ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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第二十三話「現実逃避をしよう!」

 その日強い言葉で喜多さんに呼び出された僕は、スターリーのカウンターに座っていた。

僕の横に座る彼女は全身から不安と緊張を放出して、その気持ちのまま身を乗り出してくる。

 

「この不安、どうやって誤魔化せばいいでしょうか?」

「練習でもしてればいいんじゃない?」

「そういうのじゃないんですよ!!」

 

 思ったことをそのまま告げると、掴みかかるような勢いで真正面から怒られてしまった。

それから出来の悪い生徒に教え込むように、彼女は腕を組みながら僕に語り掛ける。

今日の喜多さん先生だ。でも残念ながら、今回は講義というより抗議のようだった。

 

「いいですか先輩。今日はとうとう、未確認ライオットの一次審査の結果が出る日です」

「そうだね」

「結果が気になって気になって、さっきから何も手が付きません!」

「うん、見て分かる」

「その上で、どうやって気を紛らわせばいいでしょうか!?」

「やっぱり練習してた方がいいよ」

「むむむっ」

 

 最初の提案を曲げずにいると、恨めし気に睨まれてしまった。じとっとした視線が突き刺さる。

でも全然怖くない、むしろ微笑ましい。喧嘩を売ってるみたいだからその感想は胸にしまった。

その代わりにどうして練習を推すのか、今度は僕が彼女にその理由を説明する。

 

「通過してもまだまだ先はあるし、落ちてもバンドが終わる訳でもないし」

「くっ、どうしてここで正論言うんですか!?」

 

 この段階まで来れば自分がやるべきこと、出来ることはもうとっくに終わっている。

あとは待つだけなのに緊張しても意味が無い。してもしなくても、結果は何も変わらない。

それなら無駄に気を揉むよりも勉強なり練習なり、次に繋がる何かをしていた方がいい。

ただ、あくまでこれは理屈の話、当事者の彼女からすれば難しいのかもしれない。

 

「でも皆からしたら無神経だったよね。ごめん」

「あっいえ、こっちこそすみません。不安でつい当たっちゃって」

「気にしないで。これくらいで喜多さんが安心出来るなら、いくらでもしていいよ」

「今、なんでもって言いました?」

「そこまでは言ってないかな」

 

 勝手に許容範囲を広げようとしたから釘を刺す。そこまで今日は許していない。

誤魔化すようにウィンクをする、思っていたよりも余裕のある彼女が不意に表情を崩した。

その視線の先には僕も意図的にスルーしていた、怪しげな儀式を行う集団がいた。

 

「はーっ通れー! はーっ通過しろーっ! はあー!!」

「うっうおぅうぅぉぉおう……」

「すこーすこー」

 

 一人は眉間に皺をよせ何かを祈り、一人は現世から離脱し、一人は完全に寝ていた。

喜多さんはそんな、おおよそまともとは言い難い集まりから目を背ける。僕もそれに倣った。

 

「……それでその、伊地知先輩たちはあれ、いったい何してるんですか?」

「願掛け? ほら、デモテープ送った時みたいな」

「いやあれそのレベルじゃありませんよ?」

 

 全身を崩すひとりを御神体に見立てお香を焚き、そこへ虹夏さんが祈りを捧げる。

リョウさんも最初は適当にやっていたけれど、途中で飽きたのか鼻提灯を作っていた。

酷い状況だ。現にこれを見たPAさんは、そそくさと逃げるようにお店の奥に引っ込んで行った。

 

「やめろ馬鹿ども」

「あ痛ぁっ!?」

「ぐふっ」

 

 その光景にとうとう痺れを切らした星歌さんが、鋭いチョップを二発放った。

 

「うちの店を怪しい集会所みたいにすんな」

「いったあぁぁ……なにも殴ることないでしょー?」

「しかもなんで私たちだけ……」

「……ぼっちちゃんは可愛いからいいんだよ」

 

 そのひとりはお祈りに包まれて即身仏になりかけていた。復活のために水を供えておこう。

なんとなく気分で両手を合わせていると、カメラのシャッター音が連続して耳に届く。

その音の先では、星歌さんが何かを誤魔化すように結束バンドにお説教をしていた。

 

