ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

65 / 82
感想評価、誤字脱字報告、ここすきありがとうございます。


第十三話「妹体験記 上」

 どうしてこんなことになったのか。このフレーズを思い浮かべるのも何回目だろう。

自分の無力を嘆く時、世の理不尽さに憤る時、ひとりが何かやらかした時、色々あった。

今日のこれはここ一年で急激に増えつつある時、まるで意味が分からない時だ。

 

「兄さーん、そろそろお茶にしましょー?」

「ありがとう、喜多さ、郁代。これが終わったら行くから」

「えっとね、実はそろそろじゃなくて、もう淹れちゃったの。だから一緒に来て?」

「分かった、そういうことなら。……というかその、名前平気なの?」

「もう慣れた、というか家族だし平気よ! だから兄さんも早く慣れてね?」

 

 満面の笑みを浮かべる郁代にダメージを受けた様子は無い。慣れたというのは本当なんだろう。

それどころかどこか楽しそうに僕の腕を取り、そのまま部屋の外まで引っ張っていこうとする。

ひとりとふたりがそれを戸の傍で眺めている。瞳に宿る感情は対照的だ。許可したのは君でしょ。

どうしてこんなことになったのか。もう一度同じことを考えながら、昨日のことを思い返した。

 

 

 

 大槻先生の特別教室からの帰り道、喜多さんが突然僕達と同じ電車に乗って来た。

記憶が確かなら彼女は逆方向の電車に乗って帰るはず。最初は間違えたのかと思った。

控えめにそれを指摘したひとりに向けて、喜多さんは致死量の光と言葉を放った。

 

「今週末、ひとりちゃんたちのお家泊まってもいいかしら!?」

「え゛っ」

「さっき大槻さんから教えてもらったことだけど、バンドのためにも曲の理解をもっと深めた方がいいと思うの。それでひとりちゃんには、歌詞を直接解説してもらえればなーって」

 

 喜多さんはいつも真面目で一生懸命で、ついでにこうと決めたら一直線な人だ。

そんな子に明確な課題と目標、解決策を導けばこうもなる。ちょっと考えれば納得は出来た。

慌てふためくひとりとは違い、彼女を止める理由は無い。後藤家はひとりの友達をいつでも歓迎します。

 

「……あっ! か、歌詞の解説なら、別に家に来なくても、スターリーでも出来ますよ?」

「そうね。でもそれだけじゃ不十分、きっと全然足りないの」

「た、足りない。何がですか?」

「理解度よ! ひとりちゃんの歌詞ってすっごく難しいじゃない? だから歌詞を理解するなら、もっともっとひとりちゃんのことも知った方がいいと思うの。ううん、私が知りたいの!」

 

 キターンキラキラと、笑顔と言葉が飛んできた。直撃したひとりの目と耳が潰れる。

ひとりは片手で目を抑えながら、もう片方で僕の腕に縋るようにもたれかかってくる。

ちょうどいい。ひとりのお願いとは関係なく、そろそろ口を挟もうと思っていた。

断る口実にするつもりはないけれど、いくつか聞いておかないといけないことがある。

 

「喜多さん、お泊りすることは御家族に伝えた?」

「さっきロイン送りました! 結構友達の家には泊まるので、これで大丈夫です!」

「僕がいることは?」

 

 それがどうしたんですか、と言わんばかりに喜多さんは首を傾げる。

どうしたもこうしたもない。気が抜けた考えだ。油断が過ぎて心配になる。

 

「異性の友達がいる家ってなると、御両親も心配すると思う」

「あっ、あー、そういう。でも先輩なら大丈夫じゃないですか?」

「て、適当……」

 

 あまりにも雑な返事にひとりが呆れた声を出す。僕も出そうになった。

男っぽさが薄いのは自覚してる。それでも、一応僕だって男だ。年頃の子なら警戒した方がいい。

だけど目の前でへらへら笑っている喜多さんには、警戒心がさっぱり感じられなかった。

 

