制服や女装がどうこうというふざけた騒ぎからしばらくして、結束バンドの新曲が完成した。
今日はそのMVを撮影する予定らしい。リョウさん曰く『MVは現代のバンドの必修科目』だとか。
動画で音楽を楽しむ人が多い現代では、彼女の言う通りバンドとしてMVは避けて通れない。
避けては通れない、と言ってもどうやって撮影するつもりなのかは気になっていた。
自分達で撮るのか、なんとかお金を出してどこかに発注するのか、それとも何か他の手段か。
特に思いつかなかったから、念のために格安の業者を調べていた。けれど結果的に必要なかった。
虹夏さんが一号さん二号さん、美大の映像学科生である彼女達にお願いしたからだ。
友達を頼る。今まで僕の選択肢に無かった手段、そして今は取れる手段だ。今度参考にしよう。
以前彼女達の作品は見せてもらったことがある。素人目だけれど面白いものだった。
そういう訳で僕は安心して、スターリーのカウンターで星歌さんの髪に櫛を通していた。
「……なぁ、お前はMV会議参加しなくてもいいのか?」
「声をかけられてないので。それより、危ないのでじっとしててください」
「…………つーか、なんで私はお前に髪弄られてるんだ?」
じっとしてて、というお願いを無視して星歌さんはこちらに振り向いた。
心底不思議そうに、首を何度も左右に振っている。失礼だけど幼い子どものような仕草だ。
それでも今日ばかりは心当たりが無いとは言わせない。あの日のことを思い出してもらう。
「この間の制服の時の話です」
「あっあーそのー、えっとー、この間はごめん、悪かった」
「気にしないでください。僕も気にしないようにします」
「……ほんと?」
「本当です」
思うところはあるし遺恨も正直少しはある。だけど引きずってあれこれする方が嫌だ。
それにあの日の彼女は目がキマっていた。制服姿を見られた羞恥心で冷静じゃなかったんだろう。
だからもういい。あれは酔ってたようなものだと思うようにする。今はもっと重要なことがある。
「それよりあの時、星歌さんの髪触る代わりにって話をしましたよね」
「あぁうん。触らせてやったろ?」
「不公平だと思って」
僕の言葉に星歌さんは再び首を傾げた。言葉が足りなかったみたいだ。
僕としてもあまりあの日のことは思い出したくないから、どうしても少なくなってしまう。
「僕は三十分以上あんな格好してました。でも髪触ったのは一瞬です」
「あー、時間がってこと?」
「はい。なので僕には、その分だけの権利があるはずです」
そんな僕の主張に、星歌さんはどこかからかうような笑みを浮かべた。
「そんなに触りたかったの? なんだ、お前にも一応そういうのあったんだな」
「いえ、辱めたくて」
ぴしりと、星歌さんが凍り付く。
「は? えっ、ど、どういう意味?」
繰り返し疑問と質問の声を上げる彼女は、相当狼狽しているように見える。
当然の反応だ。なんだ辱めたくてって。言葉のチョイスがおかしい、変態的だ。
思っていたより女装を強要されたことを根に持っているのかもしれない。とりあえず弁明しよう。
「僕と同じくらい恥ずかしい思いをして欲しくて」
「そういうことか。いや、あれ以上だと、私は社会的に死ぬぞ……?」
「大丈夫です、社会には出しません。僕の目の前で死んでもらいます」
「魔王……?」
「魔王です」
魔王歴十年を超えたベテランだ。どこにも誇れるところはない。
そんな風に星歌さんとふざけ合っていると、冷たい声を後ろからかけられた。虹夏さんだ。
「……後藤くん、なんでお姉ちゃんの髪弄ってるの?」
「あっ虹夏さんちょうどよかった。大人がするには一番恥ずかしい髪型って何だと思う?」
「えっ、えっと、つ、ツインテールとか、くるくる巻きの」
「ありがとう、試してみる」
巻くとなるとヘアブラシだけじゃ足りない。用意しておいたヘアアイロンを取り出す。
取り出したのはいいけれど、流石にアイロンを黙って使うのはよくない。髪が痛む可能性もある。
許可をお願いして、駄目なら妥協してただのツインテールで恥ずかしがってもらおう。
