ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

72 / 82
感想評価、誤字脱字報告、ここすきありがとうございます。


第二十話「喧嘩は青春の華」

 放課後提案に乗ってくれた虹夏さんと二人で、僕達は例のライブハウスへ向かっていた。

他三人は今日バイトだ。一緒に活動出来るよう、結束バンドのシフトはなるべく固まっている。

というか星歌さんが時折しれっとお願いしてくるから、僕が固まるよう調整している。

その度にお駄賃はいただいているけれど、そもそも僕はスターリーのアルバイトですらない。

これといい確定申告のことといい、もしかして半分くらい僕が店長の仕事をやってるのでは。

 

「私の個性ってなんだと思う?」

 

 そんな戯言を考えていると、虹夏さんが唐突にそんなことを言い出した。

そう問いかけながら僕を見上げる瞳には不安と期待、相反する二つの光が浮かんでいる。

今日の彼女は機嫌が悪い。下手に答えれば大火傷しそうだから、とりあえず探りを入れよう。

 

「個性ってどこの話?」

「なんでもいいよ、見た目でも中身でも」

 

 なんでも。最近よく聞く、言ってしまう言葉だ。相変わらず扱いに困る。

とにかく見た目でもいいらしいから、虹夏さんを上から下までじっと見てみる。

個性、言い換えれば特徴、周りとの差異、目立つところ。色々比較して考える。

 

 まず思いつくのは小柄なこと。周囲と、平均と比べても小さい。怒られるな、ボツ。

この期待のまなざしはきっと、個性は個性でも長所を、素敵なところを求めている。

幸い虹夏さんは魅力的な人だから、適当にどこを取り上げても褒めることは出来る。

それこそシンプルに顔立ちが整っているとか、綺麗な髪をしているとか。

 

 でもそんな簡単な、誰にでも言えるようなことでいいのかな。

虹夏さんなら僕に言われなくても、これくらいの誉め言葉なんて何度も貰っているはず。

それなのにこうして聞いてくるってことは、もっと他の何かを求めてるってことだろう。

どうしよう。言われたらすぐ納得出来て、しかもまだ誰も褒めてなさそうなところ、どこだろう。

 

 そんな迷走の果て、僕は極めて馬鹿みたいな結論に至った。

 

「……アホ毛?」

「そこ!?」

「元気があっていいよね」

「髪に使う言葉かな!?」

 

 見事に不正解を引き当てたらしい。見てて楽しいから、僕は本当に好きなんだけど。

虹夏さんとしては気に入らないようで、頬を膨らませて今朝のような雰囲気を纏い始めた。

このままだと不味そうだ。言い訳も兼ねて、あんなことを言い出した理由を伝える。

 

「他に見た目で個性の話ってなると、普通に褒めるだけになりそうなんだ」

「……じゃあ止めた方がいいね」

「そう?」

「そう。その、反応に困るから」

「それなら中身の方で考えるよ」

「……見た目アホ毛で終わりかー」

 

 困るって言ったのは虹夏さんなのに、どこか不満げにそう零す。これも不正解だったかな。

今更撤回は出来ないから、次の個性、中身の方を褒めてなんとか挽回することにしよう。

ただ、こっちはある意味見た目より繊細な話になる。深く考えるためにまず牽制を入れた。

 

「えっと、やさ」

「あっもう喜多ちゃんが言ったから、優しいと絵が上手いは駄目だよ!」

「もうちょっと待っててください」

「はーい、楽しみにしてまーす」

 

 僕の牽制は一瞬で潰された。喜多さん、出来ればもっと意外性を攻めて欲しかった。

今もスターリーでキターンとしているだろう彼女を、ちょっとだけ恨めしく思ってしまう。

その気持ちが活力になったのか、意外と早く別の個性を虹夏さんに伝えられた。

 

「人望、とか」

「えー、それ個性?」

「立派な個性だよ。虹夏さんの人望無しじゃ、結束バンドは成り立たないから」

 

 まず、ひとりは虹夏さんが声をかけてくれなければ、きっと今頃退学でもしていただろう。

結束バンド云々どころか人生の恩人だ。今は関係ない話だから、この先は割愛する。

次に喜多さん。虹夏さんが彼女の逃亡を許していなければ、彼女は復帰なんて出来ていない。

加えて虹夏さん抜きだと波長の合う相手がいなくて、活動そのものが苦痛になるかもしれない。

最後にリョウさん、彼女は言うまでもない。虹夏さんといない彼女なんて想像も出来ない。

多分どこかで野垂れ死にしているか、誰かに刺されて死んでいる。命が虹夏さんのおかげだ。

そんなことを虹夏さんに説明すると、彼女は手をぱたぱたと振って照れていた。

 

