ひとりが長谷川さんをドン引きさせる事件はあったものの、その後の練習は順調に進んだ。
ちなみにあの不思議な言動は喜多さんの真似らしい。本人の前でやろうとしたら止めよう。
そしてその練習は、社交辞令のつもりで言ったことが現実に、本当に勉強になった。
考えてみれば僕もひとりも昔父さんに少し教わった以外、音楽はほぼ教本だよりの独学だ。
今日こうして上位のバンドの練習風景、方法を体験出来たのは、いつか大きな力になるはず。
「それじゃいったん休憩でー!」
そのほかにもいくらか練習を重ねた後、長谷川さんの一声で休憩の時間になる。
その瞬間精も根も尽き果てたひとりが、ふらふらと僕に近付き胸元に倒れ込んでくる。
出来る限り労わって頭を撫でていると、大槻さんが呆れ全開の視線をぶつけてきた。
「人目も気にしないでよくやるものね」
「お疲れ様、大槻さん」
「おっお疲れ様です!」
「お疲れ様。で、今日はなんで来たの?」
「大槻さんが誘ってくれたから」
「そりゃそれは私だけど。わざわざ後藤ひとりを連れてきたのは、何か理由があるんでしょ?」
そういえばあの時彼女は長谷川さんに怒られていたから、何も話していなかった。
さっきひとりに話したことを、そのまま大槻さんに伝えようとして気がついた。
ひとりが怯えの中に何かを混ぜて、彼女に視線を向けようと頑張って体を震わせている。
「ひとり」
「えっ!? つ、連れてきたのはお兄ちゃんで」
「大槻さんに聞きたいこと、あったりしない?」
だからせめてもの助けになるかなと考えて、ひとりへ柔らかく水を向けてみる。
ひとりはびくついて、僕を一瞬恨めし気に見て、手や指をもじもじとすり合わせて。
それでも最後には、おずおずと大槻さんに何とか声をかけることが出来た。
「……あっあの」
「何?」
「そ、その」
「はっきり言って。じゃないと分からない」
相変わらず当たりは強いけれど、ひとりとの会話を拒む様子は見えない。
ひとりもそれが分かっているのか分かっていないのか、いや多分全然分かってないな、これ。
それでも聞きたい気持ちが上回ったのか、やがてひとりはなんとか質問を絞り出す。
「お、大槻さんはどうして未確認ライオットに出ようと思ったんですか?」
「一番になりたいから。未確認ライオットは同世代のバンドが揃う絶好機会、そこで優勝すれば、自動的に私たちが一番ってことになるでしょ」
「えっと、じゃあもし、一番になれなかったら……?」
「なる」
「あっも、もしも、もしもの話です」
「……」
言われて初めて気がついた、そんな素振りを大槻さんはしてみせる。
心配性の彼女に限ってそんなことはないと思ったけれど、僕はなんとか口を閉じた。
「もっと練習して、もっと上手くなる」
「えっ?」
「一番になれなかったら、もし誰かに負けたら、その時はきっと死ぬほど悔しい。でもそれで私たちが終わる訳じゃない、ちょっと躓いただけ。その後もっとバンドとして上手く、大きくなって、最後に私たちが一番になれてればいい」
「終わる訳じゃない……」
「そして目指すはビルボードランキング一位! その後はグラストンベリーフェスティバルの大トリ!!」
高らかに目標を掲げる彼女をひとりが、SIDEROSのメンバー達が眩しそうに見つめていた。
多分彼女達は大槻さんのこういうところに惹かれて、一緒にバンドをやっているんだろう。
非現実的なほど大きくて遠い目標。それを臆面もなく言ってのける姿は、確かにとても格好いい。
そんな彼女を見て、話を聞いて、ひとりも何か感じ入ることがあったようだ。
怯えていたのが嘘のように勢いよく立ち上がり、目を見開く大槻さんに大きな声を出した。
「あ、あの!!」
「ひゃ!?」
「きょ、今日はありがとうございました! よ、用事を思い出したので帰ります!!」
「えっい、いきなり!? ちょっと待って、私も貴方に聞きたいことが」
「ありがとう大槻さん。じゃあまたね」
「いや帰る準備早すぎでしょ!?」
ひとりが大槻さんと話している間に、ギターの片付けやら何やらは終わらせておいた。
そして他メンバー三人にはひとりの分も含めて、先んじてお礼と挨拶をさせてもらっていた。