「星歌さん、アイロン使ってもいいですか?」
「おう」
二つ返事をもらえたから、そのまま星歌さんの髪を巻いていく。目指せくるくるツインテール。
そうして再び星歌さんの髪を弄りだした僕へ、虹夏さんが絞り出すようにもう一度聞いて来た。
「いやそれもなんでそんな質問?」
「星歌さんを辱めたくて」
「は?」
「出来た。どう?」
「どうって、いや、は? えっどういうこと?」
星歌さんそっくりのリアクションだ。姉妹もやっぱり反応が似るんだな。
なんて感心してもしょうがない。かくかくしかじか。今度は誤解されないよう、詳細に説明する。
引き攣っていた虹夏さんの顔は説明が進むたびに緩まり、最終的にいつも通りの半目になった。
「仕返しの規模が小さい……肝心のお姉ちゃんは」
「ふっ」
「なんでドヤ顔してるのこの人……?」
それは僕にも分からない。辱めるつもりだったのに、どうしてか胸を張っている。
「それで、どう?」
「きつい」
「!?」
虹夏さんの切れ味は格段だった。星歌さんの謎のドヤ顔は見事に切り伏せられる。
机に顔を伏せる姉を冷たい目で一瞥すると、彼女は気を取り直して僕の手を取った。
「もうお姉ちゃんはいいよ。とにかく後藤くん、ちょっと来てくれる?」
「何かあった?」
「MVの意見結構出たから、まとめるの手伝って欲しいなーって」
「もちろん。それじゃ星歌さん、失礼しました」
「おー、ちゃんとやれよー」
力無く手を振る星歌さんを置いて、虹夏さんとともにミーティングまで移動する。
その先で一号さん二号さんの二人が、ホワイトボードを前にしてなんだか慌てていた。
二人とも近づいてくる僕達を見て顔をほころばせる。歓迎されてるらしい。
「あっジカちゃん、ぜっくん連れて来てくれたの?」
「よかったー、もうどうしようもないかと思った」
ジカちゃん、虹夏さんのことだ。この間遊びに行った時にそうなったらしい。
ついでにぜっくんは僕のことだ。零号君って呼びにくい、という声があったのでこの間変わった。
そう呼ばれる僕達へ、微妙に納得して無さそうなひとりがぼそっと呟く。
「ぜっくん……」
「ひとりもひーちゃんとか呼んでもらう?」
「む、むむむ無理無理無理、し、死んじゃう」
久しぶりのむむむ妖怪だ。全力で手と首を振り回す姿は今日も可愛い。
ひーちゃんってあだ名、可愛くていいと思うけどな。リョウさんには悪いけど、ぼっちより好き。
でも試しに呼んでみたらものすごく渋い顔をされたから、誰か代わりにしてくれないかな。
なんて考えを出す場じゃないから、素知らぬ顔をしてファンの二人に問いかけた。
「どうしようもないって、何かあったんですか?」
「とりあえずこれ見てくれる? さっきまでのミーティングで出たアイデア集」
「特に関係の無い女が泣く、踊る、走る、ドジョウ掬い、えっドジョウ掬い? ……いやうん、犬と子供を出す、たくさんタグを付ける、タイトルを【神回】楽器屋で百万使い切ります【プレゼント有】にする」
なるほど、これは。
「いい感じですね」
「正気!?」
裏切られたような目と声を向けられた。最近はよく正気を疑われる。多分まだ大丈夫だ。
それを証明するために、そして会議を進行させるために僕は説明を続けた。
「これだけアイデアが出るのはいいことだと思います」
「確かに数は出てるよね、数は。でもそれがいいの?」
「それだけ意見が出しやすくて、それだけ積極的だって証拠ですから」
内容はともかくいいことだ、内容はともかく。ただ、ひとりは帰ってからお説教だ。
多分犬はリョウさんアイデアで、子供はひとりが乗っかった。そして当てはふたりのことだろう。
勝手に妹をMVに出しちゃいけません。またネットリテラシーを詰め込まないと。
お説教の内容はまた後で考えるとして、今はMVの内容だ。
ホワイトボードを確認してから周りを見る。すると喜多さんがうずうずしていた。
まとめようと思ったけど、あの感じだとまだアイデアがあるのかな。さりげなく聞いてみよう。
「こんなにたくさん出してくれたけど、まだ何か思いつく人はいるかな?」
「はいはい! 私いいの思い浮かびました!!」
