ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、誤字脱字報告、ここすきありがとうございます。
どこまでも長くなりそうだったので、一部楽をしました。許してください。


第十四話「妹体験記 下」

 両親の誤解が無事に解けてから少しして、母さんがのほほんとした顔で僕に聞いて来た。

 

「かずくん、ひとりちゃんの制服知らない?」

「……なんで探してるの?」

「お母さん着るから」

「……………………なんで?」

 

 反射的に浮かんだ気持ちを堪える。今まで魔王をやっていなければきっと耐えられなかった。

それくらい訳が分からない。どうして娘の制服を着ようとするのか。しかも友達が来てる時に。

まさか自分が女子高生として混じれば、もっと盛り上げられるとか考えているのか。

 

 母さんはひとりと同じく、変なところで妙なところに頑固な自信を持つ時がある。

だからこの変な発想が否定しきれないのが怖い。あり得ると考えてしまう自分が憎い。

僕のそんな恐怖と憎しみを置き去りにして、母さんは終わった話を蒸し返そうとしていた。

 

「あのね、喜多ちゃんを妹にしようとするなんて、お母さんちょっと歪んでると思うの」

「それはさっき説明したでしょ。結束バンドの活動だよ」

「そんなバンドの活動、お母さん聞いたことありません!」

 

 それは僕もそう思う。ロックには退廃的なところもあるけれど、こんな前例は多分無い。

 

「その気持ちは分かるよ。でもそれで、なんで母さんが制服着ることになるの?」

「喜多ちゃんの代わりに、お母さんが妹になろうと思って!」

「…………母さん、今日は約束あるでしょ? 早く行けば?」

「息子が厄介払いしてくる! 冷たい!!」

 

 冷たくもなる。喜多さん以上に意味が分からない。母さんが妹、日本語にならない。

口を開くまでも無く、僕のそんな疑問は伝わったらしい。すぐに理由を話し始めた。

その様子はなんだか得意げにも見えた。複雑な気持ちの方はまったく伝わってないみたいだ。

 

「まず、お母さんとかずくんは血の繋がった家族です」

「はい」

「そしてかずくんが小さい頃から、お母さんはずっと一緒です」

「はい」

「ひとりちゃんにも同じことが言えます。つまり私≒ひとりちゃんで、私≒妹になります」

「寝言?」

 

 まだ錯乱してるのかな。三段論法のつもりかもしれないけど、まったく成立してない。

というか成立するように整えても段差が大きすぎる。文字通り発想が飛躍している。

だけど僕の指摘は何一つ聞いてもらえなさそうだったから、あえてその理屈に乗ることにした。

 

「その理屈だとひとり≒母さんにもなるから、ひとりが僕のお母さんになっちゃうけど」

「……!!?? い、妹を、お母さんにしたいの!?!?!?」

「そろそろ怒るよ?」

 

 一応冗談のつもりだったのか、てへっとでも言いたげに自分の頭を叩いていた。

年を考えて欲しい。世の中には冗談で済むことと済まないことがある。これは後者だ。きつい。

僕のそんな冷たい視線を受けて、母さんは追加で舌を出した。引いてるんだから足さないで。

 

 それからしばらくすると、僕達以外の家族は予定通りに出かけて行った。

父さんは午後からの仕事へ、母さんとふたりは一緒に友達の家に遊びに行くため。

静かになった家の中で、そっと僕の手を引く人がいた。不味い、すっかり忘れていた。

 

「あ、足の痺れが限界です……も、もうやめてもいいですか……?」

「ごめん喜多さん、色々あって忘れてた。もういいよ」

「うぅ、酷いです、兄さん……」

 

 そう言い彼女は座布団から横に崩れ落ちた、と思ったらフローリングの冷たさに飛び上がる。

そしてその動きで足をぶつけると、痺れのあまり震えながら床を転がり始めた。痛そう。

陸に打ち上げられた魚みたいってこういうことか。そんな酷い感想を持ってしまった。

それはそれとして兄さん。あんな騒ぎになったのに、この期に及んでまだそう呼ぶのか。

 

「大丈夫? というか、まだこれ続けるの?」

「と、当然です。いえ、当然よ。まだ全然、妹のこともひとりちゃんのことも分かってないから」

 

