ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、誤字脱字報告、ここすきありがとうございます。


第十八話「合法的に噓を吐ける日」

 結束バンドのミーティング中、突然喜多ちゃんが重々しく口を開いた。

 

「後藤先輩の、びっくりした顔が見たいです」

「……じゃあ次の路上ライブは来週の日曜で決定ねー」

「流された!?」

 

 喜多ちゃんのその発言に、虹夏ちゃんは何の反応も見せなかった。

さ、さすが虹夏ちゃん。横で聞いてるだけの私がこんなにびっくりしてるのに。

それでも不服そうな喜多ちゃんを確認すると、虹夏ちゃんは一つため息を吐いて話を戻す。

 

「びっくりした顔って。そもそも私、真顔以外見たことないんだけど」

「私もです。でももう、一年くらいの付き合いなんですよ? そろそろ真顔以外も見たいです!」

「だからってびっくり選ぶ?」

「どうせだし、意外性のある方がよくありませんか?」

 

 二人の言う通り、お兄ちゃんは家の外だとずっと無表情だ。ぴくりとも動かない。

家だといつもころころ変わるのに、あんなに固まってて攣っちゃったりしないのかな。

そんな疑問と一緒に喜多ちゃんの熱弁を眺めていると、リョウ先輩が突然鼻を鳴らした。

 

「……ふっ」

「えっ何今の笑い」

「ふぉっふぉっふぉ」

「いやほんとなに?」

 

 虹夏ちゃんが困惑して問い直しても、リョウ先輩は不思議な笑いを続けるだけ。

その内色んなことを諦めて、虹夏ちゃんは喜多ちゃんの話に乗り始めた。

 

「そっちの方が早そうだから聞くけど、何をどうするつもりなの?」

「よくぞ聞いてくれました!!」

「聞かせたの喜多ちゃんだからね?」

 

 虹夏ちゃんの呆れとツッコミを喜多ちゃんはスルーした。

 

「明日、エイプリルフールじゃないですか」

「んと、そこでびっくりするような嘘吐こうってこと?」

「はい! そのために皆さんにも協力してもらいたくて!」

「嫌な予感しかしないけど、何を手伝って欲しいの?」

「えっとですね、伊地知先輩には」

 

 ニコニコキタキタした喜多ちゃんが、虹夏ちゃんに近付いてひそひそ話をし始める。

な、なんだろう。何を話してるんだろう。そわそわびくびくしてしまう。だってひそひそ話だ。

陰キャが目の前でされると落ち着かないことランキング堂々の一位、ひそひそ話!

流れ的に絶対に私の話じゃない、なのにびくびくする! は、早く終わって!

 

「……うっわ、本気? どうなるか分からないよ?」

「大丈夫ですよ~。そういう時は祝福するって、前に先輩おっしゃってましたから~」

「そりゃ本当ならするだろうけど、冗談だったら普通に怒るんじゃ」

「それはそれでありですね!」

「無敵か……?」

 

 虹夏ちゃんが恐れおののいて身を逸らす。喜多ちゃんは何を提案したんだろう。

聞くに聞けない私を置いて、今度は喜多ちゃんがお兄ちゃんへの不満を口にした。

 

「あれから後藤先輩、結局一回も路上ライブ来てくれないじゃないですか」

「そう、だね。なんだかんだでずっとだね」

「しかもどんどん理由も適当になってくじゃないですか」

「うん」

「だからこれは抗議です! びっくりさせた後、どうして来てくれないのか問い詰めましょう!」

「……そう言われると、なんか私もその気になってきちゃった」

「よかった、じゃあお願いします!」

 

 お兄ちゃんが路上ライブに来てくれない、来られない理由。私はなんとなく分かってる。

きっとマネージャーを引き受けてくれない、引き受けられない理由と一緒だ。

でもどうすればいいのか分からない。私が言っても多分、お兄ちゃんは悩んじゃうだけ。

 

