時系列的には今回冒頭、喜多ちゃん特訓回、バレンタイン当日になります。
MVを撮影した帰り道の途中、突然一号さんに呼び止められた。
「あっぜっくん、ちょっといい?」
「はい、何でしょうか?」
振り向くと、どこか上機嫌に一号さんが微笑んでいた。二号さんも同じ笑みを浮かべている。
そして楽しそうに鞄から何かを取り出すと、それを僕の方へと差し出してくる。
「次いつ会えるか分からないから、じゃじゃーん!」
「チョコです、どうぞー!」
「……ありがとうございます?」
綺麗にラッピングされた四角い物を手渡された。チョコレートらしい。
これは、なんだろう。プレゼントは嬉しいけれど、いきなりどうしたんだろう。
疑問に首を傾げる前に、いつのまにか横にいたリョウさんが僕の腕を引いていた。
「陛下陛下、私はしょっぱいものがいい」
しょっぱいものがいい。お弁当のリクエストかな。一応いつも味のバランスは考えている。
だけど寒いと味が分かりにくくなるらしいから、もっと刺激的なものが欲しいってことだろうか。
僕がピンと来てないのを悟ったのか、彼女は僕の目を覗き込みながらおねだりを続けた。
「甘いものはたくさんもらえる予定だから、しょっぱいものがきっと欲しくなる」
「こいつ時も物も図々しいな」
「欲しい物を欲しいって、ちゃんと伝えるのは大事なことだよ」
「一理あるのがうざい」
撮影で疲れているのにも関わらず、いや疲れているからか、虹夏さんのツッコミは鋭い。
それよりリョウさんの言葉の意味を考えないと。適当な返事は後々大変なことになりそうだ。
たくさんもらえるの部分は置いといて、甘いもの、つまりお菓子。しょっぱいお菓子が欲しい?
「……煎餅とか?」
「いいね。海苔が付いてるともっといい」
「いやチョイス。和」
適当に思いついたものを口に出すと、リョウさんからいいねを貰えた。
そんなに煎餅食べたいのかな。煎餅は焼きたて以外なら、きっとその辺で買った方が美味しい。
今度リョウさんのお母さんとお父さんに話してみよう。言えば一緒に焼いてくれそう。
「というか後藤くんからもらう気満々ってどういうこと?」
「陛下は絶対くれる。私はそう信じてる」
「確かにそんな気はするけどさぁ」
「リョウ先輩、私も当然あげますよ!!」
「期待してる」
「きゃー! 映えるチョコ作ってくるので待っててくださいねー!」
「喜多ちゃんは幸せそうだなぁ……」
結束バンドがそんな漫才をしている横で、ぼうっと手に持ったチョコを眺めてしまう。
そんな振る舞いが気になったのか、ファンの二人は少し気まずそうに僕の様子を窺った。
「……あー、もしかして、甘いの苦手だった?」
「あっそうなの? そっかぁ男の子だもんね。そういうこともあるかぁ」
「甘いものは好きです。そうじゃなくて、えっと、その」
素直に聞いていいものなのか、つい口を濁してしまう。だけどそうしていてもしょうがない。
聞かないで中途半端にした方が、いつか困ったことになる。疑問は早めに解消させるべき。
それにこのまま誤魔化して二人に不安を残すなんて、そんなことはしたくなかった。
「すみません。そもそもこれって今、何の話をしてるんでしょうか?」
「えっ」
空気が凍り付いた。よく凍らせる僕だから分かる。これは、理解不能な時のだ。
「ひとり、分かる?」
「えっえっえっ」
「バグった。じゃあ青春系の何かなのかな」
青春系の話題、お菓子、チョコに煎餅。繫がりが見えない。記憶と知識を掘り下げる。
ピンと来ない、話題が話題だから当然か。もうちょっと汎用的な考えにして広げよう。
僕が無知を披露していると、少し離れたところで虹夏さんが喜多さんに指示を出していた。
「……喜多ちゃん、ゴー」
「えっ私ですか!? こ、こういう時は伊地知先輩の出番です!!」
「いつも私ばっかは不公平だよ。たまには頑張って」