「つーか、やることないなら練習でもしてろ」

「店長さんまで先輩と同じこと言うんですね……」

「ダブル魔王のパワハラだ」

「誰が魔王だ、誰が」

「そうだよリョウさん。星歌さんはもう引退済みだって」

「そこじゃない」

 

 僕と星歌さんの提案、練習して気を紛らわせようという考えを誰も受け取ってくれない。

虹夏さんも口を尖らせて、その提案への不満を星歌さんにぶつけている。

 

「練習って言ってもさー、今日スタジオ空いてないじゃん」

「んじゃ路上ライブでも行ってこい。ここで管巻いてるよりいいだろ」

「えー、絶対集中出来ないよー」

「甘ったれたこと言ってんなよ。バンドマンならどんな時でもちゃんと演奏しろ」

 

 そんな厳しいことを言いながらも、虹夏さんに甘えられて星歌さんは嬉しそうだった。

仲良し姉妹のやり取りを見て心温まる僕とは反対に、喜多さんは眉を顰めて難しい顔をする。

 

「先輩先輩、こんな私たちを見て、どうも思わないんですか?」

「……思わないこともないけど、それを言うなら虹夏さんもじゃない?」

「えっ何の話?」

 

 こうして皆が結果発表に苦しんでいる原因の一端は、僕と虹夏さん二人にもある。

先週喧嘩をしていた僕達を仲直りさせるため、皆は色々と考えて骨を折ってくれた。

その一環として、本当は今日行くはずだった遊園地というカードまで皆は切った。

だからあれさえなければ、なんて風に言われてしまうのも仕方がない、のかもしれない。

 

「いやぁその節は本当にご迷惑をおかけしまして」

「あっそういうのはいいです」

「なんだこの後輩!?」

 

 虹夏さんのそんな気まずさを喜多さんは切り捨てた。

 

「そういうのはいいので、この不安をなんとか誤魔化してください!」

「さっきのでもの凄く意欲削られたんだけど。っていうか私だって何とかしてほしいよー!」

「うるさいなこいつら」

 

 うんざりしたように頬杖をつく星歌さんをよく見ると、左右違う靴下を履いていた。

誰も言わないあたり、あれはおしゃれなのかな。いや、今リョウさんが鼻で笑ったから多分違う。

どうやら実は星歌さんもかなり緊張しているらしい。隠しているみたいだからそっとした。

代わりとは言っては何だけれど、冷静なふりをしているリョウさんへ声をかける。

 

「リョウさんは心配してないの?」

「あんなに焦っても疲れるだけ。私はあの二人と違って落ち着いてるよ」

「……さっきから貧乏ゆすり凄いよ?」

「ふっ」

 

 誤魔化せていない。

 

「……そうだ陛下、一つ教えて」

「誤魔化せてないよ?」

「もしかして陛下って、キャラ作ってる?」

 

 キャラを作っている、僕が。切り返すような質問に、頭が疑問で一杯になる。

よく分からない意図を確かめるためにも、とりあえず答えるだけ答えた。

 

「そんなことしてないよ」

「素魔王?」

「素魔王だよ。えっ素魔王って何?」

 

 ついそのまま返してしまった。素ラーメンとかと同じ感じ、いやそれでも意味が分からない。

ただ考えても意味の無さそうなことだったから、そのまま流して彼女の真意を確認する。

 

「急にそんなこと聞いて、どうかしたの?」

「前から思ってたけど、陛下って魔王の割に口調柔らかいから」

「やりたくてやってる訳じゃ、というかそれでキャラ作ってることになるの?」

「うん。てっきりインテリ穏やか系魔王を目指してるのかと」

「そもそも魔王なんて目指したことないよ。勝手になってただけ」

「おぉ!」

 

 今何に感心されたんだろう。聞いてもろくな返事じゃなさそうだからこれも流す。

それはそれとして僕の口調に何かを感じるあたり、リョウさんは中々勘が鋭かった。

キャラはともかく彼女の言う通り、話し方についてはある程度作っている。

 

