ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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第十六話「言って言われて十数年」

 今日は、私の天下だ!!

 

「うへ、へへ、えへへへっ」

 

 みんなから貰った誕生日プレゼントを抱きしめて、私はそう確信していた。

今日は二月二十一日。何を隠そう私の誕生日、私が生まれてしまった日だ。

あっ駄目だ駄目だ。お兄ちゃんが悲しそうにするからこの言い方はしないって前決めた。

 

「いやー、ここまで喜んでもらえると祝い甲斐あるよねー」

「うむ。ザ・有頂天」

「甲斐はありますけど、これ大丈夫なんでしょうか? その、なんか溶けてますよ?」

「いつも通りじゃない?」

「そういえばそうでした」

 

 それに今年はこうして家族以外にも祝ってもらえた。嬉しくてプレゼントを抱く腕に力が入る。

袋の擦れる音、硬い箱の感触、花? の匂いが、全部現実のことだって私に教えてくれる。

友達からプレゼントを貰えたのも、友達とファミレスで一緒にお喋りしてるのも、全部現実だ!

 

「おーい、ぼっちちゃーん?」

「うぇへへへ……」

「あー駄目だねこれ、何も聞こえてないや」

「楽しそうですし、戻ってくるまで放っておきましょうよ」

「そうだね。あっ喜多ちゃん、撮り直した歌聴いたよ~すっごいよくなっててびっくりした!」

「そうですか? ありがとうございます!」

「よく通るようになってた。よかったよ」

「え、えへへっいやぁ、そんな褒めないでくださいよー」

「郁代も溶ける?」

「溶けません」

 

 私がこんな風に祝ってもらえたってことは、お兄ちゃんも同じようにしてもらえるのかな?

お兄ちゃんはまだ結束バンドの一員じゃないけど、みんなと友達なのは私と一緒。

それに四月になる頃には、もう観念してマネージャーになってるかもしれない。

 

「それはいいんだけど、結局あの妹云々はなんだったの?」

「秘密の超特訓です! ひとりちゃんと兄さんのおかげでなんとかなりました!」

「何回聞いてもわっかんないなー」

 

 兄さん。そのワードで現実に意識が戻った。

 

「はっ!」

「おっ戻って来た。ということでぼっちちゃん、本当にそんな訳わかんないことやってたの?」

「あっはい。喜多ちゃんが私たちの妹になってました」

「……ちょっと待って。私、ひとりちゃんの妹にはなってないわよ?」

「えっ?」

「というか誕生日的に、私の方がお姉ちゃんよね?」

 

 突然叩きつけられた喜多ちゃんからの挑戦状に、私は目を白黒とさせてしまった。

喜多ちゃんがお姉ちゃん。嬉しいような、何よりも恐ろしいような。家が安住の地じゃなくなる。

じゃなくて。そんな感情よりもっと大切な、私にだって譲れない一線がそこにはあった。

 

「あっで、でも、私の方が妹歴は長いです」

「おぉ、ぼっちが食い下がってる。珍しい」

「下がり方よく分かんないけどね。別にどっちでもよくない?」

「あっあんまりよくは」

「……確かに! どっちもありですね!!」

「あっあれ?」

 

 妹と姉、凄く大事な違い。それをなんとか話そうとした決意は、すぐ無駄になった。

 

「戦おうとしたのに梯子外されてる……」

「哀れぼっち」

 

 キラキラと輝く隣の喜多ちゃんに、私はまた溶かされてしまいそうになっていた。

か、勝てない。もうずっと分かってたことだけど、私じゃ喜多ちゃんには勝てない……!

 

「私一人っ子だから、どうしても兄弟姉妹に憧れがあるんですよー」

「それで後藤家に目をつけたの?」

「姉妹はひとりちゃんとふたりちゃん、兄は後藤先輩、兄さんで埋まったので、後は弟ですね!」

「犯行予告?」

 

 というかあれ、喜多ちゃんなんだか、凄い自然にお兄ちゃんのこと兄さんって呼んでる。

私がいいよって言ったのは、あの土日だけだったはずなのに。もうとっくに終わってるのに。

ピカピカした喜多ちゃんに私がそんな指摘を出来るはずも無かった。やっぱり勝てない……!!

