ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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第二十一話「決戦の遊園地」

 太陽の中で僕は夕暮れが一番好きだ。

一日が終わったという達成感、家に帰れるという解放感。家族の顔を見られる安心感。

そんな後ろ向きな考えだけじゃない。どこか寂しいけれど落ちつく、あの美しい光も好きだ。

 

 その夕日の差す観覧車の中、好きな光に包まれているはずの僕はどうしようもなく揺れていた。

 

「は、話してくれるまで、放さない」

 

 そう脅すように告げる虹夏さんは宣言通り、僕を逃がさないように抱き締めてくる。

いつかの休みの日のような、あれよりもずっと現実感の無い状態。混乱が収まらない。

何をどうしていいのか、何がしたいのか分からない僕は、代わりに今日のこれまでを思い返した。

 

 

 

 慰安兼打ち上げ場所の遊園地、よみ瓜ランドに着いて早々大人三人が堂々と声を上げた。

 

「しんどい」

「だるい」

「吐きそう」

「やさぐれ三銃士! せ、先輩、なんとか言ってください!」

 

 黒くて青い顔色と発言を前に、喜多さんは人生の終焉を見たような顔で叫んでいた。

それから僕へ助けを求めるように駆け寄って来る。申し訳ないけど期待には応えられない。

 

「帰りたい」

「先輩までやさぐれてる!?」

「やさぐれ四天王」

 

 人が多い場所はとにかく気を遣う。それがこういう行楽地ならなおさらだ。

他人が嫌いな僕だけど、別に苦しんで欲しいわけでも不幸になって欲しいわけでもない。

とりわけ幸せそうな家族連れには、出来る限りそのまま今日を楽しく過ごしてほしい。

何より今日は虹夏さんとのことで気まずい。何が言いたいかというと帰りたかった。

 

「……聞いてた話よりずっと重症ですね」

「虹夏は分かってたけど、陛下も思ってたより面倒だった」

「あっ兄がすみません……」

「二人の問題だから、ぼっちが謝ることじゃないよ」

 

 こそこそ固まって何かを話し合う三人を、虹夏さんが寂しそうに眺めていた。

仲間外れみたいになってるからかな。多分僕達のことを話してるからだと思う。

どうしよう。いつもならここで僕から話しかけるけど、声をかけてもいいのかな。

 

「……!」

 

 迷って悩んで、一歩踏み出そうとしたところで彼女に気づかれた。

 

「ふ、ふんっ、つーん」

 

 どこかの大槻さんのような振る舞いをしながら、虹夏さんは僕から顔を逸らす。

今声をかけても駄目そうだ。そんな言い訳を用意しながら、浮いた足を元に戻す。

 

「なんであいつ、あそこまであざとく育ったんだろうな……」

「店長の妹だからじゃないですか?」

「おい、どういう意味だ?」

 

 一人手持ち無沙汰で本当に帰りたくなった頃、何かが僕に覆い被さってくる。

すっかり慣れてしまったお酒の匂いとともに、廣井さんが肩口から顔を覗かせた。

 

「一人くん今日元気無いね。二日酔い?」

「未成年です。元気が無いのは、多分気のせいです」

「そっか。じゃあお姉さんと一緒にお酒飲もうか!」

「じゃあってなんですか、じゃあって」

 

 お酒を飲むのはありえないとして、廣井さんと一緒にいるのはいいかもしれない。

今虹夏さんと一緒にいるのはとても気まずい。どうすればいいのかまったく分からない。

どうしたいのかも分からない。自分のことなのに、僕は何も分かっていなかった。

 

「先輩は、こっちです!」

 

 廣井さんに誘われるまま動こうとした僕を、喜多さんはそう言って引き留める。

こっち。結束バンド皆と遊ぼうってことだろう。気持ちは嬉しいけれど行きにくい。

彼女からすればそれもお見通しのようで、それでも僕を説得しようとしていた。

 

