ぼっちの兄もまたぼっち   作:差六

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最終話

 一度荷物をスターリーに置いて、それからスーパーまで買い出しに行って。

せわしない動きを終えて、僕達はやっと打ち上げ会場の伊地知家に辿り着いた。

 

「お邪魔しまーす!」

「よく来た。今日は存分に寛ぐがいい」

「いやここ私んちだから。なんでリョウが家主面してんの」

「虹夏のものは半分くらい私のもの。そして今四捨五入したから、ここは実質私の家」

「一から十まで妄言だよ」

「お、お兄ちゃんどうしよう、友達の家に上がる時って、法律とか作法とかあったかな?」

「法律は無いと思う。でもごめん、僕も作法は気にしてなかった」

「み、右足から入ればいい? それとも左足から?」

「……フローリングだけど、右足からが無難かな。和の心を大事にしよう」

「はいはい。どっちでもなんでもいいから、二人とも早く上がってね」

 

 揃って玄関でまごまごしている間に、虹夏さんに手を引かれた。手のかかる兄妹ですみません。

そのまま片手は虹夏さんの手、もう片方は買い物袋を握ったまま奥へと進んで行く。

 

「今更だけど打ち上げ、虹夏さんのお家でやってよかったの?」

「平気平気、お姉ちゃんたち飲み会行っちゃったし、それにあの辺もうお店一杯だったでしょ?」

「あぁ、手近なファミレスとかは全部埋まってたよね」

 

 荷物もあったし皆疲れてもいるから、適当に通りすがりのお店をいくつか確認した程度。

それでもどこのお店も、ファミレスや居酒屋はほとんど既に満席で数十分待ちだった。

 

「なんでも、ライブ審査のお客さんがそのまま移動してたらしいですよ」

「お客さんも打ち上げかぁ。考えることは皆一緒だね」

「……はっ! なら私のファンもどこかで打ち上げをしてるはず。そこに混ざればただ飯!?」

「廣井さんみたいなこと言ってる。もう、せっかく増えたファンに変なことしないでよ」

「変なことじゃないよ、これはファンサ。言ってみればディナーショーみたいなもの」

「こいつああ言えばこう言うな、ほんと……」

 

 呆れ果てる虹夏さんの視線をもろともせず、リョウさんは今日も立派なドヤ顔だ。

そんな彼女の姿、というか発言に疑問を覚えたのか、ひとりが不思議そうに首を傾げる。

 

「いっ、一緒にご飯食べるのが、ファンサになるんですか?」

「もちろん、想像してみて。ぼっちが近づいた途端、色めき立つファンたち」

「……」

「そして席に着けば歓声が、一番高いメニューを頼んでも怒られず、それどころか食べてるだけで称賛の嵐が!」

「………………ぇへっ。へへっ、そ、それほどでもぉ」

「それサービス受けてるのぼっちちゃんじゃん。てかそもそも混ざりに行けないでしょ」

 

 とりとめのないことを話しながら、台所のテーブルの上に買ったもの、食材を並べていく。

帰りの道中伊地知家での打ち上げが決まり、次は何を食べるかという問題にぶつかった。

執拗に焼肉を推すリョウさん、臭いも嫌だしそもそもホットプレートが無いと話す虹夏さん。

数分に及ぶ激論の末、間を取ってすき焼きになった。四五人用の大きい鍋ならあるらしい。

 

「買って来た物、とりあえず冷蔵庫に入れとく?」

「飲み物だけお願い。重いの持ってくれてありがとうね」

「どういたしまして。こういうのはいつでも任せて。……あれ、なんか入ってる。虹夏さん、この箱何?」

「えっ、私も知らない。なんだろう、お姉ちゃんのかな?」

「どれどれ」

「あっこらリョウ」

 

 虹夏さんが止める間もなく、いつの間にか忍び寄っていたリョウさんがその箱を取り出す。

それからワクワクした気持ちを全開にして、彼女はその箱を遠慮の欠片も無く開く。

そして中身を見てますます輝きを増した瞳は、ある一点を見て一瞬にして固まった。

 

