ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、誤字脱字報告、ここすきありがとうございます。

多分キャラ崩壊してます。原作はきっともっとライトです。


第十話「アラサー女性三人組が高校生男子に女装を強要する話、または事案」

 リョウさんが学校に来るようになってから数日が経った。

今日も今日とて僕は放課後スターリーへ向かっている。今朝星歌さんに呼ばれたからだ。

用件はまだ聞いてない。妙に口ぶりが重かったけれど、時期的に確定申告の話とかかな。

何であれ頼られたなら頑張ろう。そんな決意とともに、僕は入口の重い扉を開いた。

 

「いや~先輩可愛いですね~。私が男だったら付き合いたいくらいですよ~」

「は? 誰がお前なんかと付き合うか。冗談は酒だけにしろ」

「…………失礼しました」

「あっ」

 

 そして閉じた。僕は何も見なかった、聞かなかった。今ここには誰もいなかった。

記憶をシャットアウト。感情を閉じ込める。意識を一定に留める。その上で判断した。

今日は帰ろう。それだけを考えてUターンすると、肩を全力で掴まれた。振り向きたくない。

 

「おい待て」

「僕は何も見ていません。今日は用事があってスターリーには来れませんでした。さようなら」

「いやお前の用事はここにある。いいから入れ、入って。この格好で外にいたくない」

 

 強引に振り向かされて、改めて視界に入ってしまう。目を瞑ろうにも体が動かない。

諦めて目の前の光景を確認する。ピンクのカーディガン、ブレザーにスカート。学校の制服だ。

毎日どこかで見ている服装。それが僕を壊そうとするのは、誰が着ているか、ということだった。

 

「……なんで、制服着てるんですか、星歌さん」

「……………………………」

 

 僕の質問に星歌さんは何も答えず、頬の紅潮をますます深めていくだけだった。

 

 

 

「つまり、廣井さんが星歌さんの私物を勝手に持ち出して、その上で着るように唆したと」

「それはその通りなんだけどさ~なんか言い方にトゲ無い?」

「ありません」

「あるよー。普段はもっと優しい言い方じゃん」

「だとしたら、見たくもないもの見せられたせいかもしれません」

 

 思わず吐き捨てるように言ってしまった。苛立ちが隠せていない。もっと冷静にならないと。

そんな僕の言い方に縮こまって座っていた大人二人が、ますます小さくなってしまった。

星歌さんと、彼女と同じく何故か制服を着ていたPAさんだ。こっちは黒いブレザーだ。

 

「……お見苦しいものをお見せしてごめんなさい」

「今なら現役女子高生とも張り合えるかも、なんて思ってごめんなさい……」

「あっいえ、そんなことは。お二人ともよくお似合いだと思います」

 

 これは本心だ。制服を着なくなってから十年は経っているだろうけど、違和感はあまりない。

二人とも美人だから似合っているし、少なくとも諦観や絶望は湧いてこない。なんだこの感想。

 

「本当ですか? 私たち、現役の子たちに負けてませんか?」

「それは分かりませんけど。その、見てて吐き気はしないので」

「基準が酷くない?」

「うぅ、は、吐き気……」

「ほらまた泣き出しちゃった」

 

 僕の下手な感想にPAさんがさめざめと泣き始めてしまった。どうしよう。

変な話、泣かれてしまうのが一番困ってしまう。気絶や嘔吐、溶解の方がまだ慣れている。

自分で言っててどうかと思う。駄目だな、まだまだ動揺している。落ち着け。

 

「すみません。大人の制服姿に嫌な思い出があって、つい反射的に」

「随分限定的なトラウマだけど、何かあったの?」

「おい馬鹿やめろ、掘り下げるな」

 

 星歌さんが止めてくれたけれど、もう遅かった。脳裏にあの姿が過ぎる。止められない。

心が萎れる。気分が下がる。目の前が暗くなる。それでもなんとか、一言だけ口に出来た。

 

「………………………………………………………………………以前、母が」

「うっっっわ」

「悪い、もういい。聞いて悪かった。あと廣井は反省しろ」

「ご、ごめんね、一人くん」

「僕のことはいいです。皆さんも、このことは黙っておくので気にしないでください」

「……」

 

 僕の言葉に何故か大人三人が目を交わし合い、同時に大きく頷いた。嫌な予感がする。

そして代表して星歌さんが僕に近付くと、思い切り肩を組み意地の悪い声で囁いた。

 

「じゃあ、お前にも何か着てもらおうか」

「……はい?」

 

 日本語が繋がっていない。じゃあとはいったい。何かって、まさか制服、女装のこと?

