ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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第二十四話「ガチということ 上」

 朝登校すると、珍しく早く来ていたリョウさんが僕の席に座ってぼーっとしていた。

 

「おはようリョウさん。今日は早いね」

「珍しいねー。なんか変なもの降ってきそう」

 

 登校途中ばったり会った虹夏さんと一緒に声をかけると、リョウさんがはっと立ち上がる。

そしてさっきまで座っていた椅子を恭しく僕に差し出し、例のごとく優雅にお辞儀をした。

 

「ははーっ陛下、椅子を温めておきましたー」

「……大義である?」

「何長何吉?」

 

 これはもしかして時々振られる、リョウさんの魔王ボケシリーズの一つなんだろうか。

今回は第六天魔王の草履を懐で温めるという、あの有名な逸話をオマージュした、みたいな。

その予想を裏切るように、彼女は虹夏さんのツッコミに少し不満げな顔をした。

 

「忘れたの? 陛下に何か返しなさいって、虹夏が前言ってたことでしょ」

「えっこれお返しなの? 何返してるのこれ?」

「体温。私の温もりをプレゼント」

「うわぁ」

 

 本気でドン引きした声を上げた虹夏さんが、勢いのまま僕へ振り向く。

その目には何故か疑念と不安が渦巻いている。今僕の何を疑ってるのか、特に覚えは無かった。

 

「一人くん的に、これ嬉しい?」

「………………えっと、最近暑いくらいだし」

「だよね」

 

 安心したー、と続ける彼女から隠れるように、こっそりとリョウさんに確認する。

温もりのプレゼントはともかく、彼女からのお礼については覚えがあった。

 

「もしかして、昨日のこと?」

「うん。あれも含めてお礼」

 

 昨日リョウさんの御両親に誘われた催し、リョウちゃん応援作戦会議のことだろう。

一人ちゃんの意見も聞きたいわ~、というお声のままに、僕はのこのことお家を訪問した。

そして僕が山田家に着いた時、そこには半ギレのリョウさんとにこやかな御両親が揃っていた。

 

 見たことのない顔色をした彼女に事情を聞いたところ、御両親が暴走していることが分かった。

曰く未確認ライオット二次審査のため、結束バンドの宣伝車を走らせようとしているとのこと。

そしてそれに専念するため、病院を一時的に休業しようとしているとのこと。正直耳を疑った。

 

 そう、未確認ライオットの二次審査、ウェブ投票はすでに始まっている。

一次審査を突破した百組の内、上位三十組のみが三次のライブ審査へ進むことが出来る。

投票形式は一人一日一票。つまり、今回の審査ではファンの数と熱意が勝負を分ける。

 

 だからこの熱意はとてもありがたくはあるのだけれど、いくらなんでも限度がある。

インディーズですらないバンドの投票沙汰に宣伝車を使う。やり過ぎだし、恐らく効果が薄い。

しかも病院を休んで、というのも不味い。知られれば逆にアンチが増えてしまう気すらする。

 

 幸いリョウさんと一緒に説得することで、なんとかその無茶はやめてもらえた。

最終的に病院のロビーで時々曲を流してもらい、一角に紹介コーナーを作ることに落ち着いた。

簡単なポップにMVと投票ページに繋がるQRコードを付けたもの。病院ならあれで十分だろう。

 

「あれくらい気にしなくてもいいのに」

「それでも助かったから。これからも時々舵取りお願い」

「……昨日のあれはともかく、たまには聞いてあげたら?」

「絶対嫌だ」

 

 リョウさんの言葉に断固とした決意を感じる。これが本当の反抗期というものなんだろう。

やっぱり僕もひとりも、まだまだ思春期には程遠いな。そんな変な確信を今日も深めた。

 

 ちなみに応援の規模はともかく、後藤家も熱意なら山田家に引けを取っていない。

父さんは徹夜でチラシを作っていたし、母さんは毎日犬友相手に宣伝してくれている。

それに加えてなんと、ふたりまで幼稚園で友達に投票をお願いしてくれている。

方法がお姉ちゃんに呪われるぞ、なんて脅しなのはご愛敬、いやご愛敬で済ませていいのかな。

 

