ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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第八話「バンドは家族 表」

 新学期が始まってしまうと、スターリーでのバイトもまたすぐに始まってしまった。

あぁ、どうして休みはこんなに早く終わっちゃうのかな。帰って来て冬休み。ビバ冬休み。

布団とコタツが恋しい。みかんも恋しい。家から一歩も出なくていい、穏やかな日々が恋しい。

そんな馬鹿みたいなことを考える私を放置して、虹夏ちゃんが重々しく口を開いた。

 

「リョウが学校とバイトに来なくなってから五日。そして後藤くんがお見舞いに通うようになってから三日が経ちました」

 

 そこで言葉を区切り、虹夏ちゃんは嫌そうに隅の方をちらりと見た。私もそれを追う。

追ってから後悔した。見なきゃよかった。どんよりとした黒い何かが視界を横切った。

 

「………………生きるのしんどい。病むわ」

「見ての通り、喜多ちゃんがそろそろ限界です」

「あっはい」

 

 そろそろというか、私にはもうとっくに限界なんて超えているようにも見える。

あのいつもキラキラ輝いて私を焼いてくる喜多ちゃんが、今は私と同じ種類の波動を放っている。

むしろ私よりよっぽど暗くて黒い気すらする。私が言っていいことじゃないけど凄く怖い。

私は自分のことを棚に上げて、体育座りで俯く喜多ちゃんから目を逸らした。あれはヤバい。

 

「あっ喜多ちゃんもですけど、リョウ先輩も心配です。こんなに来ないことって初めてですよね」

「ちょくちょくサボることはあったけど、ここまで長いのは初めてだね。どうして」

「それは恋ですよ!!」

「うわ」

 

 ぶつぶつと何かを呟いていた喜多ちゃんが、急にいつも以上の大声を出した。

当然私は固まって何も出来ない。虹夏ちゃんもびっくりして身を引いている。

そんな私たちを気にしないで、喜多ちゃんは高らかに自説を語り始めた。

 

「絶対恋です、男です! 女が突然変わる時、そこには大抵男の影があるんです!!」

「き、喜多ちゃん?」

「リョウ先輩も後藤先輩もあんなだから油断してたわ~! 間に挟まる隙も無いなんて~!! いつでも相談してくださいってあれほど言ったのに!! …………こうなったら今からでも強引に? いや、そんなことしたら先輩凄く叱ってきそう……でもそれはそれで? あぁ私はどうすれば、悩ましいわ~!!!」

 

 頭を抱え狂乱したように叫ぶ喜多ちゃんは、衝動のままに床を転がり始めた。

今日お兄ちゃんがいなくてよかった。もしいて見たら、ますますどうなっていたか分からない。

混乱に目を回す私の横で、虹夏ちゃんがいつも私に向ける視線を喜多ちゃんにぶつけていた。

 

「あっあの、初めて実感したんですけど」

「喜多ちゃんがヤバい奴だってこと?」

「あっそれはもう知ってます。自分より焦ってる人がいると落ち着くって、本当なんですね」

「確かにこれ見ると、なんか正気に戻らざるを得ないよね」

 

 いつも一緒にいるお兄ちゃんは落ち着いてて、焦った様子なんてほとんど見せない。

というか私がアレだから、私以上に慌てる人を見るなんて考えもしなかった。

その喜多ちゃんは、今度はどこか悔しそうに震え始めた。本当にヤバい。どうしよう。

 

「私はリョウ先輩の娘なのよ。それなのに、その私に何の断りも無いだなんて!」

「そろそろマジでヤバいなぁ」

「はっ、ちょっと待って。そうなると、後藤先輩は私のパパ……?」

「行くところまで行ったなぁ」

「子は鎹って言うわよね。つまり、私はもう間に挟まっている……?」

「家系図でもいいのかぁ」

 

 あまりにも喜多ちゃんが壊れすぎて、頼みの虹夏ちゃんもツッコミが雑になってきてる。

こ、これは不味い。虹夏ちゃんが喜多ちゃんを放置すれば、私が二人っきりになっちゃう。

人間関係初心者マークの私が、今の喜多ちゃんの対応なんて出来る訳が無い!!