 

「兄さんと言えば、後藤先輩は今日来ないんですか?」

「陛下は家で全力を尽くすから、体力を温存しておきたいんだって」

「冗談、いや冗談じゃないんだろうなぁ……」

「あっはい。今朝そう言ってました」

「本気だったかぁ」

 

 本気も本気だと思う。去年一回吐かれたけど、お兄ちゃんは基本嘘なんて言わない。

その嘘だって、吐きたくて吐いたんじゃないはず。お兄ちゃんなりの考えがきっとあった。

それはそれとしてむっとしたから、これからも言い続けよう。嘘吐いたお兄ちゃんが悪い。

 

「先輩の誕生日プレゼントって凄そうですよねー。なんか家とかくれそう」

「いやいや、後藤くんも一応高校生だから」

「それに魔王だから、家じゃなくて城だと思う」

「後藤キャッスル?」

 

 ご、ごご、後藤キャッスル!? 唐突に生まれた新用語に心が揺れる。

元々いつか成功してビッグになったら、タワマンの最上階に住むつもりだった。

でも城、キャッスル。言われてみると確かに、お兄ちゃんにはそっちの方が似合うかもしれない。

しかも後藤キャッスル。どうしよう、凄くいい響きだ! よし、未来予想図を修正しよう!

 

「それで、実際どんな感じなの?」

「後藤キャッスル……へへっ、はっ!」

 

 並んで玉座に座る光景。そんな妄想を切り裂くように、虹夏ちゃんの声が耳に届く。

あ、危ない、今はこんなこと考えてる場合じゃない! ちゃ、ちゃんと答えなきゃ。

でも口で説明出来ない気がしたから、私はジャージのファスナーを下ろした。

 

「あっ、きょ、去年はこれでした」

 

 いそいそとジャージの上を脱いで実物を、下に着ていたそれをアピールする。

袖にピンクのワンポイントが入った黒いカーディガン。去年お兄ちゃんがくれたもの。

……しまった! こんな風に出せば当然みんな服を、私のことをじっと見てくる!

お、落ち着かない。結束バンドのみんなだからまだいいけど、変な汗が出てきそう。

 

「これって、カーディガンのこと?」

「あっはい」

「というかぼっちちゃん、中にブラウスは着てたんだね……」

「あっはい。せめてこれくらいは着ようね、ってお兄ちゃんが」

 

 お兄ちゃんにジャージで登校を認めさせるため、何度も脱ぼっち委員会で意見をぶつけ合った。

最終的な決め手はお兄ちゃんの、中にTシャツだけ着てると運動部みたいだね、だった。

そんな勘違いをされたら私は死んでしまう。その日から大人しくジャージの中はブラウスにした。

 

「ひとりちゃん、もしかしてそれ」

「あっお兄ちゃんの手縫いです」

「……あの人、ちょくちょく女子力見せつけて来ますよね」

「なんかもう逆に知ってたって感じするよ」

 

 お兄ちゃんはいつでもお嫁に行けると、お母さんがこの間太鼓判を押していた。

行先無いでしょってお兄ちゃんは言ってたけど、それを聞いてもお母さんは微笑むだけ。

不気味に、当てがあるように笑うお母さんに、私とお兄ちゃんはその時顔を見合わせてしまった。

 

 ま、まさかお見合いとか? 私はあれだし、ふたりもまだ小さいしどうなるか分からない。

このままだと後藤家が途絶える可能性が高いから、今のうちにお兄ちゃんをお嫁に出すとか!?

考えてて思った、ありえない。そんな誰も幸せにならないこと、お母さんはしない。

 

「じゃあもしかして、このマフラーと手袋も?」

「あっ両方ともお兄ちゃん作です」

「全身兄コーデ!」

「あっジャージは私が選んだので、全身じゃないです」

「謎のこだわり!?」

 

 いくらお兄ちゃんでもジャージは縫えない。だから私が全身兄コーデになる日は来ない。

なぜかそれにびっくりしている虹夏ちゃんへもう一つ、いつも貰っているプレゼントを伝えた。

 

「あっあとは毎年、何でも言うこと聞く券一枚くれます」

「幼稚園児なの?」

「よ、幼稚園児……」

 

 虹夏ちゃんの容赦のないツッコミにちょっと心が折れそうになる。幼稚園児。

言われた通り本当に幼稚園の頃からずっと貰っている。返せる言葉なんて何も無い。

で、でもこれは私の生命線。間違ってもいらないとか、他のものが欲しいとか言えない!