「リョウ先輩もいいですか?」

「……なら郁代、こういうのはどう?」

「えっ!? ははー、それなら驚き二倍ですね! 流石リョウ先輩です!」

 

 それでも言った方がいいのかな。もしかしたら私が気にしすぎてるだけかもしれない。

寒いのが嫌だから来ないだけかもしれない。お兄ちゃん寒いのも暑いのも得意だけど。

花粉症対策で来ないのかもしれない。お兄ちゃん花粉症でも何でもないけど。

そうしてずっとお兄ちゃんのことを考えていたから、急に話かけられて心底驚いた。

 

「じゃあ最後にひとりちゃん!」

「えっわ、私もやるんですか?」

「当然よ! この作戦はひとりちゃんの協力が一番大事なんだから」

 

 私の協力が一番大事。その言葉が私の全身を貫いた。

 

「わ、私いないと駄目ですか?」

「うん! ひとりちゃんがいないとどうにもならないの!」

「……そ、それじゃあ、しょうがないですね、へ、えへ、でへへっ」

 

 私がいないとどうにもならない。再び私に衝撃が走る。

お兄ちゃんのことを考えている場合じゃない。今、私が求められている!

喜多ちゃんに寄せられた期待に応えるため、私の中のやる気が燃え上がろうとしていた。

 

「この子将来大丈夫かな……」

「陛下がなんとかするから平気」

「あっちはあっちで心配なんだよなぁ……」

「そっちは四天王の私がなんとかするから、安心してていいよ」

「一番心配なのがなんか言ってる。というか残り三人誰?」

 

 

 

 その日僕は喜多さんに呼ばれ、開店前のスターリーにお邪魔していた。

電話やメッセージだと難しい、どうしても直接会って話したいことがあるらしい。

いつでも彼女の力になると僕は決めている。そこまで言われて行かない理由は無かった。

 

「今日は先輩に相談というか、報告したいことがあって」

「うん」

「実は、その」

 

 実際に顔を合わせた彼女はどこか気まずそうに、そしてもじもじと何かを迷っていた。

彼女がこうして言い淀む時は大抵、大変な問題かろくでもない話が出てくることが多い。

なんとなく今日は、ろくでもない日のような気がした。そして残念なことにそれは当たった。

 

「ひとりちゃんに、彼氏が出来たみたいなんです!!」

「………………………………………………………………………………………………………………」

 

 ひとりに彼氏。流石に一瞬だけ思考が止まる。

 

「むむむっ、もしかして先輩、信じてませんね?」

「……まあ、うん」

「ちょっと待っててください! 今から証拠見せます!」

 

 喜多さんは携帯を取り出し、鬼のような勢いで操作する。ぼんやりとそれを見て思い出した。

そういえば今日は四月一日、エイプリルフールだ。じゃあこれは喜多さんなりの嘘で冗談か。

 

「これ見てください! ひとりちゃんと彼氏のツーショットです!」

「……………………………………………………………………………………………………これが?」

「そうです! いやぁ彼氏さん、中々綺麗な顔立ちしてますよねー」

 

 喜多さんが僕に見せつけた写真には、青い顔をしたひとりの肩を抱く誰かが映っていた。

動揺はしない。だって加工はしてあるみたいだけれど、どう見ても男装した喜多さんだ。

それを指摘しようとして思いとどまった。これってそのまま言ってもいいんだろうか。

 

 誰も僕には言われたくないだろうけど、嘘なんて大体はバレるものだ。

それもイベントにかこつけて吐く、こういう遊び半分のものならなおさら。

喜多さんがそれを分かっていないはずもない。見破られることくらい予想しているはず。

 

 そもそもエイプリルフールは、冗談交じりの嘘を吐きあって楽しむものらしい。

ある種のイベントやお祭りのようなもの。だとしたらここは乗っかるべきだ。

現に今嘘を吐いている彼女はキタキタと輝いていて、とても楽しそうにニヤニヤしている。

曇らせる必要も無い。わざわざ考えてきてくれたのだから、僕も出来るだけ付き合いたい。

 

