ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、誤字脱字報告、ここすきありがとうございます。


第五話「クリスマスライブ前」

 十二月二十四日クリスマスイブ、SICKHACKのライブに結束バンドがゲスト出演する日だ。

父さんと母さんに相談した結果、後藤家クリスマスパーティーは明日やることになった。

そのことでふたりが予想以上に怒ってしまい、一時期は僕だけでも残ろうかと考えた。

最終的には母さんが説得してくれたおかげで、明日一日中三人で遊ぶ約束をして許してもらえた。

 

 とても助かったけど、男の浮気心をいい感じに操るのが大人の女よ、って説得はどうかと思う。

それで納得するふたりもどうかと思う。ついでにどうしてひとりも感心したように頷いてたの?

今回僕は何も言えないから、その辺りの話は全部父さんに任せよう。後はよろしくお願いします。

 

 そうして無事に予定が空いたから、僕も一緒に新宿FOLTへ向かっている。

僕はこんなに早く行く必要はないけれど、今日はクリスマスイブだし荷物もある。

ひとりを放っておくには心配事が多すぎた。僕はこの期に及んで過保護で過干渉だ。

 

 物思いにふけりながら歩いていると、ぴかぴか笑顔の喜多さんが話しかけてきた。

クリスマスイブだからかいつもより光が強い。イルミネーションより光り輝いている。

 

「オーバーサイズコート……後藤先輩、リョウ先輩との勉強が活きてますね!」

「……もしかして、前話したファッションのこと?」

「はい、それ今年のトレンドですよね!」

「そうなんだ、全然知らなかった。毎年こんなコート着てるから偶然だよ」

「じゃあそれ後藤くんの趣味ってこと?」

「趣味というか」

 

 軽く説明をしようとしたところで、横のひとりが僕の前に躍り出る。

そのまま僕のコートをおもむろに開いて、そこに飛び込んできた。もう限界のようだ。

 

「お、お兄ちゃん、入れて、無理、リア充の空気で死ぬ」

「いいよ。先に荷物貸してね」

「お、お願いします」

 

 受け取ったギターケースを背負う間に、ひとりは僕の懐に潜り込もうとする。

もう一つの荷物も調整し終わる頃には、完全に体勢を整えきっていた。

僕のコートの中から顔だけ出して、あたりを警戒するように見回している。

 

「こういう時のため」

「またシスコンか」

 

 呆れ果てた虹夏さんの声も慣れたものだ。今更引かれるかもなんて心配はしない。

まだ説明が終わってないから、納得されるかどうかはともかく続きを話そう。

 

「この時期はカップルが増えるから、幸せオーラで苦しいんだって」

「いやまあなんとなくそうだとは思ってたけど。ぼっちちゃん、そんなに違う?」

「あっか、完全防御態勢です。カップルもイチコロです。へへっ」

「……なるほど。陛下、私も入れて」

「駄目」

「じゃあぼっち、入れて」

「えっ!? ど、どうぞ?」

「やったぜ。お邪魔します」

 

 ひとりが僕と自分のコートの前を開けると、リョウさんがそこに入り込んで来た

マトリョーシカというか三人羽織というか、とにかく人が増えてますます変な体勢だ。

喜多さんが頬を膨らませながら口を開いたから、もっと大きく変になりそうだった。

 

「あっずるい! リョウ先輩、私も入れてください!!」

「しょうがない。おいで郁代」

「きゃー!」

 

 これで四人羽織だ。もはやよく分からないおしくらまんじゅうになっている。

テンションが高くなったのか、さらに光輝く喜多さんが虹夏さんへ手を広げていた。

 

「さあ次は伊地知先輩ですよ! いつでも来てください!!」

「行かないよ。なんだこの集団」

 

 虹夏さんの目が空気より冷たいのと、着ぶくれしすぎて危ないから解散した。

幸せいっぱいの寒空に放り出されたひとりと山田さんが、肩を寄せ合って震えている。

 