 そういえば母さんだけど、日に日に言葉遣いが変になって来ているのは気のせいだろうか。

若者言葉というかなんというか、とにかく中高生が話すような妙な口ぶりが最近多い。

母さんは若作りが好きだから、犬好き学生のコミュニティにでも入り込んだのかな。

よく分からないけどジミヘンも何も言わないし、母さんが毎日凄く楽しそうだからいいか。

 

 

 

 放課後図書館に向かう途中、ひとりを連れた喜多さんに捕まった。

なんでも僕に見せたい、聞かせたいものがあるらしく、スターリーまで来て欲しいとのこと。

控えめに頷いて同意するひとりを見た瞬間、僕は今日の用事を全て投げ捨てた。

 

「スターリーに着いたら先輩に見てもらおうね!」

「あ゛っはい゛」

「なんでひとりは声枯れてるの?」

 

 常に持ち歩いているのど飴を取り出し、いくつかひとりに渡しておく。

お礼もそこそこに、ひとりは美味しそうに飴を転がし始めた。風邪、ではなさそうだ。

答えを求めて喜多さんに視線を向けると、腰に両手を当てながら教えてくれた。

 

「それはですねー、なんとスローガンの練習をしてたからです!」

「スローガン……?」

 

 スローガンってあのスローガンのことなのかな。運動会とか球技大会で出てくるもの。

どういう、いやどこから、そもそもなんで。尽きない疑問を抱えながらスターリーへ向かう。

その道中喜多さんが楽しそうに、囁くような声で一人何かを歌っていた。

 

「天まで轟け魂の音~」

「……これ、新曲?」

「いっざ掴み取れ~勝利の栄冠~」

「えっと、スローガン」

「伝説作れ、結束バンド~!」

 

 彼女の機嫌良さそうな鼻歌で、スローガンが全部分かってしまった。

これを聴いた僕はこの後、果たして彼女の求める新鮮な反応を出来るだろうか。

そんな心配を胸にスターリーに着くと、中では虹夏さんがリョウさんに掴みかかっていた。

 

「やま、山田ァ!」

 

 真っ赤な顔でメンバーをがくがくと揺らす姿は、絵面だけなら結構な修羅場に見える。

だけど結束バンドとしてはよくある光景。現にひとりも心配そうにしつつ、人の形を保っていた。

なんにせよこのままだとリョウさんの首がもげるから、虹夏さんの暴行を一度止めた。

 

「二人ともどうしたの?」

「あっか、一人くん、これは」

「突然虹夏が男子トイレに侵入した後、今度は興奮して私を襲ってる」

「ちょ」

 

 その報告だけだと、まるで虹夏さんがただの変態のように聞こえる。

当然そんなことは無いだろうから、理由を探すと無事彼女の手に見つけられた。

そこにはこの間自慢げに見せられた、彼女お手製の二次審査宣伝用チラシが握られていた。

 

「えぇと、あんまりそういうところ、入らない方がいいと思う、よ?」

「ぁちがっ」

「その、チラシを色んなところに貼りたいんだよね。それくらい言ってくれれば」

「ち、違うの! あっちが、違わない、違わないよ!?」

「うん、大丈夫、分かってる、大丈夫だから落ち着いて」

「お、おち、落ち着いてるよ? かか、一人くんこそ、変な誤解しないでね?」

「してないよ。ちょっと気が急いちゃってるみたいだし、あっちで少し休もう?」

 

 なんとか宥めようとしても、あたふたと両手を振り回す彼女に落ち着く気配は無い。

というか僕が声をかけたら悪化した。こういう時は多分、異性は触れない方がいいんだろう。

でもひとりは似たような状態だし、喜多さんは状況をよく掴めていないようで首を傾げている。

最後の一人に目を向けると、ドヤっとしたサムズアップが返って来た。恐ろしく不安だ。

 

「虹夏」

「あっリョ、リョウもほら、なんとか言って」

「今の虹夏を、端的に表す言葉がある」

 