「喜多さん、分かってると思うけど今日は」

「それでも来てください! 先輩はこっち来ないと危ないです!」

「危ないって、何が?」

「そ、その、なにか吸われちゃいますよ!? 若さとか!!」

 

 喜多さんの何気ない言葉が大人達の胸を貫いた。

 

「んなもん吸わねーよ、てか吸えねーよ……」

「吸えるものなら吸いたいですよね……」

「私たちが吸えるのは、精々お酒とタバコくらいだよ……」

「し、真やさぐれ三銃士……」

 

 その衝撃は大人三人のやさぐれを急速にインフレさせ、僕のそれを置き去りにした。

それからは空元気に酒盛りを始めてしまったから、もう完全について行けない。

途方に暮れて三人組を眺める僕に、虹夏さんがそっぽを向きながら小さく呟く。

 

「……来たいなら、来ればいいんじゃない」

「いいの?」

「……別に、私がどうこう言うことじゃないし」

 

 

 

 虹夏さんの許しをもらったから、結束バンドの最後尾について歩く。

大人達はお酒と仲良く遊ぶらしいので置いてきた。今日は廣井さんが三人もいる。

そうして園内を進んでいると、謎の着ぐるみが僕達の前に姿を現した。

燕尾服を優雅に着こなす紳士的なイノシシ、この遊園地のマスコット瓜ボーだ。

 

「あっあそこに瓜ボーいるよ!」

「私イソスタ用の写真撮りたいです! ひとりちゃん、伊地知先輩、一緒にお願いします!」

「えっあっわ、私もですか?」

 

 イソスタモンスターと化した喜多さんに、ひとりと虹夏さんが引きずられていく。

位置、角度、場所等、あらゆる要素を考慮し写真を撮り続ける彼女はプロさながらだった。

付き合わされて体力を削られていく二人を眺めていると、不意にリョウさんが僕の袖を引いた。

 

「今日中にケリつけてね」

「……」

「こういうこと言うと虹夏は意固地になるけど、陛下は違うでしょ?」

 

 意固地にはなっていない、と思う。譲れない一線があるだけ、いやこれがそうなのかな。

無駄にリョウさんを悩ませてもしょうがないから、その疑問は胸にしまった。

代わりに虹夏さんをよく知る彼女へ、何か打開策を求めて相談をさせてもらう。

 

「でも、どうすればいいのかな」

「虹夏が聞きたいこと、話せばいいんじゃない?」

「それは言いたくない」

「じゃあ分からない。お手上げ」

「リョウさんでそれなら、僕はますますお手上げかな」

「でも頑張って。私は早く前みたいに、面白美味しくお昼を食べたい」

 

 今でも僕と一緒にお昼を食べたいと、一緒にいたいと言ってくれている。

彼女の気持ちと言葉は途轍もなく嬉しかった。だからこそ手ごたえが無いことが申し訳ない。

その上一つ、余計な思い上がりと心配まで浮かんでしまう。

 

「……リョウさんは僕に」

「陛下に?」

「ううん、ごめん。何でもない」

「私はどっちでもいい」

 

 僕の中途半端な質問に、彼女は正面から答えてくれた。

 

「やりたければやればいいし、やりたくないならそれはそれで」

「そっか」

「陛下の好きにするのが一番だよ」

 

 そこで言葉を区切って彼女は遠くを、何かを懐かしむように見上げる。

 

「無理にやらせても、結局バラバラになるだけだから」

 

 薄く微笑んで僕にそう告げる彼女は、どこか寂しげにも見えた。

 

 

 

 一つ目のアトラクション、お化け屋敷にたどり着くと喜多さんが見るからにそわそわし始めた。

何か企んでいるらしい。誰もまったく触れないから、いつも通り虹夏さんが代表して踏み込む。

 

「で喜多ちゃん、それ何?」

「クジです!」

「なんの?」

「もちろんペア決めのです!」

 