「うぅ、し、幸せオーラが突き刺さる……」

「くっ虹夏のせいで、リア充どもの空気が私たちを蝕んでいく……!」

「なんで私が責められてるの?」

 

 二人のクリスマスだのリア充だの、そんなうめき声で思い出した。

どうでもいいことではあるけれど、クリスマスに絡んでちょっと気になることがあった。

冬空へと消えかけているひとりを再びコートへ入れてから、改めて喜多さん先生に質問してみた。

 

「そういえば喜多先生、恋愛関係で一つ聞いてもいいですか?」

「れ、恋愛関係。恋バナ、まさか恋バナですか!? 先輩、誰か好きな人でも!?」

「そういうのじゃないけど、この間から誰かに聞きたいなって思ってたことがあるんだ」

「むぅ、いやでも、恋愛に興味を持っただけでも成長した方……?」

「そうだねぇ。あの後藤くんが大人になったもんだ……」

「二人とも何目線なの?」

 

 生暖かい目線を向けられた。虹夏さんはともかく、年下の喜多さんにされると違和感が凄い。

だけど教えを乞うているのは僕の方だ。ぐっと飲み込んでから、重ねて喜多さんへ問いかける。

 

「なんでクリスマスが近づくと、急に恋人を作りたがる人が多いの?」

「あー、それかー」

「恋人同士って好きだからなるんだよね。でもこれってなんだか色々逆じゃない?」

「……どうしましょう伊地知先輩! 思ってたより純粋な疑問です!!」

「いつでも相談に乗るって言ったのは喜多ちゃんでしょ。なら頑張ってよ」

「そこをなんとか!」

 

 えぇ、と声を漏らしながらも虹夏さんは目を閉じ、腕を組んで、数十秒考え込んだ。

それから気まずそうに目を開いた後、近くのイルミネーションの方を向きながら答えを出した。

 

「………………………………ほら、冬は寒いから、人恋しいとか?」

「エアプがよく語る」

「なんだと貴様」

「街中、街中だからやめよう。せめて立ち技にしよう」

 

 アキレス腱固めへもつれ込もうとする虹夏さんをなんとか抑え、穏便に済ませてもらう。

無事コブラツイストを決められるリョウさんを見ないふりをして、もう一度疑問を投げかけた。

 

「じゃあ虹夏さんとリョウさんのこと誘ってた人達も、皆人恋しかったのかな」

「げっ、見てたの?」

「見てたよ。二人とも人気者だなって思った」

 

 虹夏さんもリョウさんも、ここ最近異性から声をかけられるところをよく見た。

二人ともクリスマスの予定を聞かれたり、一部の人には誘われたりしたらしい。

 

「でもあれって、二人のことが好きだからって訳じゃないよね」

「おー、はっきり言いますね」

「だって本当に好きなら、僕が見ても近づいても逃げないはずでしょ?」

 

 全員が全員、僕が視界に入れた、もしくは僕を入れた瞬間逃げ出していった。

僕だって最初の頃は悪いな、と思った。きっと彼らだって勇気を出して話しかけたはず。

その勇気を無遠慮に踏み潰してしまった。いくら他人相手でも流石に罪悪感を抱く。

 

 でもよく考えると、僕が近づいたくらいで逃げてしまう程度の気持ちだ。大したものじゃない。

恋ではないけど大槻さんは廣井さんのため、初対面の僕に立ち向かい気絶もしなかった。

本当に虹夏さんとリョウさんのことが好きなら、誰にだって同じことが出来るはず。

 

「……先輩たち、学校で彼氏出来る可能性ゼロになってますけど、いいんですか?」

「楽でいい。むしろ助かる」

「私もバンドに集中したいし、今はいいかな。それに」

 

 そこでちらりと僕達を見て、虹夏さんは言葉を止めた。僕とひとりも理由の一つなんだろうか。

確かに虹夏さんに彼氏が出来れば、きっとひとりは何度も死ぬだろう。僕は、どうなるんだろう。

いくら考えても想像もつかない。だから横に置いて、今度は喜多さんにも聞いてみた。

 