 喜多さんはあれだけ正座してもなお、明後日の方向に走り続けようとしていた。

この子は痛い目じゃ学ばないのかもしれない。今度から説得方法は別のものを用意しておこう。

それは今後のこととして、今は彼女が何を口走るかちゃんと聞いておかないと。

 

「そうは言うけどどうするの? 結局妹になってどうするかなんて、全然決めてなかったよね」

「ふっふっふー、安心して兄さん!」

 

 ついさっき聞いた言葉だ。そしてさっきと同じく、またもやまったく安心できない。

そんな僕とは逆に郁代は満面の笑みで胸を張り、どこまでも自信に溢れた様子で携帯を出した。

 

「伊地知先輩に今、妹は何をすればいいんですかって聞いてます!」

「えっ、虹夏さんにこの状況のこと伝えたの?」

「はい!」

 

 はいじゃない。どうしてこの子はいつも、周囲に混乱をばら撒こうとするのか。

虹夏さんもそんな相談されてもきっと困る。というか訳が分からなくて逆に聞いてくるはず。

ドヤ顔の郁代に何か言おうとしてすぐ、僕の携帯が着信を告げた。思っていたよりも早い。

郁代に一声かけてから携帯を手に取る。画面は見てない。十中八九虹夏さんだろう。

 

「もしもし虹夏さん。先に言っておくとごめん。僕もよく分かってない」

『……妹をよその女と間違えるなんて、お兄様酷いわっ』

 

 僕は電話を切った。液晶には通話終了の文字と、山田リョウという名前が浮かんでいた。

確か今日、あの二人は一緒にバイトだった。だから横で見て聞いて、というところかな。

なるほど、つまり愉快犯。来週の弁当は貧相にしておこう。おにぎり二つと沢庵三枚だ。

来週の献立を決めていると、再び携帯が動き出す。今度はちゃんと虹夏さんだった。

 

「……もしもし」

『………………や、やっほー、お、お兄ちゃん?』

「そっか。切るよ」

『わっ待って待って!?』

 

 愉快犯は複数犯だった。虹夏さんには何で返せばいいんだろう。特に思い浮かばない。

来週星歌さんに聞いてみよう。恥ずかしい話の一つや二つは教えてくれるかもしれない。

密かな決意ともに虹夏さんからの弁明を待った。彼女までやるんだから、何か理由があるはず。

 

「今の何?」

『いやぁその、いわゆる悪乗り?』

「全然面白くなかったから、もう一生やらないでね」

『辛辣!』

 

 具体的に言えばいつものMCをはるかに上回る、いや下回るほどつまらなかった。

独創性や勢いを加味すると、ひとりの武田信玄にも数段劣る。表には出せない冗談だ。

脳裏に浮かぶ酷評をしまいつつ、話を流して本題へ移るように電話を続ける。

 

『今度はこっちだよ。そもそも今何してるの?』

「簡単に説明すると」

 

 かくかくしかじか。なるべく簡潔に、要点だけまとめて話すように心がけた、頑張った。

虹夏さんから伝わる困惑が大きくなった。僕もますます混乱が深まった。なんだこの状況。

こうなると郁代も話に入ってもらわないと意味不明だ。通話をスピーカーへと切り替える。

 

『とりあえず、ヤバい時の喜多ちゃんだってことは分かった』

「いやいやそんな」

『押しかけ妹は実際ヤバい』

「リョウ先輩まで!?」

 

 信じられない、みたいな声を上げているけれど、向こうの二人の方が信じられないと思う。

僕もあっち側ならそう感じていた。というよりも、そもそも既に電話を切っているはず。

そう考えると二人はとても付き合いがよかった。別に付き合わなくてもいいのに。

 

『というかあれ、そのぼっちちゃんは?』

「僕に喜多さんを押しつ、任せて、上で練習してる」

『漏れてるよー?』

 

 虹夏さんこそ苦笑いが漏れていた。笑って誤魔化せるのなら僕も笑っておきたい。

変な無念を感じていると、微妙に苛立ったような星歌さんの声が携帯から聞こえた。

 

『おいお前ら、バイト中に楽しく電話なんていい度胸だな?』

『あっちょ、ちょっと待ってお姉ちゃん! 今バンドの大事な話してるから!』

『あぁん? なんだ大事な話って』

 

