ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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感想評価、ここすきありがとうございます。


第二十五話「ガチということ 下」

 ひとりが長谷川さんをドン引きさせる事件はあったものの、その後の練習は順調に進んだ。

ちなみにあの不思議な言動は喜多さんの真似らしい。本人の前でやろうとしたら止めよう。

 

 そしてその練習は、社交辞令のつもりで言ったことが現実に、本当に勉強になった。

考えてみれば僕もひとりも昔父さんに少し教わった以外、音楽はほぼ教本だよりの独学だ。

今日こうして上位のバンドの練習風景、方法を体験出来たのは、いつか大きな力になるはず。

 

「それじゃいったん休憩でー!」

 

 そのほかにもいくらか練習を重ねた後、長谷川さんの一声で休憩の時間になる。

その瞬間精も根も尽き果てたひとりが、ふらふらと僕に近付き胸元に倒れ込んでくる。

出来る限り労わって頭を撫でていると、大槻さんが呆れ全開の視線をぶつけてきた。

 

「人目も気にしないでよくやるものね」

「お疲れ様、大槻さん」

「おっお疲れ様です!」

「お疲れ様。で、今日はなんで来たの?」

「大槻さんが誘ってくれたから」

「そりゃそれは私だけど。わざわざ後藤ひとりを連れてきたのは、何か理由があるんでしょ?」

 

 そういえばあの時彼女は長谷川さんに怒られていたから、何も話していなかった。

さっきひとりに話したことを、そのまま大槻さんに伝えようとして気がついた。

ひとりが怯えの中に何かを混ぜて、彼女に視線を向けようと頑張って体を震わせている。

 

「ひとり」

「えっ!? つ、連れてきたのはお兄ちゃんで」

「大槻さんに聞きたいこと、あったりしない?」

 

 だからせめてもの助けになるかなと考えて、ひとりへ柔らかく水を向けてみる。

ひとりはびくついて、僕を一瞬恨めし気に見て、手や指をもじもじとすり合わせて。

それでも最後には、おずおずと大槻さんに何とか声をかけることが出来た。

 

「……あっあの」

「何?」

「そ、その」

「はっきり言って。じゃないと分からない」

 

 相変わらず当たりは強いけれど、ひとりとの会話を拒む様子は見えない。

ひとりもそれが分かっているのか分かっていないのか、いや多分全然分かってないな、これ。

それでも聞きたい気持ちが上回ったのか、やがてひとりはなんとか質問を絞り出す。

 

「お、大槻さんはどうして未確認ライオットに出ようと思ったんですか?」

「一番になりたいから。未確認ライオットは同世代のバンドが揃う絶好機会、そこで優勝すれば、自動的に私たちが一番ってことになるでしょ」

「えっと、じゃあもし、一番になれなかったら……?」

「なる」

「あっも、もしも、もしもの話です」

「……」

 

 言われて初めて気がついた、そんな素振りを大槻さんはしてみせる。

心配性の彼女に限ってそんなことはないと思ったけれど、僕はなんとか口を閉じた。

 

「もっと練習して、もっと上手くなる」

「えっ?」

「一番になれなかったら、もし誰かに負けたら、その時はきっと死ぬほど悔しい。でもそれで私たちが終わる訳じゃない、ちょっと躓いただけ。その後もっとバンドとして上手く、大きくなって、最後に私たちが一番になれてればいい」

「終わる訳じゃない……」

「そして目指すはビルボードランキング一位! その後はグラストンベリーフェスティバルの大トリ!!」

 

 高らかに目標を掲げる彼女をひとりが、SIDEROSのメンバー達が眩しそうに見つめていた。

多分彼女達は大槻さんのこういうところに惹かれて、一緒にバンドをやっているんだろう。

非現実的なほど大きくて遠い目標。それを臆面もなく言ってのける姿は、確かにとても格好いい。

 