「おぉ、ケーキ。しかもホール、だ……」

「……『審査通過おめでとう』。お姉ちゃんさぁ」

「……えぇとこういうのは、ほら、結構前から予約しないといけないから」

 

 二次審査の時もやりかけていたけれど、今回はとうとう我慢が効かなかったらしい。

星歌さんの空回ってしまった優しさに、なんとも言えない虚しさと申し訳なさを覚える。

微妙な空気が流れる中、向こうでガス台の確認をしていた二人の声が僕達の耳に届いた。

 

「あら、これもうガス切れちゃってる。ひとりちゃん、その辺に予備とかある?」

「あっさすがにガス缶は転がってないんじゃないかと」

「それはそうよね。じゃあ伊地知先輩に聞いてくるわ!」

「あっお願いします」

 

 喜多さんがこっちに来る。時間にしてあと数秒、その一瞬で隠さないと。

 

「それ早く隠そう。戻せる?」

「そ、そんなこと言われても、下手に動かすとケーキ崩れちゃうよ!?」

「……五人だから五等分、ここからここまでかな。ふふふっ」

 

 慌てる僕達二人をよそに、ケーキを引っ張り出したリョウさんは分け前を夢想していた。

浮かれて半開きになった口からは、微妙によだれが垂れかけている。はしたないよ。

そんな呑気な感想を持った僕とは違い、虹夏さんはそこに活路を見出したようだ。

 

「そぉい!!」

「むぐっ!?」

 

 恐るべき早業でチョコだけをつかみ取り、それをリョウさんの口に叩き込む。

彼女が反射的に口を閉じるのと、何も知らない喜多さんがケーキを見つけるのはほぼ同時だった。

 

「伊地知先輩、ガスが切れちゃってるみたいで、あれ、リョウ先輩何食べてるんですか? というか、ケーキなんて買ってましたっけ?」

「お、お姉ちゃんが用意してくれてたみたい。そ、それで乗ってたチョコ。この子勝手につまみ食いしてさー」

「……」

「リョウさん、抑えて抑えて」

「そうなんですか? つまみ食いなんて、ふふっ、そういう子供っぽいところも可愛くて素敵ですね!!」

「なんか何言っても無敵な気がして来た……別に隠さなくてもいいかな……」

「虹夏さん、抑えて抑えて」

 

 不満と疲労感を訴える同級生達を抑え、無事喜多さんをガス台まで送り返す。隠蔽成功だ。

 

「虹夏」

「あーごめんごめん、あれ見たら多分二人とも気にしちゃうから」

「私のケーキ、大きめにしたら許す」

 

 

 

 

 そんなちょっとしたトラブルはあったものの、その後の準備は順調に進んだ。

虹夏さんは思ってた以上に手際がよかったし、秘密だけど僕もここのキッチンは使い慣れている。

喜多さんも要所要所で手伝ってくれたし、ひとりとリョウさんも大人しく待ってくれた。

 

「みんなー、飲み物持ってー」

 

 ぐつぐつと煮えたぎる鍋を前にして、虹夏さんがグラス片手にぐるりと見回す。

そして全員が飲み物を手に持ったことを確認すると、それを高く振り上げて乾杯の音頭を取った。

 

「それじゃあ、半年間お疲れ様でしたー!」

「でしたー!!」

「お疲れ様でした」

「おっお疲れ様でした!」

「でした。いただきます」

「……あっごめん、食べる前に一ついいかな?」

 

 一足先に箸を手に取ったリョウさんが不満げに、虹夏さんと喜多さんが不思議そうに僕を見る。

話すなら今しかない。本格的に打ち上げが始まる前に、この手のことは終わらせた方がいいはず。

 

「ちょっと大事なこと、言いたくて」

 