「お説教染みたことは言いたくないけど、もっと危機感というか、警戒心持った方がいいよ」

「それ先輩が言うんですか? それに大丈夫ですよ~先輩ほど安全な人いませんから~」

「……僕は多分、この辺で一番危険な生き物だよ?」

「先輩が? ふふふっ、たまにはそういう冗談も言うんですね!」

 

 ものすごくさらっと流された。安心安全認定、喜ばしいはずなのに微妙に釈然としない。

その気持ちが伝わったのか、何故かちょっとだけ自信に溢れた表情を彼女は浮かべた。

 

「あっもしかして、何かしちゃう気なんですか?」

「何もしないよ。そうじゃなくて、心構えの話」

「むっ」

 

 得意げに歪んでいた口が今度はへの字になった。どこかが気に食わなかったみたいだ。

どこか。まさか、何もしないの部分? だけど男女のどうこうって話じゃないだろう。

友達同士のお泊りなら、お遊びの悪戯くらいあって当然ってことなのかな。よく分からない。

 

「……じゃあ、何かしようか?」

「何かって何ですか?」

「…………えっと、寝起きドッキリとか」

「ドッキリで何やるんですか?」

「………………時計のアラームを、一時間くらいずらすとか」

「安心安全ですね!!」

 

 断言されてしまった。しかも今度は、どこか見守るような微笑までおまけされた。

なんだろう。これを年下の子にされていると思うと、さっきよりますます釈然としない。

僕が黙ったことで納得したと思ったのか、喜多さんはひとりに狙いを戻して両手を合わせた。

 

「とにかく勉強のためにも、今日泊めてくれないかしら? お願いひとりちゃん!」

「あっああの、えっと」

 

 改めてのお願いにひとりはなんとか抵抗しようとしていた。だがそれも無駄なことだろう。

ゴリ押しの喜多さんにひとりが勝てたところを見たことが無い。僕も勝てたことは無い。

僕達に出来るのは覚悟を決めることだけ。だからなるべく優しく、ひとりの肩に手を置いた。

 

「頑張ろう」

「……う、うぅ、そ、そんな」

 

 地獄に落ちたような反応、友達が泊まりに来る時のじゃないな、なんて他人事のように思った。

 

 

 

 そうして喜多さんのお泊りが決まったから家に連絡すると、家族みんなが大喜びした。

その喜びがあふれたのか、玄関先でクラッカーまで持ち出していた。僕もやりたかった。

そんな大騒ぎで迎えられたのにも関わらず、彼女はまったく動じていない。それも当然か。

なにせ彼女は陽キャの中の陽キャ。ひとりに言わせてみればクイーンオブザ陽キャ。

この程度のサプライズならきっと、両手の指じゃ足りないくらい経験しているはずだ。

 

「あっ喜多さん、ちょっと待って。紙ふぶきついちゃってる」

「えっどこですか?」

「襟足のところ。取るからじっとしてて」

「ありがとうございます!」

 

 喜多さんとそんなやり取りをしていると、なぜか父さんと母さんが僕達をじっと見ていた。

しかもちょっと見ないくらいニコニコしながらだ。多分、夏休みに皆が来た日と同じくらい。

家族とは言え、黙ってそうして見られると妙な心地がする。ちょっと怖いから聞いておこう。

 

「……二人とも、急にどうしたの?」

「なんでもないわよー、ほほほ」

「そうそう、なんでもないなんでもない、ふふふ」

「絶対あるでしょ。何その笑い」

「ふふふー」

「ほほほー」

「せめて喋って?」

「ふふふーほほほー」

 

 重ねて聞いてみても、同じように揃ってふふふ、ほほほと返されるだけ。

途中でふたりも加わったからもう何も分からない。喜多さんもいるし、これ以上はやめておこう。

それでもと、せめて文句を込めた視線を投げかける。笑顔が深まった。何の意味もなかった。

 

「先輩って、お家だとあんな感じなのね」

「あっはい。あんな感じです」

「はーなんだか意外だわー」

 

 

 

 賑やかな夕食が終わり、その後はお風呂。諸々の都合により今日は順番が指定された。

お客さんの喜多さん。ひとり、母さんとふたり、僕、父さん。母さんの鶴の一声だった。

きっとお泊り系作法でそうなるんだろう。喜多さんが遠慮する以外、特に異論は無かった。

 