「ごめん喜多さん、聞く準備するからちょっと待ってもらってもいい?」
「もちろん待ちますけど」
喜多さんがあそこまで自信満々ということは、どうしても聞く準備が必要になる。
聞く準備と言ってもそう大したことじゃない。立ち上がり、ひとりの後ろへ歩いて行く。
そうしたら後はこの子の耳を塞ぐだけ。両手を耳に当てて終了、喜多さんに呼びかける。
「じゃあお願いします」
「えっとですね、高校生のカップルが海辺のデートしてるんですけど、途中で喧嘩しちゃって。そこで結束バンドの演奏を見て、色々あって仲直り! ラストはキスしているところを私たちが祝福する、どうですか!?」
「……MVとしては王道だね。でも今回は難しいかもしれない」
喜多さんが人差し指を顎に付け、不思議そうに首を傾げた。やっぱり説明は必要か。
始めようとしたその瞬間、ひとりが耳にかかっていた僕の手をどけて振り向き、先に口を開いた。
「お兄ちゃん、どうして今耳塞いだの?」
「高校生カップル、海、デート」
「うぷっ、も、もういい、あっありがとう」
「なるほど、諦めます」
結果的に説明の手間が省けた。ありがとうひとり。今日もこの子の説得力は凄い。
していいのか分からない感謝を捧げつつ、もう一度皆の様子を窺う。今度は何も無さそうだ。
「他に何か意見ある人はいる?」
「……」
「じゃあアイデア出しはこれくらいでいいかな。次は意見の整理をしよう」
意見の整理。自分で言っておいてなんだけど、相当難しい気がする。
出されたアイデアを確認してもてんでバラバラだ。闇鍋染みたものしか作れなさそう。
だけどこれは素人の意見。セミプロとも言える二人なら、また違った考えがあるかもしれない。
「一号さん二号さん、今出た意見全部詰め込むことって出来ますか?」
「無茶ぶりだよ!?」
「ですよね。という訳で詰めていこうか。皆、これだけは譲れないってポイントはある?」
二人でも無理らしいから取捨選択の時間だ。どれが大事なのか僕には分からない。
それぞれ一押しのポイントを教えてもらって、その上で判断する、してもらおう。
「うーん、これだけはってなると、意外と難しいね」
「カップ、いえ、そこを無しにすると、あんまりないですねー」
「……ふむ、水着かそれともコスプレか」
「や、やっぱり犬と子供。ジミヘンとふたり」
またバラバラだ。バラバラな個性が一つになって、とは言うけれど限度がある。
その証拠に一号さんの額に青筋が見えてきた。限界を迎える前に、僕の方から水を向けよう。
「一号さん二号さんはどうですか?」
「……えっ私たち!?」
「撮影も編集もお二人がされますから。ぜひ意見をお聞かせください」
恐らく結束バンドに任せると何も決まらない。楽しく騒ぎ続けて今月が終わる。
ここは監督に剛腕を振るってもらおう。選ぶなり全部捨てるなり、彼女達の意思に任せる。
無責任な僕の押しつけから十秒ほどしてから、一号さんが独り言のように呟いた。
「……もっとシンプルでいいと思う」
その言葉を誰かが確認する前に、今度ははっきりと言い切った。
「結束バンドはそのままでも魅力的だから、下手な小細工はいらないと思います」
そう断言した一号さんのことを、僕も含めて皆がじっと見つめていた。
視線の量と熱量に驚いたのか、照れてしまったのか、彼女は誤魔化すように続ける。
「なんて、その、ファンとしての贔屓目が入ってるかもしれませんけど」
「もう、そこで遠慮してどうするの! 私感動したよ!!」
「あんたを感動させてどうすんのよ……」
口には出していないけれど、結束バンドも一号さんの言葉に感動しているようだった。
喜多さんなんか目をキラキラと、実際に何か不思議な光を発しながら二人の方を見ている。
あれは本当になんだろう。沸き上がる好奇心を抑えながら、会議を進めるために口を挟んだ。
「僕は賛成。奇抜だったり派手だったりするのもいいけど、これが初めてのMVだから」
「あー、そういうバンドだって思われるかもってこと?」
「アー写の雰囲気にも合わないからね。それに基本も出来てないのに応用編は難しいよ」