 ボーカルの訓練に繋がるからこれは大事な話のはず。なのにそうとは思えない。

虹夏さんも同じような思いなのか、星歌さんの質問にすぐ答えられていなかった。

代わりにリョウさんが、何故かやけにキリっとした声で、そのままズバリを伝える。

 

『郁代がよりよい妹になるための話』

『は?』

『郁代がちゃんとした妹になれるかどうかで、結束バンドの今後が決まる』

『……よく分からんけど、とりあえず二人とも減給な』

『なっご、ご慈悲、ご慈悲を!!』

 

 リョウさんが両手を合わせて拝む姿が目に浮かぶ。見慣れた光景だ、想像する必要もない。

だから僕は慌てることもなく、それどころか虹夏さんに聞きたいことがあったのを思い出した。

 

「そういえば虹夏さん、最近一つ聞きたかったことがあるんだけど」

『この状況で聞くの!? いいよ、早くしてね!!』

「ぼっちざろっくって何?」

 

 電話の向こうで虹夏さんが固まったのが分かった。まずは全部話そう。

 

「この間ひとりが自伝のタイトル考えてて、これが最終候補だったんだ」

『ぁ』

「面白くていい言葉だなって思ってたら、虹夏さんの言葉だよってひとりが教えてくれて」

『あ、ぁぁ』

「もしかして、ひとりのロックだからぼっちざろっくなの? 結束バンドもだけど、虹夏さんって意外とダジャレ好きだよね」

『……ギャー!?』

 

 羞恥の叫びとともに電話が切れた。恥ずかしい話を星歌さんに聞かなくてもよくなった。

意図せず出来た反撃にちょっとした満足感を覚えていると、横腹を指で何度も突かれる。

そっちを向くと郁代が頬を膨らませ、私不満があります、と目で語っていた。

 

「切れちゃった。もう、兄さんが変なこと言うからよ?」

「今日の郁代には言われたくないかな」

「あーあ、店長さんにも妹のこと聞きたかったのになぁ」

「郁代も減給されるだけだよ」

 

 もちろん冗談半分だろうけど、星歌さんは度が過ぎれば本当に減らす人だ。

ノルマはもう大丈夫かもしれない。でもバンド活動にはとにかく色々とお金が必要になる。

こんな馬鹿みたい、というか馬鹿そのものの話でお金を減らすのは、それこそ馬鹿らしい。

 

「知恵袋の虹夏さんとも相談出来なくなったし、もう止めない?」

「駄目よ兄さん、まだまだ付き合ってもらうんだから!」

 

 まだまだ続くらしい。この土日、と彼女は要求していたから、まだ半分も終わっていない。

誤魔化しきれない疲労感を覚えていると、対照的に楽しそうな郁代が携帯を僕へ見せつける。

 

「これ見て! じゃーん!」

 

 郁代が自慢げに見せた画面には、何かのアンケートが映っていた。

 

「……これは、何のアンケート?」

「妹アンケート!」

「妹アンケート」

「色んなシチュエーションで、妹的にはどうするんですかって聞いてみたの!」

 

 昼食を始めとした数多くのシチュエーションごとに、多数の質問が並んでいる。

その全てに虹夏さんは回答していた。彼女が律儀だったことを今日ほど恨んだことは無い。

 

「あっリョウ先輩も答えてくれてる! 嬉しいけど先輩一人っ子だし、参考には出来ないわねー」

「……」

 

 話せばまたややこしいことになりそうだから、僕は沈黙を守った。

そんなことよりと、アンケートの内容を確認する。とにかく数が多い。いつ用意したんだろう。

嫌な予感がして顔を上げた。晴れやかな笑顔の郁代と目が合う。ますます予感が募る。

 

「もしかしてこれ、全部やるの?」

「当然!!」

「当然……」

 

 当然、当然。経験で分かる。こういう時の郁代は無敵だ。誰が何を言っても聞かないだろう。

付き合うか逃げるしかない。そしてなんでもすると言った以上、逃げるという選択肢は無い。

それならばと、僕は郁代に一声かけた。どうせなら道連れは、いや、検証する人は多い方がいい。

 

「ひとり呼んでくるから、ちょっと待ってて」

「はーい!」

 