 お風呂から上がってひとりの部屋へ向かうと、喜多さんがひとりをじっと眺めていた。

見られ続けているひとりは、居心地悪そうにしながらも普段通りギターの練習をしている。

これはどういう状況なんだろう。てっきり喜多さんにひとりが質問攻めされてると思っていた。

 

「二人とも何してるの?」

「ひとりちゃんを観察してます!」

「あっか、観察されてます」

 

 なんでもひとりの日常生活を観察して、その生態を明らかにするつもりらしい。

しばらくの間喜多さんは、感心した様子でひとりの練習を見ていた。だけど途中で飽きたらしい。

眠たげに欠伸をしそうになってから、僕の視線に気づいて恥ずかしそうに噛み殺した。

 

「えっと、ひとりちゃんっていつも何時くらいまで練習するんですか?」

「……寝るまで?」

「えっ」

 

 ここ数年は大体ひとりより先に寝てしまうから、正確な時間は分からない。

それでも自己申告によると、遅くとも十二時を超える頃には布団に入っているらしい。

今は九時近くだから、あと三時間くらいはこのままだろう。そう告げると喜多さんは絶句した。

 

「じゃあ私、このまま動かないひとりちゃんをずっと見てるんですか!?」

「手は動いてるよ。ほら、ギター弾いてる。上手だよ」

「そんなのつまらないです!!」

「喜多さん、ヘッドホン着けてるけど聞こえるから。ひとりにもそれ聞こえるから」

 

 演奏を止め、ヘッドホンを外したひとりが申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「つ、つまらない女ですみません……」

「あっ! ご、ごめんね、その、つい本音が出ただけで他意はないから!!」

「威力上がってるよ」

 

 もはや純粋な暴力だ。胸を打たれたひとりはギターを抱えたまま横になる。

喜多さんは慌てふためいていたけれど、僕は感心していた。傷が思ったよりも浅い。

その証拠に人の形を保っている。そして慰めているとすぐに復活した。丈夫になってきた。

それで喜多さんも安心したらしくほっと一息ついて、今度は僕へ視線を向ける。

 

「そうだ先輩、ひとりちゃんが練習してる間私と」

「おにーちゃんもう寝る時間だよー!」

 

 彼女がそう言って身を乗り出してきた瞬間、ふたりがツチノコ片手に部屋の戸を全力で開いた。

寝る前なのに元気一杯だ。それなのに布団に入るとすぐ寝てしまうから、子供って不思議。

そんな疑問と癒しと和み、その他諸々を感じつつ、傍に駆け寄るふたりを抱き止めた。

 

「ふたり、お部屋に入る前はノックしようね」

「はーい、ごめんなさーい」

「ここはひとりの部屋だから、それはお姉ちゃんに」

「おねーちゃんごめんねー?」

「あっうん。お姉ちゃんは全然大丈夫だから」

 

 自分でも口うるさいとは思う。だけどこの手のマナー、習慣は幼い頃から身に着けた方がいい。

幸いにしてひとりもふたりも、いつも僕の注意を素直に聞いてくれている。今日も一安心だ。

ほっとしながら立ち上がり、ふたりと一緒に僕の部屋へ向かおうと戸を開いた。

 

「それじゃ二人ともおやすみ。あんまり夜更かししないようにね?」

「はーい!」

「はーい」

「はーい!」

「ふたりは今から寝るんだよ?」

 

 ふたりは二人に合わせて明るく返事をしていた。喜多さんがうつったかな。

いいところはどんどん真似して、悪いところは反面教師にして健やかに育ってほしい。

手を引かれて布団に連れ込まれながら、そんなことを思って眠りについた。

 

 そして翌朝。リビングで勉強していると、喜多さんが力無く部屋に入って来た。

 

「おはよう喜多さん。昨日はどうだった?」

「……結局寝落ちしました」

「……練習で疲れてただろうから、しょうがないよ」

 

 

 