どうしよう、あっそうだ、こういう時は病院だ。お兄ちゃんも、迷うくらいなら行こうねって言ってた。

 

「あっあの、喜多ちゃん大丈夫ですか? 駄目そうなら、今日は休んで病院に」

「えぇ、平気よ。心配してくれてありがとう、ひとり叔母様」

「お、おぉ、おばっ!?」

「あーやめて喜多ちゃん、今ぼっちちゃん貴重なツッコミだから持ってかないで?」

 

 お、おば、叔母さん? この年で叔母さん? 衝撃のあまり意識が飛びかける。

お兄ちゃんは結婚出来ないだろうから、ふたりが大人になってからだと思ってたのに。

泡を吹きそうになる私だったけど、虹夏ちゃんが叩いて修理してくれた。ギリギリセーフ。

 

 頭をぐるぐる回して、なんとか現世に意識のピントを合わせる。現実を見なきゃ。

現実、そう、現実。今一番現実に近いのはなに、そう、虹夏ちゃん。虹夏ちゃん見なきゃ。

ぐるぐるした頭と目で虹夏ちゃんを見ていると、視線に気づいた虹夏ちゃんが苦笑いした。

その時ふと思った。そもそもどうして二人が付き合ってることになってるんだろう。

 

「喜多ちゃん的には女が突然変わるのは男の影響だーって確信してて、んでリョウが仲いい男の子って後藤くんだけだから、それでじゃない? まあ結論ありきで発狂してるよね」

 

 口に出してないのに虹夏ちゃんが答えてくれた。いや多分これ、ぽろっと言っちゃってた!

うぅ、これもいつかなんとかしないと。お兄ちゃんがいたらさりげなく止めてくれるのに。

お兄ちゃん、そう、お兄ちゃんは本当にリョウ先輩と付き合ってないのかな。

喜多ちゃんの勘違いだと思うし、私も全然聞いてない。でもなんとなく、断言出来ない。

 

「あっあの、虹夏ちゃんは、変な勘違いしないんですか?」

「勘違い? なんの?」

「そ、その、お兄ちゃんとリョウ先輩が」

 

 そこまで聞いてピンときた虹夏ちゃんが、ますます苦笑いを深めた。

そしてそのまま両手を大きく横に振って、半笑いの声で否定した。

 

「あー、ないない。ないでしょ、あの二人なら」

「えっと」

「だってあのリョウに、あの後藤くんだよ? ありえないって。ぼっちちゃんもそう思わない?」

「あっはい。私もそう思います」

 

 想像以上に全否定だった。ありえないって断言までしてもらえて私も安心した。

お兄ちゃんに彼女が出来るなんてありえない。作りたいとも思ってない。私もそうは思ってる。

だけど最近のお兄ちゃんは私でも分からない時がある。あの、なんだか怖い大槻さんのこととか。

 

 それに恋愛なんて私にはまったく全然分からない。というか考えることすらおこがましい。

だから少し、ほんのり、ほんのちょっとだけ、もしかしたらって気持ちもあった。

でもあの虹夏ちゃん、超絶モテモテリア充の虹夏ちゃんがそう言うなら間違いない。よかった。

 

「えっと話戻すね。後藤くんの報告によると、リョウの作曲が上手くいってないみたい」

「あっはい。根を詰めてやってるよって聞いてます」

「だからしばらく様子を見ててあげてね、とも言ってたね」

 

 昨日一昨日と、帰り道でお兄ちゃんに聞いたら教えてくれた。

体調不良とか病気とかじゃないから大丈夫だよ、とも付け加えてた。

でも上手くいってないって聞くと心配になっちゃう。今回の作曲には凄いプレッシャーがある。

だってこれは未確認ライオットのために作るもの、今までで最高を目指すためのものだ。

私だって全然手をつけてないけど、この後する作詞のことを考えるだけで胃が、あがががが。

 

「そんでさっきあった連絡がこれ」

「えっと、『皆が来てくれたら解決するかもしれない』?」

「後藤くんもこう言ってるし、気にもなってたから一回家まで行ってみようか」

「あっはい」

 

 リョウ先輩のお家、どんなところなんだろう。あっお土産とか用意した方がいいのかな?

