ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、ここすきありがとうございます。


第二十二話「大天使の宣戦布告」

「僕はもう、迷惑をかけたくないんだ」

「……どういうこと?」

 

 僕の漏らした弱音に、当然のことながら虹夏さんが不思議そうに聞き返す。

どこから話せばいいんだろう。誰にも伝えるつもりはなかったから、まるでまとまりがない。

話すべきことと隠すべきこと。頭の中で仕分けしていると、突然彼女に釘を刺される。

 

「全部話して」

「まだ、何も言ってないよ」

「何話そうか、迷ってる気がしたから」

「……よく分かったね」

「後藤くん、自分で思ってるより結構分かりやすいよ」

 

 今も表情は変わらないのに、その言葉の通り、随分と内心を見抜かれるようになってきた。

それなら彼女の言葉に甘えよう。まとまりがなくても分かりにくくても、最初から話そう。

 

「ひとりが小学生になった時の話なんだけど」

「うん」

「あの子は僕のせいで避けられてたんだ」

 

 唐突に始めた昔の、それもひとりの話。関係無さそうなそれも彼女は聞いてくれた。

 

「今ほどじゃないけど、僕はもうあの頃から魔王って呼ばれてたから」

「……そうなの? なんでかって聞いてもいい?」

「入学式の日に揉めた子が、発作か何かで気絶しちゃったのがきっかけだったと思う。でもそれ以上は、なんでだろうね」

 

 僕と睨み合った子が突然倒れ、その上全身を痙攣させながら気絶した。

幼い子供には衝撃的な光景だっただろう。動揺一つ見せない僕が恐ろしく感じたのも無理はない。

でもその後、どうしてここまで来てしまったのか、それはもう分からない。思い出せない。

 

「今更どうでもいいよ。とにかく僕はもう腫れ物で、ひとりはそれの妹だった」

「それで、避けられちゃった?」

「あの子、あの後藤君の妹でしょって。友達を作ろうって、せっかく勇気を出したのにね」

 

 当時も人見知りだったひとりにとって、それがどれだけ勇気の必要なことだったか。

想像するだけで心が締め付けられるように痛む。僕はとても大切なそれを無駄にしてしまった。

その感傷を振り払う。一生背負うつもりだけど今は必要ない、しまっておこう。

 

「そんな感じで僕はずっと、ひとりのきっかけを何度も潰してきた」

「潰して来たって、そんな」

「事実だから」

 

 滑稽な話だ。あの子に可能性が多くあって欲しいとか、偏見で見ないであげて欲しいとか。

それを言う僕が誰よりもあの子の可能性を奪い、誰よりもあの子を取り巻く偏見を作って来た。

虹夏さんは否定するけれど、彼女もまた僕のこの持論を補強した一人だ。

 

「それに虹夏さんも、僕の妹だって知ってたら話しかけられなかったかもって、前言ってたよね?」

 

 夏休み、僕達の関係を打ち明けた時に虹夏さんが漏らした言葉。本心で事実だろう。

ひとりと虹夏さんが出会ったあの日あの時、もし僕が傍にいたら、兄妹だと分かっていたら。

彼女は声をかけなかったはず。別の人を探しに行ったはず。また可能性を潰していたはず。

 

「うっ、そ、それは」

「気にしてないよ。誰だってそう思うのが当然だから」

「嘘」

「……本当は気にしてます。ごめんなさい」

「謝るのはこっちだよ。ごめんね、あの頃はそんなに傷つくなんて、想像もしてなかった」

 

 僕を抱く腕が慰めるように強くなる。その分だけ胸が痛くなった。

 

「虹夏さんは凄く優しいよね」

「と、突然どうしたの?」

「だからこそ辛いんだ。きっとあの日からこれまでで、十年間で、虹夏さんみたいな人達ともすれ違ってきたはずだから」

 

