「僕はもう、迷惑をかけたくないんだ」
「……どういうこと?」
僕の漏らした弱音に、当然のことながら虹夏さんが不思議そうに聞き返す。
どこから話せばいいんだろう。誰にも伝えるつもりはなかったから、まるでまとまりがない。
話すべきことと隠すべきこと。頭の中で仕分けしていると、突然彼女に釘を刺される。
「全部話して」
「まだ、何も言ってないよ」
「何話そうか、迷ってる気がしたから」
「……よく分かったね」
「後藤くん、自分で思ってるより結構分かりやすいよ」
今も表情は変わらないのに、その言葉の通り、随分と内心を見抜かれるようになってきた。
それなら彼女の言葉に甘えよう。まとまりがなくても分かりにくくても、最初から話そう。
「ひとりが小学生になった時の話なんだけど」
「うん」
「あの子は僕のせいで避けられてたんだ」
唐突に始めた昔の、それもひとりの話。関係無さそうなそれも彼女は聞いてくれた。
「今ほどじゃないけど、僕はもうあの頃から魔王って呼ばれてたから」
「……そうなの? なんでかって聞いてもいい?」
「入学式の日に揉めた子が、発作か何かで気絶しちゃったのがきっかけだったと思う。でもそれ以上は、なんでだろうね」
僕と睨み合った子が突然倒れ、その上全身を痙攣させながら気絶した。
幼い子供には衝撃的な光景だっただろう。動揺一つ見せない僕が恐ろしく感じたのも無理はない。
でもその後、どうしてここまで来てしまったのか、それはもう分からない。思い出せない。
「今更どうでもいいよ。とにかく僕はもう腫れ物で、ひとりはそれの妹だった」
「それで、避けられちゃった?」
「あの子、あの後藤君の妹でしょって。友達を作ろうって、せっかく勇気を出したのにね」
当時も人見知りだったひとりにとって、それがどれだけ勇気の必要なことだったか。
想像するだけで心が締め付けられるように痛む。僕はとても大切なそれを無駄にしてしまった。
その感傷を振り払う。一生背負うつもりだけど今は必要ない、しまっておこう。
「そんな感じで僕はずっと、ひとりのきっかけを何度も潰してきた」
「潰して来たって、そんな」
「事実だから」
滑稽な話だ。あの子に可能性が多くあって欲しいとか、偏見で見ないであげて欲しいとか。
それを言う僕が誰よりもあの子の可能性を奪い、誰よりもあの子を取り巻く偏見を作って来た。
虹夏さんは否定するけれど、彼女もまた僕のこの持論を補強した一人だ。
「それに虹夏さんも、僕の妹だって知ってたら話しかけられなかったかもって、前言ってたよね?」
夏休み、僕達の関係を打ち明けた時に虹夏さんが漏らした言葉。本心で事実だろう。
ひとりと虹夏さんが出会ったあの日あの時、もし僕が傍にいたら、兄妹だと分かっていたら。
彼女は声をかけなかったはず。別の人を探しに行ったはず。また可能性を潰していたはず。
「うっ、そ、それは」
「気にしてないよ。誰だってそう思うのが当然だから」
「嘘」
「……本当は気にしてます。ごめんなさい」
「謝るのはこっちだよ。ごめんね、あの頃はそんなに傷つくなんて、想像もしてなかった」
僕を抱く腕が慰めるように強くなる。その分だけ胸が痛くなった。
「虹夏さんは凄く優しいよね」
「と、突然どうしたの?」
「だからこそ辛いんだ。きっとあの日からこれまでで、十年間で、虹夏さんみたいな人達ともすれ違ってきたはずだから」
少しだけ周囲と関わることが出来るようになって分かった、分かってしまったことがある。
世の中には優しい人がたくさんいる。ひとりを受け入れてくれる人は想像以上にいる。
そのおかげで、そのせいで、僕はとある妄想が捨て切れなくなった。
「僕がこんなじゃなければ、ひとりにもっと早く友達が出来たんじゃないかなって」
「そんなこと」
「無いかもしれない。でも可能性を否定は出来ない」
ひとりは変わっている子だ。弱気で内気で、なのに変なところで自信家で、強情で。
そして何より優しい子だ。人を想えて、誰かのためなら頑張れて、勇気を出せる子だ。
虹夏さんの時のようなきっかけさえあれば、友達なんていくらでも作れたはずだ。