 朝食の後、喜多さんはひとりを伴って忙しそうに家中を動き回っていた。

途中聞いたところによると、なんでもひとりについて家族みんなにインタビューしているらしい。

ひとりを眺めていても眠くなるだけだから、周りから掘り下げるよう方針を切り替えたみたいだ。

 

 僕はというと、その様子をのんびり見物しながら勉強なんかして、休日を満喫していた。

僕がいると話しにくいこともあるだろうし、その内僕にも同じように聞いてくるはず。

ひとりについては詳しく、ついでに聞いてくるだろう僕については当たり障りなく。

そんな答えを考えて二人が来るのを待つ。待ってたけれど、いつになっても聞きに来ない。

 

「じーっ」

 

 正確に言うと来てはいる。喜多さんがソファーの横から顔だけ出して、僕を覗き見ていた。

瞳に宿る興味の光はいつも以上に爛々と輝いている。父さんと母さんは何を言ったんだろう。

聞こうと思って振り向くと素早く隠れてしまう。体勢を戻すと再び視線を感じる。

 

 これはおそらく、昨日のひとりみたいに僕も観察されている。どうして僕を?

ひとりに事情を、いや近くにいない。この分だと一人で部屋まで逃げ帰っている。

母さんは洗濯中、父さんはふたりと楽しく遊んでいる。ならジミヘンに聞くか。

 

「ジミヘン、何があったの?」

「ワンワン、ワンワンワンッ!」

「そこをなんとか。今度ジャーキー買ってくるから」

「ワンちゃんと会話してる。先輩そういうところもあるのね……!」

 

 ボールで遊んでいたジミヘンを呼んで横に座ってもらい、事情聴取させてもらう。

その様子を喜多さんは相変わらず隠れながら、妙にキタキタした目で観察していた。

こっちはとりあえず放っておこう。ジミヘンが教えてくれるなら何も問題は無い。

 

「ワンワンッ、ワン!」

「……好き嫌い。えっと、ひとりの?」

「!?」

 

 ジャーキーに釣られたのか、ジミヘンは滑らかに口を動かし始めた。

喜多さんがひっくり返って目の前に転がって来たけれど、今は無視してジミヘンの話に集中する。

当然今なら捕まえられるけど、僕から聞き始めたのに話の途中で席を立つのは失礼だ。

親しき中にも礼儀ありという。家族相手でも、いやだからこそ、そこに甘えすぎちゃいけない。

 

「ワンワワンッ!」

「あれ、僕のなんだ。大体の物は食べられるって知ってるはずだけど」

「ワンワンワワンッワンワン!!」

「あぁ食べ物の話じゃないんだね。じゃあなんだろ?」

「……くぅーん」

「そこは内緒、というか口止めされてるんだ。なら大丈夫、無理には聞かないから」

「ワンッ!」

「ううん、こちらこそ教えてくれてありがとう」

 

 僕はまだ力不足だ。ジミヘンの言いたいことは三分の一も理解できていないだろう。

どうやら父さんが口を滑らせたのと、母さんが何か余計なことを言ったことだけは分かった。

肝心の内容は分からないけどよしとする。とりあえず喜多さんはおびき出せた。

 

「それで喜多さん、さっきからどうしたの?」

「……じ、じーっ!」

「続けるんだ」

 

 僕としては別に見られ続けるのは構わない。でも喜多さんにとっては時間の無駄だろう。

今回のお泊りは、彼女がひとりを理解するためにしている。僕を観察していてもしょうがない。

それをそのまま言っても聞いてくれそうにないから、別の角度から僕は切り込んだ。

 

「喜多さんそういえば、前約束したクレープ屋さんなんだけど」

「……先輩、忘れてなかったんですね」

 

 視線の種類が変わった。もの凄いジト目になった。胸が痛いけど作戦は順調だ。

 

「まあいいです。それで、いつ行くって話ですか?」

「あそこ閉店したって知ってる?」

「…………ええぇぇぇ!?」

 

 ジト目を大きく見開いて、喜多さんが驚きに声を張り上げた。知らなかったらしい。

想像以上の驚きだ。この分だと、閉店の理由を聞いたら飛び上がってしまうかもしれない。

 