 少しだけ周囲と関わることが出来るようになって分かった、分かってしまったことがある。

世の中には優しい人がたくさんいる。ひとりを受け入れてくれる人は想像以上にいる。

そのおかげで、そのせいで、僕はとある妄想が捨て切れなくなった。

 

「僕がこんなじゃなければ、ひとりにもっと早く友達が出来たんじゃないかなって」

「そんなこと」

「無いかもしれない。でも可能性を否定は出来ない」

 

 ひとりは変わっている子だ。弱気で内気で、なのに変なところで自信家で、強情で。

そして何より優しい子だ。人を想えて、誰かのためなら頑張れて、勇気を出せる子だ。

虹夏さんの時のようなきっかけさえあれば、友達なんていくらでも作れたはずだ。

 

 僕の妄想に虹夏さんはそれ以上何も言わず、ただ僕の背中を優しく摩る。

こんな暗くて面倒な話、もういいって言ってもいいのに。言ってくれてもいいのに。

苛立ちなのか、安らぎなのか、自分でも分からない気持ちを抑え、僕は話を続けた。

 

「ひとりだけじゃない。父さんにも母さんにも、ずっと迷惑ばっかりかけてきた」

 

 子供の問題は親の責任。小さい頃はなおさらそういう風に見られていた。

そしてそんな頃から僕は大人にも恐れられていて、その恐怖を彼らは僕の両親にぶつけていた。

僕が怖いなら避け続ければいいのに。逃げて関わりを全て断とうとすればいいのに。

どうしてそれをせず、不平不満を代わりに二人に向けようとするのか。今も意味が分からない。

 

「何か起きる、ううん、起こす度に学校に呼び出されて、どんな教育されてるんですかって。面白いこと言うよね。教育でこんな風になるなら、それこそ僕が教えて欲しいよ」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、胸の虹夏さんが少し震えた。この辺でやめるべきか。

全部話してとは言ってくれたけれど、だからってなんでも言っていい訳じゃない。

何の意味も持たない愚痴で彼女の耳を汚したくない。残りは手早く済ませよう。

 

「保護者達も家族そろって腫物にしてきたけど、今ならその気持ちも少しは分かっちゃうんだ」

「そうなの?」

「僕だって僕みたいな人に、ひとりを近づけたくないから。だから誰かに文句を言う資格は無いよ」

 

 それに一番文句を言いたい相手は僕だ。自分相手なら資格はいらないし、毎日だって言える。

なんとなくここで言葉が区切れた。虹夏さんは口を閉ざしてじっと話の続きを待っている。

でも、もういいか。これ以上話しても多分、意味不明な恨み言しか出てこないからまとめる。

 

「そんな風に僕はいるだけで家族に、大事な人達にずっと迷惑ばかりかけてきた」

 

 僕のせいで詰られる父を見た。父さんはその週末、僕を遊びに連れて行ってくれた。

僕のせいで頭を下げる母を見た。母さんはそんな日でも僕の好きな物を作ってくれた。

僕のせいで避けられる妹を見た。ひとりはそれでもずっと、僕と一緒にいてくれた。

 

 今も時々夢に見る。そしてその度に僕は僕を、他人をもっと嫌いになる。

もちろん原因が僕にあるのは分かっている。僕が普通の子ならこんなことにはならなかった。

それでもこの身勝手な恨みつらみを、今も僕は捨てきれずにずっと抱えている。

 

「もしマネージャーになんてなったら、いつか結束バンドにも似たような迷惑をかけると思う」

 

 ファンはいい。あれは勝手になるものだ。どのバンドにも迷惑な客やファンはいる。

友達もまだいい。あれは勝手に自称出来る。いざとなれば一方的に言ってるだけと言い張れる。

でもマネージャーは駄目だ。あれは契約関係、お互いに認めなければ絶対になれはしない。

そして一度立場を得て動いてしまえば、それを見られたら、もう誰にも言い訳出来なくなる。

結束バンドは僕の関係者になってしまう。そうすればきっとまた迷惑をかけてしまう。

 