で、でも行き慣れてる虹夏ちゃんは手ぶらだし、そういうのは必要無いのかな?

どうしよう分からない。友達の家初めて。お見舞いも初めて。お兄ちゃんはどうしたんだろう。

一人で混乱しかけてたけど、喜多ちゃんが大きな声を上げたから何とか意識を戻せた。

 

「パパとママのところ行くの!?」

「パパとママ違うよ?」

「分かりました! さあ二人とも、早くパパとママに会いに行きましょう!!」

「なんも聞いてない分かってない。先に病院行こうかなぁ」

「あっ、か、帰って来れないかもしれないので、それは止めた方が」

「ぼっちちゃんも言うようになったなぁ」

 

 

 

 虹夏ちゃんに先導されるまま歩いて行くと、大きな大きな豪邸の前で止まった。

えっま、まさか、ここがリョウ先輩のお家? お嬢様だって言ってたけどここまで?

戦慄に震える私を尻目に、虹夏ちゃんはとても自然な様子でその豪邸を指し示した。

 

「という訳で、じゃーん。ここがリョウのお家でーす」

「わぁ凄い豪邸、ここが今日から私のお家なんですね!」

「に、虹夏ちゃん、やっぱり先に病院行った方がよかったかもしれません」

「……リョウの親病院やってるから、お邪魔してから考えようか」

 

 喜多ちゃんは元々結構ヤバい人だけど、ここまでじゃなかった。

お兄ちゃんとリョウ先輩が付き合ってるという、ありえない勘違いのせいでこうなってしまった。

いつもの太陽みたいなものとは全然違う、どこか狂気的な輝きが今も目に宿っている。

 

 諦めの詰まったため息を吐きながら虹夏ちゃんがインターホンを押す。迷いが無い。

えっわ、私まだ心の準備が出来てない。知らない人と、友達の家族と会う覚悟出来てない。

あっでも、リョウ先輩が出る可能性もある。じゃあリョウ先輩来いリョウ先輩来い!

そんな私の願いは叶わなかったけれど、代わりに慣れ親しんだ声が来てくれた。

 

『はい、どちら様でしょうか』

「……あれ、もしかして後藤くん?」

『そうだよ。そっちは虹夏さんと』

「私もいますよ~!!」

「あっわ、私もいるよ……?」

『よかった、皆来てくれたんだ。今開けるからちょっと待ってて』

 

 ぷつりと接続の切れる音がして、それからすぐに門の鍵が開いた。お兄ちゃんが開けてくれた。

だけど私たちは疑問に縛られて一歩も動けなかった。なんでお兄ちゃんが?

 

「……なんで後藤くんが来客の対応してるんだろう?」

「やだなぁ伊地知先輩。そんなのここに住んでるからに決まってるじゃないですか~」

「ちょっと黙ってて。壊れた喜多ちゃんの世界に引きずられそうになる」

 

 暗い瞳でケラケラ笑う喜多ちゃんに、虹夏ちゃんはチョップを入れていた。喜多ちゃん怖い。

どうしようもなくただオロオロしていると、お兄ちゃんが玄関から迎えに来てくれた。

 

「いらっしゃい、って僕が言うのもなんか変だよね」

「変というか不思議というか。リョウのお母さんとお父さんはどうしたの?」

「話せば長い、というより更に変な話になるんだけど」

 

 お兄ちゃんと虹夏ちゃんが話し始めたから私は手持ち無沙汰だ。

喜多ちゃんを見ると震えてしまうから、誤魔化すようにリョウ先輩のお家を見回す。

凄く広い。庭だけでこんなにある。感心してくるくる回っていると、テントを見つけた。

テント? 庭にどうして? じっと見ていると、寝袋が転がっているのが分かった。

中身が入ってるのもすぐ分かった。というかあれ、リョウ先輩だ!?