「えー」
二人が僕への説明を押し付け合っていると、横のリョウさんが僕の正面に移動した。
そのまま僕をじっと見つめると、指を三本僕の眼前で立てて問いかけてくる。クイズ形式だ。
「ヒント、二月十四日、チョコ、プレゼント。答えは?」
「……バレンタインデー?」
「正解。これで分かった?」
「まだちょっと。どうして僕にチョコを?」
「えっ」
再び空気が凍った。またもや理解不能の空気になった。この頻度は初めてだ。
「至急翻訳班の応援求む」
「リョウ先輩が救援求めてるわ! バグってる場合じゃないわよひとりちゃん!!」
「あぅあがあばば、はっ!?」
喜多さんの懸命な、もしくは強引な介護により、ひとりは無事に人間に戻ることが出来た。
しかしすぐに再びピンチが訪れる。喜多さんがバレンタインについて問い詰め始めていた。
「えっえっと、うちのバレ、バレンタイ、おえっ」
「頑張ってひとりちゃん! 今が踏ん張り時よ!!」
「ば、ばば、ばっ、……あっ! れっ例のあれは、家族でチョコのケーキを作ってるんですけど」
「ぼっちちゃんの家って仲良しだよねー。やっぱり後藤くんも参加してるの?」
「あっはい。お兄ちゃんもお父さんもです」
「お父さんも料理上手かったよね。お菓子も作れるんだ」
「あっはい。そっそれで私はこれで、お兄ちゃんはあれで、しかも家の外では何もなかったので」
「えっ、先輩今までもらったことなかったの!?」
「あっはい。そういうのは全然」
「……じゃあバレンタインを、家族での行事だと思ってるとか?」
「たっ多分そうです」
どうやらひとりの説明が終わったらしい。虹夏さんと喜多さんは悩むように腕を組んだ。
「これは、一から説明しないと駄目そうですね」
「あーでもなんかそれ、ちょっと恥ずかしいね」
「分かります。なんというかこう、照れちゃいますね」
そう言って、今度は二人揃ってもじもじと照れ始めた。ひとりはそれを見てうじうじし始めた。
今のやり取りに何か女子力でも見つけたんだろう。そして自分と比較して卑下している。
後で慰めるポイントと言葉を探していると、リョウさんがくいくいと僕の袖を引いた。
「陛下はバレンタインのこと勘違いしてるよ」
「そうなの?」
「うん。教えてあげる」
そこからリョウさんの解説が始まった。バレンタインは家族でやるイベントじゃない。
友人や恋人、または好きな人へ好意を伝えるためにチョコを渡す日のことだと。
特に力を入れて語られたのは、外国では男女やチョコに限らず、親しい人同士で贈っていること。
そんなにお菓子欲しいのかな。そう思ってしまうくらい、彼女の態度は清々しいほど露骨だった。
「だから何かください」
「あいつに恥は無いのか……?」
虹夏さんはリョウさんに呆れていたけれど、それ以上に僕は自分に呆れていた。
ちょっと真面目に思い返せば分かることだ。自分の周りにはなくても世間にはある。
自分が貰えるなんて考えてもいなかったから、そもそも発想に無かった。恥ずかしい。
「ケーキ作りかぁ。後藤くんのことだから、とんでもないの作ってそうだね」
「あっ、よ、よければ見ますか?」
「えっ写真あるの?」
「あっはい。お兄ちゃんがアルバムにしてくれたのが残ってます」
「そんじゃせっかくだし見せてもらおうかな。どれどれ~?」
恥を覚えている場合じゃない。楽しそうな結束バンドへ背を向ける。
とにかく意図が分かった以上、改めて二人へお礼を言わないと。違う、伝えたい。
「一号さん二号さん、チョコありがとうございます」
「いやいや、そんな改められると照れちゃうって」
「そうだよー。というかじゃあこれ、ぜっくんにとって初めてのチョコなんだ」
「あっそっか。ならもっといいやつ買ってくればよかったかな?」
「そんな、こうしていただけるだけで本当に嬉しいです」