大槻さんの自負と自信に触れたら、恐らくひとりは迷いを振り切ると予想していたからだ。
それ以上のツッコミを受ける前にお辞儀をして、急いでひとりのことを追いかける。
あの子にとって渋谷は地獄に等しい。下手をすれば一歩外に出た途端死にかねない。
幸い入口付近で呆然と街を見回していたから、速やかに保護することが出来た。
その後も渋谷の喧騒からひとりを守りつつ、無事に帰りの電車まで辿り着けた。
僕から言い出したこととはいえ、だいぶ遅くなってしまった。正直凄く眠い。寝れないけど。
母さんからの心配のメッセージに返信をしていると、ひとりが囁くように呟いた。
「大槻さんたち、凄かった。結束も演奏も、まだまだ敵わないなって思っちゃった」
ある種の敗北宣言にもかかわらず、ひとりはどこか清々しくそう言い切った。
それから言葉に迷った様子で僕を見上げたから、まとまりがつくまでひたすら待つ。
「あっあのね、お兄ちゃん」
「何か掴めた?」
「うん。私やっぱり、ギターヒーローの名前は使わない」
「それで二次審査に落ちても?」
「そ、それでも、絶対使わない」
大槻さん達と一緒に練習する前と同じような言葉。でもそこに込められた意思は違った。
「未確認ライオットはただの通過点で、通過出来ても出来なくても、私たちは結束バンドだから」
結束バンドにとって、未確認ライオットのグランプリはあくまでも小目標だ。
皆はそのために音楽を始めた訳でも、そのためにバンドを組んだ訳でもない。
たとえ結果がどうなっても、結束バンドはその後も夢のために走り続けていく。
なんとなく頭で分かっていたつもりだったことを、今ひとりは再認識したのだろう。
「だから私たちは、とにかく私たちの全力で頑張ろうって」
「そっか」
「それでね、これから集まって練習しようって、皆に言ってみる!」
「……そうだね。連絡してみようか」
「うん!」
今はもう結構遅い時間で、これから集まるとしたら日を跨いでしまう。
だからひとりの提案は当然却下されたけれど、きっとその思いは皆にも伝わったはずだ。
三連続のツッコミを受けて落ち込む妹を慰めながら、そんな根拠のない信頼を抱いていた。
それから時は流れて、とうとう未確認ライオット二次審査の結果発表日が訪れた。
「二十六位~!?」
喜びと驚きに抱き合う虹夏さんと喜多さんの言う通り、結束バンドは二次審査を突破した。
一次の時のような狂喜乱舞とまではいかないものの、今日も四人全員で喜びを露わにしている。
ひとしきりはしゃいだ後今度は安心が来たのか、全身力が抜けたように机に座り込む。
そして最後の最後に疑問が訪れたようで、不思議そうに結果をぼうっと眺めていた。
「よかったぁ~……でもあんなに苦戦してたのに、なんで急に順位上がったんだろう?」
「何かばんらぼってサイトの次にバズるバンド特集、みたいな記事に取り上げられてたっぽい」
「えっネット記事? なになに、なんて書いてあるの!? 誰が書いてくれたの!?」
「名前書いてないから分からない。面倒だから郁代読んで」
ぽいっと投げ渡された携帯をキャッチして、言われた通り喜多さんは音読し始める。
「えぇと『メンバーは若く勢いがあるが、楽曲には年齢に見合わない深みがある』」
「えっへっへー」
「『バンド名がダサい、リードギターのパフォーマンスが時々突拍子もなくて怖い。酔っ払いのファンがよくライブに来ていて治安が悪い』」
「……とりあえずあの人、出禁にしよっか。あとぼっちちゃんはこの後ちょっと話そうね」
「え゛っ」
不安顔の同級生コンビと一緒に来た僕は、今日もまた星歌さんに付き合って貰っていた。
二次審査突破にはしゃぎ続ける結束バンドに釣られ、隣の彼女もまた顔がにやけている。
一方僕はそれどころじゃなく、その記事に引っ掛かりを感じて考えて込んでいた。
「お前の言う通り、ライターの記事でかなり上がったな」
「……えぇ」
「にしてもここまで予想通りとはなぁ。もしかして、なんかした?」
「僕は何も。そして多分、誰も何もしていません。この人が自分から書きました」
「そりゃいいこと、だよな?」
「そのはずです」
「……気になることでもあるのか?」
ある。そしてそれを確かめないと、僕はこの先安心して夜も眠れないだろう。
