一月冬休み明けの昼休み、僕は虹夏さんと二人で昼食をとっていた。
いないもう一人、リョウさんの弁当から卵焼きを摘まみつつ、虹夏さんが問いかけてくる。
「後藤くんちの卵焼きって美味しいけど、なんか不思議な味するね。これ何入れてるの?」
「甘酒と白出汁。この間ちょっと気になったから実験してみた」
「じゃあこれ実験作かぁ。リョウの弁当って、そういうのにも使ってたんだ」
「せっかくだからね。家族に出す前に色々と試させてもらってる」
「うんうん。ただ飯食わせてやってるんだから、それくらいはしていいと思う」
音楽とかファッションとか、知らないことを教えてもらっているから厳密にはただ飯じゃない。
庇っているようにしか聞こえないから口には出さない。僕とリョウさんが納得していればいい。
だからこれは問題じゃない。今日の、ここ数日の問題は、彼女が連日休み続けていることだ。
「で、そのリョウだけど、結局学校にも来なかったね」
「昨日と一昨日、バイトも休んだんだっけ?」
「この分だと今日もだね。お姉ちゃんのブチギレレベルがどんどん上がってくよ。今は鬼レベル」
両手の人差し指で作った角を虹夏さんは頭の上でアピールしていた。
僕からすると目の前の彼女と同じくらい、星歌さんも微笑ましくて優しい人だ。
鬼のよう、と言われてアピールされても、まったく恐ろしさも緊張感も伝わらない。
「星歌さんってそんなに怒るの? 全然想像つかない」
「怒る怒る。あーそっかそういえば、なーんかお姉ちゃん、後藤くんには甘いからなぁ」
「確かにいつも優しくしてもらってるけど。でも虹夏さんにはもっと優しいよ」
「えー、そんなことないよ。すぐ意地悪言うし、素直じゃないし、からかってくるし」
「それも優しさだって。ほら、僕も同じシスコンだから、そういうのよく分かるんだ」
「嫌な方向に説得力出してきた」
うんざりしたような半目で見てくるけれど、事実だからしょうがない。僕達はシスコンだ。
出力の仕方は違うけれど星歌さんも妹を、虹夏さんを愛している。これも間違いなく事実だ。
「それで話戻すけど、そろそろリョウのことどうにかしないと」
「土日挟んじゃうからね。どうして休んでるのか、虹夏さんは分かる?」
「多分作曲のことで悩んでるんだと思う。私、プレッシャーかけちゃったかも」
後悔と反省を滲ませながら、ため息と同時に虹夏さんが吐き出した。
それから気を取り直すように首を振り、腕を組んでから言葉を続ける。
「だからどうにかするって言っても、何したらいいのか分からないんだよね」
「とりあえず様子見に行く? 会って話せば何か変わるかもしれないよ」
「でも今日私、というか皆バイトなんだ。私たちまで抜けるとお姉ちゃんがどうなるか」
「なら、僕だけでも行こうか?」
僕の提案に虹夏さんは目を丸くしていた。そんなに意外なことかな。
「……いいの?」
「僕も気になるから。万が一、普通に病気とかかもしれないし」
「それは億が一無いと思う。あいつは体調悪い時、めっちゃアピールしてくるタイプだから」
言われてみると確かに目に浮かぶようだ。これ見よがしに咳とかしそう。
だから休むとか、代わりにあれやって、とかも言いそう。これ以上は陰口だ、やめておこう。
僕が自制をしている間に、虹夏さんは難しそうな顔になっていた。そのままぼそりと呟く。
「あー、でもそっかぁ家か、家なんだよなぁ」
「家……そっか、御家族も当然いるよね。なら挨拶とかお土産とか用意した方が」
「いやうん、ここで言っても何の対策も出来ないし、後藤くんが考えると逆にあれな気もするし」