以前リョウさんが誤魔化すために言っていたことだけど、プレゼントは価格や質じゃない。
当日会えないかもしれないからと、わざわざ今日持って来てくれた気持ちが何よりも嬉しい。
少しでも伝わればと何度もお礼を言っていると、一号さんがもう一つチョコを鞄から取り出した。
「むむっ、こうなったら、二号にあげるつもりだったのもあげる!」
「えぇ!? それなら私は一号の分あげる!」
「えっと、そうなるとお互いの分は?」
「なくなっちゃった」
あっけらかんと一号さんは言い放った。なくなっちゃったって。
貰えるのは確かに嬉しいけれども、それで二人がお互いの分を失くすのはなんだか違う気がする。
どうしようか、僕に何が出来るのか。一瞬考えて、一つ思いついたからそのまま実践した。
「なら僕からお二人にお返しします。こっちが一号さん宛で、こっちが二号さんにです」
「おぉ、チョコロンダリングだ。初めて見た」
「モテる悪い男の裏技だー。ぜっくん悪い子だー」
「あっすみません。確かにこれ、かなり失礼ですよね」
「ふふふっ、冗談だよ。でも、本番は気を付けた方がいいかもね」
貰い物をそのまま横流しする。言われた通り、どう考えても質の悪い行為だ。
自分の無礼に焦ったものの、冗談半分で二人とも流してくれた。当日のお返しは奮発しよう。
何を作るか頭の中で整理していると、虹夏さんが肩に手を乗せてきた。その目は暗かった。
「後藤くん、バレンタインのチョコは作ってこなくていいから」
「えっでも」
「いいから。あれは女の子が主役の日だから。プライドを粉々にする日じゃないから」
彼女の手にはひとりの携帯が握られていて、そこには六年前の写真が映っていた。
あれは確か、父さんと二人ではしゃいで作ったチョコタワーケーキ。
一メートルを超えた辺りで母さんに叱られた記憶がある。今となってはいい思い出だ。
そしてバレンタインデー当日。当たり前だけど、僕の生活は特にいつもと変わりなかった。
一方リョウさんの周りは女子が、虹夏さんの周りは男子が一日中ウロウロしていた。
この間教えてもらったことだけど、バレンタインも一つのきっかけになるらしい。
きっかけ、チャンス、契機。誰にでも等しくあるべきもので、かけがえのない大切なこと。
あの日リョウさんも虹夏さんも気にしない、と言ってくれたけれど、僕の方が気にしてしまう。
だから今日は二人から離れる時間を増やして、彼、彼女らが近づくチャンスをなるべく用意した。
「リョウさん凄いね。これ全部チョコ?」
「これで一月は生きていけるぜ。どやっ」
その結果がこれだ。紙袋四つ分、大量のチョコをリョウさんは抱えていた。
「お店開けそうなくらいあるね」
「……なるほどお店。そういう選択肢もあるのか!」
「無いよ! 何贈り物をお金にしようとしてるの!!」
虹夏さんのツッコミがリョウさんの頭に突き刺さる。今日も景気のいい音がした。
そのリョウさんとは対照的に、彼女の両手には通学鞄以外何も無い。いつも通りの姿だ。
あんまりまじまじと見ていたからか、彼女は僕の視線にすぐ気づいた。
「ん? 後藤くんどうしたの?」
「……えっと、虹夏さんはあんまり貰ってないね」
「いや私女子だから、今日普通貰う側じゃないから。リョウが特別なだけ」
「そういうものなんだ」
「そういうものです。なんか気になったの?」
「今日一日男子生徒が虹夏さん見てソワソワしてたから、あの人達渡してないのかなって」
「……あー」
僕の疑問に虹夏さんは、どこか気まずそうに頬を軽くかき始めた。
彼女に禁止されてしまったから僕は何も持って来ていない。しかし彼らはそうじゃないはず。
もし何か伝えたいことがあるのなら、きっと今日はそれを話すいいきっかけに出来るだろう。
そのために彼らは鬱陶しくも、虹夏さんの周りをウロチョロしていた、と僕は考えていた。