「もう嫌なんだ。僕のせいでこれ以上、大事な人達に迷惑をかけるのは」

「……後藤くん」

 

 僕が弱音を吐くと、虹夏さんは心配そうに名前を呼んでくれる。

これもある意味、迷惑をかけてしまっている、と言ってもいいかもしれない。

だからそれも含めてこれ以上をなくすため、改めて話の根本へと立ち返る。

 

「だからごめん虹夏さん、やっぱりマネージャーは」

 

 話を、説明を締めようとすると、胸元にあった虹夏さんの顔がやっと離れた。

離れていく温もりに目を瞑り一息吐こうとした瞬間、今度はそれがおでこにぶつかった。

驚きに目を開くと視界一杯に虹夏さんの瞳が映る。あたたかな輝きが僕を射貫く。

 

「まだだよ」

「え?」

「まだ教えてくれてない理由、あるよね?」

 

 心臓が止まるかと思った。

 

「それだけで後藤くんが手伝ってくれないって、あたしは思えない」

「十分だよ」

「ううん、足りない」

 

 苦し紛れの誤魔化しは彼女にまったく通用しない。その目にも言葉にも確信があった。

特に瞳は隠した何もかもを見抜いているような心地すらして、僕を酷く動揺させる。

にもかかわらず、何故かその輝きから僕はずっと目を離せなかった。

 

「もし後藤くんの言った通り本当に迷惑がかかるとしても、後藤くんなら人の目でも何でもそういうの全部誤魔化して、あたしたちのことを助けて手伝ってくれる」

「……僕が、そこまですると思う?」

「信じてる」

 

 ただ一言で、信頼で、僕の悪あがきは切り捨てられた。だから話すしかなかった。

 

「……こっちはもう、本当にただの弱音なんだ」

「うん」

「全部全部僕が勝手に思ってることで、誰がどうとかでもなくて」

「うん」

「だからさっきまでの話もだけど、聞いても何も意味なんて」

「それでも聞かせて。後藤くんのこと知りたい」

 

 今度こそ僕は観念した。こんな話でも、僕でも求めてもらえるのなら応えるしかない。

さっきからくっつけられていたおでこを外して、今度は僕が彼女の背に手を回す。

マナーにも倫理にも反する行為。それでもこうでもしないと、とても続けられない。

 

「わっえっ、ご、後藤くん?」

「……ごめん。さっきの体勢だと多分、話せない」

「あっ! あ、あたしこそ、ごめん」

 

 何がごめんなのか、それを考える余裕もない。

ただ幸いなことに、虹夏さんは驚きに一瞬身を硬くしただけで受け入れてくれた。

こうすれば彼女の顔を見なくて済む。そして彼女に僕の顔を見られずに済む。

これからの話はあまりにも情けなくて恥ずかしくて、顔なんて合わせていられない。

 

 背に回した手に力を入れて彼女を抱き寄せ、肩の上に、耳元に顔を近づける。

横目にちらりと映る彼女の耳は赤く染まっていて、相当無理をしていることが見て取れる。

こんなことは早く終わらせよう。長くしても僕も彼女も苦しい思いをするだけだ。

その一心で今まで誰にも、家族にも伝えたことのない本音を、僕は初めて口にした。

 

「自信が無いんだ」

 

 言ってしまった。それでもきっと、これだけじゃ虹夏さんには伝わらない。

だから恥を忍んで言葉を重ねる。何の自信が無いのか。どうして無いのか。

 

「十年かけても結局、僕はひとりのために何も出来なかったから」

 

 そう続けると、虹夏さんは疑問に思い切り首を捻った。

 

「……あれだけシスコンやっておいて?」

「細々としたことはやってたよ。でもあの程度、誰にでも出来るから」

「出来るかなぁ……」

 