「なんでも江ノ島で営業してる内に仏の道に目覚めて、今はタイまで修行に行ってるらしいよ」

「そんな馬鹿な話があるんですか!?」

「うん。江ノ島にあるのは神社なのに、目覚めるのは仏教って不思議な話だよね」

「そこじゃないです」

「あぁでも明治になるまでは仏式も混じってたそうだから、そういう意味では問題無いのかな」

「どうでもいいです」

 

 僕の疑問を冷たく切り捨てた彼女は、またソファーに隠れてしまった。

それから拗ねたような、責めるような口調でちくちくと僕を突き刺してくる。本当にごめん。

 

「むぅ、先輩が中々一緒に行ってくれないから……」

「ごめんね。えっと、そうだ。ならお詫びに、僕に出来ることならなんでもするから」

「……なんでも!? 今、なんでもって言いました!?」

「聞ける範囲でね。公序良俗に反するのは駄目だよ」

 

 なんでもする、無警戒だけど言われる方も結構困る言葉だ。僕もラインが分からなかった。

リョウさんならともかく、錯乱してない喜多さんならそこまで危ないことは言わないはず。

僕はそんな浅い想定をしていた。当然のように彼女はその想像を軽々と越えていく。

 

「じゃあこのお休みの間、先輩の妹やらせてください!!」

 

 この子は何を言ってるんだろう。

 

「よく聞こえなかったから、もう一回言ってくれる?」

「先輩の妹になりたいです!!」

「…………ごめん、もう一回だけお願い。あと理由もつけて」

「つまりですね、ひとりちゃんのことを理解するなら、先輩の妹になるのが一番なんです!!」

「本当にごめん。何度言ってもらっても分からない」

 

 もう日が昇ってからしばらく経つけど、まだ寝ぼけてるのかな。意味が分からない。

コーヒーでも淹れてこようかな。それも限りなくどす黒いもの。きっと目が覚めるはず。

喜多さんブラック飲めるといいな、なんて変な願いごとを僕は抱き始めた。

 

「ひとりちゃんと先輩のご家族からお話聞いて、これしかないって閃きました!!」

「視野が狭くなってるだけだと思う」

 

 聞いた結果がこれって、いったい二人は何を言ったんだ。ますます聞きたくなくなる。

興味は増すけど嫌気も増すという不思議な気持ちになりながら、彼女の話の続きを待つ。

 

「だって先輩の話をすると絶対ひとりちゃんが、ひとりちゃんの話をすると絶対先輩が出てくるんですよ?」

「大体セットで動いてたからね」

「そう、セットです!! 先輩とセットになれば、ひとりちゃんの気持ちが分かるはずなんです!!!」

 

 テンションが高い。声も大きい。ご近所迷惑になってなければいいけど。これは現実逃避だ。

 

「という訳で、私は先輩の妹になります!!」

「駄目です」

「秒殺!?」

 

 どうしてそこまで驚いているのか。まさかこれが受け入れられるとでも思っていたのか。

確かに公序良俗には反していないはず。血の繋がりが無い兄妹も世の中にはたくさんいる。

だとしても僕達には約束がある。あの時、そういう呼び方はしないとお互い決めたはずだ。

 

「結構前、八月くらいにそれは駄目だってことになったよね?」

「ひとりちゃんが嫌がったからですよね。ふっふっふっ、安心してください!」

 

 全くできない。むしろ不安はどんどん募っていく。

 

「もう、ひとりちゃんから許可はもらいました!!!!」

 

 テレビか何かだったら、ババン、とでも鳴っていそうなほど彼女は胸を張っていた。

そんな変な嘘を吐く理由は無いはず。だけど時々喜多さんは驚くほど変になる。

一応念のためにと部屋まで移動して、ギターの練習をしていたひとりに確認した。

 

「喜多さんが妹になるの許可したって本当?」

「うん」

 

 特になんとも思って無さそうにひとりは頷いた。あの時のような反発はまるでない。

ちょっとした兄離れかな。寂しくなるけどいつかは起きること、むしろ遅いくらいだ。

胸の寂寥感を達成感で埋めようとしていると、ひとりが両方とも雑にどけてきた。

 