「いやぁ大袈裟じゃない?」

「むしろ控えめに言ってるよ。虹夏さんあっての結束バンドだから」

「えー、そうかなー?」

 

 念押しするよう重ねると、ますます虹夏さんは照れ臭そうに片手を頬に当てて喜ぶ。

ここがチャンスだ。正直なところ、この先ライブハウスで何があるか分からない。

もしかしたら、いや予想が正しければ、彼女はおそらく嫌な思いをすることになる。

 

 そんな時気持ちが萎えていれば、それがそのまま大きな傷になってしまうかもしれない。

だから彼女にはなるべく気持ちを強くもって、心の体力を保ったままでいて欲しい。

そのために僕はこの方向で言葉を続けた。どこまで持っていけるかな。

 

「なんというか、バラバラな人達を支える縁の下の力持ちというか」

「……ん?」

「目立たないけど一番大事な人というか」

「んー?」

「そう、まさに結束バンドの結束バンドというか」

「えーもー、結局地味じゃん私ー。しかもなんか上手いこと言おうとしてるしー」

 

 さっきまでの照れた様子から打って変わって、再び彼女は口を尖らせてしまった。

地味。そこが今回の地雷ポイントだったらしい。ものの見事に僕は踏んでいた。

内心焦りを覚えていると、彼女はそんな僕の顔を覗き込み、今度は何故か破顔する。

 

「でもありがと。なんかちょっと安心した」

 

 見当はずれのことを言って、言葉が足りなくて、加えて地雷まできっちり踏んで。

それでも最後の最後には穏やかに笑ってくれたから、僕もようやく胸をなでおろせた。

 

 

 

 そんな空気を保てたのは、件のライブハウスに着くまでだった。

 

「……」

「……」

 

 結論から言えば、事前に調べた評判はおおよそ合っていた。

ライブハウスに入店した僕達を待っていたのは、バリエーション豊かな観客達。

老若男女が勢ぞろい、服装も全身ビリビリのロックな人から着物で決めた人までいる。

 

 僕と虹夏さんも驚いたけれど、彼らはそれ以上に面食らい合っていた。

どこか緊張感に満ちた静かな空気の中、お互い様子を見るようにちらちらと視線を送る。

とてもライブを楽しめる雰囲気じゃない。全員が全員、軽い症状の時のひとりのようだった。

 

 そしてその空気はライブが始まっても、いや始まることでより強くなっていった。

 

「虹夏さん、この曲って」

「デスメタルだね」

「……さっきのは」

「……レゲエ、だと思う」

「…………最初に聞いたのは」

「…………どう聞いても、演歌だったね」

 

 観客の種類を確認した段階で、ある程度の覚悟は決めていたつもりだった。

でもその想像よりもずっと滅茶苦茶な組み合わせだ。恐ろしく食い合わせが悪い。

その証拠に今懸命に歌っているバンドには悪いけど、いまいち会場が盛り上がっていない。

 

「うわー、なんか怖いね……」

「デスメタだっけ? 頭痛くなりそう」

「ていうかこれ歌? 叫んでるだけじゃない?」

 

 デスメタルは元々聞く人を選ぶジャンルだ。騒音にしか思えない人もいるだろう。

不意打ちで聞かされたら、こんな感想が出てくるのも仕方ないのかもしれない。

 

「……チッ」

 

 そしてそれを聞かされたファンがこんな反応をするのも、また仕方ないのかもしれない。

素肌に革ジャンという、時代と季節を無視した男性が苛立たし気に舌打ちをする。

それから同じような恰好の、恐らくはファン仲間に鋭く目配せをして何か相談し始めた。

何をするつもりだろう。予想がつかないから、念のため虹夏さんを背中に隠した。

 

「……ど、どど、どうするよ。他の観客達、全然盛り上がってねぇぞ!」

「そんな、この神曲でぶち上らねぇ奴がこの世にいんのか!?」

「つってもよ、流石に着物の爺ちゃん婆ちゃんは無理がねぇか? 下手したらそのまま逝くぜ?」

「いや俺デスメタはまったの、祖母ちゃんが目覚ましに流してたからなんだけど」

「ヤベーなお前んち」

 