 どれも時間を積めば誰でも出来ること。僕が僕だからしてあげられたことなんて何一つない。

ギターは独学か父さんが、勉強は学校が、日々の生活は母さんが。僕がいなくても代わりはいる。

むしろ僕はずっとあの子の領域に立ち入って、我が物顔で干渉して、出来ることを奪っていった。

本当にひとりのことを想うならもっと自立させるべきだ。もっと干渉を減らすべきだ。

そう思っているのに、分かっているのに、僕は今日もひとりから離れられていない。

 

「何より一番大事なことで、ひとりが欲しかったことで、僕は何一つ力になれなかった」

「それって」

「友達を作ること」

 

 十年間二人で色々と試して、努力して、全部報われなくて、何もかも意味が無くて。

本当のことを言うと、僕はもうずっと前から諦めていた。頑張っているふりだけしていた。

僕は当然として、どうあってもひとりにも友達なんて出来ないと。だけどそれは大きな間違いだった。

 

「でも虹夏さんがくれたきっかけを、あの子は自分一人でものに出来た」

 

 大抵のことは努力すればどうにでもなった。勉強も運動も家事も、音楽だって。

それでも人間関係は、友達は、ひとりの一番大事なことだけはどうしても何も出来なかった。

結局ひとりは全部自分の力で、友達も居場所も手に入れた。僕は最後まで無力だった。

 

「こうして虹夏さんと話せてるのも含めて、僕がおこぼれを貰ったくらい」

 

 今僕が親しくしている、出来ている、させてもらっている人達は、皆ひとりを通じて出会った。

皆ひとりが先に出会って、仲良くなって、それから恥ずかしいことにそのおこぼれを貰って。

もしかしたら大槻さんだけは違うかもしれない。でも彼女との出会いは廣井さんがきっかけだ。

そしてその廣井さんとも、ひとりがいなければどうにもならなかっただろう。

 

「その後も、僕はひとりの助けになれなかった」

「そんなことないって。ぼっちちゃんの力になってたところ、たくさん見たよ」

「ううん、僕が何もしなくても多分、何も変わらなかったと思う」

 

 結束バンドについても性懲りもなく、あれこれとあの子にお節介を焼いてきた。

だけどそれがあってもなくても、きっと今とほとんど状況は変わっていないだろう。

皆は仲良くなって夏休みにライブをして、ピンチを乗り越えて、文化祭のライブも成功させる。

その後佐藤さんが来て、色々言われてもへこたれずに未確認ライオットへ挑戦する。

 

 こんな考え自体が恥知らずで図々しくて気持ち悪い。それでも思わずにはいられない。

僕がいたことで変わったことは無かった。僕が変えられたことは何一つ無かった。

出来たことと言えば精々、僕のせいで生まれたマイナスを自分で帳尻合わせした程度。

僕の存在が皆の何かを左右したことは、これまで一度として無かった。

 

「マネージャーとしての仕事も、そうなるかもしれない。大事なことだけ出来ないかもしれない」

「それとこれとは、全然違うよ?」

「そうだね、ひとりのことは根拠にならない。でも不安なんだ」

 

 マネージャーにとって一番大事なこと、仕事、役割なんて今の僕には分からない。

出来るか出来ないかなんて、それこそ判断出来ない。それでも僕は怖かった。

また無力なのが。また迷惑をかけるのが。また、ただの重りになってしまうのが。

 

「そんなことないよ、大丈夫って言ったら、後藤くんは安心してくれる?」

「……ごめん」

「だよね。そのくらいでなんとかなるなら、きっと後藤くんはこんなに苦しくないよね」

「そう言ってもらえるのは本当に嬉しいんだ。でも、僕が僕を信じられないから」

 

 僕への不信を改めて声に出すと、虹夏さんは何か考え込むように押し黙る。

それとは逆に彼女の心臓がより雄弁に、鼓動がもっと早くなるのが伝わって来る。

まだ何か言いたいけど、言いにくいことがあるらしい。ここまで来たら全部聞こう。

やがて彼女は深呼吸を数回した後、覚悟を決めたかのように再び話し始めた。

 

