ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、誤字脱字報告、ここすきありがとうございます。
なんかぬるっと総合評価一万を超えててびっくりしました。嬉しいです。


第十七話「路上ライブセルフ出禁」

 僕の目の前でリョウさんを先頭に、虹夏さんと喜多さんが跪いていた。

 

「ははーっ陛下、こちらをお納めくださいー」

「……これ何?」

「ははーっ、デモテープでございますー」

 

 デモテープ。未確認ライオットの音源審査で発送するものだ。それは見れば分かる。

分からないのはそれを僕に差し出したことだ。今更音源を確認して欲しいなんてことは無いはず。

じゃあ何かのついでに送って欲しいのかな。でもその程度で跪きはしないだろう。

 

「えっと、ポストか郵便局まで持って行って欲しいってこと?」

「ははーっ、そんな恐れ多いことはまさかー」

「というかリョウさんはもういいとして、なんで二人も跪いてるの?」

 

 彼女とは冗談でこういうやり取りをすることもある。でも二人、虹夏さんと喜多さんとは無い。

僕の心からの疑問に、虹夏さんが大袈裟に作りきった声で答えを返した。彼女も大根だ。

 

「ははーっ、送る前に念を送っていただきたくー」

「それももういいよ」

「そう? じゃあやめるね」

「リョウが一番にやめるの!? 言いだしっぺなのに!?」

 

 虹夏さんのツッコミを置き去りにして、リョウさんは何のためらいもなく立ち上がる。

遅れて二人が立つのを待ってから、改めて僕はこの行動について尋ねた。

 

「それで、念って何?」

「いやなんというか、いざ送る段階になると、願掛けとかなんとかしたくなって」

「先輩の念が籠ればきっと効果抜群だわ、って思いました!」

 

 だからさっきから延々と、ひとりは九字を切ってるのか。護身の術だから使いどころが違うよ。

ついでに邪心も入ってそうだからますます意味はなさそうだ。賞金のこととか多分考えてる。

それにしても念か。僕が込めてもただの呪いになりそうだけど。送り先も寺とかに変わりそう。

 

「皆はもうやったの?」

「もちろんです! こう、はあー! って!」

「はあ」

「気合が足んないよ! もっと、はああああっ!! って感じでお願い!」

 

 今のは相槌だから特に念は込めていない。そしてするともまだ言っていない。

その程度いくらでもやるつもりだ。でもその前にどうしても、確認したいことが出来てしまった。

 

「一つ思ったんだけど」

「?」

「僕と喜多さんの念って、なんだか相殺しそうじゃない?」

「……あー」

 

 その後協議の結果、今回僕の念は不採用になった。

 

 

 

 そんなことがあったのが先週のこと。結束バンドは今日、路上ライブをやろうとしていた。

提案したのが十一月で今は三月。これまで音沙汰が無かったから、やらないのかと思っていた。

外は寒すぎるからとか、新曲が出来ていなかったからとか、理由はいくらでもつけられる。

十一月の気温ならまだ大丈夫だとか、今までの曲だけでも十分だとか、反論もその分出来る。

 

 多分、結局は自信が無かったんだろう。あれだけ佐藤さんに言われた直後じゃ委縮もする。

だからこそ、今こうして路上ライブに踏み出せることが結束バンドの成長を証明している。

ファンとしては誇らしい。その内心と相反する行動を取る僕へ、ひとりが冷たい視線を突き刺す。

幸い何でも言うこと聞く券は、もう先週の宿題に使っていたからそれだけで済んでいた。

 

「なっなのに、路上ライブは見に来ないの……?」

「薄情ですよねー」

「ねー」

 

 元々路上ライブとなると、はたして僕が見に行ってもいいのかどうか迷っていた。

休日の下北沢駅前。どれだけ楽観的に考えても、下高の生徒が通り過ぎる可能性は高い。

そんなところにのこのこと顔を出せば、必ず僕の姿を見られてしまうだろう。

 

 それどころか下手をすれば、地元の元同級生と出くわすことすらあるかもしれない。

そうなれば僕にとっても結束バンドにとっても最悪だ。きっとまた嫌な噂を流される。

悪名は無名に勝るとは言うものの、過去が残り続ける現代社会ではそうもいかない。

 