「………………星歌さん、二つお願いしてもいいですか?」
「言うだけ言ってみな。じゃないと分からん」
「じゃあまず、人と密かに会える場所をご存じでしたら教えてください」
「そんくらいならいくらでも知ってるけど。もう一つは?」
こっちは、もう一つの方は、絶対に必要なこと、というものでも無い。
はっきり言って僕の甘えでしかなくて、恐らく星歌さんに負担をかけるだけのもの。
それでも一度口に出した、彼女が続きを待っている以上、最後まで言い切るしかない。
「多分、僕は明日学校サボります」
「……へぇ。なんで?」
「人を呼び出して会うためです」
「それで?」
「その、出来ればその時、手伝ってもらえませんか?」
意外そうに一度目を丸くした後、彼女は何故かニヤリと嬉しそうに笑みを浮かべた。
翌日宣言通り僕は学校をサボり、星歌さんとともに喫茶店である人と待ち合わせをしていた。
約束の時間、午前十時まであと数分という頃、入口の方から勢いよく扉に開く音が聞こえた。
それから落ち着きのない足音が響き奥まったテーブル、僕達の席の前で止まる。
「す、すみません、お待たせしました!」
「まだ時間ではありません。お気になさらないでください」
ある人、佐藤愛子さん。去年の十一月のあの日、結束バンドをこき下ろした人。
そして今回結束バンドを記事に取り上げ、未確認ライオット二次審査を突破する要因になった人。
あの記事に名前は無かったけれど、僕はあの時彼女の書いた記事を読めるだけ全て読んだ。
だから文体や癖であれが彼女によるものだと分かった。分からなかったのは、書いたその理由。
「本日はお忙しいところお越しいただき、ありがとうございます」
「い、いえ、こちらこそ。それで、なんでアンタ、いや店長さんが?」
「あー目付け役とか、立会人とか? 口は挟まないから気にすんな」
「気にすんなって、そんなの無理がある、ありますよ?」
彼女は星歌さんに噛みつこうとして、僕を気にして牙を引っ込め妙な口ぶりになる。
一度崩れたものを見た以上、というよりなんであれ、彼女がどう話そうとそれはどうでもいい。
重要なのはやり方ではなく中身、何を話してもらえるか。それが今日は一番大事だ。
「佐藤さんの話しやすい口調で構いません。楽にしてください」
「でしたらその、出来ればペンネームで呼んでいただければ」
「恥ずかしいのでそれはちょっと」
「は、恥ずかしい……」
愕然とする彼女には申し訳ないけれど、ぽいずんもやみも(14歳)も僕にはきつい。
そして彼女のためにわざわざ辛い思いをする気も無い。だから自分の名字を受け入れてもらう。
しょんぼりとする彼女に気づかないふりをして、続けて彼女の疑問に答えた。
「それと星歌さんには今日、私がお願いして来ていただきました」
「……理由を聞いてもいいですか?」
「私と二人きりでは、佐藤さんも不安だと思って」
なにせ僕は前科持ち、昨年の十一月頃に彼女を一度気絶させてしまっている。
原因が僕だと気づいているどうかは知らないけれど、一定の恐怖か何かは残っていそうだ。
その証拠に彼女はどこか窺うように、疑念と警戒を滲ませながら僕に問いかける。
「……このお店を選んだのも?」
「私です。と言っても今日のために紹介していただいた場所なので、私も初めて来ました」
「それで喫茶店……」
「もしかして、こういった場には不向きでしょうか?」
「あっすみません、大丈夫です。ただ、なんというかその、バーとか居酒屋とかに呼び出されることが多くて」
「……そちらの方が」
「いえ全然! 付き添いといい、むしろ安心しました!」
バーの方がいい、お酒が無いと始まらない、なんて言われたらどうしようかと思った。
僕はまだ十八歳で高校生。調べたことは無いけれど、ああいう所には恐らくまだ入れない。
そうなると年齢を誤魔化すことになるから、また無駄に退学チャンスを増やすことになる。
密かにほっと一息吐くと、佐藤さんがちらちらと物欲しそうにメニューへ視線を送っていた。
「何か頼まれますか?」
「……えっと」
「私が出しますから、遠慮しないでください」
「本当!? あっ、で、ですか?」
「お呼び立てしたのは私なので」