 虹夏さんの肩を適当に叩き、ニヤリと口を歪めてリョウさんは告げた。

 

「痴女」

「山田ァッ!!!!!!!」

 

 そのバックドロップは、虹のように美しい軌道を描いていた。

 

 

 

 そんな事件も起こりつつ、結束バンドはウェブ投票についてミーティングをしている。

なんとなく帰るタイミングを失った僕に、星歌さんは今日も隣に座り構ってくれていた。

その気持ちはとても嬉しいのだけれど、話題が酷く気まずいものになってしまった。

 

「それで一人、何位くらいで通過出来ると思う?」

「……今の時点だと、はっきり言って微妙です」

「固い奴だな。こういうのは適当な予想でいいんだよ」

「そうではなくて、その、通過自体がです」

「………………は?」

 

 僕の返事に彼女はぽかんと、まるで宇宙人と鉢合わせでもしたかのような顔になる。

その隙に僕は携帯を取り出してとあるアプリを起動し、彼女の前に差し出した。

 

「参考程度にですけど、これ見てください」

「なんだこれ?」

「昔作った人気度調査用のアプリです」

「お前何でも作れるな……」

 

 かつてギターヒーローの再生数が伸び始めた頃、ひとりにせがまれたから頑張って作った。

久しぶりに取り出したそれを見て、星歌さんが感心を超えいっそ呆れた目を向けてくる。

でもこれは素人が適当な組んだものだから、とても自慢出来るような代物じゃない。

 

「細かい理屈や挙動は省いて説明すると、このアプリは主にSNSの情報を元に調査しています」

「あー、トレンドがどうとか、そういうやつ?」

「それも含めて、なんやかんやで自動的に情報を収集してまとめています」

「説明が雑」

「……コードがどうとか、いります?」

「いらない」

 

 詳細な説明をすると日が暮れるから、しないで済むなら僕としても楽でいい。

気を取り直して携帯を操作し、未確認ライオットの二次審査についての情報をまとめる。

 

「これを使って、二次審査のバンドの順位を出してみると」

「……おい、結束バンド十位だぞ!」

「あっすみません。設定し忘れたせいで色々ノイズが混じりました」

 

 久々過ぎて間違えた。例えば結束バンドの場合、主に工具の方も収集してしまっている。

ちゃんと設定をしてから改めてなんやかんやで処理すると、今度はそれっぽい結果が出てきた。

 

「その辺を整理すると、大体二十九位から四十七位くらいになります」

「…………ぬか喜びさせやがって」

「ごめんなさい」

 

 おでこに手のひらをあてて、ぐるぐると振り回すように擦られる。

虹夏さんといい、伊地知家は人のおでこを弄って遊ぶのが好きなんだろうか。

ひとしきりやって満足したのか星歌さんは僕を開放すると、もう一度携帯を覗き込む。

 

「にしてもちょっと、順位幅大きすぎない?」

「あくまでもSNSの情報が主体なので、曖昧にしか出せないんです」

「ほーん。その割に、SIDEROSは一位から三位で安定してるな」

「上位層は情報量が多いので、その分予想も明確になります」

 

 加えて言うと、SIDEROSはバンド名が特徴的なことも大きい。

シデロス、σίδηρος。ギリシャ語で鉄を、言い換えればメタルを意味する単語。

わざわざギリシャ語を選んだのに結局は直球なのが、なんだか大槻さんらしくて微笑ましい。

 

「たださっきも言った通り、素人作りなので精度はたかがしれてます」

「でもお前は怪しいと思ってるんだろ?」

「まあ、はい」

 

 順序が逆だ。使ったから怪しいと思ったのではなくて、怪しいと感じたから引っ張り出した。

嫌な予感を否定したくて骨董品を出したのに、わざわざそれを上塗りしてしまった。

余計なことをした、と後悔していると、星歌さんもそれを滲ませながら小声で相談してくる。

 

「……さっき前祝いのケーキ予約しちゃったんだけど、やめた方がいい?」

「ちょっと、気が早いですね」

「寿司とかピザとかも?」

「それは当日からでも間に合います」

 