 そう高らかに宣言する喜多さんはとてもキタキタ、いやニヤニヤしていた。

その時点でもう嫌な予感がしていた。今思えばあそこで何か言うか、いっそ止めればよかった。

虹夏さんの手前大人しくしておこう。そんな甘えた考えの結果がこれだ。

 

「……」

「……」

 

 僕と虹夏さんは見事ペアになり、お手本のように気まずい空気でお化け屋敷を進んでいた。

明らかに何か仕組まれていた。だってくじ引いた後、喜多さんガッツポーズしてたし。

でもそんな過ぎたことを気にしてもしょうがない。今はこの気まずさをなんとかしたい。

 

「……虹夏さんは確か、こういうの苦手だったよね」

「……心配しなくても平気だよ」

 

 話をまくらごと打ち切って、虹夏さんは僕から顔を背けたままずんすんと歩いて行く。

僕の心配をよそに進めるのはいいけれど、そろそろビックリポイントが来そうだ。

特にあそこ、あのこれ見よがしに配置してある井戸なんて、何も無ければ逆におかしい。

 

「……さら」

「………………………………………さらって何?」

「何も言ってないよ」

「え、じゃあ」

 

 彼女が僕へ振り返ろうとしたその瞬間、あの井戸からぬるりと人影が躍り出る。

その人影、幽霊役のスタッフさんは、凍り付く虹夏さんへ影のように囁いた。

 

「お皿一枚、一枚足りない」

「ひっ」

「どこ、私のお皿。私のお皿はどこ……?」

「きゃ、きゃああああああああああああああ!!」

「……」

 

 両手を挙げて悲鳴をあげる虹夏さんを見て、その幽霊は成仏しそうなほど満足げに頷いていた。

その後僕の方へ振り向いたから、しっかり目を逸らす。じゃないと幽霊が死んでしまう。

でも失礼な気がしたから会釈をすると、向こうも返してくれた。幽霊としてそれはいいのかな。

 

 役目を果たした幽霊が井戸の中へするすると戻るのを確認して、僕は虹夏さんに歩み寄った。

 

「……僕が前歩くからついてきて」

「……な、なんで?」

「えっと、そうすれば怖くない、よね?」

「こ、怖くないから。別に、平気っ」

 

 意地に、意固地になってそう宣言した彼女は、なおも一人お化け屋敷を進む。

ただ、その勢いはさっきと比べ格段に落ちていた。右手と右足が同時に出ている。

その上注意力も落ちたようで、さっきよりも見え見えの罠に彼女はまったく気がつかなかった。

 

「うらめしや~」

「に゛ゃああああああ!!」

 

 曲がり角からずっと僕達を待ちわびていた幽霊が、突然虹夏さんの前に躍り出る。

腰を抜かしかねない、凄くいいリアクションだ。スタッフさんも驚かせ甲斐あるだろうな。

スキップしながら立ち去る幽霊を見て、足見せてもいいのかな、なんて余計な心配をした。

それはどうでもいいか。駄目で元々、もう一度だけ彼女に提案してみよう。

 

「えっと、やっぱり僕が」

「……い、いい! 大丈夫だからっ!!」

 

 それでも彼女は僕を頼ることなく、震えた足で前に前にと進んで行く。

結局彼女は何度も何度も悲鳴をあげながらも、なんだかんだ一人でお化け屋敷を完走した。

 

「作戦失敗、ですね。むむむっ、結構自信あったんだけどなぁ」

「虹夏があんなに根性出すとは思わなかった。ところでぼっち、そろそろ帰って来て」

「……うぇっ!? あっす、すみません! こ、ここは?」

「もう外よ、安心して。ふふっ、なーんだひとりちゃん、そんなにお化け屋敷怖かったの?」

「えっ!? あっじゃあ私、怖いのでお化け屋敷に戻ってますね……」

「外のが怖いの!?」

 