「喜多さんも誘われたりしてない?」

「それはまあ。でも安心してください、結束バンドがあるので全部断ってます!」

「人間関係で喜多さん以上に信頼出来る人はいないから、何も心配してないよ」

「……信頼が嬉しいような、ちょっと寂しいような」

 

 微妙に憮然とした顔になりつつも、喜多さんはすぐに笑顔を取り戻してくれた。

その後指を一本立てた。喜多さん先生登壇の時間だ。僕は話を聞く姿勢を整えた。

ついでに虹夏さんはその時、気づいてはいけないことに気づいてしまったようだった。

 

「それで先輩、さっきの質問なんですけど」

「……あれ? 喜多ちゃん答えられるなら、さっき私が恥かく必要はなかったんじゃ」

「色々あるとは思いますけど、一つはきっかけなんじゃないかなって」

「きっかけ?」

「そういうお誘いの口実というか、きっかけというか。普通に誘うのって、凄く勇気がいるので」

 

 なるほど、そこも逆なのか。クリスマスを目的じゃなくて、手段として考えている。

 

「それなら僕にも分かるかもしれない」

「えっわ、分かったんですか!?」

「きっかけが重要なのは、僕もよく知ってるから」

 

 あの日あの時、ひとりと虹夏さんが出会わなければ、今この時はあり得なかった。

今の全てはあそこから始まった。あれがなければ、なんて想像はしたくもない。

 

「あれ、そういうことなら邪魔しない方がいいのかな」

 

 あの時僕がひとりの傍にいたら、幼い頃のようにあのきっかけも潰してしまっていたはずだ。

今はともかく、当時の虹夏さんは僕を恐れていた。きっと僕を見れば逃げてしまっただろう。

同じようにいつか大切になる誰かの思いを、関係を、今も知らずに壊している可能性がある。

 

「僕から見て軽い気持ちでも、本人からしたら大事なことかもしれないし」

「後藤くんほど重症な人はいないと思う。それに私は、一緒にいて欲しいな」

 

 そこまで言った後、虹夏さんは手をパタパタと振りながら、どこか慌てた様子で言葉を続けた。

 

「あっいやその、断るのも結構気を遣うからさ。それで、申し訳ないけどいい口実になってて」

「そういうことならどんどん使って。虹夏さんの力になれるなら僕も嬉しい」

 

 他人の気持ちやきっかけよりも、虹夏さんの方が比べ物にならないくらい大切だ。

例え誰かの可能性や幸せを消すことになったとしても、それで彼女の役に立てるなら。

そんな内心は隠して軽い感じで告げると、彼女はそっとはにかみながらお礼を言ってくれた。

 

「……ありがとう。たくさん使わせてもらうね」

 

 そんな虹夏さんをリョウさんが鼻で笑っていた。

 

「つまり虹夏は、これからもたくさん誘われる自信があるんだね」

「なっ」

「あー確かにそういう自信が無いと、今のは中々出てこないですよね」

「は、あわわ、に、虹夏ちゃんはモテモテのリア充……!?」

「……………やーい、リア充ー?」

「いや最後のはなんか違くない!?」

 

 四連続でからかわれた虹夏さんが、頬を真っ赤に染めながらリョウさんに襲い掛かった。

ついさっきよりも容赦が無い技をかけている。この遠慮のなさは仲の良さだ、多分。

 

「こ、このやま、山田ァ!!」

「あば、あだだ、これは八つ当たり八つ当たり」

「うっさい!」

 

 そうして色んなことを誤魔化していると、コートの内からひとりがそっと僕の胸を叩いてきた。

水晶みたいに綺麗な瞳に純粋な疑問を浮かべている。どうやら気づいてしまったらしい。

残酷なことはしたくないという僕の願いも虚しく、ひとりは首を傾げながら尋ねてきた。

 