「……先輩、本当に来ないんですか?」

「ごめんね、今日はどうしても外せない用事があって」

「そう、ですか」

 

 もう一度だけ喜多さんが確認するように尋ねてくる。今度はより真剣に、より不安そうな声で。

初めての路上ライブ。そもそもライブ自体が久しぶり。解決したはずのスランプ。

どれも彼女の心を揺さぶる。後ろ向きな考えが浮かんでしまうのもしょうがないだろう。

 

 ここまでしょんぼりとされてしまうと、消えたはずの迷いが再び首をもたげてくる。

それを敏感に察したのか、ひとりが僕の袖を何度も引きながら確認を重ねて来た。

 

「……ほんとに来れない?」

「本当」

「ほっ、ほんとにほんと?」

「本当に本当。行けることなら行きたいんだけど、ごめんね」

「……………………じゃ、じゃあ、頑張る」

「ひとり?」

「が、頑張るから、大丈夫。わっ私も、喜多ちゃんも」

 

 言ってしまった、と言わんばかりの表情をしながらも、ひとりは言葉を取り下げなかった。

これなら大丈夫だ。こういう時のひとりは頼りになる。きっと喜多さんを支えてくれる。

僕の手助けなんて必要ない。むしろ諸々の差し引きでマイナスにしかならない。

 

 そうは思いつつ、未練がましく後ろ髪を引かれる自分がいることにも気づいている。

だからあのメッセージは、迷いを振り切るいい口実になった。もちろん口には出さない。

場が纏まりかけた時、一人沈黙を守っていたリョウさんが唐突に机を叩き立ち上がった。

 

「……私とその用事、どっちが大事なの!?」

「うわ何、急に面倒なこと言い出して。誰かの物まね?」

「将来の虹夏」

「は?」

「虹夏は絶対重くて面倒な女になる。私の全財産を賭けてもいい」

「無いじゃん」

 

 今日も衰えない切れ味を見せた後、虹夏さんは不満げに皆を見回した。

きっと、そんなことないですよー、みたいな言葉を求めていたんだろう。

でも彼女の願いは叶わなかった。目が合った誰もが、そっと視線を逸らして呟く。

 

「あー」

「あっあぁ」

「……あー」

「三連続!?」

 

 向こうで仕事をしていた星歌さんすら、釣られて納得の声を上げていた。

僕は何も言ってない。何も思ってない。そうだ、約束の時間が近いからもう行かないと。

頬に突き刺さる強い視線を意図的に無視して、僕は確認のために携帯を取り出した。

 

『話したいことがあるから新宿まで来なさい』

 

 有無を言わせない、彼女らしいメッセージがそこにはあった。

 

 

 

 言われるがまま新宿FOLTへ向かうと、そこにはSIDEROSの面々が揃っていた。

四対一になるのかと一瞬警戒したものの、一人と三人に分かれて座っていたから安心した。

その気持ちもすぐ消えた。開口一番大槻さんが放った言葉が僕の意識を切り替えさせた。

彼女は僕が席に着くや否や、おもむろに自分の携帯を取り出し、とある動画を僕に見せつけた。

 

「このギターヒーローって貴方の妹、あの後藤ひとりよね?」

 

 どこから漏れた? 知ってる人、結束バンド、スターリー、ファンの二人、ありえない。

大槻さんと彼女達に直接的な繋がりは無い。彼女は未だ誰とも連絡先を交換出来ていない。

なら彼女個人ではなくもっと大きく漏れた、それもない。ギターヒーローのSNSは今日も静かだ。

もし何かあれば大なり小なり、ここにも動きがあるのが自然だ。よってこれも除外する。

 

 ならあの記者か、だがこれも考えにくい。記者にとって情報は金と同じ意味を持つ。

意味も無く教える理由は無い。まして大槻さんと彼女の間に伝手があるとは考えにくい。

だがそうと決めつけるのも早計。予想できないこともある。直接確認した方が確実で早い。

 