 

 

 その後もジェットコースターをはじめとしたアトラクションで、皆は何かしていたようだ。

クジの細工やら何やら、きっと僕と虹夏さんが仲直り出来るように色々と試してくれていた。

そのどれもを僕の無力で無駄にした後、僕は大人三人組と合流しようとしていた。

 

「あれ、一人くんどうしたのー?」

「皆アシカショーを見に行くらしいので、一旦別れました」

「なんだ、お前そういうの嫌いなのか?」

「嫌いではありません。ただ」

 

 ジミヘン以外の動物は特に好きでも嫌いでもない。他人と違って思うところもない。

ただ一つだけ、問題はいつも通りあった。僕が行けば大事故大惨事が起こり得る。

 

「僕が見に行くと、アシカの水死体ショーになる確率が高いので」

「……それはちょっと、マニアックがすぎるな」

「なので少しの間お邪魔させてください」

「いいよいいよー、ここ座って!」

 

 廣井さんが空けてくれたスペースに腰を下ろす。ずっと緊張していたからなんだか疲れた。

そんな僕へ気遣うような視線を向けながらも、星歌さんが曖昧な口調で呼んでくる。

 

「それで一人、その、どうだ?」

「何がですか?」

「いやお前そりゃ、なぁ?」

 

 彼女の聞きたいことは分かる。虹夏さんとどうなったか。それでも僕は誤魔化した。

状況は朝とほとんど変わっていない。同じように僕は、未だに自分の気持ちも分かっていない。

困ったように頬をかく彼女から顔を逸らすと、その先には真っ赤な顔の廣井さんが待ち受けていた

 

「聞いたよー、妹ちゃんと喧嘩してるらしいじゃん!」

「おま」

「一人くん喧嘩なんて出来たんだねー。お姉さんちょっと安心しちゃった!」

「……安心するところなんですか?」

「するよ、するするー。そうですよねーせんぱーい!」

 

 喧嘩なんてしない方がずっといいはずで、それで安心する理由が分からない。

心からの疑問に廣井さんは適当に何度も頷いた後、星歌さんに同意を迫った。

その彼女とは言うと、明らかにピンと来ていない様子で腕を組み首を傾げていた。

 

「……いや、喧嘩なんて誰にでも売れるだろ?」

「あー先輩喧嘩っ早いからなぁ。んじゃPAちゃんはどう?」

「えぇ、ここで私に振るんですか……?」

 

 かなり雑に振られたのにも関わらず、PAさんは真面目に考えてくれた。

やがて袖の中で指を振りながら、僕に向かって教え込むように語り始める。

 

「うーんとそうですね。喧嘩なんて相手に興味が無いと出来ないから、とかでいいんですか?」

「それはどういう」

「例えば後藤くん、何か意見が食い違ったとして、私と喧嘩しようと思いますか?」

「……」

 

 目を逸らすしかなかった。

 

「ふふふっ、予想通りでもちょっと傷つきますね」

「その、PAさんのことが嫌いとかそういうのではなくて」

「面倒だし別にいいかって、流せてしまうんですよね」

 

 とんでもなく失礼なことを承知の上で、彼女の言葉に頷いた。今嘘は吐けない。

彼女の言う通りだ。人の意見を、気持ちを変えるのには酷く体力と時間を使う。

大切な人ならともかく、どうでもいい相手にそこまでする気にはとてもなれない。

 

「喧嘩って相手に向かい合わないといけませんけど、それってすっごくエネルギーがいるじゃないですか。こっちの気持ちを思い切りぶつける分、相手の気持ちも思い切りぶつけられますし。そんな疲れること、どうでもいい相手にやろうなんて考えません。それに気持ちをぶつけるのって、良くも悪くも相手を想ってないと出来ないことですよ」