「……あたしには」

「うん」

「あたしには悔しいけど、後藤くんの不安とかトラウマとか、そういうのを失くす力は無いと思う」

「ずっと言ってる、そんなこと押し付けたりしないよ」

「でもね、それでも一つだけ絶対違うって、絶対に間違ってるって言える」

「……え?」

「おこぼれなんかじゃないよ」

 

 その言葉の意味が理解出来なくて、僕は彼女が再び口を開くのを待った。

 

「あたしと後藤くんがこうやっていられるのは、友達になれたのは、後藤くんのおかげだよ」

 

 僕のおかげ。ますます意味が分からなくて、僕はさっきの彼女のように首を傾げた。

するとこつんと彼女の頭にぶつかる。慌てて頭を離す僕に、彼女は苦笑いで答えた。

 

「ね、後藤くん、一回緩めて」

「ごめん、苦しかった? というかもう放すべきだよね」

「ううん大丈夫。これはちゃんと、顔を見て言いたいだけだから」

 

 言われるがまま力を抜いて顔を離し、さっきまでのように向かい合う。

相変わらず耳も頬も赤いままだったけれど、不思議と穏やかな笑みを彼女は浮かべていた。

 

「六月くらいに公園で声かけてくれたこと、覚えてる?」

「うん、もちろん」

「あの時はびっくりしたよ。まさかあの後藤くんに話しかけられるなんて」

 

 あれは確かひとりが、虹夏さんがバンドとしての成長とは何かについて考えていた頃だ。

暗い公園でブランコに乗る彼女を見つけて、何かを心配して声をかけた記憶がある。

 

「しかもいきなり、今日はいいお天気ですね、だよ?」

「それはもう忘れて」

「だーめ、忘れてあげない」

 

 半笑いの彼女とは違って、こっちは恥ずかしさしか感じない。

今なら分かる。天気デッキは実は上級者向けだ。僕程度ではまだ扱いが難しい。

くすくすと笑っていた彼女だったけど、今度は一転少し不満そうに僕の背中を軽く叩く。

 

「しかも急に隣に座ってくるし。今だから言うけど、あれ結構怖かったよ」

「そこはその、ちょっと狙ってたから」

「えっなんで?」

「あそこ結構暗かったから、女の子一人じゃ危ない気がして。だから怖がらせたら明るい場所に、安全な場所に行ってくれるかなって」

「……そういうところ、ほんとずるい」

 

 そう言ってから彼女はもう一度だけ気持ち強く、それでいて優しく僕の背中を叩いた。

僕のあれはずるかったのかな。口じゃ出来なくても行動ならって思ったんだけど。

それを確認する前に彼女は話を再開した。これはいつか機会があれば聞いてみよう。

 

「ぼっちちゃんとあたしが友達になれたのは、あの日あたしが声かけたからって言ってたよね」

「うん、虹夏さんがひとりを見つけてくれたから」

「あたしと後藤くんも同じ。後藤くんがあの時あたしを心配してくれたから。だから今があるんだよ」

「……同じなのかな?」

「同じだよ。それに、あたしだけじゃない。リョウも、喜多ちゃんもそうだと思う。リョウの体を心配して、隠れてお弁当を渡してくれたこと。喜多ちゃんも言ってたよ、危ないところを、悩んでいるところを助けてもらったって。それも全部、後藤くんからやってくれたこと」

「それは、皆がひとりの友達だから」

「それは後藤くんがあたしたちを気にした理由でしょ。あたしたちが後藤くんのことを、その、好きになった理由じゃないよ」

 

 だから、と震えた声で彼女は続ける。

 

「おこぼれなんて言わないで」

 

 目と目が合う。だから分かる、伝わる。虹夏さんは今本気でこれを言っている。

 

「あたしの友達を、馬鹿にしないで」

 

 その上で彼女は、これまでで一番の無理難題を僕に告げた。

 

「虹夏さんはいつも、難しいことばっかり言うよね」

「難しくても、無理でも、絶対許さないから」

「……そっか」

「絶対だから、約束だからね」

 