 

「あっあんなところにリョウ先輩います!」

「……なんだあれ」

「一応キャンプ中?」

「いや家の庭じゃん。めっちゃパソコン弄ってんじゃん。キャンプ舐め過ぎでしょ」

 

 呆れ果てた声と顔でボコボコに言いながら、虹夏ちゃんは早足でテントに近付く。

慌ててついて行くと、その足音でリョウ先輩も気づいたようでこっちに振り向いた。

寝袋からは出てこない。ころころ転がっていた。顔だけ出ててなんだかシュールだ。

 

「あれ、皆来たんだ」

「いい加減一度様子見ておこうと思って。で、これ何?」

「どこか遠くへ旅立とうとしたけど、面倒だから庭で妥協した」

「何割妥協した? 九割か?」

 

 いつもみたいに漫才を始めた二人を見て、なんとなく私はほっとしていた。

虹夏ちゃんも鋭いツッコミを入れているけれど、どことなく声も表情も明るい。

やっぱりなんだかんだ言いながら、虹夏ちゃんだってリョウ先輩のことを心配してた。

そんな暖かい気持ちも、喜多ちゃんがリョウ先輩にしがみつくことでどこかへ飛んでった。

あまりにもあんまりな様子だったから、さすがのリョウ先輩もぎょっとしている。

 

「そんな、私を置いて遠くへ行こうとするなんて! それネグレクトですよ!!」

「…………えっ?」

「もう、リョウ先輩には私を育てる義務があるんですから、しっかりしてください!!」

「………………………これ、郁代どうしたの?」

「何もしてないのに壊れた」

「それは何かした人の、じゃなくて、なにこれ」

「喜多ちゃんの残骸」

 

 虹夏ちゃんはそう吐き捨てた。私は震えてお兄ちゃんに縋ることしかできない。

そのお兄ちゃんは不思議そうに数秒考え込んだ後、そっと囁くように問いかけてくる。

 

「ひとり、喜多さんどうしたの?」

「えっと、お、お兄ちゃんとリョウ先輩を、お父さんお母さんだと思ってる?」

「なるほど、なるほど? えっどういうこと?」

 

 かくかくしかじか。頑張って今日の喜多ちゃんと、これまでのことを説明する。

我ながらたどたどしいものだったけど、お兄ちゃんはすぐに理解して納得してくれた。

それで何度か頷いた後、いい考えを思いついた、とでも言うように喜多ちゃんに声をかける。

 

「郁代ちゃん、大丈夫だからちょっと落ち着いてね」

「…………!? ぱ、パパ嫌い!!」

「嫌われちゃった。年頃の子って難しい」

「後藤くん、ややこしくなるから黙ってて」

 

 虹夏さんがぎろりと、店長さんのようにお兄ちゃんを鋭く睨んだ。

に、虹夏ちゃんが着々とストレスを溜めて来てる! 不味い、このままじゃ収拾がつかない!

一人で大慌てしていると、何かが転がる音と楽しそうな明るい声が耳に届いた。

 

「リョウちゃーん、バーベキューの準備出来たよ~!」

「あっリョウのお母さんとお父さんだ」

「げっ」

 

 若々しい男の人と女の人が、幸せいっぱいといった風にカートを転がしてきた。

あれがリョウ先輩のお父さんとお母さん。見かけた瞬間リョウ先輩はテントに飛び込んでた。

持って来たカートの上には美味しそうなお肉や野菜が乗っている。見てるとお腹空いちゃう。

 