「キャラは作ってないけど、口調は確かに意識してるかな」

「ほほう。その心は?」

「妹達が真似しないように、なるべく強い言い方とか汚い言葉は使わないようにしてる」

 

 そんな地道な努力も虚しく、ひとりはどこからか変な語彙を増やしている。

ふたりに至っては幼稚園の友達や母さんと見てるドラマの影響で、多分うちで一番口が悪い。

今では面と向かって、姉にクソ面倒とかどうしようもないとか言うようになってしまった。

もうすでに思春期が怖い。僕もその内クソ兄貴とか呼ばれてしまうのだろうか。

 

「でもずっとこれだから、この話し方も素と言えば素だよ」

「そうなのぼっち?」

「……はっ! えっあっはい。お兄ちゃんは家でもこんな感じです」

 

 即身仏から人間に戻ったひとりが、リョウさんの問いかけに素直に頷く。

ひとりの前でこの話し方を崩したことは無いから、この子にとってはこれが僕の素だ。

 

「でもさっきの言い方的に、素はちょっと違うんだよね?」

「まあ、うん。多少は」

「見たい聞きたい。ぼっちもそう思うでしょ?」

「あっはい」

 

 リョウさんが、ひとりまでも期待のまなざしを向けてくる。とても困ってしまう。

僕が一番自分を騙しているのは、素とかけ離れている時は、他人と接している時だ。

試したことはないけれど本当の気持ちで話せば、それはもう口汚くなる気がしてならない。

 

 逆にこうして結束バンドの皆と、好きな人と話す時はほとんど素と変わらない。

精々が硬い言い回しを避けているくらいだ。ひとり達の期待に応えるほどじゃない。

だからそれをそのまま告げて、いや、このキラキラとした瞳を裏切るのは心苦しい。

そんな葛藤と苦悩の果て、僕は大根のくせに何故か演技で誤魔化そうとしていた。

 

「というわけで陛下、さん、はい」

「頼み方が違うな」

「……え?」

 

 僕の言葉を聞き石像のように固まるリョウさんの前で、大袈裟に足を組む。

それから大仰な動作で頬杖をつき、出来るだけ視線の温度を下げて彼女を見つめる。

ぶるりと一つ彼女が身を震わせたのを確認してから、冷たく平坦な声を出した。

 

「今、お前は私に頼みごとをしている。ならどうして頭がそこにある」

「えっあの、へ、陛下?」

「お、お願いします!」

「ひとりはいい。山田、お前に言ってる」

「あっす、すみません。よろしくお願いします」

 

 リョウさんがらしくないほど機敏な動作で体勢を整え、卑屈なほど丁寧にお辞儀をする。

その体勢のまま、ちらちらと上目遣いで僕の顔を覗き見る。とんでもなく怯えられていた。

自分でやっておいて少し傷つく。それもあるしすぐボロが出そうだから、もうやめよう。

 

「ち、ちなみに、それが陛下の素でしょうか?」

「違う」

「えっじゃ、じゃあ、これは?」

「素だとそんなに代わり映えしないから、怒った時の星歌さんのモノマネしてみただけ」

 

 ネタ晴らしをすると、リョウさんが勢いよく顔を上げ、ぽかんとした顔で僕を見る。

彼女にしては珍しい表情だ。わざわざ慣れないことをした甲斐があった。ちょっと満足。

 

「びっくりした?」

「…………心臓が止まった」

「ひとりじゃないんだから、それだと死んじゃうよ」

 

 リョウさんのチクチクとした視線が刺さる。彼女にこの類を向けられるのも珍しい。

それを正面から受け止めていると、星歌さんに背後からツッコミで奇襲される。

僕の後頭部を軽く叩いた後、彼女はとてもとても不満そうに僕のことを睨んだ。

 

「……お前、私のことあんなのだと思ってたのか?」

「本当に怒ったところ見たことないのでイメージです。そんなに似てませんでしたか?」

「あれで似てたら私は寝込む。零点」

 

 そう言ってから、彼女は結束バンドの面々へ視線を送る。採点を求めていた。

 