「あ、あれ? お兄ちゃん、そういえば私聞かれてない。私には聞かないの?」

「……ごめんね」

「!?」

 

 

 

 そんなこんなで気づけば新宿FOLTに着いていて、今は結束バンドのリハーサル中だ。

SICKHACKとSIDEROSは既に終わった。分かっていたこととはいえ、レベルが違った。

この期に及んで技量の上昇、改善なんて出来ないから、やるべきことは今できる最高をすること。

 

 そんなこと言われなくても分かっているはず。それでも音がいつもより走っていた。

加えて喜多さんは声が出せていないし、ひとりはダンボールを求めて彷徨っている。

慣れないライブハウスに格上の対バン相手、それ以外にも緊張する理由には事欠かない。

なんとか解してあげたいとは思うけど、こういう時に緊張する気持ちがいまいち分からない。

時間だけはたっぷりあるから、その間で何かしら言葉なり行動なり考えておこう。

 

「……酷いリハーサルね」

 

 隅の方で大人しくリハーサルを眺めていると、大槻さんが声をかけてきた。

開口一番結構な言葉だ。振り向いて何かを言おうとして、思わず口をつぐんだ。

とんでもない顔色だ。目つきも凄い。誤解なく言えば、全体的にキマッている。

 

「大槻さんこそ酷い顔色だけど大丈夫?」

「当然でしょ。ライブ前よ、万全に仕上げてきたに決まってる」

「昨日いつ寝た?」

「……九時には、それはもうぐっすりと」

 

 徹夜らしい。顔色と大事に抱えているエナジードリンクでそんな気はしていた。

指摘しても頭に血を登らせて、かえって大槻さんに負担をかけるだけ。だから何も言わない。

 

「まあいいわ。とりあえずついて来なさい」

「どこに?」

「楽屋に決まってるでしょ。さっさと幽々に会ってもらいたいの」

「それってライブ後の約束じゃ」

 

 首を傾げる僕を見て、大槻さんが大きな大きなため息を吐いた。

そして強引に僕の手を掴むと、ぐいぐいと引っ張って行こうとする。全力だと思うけど弱弱しい。

これで万全というならそれはそれで心配だ。無駄な体力を使わせないために抵抗はしない。

やがて楽屋の前に辿り着くと、彼女はもう一度ため息を吐いてから扉を指差した。

 

「……中入れば分かるから」

 

 手を引かれるまま楽屋に入ると、顔と名前だけ知っている女の子が三人いた。

マスクの人が長谷川あくびさん、ふわふわした人が本城楓子さん、そして最後が内田幽々さん。

失礼が無いよう今日来る前に調べておいた。ちゃんと顔と名前も一致している。

 

 その三人は見るからに変な状況だった。にこにこの内田さんを挟んで抱き着き、震えている。

大槻さんが結構大きな音を立てながら扉を開けたのに、まったくこちらに気づいていない。

三人とも一点を、楽屋のテーブルに置いてある何かを熱心に見ていた。あれは、人形かな。

 

 そこには綺麗な女の子の西洋人形が二体、行儀よくこちらを向いて座っていた。

両方とも上品かつ豪奢なつくりの服を着ていて、髪もよく手入れされている。

よほど大切にされているらしい。おかげで瞳にきらきらとした、命の輝きに似た何かすら感じる。

人形相手におかしいかもしれないけれど、眺めている内に目が合ったような気さえした。

 

「ひぃっ!?」

「う、うう、動いたっ!?」

 

 そう感じた途端、立っていたそれらが入口の方へ、僕達のいる方へ崩れ落ちた。

膝をつき、片手は胸の前に回っている。跪いているような、という比喩が一番近いかもしれない。

面白いことにまるで自分からそうしたみたいに、二体ともまったく同じ体勢を取っていた。

 

「あっ、ああ貴方たち、お、おおお、落ち着きなさい!」

 