 見た目よりずっと穏やかな人達だったらしい。これなら物騒なことにはならないだろう。

急だったとはいえ、とても失礼なことをしてしまった。反省して内心彼らへ頭を下げる。

そして更に失礼を重ねることを承知の上で、彼らと他の観客の様子を観察し続ける。

これは未来の結束バンドも陥る状況だ。よく見て把握して、対策を立てる必要がある。

 

 そうしていまいち盛り上がりに欠けたまま、デスメタルバンドの演奏は終了した。

ステージから撤収する演者は心なしか肩を落としていて、ファンも視線が落ちている。

それ以外の観客は逆にどこかほっとしたように、同じファン同士で顔を見合わせていた。

 

 これはライブ終了後の反応としては、最悪の部類と言ってもいいだろう。

演者もファンも満足出来ず、それ以外にはやっと終わってくれた、とまで思われている。

楽しむことも楽しませることも出来ていない。大失敗のライブだ。

 

 ただ、こんな反応になったのは今のバンドが未熟だったから、ではない。

あくまで僕の感想になるけれど、彼らの演奏はデスメタルとしてはとてもよかった。

激情を感じさせる大胆な叩き方をしながらも、丁寧にリズムを刻んでいくドラム。

滅茶苦茶なリフを乗りこなし、お互いに音を高め合っていたツインギター。

幅広い音域を駆使し、地を這うような低音から高音の絶叫までこなすボーカル。

どれも高レベルで、無理にでもひとりを連れてくればよかったかな、と思うほどだった。

 

 にもかかわらずこんな結果になったのは、観客に伝わらなかったのは、今日の構成のせいだ。

ちゃんと相応の、それこそデスメタルバンドだけを集めれば、こんなことにはならなかった。

それを理解しているのか。これを目のあたりにして何を考えているのか。反省しているのか。

確認するために、ついさっき見つけたブッキングマネージャーの方へ視線を向けた。

 

「ふごー、ふごー」

「ちょ、柳さん! さすがに寝るのは不味いですって!」

 

 あの人は駄目そうだ。今も、結束バンドの時にも役には立たないだろう。

 

「……ぐすっ」

 

 虹夏さんも方向は違えど似たような気持ちを、失望を抱いたんだろう。

振り向かずにポケットからハンカチを取り出して、彼女の手にそっと乗せた。

 

「ハンカチ、よければ使って」

「……持ってる」

「そっか。でも出しちゃったから持っててくれる?」

「…………うん」

 

 僕の拙い言い分を聞き入れて、虹夏さんは両手でハンカチを受け取ってくれた。

彼女がそれを目に当てるのを確認してから改めて考える。これからどうしよう。

いや、考える必要も無いな。見るべきものは見られた。確認すべきことは確認出来た。

これ以上ここにいても、ただ虹夏さんが辛い思いを重ねていくだけだ。

 

「出ようか」

 

 鼻を啜りながら頷く彼女の手を引いて、僕達はライブハウスを後にした。

 

 

 

 ライブハウスを出た僕達は、あてもなく池袋を彷徨っていた。なにせ二人とも土地勘が無い。

帰るか、どこか適当なお店に入るか。一瞬迷ったけれど、虹夏さんは今も半泣きでぐずっている。

これだと変に注目を集めてしまうだろうから、もっと人目の少ない、落ち着ける場所を探した。

そして最後には人気のない、どこか寂れた雰囲気の公園に僕達はたどり着いた。

 

「温かくて甘いのと、冷たくて甘いの、どっちがいい?」

「……甘いのしかないの?」

「こういう時は甘いのが一番だから」

「じゃあ、温かいの」

「どうぞ。気を付けてね」

 

 その公園のベンチに項垂れて座る虹夏さんに、自販機で買った飲み物を手渡す。

受け取ったそれを両手で握る彼女は力なく、そしてほんの少しほっとしたように零した。

 

「…………あったかい」

 

 軽く冷ましておいて正解だった。このぼんやりとした感じだと、熱いまま渡したら危なかった。

彼女の様子を注視しながら僕も座る。日が沈んだからか、四月でもベンチはひんやりしている。

温かいの二本でよかったかもしれない。気を紛らわすためにそんな後悔を抱いた。

 