 リョウ先輩のお父さんとお母さんとはいえ、初対面の人と目なんて合わせられない。

そんな言い訳を元に、カートの上の食材たちを眺める。うちの今日の晩御飯はなんだろう。

なんてぼんやりしていると、突然リョウ先輩のお母さんがお兄ちゃんへ宣戦布告した。

 

「さあ一人ちゃん、お母さんの座をかけてバーベキュー勝負よ! 今度こそ負けないわ~!」

「毎度妻がすまないね、一人君」

「こちらこそ毎日押しかけてすみません。それなのにお相手までしていただけて嬉しいです」

「むむむっ、その謙虚さと寛容さ、お母さんポイント三百点追加よ~!」

「……ありがとうございます?」

 

 勝負、お母さんの座、お母さんポイント。意味不明な言葉の羅列。

前もって聞いてた私はともかく虹夏ちゃんは、今の喜多ちゃんすら首を傾げて固まってしまった。

そんな私たちに気づいたリョウ先輩のお母さんが、ますます明るい笑みを深めた。

 

「虹夏ちゃんに、後ろの二人はバンドの子たち、一人ちゃんの妹ちゃんとお友達よね。いつもリョウちゃんと遊んでくれてありがとね~」

「よかったら君たちも食べていく? たくさんあるから遠慮しないでね」

 

 話しかけられてびっくりしたから、迷わずお兄ちゃんの背後に回ってからお辞儀する。

それから挨拶を終えた喜多ちゃんと虹夏ちゃんが、お兄ちゃんに詰め寄ろうとしていた。

 

「ご、後藤先輩、これは、いったいどういう状況なんですか!?」

「そうだよ。私後藤くんはお母さんに歓迎されて、お父さんには警戒されてると思ってた」

「……どこから話せばいいのかな。最初来た時は、虹夏さんの言った通りだったんだけど」

 

『えっと、君はうちの娘とどういう関係なのかな?』

『クラスメイトで友達です。あとバンドとしてはファンでもあります』

『リョウちゃんそうなの? 他にも何かあったりしない?』

『………この人はいつもご飯を作ってくれて、悪いことをすれば叱ってくる人。そうか、陛下は』

 

「私のお母さんですって、リョウさんに紹介されちゃって」

「正気か?」

「それで対抗意識持たれちゃって、ここ三日間お母さんの座をかけて勝負をしてる」

「えっなんで勝負? まさかその座欲しいの?」

「いらない。でも友達のお母さんを無下には出来ないから」

 

 意味の分からない会話をお兄ちゃんと虹夏ちゃんがしている横で、また喜多ちゃんが震えた。

目は虚ろでどこか遠くを見ている。空の向こうの何かと交信しているようにも見える。ヤバい。

 

「あっあの、喜多ちゃん大丈夫ですか?」

「私はリョウ先輩の娘、そしてリョウ先輩は後藤先輩の娘? いったいどういうことなの……?」

「こっちのセリフだよ」

「えっじゃあもしかして、後藤先輩は私のパパじゃなくてお婆ちゃん……!?」

「駄目だ。もう完全に脳が壊れてる」

「そんなまさか、挟まれたい私が、後藤先輩でリョウ先輩を挟むことになるなんて……」

「縦でもいいの?」

 

 喜多ちゃんも虹夏ちゃんも、限界ギリギリに見えてきた。もう駄目だ。もう一回だけ言おう。

今ならお兄ちゃんもいるし、私が言いきれなくて変な風になっても、なんとかしてくれるはず。

 

「あっき、喜多ちゃん、今日はもう帰りませんか? た、多分喜多ちゃんも疲れてます」

「いえ大丈夫。まだ私はいける。安心して、ひとり大叔母様」

「お、おおお、おおおお!?」

「……あーもう帰って寝てー。もうめんどくせー」

 

 とうとう虹夏ちゃんまでやさぐれてしまい、全てを放り出そうとしていた。

なのにお兄ちゃんは動揺一つしていない。虹夏さんいると楽だな、くらいには思ってそう。

その証拠に何も気にして無さそうな感じで、私たち皆に問いかけてきた。

 