僕の妄想に虹夏さんはそれ以上何も言わず、ただ僕の背中を優しく摩る。
こんな暗くて面倒な話、もういいって言ってもいいのに。言ってくれてもいいのに。
苛立ちなのか、安らぎなのか、自分でも分からない気持ちを抑え、僕は話を続けた。
「ひとりだけじゃない。父さんにも母さんにも、ずっと迷惑ばっかりかけてきた」
子供の問題は親の責任。小さい頃はなおさらそういう風に見られていた。
そしてそんな頃から僕は大人にも恐れられていて、その恐怖を彼らは僕の両親にぶつけていた。
僕が怖いなら避け続ければいいのに。逃げて関わりを全て断とうとすればいいのに。
どうしてそれをせず、不平不満を代わりに二人に向けようとするのか。今も意味が分からない。
「何か起きる、ううん、起こす度に学校に呼び出されて、どんな教育されてるんですかって。面白いこと言うよね。教育でこんな風になるなら、それこそ僕が教えて欲しいよ」
吐き捨てるようにそう言うと、胸の虹夏さんが少し震えた。この辺でやめるべきか。
全部話してとは言ってくれたけれど、だからってなんでも言っていい訳じゃない。
何の意味も持たない愚痴で彼女の耳を汚したくない。残りは手早く済ませよう。
「保護者達も家族そろって腫物にしてきたけど、今ならその気持ちも少しは分かっちゃうんだ」
「そうなの?」
「僕だって僕みたいな人に、ひとりを近づけたくないから。だから誰かに文句を言う資格は無いよ」
それに一番文句を言いたい相手は僕だ。自分相手なら資格はいらないし、毎日だって言える。
なんとなくここで言葉が区切れた。虹夏さんは口を閉ざしてじっと話の続きを待っている。
でも、もういいか。これ以上話しても多分、意味不明な恨み言しか出てこないからまとめる。
「そんな風に僕はいるだけで家族に、大事な人達にずっと迷惑ばかりかけてきた」
僕のせいで詰られる父を見た。父さんはその週末、僕を遊びに連れて行ってくれた。
僕のせいで頭を下げる母を見た。母さんはそんな日でも僕の好きな物を作ってくれた。
僕のせいで避けられる妹を見た。ひとりはそれでもずっと、僕と一緒にいてくれた。
今も時々夢に見る。そしてその度に僕は僕を、他人をもっと嫌いになる。
もちろん原因が僕にあるのは分かっている。僕が普通の子ならこんなことにはならなかった。
それでもこの身勝手な恨みつらみを、今も僕は捨てきれずにずっと抱えている。
「もしマネージャーになんてなったら、いつか結束バンドにも似たような迷惑をかけると思う」
ファンはいい。あれは勝手になるものだ。どのバンドにも迷惑な客やファンはいる。
友達もまだいい。あれは勝手に自称出来る。いざとなれば一方的に言ってるだけと言い張れる。
でもマネージャーは駄目だ。あれは契約関係、お互いに認めなければ絶対になれはしない。
そして一度立場を得て動いてしまえば、それを見られたら、もう誰にも言い訳出来なくなる。
結束バンドは僕の関係者になってしまう。そうすればきっとまた迷惑をかけてしまう。
「もう嫌なんだ。僕のせいでこれ以上、大事な人達に迷惑をかけるのは」
「……後藤くん」
僕が弱音を吐くと、虹夏さんは心配そうに名前を呼んでくれる。
これもある意味、迷惑をかけてしまっている、と言ってもいいかもしれない。
だからそれも含めてこれ以上をなくすため、改めて話の根本へと立ち返る。
「だからごめん虹夏さん、やっぱりマネージャーは」
話を、説明を締めようとすると、胸元にあった虹夏さんの顔がやっと離れた。
離れていく温もりに目を瞑り一息吐こうとした瞬間、今度はそれがおでこにぶつかった。
驚きに目を開くと視界一杯に虹夏さんの瞳が映る。あたたかな輝きが僕を射貫く。
「まだだよ」
「え?」
「まだ教えてくれてない理由、あるよね?」
心臓が止まるかと思った。
「それだけで後藤くんが手伝ってくれないって、あたしは思えない」
「十分だよ」
「ううん、足りない」
苦し紛れの誤魔化しは彼女にまったく通用しない。その目にも言葉にも確信があった。
特に瞳は隠した何もかもを見抜いているような心地すらして、僕を酷く動揺させる。