「……どうしよう」

 

 それからしばらく黙って座っていると、虹夏さんがかすれた声で呟いた。

誰かに聞かせるつもりのない、心から、感情から零れ落ちたような言葉だった。

だから僕は何も言わず、ただ彼女が考えたことを、思ったことを受け止め続けた。

 

「私、散々みんなのこと乗せちゃった。お姉ちゃんは止めてくれてたのに、意地張って絶対出るって言って、なのに確認もしないで」

「……」

「もうライブの告知しちゃったし、もうチケットも売っちゃった。もう、もう中止になんて出来ない」

「……」

「あ、あんなところでやったら、みんな気持ちが萎えちゃうかも。せっかくここまで頑張って来たのに、新曲もMVも路上ライブも、一緒に頑張ってこれたのに」

 

 そろそろいいかな。

 

「予行練習になりそうだから、これはこれでいいんじゃない?」

「……え?」

 

 信じられないものを、理解不能なものを見るような、そんな表情で彼女は顔を上げた。

涙で滲む瞳には、今も無表情の僕が映っている。こんな時も動かないのか、こいつ。

僕のことはどうでもいいか。そんなことより彼女を励ますのが、今は何よりも大切なことだ。

 

「未確認ライオットのライブ審査の内容、覚えてる?」

「えっ、う、うん、もちろん」

「じゃあ問題です。ライブ審査には、普通の対バンライブとは大きく違うところが一つあります」

「え、えっ?」

「それはどこでしょう。五秒以内にお答えください」

「え!?」

 

 ごー、よーん、とあえて間延びした声でカウントダウンすると、彼女は慌てて考え始める。

乗ってくれてよかった。ここで流されたら二人揃って膝を抱えることになっていた。

いーーーーち、と出来るだけ伸ばすと、そこでやっと彼女は答えを出してくれた。

 

「す、凄く緊張する?」

「違います。正解は、観客の取り扱いです」

「?」

 

 きょとんと僕を見つめる瞳は、涙を少しの間忘れているようだった。

こんなふざけた言い方をした甲斐はあった。第一目標はとりあえず達成出来た。

次は第二目標だ。通じるか分からないけど、この短い間に立てた理屈を聞いてもらおう。

 

「普通の対バンライブなら盛り上げるのが目的だから、ある意味一緒に演奏するバンドは味方だよね。でもライブ審査は違う。審査員と観客の投票で通過出来るかどうか決まるから、あれは競争、戦いの一種だよ。票の、言ってみればファンの奪い合いになるはず」

 

 僕の長々とした説明に虹夏さんは曖昧に頷いた。もうちょっと頑張ろう。

 

「結束バンドは本格的に活動してからまだ半年ちょっとで、はっきり言うとファンも知名度もまだまだ少ないよね。だから審査を通過するにはそこで新しくファンを増やすか、他から奪わないといけない」

「……?」

「そして次のライブはきっと、畑違いの人をファンに出来ないと成功するのは難しい」

「あっ」

「奪う、とまでは言わないけどね。これって、ライブ審査に似てると思わない?」

 

 途中で声をあげたあたり、虹夏さんも僕の言いたいことを分かってくれたようだ。

ならこれ以上の説明はくどくなるだけ。冗談も混ぜてこの辺で終わりにしよう。

 

「そう考えると、虹夏さんは考え無しなんかじゃないよ。むしろ慧眼、計画的かもしれない」

「…………ふふふっ、なにそれ」

「付け加えると二つ先の審査をもう見てるから、実は凄い自信家なのかもしれない」

「もうっ、分かってて言ってるよね!?」

 

 怒ったふりをする虹夏さんは、あのライブハウスを出てから初めて笑っていた。

未だに目は赤いし潤んだままだけど、少しは落ち着けたみたいだ。やっとちょっと安心。

今なら別の話を、これからの話を進めても、きっと彼女も聞いてくれる。

 

「そういう訳で、今からデータ送るね」

「どういう訳? というか何の?」

「あそこで一緒にライブやるバンド、というより演者の」

 

 メモ帳アプリにまとめていたデータを虹夏さんの携帯に送信する。

演者の名前、ジャンル、当日の順番などなど。軽くしか調べられなかったからその程度しかない。

ずらずらと送られてくるそれらを見て、虹夏さんは再び目を大きく丸くしている。

 