ちょっと違う例えになるかもしれないけれど、僕とひとりのコミュ力なんかがそうだ。
普段はまったくなのに、突然面白いことをしようとしてドン引きされる。そんなこともあった。
そういうことは基本的な距離感を理解して初めて出来ること。基礎基本は何より大事。
MVの方向性がこうして決まると、喜多さんが名残惜しそうにホワイトボードを指差した。
「じゃあこのアイデアはみんなボツってことですか?」
「ボツというより、次回以降に回す感じかな。せっかく出してくれた意見だしもったいないよ」
「出した側が言うことじゃないけど、あれどう使うの?」
「……どんなハサミにも使い道はあるから」
多分。
その後一号さんの指示により、結束バンドとともに僕も近所の公園まで移動した。
ついて行ってもやることも無いし、僕は最初スターリーで留守番しようと思っていた。
思っていたけれど、星歌さんが突然声をかけたことでその考えはご破算となった。
「あー待て。確かに機材は貸すって言ったけど、部外者が監督なら無しだ」
「えー!? なにそれ、そんなの聞いてないよ!?」
「今言ったからな。知らないかもしれないけど、こいつら高いんだぞ」
彼女の言葉通りスターリーの機材は高価なものばかりだ。高校生じゃ逆立ちしても買えない。
保険には入っているけれど、壊してしまったらことだ。だから貸したくない気持ちも分かる。
そんなことをぼーっと考えていたから、突然星歌さんに背中を叩かれて驚いてしまった。
「だからこいつも連れてけ。今日の機材の監督責任者だ」
「えっ、でも、僕も部外者じゃ」
「うちの確定申告までやっといて、それは無理がないか?」
星歌さんの苦笑いに返す言葉も、いや、苦し紛れの文句すら言う権利を僕は持たない。
こんな風なお膳立ても、強引に背中を押してくれるのも、全部僕が原因だからだ。
全ては僕が中途半端だから。立場と責任からは逃げるのに、関わることはやめられていない。
それでも星歌さんや廣井さんは僕を責めず、何も言わずにただお節介を焼いてくれる。
情けなさと恥ずかしさでため息を吐きたくなる。皆の前では出来ないから、帰ってからしよう。
そういう訳で僕も同行している。機材監督責任者といっても何もしていない。見てるだけだ。
撮影は今のところ順調とも不調とも言えない。初めてならきっとこんなものなんだろう。
自然な振る舞いという一号監督のリクエストには誰も応えられていない。皆肩肘を張っている。
虹夏さんは緊張に満ち溢れているし、喜多さんはカメラを意識しすぎてポーズまで取っている。
リョウさんは何も気にしてない、ふりをしながらちらちらカメラを見ていて一番不自然だ。
そして残る一人は問題外。声でもかけようかなと考えていると、一号さんに話しかけられた。
「ぜっくん、ひとりちゃんどうにかならない?」
彼女の視線の先で、ひとりが木陰に隠れながらダンゴムシを突っついていた。
落ち込んでる時はブランコ、そうでもない時は木陰。あの子の公園での基本スタイルだ。
自然体で、というリクエストに応えるとああなる。良くも悪くもあれがひとりだ。
「……あれはあれで可愛いですよね」
「……いいよね」
「駄目だこいつら」
二号さんと頷き合っていると一号さんに呆れられてしまった。ジト目が突き刺さる。
二人が虹夏さんと仲良くなってから、どうにも僕への対応が似てきたような気がする。
なんとなく友達っぽい扱いに喜んでいると、苦笑いの二号さんが言葉を繋いだ。
「まあ冗談はともかく、ひとりちゃんはいつも猫背で俯いてるのが、その、ちょっとね」
「どうしても二重あごになっちゃうから、可愛く撮りようがなくて」
僕は本気だったけど今言ってもしょうがない。監督達が言うんだからそうなんだろう。
どうすべきか三人で頭を悩ませていると、ひとりを除く三人が僕達に近付いてくる。
「撮影止まってますけど、どうかしたんですか?」
「あっと、ごめんね喜多ちゃん。ちょっとひとりちゃんの撮影方針考えてて」
「ぼっちちゃんの?」
「ほら、あんな感じだから」
ダンゴムシと友達になっているひとりを見て、三人とも納得したようだった。