 

「何でも言うこと聞く券、都市伝説だと思ってた。どんなの?」

「あっこれです」

「持ち歩いてるのね……」

「あっはい。いざという時用です」

「どんな時?」

 

 お兄ちゃんはいつも私に優しい、というより甘々だけど、時には聞いてくれないお願いもある。

そんな時これを使うと、大体のことは折れて言うことを聞いてくれるようになる。

一年でたった一回の大事な権利。いつもすぐ使っちゃうけど、一枚だけずっと取ってある。

本当にどうしようもなくなる時が来たら、心折れて引きこもる時が来たら使う予定。

これを使ってお兄ちゃんに一生養ってもらうのが、私の人生における最終生命線だ。

 

「なんでもって、どれくらいなんでもなの? 本当になんでも?」

「あっ意外とそうでもなくて、たとえばテストとか、入試とかは代わりに受けてくれません」

「そりゃ断るよ」

「……それは詐欺だよぼっち。文句言った方がいい」

「いや詐欺以前の問題でしょ」

「あっでも、プレゼントにそういうこと言うのは」

「例え贈り物でも間違ってるなら言わないと。言いにくいなら、私もついてくから」

「リョウ先輩……」

「それで詫び券として、新しいの一緒に貰おう!」

「こいつ……」

 

 珍しく瞳を輝かせるリョウ先輩に向かって、虹夏ちゃんは冷たい呆れた目を向ける。

逆に喜多ちゃんはキタキタと、楽しそうにそんなリョウ先輩のことを眺めている。

いつもの光景。不安になることもたくさんあるけれど、去年まで知らなかった幸せないつも。

そんな喜びを嚙み締めている間、ふと思った。お兄ちゃんは今頃、何してるんだろう。

こんなに楽しいんだから、お兄ちゃんも何も気にしないで来ればよかったのに。

 

 

 

 ひとりは今頃、誕生日会を楽しんでいるところだろうか。

未確認ライオットへのデモテープ発送期限が迫る中、皆はあの子の誕生日を祝ってくれた。

迷いも焦りもきっとあるはず。それでも、それに浸らず祝ってくれることが嬉しかった。

 

 ひとりにとって初めて家族以外に、友達に祝ってもらえる誕生日。

兄の僕がいると友達から、というのが薄れてしまう気がしたから、今回は遠慮させてもらった。

家で全力を尽くしたいというのもある。そして更にもう一つ、本人には言えない理由があった。

 

「これは、ちょっと違うかな……」

 

 御茶ノ水の楽器店、去年皆と一緒にひとりのギターを買いに行ったお店。

今僕はその店内でぐるぐると商品を見て回り、ついでに頭もぐるぐる回して悩んでいた。

悩みの種は、何を贈ればいいのか。そう、僕はこの期に及んで誕生日プレゼントを選んでいた。

 

 今更誕生日当日になってプレゼントを探しているのには訳がある。

端的に言えばプレゼントが被った。父さんと同じギターケースを選んでしまっていたからだ。

昨夜夕飯の後、父さんと当日の打ち合わせをしている時に判明した。

 

 父さんは、僕が別のを用意するよ、と言ってくれたけど、生憎今日も仕事だ。

自称窓際でも間違いなく、学生の僕よりずっと忙しい。仕事終わりに探すのは大変だろう。

だから僕が用意し直した方がいい。そう何度も説得して、やっと受け入れてもらえた。

 

 説得は出来た。ただ、その後で僕は困ってしまった。何を用意すればいいんだろう。

ひとりはあれで結構好みにうるさい。よく吟味しないと大喜びさせるのは難しい。

あの子のことは分かっているつもりではあるけれど、今もセンスの理解は追いつけない。

だからこの短期間に焦って選べば、ひとりに満足してもらえないかもしれない。

 

 それでも時間は有限だ。なんとかひとりと合流するまでに、あと一二時間で見つけないと。

刻一刻と迫る制限時間と戦う僕の背後へ、誰かが迫ろうとしていた。足音と気配で分かる。

店員さんかな。あんまりずっとウロウロしていたから、とうとう声をかけられてしまうかも。

 

 だけどそれにしては違和感がある。それならここまで足音を殺さなくてもいいだろう。

じゃあまたいつものあれかな。まだ春になってないのに気が早い新入生だ、鬱陶しいな。

別に、誰でもいいか、確認してから対応を決めよう。そうして振り向くと同時に声をかけられる。

 

「……わっ!」

 