「あっありがとうございます!」
机にぶつかるんじゃないかな、というくらいの勢いで頭を下げた後、彼女はメニューを広げた。
ウキウキとそれを眺める様子はどこか幼くて、十代半ばに見えないこともなくも無さそうだった。
そんな僕の失礼な思考に彼女は気づかず、嬉しそうにぶつぶつと何かを呟いていた。
「はー、久しぶりのコンビニ以外のスイーツ……! しかもイケメンの奢り……!!」
「ふっ」
「……何よ。貧乏ライターがそんなにおかしい?」
「いやぁ、別に、なんでも?」
「なんでもない奴の顔じゃないわよ!!」
からかうように口元を歪める星歌さんと、それに遠慮なくツッコむ佐藤さん。
興味深くてその様子を眺めていると、僕の視線に気づいた星歌さんが首を傾げた。
「ん? どうした一人」
「……なんだか仲良さそうですね」
「気のせい」
「それはないです!」
ますます仲良さそうだな、とは思ったけれど、繰り返しになりそうだから口を閉じた。
代わりにメニュー置き場横にある呼び出しボタンを押して、店員さんに来てもらう。
コーヒーと特製リンゴジュース、日替わりケーキセットを注文するとすぐに届いた。
「ケーキ美味しい……カフェラテも美味しい……甘いもの美味しい……」
「……大人って、大変なんですね」
「これは大人っつーか、個人の問題だな」
たとえ佐藤さん相手でも、ここまで感動して食事をする人に声をかけるのは少し躊躇う。
だけど今日はケーキを奢るために彼女を呼んだわけじゃない。いい加減話を始めよう。
「そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「えっ! あっす、すみません!」
「ぷっ」
吹き出した星歌さんを睨むものの、佐藤さんは僕を気にしてその憤りを抑え込む。
僕もそれに倣って、彼女達のじゃれ合いには触れなかった。やっぱり仲いい気がする。
再び浮かんだ疑問に蓋をしてから携帯を取り出し、佐藤さんへその画面を向ける。
そこにはあのページ、結束バンドの二次審査通過を助けたあの記事が映っていた。
「こちらの記事についてお話をいただきたくて、今日はお呼び立てしました」
「そ、それは」
「この記事を書いたのは、貴方ですよね」
その瞬間、彼女の目が泳ぎ出した。
「い、いやー、どうでしょうかねー?」
「どうして貴方がこれを?」
「聞いてない!?」
無駄な駆け引きはいらない。余計な問答が嵩めば、その分目が合う可能性も高まる。
今日は途中で気絶しようがしまいが、真相を聞き出せるまで彼女を帰すつもりは無い。
だから効率よくこの密談を終わらせるためにも、いつもより直接的に話を続ける。
「貴方にとって結束バンドは、ギターヒーローの足枷に過ぎないはずでしたが」
「それは」
「いったい、どのようなおつもりでしょうか?」
結束バンドはギターヒーローを縛る存在。そう考えているのならやることが逆だ。
むしろひとり以外を徹底的にこき下ろして、二度とステージに立てないようにするだろう。
僕が彼女の立場なら、ひとりの害と信じるものを潰すためなら、そのくらいはやりかねない。
だからこそ今回の彼女の記事、結束バンドを手助けするような行いが僕には理解出来ない。
ギターヒーローの正体を知る不安要素が、突然意味不明な行動で結束バンドに関わって来た。
放っておくには気掛かりが大き過ぎる。だから今日は会いたくも無い彼女を呼び出した。
わざわざサボってまで平日の朝を指定したのは、間違っても皆と彼女が接触しないようにだ。
事実が多分に含まれていたとはいえ、あの日の彼女が言ったことを僕は忘れていない。
あんな記事を書かれた今でも彼女の考えは不明、だからいざ会えば何を口にするの分からない。
そんな存在にひとりと皆が関わる可能性を、僕は出来る限りゼロに近付けておきたかった。
「……三月頃にギターヒーローさんたちが路上ライブをしているところを、偶然見かけたんです」
「どちらでそれを?」
「下北沢の駅前です」
詳しく聞くと時期も場所も合っていた。どうやら適当に言っているようでは無いらしい。
疑ってばかりで嫌な奴だな、と自分でも思いつつ、彼女に話の続きを促す。
「正直驚きました。お遊びだと思っていた子たちが、こんな短期間であんな成長するなんて」