「いつの間にこんなの調べてたの?」

「さっきちょこちょこっと。凄いよね、バンドはもう一組しかいなかったよ」

「……おぉ、しかもまたデスメタル。屍人のカーニバルってごついな」

 

 他は地下アイドルの天使のキューティクルと、臼井さんという方。

地下アイドルの方はともかく、臼井さんについては何も分からなかった。

SNSもやっていなくて、評判も特に見当たらない。最近活動を始めた人なのかもしれない。

 

「臼井さんは置いといて、これで他の客層がなんとなく予想つくと思う」

「アイドルファンとデスメタルファン? うわぁ凄い地獄絵図」

「そこに結束バンドのファンも来るよね」

「地獄」

 

 法被を着て団扇を持つ人と、素肌に革ジャンの人に囲まれる一号二号さんを幻視する。地獄だ。

 

「それでどうやって対策するのかだけど、ごめん、これはちょっと分からない」

「ううん、私も全然思い浮かばないから」

 

 当日は臼井さん、地下アイドル、デスメタル、結束バンドという順番で演奏する。

聴いたことのないセトリだ、想像が追い付かない。対策も同じくついてこれない。

首を傾げても答えは出ない。僕の隣で虹夏さんも同じようなポーズで悩んでいた。

 

「曲の工夫、は難しいから、それ以外だと挨拶とか?」

「つかみは大事って言うもんね。うーん、MCの工夫MCの工夫」

「……漫才はちょっと、あれだから、出来れば止めた方が」

「どうしてそこはいつも辛辣なの!?」

 

 事実を言うだけで辛辣になるのなら、そこはもう虹夏さん達の問題だと思う。

これを言えばますますなんだかんだと文句が出てくるから、そのまま水に流した。

 

「僕達二人だけで考えててもしょうがないし、皆と一緒に考えた方がいいよ」

「あー、そうだよね。言いづらいけど言わないと駄目だよねー……」

「大丈夫。皆びっくりはするだろうけど、萎えたり嫌になったりはしないから」

 

 精々リョウさんが、あとで星歌さんが少し弄ってくるくらいだろう。

喜多さんはどこでもキターンとするし、ひとりはどこでも嫌がるから何も変わらない。

虹夏さんもそれは分かっているだろうけど、どうしても勇気が足りないようだった。

 

「じゃあ、えっと」

「うん」

「その時一緒に来て、一緒に説明してくれる?」

「もちろん」

「ありがとう、よろしくね!」

 

 ぱっと花開くような笑顔を見せた後、彼女は何か思い返すように空を見上げた。

それから突然苦笑いを浮かべたと思うと、次はどこか照れたような笑みで僕を見つめる。

 

「なんかずーっと、後藤くんには手伝ってもらってばっかだね」

「そうかな? そんな大したことはしてないと思うけど」

「してるよ。リョウが引きこもった時は様子を見に行って、面倒まで見てくれてたでしょ。喜多ちゃんのことも、未だによく分からないけど、色々歌のこととか協力してくれてたみたいだし。それに、今日だって」

 

 膝の上で飲み物を転がしながら、彼女はちらちらと僕の様子を窺う。

 

「えっとね、こんなに協力してもらってるのに、ただのファンってのも変だと思うんだ」

「……」

 

 その先は読めたから、何も考えずにいつも通りの言葉を用意した。

 

「だからさ、やっぱりマネージャーやってよ」

「ごめんね、それは出来ない」

 

 未確認ライオットに応募することになって以来、時々言われる、誘われる言葉。

僕が返す言葉はいつも同じで、彼女も残念そうにそっか、とだけ返して諦める。

ずっとそれだけで済んでいた。でも今日は違った、彼女の状態を僕は甘く考えていた。

 

「……なんで?」

 

 さっきまでのやり取りが嘘だったかのように、冷えた言葉だった。

彼女はその温度を保ったまま、詰め寄るように言葉を続けた。

 

「こんなに、こんなにいつも助けてくれてるのに、なんで?」

「ファンで友達だから、皆の力になりたいだけだよ」

「それなら、マネージャーになってもいいでしょ」

「よくないよ」

「なんで? どうしてそういうこと言うの?」

「マネージャーは出来ないから。それに別に、今のままでもいいんじゃないかな?」

「そんなの、中途半端だよ!」

 