「一点です。ただの怖い人でした」

「私は二点。キレた店長でもあそこまではない」

「うーん、私は四点かな。ちょっと昔のお姉ちゃん感あった」

「あっじゃあ私も四点で……」

 

 五十点満点中十一点、文句なしの赤点だ。僕はやっぱりモノマネも下手だった。

星歌さんはそれでも不満だったようで、ちょっと高い、とぼやきながら仕事に戻る。

そんな寂しげな後ろ姿に苦笑いを送りながら、虹夏さんが疑問に首を傾げた。

 

「それでどうして、一人くんはお姉ちゃんのモノマネなんてしてたの?」

 

 リョウさんとの会話を含めて、不思議そうな虹夏さんと喜多さんに伝える。

全て話し終えた時、喜多さんは感心したように息を漏らしながら僕を罵倒した。

 

「はー、先輩でもそんな器用なこと出来たんですねー」

「めっちゃ悪口。でも私も正直意外。そんなことしてたんだ」

「……僕のこと、なんだと思ってるの?」

「演技が下手な人」

「嘘も下手な人。あっモノマネも下手だったね!」

 

 ボコボコに言われる僕の背中をひとりが慰めるように撫でた。この子は今日も優しい。

その様子をニコニコと眺めていた喜多さんが、何か思いついたように突然声を上げる。

また変な発想をしたようだ。僕と同じ考えに至ったのか、虹夏さんが疲れた表情になった。

 

「あっそうだ。いい機会ですし、今日は練習しましょう!」

「一応聞くけど、バンドのだよね?」

「違います。もう先輩、私たちのことなんだと思ってるんですか?」

「いや私たちバンドマンだよ?」

 

 虹夏さんの当然のツッコミを喜多さんは笑顔でスルーした。

 

「演技ですよ演技! 先輩はもちろんですけど、私たちもやったほうがいいと思うんです」

「一人くんは当然として、私たちも?」

「えぇ面倒。陛下だけでいいよ」

 

 またボコボコだった。今回ひとりは背中じゃなくて背伸びして頭を撫でに来る。

実は僕が考えているよりもずっと、皆はあの遊園地のことを怒っているのかもしれない。

お礼と精神安定のため、ひとりの頭を撫で返す。安心したようにくっついてきた。可愛い。

 

「この間の池袋の時、改めてMCって大事だなーって思って」

「確かに、あの時のウケは凄かったよねー」

「だからこれからのためにも演技というか、パフォーマンス力も上げたいんです!」

「なるほど分かったよし郁代、私の分も任せた」

「任されました!」

「この子は今日も……」

 

 一人速攻で離脱して席を離れるリョウさんを見送る。出来れば僕も連れて行って欲しかった。

そんな僕の内心も知らず、というよりも無視して、喜多さんは気合十分に僕を見上げる。

胸の前で握った両手とキタキタした両目には、抑えきれないほどの期待が込められていた。

 

「それで先輩、私たちのMCってどれくらい面白いと思います?」

「箸が転がるのと同じくらいかな」

「どうして私たちのMCを責める時はウィットに富んでるの!?」

「そんなぁ照れちゃいますよー」

「いや褒められてないよ!? 箸が転がってもおかしい年頃って言葉知ってる?」

「えっ、大爆笑で箸が転がるほどの衝撃って意味ですよね?」

「ことわざの誤用! 喜多ちゃん現国大丈夫!?」

「……そういう訳で、皆で演技とパフォーマンスの練習をしましょう!」

「えっ本当に大丈夫なの?」

「さあ!!」

「また勢いで誤魔化す」

 

 喜多さんはそれまでの定期試験と比べ、三学期の学年末テストはだいぶ苦戦していた。

未確認ライオットのため、バンドの練習のため、勉強の時間を犠牲にしているからだろう。

その割にSNSの投稿頻度が変わっていないのは気になる。その辺りの話をいつかしよう。

 

「あー、まあ、悶々としてるよりはいいかな。やろっか」

「それじゃあ頑張りましょう、伊地知先輩、後藤先輩、ひとりちゃん!!」

「…………えっ、わ、私もですか!? 私には背ギターとか歯ギターとかあるので、これ以上は」

「ひとりちゃんはやっちゃいけないこと、あとで一緒に勉強しましょうね?」

「こ、コンプライアンス……」

 