 ごくりと、隣のひとりが緊張に息と唾を呑む音が聞こえた。

兄としての筋を通すため、この子にはもう僕の気持ちを、これからどうしたいかを伝えてある。

万が一拒絶される可能性もあるし、その場合は説得とお願いを重ねるつもりだったからだ。

幸いなことに、ひとりは僕の勇気を受け取ってくれた。そしてその勇気を、今僕は出せなかった。

 

「……た、卵いる人は手を挙げてー?」

「あっうっかりしてました。はーい、私欲しいです!」

「私も。卵無しはモグリ」

「虹夏さんもいる?」

「うん、ありがとう。……一人くん、もしかしてさ」

 

 がくっと肩を落としたひとりが、その反作用で今度は虹夏さんのことを見る。

僕のこの挙動不審な振る舞いに、彼女が何かを察したのかもと考えたんだろう。

でも残念ながら、いや、きっと幸運なことに、彼女はその期待には応えなかった。

 

「結果のこととか、ちょっと話すの遠慮してる?」

「えぇと、うん。遠慮というか」

 

 僕が言い淀んだこととは別だけれど、確かにその話題も口に出していいのか迷っていた。

そう、結果だけ言えば、結束バンドは未確認ライオット三次審査を突破出来なかった。

通過したのはSIDEROSとケモノリア。前々から予想していた通りの二組だった。

 

「大会とかそういうのに挑戦した経験が無いから、こういう時話題にしてもいいのか分からなくて」

「あんまり変に気にしなくていいよ。悔しいとか残念だとか、実際色々と思ってはいるんだけど」

「なんかこう、今は終わっちゃったなーって感じで一杯なんですよ」

「なるほど」

 

 俗に言う、燃え尽きたという状態だろうか。実際、今は何よりも脱力感が目立つ。

そしてあくまで僕の予想だけれど、審査に落ちたという実感がまだ薄いのかもしれない。

 

 今日の結束バンドは過去最高の演奏をしていた。

その証拠に新宿FOLTに訪れた観客達を、クリスマスとは打って変わって大興奮させていた。

あれだけの手応えと達成感を味わえば、審査の結果に心が追い付かないのも考えられる。

話してくれた二人はこの通り。なら残りの二人はと言えば、ただ食べることに専念していた。

 

「あっリョウ先輩、お肉ばっかり取るのは」

「甘い。こういうのは弱肉強食、早い者勝ち」

「ってあー! 最初に入れたやつ全部取ったの!?」

「美味しかった。ふっ、今日の肉は全部私がいただくから覚悟しておいてね」

「その時は口に豆腐叩き込むから、お前も覚悟しておけよ」

 

 恐怖を覚えろとでも言うように、虹夏さんは熱々の豆腐をリョウさんの取り皿に入れる。

嬉々としてそれにも箸を伸ばしたリョウさんは、誰が何をするまでもなく口の中を火傷していた。

 

「ライブの話に戻るけど、ケモノリアもSIDEROSも凄かったね」

「優勝候補は伊達じゃなかった」

「やっぱりライブだと全然違いましたねー」

 

 今日のライブを思い出したのか、喜多さんが感嘆するように呟き、興奮して続ける。

 

「私ケモノリアのあの、ピロピロピロ~ってところ好きです!」

「確かにイントロよかった。郁代も目の付け所がいい」

「ほんとですか!? えへへっ、あっSIDEROSのギャリギャリーって感じもよかったですよね!」

「あっあのギターソロ、凄く参考になると思います」

「ひとりちゃんもそう思う? そうそう、最後のバンドの、ヒョロヒョロ~って演奏も個性的だったよね!」

「……喜多ちゃんの語彙力、というか現代文、やっぱヤバくない?」

「……そろそろ期末テストの時期だし、一度じっくり話してみるよ」

 