「……」

「まあ喧嘩を売るのが生き甲斐の人もいますけど、後藤くんはそういう子じゃないでしょう?」

「そう、ですね」

「だから後藤くんが喧嘩を出来るってことは、それだけ相手を想っているってことなんじゃないかと」

 

 PAさんがそう締めると誰も何も言わず、僕達三人は黙って彼女のことをじっと見ていた。

その不気味な無反応に彼女はじりじりと退き、ビールを一口飲んで僕達へ目配せする。

 

「……あの、せめて何か反応をいただけると」

「お前説教とか出来たんだな……そこにびっくりしたわ……」

「失礼すぎません?」

 

 あまりにもあんまりな発言に、PAさんもさすがに抗議の声を上げていた。

その様子を眺めながら彼女の話を、虹夏さんと喧嘩したことの意味を僕は考えていた。

想ってないと喧嘩なんて出来ない、その通りだと思う。今まで家族以外としたことなんてなかった。

 

 あの日譲れなかったこと、彼女の言葉が気に障ったこと、今日も引きずっていること。

そのどれもが僕が彼女を大切に想っている証拠。そう改めて感じる、彼女は僕の大事な友達だ。

 

「どうすればいいのかは分かりませんけど、やりたいことは分かりました」

「よければ聞かせてもらってもいいですか?」

「虹夏さんと仲直りしたいです」

 

 僕と彼女が揉めた理由、マネージャーをやるかやらないか。その理由を言うか言わないか。

今もやれないし言わないし言いたくもない。ここが譲れない以上、根本的な解決は難しい。

それでも、だとしても、我儘だと分かっていても、虹夏さんとは仲直りがしたかった。

 

「それでその、どうすればいいのか、一緒に考えてもらってもいいですか?」

「乗りかかった船です。もちろんいいですよ」

「ありがとうございます。こういう場合、まず謝った方がいいんでしょうか?」

「悪手ですね。下手に謝罪から入ると、逆に燃え上がる可能性があります」

「なるほど。じゃあやっぱりじっくりと話した方が」

 

 友達との喧嘩なんて初めてで、僕の相談はまとまりがなくて恐ろしく拙いものだったはず。

それでもPAさんは最後まで話を聞いて、その上アドバイスまで都度加えてくれた。

また恩を感じる他人が増えてしまった。気づけばもう両手じゃ足りないくらいだ。

 

「……あれ、なんか私のポジションが取られた気がする」

「まあまあ先輩、別にいいじゃないですか! とにかくお酒飲みましょう!」

「……そうだな、飲むか!!」

 

 

 

 虹夏さんと仲直りする。そう決めたのはいいものの、僕は未だ決定打を打てていない。

あれやこれやとしている間に時間は過ぎ、最後のアトラクション、観覧車まで来てしまった。

 

「やっぱり遊園地の締めと言えば観覧車です!」

「……これもクジあるの?」

「これは用意してないですね」

「でもこれ、四人乗りって書いてあるよ?」

「そこはほら、詰め込めばなんとかなりますよ!」

「安全保障に喧嘩売ってる」

 

 観覧車の乗り場には遊園地のスタッフさんがいるから、そんなことしたら止められる。

喜多さんもそのくらい分かっているはずなのに、それ以上は触れず楽しそうに順番を待っていた。

そうしてとうとう僕達の番が来ると、彼女はまず僕を観覧車へ乗せようとする。

 

「じゃあ先輩から乗ってください!」

「え、僕から?」

「こういうのは大きい人から乗る物ですよ」

「なるほど。レジ袋に入れる時とかもそうだよね」

「例えが主婦! ……はっ」

 

 今日も虹夏さんの芸人魂に触れるとツッコミはしてもらえる。でもそれ以上が出来ていない。

どうすればいいんだろう。何度目か分からない問いとともに、言われるがまま観覧車へ乗り込む。

大人しく座って待っていると、今度はリョウさんが虹夏さんに指示を出していた。

 