にもかかわらず、何故かその輝きから僕はずっと目を離せなかった。
「もし後藤くんの言った通り本当に迷惑がかかるとしても、後藤くんなら人の目でも何でもそういうの全部誤魔化して、あたしたちのことを助けて手伝ってくれる」
「……僕が、そこまですると思う?」
「信じてる」
ただ一言で、信頼で、僕の悪あがきは切り捨てられた。だから話すしかなかった。
「……こっちはもう、本当にただの弱音なんだ」
「うん」
「全部全部僕が勝手に思ってることで、誰がどうとかでもなくて」
「うん」
「だからさっきまでの話もだけど、聞いても何も意味なんて」
「それでも聞かせて。後藤くんのこと知りたい」
今度こそ僕は観念した。こんな話でも、僕でも求めてもらえるのなら応えるしかない。
さっきからくっつけられていたおでこを外して、今度は僕が彼女の背に手を回す。
マナーにも倫理にも反する行為。それでもこうでもしないと、とても続けられない。
「わっえっ、ご、後藤くん?」
「……ごめん。さっきの体勢だと多分、話せない」
「あっ! あ、あたしこそ、ごめん」
何がごめんなのか、それを考える余裕もない。
ただ幸いなことに、虹夏さんは驚きに一瞬身を硬くしただけで受け入れてくれた。
こうすれば彼女の顔を見なくて済む。そして彼女に僕の顔を見られずに済む。
これからの話はあまりにも情けなくて恥ずかしくて、顔なんて合わせていられない。
背に回した手に力を入れて彼女を抱き寄せ、肩の上に、耳元に顔を近づける。
横目にちらりと映る彼女の耳は赤く染まっていて、相当無理をしていることが見て取れる。
こんなことは早く終わらせよう。長くしても僕も彼女も苦しい思いをするだけだ。
その一心で今まで誰にも、家族にも伝えたことのない本音を、僕は初めて口にした。
「自信が無いんだ」
言ってしまった。それでもきっと、これだけじゃ虹夏さんには伝わらない。
だから恥を忍んで言葉を重ねる。何の自信が無いのか。どうして無いのか。
「十年かけても結局、僕はひとりのために何も出来なかったから」
そう続けると、虹夏さんは疑問に思い切り首を捻った。
「……あれだけシスコンやっておいて?」
「細々としたことはやってたよ。でもあの程度、誰にでも出来るから」
「出来るかなぁ……」
どれも時間を積めば誰でも出来ること。僕が僕だからしてあげられたことなんて何一つない。
ギターは独学か父さんが、勉強は学校が、日々の生活は母さんが。僕がいなくても代わりはいる。
むしろ僕はずっとあの子の領域に立ち入って、我が物顔で干渉して、出来ることを奪っていった。
本当にひとりのことを想うならもっと自立させるべきだ。もっと干渉を減らすべきだ。
そう思っているのに、分かっているのに、僕は今日もひとりから離れられていない。
「何より一番大事なことで、ひとりが欲しかったことで、僕は何一つ力になれなかった」
「それって」
「友達を作ること」
十年間二人で色々と試して、努力して、全部報われなくて、何もかも意味が無くて。
本当のことを言うと、僕はもうずっと前から諦めていた。頑張っているふりだけしていた。
僕は当然として、どうあってもひとりにも友達なんて出来ないと。だけどそれは大きな間違いだった。
「でも虹夏さんがくれたきっかけを、あの子は自分一人でものに出来た」
大抵のことは努力すればどうにでもなった。勉強も運動も家事も、音楽だって。
それでも人間関係は、友達は、ひとりの一番大事なことだけはどうしても何も出来なかった。
結局ひとりは全部自分の力で、友達も居場所も手に入れた。僕は最後まで無力だった。
「こうして虹夏さんと話せてるのも含めて、僕がおこぼれを貰ったくらい」
今僕が親しくしている、出来ている、させてもらっている人達は、皆ひとりを通じて出会った。
皆ひとりが先に出会って、仲良くなって、それから恥ずかしいことにそのおこぼれを貰って。
もしかしたら大槻さんだけは違うかもしれない。でも彼女との出会いは廣井さんがきっかけだ。
そしてその廣井さんとも、ひとりがいなければどうにもならなかっただろう。