いや、喜多さんは納得したけどしていない。俯くひとりを見た途端、決意に満ちた表情になった。
そのままずんずんとひとりに歩み寄ると、両肩を掴んでから顔を寄せる。
「……ひとりちゃん、ちょっと立ってみて!」
「えっ、き、喜多ちゃん?」
「いいから、ね?」
差し伸べられた手を掴んでから、言われるがままひとりは立ち上がった。
落ち着かない様子できょろきょろとするひとりへ、喜多さんは容赦なく追撃を加えた。
「それじゃ気を付け! 顔上げて! じっとして!」
「あっはい!」
「軍隊式だ……」
喜多軍曹の呼びかけにひとりは勢いよく顔を上げ、そのまま彼女と目を合わせた。
その瞬間彼女が輝いた。そのまま興奮してひとりを指差しながら、黄色い声で叫び出す。
「きゃー! これよこれ~!! アイドル事務所入れると思いませんか~!?」
「…………うっ眩しい」
「ビジュアル担当いけますよね~!? このまま売り出しましょうよ~!!」
「十秒も持ってないけど……」
「あっ後藤先輩もどうです!? 魔王系アイドルとか興味ありませんか!?」
「まったくないかな」
「そもそも魔王系アイドルって何……?」
思い切り偏見だけど大衆、どうでもいい他人に媚びを売るのがアイドルの仕事だ。
恐らく世界一僕に向いていない。やる気も無いしやり方も分からない。興味も無い。
だから一生関わることも無いだろうから、気にするだけ無駄だ。どうでもいい。
そんなことより一つ興味が沸いた。好奇心のまま実験をするため、ひとりに声をかける。
「ひとり」
「?」
「気を付け、こっち見て、じっとしてて」
「あっうん」
そのまま十秒数える、それでも視線は落ちない。僕が言えば平気らしい。
考えるまでも、実験するまでもなかったかもしれない。だってこれがいつも通りだ。
僕と話す時は必ず顔を上げている。目も合う、というよりひとりの方から合わせてくる。
「うん、今日も可愛い。このまま撮影に参加出来ない?」
「む、無理無理! い、一歩でも動いたら、私はダンゴムシになります」
そう言ってから一歩も動いてないのに、そのままダンゴムシになってしまった。
ころころしていて可愛いけれど、間違いなく一般受けはしない。結束バンド受けはどうだろう。
「……MVにダンゴムシを映すのは?」
「無し」
「無い」
「無しです」
結束バンドも駄目だった。予想通りだから何も言わず、とりあえず震えるひとりの背を撫でる。
そんな僕とひとりの顔を見比べながらリョウさんが呟く。微妙ににやけていて悪そうだ。
「……陛下とぼっちって似てるよね」
「兄妹だからね」
「髪も同じくらい長いよね」
もう言いたいことはよく分かった。先んじて釘を刺そう。
「代わりはやらない。というか出来ない。身長とか違うでしょ」
「そこは遠近法で」
「顔だって今は似てるの範囲だから、誤魔化すのは無理だよ」
「そこも遠近法で」
「説得したいならもっと真剣にやって?」
あまりにも適当だ。そして遠近法への信頼度が高すぎる。
第一ひとりがどうこうとかバンドメンバーじゃないとか以前に、僕が映るには問題が山積みだ。
「そもそも僕が出ると呪いのMVになると思う」
「の、呪い?」
「僕がトラウマの人が見たら気絶するよ」
「いやそんなまさか、いやね、そんなね、はは」
虹夏さんは乾いた笑いをあげた。質の悪い冗談か真実か、半信半疑なんだろう。
僕としても半分は冗談だ。いくらなんでも写真や動画だったら、普通は気絶させずに済む。
それはそれとして僕がトラウマの人は、一般的なPTSDの症状には襲われるかもしれない。
「……よし、やめよう!」
熟慮の末虹夏さんが宣言する。賢明な判断だった。
さっきの茶番も含めて遊んでいる間に、皆の緊張も解けてきたようだ。
撮影を始めた頃に比べてずっと自然体に振舞えている。このままなら順調に進めそうだ。
もちろんひとりは何も変わっていない。相変わらずダンゴムシでMVには映せない状態だ。
このままじゃMVも何も無い。どうしたものかなと眺めていると、一号さんに肩をつつかれた。