「虹夏さん?」
「もしかしたら奇跡的に、溺愛同士で何か化学反応が起きるかもしれないし」
「あの?」
「……無理だったら、いつでも帰って来ていいからね!」
「えっと、はい、頑張ります」
こんな風に不安を煽るだけ煽ってから、虹夏さんは僕を見送ってくれた。
そうして向かったリョウさんの家。困惑されながら通された玄関で爆弾発言が落とされた。
「この人は、私のお母さんです」
そんな意味不明な紹介もあり、当然ながら山田家に一波乱が起きた。
混乱に目を白黒とするお父さん、立場を取られ卒倒するお母さん、何故か満足げなリョウさん。
そして僕は動けない。訳が分からな過ぎて、どうすればいいのか判断もつかない。
この状況を終わらせたのは、いち早く立ち直ったリョウさんのお母さんだった。
彼女はなんとか身を起こすと、目じりに涙を溜めながら僕を指差し、宣戦布告した。
「こ、こうなったら、リョウちゃんのお母さんの座をかけて勝負よ~!!」
「えっ」
「ま、ママ、気持ちは分かるけど、お見舞いに来てくれた子にいきなりそんなことは」
「ならパパは、この人は私のお父さんです、って女の子紹介されても我慢できるの!?」
「……悪いね後藤君、少し付き合ってくれないかな」
「えっ」
リョウさんのお父さんまで乗り気になってしまうと、僕にはどうしようも出来ない。
これを何とか出来るのは、彼らの娘のリョウさんだけ。その彼女は既に逃走の準備を進めていた。
「じゃあ陛下、あとはよろしく」
「待ってリョウさん、この状況から逃げないで、責任は取って」
「今作曲のインスピレーションが降りてきた。じゃんじゃん書ける気がするから止めないで」
「それ嘘でしょ。眠気しか顔から伝わってこないよ」
「くっ見破られるとは。さすがは私のお母さん」
「む~」
「これ以上煽らないで?」
それから勝負の準備をしてくる、とリョウさんの御両親は言い残し、家の奥へと消えて行った。
取り残された僕へリョウさんが歓迎するように両手を広げ、ふざけたことを言い出した。
「改めていらっしゃい、お母さん」
「こんな大きい娘を持った覚えはありません」
「ネグレクトされた。よよよ」
わざとらしいウソ泣きをしながら目じりを拭う。ネグレクトってなに、意味は分かるけどなに。
やがて演技も飽きたのか、彼女はいつものケロっとした顔に戻りそのまま質問を続ける。
「まあいいや。それで陛下は、今日何しに来たの?」
「バイトも学校も休んでるし、連絡も取れないから心配になって」
「……それはごめん」
「それでお見舞いに来ました。こっちこそ突然来てごめんね」
僕の謝罪に彼女は黙って首を横に振った。よかった、最悪帰れ、とか言われると思ってた。
一安心したところで、届け物があったことを思い出した。また忘れる前に渡しておこう。
「あと、はいプリント。月曜までの宿題も持って来たよ」
「げっ」
もしかしたらやっぱり帰れって言われるかもしれない。そんな顔になった。
幸いそんなことはなかったけれど、代わりに揉み手をしながら凄い勢いで迫って来た。
「陛下、私は今未確認ライオットのための作曲という重大な仕事中」
「宿題は代わりにやらないよ?」
「この前の、結束バンドのためならなんでもやるっていう陛下の言葉、感動した」
「やらないよ?」
「……」
「……」
睨みあい、にはならない。後ろめたいのか今もトラウマなのか、彼女は視線を逸らした。
そしてそのまま照明を眺めながら、話まで逸らそうとした。そこまで宿題やりたくないの?
