ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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第二十七話「ライブ審査当日」

 ついに訪れた未確認ライオットの三次審査、ライブ審査当日。

父さんに車で送ってもらった僕達三人は手を繋ぎながら、集合場所の下北沢駅前へ歩いていた。

 

「おねーちゃん、ぷるぷるしてるー!」

「こ、これは武者震いだから」

「おねーちゃん、手べたべたー!」

「こ、これは、その、コラーゲンだから」

「汗から出てたら大変だよ」

 

 コラーゲンはタンパク質の一種、汗とともに流れていたら色々と大問題になる。

それでも人体の神秘を超えた今のひとりになら、もしかしたらがあり得るかもしれない。

いや、これ以上考えるのはやめよう。到達してはいけない結論に至ってしまいそうだ。

 

「虹夏ちゃん、喜多ちゃん、おはよー!」

 

 明後日の方向へ向かい始めた僕の思考は、元気な可愛らしいふたりの声で現実に戻る。

前をよく見ればそこには手を挙げる虹夏さんと、大きく手を振る喜多さんが既に待っていた。

名前を呼ばれた二人はにこやかに挨拶を返しながら、疑問もそのまま口にする。

 

「一人くんは聞いてたけど、ふたりちゃんも一緒に来たの?」

「あっど、どうしてもふたりが」

「おねーちゃん今日もトイレに隠れようとしたからね、ふたりが連れてきたの!」

「……そっかー! ふたりちゃんほんとありがとねー!」

「えへへっ、どういたしまして!」

「あっあわわっ」

 

 ヤバい怒られる、なんて震えているけれど、二人ならこの程度織り込み済みだろう。

特にフォローは必要なさそうだし、トイレに引きこもるのはこれからも控えて欲しい。

その思いでひとりをそっとして、ふたりとの会話に僕も口を挟ませてもらった。

 

「あと虹夏さんと喜多さんに会いたかったんだって」

「えっ嬉しい! 私もふたりちゃんに会いたかったわ!!」

「ほんと!?」

 

 ひしっと抱き合う姿は別に姉妹には見えない。だからそんな目で見ても無駄だよ。

僕のその意思を感じ取ったのか、喜多さんは視線をふたりに戻してじゃれ合い始める。

そして未だ叱られるかもと震えるひとりの振動を抑えながら、見て分かることを僕は確認した。

 

「リョウさんは、まだ来てないみたいだね」

「寝坊したらしいよ。まったく、こんな日もあいつは」

「心臓に毛が生えてるって感じですよね!」

「……もしかしてそれ、褒めのニュアンスで言ってる?」

「はい!!」

 

 褒め言葉としては微妙、そしてリョウさんは図々しいけど繊細な方だから、そもそも的外れだ。

むしろこの中で一番それっぽいのは、いや、僕も褒めてるつもりだけど、やっぱりこれは微妙だ。

女の子に言うことじゃないです、なんてブーメランな反応を想像したから思いつきは埋めた。

 

「それじゃあリョウさんのことは待つ? それとも迎えに行く?」

「ううん。先行くって今連絡したから、もう出発しよう!」

「おー!」

「ふたりは父さんと母さんのところ行こうか」

「えー!?」

 

 駄々をこねるふたりを両親のもとへ送り届けた後、僕達は会場のある新宿へ電車で向かった。

三次審査会場はあの新宿FOLT。廣井さんや大槻さん達のホームであるライブハウスだ。

しかもオープニングアクトはSICKHACKらしい。とてもとても失礼だけど、正気だろうか。

 

 今日も僕の周りは空いていた電車から降り、そのまま会場まで歩いて移動する。

道中右手と左手、そして背中に機材を背負って歩く僕を見て、喜多さんが気遣ってくれた。

その彼女も額に汗が滲んでいる。なんでも今日は、真夏並みに暑い日になるらしい。

 