 

 

 そうして訪れた、未確認ライオット二次審査中間発表の日。

 

「よ、四十四位……?」

 

 嬉しくないことに僕の嫌な予測は当たり、結束バンドは揃って頭を抱えている。

ドヤ顔の同級生二人に連れられてきた僕は、今日も星歌さんの横でその様子を眺めていた。

 

「お前の予測、当たってたな」

「当たっちゃいましたね」

「……しかも滅茶苦茶落ち着いてるな」

 

 結束バンドが躓くとしたらここだと、十一月の時点で分かっていた。

二次審査、ウェブ投票は本格的な活動期間の少ない彼女達にとって一番の鬼門だ。

審査員が一から確認したデモ審査と違い、今回はファンを含む一般の人達の投票で全てが決まる。

 

 つまり、元々のファン数、知名度により大きく明暗が分かれてしまう。

この審査内容で未確認どうこう言うのか、と思わなくもないけれど、これはただの難癖だろう。

逆の立場ならこれも実力の一つ、なんて偉そうに考えていそうな気がする。ダブルスタンダード。

 

 あえて冷たいことを分かった風に言うのなら、この審査は定期テストに似ている。

テスト前になって急に勉強を始めても、それまで地道に続けていた人には遠く及ばない。

ファン集めもそうだ。審査と同時に始めても、長い目で見ていたバンドには敵わない。

確かに投票期間こそこの二週間だけれど、そもそもの勝負はずっと前から始まっていた。

 

 そんな感じのことを星歌さんに告げると、彼女はますます渋い顔になった。

 

「分かってたならもっと早く言っとけよ」

「ファンがそんなこと言うのはおかしいですよ。何よりあれこれ伝えると焦って、最終的にしっちゃかめっちゃかになりそうです。それで一次も危なくなるような気がして」

「……あー、虹夏?」

「えっと、はい。虹夏さん意外とあわてんぼうというか、結構突っ走るところがあるので、あんまり言うと変に意識しそうです。それでのんびり構えたリョウさんあたりと喧嘩したりして」

「目に浮かぶな……」

 

 虹夏さんはしっかりしているように見えて、その実脆くて考え無しの危なっかしい人だ。

下手に脅かすようなことを言えば、ずっとそれを気にして抱え込んでしまいそう。

良くも悪くもマイペースな他三人と違い、そのまま一人で崩れてしまう可能性もある。

 

 そう考えながらも言うだけ言うのは、あまりにも無責任が過ぎるだろう。

付きっきりで面倒を見る、それこそマネージャーをやるような気概が無ければその資格は無い。

つまり今と変わらず曖昧な当時の僕に、そんな偉そうなことを話す権利はなかった。

 

「それにしても、結構分かったような口利くんだな」

「すみません、今のは陰口でした」

「私が許すからよし。なんならもっと言っていいぞ」

 

 妹相手に結構失礼なことを言っていたのに、なぜか星歌さんは機嫌を直していた。

どこかニヤニヤとした笑みを浮かべて頬杖をつき、僕の顔をじっと見ている。

なんとなく気恥ずかしいから視線を逸らすと、一度鼻を鳴らすだけで許してくれた。

 

「まあいいか。それで、何か作戦とかある?」

「言えません」

 

 虹夏さんと喧嘩をしたあの日、もう結束バンドの活動には口出ししないと宣言した。

ファンにしては出しゃばり過ぎだから、立場をまったくわきまえていないから、と。

売り言葉に買い言葉とはいえ、正直なところ前々から思っていたことではある。

だから虹夏さんと無事に仲直り出来た今でも、僕はあの宣言を撤回する気は無かった。

 

「面倒だなお前。あー、じゃあそれ、私にだけ教えて」

「……星歌さん、絶対後で虹夏さんに言いますよね?」

「言わない言わない。これはただの雑談だから。ほら、言いな」

 

 絶対言うだろうな、とは思いつつ、星歌さんにそそのかされるまま僕は口を開いた。

 

