きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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【番外編】もう一人の怪物

 

 朝日杯から一週間後。もう一つの最強を決めるレースが開催されようとしている。

 

 中山競バ場。

 ここに集う18人の優駿。

 クラシックの踏み台?確かにそうかもしれない。だが人生で一度きりの舞台であることには変わらず、また負けてもいいと思ってこのターフの上にいる者はいないだろう。

 

 そんな死闘に赴く戦士たち。

 キングヘイロー。セイウンスカイ。スペシャルウィーク。ゴールドシップ。そして──

 

 

「今、大きな声援を受け入場いたします。今日一番人気、シンザン選手!!」

 

 怒号のような歓声が中山競バ場を震わす。もはや黄色い声援だけではない。正真正銘、その実力を示す大地を震わす大声援である。

 

 彼女はその長身の体躯をゆらゆら揺らし、不敵な笑みを浮かべながらパドックに顔を出した。白い男物のコートが風に煽られ、袖を通していないそれは見えない物を追いかけるように宙に靡いた。

 

「おええ!なんだあいつ?男がレースに出るのはゴルシ法違反だろ!ゴルシ私設特別部隊(ゴルシトレーナーのみ)は何しやがってたんだ!」

 

「ゴールドシップさん、シンザンさんはあれでもウマ娘よ」

 

 すでにパドックで待っているキングヘイローとゴールドシップが会話している間にシンザンは観客席に手を振りながらパドックに入っていく。

 ふと、一台のTVカメラがシンザンの目に留まる。パドックに入らんばかりに近付いて撮影しているそれをシンザンはガッと掴んで自分の顔に近付けた。

 

「グラスワンダー。このレースで君に一着の勇姿を捧げるよ」

 

 それだけ言うと、彼女はまたゆらゆらとその細身を柳のように揺らしながらパドックの壇上へと上がっていく。遠くからの女性トレーナーの怒号は大きな歓声にかき消されて彼女の耳には届かなかった。

 

「やあ。君がスペシャルウィークさんだね。デビュー戦見させてもらったよ。素晴らしい末脚だね。対戦楽しみだよ」

 

「は、はい!シンザンさんも朝日杯凄かったです!今日はいい試合にしましょう!」

 

 先週と同じように、一人一人に握手をしながら挨拶周りをして入場していくシンザン。だが、今回の彼女は他の選手の研究をしている素振りを見せている。

 

「やい!てめえ!ここはウマ娘の陸上競技場だぞ。ウマ息子は東京湾からアメリカ東海岸まで遠泳するって決まってんだ!さっさと行って大腸菌まみれになりやがれ!」

 

「…………誰?」

 

「はああああ!?このゴールドシップ様を知らねえだと!?もう一度前前前世からやり直しやがれ!とりあえずそのスズカ並にねえおっぱい確認させろ!」

 

 そう言うと、ゴールドシップはシンザンに突進していく。呆気にとられたシンザンはスペシャルウィークと繋いでいた手をゴールドシップの前に突き出した。

 

 ドン!という音と同時にウマ娘が一人、壇上に倒れる。

 葦毛の長髪を床にばらまき、耳当てをしたその端正な顔立ちのウマ娘は転がった床から長身のウマ娘を見上げる。

 手を突き出したウマ娘はバランスを崩し一歩後退したが、倒れることなく赤いドレスの不沈艦を驚いたように見下ろしていた。

 

「……うわー。ゴルシの全身タックルを腕一本で防いでるよ……」

 

 一部始終を静観していたセイウンスカイが思わず感嘆の声を漏らす。

 

(こいつ……!あたしより身長あるっつってもこんな細身のどこに吹っ飛ばすパワーがあんだよ……)

 

 ゴールドシップは立ち上がる気力も湧かず、その底知れない力に圧倒されていた。

 

「ああ、ごめんよ。傷付けるつもりはなかったんだ。君が急にアプローチしてきたから……。サインならレースが終わった後に書いてあげるからさ」

 

 そう言うや、シンザンは屈んで倒れたゴールドシップに手を差し伸べる。しかし、その手は振り払われ、葦毛のウマ娘は自力でその場に立ち上がった。

 

「ふざんけんなよ。お前、人の話聞いてねえって言われるだろ。そういう奴はなあ、気付かねえうちに他人様に迷惑かけてんだよ。もうちょい真っ当に生きるようになれや」

 

(お前が言うな!)