意味が分からない。何がどうして僕がそんなことをすることになるのか。やりたくない。

そんな思いを込めた返事を聞いても、星歌さんは気にせず首に回した腕に力を入れた。

 

「いいか一人、秘密を守らせるにはな、弱みを共有するのが一番なんだよ」

「そこにも着てない人います」

「そいつはいい。酔っ払いが何言っても誰も信じないからな」

「あっ先輩酷い!」

「うるせー、お前は黙って見たいか見たくないか言え」

「見たーい」

 

 女装は普通に嫌だ、嫌だけど、それ以上に引っかかるところがあった。

 

「……そんなに僕は口が軽く見えますか?」

「いや、お前なら絶対に話さないって信じてるよ」

「星歌さん……」

 

 信用されていない気がして、なんだか寂しくなってしまった。

そんな甘えから出た言葉を星歌さんは優しく、それでいて力強く否定してくれた。

当然嬉しくて誇らしい気持ちにはなる。なるけれど、またしても引っかかってしまった。

 

「だったら女装なんてする必要ないんじゃ」

「それとこれとは話が別だ」

「別なんですか?」

「別だ」

 

 別らしい。いやまるめ込まれてどうする。別でも何でも、もう女装なんてしたくない。

そう告げても通じない。目の前の大人二人は妙にはしゃいでいて、説得しても意味がなさそうだ。

こうなったら残った一人、まだまともそうなPAさんになんとか仲裁を頼もう。

 

「PAさんも二人を止めてください」

「……前から思ってましたけど、後藤君は肌も髪も、男の子なのに綺麗ですよね」

「えっと、はい、どうも?」

「何か手入れとかされてます?」

「特にしてません」

 

 ぴきりと、何かが切れた音が聞こえた。

 

「これだけ綺麗なら、きっと女装もとても似合いますよ」

「PAさん、あの、どうして怒って」

「こいつ肌ケアに月三万は使ってんだよ。それなのに男子高校生に負けたからキレてる」

「キレてませんよ? というか人のプライベートを暴露しないでください」

 

 どう見ても怒ってる、控えめに言っても苛立っている。というかこれ八つ当たりじゃ。

でも昔、怒っている女の人に正論を持ち出すのは自殺行為だ、と父さんが言っていた。

それにさっきから制服姿に何度もケチをつけてきた。そのツケ分も怒っているのかもしれない。

だから今必要なのは真実じゃなくて納得だ。彼女を説得出来る材料をなんとか絞り出そう。

 

「あっ僕も肌ケアやってました。思い出しました」

「…………どんなものを?」

「化粧水です。僕がやらないと私もやらないってひとりが言うので」

「…………………他には?」

「それ以外は、特に」

 

 僕の言葉にPAさんはニコリと微笑むと、そのまま星歌さんの元へ歩んで行った。

 

「店長、後藤君は黒のセーラーが似合うと思います」

「王道だな。だがあえてフリフリで行くのはどうだ?」

「悪くないですね。ギャップで映えそうです」

 

 説得は失敗した。それどころか身の毛もよだつほど恐ろしい会話を始めてしまった。

思わず震えそうになる僕の肩を廣井さんが叩く。楽しそうな笑顔と酒臭さが癪に障った。

 

「諦めなって。人生そういう時もあるよ」

「廣井さん、持ってるお酒全部出してください。捨てます」

「あっごめんて、悪かったって! ちょ、服引っ張らないで、脱げる、脱げるから!!」

「脱げたら制服でも何でも着ればいいじゃないですか」

「酒臭いからそいつには着せたくない。一人、もう観念しろ」

「嫌です。帰ります」

「強情だな。そうだ、女装したらあれだ、私が何でもお願い聞くから、な?」

 

 僕の頑なな態度を前にして、今度は懐柔しようと星歌さんが提案してくる。

それにしたってなんでもって。冗談だとは思うけど、気軽に出していい条件じゃない。

 

「そこまでして僕に女装させたいんですか?」

「ここまで来たらもう意地だ。ほら、何かない?」

 

 ここが分水嶺だ。僕の直感がそう告げた。女装を避ける境界線がここにある。

断っても無駄な以上、星歌さんの方から無理だと言わせなければ、僕に未来は無い。

だから何かここで無理そうな、それでいて引かれない程度のお願いをするべきだ。

 