「例えば、音楽系のライターさんに記事を書いてもらう、とか」

「記事って、あの記事?」

「はい。出来ればWebを中心に活動されている方がいいですね」

 

 宣伝方法を極めて大雑把に分けると、自分でやるか、他人にやらせるかの二種類になる。

結束バンドが今までやってきたこと、ビラ配りやSNSでの告知、動画投稿などはおおよそ前者だ。

こちらは直に伝える分魅力を大きく伝えられ、また誤解や勘違いを少なく出来る。

逆に手ずから行うためそれだけ手間暇がかかり、数や範囲は狭くなってしまう。

ファンの質より数が大事な二次審査に、この方法はあまり向いていないように思える。

 

「今までのやり方では足りない以上、外部の手段も必要になるはずです」

「なんとなく分かったけど、なんでライターの記事なんだ?」

「浮動票を狙いたいからです」

 

 結局のところ、ロックフェスの審査にわざわざ投票するような人なんて限られている。

応募バンドの関係者か、そのファンか、ロックというジャンルそのものを好んでいる人達か。

よその前者二つは動かない。そして今から二番目を増やすのも、現実的な手段とは言い難い。

だから結束バンドは最後の層、ロックバンドのファンから票を稼がなくてはいけない。

この場合の問題点は、その人達にどうやって結束バンドのことを知ってもらうかだ。

 

 ロックを好む人達と一言で言っても、その熱量にはきっとそれぞれ違いがある。

未確認ライオット一次審査を突破したバンド、百組全ての曲を聴く人はまず少ないだろう。

それこそ数組適当に選んで聴き、その中でなんとなく投票している人も必ずいるはずだ。

残り一週間という短い期間では、そこを狙うくらいしか今の僕では思い浮かばない。

 

「それでライター?」

「なんらかの記事で結束バンドの名前を出してもらって、その流れで、みたいなイメージです」

「適当だな」

「思い付きで話しているので」

 

 加えてこれは凄まじく失礼な考えなのだけれど、そこは年齢層の高い人が多そうだ。

日本でロックが一番流行ったのは僕が生まれる前、つまりちょうど父さん達の世代になる。

この人達の中で、僕達世代のバンドを追っかけている人は少ないはず。だからこそねらい目だ。

 

 こういう人達に宣伝するのならSNSではなく、記事の方がきっとウケはいいだろう。

Web中心が望ましいのは読んだ直後に投票が出来るから。時間を置くと忘れられてしまいそうだ。

それにいくら上の世代と言っても、ネットを触れない人に宣伝しても今回は意味が無い。

その他諸々含めて考慮して、ライターに依頼するのもありじゃないかな、と考えた。

 

「なるほどな。んじゃどうやってライターに頼むんだ?」

「そこはまあ、なんとか?」

「なんとかって」

 

 苦笑いする星歌さんだけど、彼女もそのなんとかの手段になるだろう。

彼女はかつてレーベルに声をかけられるほどだった、と以前廣井さんに教えてもらった。

それだけの人であれば、ライターに関する伝手やコネを持っていない方がおかしいくらいだ。

 

 それに取りたくない手段、伝手だけれど、既に皆一つ連絡先を持っている。

彼女も上手いこと転がさせれば、狙い通りの記事を書かせられるかもしれない。

更にやり方次第では、そもそもの選択肢を増やすことだって出来るかもしれない。

 

 他には例えば、インフルエンサーでも似たような働きは期待出来るだろう。

ただこっちはまるで縁も伝手も無い。今から見つけるには時間もお金も厳しい。

それに僕はそういう方面に疎い。これに関してはふわふわとして空想話になってしまう。

 

 なんて色々と考えてみたけれど、全て根拠のない妄想と机上の空論に過ぎない。

 

「でも結局は全部想像です。実際上手くいくかは分かりません」

「そういうこと言うなよ。説得力無くなるだろ」

「これって、ただの雑談ですよね?」

「おー、生意気言うようになったなぁこいつ」

 