「次、虹夏乗って」

「えっ? 大きさで言うなら次はリョウじゃ」

「大きいの入れた後は、小さいので調整するから」

「なんだとぅ……」

 

 リョウさんを鋭く睨みながら虹夏さんが観覧車に乗り、僕と対称の位置へ座り込む。

彼女は一度僕へちらりと視線を向けた後、落ち着かなさそうに扉の方を向く。目も顔も合わない。

本当にどうすればいいんだろう。途方に暮れる中、喜多さんがとんでもないことを言い出した。

 

「私たちは三人で乗るので、スタッフさんお願いします!」

「かしこまりましたー」

「えっ」

「なっ」

 

 またやられた。これもさっきまでのクジとかと同じ、僕達を仲直りさせるための作戦。

だとしてもこれは厳しい。今虹夏さんと二人きりにされても、きっとまた上手くいかない。

彼女も僕と二人きりなんてたまったものじゃないのか、慌てて立ち上がり外へ出ようとした。

 

「ちょ、ちょっと待って、これは」

「に、虹夏ちゃん!」

「……ぼっちちゃん?」

 

 その時ひとりが扉の前に立ちはだかり、僕達が何かをする間もなく頭を下げた。

 

「お、お兄ちゃんを、お願いします!」

 

 その言葉と姿にあっけにとられた虹夏さんは、僕はまったく動けない。

スタッフのお姉さんはその隙に手早く観覧車の扉を閉めて、にこやかに声をかけてくる。

 

「ごゆっくりどうぞー」

 

 なんか違うニュアンスが含まれていた気がしたけれど、それに触れる余裕は無かった。

 

 

 

「……」

「……」

 

 気まずい。

 

「……」

「……」

 

 観覧車に乗って数分が経つけれど、その間も会話なんて何一つない。

虹夏さんはずっと窓から景色を眺めていて、目を合わせることも顔を見ることも出来ていない。

いや、出来ていないじゃない。この状況はひとりが、皆が見るに見かねて作ってくれたもの。

僕が遊園地に来れたのも、今ここにいるのも皆の優しさのおかげ。それに応えなきゃ。

その一心で虹夏さんに向かって声を絞り出した。多分、今までで一番か細い声だった。

 

「あの、虹夏さん」

「……何?」

「仲直りがしたい、です」

「え?」

 

 あまりにも率直すぎる僕の言葉に、虹夏さんは顔を逸らすことを忘れてぽかんとしていた。

 

「虹夏さんが聞きたいことは話せない、話したくない。それでも、前みたいに仲良くしたい」

「……」

「ごめん、虫のいい話なのは分かってる。だけど」

 

 下手な小細工や言い訳はかえって怒らせるだけ、ありのままの気持ちを伝えた方がいい。

PAさんに相談に乗ってもらった結果、結局正面から話すのが一番という結論になった。

僕のそんな子供染みた懇願を聞いて、虹夏さんが思い切りため息を吐く。

 

「……後藤くんって、ほんとずるいところあるよね」

「えっ今のどこかずるしてた?」

「そうなんだけどそうじゃないというか。そういうところというか」

 

 よく分からないことを彼女は言う。詳しく聞きたいけれど、今はそんな状況じゃない。

だから黙って話を待つ。もう一度深いため息を吐いた後、彼女は景色を眺めながら続けた。

 

「あのね、私だってもちろん、前みたいにしたいよ」

「それなら」

「でも分かんなくて怖いんだ」

 

 その時視線が僕に戻って来る。そこには確かに、どこか恐れと不安が滲んでいた。

 

「いつもは優しく手伝ってくれるのに、マネージャーだけはどうしてやってくれないのか」

「だからそれは」

「言いたくないのはもう分かってるよ。だから、その理由だけでも」

「それも言いたくない」

「でも教えてくれないと、どうにも出来ないでしょ!?」

「大丈夫、どうもしなくていいよ。前も言ったけどこれは僕の問題で、虹夏さんには全然関係ないことだから」

「……っ!」

 