「具体的に、どのようなところに成長を感じましたか?」
「そう、ですね。ではまず、バンド全体として演奏自体が、そして合わせも上達したように思います。練習にライブ、どちらも何度も重ねなければああはなりません。個人の成長を上げるならギタボの子、あの子の歌が一番伸びを感じました。なんというか、前よりもずっとライブや歌詞への理解を深めた、そんな歌声になっていました。他には」
それからしばらくの間、佐藤さんは結束バンドの成長について語り続けた。
僕が気付けたこと、気付けなかったこと。僕の知っていたこと、知らなかったこと。
結局一回も路上ライブに行けていない僕より、よほどちゃんと聴いていた。
「それでその後あのクソブッ、池袋でブッキングライブに参加すると噂で聞いて」
「そちらも見に行かれましたか?」
「えぇまあ。元々仕事上、あちこちのライブに顔を出すようにしていたので、その一環です」
ちらりと横を見ると、星歌さんが肯定するように頷いていた。
あの日の池袋でのライブ、そこで彼女は佐藤さんとばったり出くわしたらしい。
そしてこれはあくまで想像だけど、そこで何か佐藤さんを見直すことがあったんだと思う。
昨日僕が佐藤さんと会いたいと言った時、星歌さんは驚いても止めはしなかった。
僕の気性を多少なりとも知る彼女なら、十一月のような事件を心配する方が自然だ。
でも彼女はあの時心配も制止もせず、それどころかこうして手まで貸してくれている。
だから僕も彼女のその判断を信じることで、今日は冷静に話が出来ていた。
「まさかあのライブハウスで、あそこまで盛り上げることが出来るなんて。あの時は胸がすく思いになりました!」
「……」
「あーでも、ただちょっと、あの日はドラムの子が荒れてたのが気になりましたね」
「…………」
「基本路上ライブの時以上に楽しそうに、上手に叩いてたんですけど、時々思い出したように、鬼のように荒く力強くなってて。けどまあ、ああいうのも一つの味ですよね!」
「………………」
結局池袋のライブに行かなかった僕より、よほどちゃんと聴いていた。気まずい。
横の星歌さんが僕の脇腹を何度も肘で突く。反省してるのでもう許してください。
そんな風に目の前でじゃれつく僕達を見て、佐藤さんは大きく咳ばらいを一つする。
「……私は、適当に音楽をやっているバンドマンが嫌いです」
それからしらっとした目を星歌さんに向けた後、彼女の本音を教えてくれた。
「特に、ガチでやっている人を嘲笑ったり、足を引っ張ったりするのは、もう論外です」
「あの時の結束バンドは、貴方にとってそう見えていたと」
「えぇ。失礼は承知ですが、今もあの時の判断が間違っていたとは思いません」
僕も失礼を承知の上で、冷静に事実だけを確認し、当時の皆を思い返す。
結束バンドがガチじゃなかった。これはきっと事実だ。本気というには何もかも足りなかった。
そして皆がひとりの足枷だということ。こっちは間違いなく的外れな指摘だった。
「でもこの間見た、聴いたあの子たちの演奏は見違えていました」
「では今回の記事は、端的に言えば結束バンドを見直したから、ということでしょうか」
「偉そうな言い方にはなりますが、私なりに今の結束バンドの評価を正直に書きました。あの子たちはきっとこれからも伸びます。そして何より、ギターヒーローさんにあの子たちは必要だと、一緒じゃないといけないと、やっと分かりました」
もう十分だろう。
「佐藤さん、お話の途中すみません」
「な、何か気に障るようなことでも」
びくりと震え上がる彼女を置いて立ち上がる。そして僕はやるべきことを、彼女に謝罪をした。
「先日は、大変申し訳ございませんでした」
「あっえっ、ま、マネージャーさん!?」
「あの日貴方をガチじゃないと言ったこと、不必要な侮辱を重ねたこと、全て謝罪します」
彼女の言葉の事実如何はどうあれ、あの日の僕はきっと冷静じゃなかった。
いらないこと、言ってはいけないことも多く言った。それらは全て謝るべきことだ。
それでもこんな人に、なんて子供染みた意識が今の今までずっと邪魔していた。
でも佐藤さんはそんな人というだけじゃなかった。彼女なりにバンドに真摯な人だった。