「そういえば、皆来てるけどスターリーの方は大丈夫?」

「大丈夫って何が?」

「だって確か今日も、三人ともバイトだったよね?」

「あっ」

 

 発狂しかけていた喜多ちゃんも、ぐったりしていた虹夏ちゃんも、もちろん私も。

三人とも一斉に動きが止まった。そして数秒後、再起動した虹夏ちゃんが大慌てで声をあげた。

 

「や、ヤバい。お姉ちゃんに四人まとめて殺される!」

「あ、あばば、あががが」

「言ってなかったんだ。なら僕が代わりにスターリーに行って、お手伝いしてこようか?」

「いいの? というか働けるの?」

「裏方くらいなら大丈夫だよ。それに今一番皆のことが必要なのは、リョウさんだと思うから」

「後藤くんさえよければお願いしたいけど。リョウがねぇ、あいつそんな殊勝な奴かなぁ……」

 

 首を傾げすぎて斜めになる虹夏ちゃんを置いて、お兄ちゃんはリョウ先輩の両親に近付いた。

それから一言二言話すと、残念そうな二人にお辞儀して迷いも遠慮も無く家に入っていく。

少ししてから戻って来たお兄ちゃんは、すっかり帰り支度を済ませていた。

そこでリョウ先輩もやっと気づいたみたいで、テントから顔だけ出してお兄ちゃんを見上げていた。

 

「帰るの?」

「うん、スターリーの人手が足りないみたいだから。それにここからはバンドの話でしょ?」

「……ファン的に、残るという選択肢は」

「無いよ。大丈夫、自分と仲間を信じて」

 

 弱ったように、甘えたように声を出すリョウ先輩を、お兄ちゃんが励ましていた。

いったい何の話なんだろう。なんとなく聞きづらい。帰りに聞いたら教えてくれるかな。

 

「それとリョウさん、明日からは学校に来てね」

「行くから弁当もよろしく。あれが無いと生きていけない」

「お昼代取っておこうって考えは無いの?」

「無い。それに美味しくて好きだから、お金あっても食べさせて欲しい」

「……リョウさんは、人にお世話させるのが上手だよね」

「どやっ」

 

 今度は逆にお兄ちゃんは困ってそうで、リョウ先輩はドヤ顔になっていた。

でも、お兄ちゃんはそれ以上に嬉しそうだった。きっと、またリョウ先輩のお世話が出来るから。

リョウ先輩がお世話させるのが上手な人なら、お兄ちゃんはお世話するのが好きな人だ。

十五年以上してもらってる私が言うんだから間違いない。いやこれ自慢できることじゃない!

 

 一人で頭を抱えていると、いつの間にか私と虹夏ちゃんたちは家の前まで移動していた。

訳が分からなくて右手に感じる温かさを追うと、喜多ちゃんの手と笑顔が待っていた。

連れてきてもらっちゃった。も、申し訳無い! 恐縮する私を尻目に、虹夏ちゃんが呼びかける。

 

「リョウー、寒いから先部屋行っててもいいー?」

「鍵開いてるから好きに入って」

「えっ!? りょ、リョウ先輩の部屋、勝手に入ってもいいんですか!?」

「全然いいよー、私が許可する! あっでも、部屋中に楽器転がってるから気を付けてね」

「……じゃあ私の多弦ベースも、そこにあるかもしれないんですね!!」

「喜多ちゃん、まだ諦めきれてなかったんだね…………」

「ひとりちゃん、伊地知先輩、私の心のためにも、捜索手伝ってください!!」

「あっはい」

「色んな意味で手遅れじゃないかなぁ」

 

 やる気と元気と狂気と、ちょっぴり悲壮感に満ちた喜多ちゃんに、私たちは引きずられていく。

開け放たれた扉が閉まっていく。その向こうにはお兄ちゃんとリョウ先輩が見える。

リョウ先輩は迷いなく門へ歩くお兄ちゃんの後姿を、何故かじっと眺めていた。

 