 僕の言葉の何が気に食わなかったのか、彼女の目が星歌さんのように吊り上がる。

そして怒りのまま何か言いたげに立ち上がった瞬間、観覧車が突然動きを止めた。

 

「わっ」

 

 感情のままに動いた彼女に踏ん張る余力なんて残っていなくて、当然のようにバランスを崩す。

いつかのように受け止めようと反射的に体が動く。でも僕もあの日と違って冷静じゃなかった。

気まずさのあまり観覧車の大きさを忘れていたのか、勢いよく立ち上がり頭を思い切りぶつける。

 

 そこに虹夏さんが突っ込んで来たから、とても受け止めきれずに僕も体勢を崩す。

そのまま一度座っていた席に衝突し、それから滑るように二人揃って床に落ちて行った

凄まじく頭と腰と背中が痛い。けれど胸の中の彼女は瞬きを繰り返すだけで痛がる様子は無い。

一応当初の目標は達成出来た。安心する僕とは対照的に、彼女は慌てて僕の頭に手を伸ばす。

 

「ご、後藤くん大丈夫!? な、なんか凄い音してたよ?」

「……平気。虹夏さんこそどこか痛いところとかない?」

「あっ! だ、大丈夫です……」

「ならよかった」

 

 敬語はスルーした。前も何故かそうだったけど、その時も教えてもらえなかった。

抱き止めた虹夏さんをそのままに、窓から外の様子を窺う。特に乗る前と変化は無い。

街の電気は点いているし、園内の人々にも焦った様子は無い。地震や停電じゃなさそうだ。

 

『大変申し訳ございません。電気系統の安全確認のため、一時的に停止いたします』

 

 答えはアナウンスから振ってきた。観覧車自体にトラブルが起こったらしい。

 

「きゅ、急に電気トラブルって、どうしたんだろうね」

「ひとりが溶けて、電気系統に絡みでもしたのかな?」

「否定しきれないこと言うのやめて……」

 

 遊園地という陽キャ、リア充、カップル、幸せの巣窟。ひとりの天敵が集う場所。

今の今まで人の形を保っていたことが奇跡。観覧車に乗って気が抜けたのかもしれない。

それで溶けてずるずると、とか。いやありえない話だ、多分、きっと、うん。

 

「しばらく動かなそうだから、今のうちに座り直した方が」

「……」

「虹夏さん?」

 

 当然の提案をした僕を無視して、虹夏さんは僕の頭に置いていた手を背中に回した。

そのまま力を入れて、顔も僕の体に寄せてくる。有体に言えば、突然僕のことを抱き締めてきた。

意図が分からず読めず困惑のまま彼女を呼ぶと、やがておずおずと何かを口にする。

 

「は、話してくれるまで、放さない」

「……えっ?」

「後藤くんが理由話してくれないと、私も放さない!」

 

 虹夏さんが壊れた。

 

「放さないって、観覧車降りるまで?」

「そ、そうだよ。ずっと、ずっとこうしてるから」

「それなら降りるまで黙ってるから、意味無いと思うけど」

「……この観覧車の説明、読んだ?」

「一通りは」

 

 看板とかポスターとか、文字があるとなんとなく目で追ってしまう。

観覧車に並んでいる途中、説明や注意事項があったから自然とそれも読んでいた。

僕の返事に虹夏さんはぎこちなく頷くと、それ以上に硬い声と表情で問いを続ける。

 

「それでその、そういうことが禁止されてるってのも、見た?」

「どれのこと?」

「………………その、イチャイチャ的な」

「えっと、あぁ、うん、一応」

 

 彼女がここまで言い淀むイチャイチャ的なこと、恐らくはいわゆる性的な何かのことだろう。

もちろん明記はされていなかったけれど、禁止事項の内、風紀や秩序を乱す行為に含まれるはず。

でもそれがどうしたって言うんだろう。どう考えても僕達にはまるで関係の無いことだ。

 