 ごりごりわしゃわしゃと、とても雑に乱暴に頭を振り回される。

楽しいけれどその内首を痛めそうだから、もう一つの思い付き、禁じ手も彼女に伝えた。

 

「一応、一発で解決する方法も、あるにはあるんですけど」

「なんだあんのか。なら先にそれ言えよ」

「僕が学校でお願いすれば、少なくとも三十位以内には入れるはずです」

 

 下北沢高校は一クラス四十人で六クラス、それが三学年で七百二十人。

全員一人っ子、両親が健在だと仮定すると、合計で二千百六十人になる。

その他教師や職員、彼らの友人、家族関係を含めれば、それ以上も期待できる。

だから毎日丁寧に学校中でお願いすれば、通過ライン程度なら簡単に超えるだろう。

 

「……それは禁止」

 

 もちろんこんな乱暴な手段、元々あらゆる面から取る気はまるでなかった。

それにいつの間にか頭の上の手つきが優しくなっていたから、発想ごとそれは捨てた。

 

 そしてその日の帰り道、電車の中でひとりがひっそりと囁いた。

 

「お兄ちゃんは私が、ギターヒーローの名前を使うって言ったら、どうする?」

 

 ギターヒーローの名前を使う。つまりギターヒーローとして宣伝するか、正体を明かすか。

ついさっき僕が欠片も言わないで、星歌さんも口にしないでくれた、もう一つの確実な方法。

張本人であるひとりが、結束バンドを大事に思うこの子が、これを思いつかないはずが無かった。

 

「説得はする。でも止めるまでは出来ないかな」

「それって、ほとんど同じ意味じゃ」

「ごめん、分かりにくかったね。もうちょっと具体的に言うよ」

 

 説得というよりは説明の方が近い。ギターヒーローのアカウントを使えば何が起きるか。

まず間違いなく、二次審査は余裕で突破出来るだろう。それだけの影響力がひとりにはある。

僕が魔王的にどうこうするよりも、確実かつ穏当に結束バンドは次に進める。

 

 ただその先は、僕を使った時と同じくらい、もしくはそれ以上に面倒が増えるはずだ。

佐藤さんのように結束バンドをギターヒーローの添え物、もしくは枷と見る人。

ギターヒーローとしての演奏とひとりとしての演奏を比較して酷評する人。

 

 それ以外にもひとりを偽物と言い張る人、自分こそ本物だと主張する人。

とにかく多種多様な迷惑で面倒な人が、その後結束バンドに襲い掛かってくるはず。

今だけでなくこれからも想うなら、まだギターヒーローのことは秘密にしておくべきだ。

 

 そんな僕の懸念を伝えると、ひとりも既に想像していたようで重々しく頷いた。

 

「やっぱり、そうなるかな?」

「多分ね。それにこれは、結束バンドの戦いでしょ?」

「……うん」

 

 未確認ライオットに挑んだ始まりは、結束バンドがガチなことを証明するため。

ここでギターヒーローに頼ってしまえば、今までの努力が全て茶番になり得る。

ひとりもそれを理解しているから、ここまで暗い顔で落ち込んでいるんだろう。

 

 今の僕がひとりのために出来ることは何だろう。何かあるだろうか。

これは結束バンドの活動への介入じゃなくて、落ち込む妹を慰める、励ますため。

面倒な自分にそんな言い訳を用意して、どうすればひとりを元気づけられるか考える。

 

 とりあえず美味しいものかな、なんて考えていると、僕の携帯が振動した。

確認すると一件メッセージが届いている。そしてそれを読んでいる内に一つ思いついた。

今のところ相性の微妙な二人だけれど、今日は何かしらのいい刺激になるかもしれない。

 

「ひとり、ちょっと寄り道してもいいかな?」

 

 そう問いかけると、きょとんとひとりは僕を見上げ、ささやかにこくりと頷いた。

 

 渋谷という地名に悲鳴をあげたひとりを連れて、待ち合わせ場所のスタジオ前に向かう。

そして僕達が着いた時にはもう、大槻さんと彼女の仲間達は既に揃っていた。

 