 未確認ライオットの妨げになってはいけないと思い、今日までは目を瞑って来た。

ただ、もうそれも限界だ。期末テストも近いし、何より成績が恐ろしく低下している。

優等生だったはずの去年と比べるとまさしく雲泥の差、今は追試ギリギリだ。

 

 どう考えてもバンドの悪影響だから、いい加減喜多さんの御両親から苦言が出る頃だろう。

学生の本分は勉強。そういう風に言われてしまえば、結束バンドも返す言葉は何も無い。

頭を抱えそうになる僕ら二人を気にもせず、当の本人はずっと能天気に笑っていた。

 

「リョウ先輩、結束バンドでもああいう曲出来ませんか?」

「私の気分が乗れば。それよりああいうのやりたいなら、郁代はもっと練習しないとね」

「えっこれ以上にですか!?」

「大丈夫。今ならなんと、私のレッスンを格安で提供する」

「きゃー! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

「金取るんかい、喜ぶんかい」

 

 いくらリョウさんでもバンドメンバーからはお金を取らない、はず。正直自信が無い。

そして流石の喜多さんでも、それを喜んで払うはずはない、と思う。これも断言出来ない。

友達の素行をこっそり疑っていると、虹夏さんが今度は懐かしいものを取り出した。

 

「凄いと言えば、一人くんのこれもだよね」

「あっ予言の書!」

「何その名前」

 

 そんな仰々しい名前を付けた覚えはない。あれはただの一夜漬け系カンペだ。

 

「だってSIDEROSもケモノリアも、というか三次審査に出たバンド六組全部、ここに書いてあったじゃないですか!」

「たまたまだよ。ライバルになりそうな有力バンドを並べてたら、偶然引っかかっただけ」

「路上ライブの場所だって、結局ここに書いてある場所でしかやってませんし」

「それも条件のいい場所を調べただけ、というかそれは皆がそこから選んだだけじゃ」

「そんな謙遜しなくていいですよー。先輩は預言者なんですよね!」

「その結論ありきだよね」

 

 そんな仰々しい名前を付けられた覚えは、呼ばれ過ぎて慣れたけど魔王はそれ以上だ。

まあ今回のこれは魔王と違って、単なる喜多さんのお茶目だ。気にしなくてもいいか。

 

「それで予言者の先輩。未確認ライオット、どこが優勝すると思います?」

「……うむ。しかと待たれよ」

「乗るんだ」

 

 振られた以上出来る限りは乗ってあげたい。でも予言者っぽい話し方ってなんだろう。

 

「……うむ」

「普通に喋っていいよ」

「ありがとう。やっぱり、SIDEROSが優勝候補だと思う」

 

 メタルのガールズバンドという意外性と話題性。そしてそれに決して負けない実力。

圧倒的なカリスマと技量を誇る大槻さんと、そんな彼女を理解して支えるメンバー達。

身近でよく知っていて、その上親しい人がいるからどうしても贔屓目で見てしまう。

それらを加味した上でも、恐らくSIDEROSが一番頂に近いと僕は考えていた。

 

 僕の雑な予言、というか予想を皮切りに、皆も適当に雑談をし始める。

やれあのバンドがどうとか夏休みはどうとか、会話の中身はあっちに行ったりこっちに行ったり。

のんびりとそれを聞いていると、ひとりが催促するように僕の腕をちょいちょいと触る。

そうだ、ぼんやりしている場合じゃない。大事なことは早め早めに話しておかないと。

 

「またちょっと、大事な話してもいい?」

「?」

「えっとね」

 

 いや待て、流石にこのタイミングはいくらなんでも。

 

「……大槻さんから伝言預かってたの忘れてた」

「それ聞いたら大槻さん、すっごく怒りそうですね」

「だから内緒にしてね」

 

 怒りもするだろうけど、それ以上に落ち込んだり悩んだりして変なことをしそうだ。

そう、今僕の横であたふたと不思議な手話をするひとりのように。意気地のない兄でごめんね。

 

 

 