「ねぇねぇぜっくん、提案があるんだけど」
「提案。ひとりについてですか?」
「そうそう。ちょっと耳貸して」
手招きをされたので言われた通り耳を寄せると、そのままごにょごにょと囁かれた。
なるほど、確かにそれならいけるかもしれない。僕に声をかけた理由もよく分かった。
でも倫理的にいいのかな。というか星歌さんはなんでこんなもの持ってるんだろう。
まさかまだあれ続けてるのかな。だとしたら、近いうちにもう一度お話しないと。
一号さんが重ねてお願いしてきたから、その疑問は一旦棚上げした。
「ね、どう? 協力してくれない?」
「このままだとひとりちゃんだけ、演奏シーン以外全カットになっちゃいそうなの」
「そんなにですか?」
「うん。恐ろしく映えないから」
悲しいほど率直な言い方だった。二号さんも無言で何度も頷いている。
盲目的なファンの彼女でもこれだ。世の人が見るには耐えられないものなんだろう。
僕が見てないところで撮れてないかな、という一縷の望みは断たれた。そういうことならやろう。
「分かりました、任せてください」
「お願い。その間私たちはジカちゃんたち撮ってるね」
そう言って僕の準備を手伝ってから、彼女達は虹夏さん達の方へ向かった。
僕は僕の仕事をやろう。二人とは反対側、木陰に座り込むひとりに前まで歩く。
それからしゃがみ込んで、労わるようにひとりと目を合わせる。疲れ切っていた。
「お疲れ様。やっぱりカメラあると緊張しちゃう?」
「溶けてないだけでも褒めて欲しい……」
「そうだね。吐いてもないし、逃げてもない。今日は頑張ってるよ」
「そ、そうかな、うふへへっ」
照れと喜びの入り混じった笑みをひとりは浮かべている。この感じだと大丈夫そうだ。
安堵と罪悪感を抱えながら手を差し伸べる。そしてひとりが疑問を口にする前に提案をした。
「だから、ちょっと休憩にしようか」
「えっいいの?」
「こっそりね。今はあっち撮ってるみたいだから」
そうして指し示す先には、リョウさんへバックブリーカーを決める虹夏さんがいた。
「おら、真面目にやれ!!」
「ぎぶぎぶぎぶ」
「きゃああ!? リョウ先輩ー!?」
バイオレンスだ。誰も止めずに撮影してるけど、あれはMVにしてもいいのかな。
プロレス団体のPVだと思われそう。喜多さんの悲鳴もいいアクセントになっている。
それにしても日々虹夏さんの力量は上がっているな。いつか本当にプロレスデビューするかも。
なんて戯言を適当に考えながら、ひとりの方へ向き直った。
「さすがに公園からは出られないから、適当にどこかで休もう」
「えっとね、じゃあこの中がいい」
ひとりが指差したのは大きな公園によくある、穴のある謎のドーム状の建造物だ。
名前の分からない謎の遊具はかなり大きい。ひとりと二人で入ってもまだ余裕があるくらいだ。
なるほど、ここなら外からは見えない。ひとりの手を引いて慎重に中へ入る。
「頭ぶつけないように気を付けて」
「うん、っと、わっわ」
「しっかり捕まっててねー」
バランスを崩したひとりを支えてそのまま座らせる。そして僕も横に腰を下ろした。
中は薄暗くじめっとしていてひとり好みだ。この子はこういうのを見つけるのが上手い。
ほっと一息吐いてから、ひとりの緊張と僕の罪悪感を紛らわすため、適当な雑談を始める。
「それにしてもこの年になって、初めて友達と公園で遊ぶなんて思わなかったね」
「……これって、遊んでるって言ってもいいのかな」
「いいんじゃない? 皆遊具とかで遊んでたし」
その時はっと気づいたようにひとりが声を上げた。
「じゅ、十数年ぶりの公園デビューだねっ」
「周回遅れ凄いなぁ。でも僕達らしいか」
「ふたりはもうとっくに済ませてたのに……」
「じゃあ今度ふたりのこと、先輩って言わないとね」
「ふ、ふたり先輩。うぅ、また家庭内ヒエラルキーが下がっていく……」
あまりにも真剣に落ち込んでいるから、ついおかしくなって笑ってしまった。
それにむすっとして僕を見上げたひとりは、僕の表情を見て目を見張った。
「あ、あれ、お兄ちゃん、表情」