 中途半端。内心自分でもずっと思っていて、棘のように刺さり続けていた言葉。

とうとう虹夏さんにまで言われてしまった。情けなくて恥ずかしくてため息が漏れる。

 

「そう、だよね。そう、中途半端は駄目だよね」

「……じゃあ!」

 

 いつかこうなる日が来ると、僕はどこかで予想していたのかもしれない。

それくらいなんてことでもないことを言うかのように、僕は彼女に告げていた。

 

「もう、こういうのはやめるよ」

 

 虹夏さんが凍り付くのを見ないふりして、僕は続けた。

 

「今まで偉そうに口出ししてごめん」

「え、な、まって」

「もうしないように気を付ける。もう何も言わないようにするから」

 

 彼女が呆然と漏らした言葉を遮って、矢継ぎ早に言うべきことだけを並べていく。

その途中で我に返った彼女は、勢いのままベンチから立ち上がり、僕と正面から向かい合った。

今顔は見れない、見たくない。公園に転がる落ち葉へ無意味に視線を移す。

 

「な、なんで、そうなるの!?」

「関係者でもなんでもないのに口を挟むのが、元々どこかおかしかったんだよ」

「なら今からでも、マネージャーでもなんでもなればいいでしょ!?」

「ごめん、それは出来ない」

「……っ! だったらせめて、理由くらい教えて!」

「前ひとりから聞いたと思う。僕は」

「ぼっちちゃんを贔屓するとかなんとか言ってたこと? でもそんなの、どうにだって出来るよ!」

 

 ひとりに伝言してもらったマネージャーを出来ない、唯一皆に伝えられる理由。

元から期待はしていなかったけれど、予想通り虹夏さんにはまったく通用しなかった。

それどころか彼女を更に怒らせ、更にムキにさせて、詰問を重ねる燃料になる。

そして彼女がそれを向けた先は、僕が誰にも踏み込まれたくないところだった。

 

「それとも、他に何かあるの?」

「言えない。…………言いたくない」

 

 ずっと抑えている理由、言い訳、感情。誰であっても、僕はこれを伝える気は無い。

彼女にも家族にも、僕が他人が嫌いなことを知っている星歌さんと廣井さんにもだ。

小さな声で彼女の懇願を拒絶すると、彼女は同じくらい微かな声でぽつりと零した。

 

「……私たちが、駄目なバンドだから?」

「違うよ」

「私がこんなだから?」

「違う」

「じゃあなんで!?」

 

 なんで、なんで、なんで。何度も繰り返される言葉。聞きたくない言葉。

言えないって、言いたくないって何度も何度も言っているのに、彼女は聞いてくれない。

クリスマスに彼女自身が言ったこと、断るのにも結構気を遣う。それも分かってくれない。

自分の不誠実さを棚に上げて、ため息が自然と漏れ出ていく。虹夏さんはしつこい。

 

「…………はぁ」

「ぁ」

「言いたくないって、さっきも言ったよね。いい加減しつこいよ」

「……で、でも! 言ってくれれば、教えてくれれば、私がなんとか出来るかもしれないし」

 

 そして何よりもこの言いぐさが、いや、頭では分かっている、これは虹夏さんの厚意だ、

こんなにも酷く拒絶する僕にわざわざ踏み込んで、その上手まで貸そうとしてくれている。

こうして口論になっている今でさえ、彼女は優しさを僕に見せていた。

 

 そうだ、理解している。これは八つ当たりだ、彼女が知らないのは僕が話さないから。

だけど、それでも、どうしても、彼女の絞り出した言葉がどうしようもないほど癪に障った。

まるで彼女に伝えれば、自分が手伝えばどうにかなるような、解決出来るような口ぶりが。

そしてそんなことは絶対に無いのに、僕の苦痛を、家族の苦労を軽く見られた気がして。

 

「何もしなくていい、これは僕の問題だ。君には関係ない」

 

 だから、そんな言い方をしてしまった。

 

「……っ」

 

 息を呑む音に反射的に顔を上げる。僕を映す彼女の目には涙と、微かな怯えが見えた。

立ち上がろうとした足を、伸ばしかけた手を、かけようとした言葉を全て押さえる。

今何をしようとした。どの口で、どの立場で、原因の僕が何をしていいと?