「……先輩、本当に荷物大丈夫ですか?」

「これくらいなら全然。それよりごめんね、喜多さんのギターは持ってあげられなくて」

「私体力あるから平気です! ……それに、溶けたひとりちゃん見ちゃうと」

「はーいぼっちちゃん、こっちだよー」

「お、おぉおおおっぉおっ」

 

 そう言いながらも僕としては、溶けながらなんとかついてきているひとりを褒めてあげたい。

ついでに背負ってもあげたいのだけれど、流石に全身で機材を運んでいるから今は無理だ。

そんなひとりを慣れた様子で誘導しながら、虹夏さんがぼんやりと呟いた。

 

「こういう時機材車欲しくなるよねー」

「そうですねー。でもそんなお金ありましたっけ?」

「お金も免許も無いねー」

 

 加えて置くところも無いだろう。東京の駐車場代は高いと、以前父さんがぼやいていた。

遠目に映る月極駐車場を確認していると、喜多さんが期待に満ちた目で僕の肩に触れる。

 

「実は先輩なら、両方とも持ってたりとか」

「流石にどっちもないよ」

「ですよねー」

 

 あれば便利だとは思う。だけどそもそも僕は免許のため、教習所に通えるのだろうか。

なんでも教習中は助手席に教官が座るらしい。僕と他人が二人きり、間違いなく事故になる。

直接免許センターへ試験を受けに行くことも考えたけれど、車の運転は危険で命に関わること。

ちゃんとしたところで、しっかり勉強と練習を重ねた方が絶対にいい。だからそれは止めた。

 

「じゃあ夏休み、一緒に教習所行く?」

「行けたら行きたい」

「それ行きたくないやつ! でもこれ行きたいやつだ!」

「えっ先輩たち今年受験ですよね? 夏休み大丈夫なんですか?」

「ん? あぁ平気平気ー、多分なんとかなるってー」

「適当過ぎません!?」

 

 実際は片道二時間だから、一緒の教習所は難しいだろう。でも行けたら楽しいだろうな。

口を開く余裕のないひとり以外と話しながら進んでいると、突然車が僕達の横で足を止めた。

誰だと疑問が浮かぶ前に後部座席の窓が開く。そこには寝坊したはずのリョウさんがいた。

 

「おはようみんな」

「なっ山田!?」

 

 彼女は炎天下の中歩く僕達を見回し、涼しげな微笑を覗かせた後窓を閉めようとする。

 

「じゃあ私は先行ってるから」

「リョウさん、ちょっと待って」

「みんなも遅刻しない、ように?」

 

 運転手の方に出発の指示を出そうとしたリョウさんを慌てて呼び止める。

幸いその言葉は届いて彼女は閉めかけの窓を再び開き、僕の言葉を待ってくれた。

その優しさに感謝しつつ僕は喜多さんを呼び寄せ、彼女のギターケースを指差した。

 

「喜多さんのギター、ついでに載せて持って行ってあげてくれる?」

「それくらいなら、まあ」

「ありがとうございます、リョウ先輩!」

「どういた」

「それじゃ、あとはこれとこれとこれもお願い」

「えっちょ」

 

 そうして積めるだけ機材を載せて、すし詰め状態のリョウさんは颯爽と去って行った。

荷降ろしが少し大変だろうけど、駅から歩いて向かうのと体力的な負担は変わらないはず。

バンドはチームプレイが大事。分かち合える苦労はなるべく平等に背負った方がいいだろう。

 

「だいぶ荷物減って助かったね」

「……先輩、もしかして怒ってます?」

「えっと、何に?」

「あっそういえばこの人天然だった」

 

 もしかして、リョウさんが車で移動していたことだろうか。別に怒りは感じない。

むしろ遅刻しないための努力だと思ったから、機転が利いたね、みたいな誉め言葉が出かけた。

あぁでもそうだな、まだ隙間あったしひとりも乗せてもらえばよかったな、なんて後悔はした。

 

 

 