だけどこの反応を見る限り、僕の考えはまるで的外れらしい。じゃああれはなんだったんだろう。
「あれは虹夏から貰えないかなって期待してる人達だよ」
「あの人達って、虹夏さんと仲良かったっけ?」
「あー、それは」
虹夏さんはますます気まずそうになって、明後日の方向へ視線を逸らした。
もしかして僕と親しくなってから離れた人だろうか。そういう人間もいたことは知っている。
思考が暗い方向へ走りそうになった時、リョウさんがしれっとした顔でそれを切り捨てた。
「全然」
「……全然仲良くないのに、チョコ貰おうとしてるの?」
「そう」
チョコは友好の証なのに、ほぼ他人が貰おうとしている。彼女は頷くけれどよく分からない。
いやこれもきっかけなのかな。チョコを貰うことで新たに仲良くなっていこう、みたいな。
でもそれっておかしい。それなら自分から行動するのが筋だ。待ってどうするんだろう。
「えぇと、仲良くはないけど、なんとなく貰えないかなって期待して付き、ウロウロしてるの?」
「その通り。例えゼロに近くても期待せざるを得ない、悲しき性ってやつ」
「そうなんだ。欲しいなら欲しいって言えばいいのにね」
「いやさすがにそれはちょっと」
「ねー」
「忘れてた。この二人はそういう奴だった……」
虹夏さんは呆れた言葉を漏らしたと思うと、今度はにやにやし始めた。
「あれー? でもそういえばー、私そういう言葉聞いてないなー?」
「私も聞いてない」
「僕も聞いてない」
「いや後藤くんが言うんだよ!?」
彼女がからかってくるのもすっかり慣れた。おかげでこうしてすんなり受け流せる。
自分の成長に満足していると、それが伝わったのか呆れた半目を向けられる。こっちも慣れた。
僕のそんな様子を見て、彼女は何故か呆れを引っ込めて、今度は愉快そうに微笑んだ。
「まあ今持ってないから、お願いされても困っちゃうんだけどねー」
「……虹夏、チョコちょうだい」
「あっ僕も欲しいです」
「困らせに来たのが二人! 仲良しか!!」
「仲良しだって。ちょっと照れちゃうね」
「へっへっへ、私と陛下の仲だから当然」
「照れるな! なんか腹立つ!!」
最近恒例になって来たトリオでのコントをこなしつつ、スターリーまで向かう。
なんでも家の冷蔵庫が一杯だから、お店の方にチョコを置かせてもらっているらしい。
星歌さんは今日も優しい。ほっこりしていると、何かに気づいたリョウさんが眉を顰める。
彼女の視線の先、スターリーの入口前に何故か大槻さんが立っていた。
「むっ、入口近くに不審者がいる」
「不審者って、あれ大槻さんでしょ。うちに何か用事なのかな?」
「何だろうね。せっかくだし、ちょっとびっくりさせてくる」
「せっかくだし?」
疑問で一杯の虹夏さんと、我慢出来ずチョコを食べ始めたリョウさんを置いて先に降りる。
ターゲットの大槻さんはいつかのひとりのように、ドアハンドルを掴んでは離していた。
もう片方の手にはそこそこ大きい紙袋を持っている。大手の百貨店のものだ。買い物帰りかな。
大槻さんはしばらくドアの前で悩んだ後、ハンドルにその紙袋を引っ掛けて大きく頷いた。
「……これでよし!」
「何がいいの?」
「に゛ょ゛ん゛!?」
聞いたことのない凄い声が出た。一流のボーカルは音域が違う。変な感心をしてしまった。
ヘンテコな声を出した大槻さんは、これまた変なポーズで固まっている。身動き一つしない。
そういえばつい声をかけちゃったけど、まだ驚かせてない。今更だけどやってみよう。
「……わっ」
「ぎょわぁ!?」
また違う変な声が出てポーズも変わった。叩くと鳴る玩具みたいで面白い。童心に帰った心地。
いや童心に帰ってどうする。いくら大槻さん相手でもこれはよくない。一度仕切り直そう。
まだ遊び足りない気持ちを抑えつつ、出来るだけ穏やかな声と口調を意識して、再び声をかけた。