 そんな彼女を見て、話を聞いて、ひとりも何か感じ入ることがあったようだ。

怯えていたのが嘘のように勢いよく立ち上がり、目を見開く大槻さんに大きな声を出した。

 

「あ、あの!!」

「ひゃ!?」

「きょ、今日はありがとうございました! よ、用事を思い出したので帰ります!!」

「えっい、いきなり!? ちょっと待って、私も貴方に聞きたいことが」

「ありがとう大槻さん。じゃあまたね」

「いや帰る準備早すぎでしょ!?」

 

 ひとりが大槻さんと話している間に、ギターの片付けやら何やらは終わらせておいた。

そして他メンバー三人にはひとりの分も含めて、先んじてお礼と挨拶をさせてもらっていた。

大槻さんの自負と自信に触れたら、恐らくひとりは迷いを振り切ると予想していたからだ。

 

 それ以上のツッコミを受ける前にお辞儀をして、急いでひとりのことを追いかける。

あの子にとって渋谷は地獄に等しい。下手をすれば一歩外に出た途端死にかねない。

幸い入口付近で呆然と街を見回していたから、速やかに保護することが出来た。

 

 その後も渋谷の喧騒からひとりを守りつつ、無事に帰りの電車まで辿り着けた。

僕から言い出したこととはいえ、だいぶ遅くなってしまった。正直凄く眠い。寝れないけど。

母さんからの心配のメッセージに返信をしていると、ひとりが囁くように呟いた。

 

「大槻さんたち、凄かった。結束も演奏も、まだまだ敵わないなって思っちゃった」

 

 ある種の敗北宣言にもかかわらず、ひとりはどこか清々しくそう言い切った。

それから言葉に迷った様子で僕を見上げたから、まとまりがつくまでひたすら待つ。

 

「あっあのね、お兄ちゃん」

「何か掴めた?」

「うん。私やっぱり、ギターヒーローの名前は使わない」

「それで二次審査に落ちても?」

「そ、それでも、絶対使わない」

 

 大槻さん達と一緒に練習する前と同じような言葉。でもそこに込められた意思は違った。

 

「未確認ライオットはただの通過点で、通過出来ても出来なくても、私たちは結束バンドだから」

 

 結束バンドにとって、未確認ライオットのグランプリはあくまでも小目標だ。

皆はそのために音楽を始めた訳でも、そのためにバンドを組んだ訳でもない。

たとえ結果がどうなっても、結束バンドはその後も夢のために走り続けていく。

なんとなく頭で分かっていたつもりだったことを、今ひとりは再認識したのだろう。

 

「だから私たちは、とにかく私たちの全力で頑張ろうって」

「そっか」

「それでね、これから集まって練習しようって、皆に言ってみる!」

「……そうだね。連絡してみようか」

「うん!」

 

 今はもう結構遅い時間で、これから集まるとしたら日を跨いでしまう。

だからひとりの提案は当然却下されたけれど、きっとその思いは皆にも伝わったはずだ。

三連続のツッコミを受けて落ち込む妹を慰めながら、そんな根拠のない信頼を抱いていた。

 

 

 

 それから時は流れて、とうとう未確認ライオット二次審査の結果発表日が訪れた。

 

「二十六位~!?」

 

 喜びと驚きに抱き合う虹夏さんと喜多さんの言う通り、結束バンドは二次審査を突破した。

一次の時のような狂喜乱舞とまではいかないものの、今日も四人全員で喜びを露わにしている。

ひとしきりはしゃいだ後今度は安心が来たのか、全身力が抜けたように机に座り込む。

そして最後の最後に疑問が訪れたようで、不思議そうに結果をぼうっと眺めていた。

 

「よかったぁ~……でもあんなに苦戦してたのに、なんで急に順位上がったんだろう?」

「何かばんらぼってサイトの次にバズるバンド特集、みたいな記事に取り上げられてたっぽい」

「えっネット記事? なになに、なんて書いてあるの!? 誰が書いてくれたの!?」

「名前書いてないから分からない。面倒だから郁代読んで」

 