 威嚇するように両手を挙げて、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべる大槻さんがそこにいた。

ただ、タイミングがタイミングだからか、その笑顔はどこか引き攣っているように見える。

僕としても予想外の人だったから、黙って彼女のことを観察することしか出来なかった。

この感じはおそらく、バレンタインの時の仕返しか何かをしたかったのかな。

 

「……」

「……」

「……なんか言いなさいよ」

「……び、びっくりしたー、脅かさないでよー?」

「やっぱ閉じときなさい!」

 

 恥ずかし気にぴしゃりと言い放ち、いつも通り大槻さんは斜め上を向いた。天井好きだね。

たっぷり十秒ほど眺めて満足したのか、彼女は僕に視線を戻して咳ばらいを何度か重ねる。

 

「まあいいわ。それで、貴方こんなところで何してるの?」

「ひとりの誕生日プレゼント探してるんだ」

「ふーん。……べ、別に興味無いけど、あの子の誕生日っていつ?」

「今日」

「今日!?」

 

 驚きに目を見開く大槻さんに、事情を簡単に説明する。

プレゼントが被ったこと、まだ迷っていること、時間がそんなにないこと。

全て聞き終えた彼女は腰に手を当てため息を吐き、呆れた様子を隠しもしなかった。

 

「被りを気にするなら、もっと前に確認しておけばいいのに」

「返す言葉も無いです。そうだ大槻さん、今時間ある?」

「えっあぁ、まあ、あるけど」

 

 一瞬詰まりながらも帰って来た言葉に嘘は無さそうだ。

以前彼女も言ってくれたし、これなら遠慮しなくてもいいだろう。

落ち着きなく僕の答えを待つ彼女へ、僕はまたしてもお願いを口にした。

 

「よければプレゼント選ぶの、手伝ってくれない?」

 

 ぱちぱちと瞬きを繰り返した後、今日もまたいつもの素振りと共に彼女は頷いてくれた。

 

 

 

 それから数分後、僕達は揃って楽器店の外へ出ていた。

 

「思ってたよりあっさり終わったわね。貴方本当に悩んでたの?」

「後押しが欲しかったんだ。迷ってたけど、大槻さんが言うなら間違いないと思うから」

「そ、そう? まあ、私はあれだからね、そう、説得力の塊だから」

 

 ひとりと大槻さんはセンスが似ている。だから彼女のお眼鏡にかなうものなら大丈夫だろう。

今年のプレゼントは彼女一押しのリズムマシンにした。実際に今も愛用しているらしい。

家にも一応あるけれど、それとは性能がまるで違う。しかも結構お値打ち品だった。

作曲にも使えるから、今後ひとりの活動が広がる時にきっと力になってくれるだろう。

 

 お店の前で突っ立っているのは、特に僕がすると迷惑になるから、そのまま駅の方へ歩く。

大槻さんも自然とそれについてくるのを見て、ふと疑問が湧いた。彼女は何しに来たんだろう。

 

「そういえば大槻さん、一緒に出ちゃったけどいいの?」

「何が?」

「何か買いたい物とかあって、あのお店来てたんじゃ」

「……」

 

 ぴたりという擬音そのままに、彼女の歩みも動きも止まる。目だけはぐるぐると泳いでいた。

それでもじっと見てればその内目が合う。その瞬間全力で、顔ごと思い切り逸らされた。

ますます大きな疑問を抱く僕へ、誤魔化してますという雰囲気全開の彼女が口を開く。

 

「あ、あー、あれよ。なんとなく、ギターとか見たかっただけだから」

「というかもしかして、お店に入る前から僕のことつけてたのって大槻さん?」

「………………分かってたなら、さっさと声かけなさいよ!!」

「暴力はよくないよー」

 

 今日も肩を掴まれて、全力でぐわんぐわんと振り回される。元気一杯でなによりだ。

彼女が満足する、もしくは息を切らすまで待つ。勢いが弱まった辺りでそっと彼女の手を外した。

やっと話せる。次からはもっと早く逃げよう。これ僕も大槻さんも疲れるだけだ。

 

「ストーカーの類だとお店に迷惑かけちゃうから、買い物終わってからしようと思ってて」

「大袈裟な奴ね。まさか、そんなことされるような心当たりでもあるの?」

「うん。たまにされるから、また今日もかなって」

「えっ」

 

 主に僕の噂話を面白がって確かめに来る人、つまり暇な人達、ついでに嫌いな人種だ。

春が多いから、多分新入生が半信半疑か冗談半分で見物しに来るんだろう。そして気絶する。

それでまた僕の噂話が更新される。負の循環だ。再来月も例年通りそんな感じになるはず。

 