「こ、ここ、こんな格好してるところ見られたら、そういう誤解されちゃうかもね?」

「このくらいなら、ただくっついてるくらいじゃされないと思う」

「で、でも、私が言っちゃったら!?」

 

 言う、何を、性的云々、あぁ、襲われてますとかそういうことかな。脅しの類か。

それなら確かにこの体勢、状況証拠と手や服についた繊維で色々問題を起こせそうだ。

法的なことは難しくても僕を社会的に貶めるのは簡単、やり方次第では殺すことも出来る。

そしてその場合、被害は僕だけにとどまらない。また家族を僕のせいで傷つけることになる。

そのつもりなら本気で抵抗しよう。そう思った矢先、彼女がとんでもないことを言い出した。

 

「わ、私が、この人を襲ってますって!!」

「えっ」

 

 予想だにしていなかった犯行宣言に、警戒心を忘れてつい声を漏らしてしまう。

そんな僕を置き去りに、虹夏さんは真っ赤な顔で目をぐるぐるとさせながら言葉を並べ続けた。

 

「襲ってるのは私だから、怒られるのも私!」

「虹夏さん、ちょっと落ち着いて」

「が、学校にも連絡行っちゃうかも。うちの学校厳しいから、こ、こんなことしたって知られたら停学とか、もしかしたら退学とか」

「いやそこまでは」

「男の子を襲って退学になったとか、そんなことになったらご近所で噂になっちゃうよね、きっと。そ、そうしたらもう、二度と表なんて歩けないよ」

 

 壊れた虹夏さんが滅茶苦茶なことを言っている。僕の制止はまるで届かない。

無理やり止めようとすれば、狭い観覧車の中ではどうあっても彼女に痛い思いをさせてしまう。

そうして手と言葉の置き場に困っていると、不意に彼女はひっそりとした声を出す。

 

「だから、だからね後藤くん」

 

 そう言って、不安そうに僕を見上げる。

 

「あたしのことを助けてくれるなら」

 

 ぎゅっと、僕を抱く腕を強くする。

 

「あたしのことを大切に想ってるなら、後藤くんのことを教えて」

 

 今日はやられてばかりだ。教えるまでも無く、彼女はもう僕のことをよく理解してくれていた。

そうじゃないとこんな馬鹿なこと、自分を人質にするなんて変な手段、普通は取らない。

そうだ、彼女が今僕に向けているのは脅しなんかじゃない。何よりも耐え難い信頼だった。

 

「……はぁ」

「ぁ」

 

 一つ、重いため息を吐く。虹夏さんが身を硬くするのが伝わった。

心が揺れてしまうから、それを無視して一度目を閉じ考える。僕はどうすればいいのか。

とっくに結論は出ていた。変えようがなかった。どちらが大切かなんて比べるまでも無い。

 

「虹夏さんがこんなに卑怯な人だったなんて、全然知らなかった」

「女の子にはみんな、そういうところがあるんだよ?」

「いい勉強になったよ。次は、次があったら、もう乗らないようにする」

「……それじゃあ!」

 

 さっきまでの不安に曇ったものから一転、彼女の声も瞳も喜色に染まる。

そんな表情で聞くような話じゃない。ただの愚痴で、きっと面白くもなんともない。

 

「暗くてつまらない、辛気臭い話だよ。それでも」

「それでも聞きたい、聞かせて」

「……分かった」

 

 それを伝えても彼女の様子は変わらない。だからここに来て、ようやく僕も覚悟を決めた。

 

「僕はもう、迷惑をかけたくないんだ」

 

 それから僕は、誰にも漏らしたことのない弱音を話し始めた。




次回「大天使の宣戦布告」です。
大体お察しだとは思いますが答え合わせをします。
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