「その後も、僕はひとりの助けになれなかった」
「そんなことないって。ぼっちちゃんの力になってたところ、たくさん見たよ」
「ううん、僕が何もしなくても多分、何も変わらなかったと思う」
結束バンドについても性懲りもなく、あれこれとあの子にお節介を焼いてきた。
だけどそれがあってもなくても、きっと今とほとんど状況は変わっていないだろう。
皆は仲良くなって夏休みにライブをして、ピンチを乗り越えて、文化祭のライブも成功させる。
その後佐藤さんが来て、色々言われてもへこたれずに未確認ライオットへ挑戦する。
こんな考え自体が恥知らずで図々しくて気持ち悪い。それでも思わずにはいられない。
僕がいたことで変わったことは無かった。僕が変えられたことは何一つ無かった。
出来たことと言えば精々、僕のせいで生まれたマイナスを自分で帳尻合わせした程度。
僕の存在が皆の何かを左右したことは、これまで一度として無かった。
「マネージャーとしての仕事も、そうなるかもしれない。大事なことだけ出来ないかもしれない」
「それとこれとは、全然違うよ?」
「そうだね、ひとりのことは根拠にならない。でも不安なんだ」
マネージャーにとって一番大事なこと、仕事、役割なんて今の僕には分からない。
出来るか出来ないかなんて、それこそ判断出来ない。それでも僕は怖かった。
また無力なのが。また迷惑をかけるのが。また、ただの重りになってしまうのが。
「そんなことないよ、大丈夫って言ったら、後藤くんは安心してくれる?」
「……ごめん」
「だよね。そのくらいでなんとかなるなら、きっと後藤くんはこんなに苦しくないよね」
「そう言ってもらえるのは本当に嬉しいんだ。でも、僕が僕を信じられないから」
僕への不信を改めて声に出すと、虹夏さんは何か考え込むように押し黙る。
それとは逆に彼女の心臓がより雄弁に、鼓動がもっと早くなるのが伝わって来る。
まだ何か言いたいけど、言いにくいことがあるらしい。ここまで来たら全部聞こう。
やがて彼女は深呼吸を数回した後、覚悟を決めたかのように再び話し始めた。
「……あたしには」
「うん」
「あたしには悔しいけど、後藤くんの不安とかトラウマとか、そういうのを失くす力は無いと思う」
「ずっと言ってる、そんなこと押し付けたりしないよ」
「でもね、それでも一つだけ絶対違うって、絶対に間違ってるって言える」
「……え?」
「おこぼれなんかじゃないよ」
その言葉の意味が理解出来なくて、僕は彼女が再び口を開くのを待った。
「あたしと後藤くんがこうやっていられるのは、友達になれたのは、後藤くんのおかげだよ」
僕のおかげ。ますます意味が分からなくて、僕はさっきの彼女のように首を傾げた。
するとこつんと彼女の頭にぶつかる。慌てて頭を離す僕に、彼女は苦笑いで答えた。
「ね、後藤くん、一回緩めて」
「ごめん、苦しかった? というかもう放すべきだよね」
「ううん大丈夫。これはちゃんと、顔を見て言いたいだけだから」
言われるがまま力を抜いて顔を離し、さっきまでのように向かい合う。
相変わらず耳も頬も赤いままだったけれど、不思議と穏やかな笑みを彼女は浮かべていた。
「六月くらいに公園で声かけてくれたこと、覚えてる?」
「うん、もちろん」
「あの時はびっくりしたよ。まさかあの後藤くんに話しかけられるなんて」
あれは確かひとりが、虹夏さんがバンドとしての成長とは何かについて考えていた頃だ。
暗い公園でブランコに乗る彼女を見つけて、何かを心配して声をかけた記憶がある。
「しかもいきなり、今日はいいお天気ですね、だよ?」
「それはもう忘れて」
「だーめ、忘れてあげない」
半笑いの彼女とは違って、こっちは恥ずかしさしか感じない。
今なら分かる。天気デッキは実は上級者向けだ。僕程度ではまだ扱いが難しい。
くすくすと笑っていた彼女だったけど、今度は一転少し不満そうに僕の背中を軽く叩く。
「しかも急に隣に座ってくるし。今だから言うけど、あれ結構怖かったよ」
「そこはその、ちょっと狙ってたから」
「えっなんで?」