「そっか。ひとりに彼氏か……」

「どうです先輩、びっくりしました?」

「びっくりというより、対応に困ってるかな」

 

 本心だ。彼女に付き合うと決めたけれど、そもそも僕は嘘も演技も大根を極めている。

下手に動きを見せれば気付かれていることがバレる。そうすればきっと興ざめだろう。

どうしようか。そうだな、嘘も演技もやめるか。質問という形でこの流れを続けよう。

 

「妹の彼氏……どう接すればいいんだろう?」

「そっち行くんですね。てっきり、彼氏なんて認めーん、みたいになるかと」

「そんなこと言わないよ。ひとりを好きになってくれる人が増えるのは嬉しい」

「うーん、なるほど」

 

 この流れはプランBね、と喜多さんが零した。聞こえないように言って欲しい。

ただそれで、彼女が何かしらの作戦を立てて嘘を吐いていることが分かった。

乗ってあげたいけれど、そうすると僕は不自然になる。しばらく僕のペースにさせてもらおう。

 

「喜多さんは、この人がどういう人なのか知ってる?」

「え、えぇと、まあ、わりと」

「よければ教えて欲しいな。きっと素敵な人だと思うから」

 

 我ながら酷なお願いをしている。聞いた後で気づいた。逆の立場なら僕はとても出来ない。

でも喜多さんはやっぱり大したもので、ほんの少し悩んだだけですぐ滑らかに口を回し始めた。

 

「見ての通り、とっても明るい人ですね! 聞いたところによると、勉強も運動もそこそこ出来て、友達もたくさんいるらしいです! あとはイソスタなんかもやってて、結構フォロワーも多いみたいです!」

 

 自分のことを話しているのに、まったく欠片も照れや躊躇いが感じられない。

自己評価と自己肯定感がとても高い。僕とひとりも見習った方がいいのかな。

 

「そうなんだ。それだけ聞くと、ひとりと合うかちょっと心配になるね」

「でも実は似てるところもあって、二人ともバンドを通じて、じゃなくて、二人ともバンドを一生懸命頑張ってやってます!」

「この人もバンドやってるんだ」

「えっあぁ、まあ、はい!」

「じゃあバンドを通じて知り合ったのかな?」

「仲良くなったのはそうですけど、きっかけはわた、この人が、校内でギター弾いてるひとりちゃんに話しかけたからです。ギターがすっごく上手で、感動しちゃって、あっしちゃったって! それで色々あって仲良しになれました!」

 

 ひとりから喜多さんと出会った経緯はずっと前に聞いている。

それでもこうして本人から聞くと、また違った喜びを感じる。今日来てよかった。

噛み締めてつい質問を止めたからか、彼女は自己紹介を打ち切って僕に問い直そうとする。

 

「どうですか先輩。ひとりちゃんのこと、この人に託せますか?」

「うん、喜多さんなら安心して任せられるよ」

「えっ?」

「あっ」

 

 しまった。思いがけず嬉しいことを聞けて気が緩んだ。うっかり失言してしまった。

喜多さんの大きく見開いた目が、一瞬のうちに細くなる。そこにはどこか鋭い光が宿っていた。

 

「……バレてしまっては仕方ありません」

「えっとね喜多さん、僕は」

「ひとりちゃん、ちょっと来てー!」

 

 僕が何か言い訳をする前に、彼女は大きな声でひとりを呼んでいた。

するとカウンター裏からひょっこりと顔出したひとりが、そのまま歩み寄ってくる。

ずっと気配は感じていたけど、隠れていた理由は分からなかった。喜多さんの作戦の一部らしい。

 

「ひとりちゃん、プランMの時間よ!」

「あっえっ、ほ、本当にやるんですか?」

「当然! ひとりちゃんも先輩のびっくりした顔見たいでしょ?」

「あっ結構見てます」

 