「…………………そ、その、元気出しなさい。その内きっと、何かいいことあるから」

「ありがとう大槻さん。でも大丈夫、毎年のことだから気にしてないよ」

「ま、毎年」

 

 戦慄しながらも励ましてくれる大槻さんには悪いけど、もうどうでもいいことだった。

最初はともかく十年も続いていると、こんなことでも慣れて、よくも悪くも無関心になる。

強いて言うなら、僕に気づかれないように気絶して欲しい。介抱はなるべくしたくない。

 

「そんなことより大槻さん」

「いやそんなことって」

「まだ時間大丈夫? さっきのお礼させて欲しいんだ」

 

 そんなつまらなくてどうでもいいことより、僕も楽しいことを考えていたかった。

 

「別にお礼されるほどのことじゃ」

「……実を言うと、これは口実で」

「ん?」

「あんまり時間無いけど、その、一緒に遊ばない?」

 

 ついこの間大槻さんから言われたこと。おまけに電話で説教を貰ったこと。

あの時は喜多さんが暴走していたから、とても誘えるような余裕なんて僕にはなかった。

幸い今日はある。口実もある。時間も少しだけならある。だから勇気を出した。

 

「……しょうがないから、付き合ってあげる!」

 

 この一年、僕の勇気は報われ続けている。今までと比べて反動が怖いくらいだった。

 

 

 

「それで偶然大槻さんと会って」

「……遊んでたの?」

「うん」

「…………ずっと?」

「はい」

「………………こっち来ないで?」

「あっはい」

 

 家での誕生日会が終わってから勉強していると、ひとりに今日のことを聞かれた。

プレゼント云々はともかく、大槻さんと会ったことは隠すようなことじゃない。

その後一緒に遊んだこともだ。一時間くらいしか遊べなかったけど、とても楽しかった。

ひとりの誕生日は家で祝うから、それまでは英気を養う時間。それが僕の言い分だった。

 

「……」

 

 ひとりの言い分はこうだった。何も口にしてないけど伝わる。

さっきからもの凄くじっとりとした、ぐさぐさ突き刺さる視線をぶつけてくる。

耐え切れなくて顔を逸らすと、音もなく膝がぶつかり合うほど近づいて、両手を掴んでくる。

そしてそのまま下から覗き込むように僕に顔を寄せてきた。逃げられない。

 

「……」

「やっぱり僕が混じると、友達からのお祝いって感じが薄れると思うんだ」

「…………」

「それにほら、一応僕も男だから。女の子だけの方が皆もやりやすいだろうし」

「………………」

「うん、なんとなく気に障るのは分かるよ。でもその分、家でお祝いを」

「……………………」

「あっはい。そういう問題じゃないですよね」

 

 口で話してほしい。ここまでじっと目が合い続けていれば、九割以上ひとりの気持ちは分かる。

でもその残りが大事なことかもしれない、それで致命的なすれ違いが起こるかもしれない。

そのまま言葉にしても今日は聞いてもらえなさそうだ。放っておけば何日続くのか。

いつかの夏休みを思い出す。あの時は喜多さんが助けてくれた。今回もそうするべきか。

 

 いや、そんなことは出来ない。今日は妹の、ひとりの大切な誕生日だ。

しかも初めて友達に祝って貰えた、きっと人生で一番楽しかっただろう誕生日。

僕の迂闊な、ちょっと納得してないけど、迂闊な行いで、それを台無しにしたくない。

今こそこの半年の成果を、他人と関わり続けることで得た成長を発揮する時だ。

 

 方針と決意は固まった。なら次はどうするか。ひとりに捕まっている以上今は動けない。

多分離してくれないし、無理やり振りほどいたらきっともっと傷つけてしまう。

じりじりと妹に追い込まれつつある時、突然救いの手が僕に差し伸べられた。

 

「ワン!」

 

 いつの間にかジミヘンが部屋まで来て、存在をアピールするように声を上げていた。

彼が自分から二階に上がるのは珍しい。今来たのはおそらく、この不穏な空気を察知したから。

さすがジミヘン、後藤家で一二を争う勘の持ち主。いざという時一番頼りになる。

視線を向けると彼は意図を察して、堂々とした足取りで悠々と僕の横へ歩いてくる。

 

「ジミヘン、悪いけどお使いお願い」

「?」

「あれ取って来て。ほらあの、僕の部屋のテーブル裏に隠してるやつ」

「ワンワン!」

 