「こんにちは大槻さん。まだ開店前だけど、今日はどうしたの?」
「ご、ごごっごご、あ、あ、ばばば」
「びっくりさせてごめんね。まさか、ここまでになるとは思ってなくて」
「……っ! ……っ!!」
大槻さんは僕で気絶しないから、精々が小さく悲鳴をあげるくらいだろう。
予想に反してこれだ。僕は楽しかったけど彼女はそうじゃないはず。もっと反省しないと。
その思いで無言の肩パンを甘んじて受ける。例のごとく受ける場所は調整した。
何度も何度もパンチを放っていたからか、それとも怒りと羞恥で興奮しているからか。
大槻さんは中々見ないくらいに顔を赤くして息を切らしていた。申し訳なさが募っていく。
もう一回ちゃんと謝ろう。そう思った瞬間、紙袋をぐいぐいと胸に押し付けられた。
「ん!」
「えっと、くれるの?」
「ん! ん!! ん!!!」
「どうも、ありがとうございます?」
紙袋がくしゃくしゃになってしまう前に、彼女から丁寧に受け取って皺を伸ばした。
中には包装された何かが二つと手紙が一つ。確認するよう彼女を見ると、斜め上を眺めていた。
それでも視線はちらちらとたまに僕へ向かう、反応待ちだ。なら僕から聞こう。
「もしかして、これチョコ?」
「……ん」
「そっか、嬉しいな。ありがとう大槻さん」
「…………ふんっ」
チョコを貰えたのは嬉しい、これは本当だ。でもそろそろ日本語を話して欲しい。
「おぉーチョコだ。よかったね、後藤くん!」
「!?」
「陛下もなんだかんだで貰えてきたね。あとでちょっとちょうだい」
「!!??」
僕が大槻さんと遊んでいる内に、二人もスターリーの玄関前まで来ていたらしい。
二人して僕の両肩口から顔を出して、受け取ったチョコを興味深そうにジロジロ眺めている。
するとリョウさんが手を伸ばして来たから避ける。まだ伸ばすからもう一度避ける。
そんなことを繰り返していると、驚いて黙っていた大槻さんが真っ赤な顔で僕を指差した。
「こっこれで」
「あっほっといてごめんね、大槻さん。お礼は来月ちゃんと」
「これで、勝ったと思わないことねー!!」
「……何の話?」
やっと日本語が出たけれど、まるで意味は分からない。大きな謎を残して彼女は走り去った。
あまりにも唐突な大声だったから、しつこくチョコを追いかけていたリョウさんも動きが止まる。
というか勢い余って転びかけていたから支えて、ついでにそのまま聞いてみた。
「バレンタインって、勝ち負けとかあるの?」
「男女なら多分無い。でもツンデレは日本語が不自由だから」
「言い方」
中に入ると、取ってくるから待っててね、という言葉を残して二人は奥へ消えて行った。
手持ち無沙汰になってなんとなく店内を見回す。バレンタインっぽい装飾がちらほら見える。
行事に乗るのは果たしてロックなのか。でも安易に逆らうのも、またロックじゃない気もする。
適当にロックの深淵を探っているとPAさんが近づいて来たから挨拶を交わす。
思えば今僕の中で、彼女との関係が一番不思議だ。彼女のことは特に好きでも嫌いでも無い。
だから目が合っても気絶しないし会話は出来る。この関係を知人、知り合いと言うのだろうか。
そんなものまで出来るなんて。変な感慨を抱いていると、彼女がおもむろに何かを取り出した。
「後藤くん、よければこちらどうぞ」
「ありがとうございます。PAさんからいただけるとは思ってませんでした」
「私、というよりスターリースタッフ皆からですね」
スタッフの皆さんから。PAさん以上に関わりが無い。ますます貰える理由が分からない。
不思議そうに首を傾げる僕を見て、彼女はくすくすと笑みを零しながら言葉を続けた。
「この間ピンチヒッターで来た時、たくさん力仕事してもらいましたから」
「あれくらい、別にお礼を言われるほどでは」