「あそこ結構暗かったから、女の子一人じゃ危ない気がして。だから怖がらせたら明るい場所に、安全な場所に行ってくれるかなって」
「……そういうところ、ほんとずるい」
そう言ってから彼女はもう一度だけ気持ち強く、それでいて優しく僕の背中を叩いた。
僕のあれはずるかったのかな。口じゃ出来なくても行動ならって思ったんだけど。
それを確認する前に彼女は話を再開した。これはいつか機会があれば聞いてみよう。
「ぼっちちゃんとあたしが友達になれたのは、あの日あたしが声かけたからって言ってたよね」
「うん、虹夏さんがひとりを見つけてくれたから」
「あたしと後藤くんも同じ。後藤くんがあの時あたしを心配してくれたから。だから今があるんだよ」
「……同じなのかな?」
「同じだよ。それに、あたしだけじゃない。リョウも、喜多ちゃんもそうだと思う。リョウの体を心配して、隠れてお弁当を渡してくれたこと。喜多ちゃんも言ってたよ、危ないところを、悩んでいるところを助けてもらったって。それも全部、後藤くんからやってくれたこと」
「それは、皆がひとりの友達だから」
「それは後藤くんがあたしたちを気にした理由でしょ。あたしたちが後藤くんのことを、その、好きになった理由じゃないよ」
だから、と震えた声で彼女は続ける。
「おこぼれなんて言わないで」
目と目が合う。だから分かる、伝わる。虹夏さんは今本気でこれを言っている。
「あたしの友達を、馬鹿にしないで」
その上で彼女は、これまでで一番の無理難題を僕に告げた。
「虹夏さんはいつも、難しいことばっかり言うよね」
「難しくても、無理でも、絶対許さないから」
「……そっか」
「絶対だから、約束だからね」
絶対ならしょうがない。無理を通すためにも、これからはもっと頑張らないと。
そんな内心を見透かしたように、彼女は僕に大きい釘を刺して来た。
「でもあんまり頑張らなくていいから」
「……えっじゃあどうすれば」
「頑張らなきゃ駄目な時は、ううん、そうじゃなくてもいつでも来て。愚痴でも相談でも、何でもいいからもっと話そ?」
「そんな迷惑になること」
「ならないよ、友達との話だもん。それに、今までずっとあたしたちが聞いてもらってたから。いい加減そろそろ返さないとね」
「たちって。勝手にそんなこと言ってもいいの?」
「いいんです。リーダーの特権だよ!」
「横暴だなぁ。人望減っちゃうよ?」
「あたしは結束バンドの結束バンドなんでしょ? だから大丈夫!」
弱いところを見せられるようになれたら、誰かに愚痴を零せるようになれたらいいね。
お正月、廣井さんにそう言ってもらった記憶がある。あの時僕はそれを否定し拒絶した。
そんなことは出来ないと、僕にそんな弱音は許されないと、ずっとそう思っていた。
だけどこれも違った。僕はいつも思い違いをしてばかりだ。
家族じゃなくても僕が僕を許さないことを、認めないことを絶対に許してくれない人がいる。
僕の自由な気持ちを縛る、酷く横暴な振る舞いだ。でもそれがどうしようもなく嬉しかった。
この気持ちをどれだけ伝えられるかは分からないけれど、それでも精一杯込めよう。
「虹夏さん、あの」
「うん、何?」
「ありがとう。その、こんな話聞いてくれて」
「ううん。こちらこそ、言いにくいのに話してくれてありがとう」
体は動かせないからお互いに首だけ下げて、どこか不格好にお礼を言い合う。
改めて思う。これこんな真面目な話をする体勢じゃないな。おかしくて笑いそうになる。
というかそうだ、もう話すことは話した。こんな問題だらけの状態は早く終わらせた方がいい。
僕がその提案をする前に、突然虹夏さんが思い出したように疑問の声を上げる。
「そういえば、なんで話したくなかったの?」
「それは、その」
「なんとなく今教えてくれた方は分かるけどさ、最初の方はどうして?」
「……言わなきゃ駄目?」
「だーめっ!」
笑顔で一閃されたから僕は諦めた。
「えっと、皆優しいから、もし話してもそれでもいいよって言ってくれそうで、断る理由にならなそうで、しかもそんなこと言ってもらえたら、きっと僕もその気になっちゃうから」
「うん」