 いくらかして会場、新宿FOLTに到着すると入口近くで座り込むリョウさんが待っていた。

横にはお願いした機材や荷物が無造作に転がっている。しっかり荷降ろしをしてくれたようだ。

僕達が着いたのに気付いた彼女はほっとしたように顔を上げ、その後じとっとした目になる。

 

「リョウさんお疲れ様。荷物ありがとう」

「死ぬほど疲れた」

「お疲れー。いやぁそれにしても、ほんとにここでやるんだねー」

「滅茶苦茶疲れた」

「お疲れ様です、リョウ先輩!」

「ジュース飲みたい」

「分かりました、ちょっと待っててくださいね!」

「喜多ちゃん甘やかさないでー?」

 

 財布を取り出しかけた喜多さんを虹夏さんが素早く止める。その手つきは鋭かった。

そしてその腕はとても力強かった。喜多さんの手はまったく動かない、いや動かせない。

そんな二人のやり取りを見て喜多さんを諦めたのか、リョウさんは僕を標的に切り替える。

 

「陛下、甘いもの飲みたい」

「スポーツドリンクでもいい?」

「貰う貰う」

「どうぞ。ひとりも飲んでね」

 

 疲れ切った彼女ともの言わぬひとりに、熱中症対策で持っていた飲み物を渡す。

渡すというか、ひとりは緊張と疲労でドロドロになっていたから、直接僕が飲ませた。

そうして飲み物を口にする度にひとりは人の体を取り戻していく。妹ながら凄い光景だ。

 

「それで伊地知先輩、この後はどうするんですか?」

「えっと受付行って手続きして、控室で今日の説明受けたら演奏順の抽選して、それでお昼ご飯食べた後に逆リハ。その後はすぐに本番だよ」

「おぉ~! こうして詳しく聞くと、なんだか本番気分になって来ますね!!」

「実感遅いね……ぼっちちゃんはこれだし、足して二で割るくらいでちょうどいいかも」

 

 体力の残る二人が今日の予定について話していると、突然リョウさんが立ち上がった。

隣で一緒に水分補給をしていたひとりに声をかけ、そのまま喜多さんの後ろに移動させる。

それから軽く背中を押し、この酷く熱い中、何故か彼女に抱き着かせようとした。

 

「わっ。ひとりちゃんどうしたの?」

「あっす、すみません! あっあの、リョウ先輩が」

「何やってんの?」

「二で割るためにまず足そうと思って」

「物理!?」

 

 少し日陰で休憩したことで、弱っていた二人も遊べるくらいには立ち直ったようだ。

それぞれ置きっぱなしだった機材を持ち上げ、結束バンドは店内に入ろうと動き出した。

僕は逆だ、入口近くの表示を確認して足を止めた。今はここまで、頑張る皆をここから見送ろう。

 

「それじゃあ、皆いってらっしゃい」

「えっお兄ちゃんは?」

「僕はほら、まだ中入れないから」

 

 近くにある関係者以外立入禁止の看板を指差すと、皆何とも言えない表情を浮かべる。

ただ一人、虹夏さんだけが一度僕を見てから大きく頷き、彼女達に奥に進むよう促す。

 

「よし、じゃあみんな行こう!」

「えっで、でも、お兄ちゃんが」

「いいのいいの! 本人がいってらっしゃいって言ってるんだから!」

 

 ぺしぺしと叩くように三人の背中を押した後、彼女は僕に振り向いた。

 

「あとでやっぱり入りたかったなーってなっても知らないからね!」

「……言わせてくれるんでしょ?」

「うん、楽しみにしてて!」

 

 僕の挑発に勝ち気な笑みを虹夏さんは返してくれた。言われなくても楽しみにしている。

あの日の宣戦布告を思い出す僕らを眺めて、ひとり達はこそこそと何か囁き合っていた。

 