 一番落ち着いた方がよさそうな声を大槻さんが出して、やっと三人とも僕達に気が付いた。

人形が倒れた瞬間と同じくらい目を見開いて、僕と大槻さんを見比べている。

こうなると挨拶せざるを得ない。まずは大丈夫そうな内田さんから声をかけた。

 

「内田さん久しぶり、でいいのかな」

「もちろんです。お久しぶりです魔王様~」

 

 長谷川さんと本城さんに挟まれながら、内田さんはにこやかに挨拶を返してくれた。

電話だけじゃなく、実際に会っても大丈夫だった。なら残りの二人はどうだろう。

 

「突然入ってきてすみません。僕は後藤一人と言います」

「あっど、どうも長谷川あくびです。ヨヨコ先輩から聞いてたんで、だだ、大丈夫です」

「ほ、本城楓子ですっ。よ、よよ、よろしくお願いしますっ」

 

 簡潔に自己紹介をすると、青い顔をしながらも二人とも同じようにしてくれた。

さっきから目が泳いで、あちこちを見回しているから目が合わない。

気の毒ではあるけれど、おかげで二人を気絶させずに済んだ。不幸中の幸いだ。

 

「それでどうして抱き合ってるんですか? ライブ前のルーティーンとか?」

「そそそ、そんなルーティーン聞いたことないっす!」

「ゆ、ゆゆゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆの人形が、急に動き出してっ!!」

 

 ゆが一杯だ。どこからが名前なのか分からない。

この場で一番冷静かつ楽しそうな内田さんが、笑顔のまま説明してくれた。

 

「魔王様が来ると知って、ルシファーとベルフェゴールちゃんが緊張してしまったみたいで~」

「……もしかして、この子達のこと?」

「はい~」

 

 念のため確認すると、まさかの人形だった。有機物を想像していたからちょっとだけ驚く。

そうして言葉を詰まらせた僕を見て、内田さんが声を落としながら尋ねてくる。

 

「……あの、意外でしたか~?」

「実を言うと、少しだけ」

 

 人形、人形か。世界には人形を通じて周囲と繋がる人もいるという。

内田さんがそういう人であった場合、緊張しているのは彼女本人ということになる。

もしくは彼女の口ぶり通り、実際に人格がある可能性。オカルトだから何も根拠はない。

かといって悪魔の証明だから否定も出来ない。どちらにせよ、やることは変わらないか。

 

「こんにちは、後藤一人です。今日はライブを楽しみにしてきました。よろしくお願いします」

「!?」

「僕も慣れない人と環境で緊張してるので、お互い楽に出来るといいですね」

「ありがとうございます~。二人ともそう言って貰えて喜んでます~」

「よかった。出来れば仲良くしてもらえると、僕も嬉しいです」

 

 突然人形に話しかける僕に、長谷川さんと本城さんがぎょっとしていた。

大槻さんは露骨に、こいつ正気か、みたいな目を向けてくる。僕はいつだって正気のつもりだ。

誰かが大切にしている物事はなるべく自分も大切に扱う。人として当然のことだ。

 

「ま、また動いたっす!?」

 

 その時立てていた膝が崩れて、まるで平伏しているかのように体勢を変えた。それも同時に。

偶然だろうか、何かの技術だろうか、それとも本当にオカルトだろうか。どれであっても面白い。

僕は感心して二体の人形を見比べていたけれど、内田さんを除く三人は顔を真っ青にしていた。

 

「あらあら~、二人とも魔王様のお言葉に感動して平伏しちゃいました~」

「そうなんだ。でも僕はさっき言った通り、二人には楽にしてもらいたいな」

「これだとちょっと難しいですね~」

 

 頬に手をあて上機嫌に笑う内田さんは、人形達に触る気配すら感じない。

なら楽にしてもらうには、僕が自分でやるべきか。そのためにまずは許可を取ろう。

 

「じゃあ内田さん、少しだけこの子達に触れても大丈夫?」

「えぇ、大丈夫ですよ~」

「ありがとう。せっかく綺麗なお洋服着てるのに、こんな姿勢じゃ汚れてもったいないから」

 