「……来るとは思わなかったわ」

「あれ、行けたら行くって送ったよね?」

「それ断る時の常套句よ」

「そうなんだ。じゃあ次もそれで送るね」

「なんで!?」

 

 意外性のために、なんて返そうとしたところでひとりが僕の袖を引く。

僕が振り向くと大槻さんも釣られて視線を動かし、逃げるようにひとりは僕の背中に隠れた。

その反応で微妙に苛立たしげな、寂しげな表情を大槻さんは浮かべる。今日も噛み合っていない。

 

「な、なな、なんで大槻さんに会いに?」

「スタ練するから来れば、って連絡さっき貰ったから、お言葉に甘えようかなと」

「えっお兄ちゃん、大槻さんとギターの練習するの?」

「僕はしないよ。するのはひとり」

「???」

 

 不思議そうな顔をするひとりに、今日大槻さん達に会いに来た表向きの理由を伝える。

 

「上のバンドとの練習はいい刺激になりそうだなって」

「えっでも、知らない人と練習しても、緊張するだけで何も」

「そこにも実はちょっと狙いがあって。一回外の人とのやりづらさを知ることで、結束バンドの安心感が再認識出来る、とか」

「……な、なるほど?」

 

 半分くらいはこの理由で、もう半分はこれでひとりの気が紛れないかな、と思っている。

そして微かに、ほんの少しだけ、彼女のおかげでまだ頑張ってみようと思えるようになれたから。

ひとりに一部を隠して説明をしていると、大槻さんも長谷川さんに同じものを求められていた。

 

「さっき言ってたもう一人の当てって、魔王さんのことだったんすか?」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「……はぁ。ヨヨコ先輩、マジで無いっす」

「えっ」

 

 聞いたことのないほど大きなため息を吐かれ、ひとりが大きく震えあがった。

よそのギタリストと、バンドマンですらない男が突然スタ練に参加しようとしている。

予想外と言えば予想外だったけれど、拒否拒絶されるのも当然と言えば当然だ。

 

「ごめんなさい、部外者が混じるのは迷惑ですよね」

「あぁいえ、すみません。今のは魔王さんじゃなくて、ヨヨコ先輩に言いました」

「わ、私?」

 

 まさか矛先が来るとは思っていなかったのか、大槻さんが目を丸くして自分を指差す。

その様子を確認した長谷川さんはもう一度ため息を吐き、残念なものを見る目を彼女に向けた。

 

「これからやるのスタ練っすよ、スタ練。いくら一人増やせば安くなるって言っても、こんな遅くにいきなり楽器弾かない人呼び出して、しかもスタジオ代払わせようとするのはさすがに無いっす。普通怒られてもしょうがないっすよ?」

「うっ。で、でも、実際こうして来てる訳だし、別に文句も言ってないし」

「それは魔王さんが特殊なだけっす。私なら既読スルーっすね」

 

 既読スルーの一言で大槻さんが凍り付いた。何かトラウマがあるらしい。

 

「えっと、僕は気にしてないから」

「魔王さん、今はヨヨコ先輩の教育中なんで」

「あっはい。分かりました」

 

 教育中なら仕方ない。縋るような視線を送る大槻さんを僕は見捨てた。

背中に張り付くひとりとともに、のんびりとしていた内田さん達の方へ移動する。

そんな僕達二人を見た本城さんは、今日も楽しそうな微笑で両手をぽんと叩く。

 

「そうだ、はーちゃんがヨヨコ先輩とお話ししてる間に、私たちで手続きしちゃいましょう!」

「お二人ともそれでいいですか~?」

「うん、お願いします」

「あっはい」

 

 その後手続きが終わり入口に様子を見に戻っても、長谷川さんの教育はまだ続いていた。

 

 

 

「わー! 想像以上に中広いねー!」

 

 その後無事に教育も終わり、SIDEROSとともに大スタジオに入室する。

本城さんの言う通り普段目にするスタジオよりずっと広い。これならのびのびと練習出来そうだ。

周囲を警戒するひとりに付きあって隅に移動し、早速二人で準備を始めた。

 