「宿題をやらずに音楽に耽る。これってロックじゃない?」
「それはロックじゃなくてただのわがまま。何も格好良くないよ」
「…………お母さんみたいなこと言うね」
「最初にそう呼んだのはリョウさんでしょ」
「そうだった」
なるほど、とでも言うように手を打つ。納得されても困る。僕はお母さんじゃない。
でも言ってもどうせ無駄だろうから、リョウさんがこれにも飽きるまで放って置こう。
それよりも今は作曲のこと、彼女の悩みのために力になることが先決だ。
「宿題は一旦置いといて、他に何か出来ることはある?」
「何の話?」
「作曲のお手伝い。終わらないと、いつまでも学校来れないでしょ?」
定期テストを除いてリョウさんの成績は悪い。ついでに生活態度も酷い。
遅刻やサボりは数えきれないし、課題はほぼ提出せず、授業は聞かずに寝てばかりいる。
このまま休み続けると留年まで視野に入るから、早く学校に来て欲しい。あと僕が寂しい。
「宿題以外、宿題以外……」
「それ以外なら何でも言ってね。リョウさんの力になりたいから」
その時御両親が消えた先から、さっき聞いた覚えのある声がした。ついでに視線も感じる。
振り向くと隠れきれていない頭が二つ縦に並んでいた。隠れる気あるのかな、あれ。
「ね、ねぇパパ、リョウちゃんたち何話してるか聞こえる?」
「ごめんねママ、あんまりはっきりとは。でも何回かお母さんって言ってるみたい」
「くぅ、わ、私のリョウちゃんが取られちゃう、早く勝負しないと!!」
別にリョウさんを取るつもりはないし、お母さんの座なんてもっといらないのだけど。
というかどっちももらっても困る。そうして困惑する僕の肩を、リョウさんがそっと叩いた。
「それじゃ作曲してる間、あの人たちの相手お願い」
「………………………他に無い?」
「無い。よろしく」
無いらしい。思わずため息を吐きそうになる僕へ、彼女は迷わず追撃を加えた。
「あと土日はもっと干渉が強いから、明日と明後日もお願い」
「えっ」
そんな任務をリョウさんから預かって三日目、日曜日。
「この頃のリョウちゃんは、お人形さんみたいに可愛かったなぁ……」
「こういう服も似合うんですね。今はあまり見ないので新鮮です」
「でしょ~? あっいくら魅力的でも、あんまりジロジロ見ちゃだめよ。女の子はそういうの分かるんだから」
「妹にも以前同じようなことを言われました。気を付けるようにします」
「妹さんってことは、バンドメンバーの子?」
「そちらではなくて下の子、五歳の子の方です」
「あらおしゃまさん。可愛い盛りじゃない~」
僕はリョウさんのお母さんとお父さんと仲良くなっていた。
「はっいけないいけない。さあ一人ちゃん、そろそろお母さん勝負の時間よ~!」
「分かりました。次は何をしますか?」
「そうね、じゃあ人生ゲームはどうかしら~。パパも一緒にやりましょ~」
「僕も参加していいの?」
「もちろん、こういうのは人数多い方が楽しいのよ~」
そんな風に三人でわいわいしていると、呆れ果てた声がリビングに響いた。
「勝負はどうした、勝負は」
リョウさんだ。普段の冷めた目が、冷たさを感じるくらいにまで更に沈んでいる。
対照的に御両親二人は輝きだした。喜多さんみたいだ、なんて言ったら怒られるかな。
何故か二人とも感極まって何も言わない様子だから、僕の方から彼女も誘おう。
「リョウさんも一緒にやる?」
「やらない」
「まあまあ一人君もこう言ってるし、リョウちゃんもどうだい?」
「だからやらないって。というか、えっなんで仲良くなってるの?」
なんでって、なんでだろう。僕にも分からない。答えを求めて二人の方を見る。
自然と目が合うけれど、まるで気絶する気配は無い。代わりにサムズアップが二つ返って来た。