 

 皆が皆そう思ったがツッコめる雰囲気でもなかったためにその思いは空中へ霧散した。

 

「……君、凄い美人だね。きっと先週までのボクだったら惚れてたかも……。でもごめん。ボクにはグラスワンダーっていう心に決めた娘がいるんだ。だから君の想いには応えられない……」

 

「だから話聞けってんだろ!そのウマ耳にロープくくりつけて根性トレーニングしてやんぞ!」

 

 いよいよ収拾がつかなくなった壇上をスタッフが二人を引き離すことで形としては収まらせた。

 トレーナー専用観客席で、男トレーナーと女トレーナーが顔を真っ赤にしながら頭を抱えていたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

「さあ、いよいよ出走の時間になりました。パドックで一悶着あったようですが、シンザン選手もゴールドシップ選手も落ち着いてますね」

 

(ぜってーぶっ飛ばしてやる)

 

  一見落ち着いて見えるが、ゴールドシップはすでに掛かり気味である。

 

「しかし、朝日杯とホープフル、二つとも出走するというのは、かのマルゼンスキー以来の挑戦です。朝日杯では2cm差で苦渋を舐めましたが、このホープフルで雪辱を果たすことが出来るでしょうか。シンザン選手。今、全ての出走者がゲートにおさまりました」

 

 ガシャコン!

 

 ゲートが開かれ一斉にウマ娘達が飛び出る。

 

「んがあああ!!遅れたああ!あのヒョロガリウマ男どこだあああ!」

 

 集中を欠き、出遅れて喚いているウマ娘がいるが、それ以外はおおむね順調な滑り出しだった。

 

 3ハロン通過した時点でハナはセイウンスカイが握り、その後ろにシンザン。4バ身程離れて集団があり、そこにスペシャルウィークとキングヘイローがいた。

 

「おるるらああああぁぁ!ヒョロガリどこだああぁ!」

 

 第一コーナーの中程、下りに入るやいなや、最後方から突っ込んでいく葦毛のウマ娘がいた。

 

(下り坂続くのよ?あんなスピードで下っていったら外ラチに突っ込んじゃうじゃない!)

 

 しかしキングの思惑とは裏腹にゴールドシップは徐々に加速しながら遠心力をものともせずに、第二コーナーを抜ける頃には集団を抜かし、シンザンの一バ身後ろにまで迫っていた。

 

「凄いです!やっぱりゴールドシップさんの脚力は段違いだべ!」

 

 

 

「うおらああぁ!捕まえたぞクソヒョロ!」

 

 芝を捲りながらとてつもない脚力で追い上げる赤い彗星。これには流石のシンザンも驚きを隠せなかった。

 

「ええ……。わざわざボクのとこまで追い上げてきたの?熱烈なのは嬉しいけど、2000mあるんだよ?脚持つの?」

 

「知るか!お前をぶっ飛ばせばあたしの勝ちなんだよ!」

 

 謎の超理論を展開してシンザンの内側に張り付くゴールドシップ。下り坂が終わるや否やシンザンを横から体当たりをかました。

 しかし、シンザンはびくともせず、逆にゴールドシップの方が少し内側によろけてしまう。

 

「うわ!危ないじゃないか!それで内ラチに突っ込んだら大怪我だよ!」

 

「マジかよこいつ……。どんな体幹してんだ……」

 

 そんな小競り合いをしながら向こう正面を抜け、第三コーナーに入っていく。セイウンスカイとシンザン、ゴールドシップの差は3バ身に開いていた。

 

(にゃは!後ろの二人が揉めてる間に逃げきっちゃいますか)

 

 集団もゴールドシップとシンザンの競り合いに気をとられ、徐々にセイウンスカイが差を広げていることに気付いていなかった。一人を除いて。

 

「逃がさないわ!」

 

 集団から一人のウマ娘が飛び出した。

 鹿毛の尾を棚引かせてセイウンスカイを追走する。第三コーナーが終わり第四コーナーに差し掛かったところでゴールドシップとシンザンを抜いてセイウンスカイに一馬身と迫った。

 

「こんなところで脚使っていいの?キングちゃん」

 

「後ろのバカ二人のせいで私が飛び出すしかなかっただけよ」

 

 そのままキングはセイウンスカイを風避けにし、ラストスパートに向けて息を入れる。だがセイウンスカイは速度を緩めない。

 

(仮にキング、シンザン、ゴルシが最後のスパートの敵になったところで集団を相手にするより遥かにマシだ。シンザン、ゴルシは競り合いで疲弊し、キングは今の加速で脚を使った。最悪なのは集団に追い付かれてスペに差される展開。なら逃げ一択でしょ!)