「どうして、そう思ったの?」

「えっ!? えっと、く、癖が一緒だからよ。特にこの、ビブラートのかけ方とか」

「真似してるだけかもしれないよ」

「ギターの癖なんて早々真似出来ない。貴方でもそれくらい分かるでしょ?」

 

 腕や指の長さ、形、体格、リズム感やセンス、感情。そこから生まれる演奏の癖。

この癖を真似るのは至難の業で、一定以上のギタリストにとってはある意味指紋のようなもの。

素人や初心者ならともかく、大槻さんほどの人ならそれくらい気がついて当然だろう。

予想していなかった僕が間抜けだったと言ってもいい。佐藤さんの件から学んでなかったのか。

そんな自省も今はどうでもいい。最優先事項は、彼女にどう答えるかだ。

 

「ねえ、聞いたんだからちゃんと答えなさいよ」

「……」

「ねえってば」

 

 素直に認める。これが一番楽だ。頷くだけでいい。でもそれは許されるのか。

ひとりはきっと許してくれる。だけどそんな不義理を、無責任を誰よりも僕が許さない。

人の、妹の秘密を勝手に言いふらす。人として、兄として到底認められない。唾棄すべき行為だ。

 

「え、えっと、おーい?」

「……」

「…………も、もしかして無視!? ねえ、無視なの!?」

 

 なら誤魔化すのか。僕に声をかけた時の大槻さんは、確信に満ちた目をしていた。

大変な時の喜多さんほどじゃないにせよ、彼女もこうと言ったら聞かないタイプの人だ。

下手な否定や言い訳では余計な問題を生み出しかねない。そして誤魔化しも失敗するだろう。

 

「……………………あ、あの」

 

 回答を保留して考え込んでいると、大槻さんが今度は珍しく控えめな声を出した。

さっきまでの問い詰めるようなものじゃない。これなら反応しても大丈夫だろう。

 

「何?」

「………………………………た、タイム!!」

「どうぞ」

 

 僕としても時間は欲しい。ここまで言い淀んでいる時点で答えは言っているようなものだ。

だからこの先はどうやって口止めをするか、大槻さんとその仲間達をどう抑えるか考えるべき。

彼女の性格と今彼女達がここにいることからして、既に話してしまっているだろう。

四人全員の口を閉ざすものを、何か有効な交渉材料を僕は持っていただろうか。

 

 善意で黙っていてくれる、なんて期待はしない。根拠にするには薄い。吹けば飛ぶようなもの。

なんとなく察して秘密にしてくれるかもしれない。でもそのなんとなくは簡単に反転する。

SIDEROSのメンバーはきっといい人達だろうけど、それだけで他人を信用なんて出来ない。

 

「あくび、あれどういうことなの? なんか滅茶苦茶怖いんだけど!?」

「……ギターヒーローさんってずっと、顔も名前も出してないじゃないっすか」

「それがどうしたのよ」

「つまり素性を隠してる訳っす。なのにヨヨコ先輩がいきなり、しかも暴くように言うから」

「警戒されるのも当然ですよ!」

「あれは魔王度数十四%くらいですね~。二十%を超えると気絶するので気を付けてください~」

「魔王度数って何!? あの怖いやつならもう嫌よ!?」

「おぉ~経験済みなのにあの態度、流石ヨヨコ先輩ですね~」

 

 二つ隣のテーブルで話しているから、どうあっても会話が聞こえてきてしまう。

それによるとどうやら、やはり大槻さんはもうメンバーに話してしまっているらしい。

どうしたものか。口止めが必要だけど、考えてみるとそんなこと碌にしたことが無い。

 

 今まで誰もが僕の前では口を噤んでいて、逆に噂話は知らないところで流され続けた。

だからさっぱり方法が分からない。ぱっと思いつくのは手荒い手段だけ。

まさか友達の友達に危害を加える訳にもいかないから、そんなことは絶対に出来ない。

内心頭を抱えて悩んでいる間に、大槻さんが気まずそうに戻って来る。

 

「えっと、その」

「……」

「さっきのは、ナシ!!」

 