 人形達を抱き上げる前に、ポケットから予備のハンカチ、ひとりが忘れた時用を取り出す。

軽く広げてからテーブルの上に敷き、座る場所を用意した。後は移動させるだけだ。

ひとりとふたりが赤ちゃんの頃を思い出して、あの時のように人形達を優しく抱える。

それから服装を整えながら、二体ともそっと座らせた。これならもう倒れないはず。

 

「これで大丈夫。二人とも座って楽にしてください」

「……魔王様」

 

 そう声をかける僕に内田さんは再び、さっきよりも更に声を落としていた。

丁寧にやり過ぎたかもしれない。僕は人間以外相手にも加減や距離感を知らないらしい。

そんな後悔を抱く間もなく、内田さんがゆったりとした動きで僕の前に跪いた。

 

「ははーっ、この内田幽々、今後とも魔王様の配下として精進いたします~」

「今度は幽々がやるの!? というか今後とも!?」

 

 その時ガチャリと、楽屋のドアが開く音がした。誰か入ってくる。

直前の足音、ノックが欠片も無かったこと、諸々考えて結束バンド、虹夏さんが開けたんだろう

入口の方へ顔を向けると、予想通りドアノブを握った虹夏さんが笑顔で固まっていた。

 

 スターリーに慣れ過ぎたこと、緊張していること、色々あってノックを忘れたのかもしれない。

普段の彼女ならすぐに意識を取り戻して、今頃非礼を詫びているはず。だけどまだ硬直中だ。

楽屋に入ろうとしたら、友達がまた人を跪かせていたのだから固まりもする。つまり僕のせいだ。

なんて説明しよう。そう悩み始めた瞬間、楽屋を覗き込んで来たリョウさんが目を見開いた。

 

「あ、新たな魔王軍配下だと……!? 私のアイデンティティが、再び危機に……!」

 

 それまだ続いてたんだ。

 

 

 

「結束バンドの皆さん、今日はお願いしますね」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」

「あーそんな緊張しなくても大丈夫っすよ~」

 

 その後長谷川さんの執り成しのおかげで、あんな状況からでもなんとか持ち直すことが出来た。

それどころかスムーズに自己紹介を終えて、今はバンドの垣根無く穏やかに雑談をしている。

おかげで皆の肩から、少しずつ力が抜けていくのを確認出来た。それで僕も安心した。

 

 ただ、ひとりは初対面の人と話なんて出来ないから、いつも通り僕と一緒にいる。

そして落ち着きなく楽屋のあちこちを見回しながら、思い出したように話しかけてきた。

 

「そういえばお兄ちゃん、あれ無くても大丈夫だったの?」

「うん。ルシファーさんとベルフェゴールさんのおかげで平気だったみたい」

「……だ、誰それ?」

 

 当然の疑問だ。紹介を兼ねて話そうとした時、僕の後ろから内田さんがにょきっと生えてきた。

 

「この子達のことですよ~」

「あっあわたっ!? にに、人形!?」

「あら、驚かせてすみません~」

 

 ひとりが椅子から飛び上がり転げ落ちそうになったから、手と腰を掴んで元に戻す。

かなり激しい動きだったのに動揺一つせず、内田さんは興味に瞳を輝かせ始めた。

 

「ところで魔王様、あれとは~?」

「あぁ、あれのこと」

「わぁ」

 

 片隅に置いていたダンボールの集合体を指し示した。グレート完熟マンゴーだ。

新しいライブハウスに怯えるひとりのため、昨夜父さんが夜なべして作った。

それをひとりが貸そうとしてくれていた。結局使わなかったけど、その優しさは勇気になった。

 

「僕と目が合うと、いや内田さんなら多分知ってるよね」

「もちろんです~。なるほど、今の魔王様ならこれでも大丈夫なんですね~」

 