 ぽいっと投げ渡された携帯をキャッチして、言われた通り喜多さんは音読し始める。

 

「えぇと『メンバーは若く勢いがあるが、楽曲には年齢に見合わない深みがある』」

「えっへっへー」

「『バンド名がダサい、リードギターのパフォーマンスが時々突拍子もなくて怖い。酔っ払いのファンがよくライブに来ていて治安が悪い』」

「……とりあえずあの人、出禁にしよっか。あとぼっちちゃんはこの後ちょっと話そうね」

「え゛っ」

 

 不安顔の同級生コンビと一緒に来た僕は、今日もまた星歌さんに付き合って貰っていた。

二次審査突破にはしゃぎ続ける結束バンドに釣られ、隣の彼女もまた顔がにやけている。

一方僕はそれどころじゃなく、その記事に引っ掛かりを感じて考えて込んでいた。

 

「お前の言う通り、ライターの記事でかなり上がったな」

「……えぇ」

「にしてもここまで予想通りとはなぁ。もしかして、なんかした?」

「僕は何も。そして多分、誰も何もしていません。この人が自分から書きました」

「そりゃいいこと、だよな?」

「そのはずです」

「……気になることでもあるのか?」

 

 ある。そしてそれを確かめないと、僕はこの先安心して夜も眠れないだろう。

 

「………………星歌さん、二つお願いしてもいいですか?」

「言うだけ言ってみな。じゃないと分からん」

「じゃあまず、人と密かに会える場所をご存じでしたら教えてください」

「そんくらいならいくらでも知ってるけど。もう一つは?」

 

 こっちは、もう一つの方は、絶対に必要なこと、というものでも無い。

はっきり言って僕の甘えでしかなくて、恐らく星歌さんに負担をかけるだけのもの。

それでも一度口に出した、彼女が続きを待っている以上、最後まで言い切るしかない。

 

「多分、僕は明日学校サボります」

「……へぇ。なんで?」

「人を呼び出して会うためです」

「それで?」

「その、出来ればその時、手伝ってもらえませんか?」

 

 意外そうに一度目を丸くした後、彼女は何故かニヤリと嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

 

 翌日宣言通り僕は学校をサボり、星歌さんとともに喫茶店である人と待ち合わせをしていた。

約束の時間、午前十時まであと数分という頃、入口の方から勢いよく扉に開く音が聞こえた。

それから落ち着きのない足音が響き奥まったテーブル、僕達の席の前で止まる。

 

「す、すみません、お待たせしました!」

「まだ時間ではありません。お気になさらないでください」

 

 ある人、佐藤愛子さん。去年の十一月のあの日、結束バンドをこき下ろした人。

そして今回結束バンドを記事に取り上げ、未確認ライオット二次審査を突破する要因になった人。

あの記事に名前は無かったけれど、僕はあの時彼女の書いた記事を読めるだけ全て読んだ。

だから文体や癖であれが彼女によるものだと分かった。分からなかったのは、書いたその理由。

 

「本日はお忙しいところお越しいただき、ありがとうございます」

「い、いえ、こちらこそ。それで、なんでアンタ、いや店長さんが?」

「あー目付け役とか、立会人とか? 口は挟まないから気にすんな」

「気にすんなって、そんなの無理がある、ありますよ?」

 

 彼女は星歌さんに噛みつこうとして、僕を気にして牙を引っ込め妙な口ぶりになる。

一度崩れたものを見た以上、というよりなんであれ、彼女がどう話そうとそれはどうでもいい。

重要なのはやり方ではなく中身、何を話してもらえるか。それが今日は一番大事だ。

 

「佐藤さんの話しやすい口調で構いません。楽にしてください」

「でしたらその、出来ればペンネームで呼んでいただければ」

「恥ずかしいのでそれはちょっと」

「は、恥ずかしい……」

 