 にこやかに、そしてどこか凄みのある笑顔の前にして、ひとりは頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 そうしてひとりを少し離れた席、観客席に置き、残った僕達は茶番の準備を始めた。

 

「それで喜多さん先生、今日はどうやって練習するの?」

「そうですねー。先輩が適当に演技して、それを私たちがツッコむ、みたいな」

「コントの練習じゃん」

「あっモノマネとかでもいいですよ」

「コントじゃん」

 

 虹夏さんは不満げにコントコントと繰り返すけれど、あれも立派な演劇の一種。

違いは時間と目的くらいだから、演技の練習として選ぶのもそれほど的外れじゃない。

問題と言えばコントだろうがなんだろうが、僕は到底出来る気がしない、というところだろう。

 

「適当、適当。うーん、範囲が広いと逆に困っちゃうね」

「テーマとかあった方がやりやすいですか?」

「多分。でもこういうの弱いから全然思い浮かばない」

「テーマねぇ。一人くんでも出来そうなのは」

 

 うんうんと、虹夏さんと揃って頭を捻る。僕でも出来そうな何かとは。

そんな僕達二人とは裏腹に、喜多さんがキタキタと光りながらとある提案を掲げた。

 

「そうだ、なら私と兄妹の演技をしましょう!」

「欲が隠しきれてない」

 

 彼女はどうも、二月のあのお泊りが相当楽しかったらしい。

そう感じてくれたのはとても嬉しいし、またいつでも泊まりに来て欲しいとも思っている。

それはそれとして、妹どうこうは話が別だ。こっちはもうあんまりやりたくない。

 

「ひとり」

「あっ、えっと、それは」

「駄目だって。だから別のにしよう」

「えー!? ひとりちゃん、そこをなんとか!」

 

 ひとりも歓迎していないようだったから断っても、喜多さんに諦めた様子はまるで無い。

そそくさと観客席に近付くと、彼女はひとりの両手を握って振り回しながら懇願している。

しばらくの間はそれに耐えていたひとりだったけれど、最終的に変な方向に折れた。

 

「あっじゃあ、お姉ちゃんならいいです」

「えっ」

「それってもしかして、先輩が女装してお姉ちゃんやるってことですか!?」

「やらないよ」

 

 視界の隅で星歌さんが急に準備体操を始めた。仕事しててください。

 

「あっそっちじゃなくて、喜多ちゃんがお兄ちゃんのお姉ちゃんになるなら」

「ありがとうひとりちゃん!」

「妥協点が分からない……」

 

 妹と姉、その重要な違いを語ろうとした瞬間、喜多さんが爆速でこっちに戻って来る。

この話はまたの機会にしよう。キタキタした彼女を前にして、他のことを考えている余裕はない。

 

「という訳で私がお姉ちゃんになるので、先輩は弟役お願いします!」

「……本当にやらなきゃ駄目?」

「駄目です。それにこれくらい普段と違った方が、きっといい練習になりますよ!」

「そういうものかな?」

「そういうものです! とりあえずやってみましょう!」

 

 やってみましょうと言われても、僕は生涯兄で弟じゃない。そして弟というものを知らない。

したくないのか出来ないのか。とにかく動き出さない僕に喜多さんがしびれを切らす。

 

「さあ、早く私のことをお姉ちゃんと呼んでください!」

「……」

「あっそっか。早く私のこと、お姉ちゃんって呼んで?」

「ヤベー絵面だ」

 

 後輩の、年下の女の子に姉と呼んでと迫られる。虹夏さんの言う通り恐ろしい絵面だ。

このまま黙っていても状況が悪化する予感しかしないから、一度正直な気持ちを告げた。

 

「ごめん、何をどうすればいいのかまるで分からない」

「あー、なんとか頑張って、喜多ちゃんを姉扱いするとか」

「ですです! ほーら、お姉ちゃんよー?」

「無理」

「断言された!?」

 