「あの二人、遊園地の時から独特の空気がありますよね。ひとりちゃんは何か知ってる?」

「あっ宣戦布告されたらしいです」

「なっえっ、一人くんそれ話したの!?」

「えっ!? あっな、中身までは聞いてないです。そこは秘密だよって」

「ほっ」

「……なーんか怪しくないですかー?」

「……容疑者に取り調べをしないと」

「このタイミングで!? あっ、べ、別に何にもなかったよ?」

「あやしー」

「うっ、よ、よく分からないけど、何故か急に寒気が、うへぇっ」

「ちょ、せめて控室に入るまでは死なないで!?」

 

 本番前なのが嘘かのように、皆はいつも通りきゃいきゃいとはしゃぎながら歩いて行った。

これなら余計な心配はいらないな。ひとりのことも皆がなんとかしてくれるだろう。

寂寥感とはまるで違う、なんとも言えない満足感を胸に結束バンドの後姿を見送る。

 

 これで荷物持ちという大事な仕事も終わったから、そろそろ僕も家族のところに戻ろう。

その後は時間まで何をしよう。そうだ、ふたりの誕生日も近いし、一緒にプレゼントを選ぶとか。

頭の中で立てたそんな予定は、突然寄りかかって来たアルコール臭で全て消し飛んだ。

 

「う、うぅ、未来ある若者の気配が、取り返しのつく青春の気配がする…………」

「……以前何かで、大人になっても青春は出来るって聞いたことがあります」

「それ、私にも出来るかなぁ」

「出来ると自分を信じることが一番大事らしいです」

「じゃあ無理だー!」

 

 両手をあげてゴロゴロと臭いの元、廣井さんが悲鳴と共に地面を転げまわる。

叫び声に一瞬周囲の視線が集まったものの、ほぼ全て彼女を見た瞬間散らばった。慣れてる。

それでも一つだけ、ここの店長の吉田さんだけは目を逸らさず、そのまま駆け寄って来る。

 

「ちょっときくり! こんな日まで迷惑かけるのはやめなさい!!」

「だってさー、この子入口前で突っ立ってたからさー」

「あら、そうなの? もう他のバンドの子も入ってるし、早く控室に行った方がいいんじゃない?」

「えっと僕はただのファンなので、関係者とは言えません。紛らわしくてすみません」

「あれま」

 

 意外そうな顔を隠すよう口に両手を当てながらも、吉田さんは驚きに声を漏らす。

それから片手を腰に、もう片方を顎に滑らせ、悩まし気にうんうんと唸り始めた。

 

「うーん外暑いし、出来れば入れてあげたいんだけどねぇ」

「あっそれじゃあ一人くんは今日一日私、廣井きくり係ということで!」

「はあ? なんでそんな罰ゲームを」

 

 罰ゲームという結構な言葉を無視して、もしくは気づかずに、廣井さんは答える。

 

「それなら中、入ってもいいでしょ?」

「きくり、あんた」

 

 吉田さんは更に意表を突かれたようで、文字通りぽかんとした顔で廣井さんを見つめる。

いや、周りを観察している場合じゃない。得意げな笑顔を向けられてやっと思い出した。

これは彼女の優しさだ。ちゃんとお礼を言わないと、感謝の気持ちを捧げないと。

 

「……ありがとうございます、廣井さん」

「へへへっ、お礼なんていらなおぼろろろろろろろ」

「いややっぱ罰ゲームよこれ」

 

 初夏の吐瀉物はいつも以上にすっぱい臭いがした。

 

 

 

 吉田さんに恐縮されつつ入口の処理を手伝ってから中に、SICKHACKの控室へ案内された。

オープニングアクトともなると控室も個室らしい。僕達が入った時には誰もいなかった。

岩下さんと清水さんは担当の人と打合せ中とのこと。当然の疑問は今日もしまっておいた。

 

「私なんて放って、ぼっちちゃんたちのところ行ってもいいんだよ?」

「いえ、今の僕は廣井さん係なのでここにいます」

「今日もクソ真面目だなぁ」

 