 だから聞こえないようにして欲しい。とにかく喜多さんには、まだ何か作戦があるようだ。

じっとそれを待っていると、二人は僕の前に並んで手を繋ぎ、胸を張って宣言した。

 

「私たち、結婚します!!」

「し、します」

 

 そう来たか。

 

「……結婚って、十八歳からじゃないと出来ないよ」

「そうですね、だから事実婚です!」

「そもそも女の子同士って、日本で結婚出来たかな?」

「分かりません! なので事実婚です!!」

 

 喜多さんが全てを勢いで押し通そうとしてくる。もっと下調べしてから騙しに来て。

こんな文句もこのキラキラとしたドヤ顔の前では無力だ。どんな言葉も意味を持たない。

狙いを変えよう。ひとりに質問したら、この子がどんな返しをしてくれるのか確かめたい。

 

「ひとり、本当に喜多さんと結婚するの?」

「や、病める時も健やかなる時も、ち、誓います!」

「早い早い」

 

 ひとりは嘘とかそれ以前の問題だった。暴走して結婚式の彼方へ向かっている。

それがかえっていつものような態度だから、むしろ逆に真剣味を帯びている。

最初に嘘だと気づいていなければ、少しだけ本当に信じてしまったかもしれない。

 

「もちろん兄さん、私も誓いますよフフフ」

「……貴様のような妹を持った覚えはなーい」

「えー、さっきそういうこと言わないって言ったじゃないですかー」

「ごめん、実はちょっと言ってみたくて」

 

 でも気づけたから、こうしてふざける余裕もある。言ってみたいことも言えて満足した。

ただ楽しいは楽しいけれど、この嘘はいつになったら終わるんだろう。切りどころが見えない。

そんな疑問を隠してひとりと喜多さんと遊んでいると、突然肩を誰かに叩かれた。

 

「な、なあ、話してるところ悪い。今いいか?」

 

 そう僕に話しかける星歌さんは、ゾンビのような青白い顔で冷や汗をかいていた。

 

「もちろんです。……星歌さん顔色凄いです、大丈夫ですか?」

「とりあえずこっち来てくれ。それで分かる」

 

 偽装妹夫婦に一声かけた後、真っ青な星歌さんについて行く。

彼女をここまで動揺させるなんて、いったい何が。いや、なんでもいい。

どんなものであれ、僕に出来ることがあるのなら対処しよう。せめてもの恩返しだ。

そう力んで向かった先で、虹夏さんがリョウさんと腕を組んで立っていた。

 

「私たち、結婚します!」

「しゅ、祝福してねー?」

 

 こっちもか。

 

「い、妹が、妹が3Bの餌食に……」

「落ち着いてください」

「出来るか馬鹿! あ、あのリョウだぞ? 金クズクソヒモ草食ヘタレわがままベーシストのリョウだぞ……!?」

「ぼろぼろ悪口出ますね」

 

 そして僕もそれを否定出来ない。リョウさんにそういう一面があるのは事実だ。

個人としての彼女は好きだけど、同じタイプの人をひとりの結婚相手とは認め辛い。

そう考えると星歌さんの衝撃も納得する。付き合いが長い分、色々と想像してしまうのだろう。

 

「あっ陛下、私たち結婚するからご祝儀とスピーチよろしく」

「ゆ、友人代表のスピーチをー、後藤くんにお願いしたいなー?」

「おめでとう、任せて。ちょっと星歌さん借りるね」

「軽く流された!?」

 

 今にも吐きそうな星歌さんを放ってまで、二人の冗談に付き合う暇は無い。

ふらふらとした彼女を支えながら誘導し、偽装夫婦二組目から離れた椅子に座ってもらった。

そこで顔色を確かめるためにしゃがんで手を握ると、光の無い瞳と目が合った。

 