 僕の断固としたギブアップに驚愕した後、喜多さんは不満げにじっと僕を見つめた。

そんな目で見られても出ないものは出ない。苦笑いの虹夏さんに視線で助けを求める。

彼女は困ったような笑顔を浮かべ、それでも打開策を提案してくれた。

 

「それじゃほら、モノマネとか」

「モノマネ?」

「一人くんじゃなくて、その人が喜多ちゃんの弟になったイメージならなんとかならない?」

「なるほど。ちょっとやってみるね」

 

 とは言ってみたものの、いったいどこの誰をモノマネしてみればいいのか。

モノマネはする相手をよく知らなければ出来ない。そして星歌さんをした出来はあれ。

この分だと他の誰かを真似しても、きっと誤差程度のものしか僕は披露出来ない。

 

 それなら仕方ない、最終手段を取ろう。僕が一番よく知ってる人達、家族のモノマネ。

父さん、犯罪になる。母さん、実際ノリよくやりそうなのが想像出来て、なんか凄く嫌だ。

ひとり、出来が良すぎて多分引かれる。ふたり、流石に恥ずかしい。選択肢は一つしかなかった。

 

「おう姉貴、呼んだか?」

「えっだ、誰ですか?」

「おいおい認知症まで最先端か? 誰も何も、どう見てもお前の弟だろうがよ」

「いや誰!?」

 

 喜多さんと虹夏さんが戦慄に震える中、ひとりがなんでもなさそうに呟いた。

 

「あっジミヘンだ」

「ジミヘン!? あの!? ファンと遺族に怒られるよ!?」

「あっいえ、うちの犬の方です」

「あの子こういうイメージなの!?!?!?」

 

 ジミヘンは格好良くて頼りになる犬だけど、どこか軽くて下品なところもたまにある。

ただ彼は人間の言葉を喋れないから、これはあくまでも僕の勝手な想像に過ぎない。

もしかしたら紳士的な話し方をする可能性も無くはない。もしそうだったらごめんね。

 

 安心しな兄弟、俺ぁBIGな男だぜ? んな小せぇことぁ気にしねぇよ。

心の中のジミヘンが僕にそう告げた。駄目だ、あまりにもこういうイメージが強すぎる。

どうやっても拭いきれないから、いつもの喜多さんのように勢いで突き進もう。

 

「んで姉貴、今日はなんだってんだ?」

「えっ、あっそ、そう、その、何か話があるんじゃなかったの?」

「話って、俺がか?」

「うん」

 

 無茶ぶり染みた突撃に、喜多さんもまた無茶ぶりで返してくる。この状態で話。

どうでもいい戯言しか思い浮かばず困惑していると、突然誰かが僕の腕を引いた、

 

「ダーリン。今日は私のこと、お姉さんに紹介してくれるんでしょ?」

 

 なんか来た。

 

「あっあれ、リョウ先輩はやらないんじゃ」

「こっちが賑やかだから寂しくなったんでしょ。というかダーリンって」

 

 いつの間にか虹夏さんは巻き込まれないように避難し、ひとりとお喋りしている。

あっちに混ざりたいな、という思いを懸命に堪えて、この意味不明なコントを続けないと。

一応、そう、一応、これも多分喜多さんが僕のことを少しは考えて計画したことのはず、きっと。

黙って僕を見上げているリョウさんの期待に応えることで、なんとかその流れには乗れた。

 

「……そうだったな、悪い悪い。姉貴、これが俺のこれよ」

「どれ!?」

「ハニー」

「ハニー!?!?!?!?」

 

 ひっくり返りそうなほどのけぞり、喜多さんは驚きを露わにしていた。

ダーリンと来たからハニーと返したのだけれど、もしかして何か違ったのかな。

違うとしてもジミヘンならこう返すだろうから、今はこれが正しい反応だ、問題ない。

 

「っていうか一人くん、ジミヘン? のモノマネはちゃんと出来るんだね」

「あっはい。私のも上手なので、家族のなら出来るみたいです」

「はえー。相変わらず器用なんだか不器用なんだかよくわかんないねー」

 