「いえいえ。うちは女性スタッフばかりなので、凄く助かりました」
それに、と彼女は付け加える。
「店長の面倒なツンデレに、いつも付き合って貰ってるお礼でもあります」
「分かりました。そういうことならありがたくいただきます」
「何のお礼だよ、全員給料下げるぞ」
「あっと、仕事仕事~」
わざとらしい声を出しながらPAさんは逃げ出した。判断も逃げ足も速い。
星歌さんは苛立たし気にそれを見送ると、今度は対象を僕へと変えた。
「ったくお前もお前だ。色々否定しろ」
「すみません。確かに星歌さんからツンというか、厳しくされたことはないです」
「そこじゃねーよ」
ペシペシと硬い何かで頭を何度も叩かれる。僕が何の反省も見せないからかすぐ止めた。
それから一つため息を吐いた後、それを僕の頭の上に乗せた。微妙にアンバランス。
手に取ってみると赤い包装に可愛らしい動物のイラストが並んでいる。これもチョコだ。
「これ、貰ってもいいんですか?」
「……私もライブハウスの店長だからな。一応イベントには乗る義務がある」
「ありがとうございます。大切にします」
「すんな、食え」
星歌さんは僕の額を軽く弾いてから、あぁそうだと呟き、また新しい紙袋を僕の手に乗せた。
「えっと、追加ですか?」
「私からじゃない。これはSICKHACKから」
「……廣井さんからじゃなくて、ですか?」
「一応あいつのも入ってるらしい。けど持って来たのは岩下だ」
岩下、岩下志麻さん。SICKHACKのドラマーをやっている方だ。間接的な大恩人でもある。
僕はそう思っているけれど、彼女としては廣井さんの知り合いAくらいの認識のはず。
間違ってもチョコを貰うような関係じゃない。ギターの清水さんにも同じことが言える。
「お疲れ様でーす!」
「おっお疲れ様でーす……」
降って湧いて出た謎に頭を悩ませていると、ひとりと喜多さんがスターリーに到着した。
バレンタイン当日ということもあり既にボロボロだ。生きていることが奇跡に近い。
対照的に喜多さんはいつも以上にキタキタだった。多分ひとりのダメージに一役買っている。
「二人ともお疲れ様」
「おつか、お、お、おおお、お兄ちゃん、そ、そそそ、それは!?」
「チョコだよ。貰えちゃった」
「えー!? 先輩、誰から貰ったんですか?」
「これは廣井さんからだって」
「……お姉さんから? お、お酒じゃなくて?」
「もしかしたらそうかもしれない」
そんなやり取りをしていると、リョウさんと大きな袋を持った虹夏さんが戻って来た。
「陛下の手持ちが増えてる。誰から貰ったの?」
「スターリースタッフの皆さんと、星歌さんと、あとSICKHACKの方達から」
「へー、お姉ちゃん、へー」
「……なんだ、何か文句か?」
「お願いだから、ほんと犯罪はやめてね?」
「そういうんじゃねーよ!!」
伊地知姉妹がじゃれ合いをしているのを横目に、僕は手に持ったチョコの説明をしていた。
こうして貰えても、意図が読めないと素直に喜べない。僕に心当たりはまるでなかった。
でもバレンタインにも詳しいだろう喜多さんなら、何か分かることがあるかもしれない。
「SICKHACKの方たちから? 後藤先輩、あの二人とも仲いいんですか?」
「数回しか会ったことないよ。皆と新宿FOLTに行った時と、廣井さんを送った時くらい」
「……本当は?」
「本当だから。前科あるけど本当だから」
ひとりがじっとりとした視線をぶつけてくる。十二月の大槻さんでますます疑いが強くなった。
喜多さんも苦笑いするだけで止めてくれない。自業自得だから受け止めるしかないのか。
変な覚悟を決めかけていた僕を助けてくれたのは、手紙を片手にしたリョウさんだった。
「陛下陛下」
「どうしたの?」
「はい、手紙」
「……手紙?」
「なんか中に入ってたよ」
「なんでお前は当然のごとく人の荷物漁ってんだよ」