 そして戻ると同時に、両手で大きくバツを作って宣言した。力技っす、という呟きが薄く響く。

思わずあっけにとられる僕に気づかないのか、大槻さんはそのまま話を続けた。

 

「えぇと、そう、ここからが本題。貴方、動画の投稿とかしたことあるかしら?」

「本当に変わってる?」

「変わってる。いいから答えて」

 

 口止めについては帰るまでに考えよう。悪意がなければその間は広がらない。

片隅での思考を続けながら、大槻さんの問いかけへ今度は素直に返答した。

 

「あるよ。それがどうかしたの?」

「そ、そう、よかった。それで、その」

「……?」

 

 再び大槻さんは言葉を濁し始めた。いつかのように手をもにょもにょと合わせて動かしている。

もしかしてこの感じだと、ギターヒーローの話は枕でしかなかったのかな。なら悪いことをした。

僕がここまで過敏な反応をするとは予想もしてなかったはず。ちょっと罪悪感を覚える。

でもそれはそれとして対策は練っておこう。どこまでなら法と倫理は許してくれるだろうか。

 

 僕のそんな物騒な考えは、幸い周りには伝わっていないようだ。たまには仏頂面も役に立つ。

そうしてじっと考えながら大槻さんを見ていると、外野の方が先に耐えられなくなったらしい。

 

「は、はーちゃん、私もう見てられないよ!」

「駄目っす。ここで助け舟を出したら、ヨヨコ先輩は一生あのままっす」

「ルシファーが言うにはツンデレを極めて一生独り身になるか~、チョロさを極めて一生玩具になるかだって~」

「はわわっ。が、頑張って黙るねっ」

「貴方たち、さっきからずっと聞こえてるからね!?」

 

 外野の応援、応援? に大槻さんが顔を真っ赤にしてがなり立てた。

それから大きく咳ばらいを一つ二つ重ねた後、いつもの態度でぽつりと呟いた。

 

「……私、何でも一番じゃないと気が済まないの」

「うん」

「例えギターヒーローだろうとなんだろうと、誰に負けたくない」

「……」

「そのためなら努力なんて惜しまない。だから、その」

「うん」

「これから動画撮るから、手伝って」

「分かった。それくらいなら喜んで」

「……そう。じゃあ、よろしく」

 

 そっぽを向いての言葉。僕がそれに何かを返す前に、外野の感動が耳に届いた。

 

「……わ、私、なんだか泣いちゃいそう!」

「ウチもっす。我が子が飛び立つ時って、こんな感じなんすね……」

「幽々も~。二人ともハンカチ貸してあげる~」

「もう、さっきから本当にうるさいわね!!」

 

 とうとう大槻さんが怒って立ちあがる。それでも三人とも微笑ましげにするだけだった。

 

 

 

 ふんすふんすと憤る大槻さんをなんとか宥めて、僕は改めて本題について尋ねた。

 

「それで大槻さん、動画って何を撮るの?」

「ふふん、聞いて驚きなさい」

「わー」

「聞いてから、というか冗談でももっと驚きなさい!!」

 

 気のない拍手で迎えると怒られてしまった。僕に演技を期待されても困る。

それにギターヒーローを相手にするということは、彼女も弾いてみたを投稿するのだろう。

なら言葉で表せるのは曲名と演奏法くらいだから、驚くにはインパクトが足りない。

 

 彼女はそんな僕を一瞥して鼻を鳴らしてから、どこか自慢げに傍らの袋を引き寄せる。

そしてそこから何かを、コーラとメントスを取り出し、大きく胸を張って宣言した。

 

「なんと、メントスコーラよ!!」

「…………………………………………………………え?」

「思ったよりいい反応ね。もしかして、貴方知らない?」

「いえあの、知ってます」

「ならわざと驚いたの? へぇ、やれば出来るじゃない」

 

 大槻さんは僕の反応にご満悦だ。一方僕はそれどころじゃない。メントスコーラって。

一縷の望みを持って彼女の顔を覗き見る。上機嫌に笑っている。嘘も冗談も見当たらない。

どうしよう、さっきとは別の意味で手に負えない。時間が欲しくなった僕は手を挙げた。

 