 相談が終わり父さんと別れて控室に向かう途中、曲がり角で大槻さんと遭遇した。

 

「あっ」

 

 その言葉を出したのは僕か彼女か、あるいはどちらもか。どれでもいいだろう。

とにかく顔を合わせた以上、急いでいても無視は出来ない。それに彼女にも伝えたいことはある。

彼女があたふたと手足を動かすのを不思議に思いながら、言うべきこと、お祝いの言葉を告げた。

 

「お疲れ様大槻さん。審査通過おめでとう」

「えっあっ、ありがとう」

「結束バンドの皆に話があるんだけど、今控室って入っても平気?」

「……そうね、うん。一般の観客はともかく、貴方なら多分大丈夫よ」

「そっか、ありがとう。廣井さん係やっておいてよかった」

「私はそれ、認めてないからね!」

 

 少し表情が解れた大槻さんと言葉を交わしていると、遅れて他のメンバーもやって来た。

内田さんに本城さん、ライブが終わった後にも関わらず、今日もにこやかで朗らかだった。

 

「あら魔王様~、こんなところに何かご用でしょうか~?」

「うん、結束バンドの皆に。そうだ、皆さんおめでとうございます」

「ありがとうございますっ!」

「あー、どうもっす」

 

 ただ長谷川さんだけは、さっきの大槻さんのようにちょっと気まずそうにも見える。

恐らく彼女達SIDEROSとは違い、僕の応援する結束バンドはここで終わりだからかな。

もちろん悔しい気持ちはあるけれど、これは公正な勝負の結果だ。気にしなくてもいいのに。

 

「……一つ、貴方と結束バンドに言っておくことがあるわ!」

 

 挨拶も義理も済ませたし早く立ち去ろう。そう考えた僕を大槻さんが鋭く呼び留める。

僕はともかく、皆に言っておくこと、伝言の類。いったいなんだろうか、とりあえず聞くだけ聞こう。

足と言葉を止めてじっと待つ僕へぐるぐるとした目を向けた後、彼女は僕をびしっと指差した。

 

「…………ざ、残念だったわね! でも今日は、私たちの勝ちだから!!」

「マジかこの人」

 

 長谷川さんが本気でドン引いた声を、これで聞くのは二回目か、思わずと言った風に上げる。

あまりにもあんまりな声だったから、大槻さんは視線を僕から長谷川さんへ驚きとともに移す。

その長谷川さんはため息すら忘れたように目を丸くしていて、大槻さんに変なことを確認する。

 

「えっヨヨコ先輩、実は魔王さんのこと大嫌いなんすか?」

「は? えっ? そんなのありえな、いや、別に好きって訳でもないけど」

「そういうのいいんで。それより今の、どう考えても挑発っすよ。マジで喧嘩売ってます」

「え」

 

 錆びついた音を立てながら、壊れかけの玩具のように大槻さんが僕に振り向く。

やっぱりこうして見ると、どことなくひとりと振る舞いや雰囲気が似ている気がする。

あの子には出来ない悪戯をしてみたくなったけれど、人道的にそれは止めておいた。

 

「大槻さん」

「……な、なに?」

「僕もまた一緒にライブ出来るの、楽しみにしてる。だから次もよろしくね」

「!」

「でも、今度は負けないから」

「……ふふん、どうかしら。言ったでしょ? いつだって一番は私、私たちよ!」

「やってみないと分からないよ。じゃあ、またね」

「えぇ! またね!」

 

 出来ればもう少し話していたいけれど、急がないと皆帰ってしまうかもしれない。

後ろ髪を引かれながらも会話を打ち切って別れを告げる。彼女達だって用事があるだろう。

出くわした瞬間とは反対に笑みを浮かべる大槻さんに手を振って、僕は再び走り出した。

 

「ヨヨリンガルっす……」

 

 そういえば去り際に聞こえた長谷川さんの独り言、あれはなんだったんだろう。

 

 

 