「お母さんの座を巡る戦いの中で、熱い友情が芽生えたのよ~」
「いい戦いだったねぇ。あれをずっと見てたら、誰だってこうなるよ」
「私の知らないところで、いったいどんな戦いが……?」
「ロインも交換したわ~」
「したよ~」
「マジかよ」
もの凄く疑わし気に見られるけれど、そんな特別なことは何も無かったはず。
あれから今日まで、リョウさんの昔話を聞きながらお母さん勝負を引き受けていただけだ。
ちなみにそれっぽい勝負は最初だけだった。料理や洗濯、掃除など、すぐにアイデアが尽きた。
途中からはチェスとかトランプとか、何故か一緒に遊んでもらっていた覚えしかない。
「寂しいけどしょうがない。リョウちゃん抜きでゲームを始めようか」
「それじゃリョウちゃんトークを続けるために、アルバム持ってくるわね~。さっき九歳編十三巻が終わったから、次からは十歳編よ~」
「は?」
「確かこの年からベースを始めるんですよね。楽しみです」
「あら覚えててくれたの~? 嬉しいわ~」
「当然です。お二人のお話は愛情に溢れてて、聞いていてとても楽しいので」
「あらあらお上手ね~」
リョウさんのお母さんは、ほほほ、と照れた様子で微笑んでいる。嘘を言ったつもりはない。
この三日間でよく分かった。御両親揃ってリョウさんのことをとても深く愛している。
そして僕が言うのもなんだけど、過干渉で過保護なのも分かった。鬱陶しく思うのも無理はない。
それでもその愛情の大きさと重さにはどこか共感出来て、安心感すら僕は覚えていた。
「陛下、もういいから」
「えっでもリョウさんトーク気になるし」
「なんで浸食されてるの?」
だからそのままリョウさんトークを聞こうとしていると、その彼女に腕を引かれた。
僕を椅子から引きあげようと思い切り力を込めている。眉間に皺が寄っていて顔も赤い。
かなり本気だ。珍しいものを見たなぁなんて思いつつ、僕は抵抗して座り続けた。
「じゃあリョウちゃんトーク十歳編始めるわよ~」
「や、やめ」
「リョウちゃんはね~あの頃からツンデレさんでね~」
「やめろッ!!」
そうして引きずられるようにして、リョウさんの部屋まで連れてこられた。
ギターやベース、バイオリン等々、種類を問わずあちらこちらに楽器が転がっている。
しかも見る限りハイエンドばかり。金欠にもなる。というか、よくそれだけで済んでいる。
「酷い目にあった」
「お疲れ様」
「半分以上は陛下のせいだけど、分かってる?」
「そう言われても、相手してねって言ったのはリョウさんだし」
「ぐっ」
うめき声とともに深いため息を二回ほどしてから、リョウさんは顔を上げた。
それから部屋の入口に近付くと扉を開け、顔を出して辺りを窺う。両親を探しているようだ。
「……見に来てないよね」
「来ないと思う。さっきお願いしたら、頑張って我慢するって言ってもらえたから」
「本当に?」
「ハンカチ噛みながらだけどね」
実際にそんなことする人初めて見た。しかも夫婦揃ってやってた。仲良し、夫婦円満だ。
さっき見た新しい夫婦の形を思い出しながら、僕は僕と、リョウさんの三日間の成果を確認した。
「それでここ三日は解放されてたけど、調子はどう?」
「……まだ全然」
「落ちてるこの曲は?」
「ボツ。こんなつまらない曲じゃ、デモ審査も通らない」
「そうなんだ。それはそれとして聴いてみてもいい?」
「駄目。ファンにこんなの、聴かせられない」
「そっか。残念」
ちらっと見た限り、同じような曲が辺り一面に転がっている。
どうやら想像してたよりもずっと作曲は難航しているらしい。というより、自信が無いのかな。
僕はひとりと違って、一瞬譜面を見ただけじゃ曲を把握しきれない。聴かないと何も言えない。
この場合何をすべきなのか。頭を悩ませていると、リョウさんが変な質問を投げかけてきた。