 あれとかあのとか、要領を得ない説明とお願い。人間でも分かりにくいと思う。

それでもジミヘンは一声鳴くと、今度は駆け足で迷いなく部屋から出ていく。

そして時計の針が一周するより早く、紙の封筒を一つ咥えて僕の元へ戻って来た。

 

「ワンッ!」

 

 彼はそれからその封筒を僕の膝に落とし、しっかりやれよ、とでも言うように一度吠える。

ついでに膝も叩いてから、静かに部屋を後にした。犬とは思えないほど凛々しい背中だった。

いつもありがとうジミヘン。感謝の気持ちを込めて、明日のおやつは豪華にしよう。

 

「……???」

 

 僕とジミヘンのそんなやり取りを見て、ひとりが思い切り首を傾げていた。

そんな場合じゃないけど可愛い。今日で十六歳だけど、十年前と変わらないあどけなさがある。

僕が見てるのに気づいて、急いで表情を引き締め直そうとする姿はもっと可愛かった。

 

「……」

 

 そんな気持ちをおくびにも出さず、いや出てるなこれ、ひとりの目が強くなってる。

この兄は、みたいな目が強くなってる。僕にひとりの気持ちが伝わるんだから、逆もそうなるか。

これ以上の墓穴を掘る前にこの封筒の中身を見てもらって、それで納得してもらおう。

 

「ひとり、これ開けてくれる?」

 

 誤魔化すようにお願いすると、ひとりはジト目を僕に向けながら封筒の中身を取り出した。

その中身をちらりと見て大きく目を見開いた後、三度見繰り返して驚きを露わにする。

 

「…………………………………………こ、これは!?」

 

 驚きのあまりひとりは声を出してしまっていた。それほどの衝撃だったらしい。

そこまでかな、なんて思いつつ、誠意をもってひとりに向けて頭を下げる。

下げた先に映るひとりの両手。そこには、僕お手製の何でも言うこと聞く券が握られていた。

 

「今年はもう一枚追加するので、それで許してください」

 

 僕は妹を物で釣ろうとしていた。普通に最低だった。

 

「……」

 

 僕の最悪な懇願を聞いてなお、ひとりは無言のままだった。やっぱり駄目かな。

顔を上げてひとりの様子を確認して、そうでもなさそうなことが見て取れた。

ひとりはじっと手に取った何でも言うこと聞く券を見て、何かを真剣に考えていた。

 

「……これ」

「うん」

「これ、今使ってもいい?」

「どうぞ」

 

 今すぐ使いたいほど、何か僕にお願いすることがあるらしい。何だろう、これは分からない。

疑問と不安を抱えながら、ひとりが券を持って机に向かい、ペンを取るのを見守る。

言った言わない、使った使ってないの問題を防ぐため、いつからかあの券は記入式にした。

 

 そうやって見守る時間は一瞬で終わる。想像よりずっと早くひとりは書き終えた。

すぐにひとりはペンを置いて記入済みの券を持って戻り、また膝をぶつけてくる。

ということはそれほど長くない、複雑じゃない、シンプルなお願いのようだ。逆に怖い。

ひとりに伝わらないようその気持ちはすぐに圧し潰し、なるべく穏やかに券を受け取った。

 

「お、お願いします」

「……拝見します」

 

 なるべく穏便なお願いがいいな。そう思って券を見た僕の全身に、その時衝撃が走った。

 

『来年はみんなと一緒にお祝いしてください』

 

 反射的に顔を上げると、今度はひとりが僕から目を逸らしていた。さっきとは逆だ。

ただ、僕は目を合わせようとはしない。ここで無理強いするとひとりは溶けてシミになる。

その代わりに軽く抱き寄せて、今まで何度も言った言葉を再び口にした。

 

「誕生日おめでとう。あと、生まれて来てくれてありがとう」

「……うん」

「これからもよろしくね」

 

 胸の中で無言のまま頷くひとりを見て、僕はまた今年も確信した。僕の妹は世界で一番可愛い。

昨年は色々あったけれど、僕は性懲りもなく気持ちの悪いシスコンのままだった。




次回「路上ライブセルフ出禁」です。
今更ですがアー写撮影回で、喜多ちゃんが一人君を捕まえられたのは偶然じゃありません。
下北で魔王様発見、みたいなSNSの投稿から場所を絞って捜索したからです。
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