 愕然とする彼女には申し訳ないけれど、ぽいずんもやみも(14歳)も僕にはきつい。

そして彼女のためにわざわざ辛い思いをする気も無い。だから自分の名字を受け入れてもらう。

しょんぼりとする彼女に気づかないふりをして、続けて彼女の疑問に答えた。

 

「それと星歌さんには今日、私がお願いして来ていただきました」

「……理由を聞いてもいいですか?」

「私と二人きりでは、佐藤さんも不安だと思って」

 

 なにせ僕は前科持ち、昨年の十一月頃に彼女を一度気絶させてしまっている。

原因が僕だと気づいているどうかは知らないけれど、一定の恐怖か何かは残っていそうだ。

その証拠に彼女はどこか窺うように、疑念と警戒を滲ませながら僕に問いかける。

 

「……このお店を選んだのも?」

「私です。と言っても今日のために紹介していただいた場所なので、私も初めて来ました」

「それで喫茶店……」

「もしかして、こういった場には不向きでしょうか?」

「あっすみません、大丈夫です。ただ、なんというかその、バーとか居酒屋とかに呼び出されることが多くて」

「……そちらの方が」

「いえ全然! 付き添いといい、むしろ安心しました!」

 

 バーの方がいい、お酒が無いと始まらない、なんて言われたらどうしようかと思った。

僕はまだ十八歳で高校生。調べたことは無いけれど、ああいう所には恐らくまだ入れない。

そうなると年齢を誤魔化すことになるから、また無駄に退学チャンスを増やすことになる。

密かにほっと一息吐くと、佐藤さんがちらちらと物欲しそうにメニューへ視線を送っていた。

 

「何か頼まれますか?」

「……えっと」

「私が出しますから、遠慮しないでください」

「本当!? あっ、で、ですか?」

「お呼び立てしたのは私なので」

「あっありがとうございます!」

 

 机にぶつかるんじゃないかな、というくらいの勢いで頭を下げた後、彼女はメニューを広げた。

ウキウキとそれを眺める様子はどこか幼くて、十代半ばに見えないこともなくも無さそうだった。

そんな僕の失礼な思考に彼女は気づかず、嬉しそうにぶつぶつと何かを呟いていた。

 

「はー、久しぶりのコンビニ以外のスイーツ……! しかもイケメンの奢り……!!」

「ふっ」

「……何よ。貧乏ライターがそんなにおかしい?」

「いやぁ、別に、なんでも?」

「なんでもない奴の顔じゃないわよ!!」

 

 からかうように口元を歪める星歌さんと、それに遠慮なくツッコむ佐藤さん。

興味深くてその様子を眺めていると、僕の視線に気づいた星歌さんが首を傾げた。

 

「ん? どうした一人」

「……なんだか仲良さそうですね」

「気のせい」

「それはないです!」

 

 ますます仲良さそうだな、とは思ったけれど、繰り返しになりそうだから口を閉じた。

代わりにメニュー置き場横にある呼び出しボタンを押して、店員さんに来てもらう。

コーヒーと特製リンゴジュース、日替わりケーキセットを注文するとすぐに届いた。

 

「ケーキ美味しい……カフェラテも美味しい……甘いもの美味しい……」

「……大人って、大変なんですね」

「これは大人っつーか、個人の問題だな」

 

 たとえ佐藤さん相手でも、ここまで感動して食事をする人に声をかけるのは少し躊躇う。

だけど今日はケーキを奢るために彼女を呼んだわけじゃない。いい加減話を始めよう。

 

「そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「えっ! あっす、すみません!」

「ぷっ」

 

 吹き出した星歌さんを睨むものの、佐藤さんは僕を気にしてその憤りを抑え込む。

僕もそれに倣って、彼女達のじゃれ合いには触れなかった。やっぱり仲いい気がする。

再び浮かんだ疑問に蓋をしてから携帯を取り出し、佐藤さんへその画面を向ける。

そこにはあのページ、結束バンドの二次審査通過を助けたあの記事が映っていた。

 