 絶対ならしょうがない。無理を通すためにも、これからはもっと頑張らないと。

そんな内心を見透かしたように、彼女は僕に大きい釘を刺して来た。

 

「でもあんまり頑張らなくていいから」

「……えっじゃあどうすれば」

「頑張らなきゃ駄目な時は、ううん、そうじゃなくてもいつでも来て。愚痴でも相談でも、何でもいいからもっと話そ?」

「そんな迷惑になること」

「ならないよ、友達との話だもん。それに、今までずっとあたしたちが聞いてもらってたから。いい加減そろそろ返さないとね」

「たちって。勝手にそんなこと言ってもいいの?」

「いいんです。リーダーの特権だよ!」

「横暴だなぁ。人望減っちゃうよ?」

「あたしは結束バンドの結束バンドなんでしょ? だから大丈夫!」

 

 弱いところを見せられるようになれたら、誰かに愚痴を零せるようになれたらいいね。

お正月、廣井さんにそう言ってもらった記憶がある。あの時僕はそれを否定し拒絶した。

そんなことは出来ないと、僕にそんな弱音は許されないと、ずっとそう思っていた。

 

 だけどこれも違った。僕はいつも思い違いをしてばかりだ。

家族じゃなくても僕が僕を許さないことを、認めないことを絶対に許してくれない人がいる。

僕の自由な気持ちを縛る、酷く横暴な振る舞いだ。でもそれがどうしようもなく嬉しかった。

この気持ちをどれだけ伝えられるかは分からないけれど、それでも精一杯込めよう。

 

「虹夏さん、あの」

「うん、何?」

「ありがとう。その、こんな話聞いてくれて」

「ううん。こちらこそ、言いにくいのに話してくれてありがとう」

 

 体は動かせないからお互いに首だけ下げて、どこか不格好にお礼を言い合う。

改めて思う。これこんな真面目な話をする体勢じゃないな。おかしくて笑いそうになる。

というかそうだ、もう話すことは話した。こんな問題だらけの状態は早く終わらせた方がいい。

僕がその提案をする前に、突然虹夏さんが思い出したように疑問の声を上げる。

 

「そういえば、なんで話したくなかったの?」

「それは、その」

「なんとなく今教えてくれた方は分かるけどさ、最初の方はどうして?」

「……言わなきゃ駄目?」

「だーめっ!」

 

 笑顔で一閃されたから僕は諦めた。

 

「えっと、皆優しいから、もし話してもそれでもいいよって言ってくれそうで、断る理由にならなそうで、しかもそんなこと言ってもらえたら、きっと僕もその気になっちゃうから」

「うん」

「でもその後、実際に迷惑をかけそうなのは目に見えてるし、それはとても申し訳ないし」

「ふんふん」

「……」

「後藤くん」

「……それで、その、皆に嫌われたり後悔されたりしたら、もう立ち直れないなーみたいな」

「………………ふんっ!!」

「頭突きはやめて。痛いし危ない。色々危ない」

「やめない。お仕置きだよ!」

 

 ごりごりと頭突きの延長でおでこを擦られる。痛いというよりくすぐったい。

目の間に虹夏さんの顔が、怒ったような笑顔があるのもなんだかくすぐったい。

そうして色んな意味でお手上げになりつつある中、突然観覧車の扉が開いた。

 

「あっ」

「あっ」

「あっ」

 

 僕と虹夏さんと観覧車スタッフのお姉さん、三人同時に声を上げる。

こんなものを見られてしまったら、見せられてしまったら、こんな声も出したくなる。

そう、僕達は観覧車が動いていたことも、到着しそうなことにもまったく気がついていなかった。

 

「……あっ、ぁっぁぁ」

 

 虹夏さんのうめき声が耳に刺さる。見ていられなくて視線を逸らすと視線がぶつかる。

観覧車の順番待ちをしている人達が、好奇心全開で僕達二人のことを眺めていた。

とりあえず今一人減ったけれど、それでも両手両足を使っても数え切れないほどいる。

 