「……一人、合法的な殺人方法とか知ってる?」

「教えません。しっかりしてください星歌さん、あれは嘘です」

「私だってそう思いたいけど、万が一があるかも」

「それに二人とも女の子同士です」

「だけどほら、最近はそういうのもよくあるって聞くし」

「何よりも今日、エイプリルフールです」

「あっ」

 

 気の抜けた声を星歌さんが上げた。動揺のあまり思い至らなかったらしい。

少しずつ光と温かさが戻るのを確認しながら、僕のいた状況についても説明する。

似たような目に合っていた僕の話を聞けば、きっと彼女も理解が進むはずだ。

 

「僕も星歌さんに呼ばれるまで、喜多さんに似たような嘘を吐かれてました」

「なんか隅っこでやってると思ったら、んなアホなことやってたのか」

「それでさっきひとりも来て、僕も二人に結婚しますって言われました」

「あぁもう完全にグルだな、嘘だな。はー、安心した」

 

 軽い言い方だけど心底安心したようだ。深い深い溜息を吐きながら僕の肩を叩いてくる。

さっきまで本当に心労か何かで倒れそうだったから、赤みの戻ったその顔を見てほっとした。

それもつかの間、星歌さんは緩んでいた眉を再び顰め、偽装夫婦二組を睨み始めた。

 

「……安心したら、なんかムカついてきたな」

「冗談の一種ですし、そんなに怒らなくても」

「にしたって言っていいのと悪いのがあるだろ」

「これってその類なんですか?」

「そうだよ。あー危なかった。危うくリョウの墓用意するところだった」

「お墓用意してあげるなんて、星歌さんはやっぱり優しいですね」

「えっ」

「えっ?」

 

 仮にどうしようもない人が、リョウさんのことではない、ひとりに近付き傷物にしたとしよう。

その場合僕はお墓なんて用意出来ない。もっと狭量で大人げない対応をしてしまうだろう。

今日も星歌さんの優しさを見つけて喜ぶ僕に、彼女はどこか引いたような目を向けていた。

 

「なんか怖いから深掘りはしない。それで一人、お前はどうする?」

「どうって、何をですか?」

「嘘、吐かれっぱなしでいいの?」

 

 ニヤリと、星歌さんは悪戯っぽく口角を釣り上げた。

 

「面白い嘘思いついたから、ちょっと付き合え」

「ご存じでしょうけど、僕は嘘も演技も苦手です」

「知ってる知ってる、私の傍で黙って立ってればいいから」

 

 ほら来な、と言われ、なんとなくそのままついて行く。星歌さんはどんな嘘を吐くんだろう。

ちょっとだけワクワクしながら虹夏さん達のところへ戻ると、二人ともまだくっついていた。

 

「店長の可愛い妹はいただいたぜー」

「い、いただかれちゃったぜー?」

 

 僕が言えることじゃない、じゃないけど、最低の下をくぐり抜ける演技力だ。

よくこれで嘘を吐こうと思ったな。内容ではなくて、その度胸につい感心してしまった。

僕が黙って三文芝居を眺めていると、星歌さんは穏やかに微笑んで二人に祝福を告げた。

 

「そうだな、おめでとう」

「あっあれ? お姉ちゃんお祝いしちゃうの?」

「結婚はめでたいことだろ? それに、私からも言うことあったの思い出した」

「え?」

 

 虹夏さんがそれ以上の言葉を発する前に、星歌さんが強引に僕の肩を抱き寄せた。

揃って目を丸くする目の前の二人、いや遠くも含めて結束バンド四人に、彼女はこう宣言する。

 

「こいつ、私のだから」

「!?!?!?!?」

「もう手出しすんなよ、小娘ども」

 

 いつの間にか僕は星歌さんのものになったらしい。こういう方向性か。

結束バンドがそういう嘘を吐いたから、彼女もそれに合わせることにしたんだろう。

ぼろを出さないよう身動きが取れない僕は、暇つぶしにこの嘘を選んだ理由を考えていた。

 