「こちらの記事についてお話をいただきたくて、今日はお呼び立てしました」

「そ、それは」

「この記事を書いたのは、貴方ですよね」

 

 その瞬間、彼女の目が泳ぎ出した。

 

「い、いやー、どうでしょうかねー?」

「どうして貴方がこれを?」

「聞いてない!?」

 

 無駄な駆け引きはいらない。余計な問答が嵩めば、その分目が合う可能性も高まる。

今日は途中で気絶しようがしまいが、真相を聞き出せるまで彼女を帰すつもりは無い。

だから効率よくこの密談を終わらせるためにも、いつもより直接的に話を続ける。

 

「貴方にとって結束バンドは、ギターヒーローの足枷に過ぎないはずでしたが」

「それは」

「いったい、どのようなおつもりでしょうか?」

 

 結束バンドはギターヒーローを縛る存在。そう考えているのならやることが逆だ。

むしろひとり以外を徹底的にこき下ろして、二度とステージに立てないようにするだろう。

僕が彼女の立場なら、ひとりの害と信じるものを潰すためなら、そのくらいはやりかねない。

 

 だからこそ今回の彼女の記事、結束バンドを手助けするような行いが僕には理解出来ない。

ギターヒーローの正体を知る不安要素が、突然意味不明な行動で結束バンドに関わって来た。

放っておくには気掛かりが大き過ぎる。だから今日は会いたくも無い彼女を呼び出した。

 

 わざわざサボってまで平日の朝を指定したのは、間違っても皆と彼女が接触しないようにだ。

事実が多分に含まれていたとはいえ、あの日の彼女が言ったことを僕は忘れていない。

あんな記事を書かれた今でも彼女の考えは不明、だからいざ会えば何を口にするの分からない。

そんな存在にひとりと皆が関わる可能性を、僕は出来る限りゼロに近付けておきたかった。

 

「……三月頃にギターヒーローさんたちが路上ライブをしているところを、偶然見かけたんです」

「どちらでそれを?」

「下北沢の駅前です」

 

 詳しく聞くと時期も場所も合っていた。どうやら適当に言っているようでは無いらしい。

疑ってばかりで嫌な奴だな、と自分でも思いつつ、彼女に話の続きを促す。

 

「正直驚きました。お遊びだと思っていた子たちが、こんな短期間であんな成長するなんて」

「具体的に、どのようなところに成長を感じましたか?」

「そう、ですね。ではまず、バンド全体として演奏自体が、そして合わせも上達したように思います。練習にライブ、どちらも何度も重ねなければああはなりません。個人の成長を上げるならギタボの子、あの子の歌が一番伸びを感じました。なんというか、前よりもずっとライブや歌詞への理解を深めた、そんな歌声になっていました。他には」

 

 それからしばらくの間、佐藤さんは結束バンドの成長について語り続けた。

僕が気付けたこと、気付けなかったこと。僕の知っていたこと、知らなかったこと。

結局一回も路上ライブに行けていない僕より、よほどちゃんと聴いていた。

 

「それでその後あのクソブッ、池袋でブッキングライブに参加すると噂で聞いて」

「そちらも見に行かれましたか?」

「えぇまあ。元々仕事上、あちこちのライブに顔を出すようにしていたので、その一環です」

 

 ちらりと横を見ると、星歌さんが肯定するように頷いていた。

あの日の池袋でのライブ、そこで彼女は佐藤さんとばったり出くわしたらしい。

そしてこれはあくまで想像だけど、そこで何か佐藤さんを見直すことがあったんだと思う。

 

 昨日僕が佐藤さんと会いたいと言った時、星歌さんは驚いても止めはしなかった。

僕の気性を多少なりとも知る彼女なら、十一月のような事件を心配する方が自然だ。

でも彼女はあの時心配も制止もせず、それどころかこうして手まで貸してくれている。

だから僕も彼女のその判断を信じることで、今日は冷静に話が出来ていた。

 