SICKHACKからの贈り物に入っていたらしい。これを読めば謎が解けるかも。
早速封を開けて読み始める。皆も気になるのか、手紙から目が離せていない。
なお、リョウさんは勝手に袋を漁ったことを怒られて、星歌さんにウメボシを食らっていた。
「なんて書いてありました?」
「喜多ちゃん、人の手紙なんだから」
「『拝啓、後藤一人様』」
「へ?」
虹夏さんの言うことは正論だ。いつもなら僕も同じようなことを言っていただろう。
だけど手紙の内容が内容だったから、彼女のツッコミが今は欲しかった。
「『余寒のみぎり、後藤様におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
先日のお正月では廣井がご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ございませんでした。また挨拶が遅れましたことも、重ねてお詫び申し上げます。しかしながら三が日明けに素面の廣井を目にした時は、まるで夢でも見たかのような心地でした。聞けば後藤様より、酒量を減らすよう勧められたとのこと。我々一同感謝の言葉もございません。
つきましては感謝の気持ちを込めまして、心ばかりの品をお送りいたしました。ぜひご笑納いただければ幸いに存じます。
今後とも廣井を含め、よりいっそうのご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
敬具』」
「お歳暮!!」
期待通りのツッコミを虹夏さんはしてくれた。やっぱりこれその類だよね。
僕の個人的感情を抜きにすると、確かに廣井さんは色々とお詫びした方がいいことも多い。
岩下さんはしっかりとされた方だから、彼女の代わりに贈ったのかもしれない。
謎が解けてすっきりした。そういうことなら素直に受け取って喜ぼう。
いただいたチョコを整理してまとめている内に、もう一つの手紙のことを思い出した。
そういえば大槻さんから貰った袋の中にも手紙が入っていた。こっちも読んでみよう。
「『魔王様へ。昨年はヨヨコ先輩が大変お世話になりました』」
「嫌な予感がしてきた」
「『お礼を兼ねてバレンタインチョコを送ります。今後ともヨヨコ先輩を末永くよろしくお願いします』」
「天丼!! 新宿のバレンタインはこうなの!?」
多分違うと思う。
「……よし、新宿の話はもう横に置こう! 今はこれ!」
「あっ伊地知先輩、あの時はごめんなさい! どーしても外せない用事があって!」
「いいよいいよ! あとは仕上げだけだったし、喜多ちゃん以外戦力にならなかったし……」
「え? 私と入れ替わりで来た、リョウ先輩とひとりちゃんは?」
「美味しかった」
「えっ、りょ、リョウ先輩?」
「あっ美味しかったです」
「ひとりちゃん?」
結束バンドは皆で一つのチョコを作ろう。虹夏さんがそう提案したらしい。
曰く、それぞれ渡すとお返しが大変になる、バランス調整、四対一なら勝てるはず、などなど。
意味の分からない理由もあったけれど、彼女が言うんだから必要なことなんだろう、きっと。
僕は一つでも貰えればそれだけで凄く嬉しいから、何かを言うこともなかった。
「じゃあ後藤くん、そろそろ言ってもらおうかなー?」
「え、えっ? な、何をですか?」
「欲しいものは欲しいって、ちゃんと言うべきって話」
「おーいいですねー! 私もそれ聞きたいです!」
どうやら僕はとても余計なことを言ってしまったらしい。
虹夏さんはついさっき見たニヤニヤした笑みを再び浮かべている。
分かりにくいけどリョウさんも楽しそうだし、喜多さんなんて言うまでもない。
ひとり、ひとりはなんとか周りに合わせようと、頑張ってニヤニヤを作っている。
ドロドロぐちゃぐちゃとしていて大変だ。不思議な可愛さはあるけれど、長く持たないだろう。