「……もしも」
「?」
「……陛下は、もしも私たちがデモ審査で落ちたら、どうする?」
突然のもしもに驚いてしまった。落ちたらどうするか、考えたことも無かった。
一人で悩み続けていたせいで、いつも以上に彼女は繊細になってしまっているようだ。
とにかく何か返さないと。こういう時は黙っているのが一番よくない反応だ。
「…………残念会を開く?」
「それだけ?」
「えっ、じゃあそうだね、残念ライブもやってみるとか」
「残念ライブって何?」
「ごめん、言ってみただけだから、僕もよく分からない」
自分で言っておいてなんだけど、本当に残念ライブって何だろう。
落選者同士で集まって合同ライブでも開くんだろうか。それはそれで面白そうだ。
ただこれはリョウさんの求める答えじゃないだろう。現に若干彼女の目が座っている。
「それくらいしか思い浮かばないけど、他に何かあるの?」
「……」
他に何か特別な行事でもあるのかな。こういうことに関わるのは初めてだから知らない。
僕の疑問が本気だと伝わったのか、長い長い沈黙の後、消えるような声で彼女は答えてくれた。
「……………………………………………………………………………………ファンをやめる、とか」
ファンをやめる、誰が、話の流れとしては僕が、えっ僕が? どうして?
本当にまったく分からなくて困惑する。なんでそんなことで僕が、そんなことを。
だからマナー違反と知りながらも、オウム返しをすることしか出来なかった。
「……なんでやめることになるの?」
「本気でやってその程度なら、失望されてもおかしくないから」
一度整理しよう。リョウさんは本気で言ってるように見える。
デモ審査に落ちた程度で僕がファンをやめると思っている。舐められたものだ。
なんて言おうか。二秒考えて決めた。こういう時は極論だな。大袈裟に言おう。
「今からあえて誤解を招くような言い方をします」
「?」
「だから誤解しないでね」
疑問を全身に浮かべながらも、リョウさんは頷きを返してくれた。言質は取れた。
なら普段は言えないことを、言ってはいけない本心を、大袈裟に言わせてもらおう。
「未確認ライオットのグランプリを取れるかどうかなんて、僕はどうでもいいと思ってる」
僕の言葉にリョウさんは目を見開いた。驚き、怒り、悲しみ、様々な感情が揺れている。
そのままそれを言葉にしようとした瞬間、何かに気づいたように飲み込んだ。前置きしてよかった。
「どうでもいいってそれはっ…………あっこれが誤解?」
「そういうこと。もうちょっとだけ聞いてくれるかな」
「……うん」
落ち着きを取り戻した彼女は言葉少なく頷いた。ここからが勝負どころだ。
「グランプリも落選も、結局は知らない他人の評価に過ぎない。それでファンになるとかならないとかは絶対に無い。何一つ関係無い。僕は僕が好きだと思ったから、結束バンドのファンなんだ」
紛れもない本心だ。他人が称賛しようとこき下ろそうと、僕の気持ちは変わらない。
もちろん皆が褒められたら嬉しいし、貶されたら不愉快にはなる。でもそれ以上は無い。
そんな話をリョウさんは黙って聞いていた。とりあえず、このまま続けよう。
「ひとりから聞いたよ。バラバラな個性が集まって一つの音楽になって、だっけ?」
「名言みたいに言われると恥ずかしい」
「ううん、実際凄くいい言葉だと思う。これ聞いて、初めてリョウさんのこと好きになれたし」
「……………………えっ初めて?」
「あっ気にしないで、言葉の綾だから」
危ない危ない。これは言わなくてもいいことだった。墓まで持って行くべきことだ。
誤魔化しも兼ねてさっさと話を進めよう。追及されるとまた別の話になってしまう。
「文化祭のライブはそれが出来てたと思う」
「それで、あの時ファンになったって?」