「……今日も一言でまとめると、また一緒にライブやろうね、だって」

「えっそれだけ?」

「全部話すと逆にややこしいから、これだけでいいかなって」

「相変わらず大槻さんにはなんか雑ですね……」

「そう?」

 

 思い返せば確かにずっと雑は雑だ。でもお互い様だから、僕達はそんなものなんだろう。

 

「一緒にかぁ。また同じフェスに応募しようってことかな?」

「あとは対バンとか。SIDEROSとならいい感じに客も集まる」

「お客さん集まるのは嬉しいですけど、多分SIDEROS目当ての人ばっかになりますよねー」

「それだと仮にスターリーでやるにしても、実質アウェイみたいな状況になっちゃうね」

「あっアウェイ……」

 

 ひとりがぼそっと忌み名を呼ぶように呟き、続けて声を張り上げた。

 

「うぇ、ウェイ!」

「何事?」

「威嚇じゃないですか?」

「惜しい。今のは擬態だね」

 

 妄想の中で架空のSIDEROSファンに紛れ、その場しのぎを試みたんだろう。

字面にするとますます意味不明だけれども、そこは僕と結束バンドだ。もう慣れてる。

そっといつも通り適当な対処でひとりを現実に引き戻して、雑談を再開した。

 

「次、そうだよ、その内次の目標も考えないとね」

「そうですよね。でも次、次かぁ。どうしましょうか?」

「そんなことより今は肉。だからぼっち、一旦話まとめといて」

「あっえっ!? わ、私たちの戦いはこれからだ?」

「打ち切りやめてー?」

 

 そういった感じで賑やかに、かつ和やかに打ち上げは進んで行った。

当然の話、というか恥ずかしい話、僕は未だ大事な話をこれっぽっちも出来ていない。

なんだかんだと誤魔化している間に、気付けばすき焼きはすっかりなくなっていた。

 

「たくさんあったのに、意外と食べ切れちゃいましたね」

「五人いるし、しかも一人は男の子だから」

「げふっ」

「あと、山田もいるから」

 

 実際リョウさんの食べっぷりは凄かった。いったいどこにそんなに入っているんだろう。

不躾にジロジロ見そうになるのを抑える。セクハラだし、今はそれどころじゃない。

一息ついたこのタイミング、今ならきっと話を切り出しても不自然ではないはずだ。

 

「……またまた、大事な話してもいい?」

 

 会話の切り目に言葉を差しこむと、四人分の視線が一斉に僕へ集まる。

 

「……………し、締めって、なんだったっけ?」

「米」

「うどん!」

「なんでもいいです!」

「……お兄ちゃん」

「えっ先輩が締めなの!?」

「あっそ、そうじゃなくて」

 

 確かに締めというか、ひとりはこんな僕のことをシメたいのかもしれない。

兄妹間の微妙な気持ちのやり取りは気づかれてないようで、三人は締めについてまだ話していた。

 

「往生際悪いなー。買い物中にうどんだって決めたでしょ?」

「虹夏こそ詰めが甘い。ぼっち、レシート出して」

「あっはい」

「……うどん買ってない。もしかして、レジ前にこっそり抜いたの!?」

「ふっふっふっ、油断大敵」

「そんなにお米食べたかったんですか?」

 

 勝利の高笑いをあげるリョウさんに、虹夏さんが今日何度目か分からないため息を吐いた。

 

「うち今うどん切らしてるしなぁ。まったく、もうしょうがないから雑炊でいいよ。ちょっと待ってて」

「あっ虹夏さんは座ってて。僕がやるから」

「えっいいの? でも一人くん場所分かる?」

「……うん、なんとなく?」

 

 だって昨日も来ている。それにさっき一緒に立ったから、もうどこに何があるのか大体分かる。

素直に感心する虹夏さんにちょっとしたやましさを感じながら席を立つ。一度体勢を整えたい。

そのために無心でお米やネギ、卵を取り出し雑炊の用意をしていると、不意に足音が聞こえた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