「…………あの、大槻さん」

「何?」

「すみません、タイムください」

「認める」

 

 鷹揚に頷いた大槻さんに感謝を告げてから、他メンバーのいるテーブルへ移動する。

なるべく接触しない方がよかったけれど、背に腹は代えられない。僕一人では無理だ。

僕はまず一番まともそうな長谷川さんへ、大槻さんの正気を確かめさせてもらった。

 

「長谷川さん、あれは」

「ヨヨコ先輩はマジっす」

「マジ」

「はい。本気と書いて、マジと読むっす。ガチでもいいっす」

 

 人にとやかく言う資格が無いほど僕のセンスはずれている。その程度は自覚している。

それでも言わざるを得ない。本気なのか。本気で今時メントスコーラなんてやろうとしてるのか。

ちらっと僕を待つ大槻さんを見る。ドヤ顔だ。残念ながら、やはり冗談じゃなさそうだ。

 

「……説得は?」

「ヨヨコ先輩が聞くとでも思ってるっすか?」

「内田さん、本城さん」

「無理ですね~」

「無理ですっ」

 

 セカンドオピニオンを求めると匙を三本投げられてしまった。こんなにいらない。

本当にいいのか。もう一度だけ聞こうとすると、テーブルをトントンと叩く音が聞こえた。

振り向くと大槻さんが待ちきれないとばかりに指を動かしていた。更に不機嫌そうに声を上げる。

 

「ねえまだなのー? タイム長いわよー?」

「魔王さん、ヨヨコ先輩が呼んでるっす。あとはお願いします」

「えっいいの? このままだと多分、大槻さん駄々滑りで大やけどするよ?」

「……傷つくことで、学ぶこともあるっす」

 

 SIDEROSの教育方針はスパルタだった。

こうして無事にメンバーから許可をもらえてしまったから、大人しく席に戻る。

 

「お待たせ大槻さん」

「本当よ。それじゃ、早速準備するから手伝って」

「その前に、もうちょっとだけいい?」

 

 それでもと、僕はまだ無駄な抵抗を続けようとしていた。

友達の赤っ恥をできる限り減らしたい。それくらいの人情は僕にもあった。

 

「またタイムなの? 許してあげるからさっさと済ませて」

「そうじゃなくて。準備した後だけど、一回リハーサルやってみない?」

「リハーサル?」

「うん。大槻さんこういうの初めてだよね。だから練習が必要だと思うんだ」

「……練習ねぇ。確かに、貴方の言いたいことはよく分かる」

 

 大槻さんは僕の知る中でもかなり真面目な人だ。だからこの提案なら乗るはず。

その予想に反して、彼女はどこか乗り気じゃないようだった。どこが気になるんだろう。

 

「でもそれだと、生のリアクションが映えないと思わない?」

「……生のリアクション?」

「一回でもやっちゃうと初めての、生きたリアクションが出来ないと思うのよ」

「なるほど?」

「いい? 視聴者やファンはいつだって、最高の私を求めてるの」

「はあ」

「求められたなら応えないと。まあ、バンドマンじゃない貴方には難しい話かしら」

 

 そう訳知り顔で語られる。なんか腹立つな。

 

「………………とりあえず、一回撮ってみようか」

「ふーん、リハーサルはいいの?」

「一回目がよかったら終了で、駄目だったらそれを見て改善する感じでいこう」

「なんかそれっぽいじゃない。じゃ、やってみましょうか」

 

 内心を押し殺して僕は撮影を開始した。撮影中、どこか虚しさが止まらなかった。

 

 

 

 人生で一二を争う無駄な時間を使い、撮影が終わった。やっと終わった。

今はざっくりと編集も済まして、簡易な完成品を大槻さんに確認してもらっている。

感じたことのない疲労感を覚えていると、どこか楽しそうな彼女が僕へ感想を求めた。

 

「それで、この動画どう? いい感じよね」

「……オブラート欲しい?」

「必要ないでしょ。さ、早く言いなさい」

 

 どうしてこんなに自信満々なんだろう。疑問とともに僕はオブラートを投げ捨てた。

 