「うん。初めて今までずっと見たかったものを見られて、聴きたかったものを聴けたから」
互いに支えて、支えられて。信じて、信じられて。
十年以上ひとりが求め続けたもので、僕がどうにかすべきで、なのにずっと出来なかったこと。
今と比べれば拙いライブだった。それでも、一番感動したライブはあの時だった。
「僕はリョウさんのファンで、友達だから。ありのままのリョウさんが見たい、見せてほしい。自分を信じて、自分を出した音楽を聴かせてくれたら、それだけで十分だよ。失望なんてしない」
「さらっと難しいこと言うね」
「……そうだね。確かに、一番難しいことかもしれない」
だとしても僕が望むことはそれだけだ。僕の気持ちに限れば、周りの評価なんてどうでもいい。
その気持ちが伝わったのか、それともここからが本題なのか。彼女は更に不安を口にした。
「……陛下はそうでも、皆はもうバンドが嫌になるかもしれない」
「そんなことはないと思うけど」
「もしもの話」
「じゃあもしそうなったら、一緒に皆を説得しよう」
僕の言葉にリョウさんがばっと顔を上げた。そして目が合う、今度は逸らされない。
こんな風にちゃんと目が合うのは初めてかもしれないな、なんて場違いなことを思った。
「また一緒に音楽やろうって。バンドを組もうって」
「…………嫌がってても?」
「嫌がってても。僕がずっと結束バンドの音楽が聴きたいから」
もうひとりには後が無いから、とか理由は並べられるけど、結局は僕がそう望んでいるから。
酷いエゴだと自分でも思う。だけど、今は正直な気持ちを告げるのが一番のような気がした。
「結構、身勝手だね」
「ファンなんてそんなものでしょ」
「確かに」
そこで初めてリョウさんが笑ってくれた。三日目でやっとだ。ようやく胸を撫で下ろす。
これならもう僕に出来ることは、僕の出番は無い。あとは皆の、結束バンドの仕事だ。
そう判断して話を区切る。振り返ってみると話にまとまりがない。まだまだ修行が足りない。
「以上です。ごめん、結局上手く言えなかった気がする」
「……陛下が私のことを好きすぎることだけはよく分かった」
「それが伝わったならよかった」
結局のところ、僕はただのファンに過ぎない。専門的な指摘や助言をする立場にない。
仮にあったとしてもするつもりはなかった。そういう干渉は、きっとリョウさんも嫌だろう。
だから僕に許されるは、気持ちを伝えて応援すること、優しく彼女の背中を押すことだけだ。
こんな反応がもらえるのなら、ちゃんと伝えられたんだろう。長々と話し続けた甲斐があった。
そうして僕は一安心していたけれど、対照的にリョウさんは変に神妙な表情を浮かべていた。
「そういうこと軽々しく言うなって、前虹夏に怒られてなかった?」
「軽々しくじゃないよ。真剣に言ってる」
目が合ったままそう告げると、返って来たのは今日一番のため息だった。
酷い時の虹夏さんと同じくらいだ。呆れと何かを強く感じる。嫌悪は無いからいい。
我ながらどうかとは思うけど、こんな反応されるのはもういつものことだった。
「……そっか、だから虹夏はたまにこんな風に」
そんなよく分からない呟きをした後、リョウさんは唐突に入口近くまで移動した。
それから扉を開いて外を指差すと、再び意図の読めないおねだりを僕にしてくる。
「……外でキャンプしたいから、テント張ってきてくれる? 場所はあの人たちに聞いて」
「それはいいけどこの時期に? 風邪引いちゃうよ」
「寝泊まりはしない。ちょっとだけ外の空気に触れたいだけ」
それでもわざわざテントを張るまでもない気がする。なんならベランダで十分じゃ。
疑問から動き出そうとしない僕を見て、彼女はそっぽを向きながら理由を重ねた。
「…………しばらく顔、冷やしたいから」