 とりあえずあの子は巻き込もう。僕を生贄にして逃げようとしているけれど、そうはいかない。

子どもの間はともかく、大きくなれば自分の行動、発言には責任を持たなければいけない。

この言葉の意味を文字じゃなくて体と心で学ぶ、とてもいい機会になるはずだ。

 

 部屋で練習中のひとりを半ば強引に連れ出し、郁代の元へ連行していく。

ギターの邪魔をされてむっとしていたひとりも、あれを前にして困惑を隠せていなかった。

 

「あっあの、これから何するんですか?」

「見て見てひとりちゃん! これ、伊地知先輩から貰った妹アンケート!」

「いっ妹アンケート……?」

「これを実践して、妹への理解を深めていくの!!」

「???」

 

 なにそれ、と言わんばかりにひとりが僕を見る。僕も聞きたい、そしてさっき聞いた。

でもよく意味が分からなかった。というかなんだか、趣旨がずれてきている気がする。

ひとりを理解するための活動のはずなのに、何故か妹への理解を深めようとしている。

 

「よーし、じゃあ頑張っていくわよー!!」

「お、おー?」

「……おー」

 

 でもどこの何を、どう指摘すればいいのかまるで分からないから、もう流されることにした。

 

 

 

Q3.お昼ご飯ってどうしてますか?

 

「さて、そろそろお昼ね! 伊地知先輩はいつもお昼作ってるらしいから、私も見習って」

「あっうちは違います」

「……えっ?」

「あっお父さんとお母さんがいない時は、いつもお兄ちゃんが作ってます」

「そういう訳で、僕の妹なら座って待っててね。卵使いたいから、お昼オムライスでいい?」

「あっはい、じゃなくて、うん」

 

「ひとりー、卵ふわふわのでいいー?」

「あっえっと、今日は薄焼きのがいい」

「……んー、じゃあこれは僕のにして。郁代はどうするー?」

「私は何でも大丈夫だから」

「遠慮しないでなんでも言ってねー」

「それじゃあ、あの、上に乗せてから開くのって出来る?」

「出来るよー、ちょっと待っててー」

 

「待っててくれたんだ。二人ともありがとう」

「兄さんの顔見て、ちゃんといただきますって言いたかったから! ね、ひとりちゃん!」

「あっはい」(ふ、普段は先に食べてるなんて言えない……)

「そうだ兄さん、いただきますの前に一ついいかしら?」

「……嫌な予感しかしないけど、何?」

「おまじない、お願いします!」

 

「……ふ、ふわふわー、ぴゅあぴゅあー」

「………………そんなんじゃ駄目よ兄さん!」

「えっ」

「もっと堂々と! あとこう、腰の切れをこう!!」

「なっなんかスイッチ入っちゃった……」

 

 

Q7.洗濯ものって店長さんのも畳んでるんですか?

 

「天気ちょっと怪しい。郁代、悪いけど洗濯物入れてくれる?」

「うん、任せて! そうだ、畳んだ後はどうすればいいかしら?」

「畳むのはひとりがやるから、入れるだけでいいよ。僕はその間掃除してる」

 

「……さすがに恥ずかしいし、洗濯物任せてもらえてよかった」

「あっ喜多ちゃん手伝います」

「ありがとう。ひとりちゃんだっていくら兄妹でも、下着見られたりするのは嫌よね?」

「……? あっ別に気にしたことないです。たまに畳んでもらってますし」

「えっ」

 

「ジミヘンも床掃除上手になったね」

「ワンワンっ」

「分かってるよ、今度ちょっといいおやつ買ってくるから。……ん?」

「おっ、おお、落ち着いてください、喜多ちゃん! はやっ、早まらないで!」

「止めないでひとりちゃん! わ、私も妹だから、兄さんに下着を畳んでもらわないといけないの!!」

「……ジミヘン、お願い」

「ワン!」

 

 

Q4.おやつ一緒に作るのとかちょっと憧れます!