 感心したようにグレート完熟マンゴーに近付き、内田さんはちょんちょんと触っている。

そうして離れた隙を縫って、慌てたひとりが僕にのしかかるように耳打ちしてきた。

 

「お、お兄ちゃん、ももももしかして、あの人も友達?」

「違うよ。ただ、昔会ったことはあるみたい。ひとりは心あたりある?」

「……ぜ、全然ない」

「私も妹様とお会いするのは初めてですね~」

「あっえっ、は、ははは初めましてっ!」

「初めまして~妹様も凄いものがお憑きなんですね~」

「……すごいもの?」

 

 内田さんは会話の内容はともかく、話し方はとても穏やかでゆったりとしている。

声も小さい方で、何より陽のオーラが無い。ひとりにとっては話しやすいタイプの人だ。

だから僕が間に入ることで、この三人でもなんとか雑談を続けられた。

 

 

 

 緩やかな時間が過ぎる中、誰とも会話せず一人虚空を睨んでいた大槻さんが突然声を上げた。

 

「結束バンド。さっきのリハーサルみたいな演奏なら、ここじゃ通じないから」

 

 それで、穏やかだった空気が一瞬で霧散した。

 

「たまたまゲストに呼ばれたからって調子に乗らないことね。今日の主役は姐さんたちSICKHACKよ。それに今の貴方たちが私たちSIDEROSと肩を並べようなんて、思い上がりも甚だしいから」

 

 大槻さんがそう言い捨てると、今度は嫌な沈黙と重い空気が楽屋に流れ始めた。

横のひとりは当然として、虹夏さんも喜多さんも困ったような顔をして俯いてしまう。

どうにかして空気を入れ替えようと考えた時、長谷川さんが唐突に声をかけてきた。

 

「魔王さん魔王さん」

「なんでしょうか?」

「魔王さんは、ヨヨコ先輩が何言いたいのか分かりますか?」

「緊張して演奏が固くなってますよ。普段通りの貴方達なら大丈夫なはずです。今日はゲストだから気楽にやりましょう。失敗しても、私たちが盛り上げるから心配しなくてもいいですよ?」

「……七十点! 合格っす!!」

 

 よく分からないけど合格を貰えた。でも七十点か、結構低い点数だ。

 

「どこで三十点落としちゃいました?」

「ちょっといい方向に捉えすぎっすね。ヨヨコ先輩は普通にアレなところあります」

「あくび!?」

 

 なるほど。そういうことなら僭越ながら言っておこう。

 

「大槻さん照れくさいのは分かるけど、ああいう絡み方はもったいないよ」

「……いつ、誰が、そんなことしたっていうの?」

「今、大槻さんが」

「してない!」

「あとライブ前だし、あんまり大きい声は出さない方がいいよ」

「誰のせいだと思ってるの!?」

「あっそうだ、じゃあのど飴舐める?」

「話聞いてる!? ……甘いやつよね?」

「蜂蜜レモン味」

「じゃあもらう。……ありがとう」

 

 ムカつくけど美味しい、と呟いたきり大槻さんが黙ったことで空気から緊張が掻き消えた。

それはいいけど大槻さんのさっきの言葉と現在進行形の睨みで、ひとりがマナーモードになった。

その治療に集中していたから、虹夏さん達から感じる視線や会話については把握しきれなかった。

 

「いやぁ、ヨヨコ先輩に男友達が出来たって聞いた時は心配したけど、なんか大丈夫そうっすね」

「あの廣井さんのお気に入りで、その上魔王様って聞いてたから、気が気じゃなかったよねっ!」

「……あー、うちの子の兄が御迷惑をおかけしてます」

「あれその言い方だと、あの人マネージャーとかじゃないんすか?」

「そこがちょっと複雑な話で。今色々と計画中なんだ」

「なんか面白そうな気配がする! 打ち上げの時に教えてねっ!」

 

 そうして再び生まれた穏やかな空気は、ライブ開始まで続いた。

 




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次回「クリスマスライブ後」です。
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