 僕のハニー発言は余程意外だったのか、横のリョウさんにも衝撃を与えていた。

一瞬目と口を大きく開いた後、それを誤魔化すように自分の両頬に両手を添える。

 

「ハニーだなんてそんな、照れるわ。ぽっ」

「照れんな照れんな。大体ダーリン呼ばわりしたのはそっちが先だろ」

「いやなんですかこれ? なんなんですかこれ!?」

 

 僕も分からない。リョウさんに聞いて欲しいけれど、多分彼女は何も考えていない。

理解を放棄して流れに身を任せる僕の手を、彼女は喜多さんに見せつけるように握る。

それから一歩二歩と喜多さんに近付き顔を寄せ、囁くように僕の身柄を要求した。

 

「お姉さん、今日はダーリンを引き取りに来ました」

「あっだ、駄目です! そういうのは、その、うちの子にはまだ早いです!」

「そこをなんとか」

「う、うぅ、か、顔が近い、そして凄くいい……!!」

 

 彼女の謎の葛藤は十秒ほど続き、その後には悟りでも開いたような穏やかな顔をしていた。

 

「……こうなったら仕方ありません」

「?」

「代わりに、私が娘になります」

「いやなんでだよ」

 

 我慢できなかった虹夏さんのツッコミでオチがついたところで、いったん総評になった。

予想していた以上に滅茶苦茶になった練習を思い返し、喜多さんが満足そうに頷く。

 

「いやぁ、やっぱり切れ味が違いますよねー」

「ステージ上でもこれが出来れば間違いないよ」

「問題は実力じゃなくて、本番の緊張をどうするか」

「あっ私もどうすればいいのか知りたいです」

「なんで私の評論してるの!?」

 

 そういうところだと思う。

 

 

 

 その後もなんだかんだと言いながら、僕達は練習という名のコントを繰り返していた。

最初逃げたリョウさんも乱入してからはずっといて、虹夏さんもなんだかんだノリノリだった。

ひとりはボケもツッコミも出来ず、ただ周りに驚いてばかりだったけれど楽しそうだった。

喜多さんは言うまでもない。練習なんて必要ないほど彼女は喋り倒していた。

 

 そんな練習の途中、突然虹夏さんの携帯が着信を告げた。

 

「あーもう何? 今忙しいのに」

 

 そうぼやきながら携帯を見る彼女の動きが、凍り付いたように完全に止まった。

さっきまで四方八方にツッコミを放ち続けていた彼女の異常に、結束バンドが目を見合わせる。

その様子を見ながら僕も僕で携帯を確認していた。大槻さんからメッセージが来ている。

素っ気ない文面に隠せないほどの喜びを感じた。どうやら結果発表は一斉送信しているらしい。

 

「……虹夏?」

「通った」

「え?」

「未確認ライオット、一次審査通ったって!!」

 

 跳ねるように虹夏さんが伝えると、わっと皆が彼女の元へ駆け寄る。

それからは笑ったり、無意味に叩いたり、なんとなく胴上げしようとしたり。

四人が四人、ひとりすらも大はしゃぎで一次審査の突破を喜んでいた。

 

「……一緒にはしゃがなくていいの?」

「後でやります。今はなんというか、メンバーだけで喜ぶ時間のような気がして」

「そういうもんか? そんなこと、あいつらは気にしないだろ」

「僕なりのけじめです」

 

 隙を縫って皆から離れていた僕に、星歌さんが気を遣って声をかけてくれる。

でもこの成功は、喜びは結束バンドが掴み取ったもの。まだ僕の順番じゃない。

そんな僕の返事にもの言いたげだった星歌さんへ、もう一つだけ理由を重ねた。

 

「それに」

 

 はしゃぐ結束バンドを眺めていると、虹夏さんがそれに気づいたように振り向く。

それから勝ち気な笑みを浮かべたと思えば、見せつけるように僕へVサインを向けた。

 

「今の僕は、宣戦布告されている身なので」

 

 星歌さんが首を傾げて僕を見る。その視線から隠すように、僕もこっそりと同じものを返した。




一人君が作中素の口調で話したのは今のところ一回だけです。
次回「ガチということ 上」です。
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