そう呟く彼女の髪から覗く耳は、赤く染まっていた。
それからはテントを張って、皆が来て、代わりにスターリーで働いて、ひとりを迎えに行って。
今はもう皆と別れて、ひとりと二人での帰り道だ。やっと気を落ち着けられる。
「ひとり、バーベキュー美味しかった?」
「うん! あっご、ごめんね、お兄ちゃんは食べてないのに」
「楽しめたならよかった。それに僕も、夕飯は食べてきたから大丈夫だよ」
「えっが、外食出来たの?」
「星歌さんが行きつけのところ誘ってくれて、それでご一緒させてもらった」
「て、店長さんと? だ、大丈夫だった?」
「もちろん大丈夫。スターリー近くにある洋食屋さんでね、ハンバーグ食べたけど美味しかったよ」
路地裏にひっそりとあるお店だった。連れて行ってもらえなければ一生行けなかったはず。
お店の人や店内の雰囲気も落ち着いていて、ひとりでもなんとか行けそうなくらいだった。
そして何より味もいい。そんなところも知ってるなんて流石は星歌さんだ。
「他にもオムライスとか唐揚げとか、ひとりが好きなのもたくさんあったよ。今度行こうか」
「……お兄ちゃんが食べて覚えて、それを家で再現するのは?」
「ちょっと難しいかなぁ。やっぱりプロは違うよ」
腕か食材か機材か、それとも全部か。とにかく味の深みが違う。プロの仕事だった。
あれだけの味を出すには、きっと本格的に料理の道を進む必要がある。そこまでは出来ない。
僕の返事に落胆したものの、ひとりはすぐに気を取り直して、別のことを問い直してきた。
「そういえばお兄ちゃん、今日はリョウさんとどんな話したの?」
「今日もリョウさんというより、御両親二人との方が話してた気はする」
「……お母さんポイント、どれくらい貯まった?」
「一万超えたあたりから数えてない」
貯まるとどうなるのか、何ポイントでどれくらいお母さんなのか、意味はあるのか。
楽しそうだったから止めなかった。でも何もかも分からないから、途中で考えるのはやめた。
そもそも僕はお母さんじゃない。目指してもいない。せめてお父さんにして欲しい。
「お母さん云々はもういいよ。とりあえず、リョウさんのスランプが終わってよかった」
「…………か、代わりにこれからは、私のスランプが始まります」
「もう始まってるんだ」
「だ、だって、これからの作詞を考えると、ぷぷ、ぷプレッシャーが」
「手伝えることがあったら言ってね。徹夜と宿題以外ならなんでもやるよ」
「あっじゃあ、数学のプリントと英文翻訳を代わりに」
「それは一緒にやろうね」
がっくりとひとりは項垂れてしまった。いつも断ってるのに、どうしてまだ諦めないのか。
この分だと徹夜もしそうだ。バイトや練習のスケジュールも考えると、一徹は見過ごそう。
それ以上は止める。徹夜してもどうせ授業中に寝るだろうから、自己満足で不健康になるだけだ。
「そんなにプレッシャー凄いのは、未確認ライオットのことがあるから?」
「それもあるけど今回の曲凄い良くて、見合うものって考えると、うっ、い、胃が重たい……!」
「ただの食べすぎじゃない?」
からかうように言ってみると背中を叩かれてしまった。最近のひとりは手が出るようになった。
虹夏さんの影響かな。大体僕が悪い時だし、僕以外にすることもないだろうから、別にいいか。
「ごめんごめん。ひとりがそれだけ言うってことは、そんなにいい曲だったんだね」
「うん、ってあれ、お兄ちゃんは聴いてないの?」
「聴いてはないよ。でも言うだけ言った甲斐はあったなって」
「?」
それにしても、自分を信じて自分を出して、か。
「ふふっ」
「あっど、どうしたの?」
「ううん、ごめんね、なんでもないよ」
どの口が言うんだか、笑える。
次回「アラサー女性三人組が男子高校生に女装を強要する話、または事案」です。