 でも意外と難しい。これと言って思いつかない。一般的な尺度がはっきりしない。

仮に逆の立場で考えたとしても、星歌さん相手なら大抵のことは許せてしまう。

それでも考えて考えて、ふたりがこの間得意げに語っていたことを思い出した。これにしよう。

 

「なら女装する代わりに、星歌さんの髪触らせてください」

「なんだそんなことか。じゃあこっちに来な」

「あれ?」

 

 あまりにもあっさりと了承されてしまい、ついそのまま星歌さんの元へ近づいてしまう。

彼女はそんな僕の手を取ると、躊躇なく自分の髪に絡ませた。滑らかで艶やかだ。

それから何度か手櫛をすると、ニヤリと悪戯っぽい微笑を浮かべた。虹夏さんそっくりだ。

 

「はい触った。これでもう契約成立だから」

「星歌さん、髪は女の命とも言うらしいです。軽々しく触らせちゃ駄目ですよ」

「お前は昭和の母ちゃんか。サイズ確認するからじっとしてろ」

「そもそもなんで僕が着れる大きさの服持ってるんですか?」

「そういうこともある。これは着れそうで、こっちは、無理か」

「どういうことですか、というか話聞いてます?」

「聞いてる聞いてる。スカート短くてもいい?」

「せめて長くしてください」

 

 僕は無力だった。

 

 

 

 そして数分後、僕は女装を強要されていた。足元がすーすーする。

小さい頃を思い出して、少し懐かしくなるのがなんか嫌だ。ますます微妙な気持ちになる。

顔に出ないからか、元々気にしてないのか、大人三人組はそんな僕の前でも楽しそうにしていた。

 

「おー、一人ちゃん美人だねー」

「……似合うとは思ってましたが、まさかここまでとは。店長は」

「……………」

「あっ駄目ですね、集中してます」

 

 特に星歌さんは瞬き一つしていない。目が乾いてしまいそうだ。そんなに見なくても。

なんとなく恥ずかしくなってきたから身をよじると、また少し彼女の目が見開いた。目力が凄い。

そんな星歌さんに被さるように廣井さんが絡む。それでも星歌さんは身じろぎ一つしない。

 

「ところで先輩、なんで黒いセーラー服?」

「襟とかリボンで肩幅が誤魔化しやすいからだ」

「へーそうなん」

「同じ理由で髪も普段まとめているのを肩口に下ろした。元が長くて綺麗だからウィッグは無し、そのままで十分通じる。あと髪飾りも無しにした。もちろん着けたいのも結構あったけど、ちょっと今回のコーディネートには合わなそうだ。だから次回以降に期待してくれ。そうだな、ついでだから全身語るか。じゃあ上からいくぞ。上半身一押しのポイントは、萌え袖だ。元々手の甲を隠すために用意したんだけど、今急に来てる、正直計算外だった。いくら一人でもこの格好は恥ずかしいみたいで、さっきから仕草に照れが滲み出てる、指先にもだ。普段は良くも悪くも堂々としてるから、こうして縮こまってるのはなんか新鮮だ。いいよな。それでずっともじもじしてるから、さっきから袖からちらちら指が時々見える感じになってる。ちょっとしたフェチだ、これもいいよな。次に下半身、ここは男女差が大きいから一番大事なところだ。当然黒タイツは履かせたうえでロングスカートにした。もちろん体つきを誤魔化すのも大きい理由の一つだけど、一番は今回のテーマが世間知らずの陰気なお嬢様だからだ。こいつそういうところあるだろ? たまに虹夏たちも言ってるけど、落ち着いてるくせに妙なところで変に無知で純粋なとこ出してくるからな。余計なお世話だけど心配になる時もある。ちょっと別の話になるけど、マネージャーのことだってそうだ。傍から見ててたらその辺でやってる奴よりよっぽど献身的なのに、正式になることだけはなんでか断ってる。やりたきゃやればいいのにな。その辺今日は聞こうと思ってたんだけど、いやまあそれは、今はいいか。今は女装の方が大事だ。で、スカートの話に戻るけど、ロングスカートはいいよな。じっとしてれば清楚さと知性を感じさせて、動いてふわりと広がるときは隠れた幼さが浮き出てくる。これが見たくてロングを選んだ。あえてミニというのも選択肢にあったけど、結果的にナイスチョイスだった。あぁ待て、言いたいことは分かる。確かに胸の赤いリボン以外上から黒黒黒で、一見辛気臭くて地味な印象になる。そこでこれ、白いマフラーの出番。首元を隠すことで男っぽさがぐっと減るし、アクセントで黒と白、大人びた雰囲気と純粋な幼気さ、矛盾した両方の魅力がより映える。まあそうだな、モノトーンなんて大人し過ぎない? っていうお前の気持ちも分かる。だがシンプルイズベストだ。素材を生かしてこそ一流、飛び道具に頼るようじゃ三流だ、ロックじゃない。そうだ、言い忘れてたけど化粧はしてない。ここもぶっちゃけ迷ったんだが、今回は無しだ。テーマのこともあるし、何より元々色白で肌も綺麗だから必要ない。ナチュラルメイクよりナチュラルのがいい。すっぴんだからこそ生まれる色気もある。まあなんだ、とにかく今日はいい勉強になった……」