 

「伊地知先輩曰く、たまに作ったお菓子を店長さんに食べさせてるとか。ひとりちゃんは」

「あっはい、たまにお兄ちゃんが作ったのを食べてます」

「知ってたわ。お昼があんな感じだったから、そうじゃないかと思ってた」

「あっで、でも、お手伝いくらいはしますよ?」

「!?」

 

「つまり、一緒にお菓子作ればいいの?」

「多分そんな感じ!」

「材料あったかな。ちょっと見てくるね」

 

「意外とまだまだあった。これなら大抵のものは作れるよ。何がいい? 何でもいいよ」

「何でもって一番困っちゃうなぁ。何がいいかしら」

「そうだ、決める前に教えて。郁代は普段お菓子とか作る方?」

「えぇと、実はそんなに。たまーに気が向いた時くらい」

「それなら、そうだね。この間作ったチョコソース余ってるし、シフォンケーキにしようか」

 

「このさっくりかき混ぜるっていうのが難しいのよねー」

「ここだけ明確な数字とか無くて、急に感覚的になるからね」

「そうなんですよねー。えっと、これでどうですか?」

「……うん、いい感じ。郁代は上手だね。そんなに、なんて謙遜いらないよ」

「本当? やった!」

 

「そういえば、ひとりちゃんはどんなお手伝いするの? たまに器用だから成型とか?」

「あっ味見です」

「……は?」

「あっ私の舌は正確だって評判なんです。へ、へへへっ」

「えっちょ、味見って。それは」

「郁代」

「兄さん、これってお手伝いじゃ」

「ひとりはね、味見が上手なんだ」

「あっうん」

 

 

Q5.晩御飯もやっぱり伊地知先輩が作ってるんですか?

 

「夕飯は兄さん作らないの?」

「手伝いくらいはするよ。でもそれ以上は母さんが嫌がるから」

「えっそうなんですか?」

「娘のおふくろの味が、お兄ちゃんの味になっちゃうーって」

「なるほど」

 

 

Q11.一緒にお風呂ってなんだか姉妹感ありますよね!

 

「…………」

「ど、どうしました?」

「あの、二人はその、一緒にお風呂とかは」

「いくらなんでも入らないよ」

「そ、そうです。さすがに入りません」

「で、ですよねー。よかったー、安心したわー」

「そうそう。もう高校生だし色々問題があるよ。それに狭いし」

「あっそれに、お風呂は足を伸ばして入った方が気持ちいいですし」

「……あれ?」

 

「ひとり、髪乾かすからおいで」

「うん、お願いします」

「……昨日も思ったけど、ひとりちゃん自分でやらないの?」

「あっお兄ちゃんがやらせてくれないので」

「えっそうなの?」

 

「だってひとり凄い雑にやるから。あれだと髪痛んじゃうよ」

「そんなになの?」

「うん。大雑把にタオルで拭いて、適当にドライヤーかけておしまい」

「……へぇ」

「郁代?」

 

「ひとりちゃん、私が乾かし方とか手入れの仕方とか、全部教えてあげる」

「えっ、き、喜多ちゃん? べ、別にお兄ちゃんがやってくれるから」

「いいから、教えるから、こっち来て」

「お、おお、お兄ちゃん、喜多ちゃんが、た、たすけ」

「……あっ電話だ。ごめんちょっと外すね」

「おっ、お兄ちゃん!?」

「大槻さんからだから長くなるかもー。郁代ー、あとはお願いー」

「任されたわ!!」

「あっあわ、あわわわ」

「あわわじゃないわよ。せっかく綺麗な髪なんだからもっとちゃんとしないと」

「あああわわわ、あわわ、ぶくくぶく」

「そこで泡になるのは反則じゃない!?」

 

 

 

 こんな感じで三人一緒に一日を過ごした。一応、楽しいことは楽しかった。

ただ、どう頑張っても郁代を妹とは思えなかった。大袈裟だけど本能が違うと叫んでいる。

それでも彼女が何か掴めたらと、その一心でこのごっこ遊びを懸命にやり抜いた。

 

 そうして眠る前、一日妹を体験した郁代から総評が発表された。

 

「ひとりちゃん」

「あっど、どうでしたか、私の妹っぷり?」

「……妹以前に、女の子として終わってるわ!!」

「!!??!?」

「知ってたけど!!!」

「!?!?!?!?!?」

「ダブルタップはやめてあげて」

 

 ひとりがこうなったのは僕にも大いに責任がある。だからそれ以上の追撃は見過ごせなかった。

というかひとりの考え、気持ちを知るのは一体どうなったんだろう。まさかこれ、徒労?