「いいって言わないと、土日が喜多ちゃんで埋まっちゃうから……」

 

 ひとりは打算的だった。もっと言えば僕は生贄だった。僕の情緒を返して欲しい。

咎めるような僕の視線を受けて、ひとりはそそくさと部屋から逃げて行った。転ばないようにね。

視線を戻すと喜多さんが両手を握り、キターンという音と光を四方八方に飛び散らかしている。

最初に言いだしたのは僕。今逃げ道を潰したのも僕。ならもう、しょうがないか。

 

「………………まあうん、じゃあ、うん。しょうがないから、うん、じゃあ、いいよ」

「やった! 短い間だけどよろしくね、兄さん?」

 

 嬉しそうに、そしてからかうように上目遣いで喜多さんが呼んでくる。

そんな彼女の瞳は悪戯っぽく輝いていた。そっちがそういうつもりならと、僕も同じように返す。

 

「こちらこそよろしくね、郁代」

「うっ」

 

 前途多難だ。

 

 

 

 名前で呼ばれて悶え苦しんでいた郁代は数秒で蘇った。さん付けじゃなきゃここまで早いのか。

なら普段も呼び捨てならいいのかな。でもそれってちょっと距離感おかしくないかな。

ヤバいと言われたあの日以来、それまで以上にその辺りの感覚に自信が無い。だからやめとこう。

 

 気を取り直して郁代の様子を確認する。ご機嫌そうにキタキタと光っている。

ふと目が合うとにっこり微笑んでくれた。気のせいか、いつもより明るくて柔らかい雰囲気だ。

未だにひとりは帰ってこないし、郁代もにこにこしてるだけ。落ち着かないから話でもしよう。

 

「それで妹になるって、具体的に何するの?」

「……妹って何なのかしら?」

「そこから?」

 

 何も具体的に考えて無いみたいだ。やっぱりこれただの思いつきなんじゃ。疑念が深まる。

僕の呆れが十分に伝わったのか、郁代は視線をあちらこちらに飛ばした後指を一本立てた。

何か思いついたらしい。どこか得意げな様子で、僕に向けて握った手をマイク代わりに差し出す。

 

「じゃあ兄さんにとって妹って?」

「……うーん」

「あれ、そこで悩むの? 兄さんなら僕の全てー、とか言うと思ってたわ」

「いざ言葉にしようとすると、なんだか難しくて」

 

 人生、希望、幸福、光、例える言葉ならいくらでもある。それこそ僕の全てでもいい。

でもそのどれもが大げさで、なんというか白々しい。空虚で無意味な羅列に思えてくる。

それでも何か、一言でまとめられるものはないか。少し考えると、無意識に言葉が漏れた。

 

「……杖」

「えっと?」

「あっごめんね。今のは関係ないことだから」

 

 これは駄目だ。僕の面倒な事情と気持ちを説明しないと、まったく意味が分からない。

そして誰にも教えるつもりはない。妹に縋らないと生きていけないなんて、言えるはずもない。

他に考えよう。そもそも僕は妹達をどう思っているか。これからどうなって欲しいのか。

何よりも大切で、愛していて、幸せになってほしい。突き詰めてまとめるとこれだけだ。

 

「さっきも言ったけど、言葉にするのは難しいんだ」

「ふむふむ」

「だからそのまま、言葉には出来ないほど大切な存在、かな」

「おー」

 

 何故か感心された。ほとんどいつも言ってることだから、てっきりドン引きされると思ってた。

いったい何が違うんだろう。普通の女の子の感覚は分からない。人生で一二を争う難しい問題だ。

答えの無い問いに悩んでいると、郁代がどこか期待した様子で自分のことを指差していた。

 

「じゃあじゃあ兄さん、今は私もそれくらい大事ってこと?」

「郁代は仮免妹だから(仮)が付くよ」

「仮免!? (仮)!?」

 