「めっちゃ語るじゃん、こわ……」

「……リアルで怪文書垂れ流す人、初めて見ました」

 

 長々と続いた星歌さんの語りに、二人ともドン引きしているようだった。僕はよく聞こえない。

というのも解説始め頃に、廣井さんが僕を守るように抱き寄せたからだ。ついでに耳も塞がれた。

丸っきり子供扱いだ。それでも目の前で急速に酔いが醒めていく彼女を見ると何も言えない。

 

 星歌さんは何を話したんだろう。いや、それを知らせないためにこうしてくれている。

僕に出来ることは、何も気づかずに廣井さんの背中を撫でること、感謝することだけだ。

その感触と匂いでちゃんとお風呂に入っていることが分かった。現実逃避でも安心出来た。

そんな僕の様子を確認したPAさんは、空気を軽くするよう、あえてからかうように聞いてきた。

 

「なんというか、スカート履き慣れてますね。もしかしてそういう趣味が?」

「ありません。小さい頃ひとりと入れ替わる遊びとかしてて、それで慣れただけです」

 

 今ではすっかり履かないけれど、小学生くらいまでは時々ひとりもスカートだった。

だから遊びやら身代わりやらで入れ替わる僕も、必然的にスカートを履く機会があってしまった。

というかあの子にスカートでの振る舞い方を教えたのは僕だ。まったく誇りに思わない。

 

「ぱっと見女の子だけど、声出すと男だってわかっちゃいますね」

「それのどこが問題なんですか?」

「なら裏声で話してみたらどう?」

 

 廣井さんがお酒を飲むのを介助しつつ、PAさんの冗談に答えていく。

すると無事現世に戻って来てしまった星歌さんが、ウキウキしながら提案してきた。

 

「そうだ、せっかくだからぼっちちゃんの声で頼む。どうせ出来るんだろ?」

「どうせってなんですか、どうせって。出来ますけど」

「マジで出来るのかよ」

「んんっ、あー、あーあー」

「おーほんとにぼっちちゃんだー」

 

 ひとりの代わりに電話するために会得した技術だ。幸いなことにここ半年は使っていない。

星歌さんのきらきらとした期待の目が突き刺さるし、ここまで来たらもうやってもいい。

でも言うことを聞きっぱなしというのも癪だ。ちょっとくらい悪戯したって許されるだろう。

 

「……これでどうですか、星歌先輩っ?」

「うっ」

 

 星歌さんが死んだ。いやなんで?

 

「先輩には刺激が強かったかー。じゃあじゃあ次は私のこと呼んで?」

「廣井さんは制服着てないので呼びません」

「ケチー」

「…………廣井先輩」

「おー!? 急になんだか先輩欲が増してきた! 何か奢ってあげるね!」

 

 雨か槍が降るようなことを言ってから、廣井さんはポケットを漁り始めた。

出てきたのは、ゴミ、チケット、ゴミゴミゴミ、何かの袋、ゴミ、そして財布。

上機嫌に開いたそこには何も入っていなかった。これ財布もある意味ゴミの一種なんじゃ。

 

「お金無いや。やっぱり何か奢って?」

「廣井さんが僕を先輩って呼ぶなら考えます」

「……うーん、師匠としてのプライド、うーん、お酒、うーん」

 

