぁ」

「姐さん、今の本当ですか?」

 

 けらけらと笑う廣井さんを見て、大槻さんの額に青筋が走った。

 

「酔った勢いで結束バンドのこと推したって」

「もしかして、それが不満で今日は来たの?」

「……そうです! そんな適当なやり方でっ」

 

 そして火が付いたように大槻さんが声を荒げて、瞬く間に廣井さんに消された。

 

「つまり大槻ちゃんは、私の目が節穴だって言いたいの?」

 

 静かな言い方だった。いつもの大声と比べると半分もなかったかもしれない。

だけど込められた圧力は比べものにならなくて、大槻さんどころか空気まで黙ってしまう。

大槻さんは下唇を噛んでいるし、皆はオロオロしている。ひとりは窒息して死にそうだ。

そして星歌さんを見ると、顎で廣井さんを指していた。何とかしろってことらしい。

 

「廣井さん、ちょっといいですか?」

「見て分からない? 今大槻ちゃんと話してるんだけど」

「そのことで僕もお伝えしたいことがあって」

「……いいよ、言ってみな」

 

 無事に許可を貰えたので、一緒にしゃがみ込んでから顔を近づけた。お酒臭い。

大きな声で話すことじゃない。大槻さんは恥ずかしがり屋だから尚更内緒にするべきだ。

 

「多分大槻さんは、焼きもちを焼いてるんだと思います」

「……ほうほう、へー」

「尊敬する廣井さんが、結束バンドを贔屓してるように見えて面白くないのかと」

「うんうんなるほど分かってるよー」

 

 いつも以上に適当な返事と反応だ。本当に分かってるのかな。

疑いのまなざしを向けると、さっきとは打って変わって温かい目で見つめられた。

その上僕の頭まで撫で始めた。あまりにも温度差があり過ぎて、思わず驚いてしまう。

 

「あの、これ何ですか?」

「いやー、こうして大槻ちゃんのために動く君を見てると、弟子の成長が嬉しくて!」

「弟子ではないです」

「あと私とおにころの目に狂いが無くて嬉しくて!」

「おにころに目は無いです」

「ごめんねー。二人とも真面目で可愛いから、ついからかいたくなっちゃってー」

「からかいにしては本気の目に見えました」

 

 僕の返事を最後まで聞かず、廣井さんは全身を使って立ち上がり両手を広げた。

突然の奇行だけどひとりで慣れてるし、廣井さんは酔っ払いだ。大槻さん以外誰も反応しない。

満面の笑みを浮かべる廣井さんを見て、彼女だけは真面目に困惑していた。

 

「さあ大槻ちゃん! 私の胸に飛び込んでおいで!!」

「えっ、きゅ、急にどうしたんですか?」

「……えぇいまどろっこしい!! 私から行くね!」

「きゃっ、ね、姐さん? びっくりするからこういうのは」

 

 注意するような話し方だけど、まんざらでもなさそうだ。声が笑っている。

でも鼻は曲がってそうだ。微妙に詰まった声をしている。お酒臭いよね、よく分かる。

そんな微笑ましい、微笑ましい? 光景は、廣井さんが顔を青くした瞬間に終わりを告げた。

 

「……あっごめん大槻ちゃん、ハグしたら衝撃で胃が、うぷ」

「ぎゃー!? と、トイレ、姐さん早くトイレに!?」

 

 そうして廣井さんがトイレでひとしきり吐いた後、二人は連れ立って帰って行った。

スターリーに残ったのは、濃厚なアルコール臭と微かな吐瀉物の臭い。あと微妙な空気。

なんとなく誰も何も口を利かない中、ひとりが僕の袖を引いてからひっそりと耳打ちしてきた。

 

「……お兄ちゃん、結局大槻さんって何しに来たの?」

「……先輩としての激励、かな?」

 

 変に軋轢を生んでもしょうがないから、適当な返事を僕はした。

大槻さんからもらった指摘を柔らかく言い換えて、後で結束バンドのロインに送ろう。

そうすれば、多分僕のこれも嘘ではなくなるんじゃないかな、きっと。




次回「クリスマスライブ前」です。
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