「でもその後、実際に迷惑をかけそうなのは目に見えてるし、それはとても申し訳ないし」
「ふんふん」
「……」
「後藤くん」
「……それで、その、皆に嫌われたり後悔されたりしたら、もう立ち直れないなーみたいな」
「………………ふんっ!!」
「頭突きはやめて。痛いし危ない。色々危ない」
「やめない。お仕置きだよ!」
ごりごりと頭突きの延長でおでこを擦られる。痛いというよりくすぐったい。
目の間に虹夏さんの顔が、怒ったような笑顔があるのもなんだかくすぐったい。
そうして色んな意味でお手上げになりつつある中、突然観覧車の扉が開いた。
「あっ」
「あっ」
「あっ」
僕と虹夏さんと観覧車スタッフのお姉さん、三人同時に声を上げる。
こんなものを見られてしまったら、見せられてしまったら、こんな声も出したくなる。
そう、僕達は観覧車が動いていたことも、到着しそうなことにもまったく気がついていなかった。
「……あっ、ぁっぁぁ」
虹夏さんのうめき声が耳に刺さる。見ていられなくて視線を逸らすと視線がぶつかる。
観覧車の順番待ちをしている人達が、好奇心全開で僕達二人のことを眺めていた。
とりあえず今一人減ったけれど、それでも両手両足を使っても数え切れないほどいる。
これだけの数、突き刺さる視線全てを処理したら確実に新聞沙汰だ。
虹夏さんも真っ赤にした顔を僕の胸に埋め、身動き一つしない。このままじゃ降りられない。
状況を確認した僕は混乱し、この上なく馬鹿みたいなことをスタッフさんに聞いていた。
「……延長ってありますか?」
「ちょ」
「こちらの方にお願いしまーす」
「あるの!?」
驚愕して顔を上げた虹夏さんに向けて、スタッフさんが二枚何かのチケットを取り出す。
それを見た彼女が一瞬で沸騰する。見下ろす耳はさっきよりも赤くなり、今は燃えそうなほど。
何のチケットなんだろう。覗き込むと、それはこの遊園地と提携しているホテルの割引券だった。
「ごゆっくりどうぞー」
「ああああああああああ!!!」
虹夏さんはキレた。
その後暴れかけた虹夏さんを引きずるように走り、僕達は遠く離れたベンチにたどり着いた。
息を切らせて今にも死にそうな彼女を座らせ、適当な飲み物を買って戻り、僕も横に座る。
「はあ、はあ、はあ」
「大丈夫? 飲み物買って来たけど飲める?」
「の、飲む。というかなんで、後藤くんは息切れてないの……?」
「鍛え方が違うから」
伊達に十年以上ひとりを背負ってはいない。僕の足腰はひとりの賜物だ。
「もうすっごく恥ずかしかった、死ぬかと思った!」
「真っ赤だったね。破裂しそうで心配したよ」
「……そういう後藤くんは、ぜんっぜん照れてないよねー」
「もっと恥ずかしい話、虹夏さんにしたばっかりだったから」
「うわー、責めづらい理由で攻めてきたー」
苦笑いとともに彼女は両手を挙げた。わざとらしいおどけ方だ。気を遣ってくれている。
やがて彼女はその笑みを収めると、やがて観覧車の時のように再び真剣な顔になった。
僕から話せることはもう何も無いと思うけど、まだ話の続きをするのかな。
「ねえ後藤くん、最後にもう一つだけ聞かせて?」
「……ここまで来たらなんでもいいよ。でもここだと」
「あっ大丈夫。さっきみたいなその、深い話じゃないから」
深いというか不快というか。とにかく、さっきの僕の弱音とはちょっと違うらしい。
考えてもキリが無いから打ち切って、一つ頷いた後彼女の質問を待つ。
「結局後藤くんはやりたいの、やりたくないの?」
「それは」
僕の本心はどっちなんだろう。やりたい気持ちは当然ある。皆の傍にいたい、力になりたい。
でもそれと同じくらい、傍にいて迷惑になるのは怖い。そうなるくらいならやりたくない。
迷いに目を伏せる僕を見つめて、不思議なことに彼女はにっこりと笑みを浮かべる。
「教えてくれてありがとう」
「まだ、何も言ってないけど」
「ううん、伝わったから平気!」
そう言って勢いよく立ち上がった彼女は、くるりと振り返り僕を指差す。
「あの、虹夏さん?」
「だからこれはね、あたしからの宣戦布告!」