 だから廣井さんの弟子になった覚えはないのだけれど。いつも彼女は聞いてくれない。

恒例のやり取りに不思議な安堵を覚えていると、PAさんに肩を何度か叩かれた。

今度は彼女が期待の滲んだ笑みを浮かべつつ、自分を指差し問いかけてくる。

 

「それなら私は?」

「えっと、じゃあPA先輩?」

「あっ部活っぽくて想像よりずっといいですね。なんだか青春気分が蘇ってきます」

 

 高校一年で中退した人が何を言ってるんだろう。生まれてないものは蘇らない。これは妄言だ。

いやいけない。しょうがないこととはいえ、気分がささくれている。このままじゃ不味い。

取り返しのつかないことになる前に、さっさとこの意味不明な状況を終わらせないと。

 

「星歌さん、そろそろ起きてください」

「……おいおい先輩をつけ忘れてるぞ、しっかりしてくれ」

「こっちのセリフです。まだ寝てます?」

 

 目の前で手を振ってみると、その通りに瞳が動いていく。その目は虚ろだ。

なんとなく指に変えて振ってみると、こっちでも変わらない。なんか駄目そう。

駄目なら駄目で都合がいい。この隙に早く着替えさせてもらおう。

 

「それで、もういい加減着替えていいですか?」

「駄目だ」

 

 力強い即答だった。僕を見つめるまなざしも、見たことのないくらい強いものだった。

こんなところで見せられても困る。もっと格好いい、真面目な場面を用意して欲しい。

呆れてものも言えない僕の代わりに、やっとPAさんが執り成しをしてくれた。

 

「店長気持ちは分かりますけど、そろそろ皆さん来る時間ですよ」

「ぐっ、ならせめて、写真だけでも」

「嫌です」

「安心しろ、私も一緒に写る」

「どこも安心出来ません」

「いいからいいから。じゃあこのカメラ使って撮ってくれ」

「……店長、これお店の機材じゃ」

「店長特権だ。ほら一人、こっちに来い」

 

 特権を振りかざして星歌さんが渡したのは、普段ライブで使っている機材だった。

間違っても制服のコスプレと女装のために使う物じゃない。でも止める人はいない。

僕も言われるがまま星歌さんに近付く。すると肩を組まれた挙句頬まで引っ張られた。

 

「表情硬いぞ、ほぐしてやる。……ほんとに肌もちもちだな」

「ひゃへへふははひ」

「そろそろシャッター押しますよー?」

 

 PAさんの呼びかけに、星歌さんは僕の手から顔を離した。肩は外れていない。

もうなんか色々どうでもいいか。これさえ終わればとりあえず女装も終了だ。

諦めてカメラの方を向く。そしてシャッター音と同時に、入口が開く音がした。終わりが来た。

 

「えっせ、えってん、えっおに、えっえっえっ」

「うっわっ、お姉ちゃんたち何やってるの?」

「もしかして何かの罰ゲームですか~?」

「げっ」

 

 それが誰の声だったのかは分からない。もしかしたら僕のだったかもしれない。

とにかく、ひとり達に見られた僕達は固まり、絶望の声を上げることしかできない。

その中でただ一人、いつも通りの恥しかかいていない廣井さんが動き出した。

 

「いやぁ当たり前だけど、先輩たちとは輝きが違うなぁ」

「うわなんですか、いきなり気持ち悪いこと言い出して」

「妹ちゃんは今日も塩だなー」

「うぅ、これが現役、十代の光、過ぎ去った青春、消えた未来と過去…………」

「あ、あのーPAさん?」

 

 大人二人が虹夏さん達に絡んでいる内に逃げよう。こんな姿は見られたくない。

だけど星歌さんが放してくれない。それどころか組んだ肩の力はますます増している。

 

「星歌さん放してください。このままだと見られちゃいます」

「いや許さん。お前もドン引きされろ。同じ哀しみを背負え」

「趣旨変わってません?」

 

 背負うのが弱みから哀しみに変わっている。どちらも背負いたくない。

無理やり引きはがす訳にもいかず、なんとかもがいていると足音が近づいてきた。

一番見られたくない子の足音だ。その子は、ひとりは僕の姿を見て愕然としていた。

 

「お、お兄ちゃん、その格好は」

「あっひとり、これは」

「ま、まさか、私の代わりに学校行くための練習……!?」

「違うよ?」

 

 まだ狙ってたのか。自分の恰好も忘れて思わずツッコんでしまう。

それが失策だった。ひとりの声に釣られて、入口近くにいた二人がこっちに寄ってくる。

 