それを知ってようやく僕も謝ることが出来た。まだまだ大人には程遠い行動だ、恥ずかしい。
数秒後彼女が口を開く。ついさっきまで震えていたとは思えないほど、その声は静かだった。
「……いえ、マネージャーさんの言う通りでした。あの時は、私も確かにガチじゃなかったです。なんだかんだと言い訳をして、目の前のバンドも見ないで、適当な仕事でやり過ごしていました」
恥じるようにそう零した後、彼女もまた僕と同じく立ち上がり、深く深く頭を下げる。
「こちらこそ、大変申し訳ございませんでした。あの日感じたことは撤回しません。でも言ったことは、結束バンドがただのお遊びバンドだなんて言葉は、撤回させてください」
「私には結構です。それは結束バンドにいつか伝えてください」
「そう、ですね。確かに、それが筋です。ですが」
「大丈夫です。貴方のバンドへの真摯さは、きっと彼女達にも伝わります」
「……ありがとうございます」
佐藤さんが噛み締めるようなお礼を口にして、少しの間不思議な沈黙が訪れた。
手持ち無沙汰で困る僕を見たのか、星歌さんは軽く手を打って僕達の注目を集める。
「お互い頭下げたんだ、これで水に流して終わりだな」
「むっ偉そうに。いったい何様のつもり?」
「炎上系ライターにアポなし突撃された店の店長様」
「うぐっ。そ、その節は大変申し訳ございませんでした……」
意地悪そうな声と顔で攻撃する星歌さんに、それ以上の悪意は感じられない。
佐藤さんもそれを分かっているのか、息を呑んだ後すぐに星歌さんにも頭を下げた。
そこまではよかった。でも再び顔を上げた佐藤さんは、何故かやる気に満ちていた。
「……ところで話は変わりますが、以前お願いしましたギターヒーローさんの独占取材ですけど」
「お前、よくこの流れでそれ言えるな。図々し過ぎてびっくりするわ」
「記者なんてね、図々しくないとやってけないのよ!」
勇猛さと悲壮感、相反する二つの思いを感じさせる台詞だった。
結束バンドのあの記事や今日話していただいたこと、今までひとりのことを黙っていたこと。
これらのことから、彼女がただのゴシップライターじゃないということはよく分かった。
だから僕としてはもう、断固拒否するとまでは思っていない。それでも今すぐは無理だ。
「すみません、今ここで返事をするのは難しいです」
「あっギターヒーローさんの意思が一番大事ですから、それも当然ですよね!」
「あの子は授業中ですから確認も出来ません。なのでまた後日にしていただけると助かります」
ひとりは真面目に授業を受ける子だから、今この瞬間は邪魔になってしまう。
それに本来なら僕も今は学校、授業中のはずだ。自分から墓穴を掘ってもしょうがない。
僕の返事に一瞬残念そうな顔をした佐藤さんは、すぐに気を取り直して切り返す。
「ならマネージャーさんは、この後ご予定どうですか?」
「……私、ですか?」
「えぇ。取材する時は周囲の方からお話を聞くのも、ご本人とお話しするくらい大事なんです!」
そこでギラリと、何故か彼女の瞳が妖しく鋭く光った。
「なのでぜひ、マネージャーさんにもお話をいただければなと」
「はあ」
「あぁでもそちらの店長さんがいると、どうしても深い話はしづらいですよね。では場所を改めて、この後二人でお願い出来ませんか? 私、いいお店知ってるんですよ」
「それは、構いませんが」
「本当ですか!?」
今回急に呼んで来てもらった以上、僕も彼女のお願いに一度は応える義理がある。
それはそれとして、なんか急にぐいぐい来るなこの人。また意図が読めなくなってきた。
そのせいか今まで働いたことのない謎の勘が、何か危険が近づいているとさっきから告げている。
底冷えのする感覚に内心疑問を覚えていると、星歌さんがため息とともに口を開いた。
「というか一人、お前も今日授業あるだろ。これ終わったら着替えてさっさと行け」
「……今から行っても中途半端な時間になるので、午後からにしようかなーと」
「不良め」
そんな説教染みた言葉を半笑いで零しながら、彼女は僕の額を軽くつついた。
僕達の会話を耳にした佐藤さんは意外そうに目を細め、そこに興味の光を輝かせる。