 

 

 

 不安半分で眠りについて、翌朝起きて、まったくそれが減っていないことに気がついた。

そして早朝四時、ふたりを起こさないようにリビングのこたつで勉強していると、物音がした。

なんだろうと目を向けると、音の先で郁代がふらふらしながら眠たげに目を摩っていた。

 

「……おふぁようございます~」

「おはよう郁代、早いね」

「先ぱ、兄さんを、妹らしく起こそうと思ってー」

 

 妹らしく。虹夏さんの回答には、毎朝星歌さんのことを起こしている、と確かに書かれていた。

ちなみにひとりに起こしてもらったことはほぼないから、これも僕達には当てはまらない。

郁代は頼りない足取りで僕の元へ近づくと、そのまま座り込んでこたつに潜り込んだ。

 

「兄さんって、いつもこんなに早いのー?」

「寝るの早いからね。三時か四時には起きてるよ」

「うぅ、寝る前に聞けばよかったわー」

 

 後悔を滲ませながら、彼女はぐったりとこたつに頭をくっつけてしまう。

落ち込んでいるとかではなく、こうして単純に元気がない姿はなんだか新鮮だ。

見るからに眠気に負けかけている。病気ではなさそうだから、特に心配はしなくてもいいだろう。

 

「もしかして、夜更かしでもした?」

「いっぱいしました……だから余計眠いのよ…………」

「いい話出来たみたいだからよかったけど、あんまりしないようにね」

 

 僕の相槌に郁代が勢いよく顔を上げた。眠たげだった目が見開いて僕を見つめている。

 

「わ、分かるんですか?」

「いつも見てるから分かるよ。昨日より、ずっと晴れやかでいい顔してる」

「……そっか」

「あーでも凄く眠そうだから、僕の気のせいかもしれないね」

「なっ、も、もうっ」

 

 からかいに反応して、こたつの中で郁代が僕の足を押すように蹴る。本当に元気になった。

ここ二日くらい郁代はおかしかった。いつものおかしさとは違う、どこか焦ったものだった。

それが今は無くなっている。ひとりと夜更かしして、きっと何か素敵な話でもしたんだろう。

 

「ちなみに、どんな話かは」

「女の子の秘密ー、内緒ー」

「残念。それじゃ聞けないね」

 

 女の子の秘密じゃしょうがない。僕は一生立ち入っちゃいけない場所だ。

そう諦める僕を見て悪戯っぽく笑った後、郁代が小さくくしゃみをした。

今は二月、冬真っ盛りだ。こたつに入っていてもあの薄手のパジャマじゃ寒くて当然だ。

 

「何か温かいもの淹れてくるね。ココアでいい?」

「あっ勉強中なのに悪いから、私が」

「いいからいいから。えっと、今は妹なんでしょ? なら甘えて、ね?」

「……じゃあお願い、します」

 

 勉強なんてそれこそいつでも出来る。だけど郁代に温かいものを渡すのは今がいい。

キッチンに移動して手早く牛乳を温めて、お客さん仕様でココアパウダーを多めに入れる。

数分もしない内に出来上がった。食べ物は、まだいらないかな。もう少し様子を見て決めよう。

そしてココアと一緒に戻ってくると、郁代はこたつに突っ伏して静かに寝息を立てていた。

 

「寝ちゃった、かな?」

 

 さっきは軽く興奮していたけれど、夜更かししてこんな時間に起きたなら眠くもなる。

二度寝自体はいい。でも場所が問題だ。こたつだと風邪を引いてしまうかもしれない。

だから起こそうと呼んでも揺すっても、まるで起きる気配はない。よく寝ている。

 

 どうしよう。こうなると僕が布団まで運ぶくらいしか思いつかない。でもそれっていいのかな。

拙い僕の倫理観からすると、寝ている女の子に無断で触るのは言語道断、許されない行為だ。

だけど彼女が風邪を引いてしまったら、それこそ許されないし許さない。少しだけ悩んでしまう。

 

 結論はすぐに出た。まあ、いいか。今の郁代は名目上僕の妹だ。怒られたら後で謝ればいい。

雑に考えをまとめて、こたつから彼女を引っ張り出しそのまま抱えた。驚くほど軽い。

よくひとりを、成り行き上他の子を抱えたこともある。その中でも一番軽かった。

 