 

 謝る? 謝ってどうする、話すのか。そんなことは出来ない、したくない。

僕は何もせず、何も出来ず、ただ彼女が目尻に涙が溜まるのを黙って見ているだけ。

やがて彼女は袖で乱暴に自分の目を拭うと、僕をキッと睨んで小さく呟いた。

 

「もう、いい」

 

 そしてもう一度、今度は大きな声で叫んだ。

 

「もういいよ! バカ!!」

 

 その言葉を残して彼女は公園から走り去った。当然追いかけることなんて出来ない。

あの方向は大通り、まっすぐ道なりに進めば駅に着く。あの状態でも迷いはしないはず。

暗くなってきたけどまだ早い、怪しげな人達の働く時間じゃない。女の子一人でも平気。

追わない、送らない言い訳を積み重ねていく。その度に何か不快なものも胸に募っていった。

 

 念のために星歌さんに連絡するべき。もし虹夏さんの帰りが遅れたら彼女も心配する。

リョウさんにも伝えないと。このままだときっと、明日学校で迷惑をかけてしまう。

そうだ、喜多さんにも話さなきゃ。この大事な時期に、虹夏さんを動揺させてしまった。

 

 もちろんひとりを迎えに行った後、あの子にもちゃんと報告しておかないといけない。

そのためにも早く立ち上がらなきゃいけないのに、どうしてか足に力が入らない。

駄目だ、今はまだ動けない。諦めてなんとなく空を見上げる。星は見えなかった。

 

 

 

 それから池袋でのライブの日が来るまで、僕と虹夏さんは一度も口を利かなかった。

当然学校でもだ。彼女と一緒にいるリョウさんとも、ほとんど会話はしなかった。

ただ一度だけチョップと共に、どっちもどっちだから早く済ませてね、とは言われた。

 

 そんな状態でライブに行けるはずもなく、僕はその日何もせずに家でじっと過ごした。

ひとりが教えてくれたところによると、最終的にライブは大成功に終わったらしい。

冒頭のMCで観客の心を掴み、その後の演奏でジャンル違いの人達をも魅了出来たそうだ。

 

 僕が何かをする必要なんてもちろんなかった。分かっていたことを再認識しただけだ。

安心すべきなのに、誇らしく思うべきなのに、どこか寂しく思う自分を恥じる。何を今更。

僕はいなくても大丈夫、何の問題も無い。僕は必要ない。それをもう一度強く刻んだ。

 

 

 

 そしてその次の週、ひとりが僕の腕を取って何度目か分からないお願いをする。

 

「お兄ちゃんも一緒に遊園地行こう?」

「行かない。行く理由が無いよ」

 

 スターリースタッフの慰安兼池袋でのライブ打ち上げのため、週末よみ瓜ランドへ行くらしい。

ただでさえ他人が多い、僕にとって面倒な場所。なにより今は虹夏さんと会いたくない。

リョウさんとも喜多さんともだ。行かない、行きたくない理由だけがいくつも重なっている。

いくらひとりのお願いだとしても、行こうという気持ちは欠片も浮かんでこなかった。

 

「……どうしても?」

「どうしても。ひとりは楽しんできて」

「………………………………………………………………………分かった」

 

 全身から渋々としたオーラを出しながら、やっとひとりが僕のことを放してくれた。

この子が心配してくれているのは分かる。迷惑をかけているのは申し訳なく思っている。

でも今虹夏さんとの間にあるのは譲れない一線だ。僕はあれを超える訳にはいかない。

 

 僕から手を離したひとりは、鞄から唐突に自分の財布を取り出した。

そこから何かを取り出すと今度は机に向かう。何のつもりか分からない。

聞くべきか藪蛇か。考えを進める前に、ひとりが再び僕の前に立ち上がった。

 

「お兄ちゃん」

「ひとり、だから僕は」

「こっこれ、お願いします!」

 

 そう言ってひとりが僕の胸に押し付けたのは、予想もしていなかった物だった。

毎年一枚だけあげている、もう今年の分は使って無いはずの、何でも言うこと聞く券。

これはずっとひとりが隠し持っていた、いざという時用の最終手段。人生最後の命綱。

 

『一緒に遊園地来てください』

 

 そこにはただ一文、それだけが書かれていた。




こういう話は早めに済ませたほうがいいらしいので、
次回「決戦の遊園地」を水曜日に、
次々回「大天使の宣戦布告」を土曜日に投稿します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。