 そう言いながらも髪から覗く顔には、にへらっとした喜びの色が見て取れた。

それにしても毎度強制されるから慣れたけれど、こうして膝枕をするのはいかがなものだろう。

血縁の無いただの知人友人関係の類からすると、今更ながらちょっと接触が多すぎるような。

今も十分あれなのは間違いないし、性別を逆転すると一発で通報沙汰になる気もする。

 

「というか廣井さん、行ってもいいってこの体勢で言われても」

「そこはほら、ありあまる若さで私のことをはねのけて」

「……実際やるとどうなりますか?」

「泣くよ、全力で、おいおいと」

「急に真顔にならないでください」

 

 いきなり仰向けになって真顔を向けられると、いくら廣井さんでも流石に不気味だ。

それが伝わったのか伝わってないのか、一転さっきと同じ、妙にご機嫌な笑顔になる。

何を考えているのか分からない。でも酔ってるならそんなものか。おかげ様でよく知っている。

 

「廣井さん突然不躾ですけど、少し手触ってもいいですか?」

「おっ! もしかしてお姉さんのこと膝枕してる内に、男の子が出て来ちゃった?」

「それはありません。この前マッサージの本読んだので、家族以外にもやってみたくて」

「へー、君ほんとなんでもやるねー。もちろんいいよ!」

 

 手とはいえ体に触れる以上、異性に頼むのは問題がある、そして同性に親しい人はほぼいない。

だけど普段からそれ以上をしてくる廣井さんなら、これくらいお返しにしてもいいはず。

いつも通り二つ返事で許可を貰えたから、遠慮なく手の甲の中心部分を優しく摩った。

 

「ここが肝臓のツボで、摩るのがいいと書いてありました」

「おぉ? 全然痛くないし気持ちいい。なんだ、私の肝臓まだまだ元気じゃん!」

「右手の小指側下もツボで、こっちは押すらしいです」

「ぎゃー!?」

 

 廣井さんの肝臓はもうかなり駄目らしい。軽く押しただけで大袈裟な反応が返って来た。

本当ならもっと押したいけれど、想像より悲鳴も反応も大きい。本番前にこれ以上はいけない。

再び手の甲を摩る方に切り替えると、涙目の廣井さんがぷるぷるしながら僕を見上げた。

 

「わ、私、一人くんに何か酷いことしたっけ?」

「僕相手じゃなくて肝臓にですね」

「でもまだ何も問題出てないよ!?」

「無口なところなので」

 

 肝臓は沈黙の臓器だ。むしろこれが精一杯の悲鳴だと言い換えてもいいだろう。

 

「お酒を飲まないと、廣井さんがライブを出来ないのは知ってます」

「げっ、もしかしてお説教?」

「はい。膝枕の代金としてさせてください」

「うえぇ、やめてよー。こんな状況で君みたいな子に言われたら、ますますお酒が進んじゃうよぅ」

「いえ、やります。僕も含めてたくさんの人が、廣井さんの飲酒についてあれこれ言っていると思います。廣井さんがそれを鬱陶しく感じる気持ちも分かります。それでも結局のところ、自分の体に責任を持てるのは自分だけです。だから」

「……責任、責任かぁ」

 

 僕が意気揚々と説教を始めると、何かが引っかかったように廣井さんがぼそっと呟いた。

その響きに落ち着いた疑問を、お正月の雰囲気の欠片を感じたから、口を閉じて続きを待った。

 

「ねえ、前から聞きたかったんだけど」

「なんでしょうか?」

「君いつも責任とかなんとか言うけどさ、それってそんなに大事?」

 

 じっと僕を見上げる瞳は揺れずまっすぐ。説教から逃げるための誤魔化し、じゃなさそうだ。

だから僕も一度お説教を止めて、彼女の質問について真剣に考えた。責任は大事かどうか。

答えは簡単だ、大事に決まっている。それから逃げれば、また余計に周りを傷つけてしまう。

 