 これだけの数、突き刺さる視線全てを処理したら確実に新聞沙汰だ。

虹夏さんも真っ赤にした顔を僕の胸に埋め、身動き一つしない。このままじゃ降りられない。

状況を確認した僕は混乱し、この上なく馬鹿みたいなことをスタッフさんに聞いていた。

 

「……延長ってありますか?」

「ちょ」

「こちらの方にお願いしまーす」

「あるの!?」

 

 驚愕して顔を上げた虹夏さんに向けて、スタッフさんが二枚何かのチケットを取り出す。

それを見た彼女が一瞬で沸騰する。見下ろす耳はさっきよりも赤くなり、今は燃えそうなほど。

何のチケットなんだろう。覗き込むと、それはこの遊園地と提携しているホテルの割引券だった。

 

「ごゆっくりどうぞー」

「ああああああああああ!!!」

 

 虹夏さんはキレた。

 

 

 

 その後暴れかけた虹夏さんを引きずるように走り、僕達は遠く離れたベンチにたどり着いた。

息を切らせて今にも死にそうな彼女を座らせ、適当な飲み物を買って戻り、僕も横に座る。

 

「はあ、はあ、はあ」

「大丈夫? 飲み物買って来たけど飲める?」

「の、飲む。というかなんで、後藤くんは息切れてないの……?」

「鍛え方が違うから」

 

 伊達に十年以上ひとりを背負ってはいない。僕の足腰はひとりの賜物だ。

 

「もうすっごく恥ずかしかった、死ぬかと思った!」

「真っ赤だったね。破裂しそうで心配したよ」

「……そういう後藤くんは、ぜんっぜん照れてないよねー」

「もっと恥ずかしい話、虹夏さんにしたばっかりだったから」

「うわー、責めづらい理由で攻めてきたー」

 

 苦笑いとともに彼女は両手を挙げた。わざとらしいおどけ方だ。気を遣ってくれている。

やがて彼女はその笑みを収めると、やがて観覧車の時のように再び真剣な顔になった。

僕から話せることはもう何も無いと思うけど、まだ話の続きをするのかな。

 

「ねえ後藤くん、最後にもう一つだけ聞かせて?」

「……ここまで来たらなんでもいいよ。でもここだと」

「あっ大丈夫。さっきみたいなその、深い話じゃないから」

 

 深いというか不快というか。とにかく、さっきの僕の弱音とはちょっと違うらしい。

考えてもキリが無いから打ち切って、一つ頷いた後彼女の質問を待つ。

 

「結局後藤くんはやりたいの、やりたくないの?」

「それは」

 

 僕の本心はどっちなんだろう。やりたい気持ちは当然ある。皆の傍にいたい、力になりたい。

でもそれと同じくらい、傍にいて迷惑になるのは怖い。そうなるくらいならやりたくない。

迷いに目を伏せる僕を見つめて、不思議なことに彼女はにっこりと笑みを浮かべる。

 

「教えてくれてありがとう」

「まだ、何も言ってないけど」

「ううん、伝わったから平気!」

 

 そう言って勢いよく立ち上がった彼女は、くるりと振り返り僕を指差す。

 

「あの、虹夏さん?」

「だからこれはね、あたしからの宣戦布告!」

 

 その唐突な宣言に、僕はただ驚いて彼女の顔を見つめることしか出来ない。

そんな様子がお気に召したのか、彼女は満足げに笑みを深めて続ける。

 

「あたしが、あたしたちが絶対正直にさせてあげる!」

 

 夕日は後光で雲は羽。

 

「覚悟して待っててね、一人くん!!」

 

 夕焼けを背負って微笑む虹夏さんは、まるで天使のようだった。

 

 

 

 虹夏さんが僕から指を下ろしてすぐ、結束バンドの三人が駆け寄って来た。

 