「……カロリー、どこに消えてるんだろう」

 

 想像より楽々と階段を上っていると、思わず疑問が口から零れてしまった。

郁代から定期的に送られる自撮りや、更新頻度の高いSNSにはよく流行のスイーツが映っている。

撮るだけで残したり捨てたりする子じゃないから、あれは全部きちんと食べきっているはずだ。

だとするとこう、なんというか、もっと肉付きがよくてもいいと思う。少し心配になる軽さだ。

 

 余計な心配を抱いているとひとりの部屋の前に着いた。静かに戸を開けてそのまま入る。

部屋ではひとりがうつ伏せで寝ていた。こっちも寝息が深い。よく眠っている。

ひとりの頭の先にあるのが郁代の布団だろう。軽く中を触ってみると、幸いまだ温かい。

このまま使っても問題なさそうだ。静かに優しくゆっくりと、丁寧に郁代を横にする。

 

「これで、よし、と」

 

 無事に布団まで届けられた。このまま寝られれば朝までぐっすりだろう。

一安心して、何の気なしに部屋を見回す。顔を突き合わせるような布団の並べ方だ。

きっと昨夜はそんな感じで、夜通しお喋りして過ごしたんだろう。想像するだけで微笑ましい。

 

 その気持ちのままに、寝ているひとりの頭を撫でて毛布をかけ直す。

ひとりは物理的には丈夫だけど、意外と風邪は引きやすい。寒くなると大変だ。

出来ればうつ伏せも直したい。でもさすがにそれは色々と無理がある。

 

 諦めて立ち上がろうとして、何の気なしに郁代の方を見た。安らかな、幸せそうな寝顔だ。

以前虹夏さんに見ちゃ駄目、と言われてはいる。それでもつい見て、なんだかほっとしてしまう。

他人を、郁代を見てそんな温かい気持ちになる自分に、どこか不思議なものを感じた。

 

 出会った時の僕にとって彼女は、喜多郁代はひとりの勇気の象徴でしかなかった。

あの子が誰かに踏み込んだ、他人のために恐怖を乗り越えた証。僕とは違うという証明。

それ以上でもそれ以下でもない。喜多郁代という個人はどうでもよくて、興味も関心もなかった。

 

 それが変わったのはいつのことだろう。

小さな好意はずっと積み重なっていた。でもきっと一番は、あの打ち明け話の時だ。

彼女は僕の評判を知っても、いや最初から知っていても、それを表には出さなかった。

 

 下北沢の魔王。馬鹿みたいな名前と嘘みたいな恐怖の逸話。まともな人間にはつかないもの。

そんな相手だ。逃げてもよかった、避けてもよかった。今まで誰もかれもがそうしてきた。

でもその彼女はどちらもせず、自分の目と耳で僕を知ろうとした。僕と関わろうとした。

そして何よりも、ひとりが僕の妹と知っていても、彼女はひとり自身を見てくれた。

どれだけそれが僕の救いになったのか。彼女はきっと気づいていないだろう。

 

 気付かない方がいいな。余計なことを考えさせて、変な気遣いをさせてしまうかもしれない。

そんなものはいらない、必要ない。僕は一緒にいられれば、いさせてもらえればそれで十分だ。

それだけで僕はまだ大丈夫なのだと、まだ自分を諦めなくてもいいと、そう信じることが出来る。

 

 僕は重くて距離感が変で、言葉の加減もよく分かっていない、未だに人間関係初心者マークだ。

そんな僕でも分かる。僕の感謝は伝えられない。困惑させるだけで、かえって迷惑になるだけ。

勝手に感じて、勝手に重くしているだけの気持ち。文字通り重荷にしかならないだろう。

 

「いつもありがとう」

 

 だからそれだけ告げた。

 

「何かあったら、ううん、何も無くても手伝うから、いつでも言ってね。なんでもするから」

 

 聞こえてないことをいいことに、性懲りもなくまたなんでもいいなんて言ってしまった。

これもきっと言われたら困る言葉で、ついでに僕の本心、言っておきたい言葉でもある。

言うだけ言ってすっきりした。気分も新たに今度こそ立ち上がる。早く戻らないと。

いつまでも妹と友達の寝顔は見ていられない。バレたら相当気味の悪い行為だ。

 