「へぇ、マネージャーさん学生だったんですね。どちらに通われてるんですか?」
これは取材、にもならない世間話の類だろうか。なら答えても問題無いのかな。
それに個人情報と言えば個人情報だけど、悪名高い僕のことなら少し調べればすぐに分かる。
念のため星歌さんを見ても止める様子は無い。むしろ後を押すように、何故かニヤニヤと頷いた。
「下高の三年生です」
「…………そんな大学、この辺にありましたっけ?」
「あっすみません。下北沢高校の三年生です」
そう告げた瞬間、佐藤さんが石のように固まり動きを止めた。
かと思えば突然プルプルと震え始め、更には顔を真っ赤に、そして真っ青に染めていく。
「……高校…………高校? ……………………こ、高校生!?」
「はい、高校生です。それが何か」
「こ、高校生に奢らせようとしてた……? こ、高校生にボコボコにされてた……? こ、ここ、高校生に、子供に、唾つけようとしてた……………!?」
「あの?」
「一生の不覚ぅ………………!!」
挙句の果てに突っ伏してしまった。僕が高校生だったのがそんなに意外だったのかな。
うめき声を上げながら震える彼女と疑問に首を傾げる僕を見て、星歌さんは大爆笑していた。
星歌さんが笑いすぎてお腹を攣りかけたのを介抱していると、佐藤さんもようやく顔を上げた。
よほど何かが恥ずかしかったようで未だにその頬と耳は赤く、微妙に瞳は潤んでいる。
ついこの間学んだ。こういう時そこに触れるのは逆効果で、もっと大惨事を起こしかねない。
それに聞きたいことも聞けたから、僕は何もかもを無視してこの密談を終わらせようとした。
「改めて佐藤さん、本日はお忙しいところありがとうございました」
「大丈夫、です、よ?」
「……最初も言いましたけど、佐藤さんの話しやすい口調にしていたたければ。私はその、高校生なので。別にもっと適当な話し方でも」
「う、うーん…………いえ、あのギターヒーローさんのマネージャーさんということに変わりはありませんから、今までと同じでお願いします」
佐藤さんがぎくしゃくしているから、釣られて僕もなんとなく気まずい感じになる。
それがまたツボに嵌ったのか、星歌さんは笑いそうになりながらヤジを投げた。
「やーい、条例違反ー」
「悪かったわね! こんな大人っぽかったら勘違いもするわよ!!」
「……紛らわしくてすみません?」
「あっ! い、いえ、勝手に勘違いしたのは私なので、その、こちらこそすみません」
「ぶっ、くくっ。あーやべー、これ言う側に立つと滅茶苦茶楽しいな……」
それからひとしきり僕に恐縮して、星歌さんのことは睨みながら、佐藤さんは立ち去った。
入口のドアからカランコロンと軽快な音がして、ようやく肩の荷が下りたような気がした。
疲れを誤魔化すように、すっかりぬるくなってしまったリンゴジュースを口に含む。
「星歌さんも、今日はありがとうございました」
「気にすんな。最近ここ来てなかったしちょうどよかった」
「……僕がお願いして来てもらったのに、全部払ってもらうのは違う気がします。やっぱり僕が」
「子供に奢られてたまるか。それに今日は面白いもの見せてもらったからな、見物料代わり」
今の言葉が嘘じゃなかったことを証明するかのように、彼女は思い出し笑いで噴き出した。
佐藤さんが僕を大学生か社会人、大人と勘違いしていたことがよっぽど面白かったらしい。
そんなに笑えるところなのかな。僕はぴくりとも来ないけど、こういうのは好みの違いだしな。
星歌さんの笑いのツボを内心疑問に思っていると、唐突な質問が飛んできた。
「それで、納得出来たか?」
「はい。佐藤さんが意外と真面目な人で、彼女なりの理屈であれを書いたことが分かりました。これならあの時もっとちゃんと」
「あー悪い、聞き方間違えた」
僕がずらずらと語り始めようとしたのを止め、彼女は僕の顔をじっと見る。
「安心出来た?」
「……えっと、はい。お手数かけてすみません」
「ならいい。あとさっきも言ったろ、このくらいで一々気にすんな」
それからコーヒーを口に含み、それでも我慢出来なかったようで眠たげにあくびをした。
星歌さんは普段午前中いっぱい寝てる人だと勝手に思ってます。
次回「キタキタチャージ」です。