「動いているね。こうしてると、家で二人っきりの時みたいだからかな」
「うん。押入れの中みたいで落ち着く」
いつの間にかリョウさんの断末魔も喜多さんの悲鳴も消えたから静かなものだ。
落ち着いていいのかどうかなんて疑問は捨て置く。あっちは監督達に任せよう。
僕はこっち、ひとりに伝えるべきことを伝えなきゃ。
「……公園デビューの話だけど、ひとりは去年の五月にはもう出来てたよ」
僕の言葉にひとりは一瞬ぽかんと口を開けたけれど、すぐにピンと来たらしい。
「虹夏ちゃんのこと?」
「うん。バンド参加してくれないー、いいよーってそれっぽくない?」
「こ、公園デビューにしては難易度が高すぎる……!?」
「でも出来て、今もこうして続いてる。ちゃんと友達になれてる」
僕と比べるまでも無くひとりは立派だ。この一年、この子には驚かされっぱなしだ。
謙遜するひとりを何度も褒めていると、段々顔が緩む、むしろ溶けるようにでろでろしてきた。
やり過ぎたかな。でもたまにはいいか。僕にだって自由にものが言いたい時もある。
「……わ、私のこと、先輩って呼んでもいいよ?」
「調子に乗り始めた」
「え、えへっへへ、で、でも公園デビューは私が先輩だから」
「事実だから否定出来ない。ひとり先輩め」
「ぬえへへへ、へへへっ」
小突くようにいつもより荒っぽく頭を撫でてみる。小さく楽しそうな悲鳴が上がった。
それからひとりの方も対抗するように、ぐいぐいと頭を手のひらへ押し付けてきた。可愛い。
そうしてふざけ合ってじゃれ合って、遊び終わった後は二人でゆっくりしていた。
家でもここまではしない。本当に公園デビューをしようとした頃に戻ったみたいだ。
懐かしさと満足感に浸りながら中に残る落書きを眺めていると、ひとりがおずおずと尋ねてくる。
「ね、ねぇお兄ちゃん」
「んー?」
「あっあのね」
そこで言葉を区切ったひとりは、何故か緊張に息を呑んでいた。
これは、あぁ多分、あのことを聞かれるな。どうやって誤魔化そう。本当のことは言えない。
「……お兄ちゃんは、どうして」
「あっ二人ともこんなところにいた」
「駄目よひとりちゃん、カメラから逃げちゃ!」
「二人だけで休憩はずるい」
「おぶわぁっ!?」
その時突然穴という穴から結束バンドが生えてきた。ひとりほどじゃないけど僕も驚いた。
そして助かった。ほっと胸を撫で下ろす僕の隣に、リョウさんがするすると座り込んでくる。
「なるほど、ここは落ち着く。でかしたぼっち、ナイススポット」
「こらこら落ち着かない。まだ撮影中でしょ」
「誰かさんのせいで腰が痛いから、休憩は必要」
「誰かさんが真面目にやらないからでしょ」
リョウさんだけじゃなく、虹夏さんも喜多さんも入り込んでくる。狭くなってきた。
窮屈そうに僕とは反対側に座りながら、それでも喜多さんは瞳を、全身を輝かせる。
「こうして狭い所に集まってると、なんだか秘密基地みたいでいいですね!!」
「うお眩しっ。ここでこの光量とは、郁代めやりよる」
「この光ってどこから来るんだろうね、ってもう私座るとこないじゃん」
「だったらひとりちゃんが先輩の上に座ったらどうかしら?」
「いやいくらぼっちちゃんでもそれは」
「あっはい、移動します」
「いいのか」
「?」
「そこを疑問に思うのか」
ひとりが僕の足の上に乗るのを見て、虹夏さんがいつも通りの呆れた声を出す。
遠慮なく座り込んで来たひとりが僕の手を取り、そのままお腹の前に動かして組ませた。
「……狭くなったね」
「うん」
元が小さい子のための遊具だ。いくら大きくても高校生が五人も入れば満員になる。
右に動けば虹夏さんに、左に動けばリョウさんに、足を動かせば喜多さんにぶつかる。
体だけじゃない、視線もそうだ。どこを向いても誰かと目が合う。なんとなく逸らしてもだ。
かつては嫌で嫌でしょうがなかった状況。でもこの窮屈さが、今の僕には心地よかった。
結局五人で休憩を取った後、MVの撮影を再開した。
ひとりは変わらず映えていない。それでも対策はもう終わったから問題は無い。
ある程度撮ったところで必要分は揃ったのか、一号さんが皆に新しく指示を出した。