「じゃあひとり、まずは準備しようか」

「うん。えっと」

「アンプはこっちだよ」

 

 ひとりが準備するのを手伝う、と言ってもアンプに繋げて軽くチューニングするくらい。

ほとんど一瞬で終わったにもかかわらず、ひとりはギターを抱えた状態で動きを止めた。

そしておろおろとスタジオを見回した後、不安そうに僕をじっと見上げる。

 

「最初に音出すのはやっぱり嫌?」

「……と、飛び入りの癖に、我が物顔で練習してるとか言われそうで」

「言わない言わない」

 

 もしかしたら大槻さんは言うかもしれないけれど、彼女のそれはじゃれ合いみたいなものだ。

多分その場合は、せっかくだから一緒に練習しよう、とかそういう意味合いになると思う。

ちょっと美化しすぎかな。縄張り意識強そうだし、普通に気に入らないだけかもしれない。

 

 不安に物理的に揺れ始めたひとりを宥めていると、長谷川さんが気まずげに近づいて来た。

 

「お二人とも、今日はヨヨコ先輩が申し訳ないっす」

「あっいや、その」

「気にしないでください。これもいい機会ですので、今日は勉強させてもらいます」

「……べ、勉強するの、私だよね?」

「そこは、うん、ごめんなさい、頑張って」

 

 不満の籠ったじっとりとした視線がぶつかる。不安は薄れたからよしとしよう。

僕達のそんな和やかな様子を見て、どうやら長谷川さんは興味を覚えたようだ。

 

「ぼっちさん、魔王さんとは普通に話せるんすね。って兄妹だから当たり前か」

「えっあっあの、す、すみません!」

「やっ、責めてるわけじゃ」

 

 怒涛の勢いで頭を何度も下げるひとりを前にして、長谷川さんは戸惑っていた。

このままだと練習どころではなくなるから、見て分かることでなんとか場を繋ぐ。

 

「すみません。この子人見知りで口下手なところがあって」

「……あぁだから魔王さん、ヨヨコ先輩相手でもいつも余裕なんすねー」

「そんなに感心されることですか?」

「そんなにっす。ヨヨコ先輩、魔王さんと私ら以外友達いないんで」

「大槻さんあんなに優しくて面白い人なのに、それも不思議ですね」

「そこ! 聞こえてるからね!!」

 

 少し離れた場所で準備をしていた大槻さんから、鋭いツッコミの声が飛んでくる。

ひとりが震え長谷川さんが肩を竦める。誰も答えないみたいだから、僕の方で対応しよう。

ちなみに大槻さんも何故かずっと、延々と終わったはずのチューニングを続けていた。

 

「褒めてるつもりだったけど、それでも気に入らなかった?」

「どんなものでもね、ひそひそ話は嫌いなの!」

「ごめんね。でも大槻さんが面白い人っていうのは本心だから」

「そっちピックアップする!?」

 

 驚きに声を上げる彼女に、メンバー二人が駆け寄って追撃をした。

 

「大丈夫ですっ! ヨヨコ先輩以上に面白い人、私知りません!」

「幽々もヨヨコ先輩ほどの人は見たことないですね~」

「もしかして私今、喧嘩売られてる?」

 

 そんなことを言いながらも、大槻さんはどこか嬉しそうににやけていた。

なんでも一番がいいとは前言っていたけれど、この一番でも喜んでしまうらしい。

僕はもちろん二人も悪意は無さそうだし、幸せそうだからそっとしておこう。

 

 そういえばひとりはどうしてるだろう。ここに三人いるということは、長谷川さんと二人きり。

僕の見立てだと彼女は虹夏さんのように、むしろ虹夏さん以上にまともで常識的な人だ。

だから雑談でも出来ていればそれだけ世間に馴染んだ証になる。期待を胸に様子を確認した。

 

「あっかわい、ぐふっ、はっ肌白……お、お姉さんどこ住み、てかロインやってる……?」

「距離感の詰め方えぐいっすね……こわ……」

 

 よし、また次の機会に頑張ろう。




次回「ガチということ 下」です。
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