 僕達がそんな漫才を繰り広げていると、階段を上る音が二つ聞こえてきた。

そのまま部屋に入ってくる。ほとぼりが冷めたと思ったのか、ひとりがふたりと戻って来た。

逃走のお詫びのつもりか、人数分の飲み物とお菓子をお盆に乗せて持っている。

そんなひとりに郁代は同じ質問をぶつける。びっくりしてひっくり返さなければいいけど。

 

「ひとりちゃんにとって妹って何かしら?」

「えっ、い、生き方?」

「なんか深いわね……ふたりちゃんにとっては?」

「妹? ふたりのことだよ!!」

「この子強いわ……」

 

 ひとりもふたりも勢いで答えているから参考になるかは怪しい。そもそも何の参考なのか。

妹になる、ならないなんて馬鹿みたいなことは考えたことが無いから、僕も何も分からない。

思考に暗雲が立ち込める中、ふたりがひとりの足を無意味に叩きながら聞いてくる。

 

「おにーちゃんたち何してるの? 遊んでるならふたりも混ぜて!」

 

 名目上バンドとして、ボーカルとしてより高みに行くための活動中ではある。

ただどんな遊びよりもよほどふざけている状況だと思う。妹になるってなんなの?

誰も止めないから遊んでるとふたりは思ったみたいで、遠慮なくひとりの足を抱いて引っ張る。

それで倒れそうになるひとりにきゃっきゃっと喜ぶふたりへ、郁代がにじり寄った。

 

「そうだふたりちゃん、私先輩の妹になりたいんだけど、妹って何すればいいのかしら?」

「喜多ちゃん、おにーちゃんの妹になりたいの?」

「うん。ひとりちゃんの気持ちを知るために、先輩の妹になりたいの!」

「???」

 

 傍から聞いていても意味の分からない会話だ。現にふたりも小首をかしげている。

それにも郁代はおかまいなしだ。ふたりの手を握って光り輝きながら教えを乞いていた。

 

「だからふたりちゃん、妹のやり方教えてくれるかしら?」

「えー喜多ちゃんわからないのー?」

「私一人っ子だったし、そういう人もいなかったから全然なのよ」

「うーんと、いいよ! 喜多ちゃんなら特別に教えてあげる!」

「ありがとう!」

 

 可愛らしいドヤ顔で大仰に頷くと、ふたりはとてとてと僕の前に歩いてくる。

何か実践するのかな。じっと動くのを待っていると、僕の胡坐の上に座って抱き着いて来た。

 

「おにーちゃん!」

「なーに?」

「えへへっ、なんでもなーい!」

 

 可愛い。心のままに頭を撫でて耳をくすぐると、楽しそうに体を震わせた。

すると仕返しとばかりに僕の脇に手を伸ばしてくる。くすぐったいというよりこそばゆい。

抵抗のために抱き上げて、そのままくるりと一周する。きゃーという黄色い声が耳に届く。

結構気に入ったみたいで頬を上気させながら、ふたりは満面の笑みで郁代の方へ振り向いた。

 

「こうやればいいの!! あっおにーちゃん今のもう一回やって、もう一回!」

「もう一回だけね。あと気持ち悪くなったら言うように」

「はーい!」

「こ、これが真の妹パワー……!?」

「あっあの、私も妹です、一応、本物の」

 

 ひとりのアピールを郁代はスルーした。

 

 そうして何回か遊んでいる内に満足したらしく、ふたりは手を振りながら部屋を出て行った。

とんとんとんと階段を降りる音はリズミカルだ。少し心配したけど目は回ってないみたい。

無事降り切ったことを確認してから、目をぐるぐるさせて混乱している郁代へ注意を向けた。

 

「よ、よーし! じゃあ、私も行きます。兄さん、手を広げて!」

「広げません。思春期の兄妹はそんなべたべたしないよ」

「先輩がそれ言うんですか!?!?」

 

 よほど衝撃的だったのか、先輩後輩関係に戻っていた。そんなに驚くことなのかな。

僕も十六年近く兄をやっている。その中で兄としてのモラルは日々磨いてきたつもりだ。

妹とはいえ年頃の、思春期の女の子には無暗に触れるべきじゃない。語るまでもない一般常識だ。

じゃあなんでひとりちゃんはいいの? 言葉にせずとも郁代からそんな強い疑念を感じる。

 