「まさかあのライブハウスで、あそこまで盛り上げることが出来るなんて。あの時は胸がすく思いになりました!」

「……」

「あーでも、ただちょっと、あの日はドラムの子が荒れてたのが気になりましたね」

「…………」

「基本路上ライブの時以上に楽しそうに、上手に叩いてたんですけど、時々思い出したように、鬼のように荒く力強くなってて。けどまあ、ああいうのも一つの味ですよね!」

「………………」

 

 結局池袋のライブに行かなかった僕より、よほどちゃんと聴いていた。気まずい。

横の星歌さんが僕の脇腹を何度も肘で突く。反省してるのでもう許してください。

そんな風に目の前でじゃれつく僕達を見て、佐藤さんは大きく咳ばらいを一つする。

 

「……私は、適当に音楽をやっているバンドマンが嫌いです」

 

 それからしらっとした目を星歌さんに向けた後、彼女の本音を教えてくれた。

 

「特に、ガチでやっている人を嘲笑ったり、足を引っ張ったりするのは、もう論外です」

「あの時の結束バンドは、貴方にとってそう見えていたと」

「えぇ。失礼は承知ですが、今もあの時の判断が間違っていたとは思いません」

 

 僕も失礼を承知の上で、冷静に事実だけを確認し、当時の皆を思い返す。

結束バンドがガチじゃなかった。これはきっと事実だ。本気というには何もかも足りなかった。

そして皆がひとりの足枷だということ。こっちは間違いなく的外れな指摘だった。

 

「でもこの間見た、聴いたあの子たちの演奏は見違えていました」

「では今回の記事は、端的に言えば結束バンドを見直したから、ということでしょうか」

「偉そうな言い方にはなりますが、私なりに今の結束バンドの評価を正直に書きました。あの子たちはきっとこれからも伸びます。そして何より、ギターヒーローさんにあの子たちは必要だと、一緒じゃないといけないと、やっと分かりました」

 

 もう十分だろう。

 

「佐藤さん、お話の途中すみません」

「な、何か気に障るようなことでも」

 

 びくりと震え上がる彼女を置いて立ち上がる。そして僕はやるべきことを、彼女に謝罪をした。

 

「先日は、大変申し訳ございませんでした」

「あっえっ、ま、マネージャーさん!?」

「あの日貴方をガチじゃないと言ったこと、不必要な侮辱を重ねたこと、全て謝罪します」

 

 彼女の言葉の事実如何はどうあれ、あの日の僕はきっと冷静じゃなかった。

いらないこと、言ってはいけないことも多く言った。それらは全て謝るべきことだ。

それでもこんな人に、なんて子供染みた意識が今の今までずっと邪魔していた。

 

 でも佐藤さんはそんな人というだけじゃなかった。彼女なりにバンドに真摯な人だった。

それを知ってようやく僕も謝ることが出来た。まだまだ大人には程遠い行動だ、恥ずかしい。

数秒後彼女が口を開く。ついさっきまで震えていたとは思えないほど、その声は静かだった。

 

「……いえ、マネージャーさんの言う通りでした。あの時は、私も確かにガチじゃなかったです。なんだかんだと言い訳をして、目の前のバンドも見ないで、適当な仕事でやり過ごしていました」

 

 恥じるようにそう零した後、彼女もまた僕と同じく立ち上がり、深く深く頭を下げる。

 

「こちらこそ、大変申し訳ございませんでした。あの日感じたことは撤回しません。でも言ったことは、結束バンドがただのお遊びバンドだなんて言葉は、撤回させてください」

「私には結構です。それは結束バンドにいつか伝えてください」

「そう、ですね。確かに、それが筋です。ですが」

「大丈夫です。貴方のバンドへの真摯さは、きっと彼女達にも伝わります」

「……ありがとうございます」

 