「大事ですよ。やったことは、やってしまったことの責任は取らないと」

「でも私を見てみなよ、こーんな感じでもなんとか生きてるよ!」

「……廣井さんの責任って、大体岩下さんが代わりに取ってませんか?」

「うっ」

 

 いつしか都内の和菓子屋さんの前で、岩下さんとばったり会ったことが一度だけあった。

挨拶と軽い雑談中に聞いたところ、なんでも廣井さんの謝罪用粗品を購入していたらしい。

しかも行きつけらしい。それを聞いた時の気持ちを思い出して、自然と視線が冷たくなる。

 

「そ、そこも含めて、私が責任なんて取らなくても、誰かが取ってくれるからなんとかなる!」

「岩下さんに聞かれたらものすごく怒られますよ?」

「気にしない、それがロック!!」

 

 それはロックではなくてただのダメ人間では。

 

「そもそもさ、自分一人で全部責任背負うのなんて絶対無理でしょ?」

「かもしれません。それでも、それは妥協です」

「むむむっ、強情で傲慢だなぁ」

「……強情で傲慢、ですか?」

「そうそう。代わりに誰かが背負ってくれた時は、それこそラッキー! でいいんだよ!!」

「ただのダメ人間では」

 

 僕の漏らした言葉がショックだったのか、廣井さんは震えながら懐からおにころを取り出す。

当然没収した。お酒以前に、横になりながら飲むのは危ない。酔っ払いは最悪そのまま死ぬ。

廣井さんは名残惜し気に視線と手を伸ばし、届かないことを悟ると諦めてそっと目を閉じた。

 

「とにかくこんな私でも、代わりにいつも責任を取ってくれる人がいます」

「本当に岩下さんにお礼した方がいいですよ?」

「だから一人くんなら、きっともっと大丈夫! お姉さんを信じて?」

 

 それから一拍置いて開いた瞳には、いつもと同じ温かく優しい光が浮かんでいた。

 

「……じゃあもしもの時は廣井さんも、僕の責任取ってくれますか?」

「えぇ私に頼むの? 見る目無いなぁ。あっそうだ、私のも取ってくれるならいいよ!」

「レートが違いすぎるので嫌です。それに僕はまだ子供で、廣井さんはもう大人です」

「うっわぁ子供を盾にするなんて、君もずる賢くなってきたねー」

「そうですか? だとしたらそれは多分、周りの悪い大人の影響ですね」

「おっ早速責任逃れだ! そういうのでいいんだよ、そういうので!」

 

 ぐにぐにと握りながら、軽く揺らすように手を振り回される。なんだか嬉しそうだ。

責任を押し付ける。いつも以上に失礼で舐めたことをしているのに、不思議な反応だ。

ご機嫌な廣井さんになすがままにされていると、不意に咳ばらいが聞こえた。

 

「……廣井、お前にしてはいい話だったな」

「あっ志麻! えっなに、盗み聞きしてたの?」

「なんか入りにくくて、そこは悪かったよ。後藤くんもごめんね」

「こちらこそすみません。本番前なのに廣井さんをお借りしてしまって」

「いえいえ、それこそ廣井の相手をしてもらって申し訳ないです」

 

 ところで、と話を変えた岩下さんの顔は悪鬼のようだった。

 

「人に責任取らせても全く気にしない、ってどういうことだ?」

「……どこから聞いてたの?」

「手のツボのあたり」

「えっ盗み聞き長すぎ……」

「いやお前、あんな空気に割り込めるわけないだろ!?」

 

 そう廣井さんに怒鳴る岩下さんの耳はほんのり赤かった。ご迷惑をおかけしてます。

 

 

 

「あっお兄ちゃん、もう中入れたの?」

「うん。廣井さんが廣井さん係に任命してくれたおかげ」

「?」

「今は上司の岩下さんから昼休憩の指示受けたところ」

「???」

 

 そろそろお昼の時間だし君もご飯を食べておいで、と岩下さんに優しく送り出された。

加えて、今日はどこもバタバタしてるから、お弁当持って来てるなら控室を使ってね、とも。

あまり親しくない人に親切にされた時の、この不思議な感じはいつになったら慣れるんだろう。

 