 振り返ると、僕を追いかけて来たひとりが眉をひそめて立っていた。

 

「仲間に入れてって言うの、こんなに緊張するものなんだね」

「そっそうだよ。お兄ちゃんはもっと、緊張する人の気持ちを」

「……ひとりはそういうこと、言ったことある?」

「……な、無いです、言って貰ってばかりです。知ったかぶりしました、ごめんなさい…………」

「ううん、こっちこそごめん。八つ当たりだったね」

 

 慰めるため謝るため、僕の心を落ち着けるため、手を洗ってからひとりの頭に手を伸ばす。

ちょっと髪が乱れていたから整えて、口の端のたれも拭きとる。うん、これで可愛い。

ひとりはそうしてお世話を受けている間も、じっと僕の言葉を待ってくれていた。

 

「当たり前だけどひとりに言った時より、ずっと勇気が必要みたいで」

「えっ私でも必要だったの?」

「本当に今更だけど、兄が妹のグループに入り込むって、ほら、ね?」

「?」

「この年になっても全然妹離れ出来てない証拠だし、それはちょっと、色々とね」

「……妹離れ???」

 

 ひとりは心からの疑問を浮かべている。よし、これ以上の深掘りは止めよう。

続けた結果、面と向かって気持ち悪いなんて言われたら、それこそ今日は何も出来なくなる。

 

「まあ、仮に今日言えなかったらまた明日言えばいいし」

「……私がそういうこと言うと、お兄ちゃんいつも急かすのに」

「………………頑張ります」

 

 ブーメランが何個も突き刺さる。したり顔でそんなお説教をした覚えがいくつもあった。

過去の自分から攻撃を受けただ頑張るとしか言えない僕を見て、ひとりは増々心配そうになる。

手持ち無沙汰でふらついていた僕の両手を捕まえて、そのまま自分の胸元へ運んでいく。

 

「ほ、本当に平気?」

「平気、大丈夫だよ」

「ほんと?」

「ほんとほんと」

「……………………………………………………よし!」

「ひとり、大丈夫、本当に大丈夫だから」

「で、でも、お兄ちゃんこのままだとずっと言えなさそうだし」

「そんなことは、無いよ? 多分」

「だから私でも、お兄ちゃんの力になれたらなって」

 

 僕の両手をぎゅっと握って上目遣いをするひとりに、失望の色はまったく見えない。

それどころか、ただただ心配そうに、僕を助けたいという純粋な気持ちしか感じられなかった。

僕に頼られても迷惑じゃない、むしろ嬉しく思う。父さんが教えてくれたことを思い出す。

そうだな。これ以上はきっと、僕のプライドの問題でしかない。意地を張るのはやめよう。

 

「……ひとり」

「お、お兄ちゃん?」

「ごめん。あんなこと言っておいて、自分だけでお願いするにはどうしても勇気が足りないんだ」

「……うん」

「だからその、情けない話だけど」

「うん」

「僕のこと、助けてくれる?」

 

 僕のお願いを聞いて、ひとりの顔がぱあっと華やいだ。

 

「ま、まま、任せて! 実は作戦、もう考えてあるから!!」

 

 そう興奮してまくし立てたひとりは、すぐに身を翻して皆の元へ駆け戻っていく。

考えてくれたのも、迷いなく実行してくれるのも嬉しい。でもまず中身を教えて欲しかった。

何をしでかすか分からないひとりを慌てて追いかける。幸い、まだ何もしていなかった。

 

「あっひとりちゃん、先輩のお手伝いは終わったの?」

「よく考えたら私、米じゃなくて餅が食べたかった。ぼっち、代わりに陛下に言って」

「人からうどん奪っておいてそれ……? えっと、ぼっちちゃんどうかしたの?」

 

 皆からかけられた声も、向けられた視線も無視して、ひとりが人差し指を堂々と立てる。

それから長い沈黙の後、目を硬く瞑って顔を伏せたまま、震えた声でひとりは小さく叫んだ。

 