「お休み二人とも。また今日もよろしくね」

 

 名残惜しいけれど、それだけ言って僕は部屋を後にした。

 

 

 

 こうして一昨日のカラオケから続いた、喜多さんのスランプに関する問題は解決した。

出だしはともかく、途中途中意味の分からないことが続出したけれど、終わり良ければ総て良し。

何より解決の一手になったのが、ひとりとのお喋りでよかった。あの子は本当に成長している。

結束バンドもそうだ。僕の予想を超えてまとまって、日々バンドとして高みへと昇っている。

 

 この分だともう、僕の手伝いなんて必要ないかもしれない。どの立場で言ってるんだか。

ほっとした気持ちも残念な思いも全て圧し潰す。これこそいらない、必要ない、無用の長物だ。

ひとりが楽しくやれているのならそれでいい。それだけを思って、僕は一人勉強を再開した。

 

 

 

 

 

おまけ 後藤家インタビュー一部抜粋

 

「ひとりちゃんは小さい頃から人見知りで引っ込み思案でね、物心ついた頃はよくお腹に戻りたがってたわねぇ。私が難しいかなぁって言うと、今度はかずくんのお腹に潜り込もうとしてね、それでかずくんが頑張って抱っこしてたんだけど、二人して丸くなってるのが可愛くて可愛くて! 二人はあの頃からずーっと仲良しの兄妹よ。……仲良過ぎかなーって思うこともあるけど。えっと、かずくんのことも聞きたいの? あの子は昔から好き嫌いが激しくてね、正直すっごく心配してたけど、喜多ちゃんみたいなお友達が出来てほんとよかったわ~。ちょっと気難しい子だけど、よければこれからも仲良くしてあげてね」

 

「僕とひとりは、家族カースト最下位を争ういいライバルだよ! ちなみにトップがお母さんで、次にふたり、ジミヘンって順番だよ。えっ一人? あぁあの子はちょっと複雑で、一人以外はお母さんと同じかちょっと下くらいだと思ってるんだけど、本人が一番下に置いてるんだ。親子なんだし気にしなくてもいいって、何度も伝えてはいるんだけどね。あの子はとても生真面目な子だから、ずっと小さい時のことを引きずってて。それに好き嫌いなんて誰にでも、おっと、これは違う話になっちゃうから、気になるなら一人に聞いて。もしかしたら、君達になら話せるかもしれないから」

 

「おねーちゃんもおにーちゃんもね、幼稚園で幽霊って呼ばれてるんだ! しかもおにーちゃんはね、魔王ってあだ名もあるの、凄いよねー! この間もね、一緒に買い物に行ったらたくさんお辞儀されてたんだよ! おにーちゃんその時なんだか寂しそうだったけど、ふたりが王子様みたいだね、って言ったら笑ってくれて、じゃあふたりはお姫様だねって言ってくれたんだ! だからね、おにーちゃんが王子様だから、ふたりはお姫様なんだよ! ……えっ、おねーちゃん? おねーちゃんもおにーちゃんの妹だからお姫様になるの……? ……お姫様の幽霊? それとも幽霊のお姫様……?」

 

「ワンワンワンッ! ワンワン、ワン、ワンワンワンワンッ!!」

(兄弟はどうも同族が苦手、というより嫌いみたいでなぁ、散歩中も出くわすとピリピリしてていけねぇや。まあそれで俺がこの辺のボスやれてるとこもあるんだけどよ。それでシェパードやらドーベルやら、ああいうのが俺に腹見せてくんのは中々痛快でな、特に縮こまったあれが、っといけねぇ悪い悪い、嫁入り前の娘に聞かせる話じゃねぇな。んで兄弟達の話だっけか? 二人とも見ての通りよ、なりこそでかくなったが中身はてんで変わってねぇ、今も揃って甘ったれのままだぜ。そこが可愛いとこでもあるんだが、いつになったら大人になるんだか。そんなんだけどよ、これからもまあなんとか頼むわ。俺の大事な家族だからよ)




ジミヘンの口調がよく分かりません。
次回「チョコを貰うだけの話」です。
バレンタインの存在を忘れてたのでこれから書きます。
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