「ひとりはまだ思春期来てないから」

「えっ私来てないの?」

「えっ来てたの?」

 

 思わず確認してしまう。ひとりの思春期っぽいところ、どこかあったかな。反抗期、ない。

血縁のある異性を避ける。父さんとも仲いいし、僕とは大体一緒にいる。その上くっついてくる。

異性に興味関心を抱くようになる。人のことは言えないけれど、欠片も持ってなさそうだ。

心身の成長に伴う精神の不安定化。生まれてからずっと不安定だから判別がつかない。

その他精神的な変化。最近急成長中だけど、変化は特にしていない。以上を踏まえると。

 

「やっぱり来てないよ」

「……そ、そう言われると、まだ来てない気がしてきた」

「もっと自信を持って!? ひとりちゃんそろそろ高二よ!?」

 

 体も心も成長には個人差がある。遅い早いはあっても、いい悪いはきっとない。

そんな表面的な言葉で思考を誤魔化す。正直僕も怪しいからひとりのことは言えない。

反抗期、血縁のある異性を避ける、異性への興味関心。僕も覚えがない。自信もない。

 

「とにかく、僕と郁代は一つ違いです。もっと節度ある兄妹をしましょう」

「あっ分かった!」

 

 僕の提案を郁代はまるっきり無視した。明るい表情で両手を合わせている。

全然話を聞いてないのに、いったい何が分かったんだろう。多分妄想か何かだと思う。

郁代はにやにやとした笑みを浮かべながら、からかうように僕の肘を指でつつく。くすぐったい。

 

「お泊りの話の時も思ったけどー、もしかしてー、兄さんの方が意識しちゃってるのかしら~?」

「……? ………?? ………………???」

「純粋な疑問!?」

 

 あまりにも的外れなことを言われてしまい、つい全力で考え込んでしまう。意識とは。

真剣に悩む僕を見て郁代が愕然としていた。自信とアイデンティティが崩壊したような顔だ。

このまま続けると偉いことになりそうだから、強引にでもまとめて話を逸らしておこう。

 

「ふたりはああ言ってたけど、甘えるだけが兄妹じゃないよ。もっと別の方法を考えよう」

「……あっあの、お兄ちゃん」

 

 郁代が萎れているのをいいことに話していると、今度はひとりが僕の肘をつついていた。

不思議に思ってひとりを見ると、指を細かく落ち着きなく動かしている。この動きは、廊下かな。

ひとりの指示に従って廊下の方を向く。戸から顔を半分だけ出した母さんと父さんが立っていた。

 

「こ、後輩の女の子に、兄さんって呼ばせて妹をさせている……!?」

「そんな、女の子の友達が出来たと思ったら、いきなりこんな倒錯的なプレイに走るなんて……!?」

 

 きっと恐ろしく変な誤解をされている。二人のあの絶望的な表情を見ればよく分かる。

作詞に悩んで部屋で踊り狂っていた、あのパリピひとりを見た時と同じような顔をしていた。

これだと僕からの説明じゃ納得してもらえないだろう。色んな意味で喜多さんじゃないと駄目だ。

 

「喜多さん、悪いけど説明お願い」

「…………やだなぁ、妹を名字で呼ぶなんて変よ。ね、兄さん?」

「……郁代?」

「なんですかー兄さーん?」

 

 昨日今日で一番の、意地悪そうな微笑だった。ニヤニヤ以上の表現が見当たらない。

それを見て母さんが崩れ落ちるのを父さんが支えた。もう大事故、大惨事だ。どうしようもない。

結局この誤解を解くのに、それから一時間以上かかった。あと郁代は正座させた。




次回「妹体験記 下」です。

おまけ
反抗期      微妙に母親には当たりが強い
血の繋がった云々 同上
異性への関心   むっつりの時のあれ+裏設定
心身の不安定化  御察し
その他精神的変化 一話からここまでの変化
総評       来てる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。