 岩下さんの優しさに甘えた僕は、言われた通り審査参加者の控室まで移動した。

お弁当の当てがそこにあるからだ。昨日虹夏さんに伝えられたし、それより前にも知っていた。

だけどそれは内緒のことだから、頑張って素知らぬふりをする。こういう時この顔は便利でいい。

 

「というわけでこれがお姉ちゃん作、特製カツ丼です! ちゃんとみんなの分も持って来たよ!」

「おー、美味しそうですねー!」

「てっきり真っ黒のものが出てくるとも思ったから、私もびっくりし」

「おぉぉぉぉぉぉお!!」

「一人優勝したテンションの奴いるな……」

 

 立ち上がり雄たけびを上げるリョウさんへ、虹夏さんが冷ややかな視線を向ける。

朝ご飯食べてないのかな。それなら言ってくれれば、今日くらいは用意、しちゃ駄目だな。

なんとなくだけど一度でも朝ご飯を渡せば、最終的に三食僕が手配することになりそうだ。

 

 それ自体は別に構わないけれど、リョウさんのお母さんにとても申し訳ない気分になる。

愛する娘のために食事を作る、もしくは一緒に食べる機会。僕の手でそれを減らしたくない。

密かに僕が自分のスタンスを確認している間に、皆はもうお弁当に手をつけ始めていた。

 

「お肉柔らかいし、味も沁みてて美味しいです!」

「……あれ、本当に美味しい」

「さすが伊地知先輩のお姉さん! 店長さんも実は料理上手だったんですね!」

「いやぁ、えっ、あれぇ?」

 

 にこにこと箸を進める喜多さんとは反対に、虹夏さんは訝しげに何度も首を傾げる。

ひとりとリョウさんは一口食べた後僕の方を向く。食べ慣れている二人には分かるようだ。

気づきを口にする前に止めよう。僕は人差し指を立てて、自分の口の前にそれを置いた。

 

「……しーっ?」

 

 ひとりは可愛らしくこくこくと頷き、対照的にリョウさんはいやらしい笑みを浮かべる。

からかいのネタ、もしくは弱みを握ったとでも思ったのだろうか。また減給されるよ。

そう、二人が察した通り、この星歌さん作カツ丼の味付けは僕の、後藤家のものだ。

 

 先日の佐藤さんとの密談について、星歌さんにはまたとてもお世話になってしまった。

ただでさえ底抜けた恩人なのに、このままだといつか返す見通しすらつかなくなるだろう。

だから何かお礼をさせてください。そう何度か頼み込むと根負けして、一つお願いしてくれた。

 

『…………お前、確か料理も出来たよな?』

 

 その後話してくれたことをまとめると、ライブ審査の日皆にお弁当を作ってあげたいらしい。

でも普段家事は虹夏さんに任せっきりだから、いざ料理するとなるとちょっと自信が持てない。

幸いまだ本番まで時間はあるから、それまでの間練習とか色々手伝って欲しい、とのこと。

なお実際はもっと早口でたくさん言葉を並べていた、五分くらい。星歌さんは照れ屋さんだ。

 

 その練習の成果が、今こうして皆に褒め称えられている。嬉しくて僕も鼻が高くなる。

両手を絆創膏だらけにしていたことを思い返せば、その感動も一入だ。何度血を見たことか。

浸るのはここまでにしよう。特訓は秘密にしたいそうだから、不審に思われるのは不味い。

皆に倣って僕もお弁当を食べ始める。本当に美味しい、今日まで頑張ってよかった。

 

 ちなみにあまりにも危なっかしいから、カツだけは昨日僕が揚げさせてもらった。

カツ一枚のためにスターリーを灰にするのは、流石にコストパフォーマンスが悪すぎる。




次回「ぼっち・ざ・ろっく」です。
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