「えっえっえっえっえっ」

「なっ、ばっ」

「……ほほう」

 

 エラーを起こしたひとり、姉の犯罪に顔を信号にする虹夏さん、感嘆の息を漏らすリョウさん。

三者三様の反応だ。衝撃という意味では、彼女達の嘘を遥かに超えているかもしれない。

その出来に星歌さんは満足したようで、虹夏さんに容赦のない追撃を加えていた。

 

「ほーら虹夏、お兄ちゃんだぞー。確か小さい頃欲しがってたよなー?」

「なっえっちょ、なな、何言ってんの!?」

「私のものってことはそういうことだろ。こいつ、義理の兄貴になるから」

「ばっ、ご、後藤くん! 後藤くんも何か言いなよ!」

 

 結婚を通じて他人が妹に、家族になる。以前までの僕ならありえないと切り捨てていた状況。

でも諦めていた友達も出来た、ありえないことが起きた。なら別のありえないも起こり得る。

もしかしたらいつか、僕も誰かと結婚するかもしれない。そんな可能性が生まれた。

 

 その時相手に兄妹がいれば、その人達は僕の兄妹にもなる。つまり家族になる。

でもこの間喜多さんが妹になろうとした時に分かった、他人を家族と思うのは心底難しい。

それでもその困難からは逃げられない。僕に出来ることは、いつも通り努力を重ねることだけだ。

 

「頑張ります」

「何が!?!?!?」

 

 僕の決意表明に虹夏さんが絶叫した。今日一番の大声だった。

 

 こうして元々混沌としていた場がますます深みを増してきた。収拾つくのかな、これ。

そんな状況の中喜多さんは一人どこか暗い目で、何か独り言をぶつぶつと呟いていた。

 

「………………私とひとりちゃんがくっつくと後藤先輩が兄さんに、兄さんが店長さんとくっつくと伊地知先輩が姉妹に、それで伊地知先輩とリョウ先輩がくっつけば」

「き、喜多ちゃん?」

「名実ともにバンドは家族!! おめでとうございます!!!!」

「お、おう」

 

 全力で祝福されてしまった。まさかの反応に星歌さんも驚きを隠せていない。

その隙に喜多さんはひとりの手を引いたまま僕達に歩み寄り、そのまま頭を下げた。

 

「という訳で兄さん、妹さんを私にください!」

「どうぞ」

「おっお兄ちゃん!?」

 

 どうせエイプリルフールだからと、ひとりを快くお嫁に送り出す。幸せにおなり。

ハンカチを適当に振る僕を見てひとりが体を崩壊させ始めた。そろそろネタ晴らしの時間かな。

タイミングを窺いつつ喜多さんと一緒にひとりを直していると、今度はリョウさんが動いた。

 

「それじゃあ義姉さん、妹を私にちょうだい」

「死ね」

「あれ?」

 

 にべもなく切り捨てられた彼女が首を傾げる。星歌さんは冗談でもお嫁に出したくないらしい。

何が問題なのかは、二人の名誉のためにも考えないことにした。気持ちはよく分かる。

 

 八割方修理を終わらせたところで、虹夏さんがリョウさんから離れ、僕の傍でしゃがんだ。

膝に両手を乗せて僕をちらちらと覗く姿からは、相当の動揺が窺い知れる。

 

「……ね、ねぇ後藤くん、その、ほんとなの?」

「何が?」

「その、お、お姉ちゃんのものとかどうとか」

 

 そう尋ねる彼女の顔は、嘘を吐かれた時よりもずっと赤く青くなっていた。高低差が酷い。

さっきの星歌さんのようだ。そう感じたから、僕は再び同じ対応を取った。

 

「本当に虹夏さんがリョウさんと結婚するなら、そうかもね」

「なっ」

「あーやっぱりバレちゃってますよねー。いつから気づいてました?」

「……写真を見せてくれたところから?」

「初っ端!? もう、それなら最初に言ってよー!」

「せっかく楽しませてくれようとしてるのに、それはちょっと悪いかなって」

「そういうのじゃなかったんですけどねー……」

 