「ぼっちちゃん、お姉ちゃんも魔が差しただけだからあんまり、あっ」

「そうよひとりちゃん、大人にはそういう時が、あっ」

 

 そうして結局残り二人にも見られてしまった。二人して目を白黒としている。

ここから誤魔化す方法は。いやそんなものはない。もう確実にバレている。

無駄な抵抗をしようとする僕へ、信じられないものを見る目をしながら二人が声をかけてくる。

 

「ご、後藤先輩……?」

「人違いです」

「いや無理があるよ。ぼっちちゃんめっちゃくっついてるじゃん」

「……人違いです」

 

 言い訳も何も思い浮かばない。ただ否定する事しか出来ない。それ以上は無い。

そんな僕を見て地獄の底から湧き出たような、深い深いため息を虹夏さんは吐き出した。

 

「………………………………………お姉ちゃんさぁ、普通に引く」

「!?」

 

 その矛先は星歌さんだった。追い詰められる僕を見てニヤけていた顔が凍り付く。

 

「えっあっ、な、なんで私?」

「どう考えても後藤くんが自分から女装する訳ないでしょ」

「も、もしかしたら、そういう趣味があるかもしれないだろ?」

「後藤くん」

「待て、繊細な趣味だからな、本人の口から言わせるのはどうかと思うぞ」

「往生際悪いなぁ……」

 

 もう一度同じようなため息を吐いてから、虹夏さんはひとりの方を向いた。

 

「そこのところどうなの、ぼっちちゃん」

「あっお兄ちゃんは私がお願いしても、いつもやってくれません」

「……まあそういうことらしいから、これもお姉ちゃんのせいだよね」

 

 どういうことだよ、というツッコミを懸命に堪えながら虹夏さんはまとめた。

堪えてるけど、意思は十分に伝わる。ちくちく刺さる視線を感じる。説明したくない。

そんな思いから、いや純粋な感謝の気持ちから、僕は速やかに彼女へ礼を告げた。

 

「分かってくれてありがとう、虹夏さん」

「後藤くんも後藤くんだよ。なんでもかんでも受け入れちゃ駄目って言ったよね?」

「そうですよ先輩、もっと隙だらけの自覚を持ってください!」

「ごめんなさい」

 

 今日の僕に勝てる相手はいない。叱られたら謝るほかない。反省はしてます。

だからきっちり頭を下げたのだけれど、反応が無い。またもや視線だけは感じる。

顔を上げると、ついさっきの星歌さんのようにじーっと全身を見られてしまっていた。

 

「……それにしても、改めて見ると」

「……えぇ、これは」

 

 上から下までジロジロと、二人に無遠慮に観察される。出来れば見ないで欲しい。

そんな願いも虚しく、引き続き眺め尽くされる。その上カメラまで虹夏さんは手に取った。

 

「お姉ちゃん、このカメラ借りるね」

「あっおい、それ仕事用の高い奴だから」

「借りるね」

「はい」

 

 さっきまでの強さはどこに行ったのか、星歌さんは弱弱しかった。

僕にそれを気にする余裕はもうない。今は眼前で仁王立ちする虹夏さんを注視している。

彼女はその体勢でカメラを抱えたまま、おもむろに自分の怒りをアピールしてきた。

 

「後藤くん、私は怒っています。何度も何度も言ってるのに、相変わらず隙だらけなことに」

「それは、悪いとは思ってるけど」

 

 心配してもらっているのに、それを無為にしている自覚はある。申し訳なさもある。

そのはずなんだけど、嫌な予感が止まらない。反省すべきなのに、今すぐ逃げ出したくなる。

自分のそんな予感が正しかったことが、彼女の次の一言で分かってしまった。

 

「なので断腸の思いで、後藤くんには辱めを受けてもらいます」

「えっ」

「一度思い切り痛い目を見れば、もっと警戒心を持てるようになると考えたからです」

 

 辱め、痛い目、そしてカメラ。まさか彼女は。

 

「そういう訳で今から撮影会をしまーす!」

「いえーい! 撮影会でーす!!」

「全然苦しそうじゃないけど、いえーいとか言ってるけど」

「断腸の思いです!」

「まったく伝わらないよ?」

 