 

 

 その後はリョウ先輩の部屋に行って、皆でセッションして、それで作曲の感触を掴んで。

たくさんの心配が解決した。新しい問題、作詞のことは忘れます。気にしません。心が折れる。

 

 今はリョウ先輩のお母さんとお父さんが用意してくれたバーベキューをしている。

肉も野菜もとてもおいしい。だからお兄ちゃんに申し訳なくなる。私たちだけでしていいのかな。

さっき連絡したら、僕のことは気にしないで楽しんでね、って言ってくれたけど。

何かお土産を、いや、バーベキューにお土産ってあるの? あっても言い出す勇気はない。

そうして葛藤しながら食べ進めていると、虹夏ちゃんが唐突に口を開いた。

 

「そういえば、この三日間どうだった?」

「何が?」

 

 不思議そうな返事をしながらも、リョウ先輩の箸は止まらない。

その様子に呆れ果てた目を向けながら、虹夏ちゃんは言葉を続ける。

 

「いやずっと後藤くんにお世話されてたんでしょ? ある意味マネージャー先行体験じゃん」

「あっ言われてみるとそうですね! どんな感じでしたか?」

「……」

 

 そう言われてやっとリョウ先輩の動きが止まった。一度箸を止めて思考に沈む。

さらっと感想が返ってくると思っていたのに来ない。ま、まさかお兄ちゃん何かやっちゃった?

 

「あー、言ってた通り過干渉とか凄かった?」

「あ、ああ、兄がすみません!!」

「そんなことはなかった、というかほとんど傍にいなかった」

 

 傍にいなかった? 慌てていた私も含めて、皆で首を捻ってしまう。

そんな私たちに教えるように、リョウ先輩は遠くで花火を準備する両親を指差した。

 

「あの人たちの防波堤になってもらってたから」

「えぇ……気の毒に…………」

「ナイス肉壁だった」

「いや言い方」

 

 リョウ先輩は虹夏ちゃんの鋭いツッコミにもまったく動じていない。いつも通りの二人だ。

だけどそこから先はいつも通りじゃなかった。続いた話し方に私は腰を抜かしかけてしまった。

 

「でも、陛下に来てもらえてよかった。これは確か」

 

 噛み締めるような、感謝の篭った言い方。普段のリョウ先輩ならしない話し方。

陛下は魔王らしく超いい壁だったーがっはっはー、なんて言葉を予想してた私はびっくりだ。

私ほどじゃなくても、虹夏ちゃんも喜多ちゃんも驚いているみたいだ。

 

「……そんな殊勝になるなんて、なんかあったの?」

「教えてください、リョウ先輩!!」

 

 その証拠に虹夏ちゃんは、目を丸くしながら慎重に探ろうとしている。

それに続いて興味津々の喜多ちゃんも、リョウ先輩に勢いよく詰め寄っていた。

でも私は何もしない。黙る。空気になる。だ、だって、昨日までのことならほとんど聞いてる。

今日あったことだって、きっと帰り道でお兄ちゃんに教えてもらえる。それを悟られたくない!

空気、そう私は空気。黙ってバーベキューする空気。あっここ焦げてる。取っておこう。

 

 私が空気と一体化し、焦げ取りバーベキューマシンになる中、リョウ先輩が動き出した。

持っていたお皿と箸を置くと、体を斜めにしながらウインクし、人差し指を唇の前で立てる。

そして跳ねるような声と動きで、私たちにこう告げた。

 

「秘密っ」

 

 それを見た、聞いた虹夏ちゃんは、バーベキューの火が消えそうなほど冷たい声を発した。

 

「…………何そのクソあざとい仕草」

「虹夏の真似」

「は!? えっ、私そんなことしてないよね、喜多ちゃん?」

「あー」

「納得の鳴き声!? ぼ、ぼっちちゃんは」

「……………」

「無言で焦げと戦ってる!? 無視!?」




次回「バンドは家族 裏」です。
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