 佐藤さんが噛み締めるようなお礼を口にして、少しの間不思議な沈黙が訪れた。

手持ち無沙汰で困る僕を見たのか、星歌さんは軽く手を打って僕達の注目を集める。

 

「お互い頭下げたんだ、これで水に流して終わりだな」

「むっ偉そうに。いったい何様のつもり?」

「炎上系ライターにアポなし突撃された店の店長様」

「うぐっ。そ、その節は大変申し訳ございませんでした……」

 

 意地悪そうな声と顔で攻撃する星歌さんに、それ以上の悪意は感じられない。

佐藤さんもそれを分かっているのか、息を呑んだ後すぐに星歌さんにも頭を下げた。

そこまではよかった。でも再び顔を上げた佐藤さんは、何故かやる気に満ちていた。

 

「……ところで話は変わりますが、以前お願いしましたギターヒーローさんの独占取材ですけど」

「お前、よくこの流れでそれ言えるな。図々し過ぎてびっくりするわ」

「記者なんてね、図々しくないとやってけないのよ!」

 

 勇猛さと悲壮感、相反する二つの思いを感じさせる台詞だった。

結束バンドのあの記事や今日話していただいたこと、今までひとりのことを黙っていたこと。

これらのことから、彼女がただのゴシップライターじゃないということはよく分かった。

だから僕としてはもう、断固拒否するとまでは思っていない。それでも今すぐは無理だ。

 

「すみません、今ここで返事をするのは難しいです」

「あっギターヒーローさんの意思が一番大事ですから、それも当然ですよね!」

「あの子は授業中ですから確認も出来ません。なのでまた後日にしていただけると助かります」

 

 ひとりは真面目に授業を受ける子だから、今この瞬間は邪魔になってしまう。

それに本来なら僕も今は学校、授業中のはずだ。自分から墓穴を掘ってもしょうがない。

僕の返事に一瞬残念そうな顔をした佐藤さんは、すぐに気を取り直して切り返す。

 

「ならマネージャーさんは、この後ご予定どうですか?」

「……私、ですか?」

「えぇ。取材する時は周囲の方からお話を聞くのも、ご本人とお話しするくらい大事なんです!」

 

 そこでギラリと、何故か彼女の瞳が妖しく鋭く光った。

 

「なのでぜひ、マネージャーさんにもお話をいただければなと」

「はあ」

「あぁでもそちらの店長さんがいると、どうしても深い話はしづらいですよね。では場所を改めて、この後二人でお願い出来ませんか? 私、いいお店知ってるんですよ」

「それは、構いませんが」

「本当ですか!?」

 

 今回急に呼んで来てもらった以上、僕も彼女のお願いに一度は応える義理がある。

それはそれとして、なんか急にぐいぐい来るなこの人。また意図が読めなくなってきた。

そのせいか今まで働いたことのない謎の勘が、何か危険が近づいているとさっきから告げている。

底冷えのする感覚に内心疑問を覚えていると、星歌さんがため息とともに口を開いた。

 

「というか一人、お前も今日授業あるだろ。これ終わったら着替えてさっさと行け」

「……今から行っても中途半端な時間になるので、午後からにしようかなーと」

「不良め」

 

 そんな説教染みた言葉を半笑いで零しながら、彼女は僕の額を軽くつついた。

僕達の会話を耳にした佐藤さんは意外そうに目を細め、そこに興味の光を輝かせる。

 

「へぇ、マネージャーさん学生だったんですね。どちらに通われてるんですか?」

 

 これは取材、にもならない世間話の類だろうか。なら答えても問題無いのかな。

それに個人情報と言えば個人情報だけど、悪名高い僕のことなら少し調べればすぐに分かる。

念のため星歌さんを見ても止める様子は無い。むしろ後を押すように、何故かニヤニヤと頷いた。

 

「下高の三年生です」

「…………そんな大学、この辺にありましたっけ?」

「あっすみません。下北沢高校の三年生です」

 