「あっ先輩たちいたー! もう、二人とも探したんですからねー!!」

「ごめんね、あの辺り人が多いから移動してた」

「それならそれで連絡くらいしてください!」

「いやーほんとごめんね?」

「り、リア充の間を何度も通って来たから、なんだか意識が朦朧と」

「ひとりもごめん。謝るから現世に戻って来て」

 

 ぷんすこ怒る喜多さんと半透明のひとりはいつもと同じ、見慣れた態度と振る舞いだ。

どうやらさっきのことは見てないし知らないらしい。今更の心配だったけど安心した。

密かに胸を撫で下ろしていると、黙って僕らを見比べていたリョウさんが一言発する。

 

「それで、どう?」

「どうとは?」

「二人とも、もう大丈夫?」

 

 リョウさんの問いかけに、僕達は二人揃って同時に顔を見合わせる。

僕は変わらず無表情のまま、虹夏さんはそれでも柔らかい笑顔を向けてくれた。

これなら大丈夫、胸を張って言える。僕達は仲直り出来た。前みたいに、前以上に仲良くなれた。

 

「ご迷惑をおかけしました」

「えっと、この通りです」

 

 一緒に頭を下げた後、彼女はそっと僕に近付いて腕にくっついた。なんだか近い。

友達の距離感にしては近すぎる気がする。でも仲直りの証明にはちょうどいいのかな。

それを見た喜多さんはニヤリとした笑みを浮かべると、悪戯っぽく僕達に絡んでくる。

 

「……どの通りですか~?」

「えっ」

「どの通り?」

「どど、どどどどどど、どどどどどどどどど?」

「どういう?」

 

 喜多さんとリョウさんが楽しそうに、ひとりがドリルのように疑問の声を上げる。

どう見ても考えてもからかいが九割、それでも残りは真剣に心配されている、多分。

上手い対応が思い浮かばない僕は、虹夏さんにこっそりと囁いた。

 

「どうしよう虹夏さん。今何か求められてるよ」

「どうせからかってるだけだし、無視してもよくない?」

「でもほら、ずっと心配かけちゃってたし」

「あー、うん。そうだよね……」

 

 こそこそと二人で相談していると、恨めしそうな、それでいてとんでもない棒読みが耳に届く。

 

「……虹夏と陛下のために今日空けたのになー、一週間も予定ずらしたのになー」

「元々審査発表日のはずだったんですけどねー。あーあ、当日怖いなー、落ちてたらどうしよー」

「い、一次審査落ち……!? ちゅ、中退が遠のく…………」

「急に申し訳なさが消えてきたんだけど」

「まあまあ。何でもいいから、やるだけやっておこうよ」

 

 僕も正直萎えてきたけれど、額に苛立ちを浮かべる虹夏さんをなんとか宥める。

ひとりに喜多さんにリョウさん、それに星歌さんをはじめとした大人の人達。

色んな人に気を回してもらったおかげで仲直り出来たのは事実だ。イラッとしたのも事実だけど。

 

「では仲直りの証明として、一発芸やります」

「なんか始まりましたよ」

「み、見てください、超ロン毛!」

「虹夏が馬鹿になった」

「あっそ、それは、後藤家秘伝の一発芸じゃ」

「いやこれ思い付きでやってたよね?」

「そうだ、じゃあひとりも混ざる?」

「あっえっ、ちょ、超々ロン毛!!」

「ぼっちも馬鹿になった」

「元からじゃないですか?」

「!?」

 

 変なことや馬鹿なことを言ったりしたり、それに呆れたりツッコんだり。

そんな僕達のいつものようなやり取りを、大人三人は遠くから不思議そうに見ていた。

 

「……あいつらあれ、何やってんだ?」

「さあ? でもあの感じ、仲直り出来たってことじゃないですか?」

「それじゃ祝い酒だー!」




以上答え合わせでした。後半の理由も分かっていた人は魔王検定一級です。
分かった方も分からなかった方も、せっかくなので評価と感想をお願いします。
次回は通常投稿で「現実逃避をしよう!」です。
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