「それじゃあ次は演奏シーン撮るので、移動お願いしまーす!」
「はーい!」
元気よく返事する虹夏さんと喜多さんが、残り二人を引きずっていく。
その隙に一号さん二号さんが僕の方へ駆け寄って来た。作戦の進捗確認だ。
「さてぜっくん、作戦はどうだった?」
「えっと」
「ちゃんと撮れたかな~?」
僕相手なら自然体なひとりに目をつけて、一号さんがと二号さんが考えた作戦。
星歌さんから借りた機材に混じっていた小型カメラを僕に付け、こっそりとひとりを撮影する。
誤魔化さずにはっきり言ってしまえば隠し撮り、盗撮の類だ。褒められた手段じゃない。
「……一号さん、これ破棄してもいいですか?」
「上手く出来なかった?」
「いえ、よく撮れたとは思います」
さっき確認はした。場所が場所だったからか、普段外では見れないひとりの姿がよく撮れた。
満面の笑み、悪戯っぽい顔、拗ねた表情、むすっとした半目。我ながらいい仕事をした。
だけど、だからこそ、これをこのまま世間に出していいのか、僕は迷ってしまった。
「よく撮れたならなんで、あっ世界にひとりちゃんの可愛さがバレるのが嫌なの?」
「あのね、あんたじゃないんだからそんなこと」
「それもあります」
「いやあるんかい」
虹夏さんには劣るものの、中々いい切れ味のツッコミを一号さんに入れられた。
それから彼女は呆れを苦笑いに変えた後、僕の言葉尻を捕らえてくれた。おかげで話しやすい。
「それもってことは、別に理由があるの?」
「……去年までのひとりなら、カメラを向けられた時点で土管に引きこもってました」
「まあうん、想像つくよ」
僕のたどたどしい説明に相槌を入れてくれた。ならこのまま続けよう。
「今日だってずっと猫背で俯いてて、カメラは満足に見ていません。それでも逃げてはいません」
「うん」
「ひとりはちょっとずつだけど成長してます。きっと、これからも大きくなっていきます」
「……うん」
「いつになるかは分かりません。でも自然に撮影も出来る日が来るかもしれません。だから」
説明なのか、お願いなのか、自分でも分からないどっちつかずの言葉達。
それでも二人とも最後まで聞いてくれた。それから一号さんはにっと笑みを浮かべ、力強く頷く。
「ん、分かった。消そっか!」
「……いいんですか?」
「小細工なしって最初に言ったのは私だからね!」
この映像を使った方がよりよいMVになるかもしれない。僕でもそう思う。
実際作る二人なら、僕以上に見えてるものがあるはずだ。それでも我儘を受け入れてくれた。
感謝と申し訳なさとその他、複雑な気持ちが生まれつつある。そんな僕へ改めて確認してきた。
「その代わり、ひとりちゃんの出番ほとんどなくなっちゃうけど平気?」
「そこは本人の問題なのでしょうがないです」
「あーというかむしろ、ぜっくん的には安心なのかな?」
「可愛さバレちゃうと大変だからねー」
「……あんまり蒸し返さないで下さい。恥ずかしいです」
振り返ってみると相当気持ち悪い発言だ。自分で自分に引く。
にもかかわらず二人とも楽しそうに弄ってくる。気にしてないのか、気にしてもらっているのか。
そんなことを考えていたからか、次の一号さんの行動を僕は止められなかった。
「そうだ、消す前に確認しちゃおっと。MV作者の特権だー」
「どんなひとりちゃん撮れてるかなぁ」
「あっちょっと」
小型カメラは繊細で壊れやすい。それに掴みかかる訳にもいかない。だから止められない。
僕はただ、二人が映像の確認をするのをじっと眺めて待つことしか出来なかった。
そうして再生が終わると、二人は同時に顔を上げた。同じくニヤニヤからかうように笑っている。
「シスコーン」
「ブラコーン」
「……ブラコンは僕に言われても」
「いやいや絶対ぜっくんのせいだから」
「そうだよー? ちゃんと責任取らないとね!」
これ以上責任を取るとなると、もうどうすればいいのかさっぱり分からない。
額に手を当て真剣に悩む僕を見て、一号さんも二号さんも面白おかしそうに笑みを零していた。
次回「求められると弱い女」です。