 じゃあどういうのなんだろう。嫌な予感がしたからその疑問は棚に上げた。

 

 

 

 その後結束バンドがスタ練に向かってから少しして、スターリーの入口が開いた。

 

「せんぱーい、今日もシャワー借りに来ましたー!」

「貸さない、来るな、帰れ」

「えぇー!? 先輩ひどーい!」

「酷いのはお前の酒癖だろ」

 

 いつも通りに酔いどれた廣井さんが、星歌さんの厚意に甘えに来ていた。

それをさらりと拒否され彼女は、ウソ泣きをしながら僕の傍に寄ってくる。当然お酒臭い。

彼女は僕にその臭いを擦り付けるように抱き着いて、そのまま耳元で同意を求めてくる。

 

「ねー? 先輩酷いよねー?」

「……オブラートいりますか?」

「私と君の間にそんなのいらないよ!」

「酷いのは廣井さんです」

「ショック!!」

 

 そう言いながら、廣井さんはお酒を口にした。これを酷い酒癖と言うんだろう。

そんな彼女を見て星歌さんが再び口元を歪める。まさか、廣井さんにも言うのかな。

予想は当たっていた。星歌さんは僕から廣井さんを引き剥がし、また嘘を吐いた。

 

「そうだ、お前にも言っておかないとな」

「わっ、えっ、せ、先輩?」

「こいつ私のものだから、もうちょっかい出すなよ」

「………………………………………………………………………………………………え」

 

 アルコールで赤くなっていた顔が、さーっと血の気が引いて青ざめていく。

心配に、可哀想になるほど青白くなった廣井さんが、大慌てで携帯を取り出した。

 

「み、みみ、未成年略取!? つ、つつつ、通報しなきゃ……!」

「……星歌さん、止めた方が」

「大丈夫だ。見ろ、手が震えてまともに操作出来てない」

 

 星歌さんが冷静に指摘する通り、廣井さんは110番すらまともに入力出来ていない。

何度試しても繋がらず、最後に辛うじて時報を鳴らすと力無く床に膝を着いてしまう。

 

「くっ、ごめん一人くん。満足に警察も呼べないお姉さんを許して……」

「久しぶりに可愛げのある姿見たな」

「これ可愛げですか?」

 

 何故かそれを微笑まし気に、満足そうに眺める星歌さんを尻目に、僕は廣井さんに近付いた。

エイプリルフールの嘘は楽しむためのもの。困らせたり悩ませたりするためじゃない。

内実はどうあれここまで落ち込ませてしまうのなら、さっさとネタ晴らしをするべきだ。

 

「廣井さん、エイプリルフールです」

「……へ?」

「あれは星歌さんの冗談です。だから通報しなくても大丈夫ですよ」

 

 ぱちぱちと瞬きを繰り返す間に、失われた血色が少しだけ戻る。

何口かお酒を口にすると完全に真っ赤な顔に、いつもの廣井さんになっていた。

 

「よかったぁ、先輩がとうとう行くとこまで行っちゃったのかと思ったよ~」

「これ、相当荒唐無稽な嘘じゃありませんか?」

「リアリティの無さが逆にあり得るみたいな? 先輩あれだし」

「あれって。そういうのじゃ無いので大丈夫です」

「まあそりゃそうだよね~。はっはっはー…………」

「廣井さん?」

「……いやうん、でも本当に気を付けてね」

「あっはい」

 

 僕と廣井さんのそんな会話を聞いて、星歌さんが心底不満そうにぽつりと呟いた。

 

「……どいつもこいつも、私のこと疑いすぎじゃない?」




次回「春の嵐が来る前に」です。

私事ですが、最近PCの調子が著しく悪いです。
一応今月末までの予約投稿はしてありますが、コメントの返信や誤字脱字修正が滞ってしまったら察してください。
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