「…………………………………………け、けけけっ結束バンドやる人、この指とーまれっ!」

 

 幸いも何も無かった。ひとりの突然の奇行に、部屋の空気が一瞬にして止まった。

 

「……えぇっとー」

 

 しんとした空気の中、誰かが漏らした困惑の声が静かに、それでいて部屋中に響く。

可哀想なことにひとりはそれを聞いて大きく身震いをした。それでも指は下ろさない。

 

 もういい、もう十分だろう。ひとりは僕に勇気を見せてくれた。ここからは僕の番だ。

心の準備が決まらないまま足を踏み出す、後は出たとこ勝負だ、言うだけ言ってみよう。

その時、喜多さんと目が合った。そして次に僕とひとりを見比べた瞬間、彼女の瞳が輝き出す。

 

「……私、ギタボやりたいっ! いいかしら、ひとりちゃん?」

「あっは、はい! も、もちろんです!」

「やった、じゃあよろしくね!」

 

 喜多さんは抱き着くような勢いでひとりの指を握って、というかそのまま抱き着いた。

きゃっきゃっとはしゃぐ彼女に抱き締められても、今のひとりはもう崩れも気絶もしない。

少し照れ臭そうにするだけ。妹の成長を実感している間に、リョウさんも動き出していた。

 

「やれやれ。天才ベーシストの私がいなきゃ、誰がベースと作曲やるの?」

「あっリョウ先輩以外いません。だ、だから、お願いします!」

「こちらこそ、これからも作詞よろしく」

 

 柔らかく微笑んだ彼女が、ひとりの指を喜多さんの手の上から優しくつかむ。

いつもはそれにはしゃぐ喜多さんも、今は大人しく二人の会話を見守っていた。

 

「それじゃあ私はドラム希望で! あっいい機会だから言っとくけど、ドラマーは貴重なんだから、もっと大事にしてよね!」

「えっあっはい! そ、それじゃあ、お兄ちゃんみたいに神棚に奉ります!」

「それどういう方向って、えっ一人くんみたいに?」

 

 それからすぐに虹夏さんも加わって、いつものように四人でわちゃわちゃと集まっていた。

その光景を見て、何度目か分からない実感を覚える。あぁ、やっぱりひとりは本当に凄い子だ。

何も呼べなかった子が、どの指にも止まれなかった子が、今はこうして中心に立っている。

言葉に出来ない気持ちが胸に溢れ、その輪をただじっと、身動きもせず眺めてしまう。

 

「お兄ちゃん」

 

 感動するのはまた今度、帰ってからにしよう。ひとりの僕を呼ぶ声に合わせ、皆の元へ近づく。

また四人の視線が僕に、さっきよりもずっと強く集まって来る。だけどもう絶対に逃げない。

顔を上げて、皆の顔をちゃんと見て、それから四人の手を包むように握りしめた。

 

「……演奏もしないのに、たくさん迷惑かけると思う」

 

 ひとりと虹夏さん以外、これだけだと伝わらないかもしれない。それでも言わなきゃ。

 

「しかも偉そうにしてるのに、肝心なところで役に立てないかもしれない」

 

 これはただの弱音だ。きっと虹夏さん以外には意味が分からない。それでも言うべきだ。

 

「それでも、結束バンドのマネージャーがやりたいです。僕に、やらせてください」

 

 自分勝手に言うだけ言って、四人の手を包んだ不格好な状態のまま頭を下げる。

 

 この後どんな答えが返って来たかなんて言うまでもない。僕の心配は今日も杞憂だった。

二つ返事とそれぞれ安心したような、嬉しそうな、からかうような、そして泣きそうな笑顔。

それが揃いも揃ってあまりにも満面の笑みだったから、釣られて僕も、つい笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

ぼっちの兄もまたぼっち 最終話「このゆびとまれ」




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