スターリーをこれ以上事故物件にする訳にはいかない。意を決して僕は口を開いた。
「……皆からのチョコが欲しいです。だからその、ください」
実際言ってみると想像以上に照れくさくて、なんだか恥ずかしくなってしまった。
だけどそれ以上の嬉しさと喜びを渡してもらえたから、勇気を出した甲斐があった。
帰りの電車、僕にもたれにかかっていたひとりがふと顔を上げた。
「そういえばお兄ちゃん。結局チョコ何個貰えたの?」
「えっと、十二個かな」
「おっ、おお、お兄ちゃんも、モテモテのリア充……!?」
「そういうのじゃないと思うよ」
その分野ではずぶの素人にも満たない僕だけど、そのくらいは理解しているつもりだ。
なんというか、こう、色恋事はこう、きっと何かが違うはず。本当に僕は分かってるのかな。
揺らいだ自信は投げ捨てる。僕には縁もゆかりも無いことだから、考えてもしょうがない。
「あとでひとり達から貰えたら十三個だね」
「……私たちからの、いるの?」
「一番欲しい」
例え他の誰かからどれだけのものを送られても、一番は家族からのものだ。
正直な気持ちを率直に告げると、ひとりはちょっと安心したように微笑んだ。
それで心が興味に傾いたのか、今度は僕の持つ紙袋にさりげなく目を向け始めた。
「見る?」
「……いいの?」
「見るくらい全然。あっでも先に食べないでね」
「たっ食べないよ!」
自分の出したちょっと大きな声に驚いて、周りに誰もいないことにひとりはほっとした。
それから恨めし気にじとっと僕を睨んでから紙袋を手に取って、中身を確認し始める。
途中までは戦慄したような表情で数を数えていたけれど、ふときょとんとした顔になった。
「あれ? か、数が、合わない?」
そう言って、もう一度ひとりは指折り貰ったチョコを数えていく。
「嬉し過ぎて、数が数えられなくなっちゃった!?」
「そこを疑うの?」
顎が取れそうなほどの驚きと心配をぶつけられた。嬉しいけれど自失まではしていない。
このままだと妄想が行き過ぎてシートのシミになりそうだったから、もう一つの袋を取り出す。
ちょっとした事情から別に分けていたチョコだ。この子には見せても平気だろう。
「間違ってないよ。名無しの匿名希望さんから三つ貰ったから」
「えっ!?」
「ほら、この三つ」
差し出されたチョコを見て、ひとりはますます心配そうに顔を歪めた。また変なこと考えてる。
「だっ大丈夫なの? もしかしたら、ばっ爆弾とか」
「心配してくれてありがとう。でも平気、僕に悪戯出来る人なんていないよ」
配線は無さそうだし重さも違うから爆弾は無いはず。そもそもここは日本だ。
そんな頓珍漢なものとは別として、安心して受け取っている根拠は他にもある。
「それに、なんとなく誰からなのかは分かってるから」
「えっ、だっ誰?」
「内緒。秘密にして欲しいから匿名なんだろうし」
「……むっ」
ひとりのもの言いたげな目を受け流す。推測通りなら、尚更この子には言えない。
貰ったのは最近流行の有名店の物、ここ一年見慣れたリボンで包装された物、五円チョコと花。
もう回収したけれど、それぞれ丁寧にメッセージカードまで添えられていた。
『こちらこそ、いつもありがとうございます!』
『みんなには内緒だよ』
『六倍返し期待してる』
ホワイトデーは大変そうだ。いつもの十倍はお返しを作らないといけない。
その苦労をどこか楽しみにしている自分に気づいて、ちょっとだけおかしくなった。
「……匿名入れても十一個。あれ、やっぱり数合わないよ?」
「そっか、説明し損ねてたね。ほら、この間チョコ持って帰って来たでしょ?」
「うん。ってえっ、あれもバレンタインのチョコなの?」
「そうだよ。一昨日遊びに行った時、リョウさんの御両親から貰ったんだ」
「!?」
次回「言って言われて十数年」です。