 虹夏さんは猫みたいにニヤニヤしているし、喜多さんはギラギラした笑みを浮かべている。

断腸どころかわくわくしか感じない。どう見ても、考えても楽しんでいるようにしか見えない。

 

「ふっふっふー、覚悟してね後藤くん」

「安心してください先輩! ちゃんと可愛く撮りますから!!」

「虹夏、レフ板ここでいいか?」

「……お姉ちゃん立ち直り早いな」

 

 撮影会なんて開かせる訳にはいかない。準備に夢中になってる今が最後のチャンスだ。

この隙に逃げよう。動き出そうと一歩踏み込んだ瞬間、後ろから思い切り抱きしめられた。

こんなことをするのはひとりか廣井さん、そして廣井さんは隅で酔い潰れている、つまり。

 

「ひとり、放して」

「や、やだ。これでお兄ちゃんが女装に慣れたら、昔みたいに身代わりをお願い出来る……!」

「なんて邪な考えを」

 

 僕の羞恥心もだけど、そもそも一番の問題は体格と身長だ。流石にもう誤魔化せない。

何度も言ったことだけど、ひとりは納得してくれない。なんとかなる、といつも言う。

なんともならない。なんとかなって欲しくない。僕にだって一応プライドはある。

 

「えっと恥ずかしいから、写真はやめて欲しいな」

「やめない。さあ後藤くん、男らしく覚悟するのだー!」

「大丈夫です! 一瞬で終わりますから!!」

 

 僕の懇願を二人は一蹴した。迷いの欠片も無く、躊躇なく撮影の準備を進める。

こうなったら仕方ない。僕は僕の尊厳を守るため、やれることを全力でやり抜くだけだ。

 

「それじゃ先輩撮りますよー?」

「いいよ、いつでも来て」

「おっ諦めたのかなー?」

 

 諦めというか、準備はもう出来ている。スカートでも体は動く、なら問題ない。

喜多さんがシャッターを切るのと同時に体を動かす。右へ左へ、時々回転なんかもして。

そんな僕の様子を見て、虹夏さんと喜多さんはからかうように声をかけてきた。

 

「無駄な抵抗だなぁ」

「かえって躍動感あるいい写真になっちゃいますよー?」

 

 無駄かどうかはすぐに分かる。僕は何も返さず、そのまま動き続けた。

 

 

 

 そして数分後、ようやく満足したのか喜多さんがカメラを下した。

 

「さあて、どんな写真が撮れたかな~っと」

「私思わず連射しちゃいました! きっといいの撮れてますよ!」

「喜多ちゃんは撮るのも撮られるのも上手だからねー、楽しみだなぁ」

 

 僕は不安だ。果たして狙い通り、なんとか最低限は出来たのか。

その答えは驚愕する二人の顔が教えてくれた。よかった。あの様子だと成功したらしい。

 

「か、顔だけどれも写ってない……!?」

「全部髪とかひとりちゃんで隠れてます!?」

 

 失敗も数多くしているけれど、僕ほど自分の目線に気を付けて生きている人は少ない。

だからこそ意識すれば、シャッターを切るタイミングで顔を隠すなんて簡単に出来る。

疲れるからやりたくはない。でも女装写真を残すよりはずっといい。それは嫌だ。

 

 ちなみにずっと顔を隠す、なんてやり方をしないのは、二人の選択肢を狭めるためだ。

写真を撮るという行為に夢中になっている間は、きっと中々冷静になれないはず。

僕が一番恐れているのは、写真ではなく動画という発想をされることだ。あれは逃げきれない。

そのためにもあえて僕は、唖然としてこちらを見る二人に挑発的な物言いをした。

 

「無駄だったね」

「むかっ。そういうこと言われると、俄然やる気が出てくる」

「私にも意地があります! 絶対に先輩の写真、撮ってみせます!!」

「挑戦は受けるけど、一度ひとり置いてもいい? 目回しちゃったみたいだから」

「私に任せろ」

 

 こうして始まった僕達の戦いは、補習で遅れたリョウさんが来るまで続いた。

机に伏せるひとりと虹夏さん、息も絶え絶えでカメラを構える喜多さん、女装の僕。

意味不明な状況を見回した彼女は、心底不思議そうに首を傾げてこう言った。

 

「……結束バンドのMVって、陛下の女装ショーだったっけ?」

 

 絶対に違う。




次回「公園デビュー」です。

そろそろ総合評価一万に届きそうなので、よければ評価ください。感想とここすきも欲しいです。
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