「存在が認められない」

「零点以下!?」

 

 この動画は間違いなく大槻さんの汚点になる。断言してもいい。

力強く言い切る僕の様子を見て、さも意外だとでも言うように大槻さんは慌て始める。

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと! どこがそんなに駄目なの!?」

「全部」

「全否定!?」

 

 褒められるところはない。

 

「ま、まあ? 確かに絵面は地味かも、うん。そこは認める。でもほら、私の映りはよくない?」

「そこが一番駄目だよ」

「私が!?」

 

 控えめに言って目が死んでいる。ダンゴムシを眺めている時のひとりといい勝負だ。

そして身内贔屓だけど、あの状態のひとりにある可愛さがここにはない。何も無い。虚無。

この感想を伝えても怒らせるだけだから、別の角度から総評を考えて告げた。

 

「……大槻さんの動画を見る人には、目的があります」

「急に何?」

「格好いい大槻さんを見に来た人や、面白いものを見たい人、なんとなく見た人。色々います」

「そ、それで?」

「この動画は、その全ての人を失望させます」

「……そこまで言わなくてもいいでしょー!!」

 

 総評を告げ終わると同時に、彼女は両手を伸ばして机に突っ伏してしまった。

それから駄々っ子のように手と足をバタバタとさせる。思い通りにいかない時のふたりのようだ。

あまりにも予想だにしていなかった行動に、僕はただ声をかけることしか出来ない。

 

「あっあれ? あの、大槻さん?」

「ふんっ」

「あーあー、やっちゃったすねー、魔王さん」

 

 私拗ねてます。彼女がそんなポーズをし始めると、長谷川さん達が近寄ってきた。

よかった、解説が欲しかったところだ。僕の求めを察したのか、内田さんが口を開く。

 

「ヨヨコ先輩は~、否定され続けるとすぐ拗ねちゃうんですよ~」

「され続けるって。えっと、この程度で?」

「火に油、火に油ですっ!」

 

 本城さんの言う通り、僕の言葉は彼女の怒りをさらに燃え上がらせた。

斜め三十度だった顔が今は四十五度まで上昇している。怒りってそこで測れるのか。

 

「つーん」

「大槻さんごめんね、つい強く言っちゃって」

「ふんっ、つーん」

 

 口で言うんだ。このツッコミは油じゃすまないだろうから、胸にしまっておいた。

それにしてもどうしよう。以前虹夏さんがこうなった時はリョウさんがうやむやにしてくれた。

じっと大槻さんを眺めて考え込む僕へ、長谷川さんが適当に声をかけてくる。

 

「ほっといていいっすよ」

「えっ、それは」

「その内寂しくなって丸くなるんで、それまで待ってればいいっす」

 

 同級生にする対応じゃないな、まるで幼児相手みたいだ。でも言う通りにしよう。

 

 だけど大槻さんをしばらく放置するとなると、僕もやることが無くて困ってしまう。

他のメンバーと時間を潰せばいいのかもしれない。ただ、僕は残り三人とは親しくない。

辛うじて内田さんは変な敬意と好意を僕に向けているけれど、二人はそうでもないだろう。

お互いの認識はきっと大槻さんの友達。まさに友達の友達という関係だ。接し方に迷う。

 

「……大槻さんが復活するまで、機材の確認とかしてます」

 

 迷うくらいなら関わらない方がいい。そう思って機械と友達になる方を僕は選んだ。

さっき大槻さんの恥を撮影中に少し触って気づいたからだ。これ、買おうと思っていた機材だ。

高い買い物だから失敗はしたくない。せっかくだから使い心地を試させてもらおう。

 

「ヨヨコ先輩、無駄にいい機材買って来たんすよ」

 

 そうして静かに機材を弄ろうとしたはずなのに、何故か三人ともついてきた。

それどころか長谷川さんは僕に話しかけてもくる。とりあえず、目だけは合わせないようにした。

 

「これなんて五万すよ、五万。メントスコーラ用なんて冗談じゃないっす」

「ひ、ひえー。コーラ何本買えるんだろうねー?」

「もったいないお化けが出てきそう~。むしろそれが狙いなのかな~」

 