その唐突な宣言に、僕はただ驚いて彼女の顔を見つめることしか出来ない。
そんな様子がお気に召したのか、彼女は満足げに笑みを深めて続ける。
「あたしが、あたしたちが絶対正直にさせてあげる!」
夕日は後光で雲は羽。
「覚悟して待っててね、一人くん!!」
夕焼けを背負って微笑む虹夏さんは、まるで天使のようだった。
虹夏さんが僕から指を下ろしてすぐ、結束バンドの三人が駆け寄って来た。
「あっ先輩たちいたー! もう、二人とも探したんですからねー!!」
「ごめんね、あの辺り人が多いから移動してた」
「それならそれで連絡くらいしてください!」
「いやーほんとごめんね?」
「り、リア充の間を何度も通って来たから、なんだか意識が朦朧と」
「ひとりもごめん。謝るから現世に戻って来て」
ぷんすこ怒る喜多さんと半透明のひとりはいつもと同じ、見慣れた態度と振る舞いだ。
どうやらさっきのことは見てないし知らないらしい。今更の心配だったけど安心した。
密かに胸を撫で下ろしていると、黙って僕らを見比べていたリョウさんが一言発する。
「それで、どう?」
「どうとは?」
「二人とも、もう大丈夫?」
リョウさんの問いかけに、僕達は二人揃って同時に顔を見合わせる。
僕は変わらず無表情のまま、虹夏さんはそれでも柔らかい笑顔を向けてくれた。
これなら大丈夫、胸を張って言える。僕達は仲直り出来た。前みたいに、前以上に仲良くなれた。
「ご迷惑をおかけしました」
「えっと、この通りです」
一緒に頭を下げた後、彼女はそっと僕に近付いて腕にくっついた。なんだか近い。
友達の距離感にしては近すぎる気がする。でも仲直りの証明にはちょうどいいのかな。
それを見た喜多さんはニヤリとした笑みを浮かべると、悪戯っぽく僕達に絡んでくる。
「……どの通りですか~?」
「えっ」
「どの通り?」
「どど、どどどどどど、どどどどどどどどど?」
「どういう?」
喜多さんとリョウさんが楽しそうに、ひとりがドリルのように疑問の声を上げる。
どう見ても考えてもからかいが九割、それでも残りは真剣に心配されている、多分。
上手い対応が思い浮かばない僕は、虹夏さんにこっそりと囁いた。
「どうしよう虹夏さん。今何か求められてるよ」
「どうせからかってるだけだし、無視してもよくない?」
「でもほら、ずっと心配かけちゃってたし」
「あー、うん。そうだよね……」
こそこそと二人で相談していると、恨めしそうな、それでいてとんでもない棒読みが耳に届く。
「……虹夏と陛下のために今日空けたのになー、一週間も予定ずらしたのになー」
「元々審査発表日のはずだったんですけどねー。あーあ、当日怖いなー、落ちてたらどうしよー」
「い、一次審査落ち……!? ちゅ、中退が遠のく…………」
「急に申し訳なさが消えてきたんだけど」
「まあまあ。何でもいいから、やるだけやっておこうよ」
僕も正直萎えてきたけれど、額に苛立ちを浮かべる虹夏さんをなんとか宥める。
ひとりに喜多さんにリョウさん、それに星歌さんをはじめとした大人の人達。
色んな人に気を回してもらったおかげで仲直り出来たのは事実だ。イラッとしたのも事実だけど。
「では仲直りの証明として、一発芸やります」
「なんか始まりましたよ」
「み、見てください、超ロン毛!」
「虹夏が馬鹿になった」
「あっそ、それは、後藤家秘伝の一発芸じゃ」
「いやこれ思い付きでやってたよね?」
「そうだ、じゃあひとりも混ざる?」
「あっえっ、ちょ、超々ロン毛!!」
「ぼっちも馬鹿になった」
「元からじゃないですか?」
「!?」
変なことや馬鹿なことを言ったりしたり、それに呆れたりツッコんだり。
そんな僕達のいつものようなやり取りを、大人三人は遠くから不思議そうに見ていた。
「……あいつらあれ、何やってんだ?」
「さあ? でもあの感じ、仲直り出来たってことじゃないですか?」
「それじゃ祝い酒だー!」
以上答え合わせでした。後半の理由も分かっていた人は魔王検定一級です。
分かった方も分からなかった方も、せっかくなので評価と感想をお願いします。
次回は通常投稿で「現実逃避をしよう!」です。