 そう告げた瞬間、佐藤さんが石のように固まり動きを止めた。

かと思えば突然プルプルと震え始め、更には顔を真っ赤に、そして真っ青に染めていく。

 

「……高校…………高校? ……………………こ、高校生!?」

「はい、高校生です。それが何か」

「こ、高校生に奢らせようとしてた……? こ、高校生にボコボコにされてた……? こ、ここ、高校生に、子供に、唾つけようとしてた……………!?」

「あの?」

「一生の不覚ぅ………………!!」

 

 挙句の果てに突っ伏してしまった。僕が高校生だったのがそんなに意外だったのかな。

うめき声を上げながら震える彼女と疑問に首を傾げる僕を見て、星歌さんは大爆笑していた。

 

 

 

 星歌さんが笑いすぎてお腹を攣りかけたのを介抱していると、佐藤さんもようやく顔を上げた。

よほど何かが恥ずかしかったようで未だにその頬と耳は赤く、微妙に瞳は潤んでいる。

ついこの間学んだ。こういう時そこに触れるのは逆効果で、もっと大惨事を起こしかねない。

それに聞きたいことも聞けたから、僕は何もかもを無視してこの密談を終わらせようとした。

 

「改めて佐藤さん、本日はお忙しいところありがとうございました」

「大丈夫、です、よ?」

「……最初も言いましたけど、佐藤さんの話しやすい口調にしていたたければ。私はその、高校生なので。別にもっと適当な話し方でも」

「う、うーん…………いえ、あのギターヒーローさんのマネージャーさんということに変わりはありませんから、今までと同じでお願いします」

 

 佐藤さんがぎくしゃくしているから、釣られて僕もなんとなく気まずい感じになる。

それがまたツボに嵌ったのか、星歌さんは笑いそうになりながらヤジを投げた。

 

「やーい、条例違反ー」

「悪かったわね! こんな大人っぽかったら勘違いもするわよ!!」

「……紛らわしくてすみません?」

「あっ! い、いえ、勝手に勘違いしたのは私なので、その、こちらこそすみません」

「ぶっ、くくっ。あーやべー、これ言う側に立つと滅茶苦茶楽しいな……」

 

 それからひとしきり僕に恐縮して、星歌さんのことは睨みながら、佐藤さんは立ち去った。

入口のドアからカランコロンと軽快な音がして、ようやく肩の荷が下りたような気がした。

疲れを誤魔化すように、すっかりぬるくなってしまったリンゴジュースを口に含む。

 

「星歌さんも、今日はありがとうございました」

「気にすんな。最近ここ来てなかったしちょうどよかった」

「……僕がお願いして来てもらったのに、全部払ってもらうのは違う気がします。やっぱり僕が」

「子供に奢られてたまるか。それに今日は面白いもの見せてもらったからな、見物料代わり」

 

 今の言葉が嘘じゃなかったことを証明するかのように、彼女は思い出し笑いで噴き出した。

佐藤さんが僕を大学生か社会人、大人と勘違いしていたことがよっぽど面白かったらしい。

そんなに笑えるところなのかな。僕はぴくりとも来ないけど、こういうのは好みの違いだしな。

星歌さんの笑いのツボを内心疑問に思っていると、唐突な質問が飛んできた。

 

「それで、納得出来たか?」

「はい。佐藤さんが意外と真面目な人で、彼女なりの理屈であれを書いたことが分かりました。これならあの時もっとちゃんと」

「あー悪い、聞き方間違えた」

 

 僕がずらずらと語り始めようとしたのを止め、彼女は僕の顔をじっと見る。

 

「安心出来た?」

「……えっと、はい。お手数かけてすみません」

「ならいい。あとさっきも言ったろ、このくらいで一々気にすんな」

 

 それからコーヒーを口に含み、それでも我慢出来なかったようで眠たげにあくびをした。




星歌さんは普段午前中いっぱい寝てる人だと勝手に思ってます。
次回「キタキタチャージ」です。
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