 本城さんと内田さんが会話を繋いでくれるものの、まさか無視する訳にもいかない。

明らかに最初は僕へ話しかけていた。なら僕がなんとかして、ちゃんと何かを返さないと。

 

「……えっと、長谷川さんはこういう、撮影機材とか詳しいんですか?」

「プライベートでゲーム実況とかやってるんすよ。そんで流れでって感じっす」

「ゲーム実況」

 

 間抜けにもオウム返ししてしまう。ゲーム実況、名前だけは知っている。

その反応で僕がピンと来ていないのを察したのか、彼女は意外そうに目を丸くした。

 

「魔王さんは実況とか興味ないタイプっすか?」

「実況というか、ゲーム自体ほとんどしたことがないので、あまりよく分からなくて」

「へー、珍しいっすね。男子ってなんか、ずっとゲームか何かで遊んでるイメージがあるっす」

 

 それは偏見、いや偏見なのかな。未だに僕は同性同年代の友達がいない。

だから偏見なのかも分からない。なんとなくだけど、一生分かることはない気もする。

 

「……それじゃ、やってみます?」

 

 そう言ってから、長谷川さんはどこからかゲーム機を取り出した。

実を言うと興味自体はある。今までやるべきことばかりだったから、こういうのは避けてきた。

ただ僕と彼女は友達でもなんでもない。それなのに借りてもいいんだろうか。

 

「さっきも言いましたけどほとんど触ったことなくて、上手く遊べるかどうか」

「私が教えるんで大丈夫っす。というかこれ四人用なんで、皆でやりましょう」

「そういうのもあるんですね」

「まあ一人用のもあるんすけど、今日は四人もいるのにもったいないっす」

 

 それにと、長谷川さんは今も拗ねている大槻さんを横目で見て続ける。

 

「皆で楽しそうに遊んでた方が、ヨヨコ先輩早く戻ってくるんで」

「ふらふら~ってワンちゃんみたいに来るんですよ、可愛いですよねっ!」

「天岩戸作戦です~」

「そういうことなら、よろしくお願いします」

 

 その後僕がようやくボタンの配置を覚え始めた頃、大槻さんは戻って来た。

渋々と言った顔で、あくまでも仕方ないわね、という態度を全面に押し出していた。

でもどこか寂しさや混ぜて欲しい、みたいな気持ちが隠せていない。なるほど、犬っぽい。

ちなみに彼女はその後周りに喧嘩を売り過ぎて袋叩きに合い、最下位になって再び拗ねた。

 

 

 

 それからしばらくゲームをして、各々用事があるということで解散になった。

あれほど考え込んでいた口止めは、必要がなくなったから結局していない。

ゲーム中に大槻さんがそっと、他のメンバーに聞こえないよう僕に囁いたからだ。

 

「……後藤ひとりの話なら、私に任せなさい」

 

 唐突な言葉だった。自分でもそう思ったのか、彼女は言葉を続ける。

 

「私は絶対に誰にも言わないし、あの子達にも言わせないから」

「……ごめん」

「謝る意味が分からない。誰にだって、秘密にしておきたいことくらいある」

 

 彼女がわざわざこうして伝えてくるくらい、僕の不信は露骨だったんだろう。

仲間を、友達を疑われて面白いはずもない。それでも彼女は全て水に流してくれていた。

その上彼女はなおも僕に親切と優しさを、忠告まで与えてくれた。

 

「……でもこれからもバンドを続けるなら、気づく人はもっと出てくる」

「うん」

「そしてそいつらの物わかりがいいなんて保証はない。ろくでもない奴もいるでしょうね」

「……分かってる」

「だからそれまでに、ちゃんと身の振り方を考えておいた方がいい」

 

 きっと彼女からしてみれば、これはあくまでもギターヒーローについての話だ。

それでもそれは、今日一番僕に突き刺さる言葉だった。ちゃんと身の振り方を考えろ。

何もかもが中途半端な僕は、それじゃいけないよと、釘を刺されたような心地になった。




次回「合法的に嘘を吐ける日」です。
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