 

 トリックスター、セイウンスカイは即座に今の状況から必勝法を導いたつもりだった。

 瞬間、背中から背筋を凍らすような足音が聞こえる。

 キングヘイローのものではない。もっと力強く、歩幅も異様に広いそれはキングになりかわってピタリとトリックスターの背中に張り付いた。

 

「うっそでしょ……」

 

 それは先ほどまでゴールドシップと競り合いをしていたシンザンだった。キングヘイローは譲るようにシンザンの後ろに張り付いているが、その顔は疲弊の色が濃い。

 

「キングさんの後ろを追いかけていったから楽に追い付けたよ」

 

 まだまだ余裕そうに語る長身のウマ娘は振り返るセイウンスカイをにこやかな笑顔で出迎える。

 

「あんたのその長身じゃ私は風避けにならないよ」

 

(どうなってんの!?ゴルシはどうした!?)

 

 余裕さをアピールしながら牽制のつもりで言葉が出るが、目は葦毛のウマ娘を探していた。

 

「ふざ……けんな……!あのヒョロガリ……野郎!」

 

 ゴールドシップは集団の後方にまで後退していた。結局シンザンとの競り合いは一方的にゴールドシップの体力を削るだけの結果になってしまっていたのだ。

 

 先頭は第四コーナーを抜け、最後の短い直線に差し掛かっていた。

 

(ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!!マージンもくそもあったもんじゃない!なんだこの怪物は!?)

 

 まだまだ余力を残している風を装っていたセイウンスカイだが、ここまで差を広げようとしてかなりの脚を彼女も使っていた。

  そして最後の200m高低差2mの心臓破りの坂に突っ込んでいく。

 

 最後の力を振り絞り、セイウンスカイは足を前に出す。

 同じ速度を保てるなら上り坂は差しにくい。セオリー通りなら。だがセイウンスカイは知っている。この黒鹿毛のウマ娘にそのセオリーは通用しないことを……。

 

「よく頑張ったね!でもここまでだ」

 

 シンザンはあざ笑うようにこの激坂でセイウンスカイを軽々と抜いていった。もはや競り合う気力すらセイウンスカイには残されていない。

 

(キングなんとかしろー!!)

 

 そんな思いも虚しく、余力の残っていないキングヘイローはこの坂で二人との差を逆に広げてしまっていた。

 

「いけえええ!スペシャルウィーク!!」

 

 キングヘイローの激励とともに突如、シンザンとセイウンスカイの隣に黒鹿毛のウマ娘が現れた。彼女は二人を一瞥もせず、ただ前のゴールラインのみを睨み付けている。

 

(今だ!)

 

 呆気にとられるシンザンを尻目に最後のスパートに力を入れるセイウンスカイ。その差を縮め、ラスト50mで先頭のシンザンにセイウンスカイとスペシャルウィークが並んだ。

 

「凄いや……、君たち……。けど──」

 

 長身のウマ娘はその細い体を地面に近づけ、前傾になってさらに加速する。その様はつい一週間前にグラスワンダーが見せた超前傾姿勢によく似ていた。

 

「ゴオオオォォォォル!!二人の猛追を振り切り、一着を奪ったのは黒い新星!シンザンンン!!」

 

 掲示板に表示されるシンザンの背番号。アタマ差での勝利だったが、着差以上の実力差があるのは誰の目にも明らかだった。

 

「負けた……べー……。あと、ちょっと……だったのに……」

 

 息を切らして俯くスペシャルウィークだったが、すかさずシンザンが勝負後の挨拶に近寄ってきた。

 

「素晴らしい試合だった!やっぱりトレセン学園の娘たちはレベルが高いね!」

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

「勝ったあんたに言われても嫌味にしか聞こえないんだけどな~」

 

 惜しくも三着に敗れたセイウンスカイが愚痴をこぼす。

 それに応えるように、汗を拭いながら握手を求めるシンザンは突然のドロップキックで吹っ飛んだ。

 

「おらああぁぁ!まだ勝負はついちゃいねえぞヒョロガリ筋肉ウマ男!」

 

 流石のシンザンもこれには尻餅をついてターフに倒れる。ゴールドシップは倒れた優勝者に向かってなおも蹴りをお見舞いしようとした。

 

「止めなさい!もう勝負はついてるのよ!貴女反則負けで出場停止になるわ!」

 

「知るか!こいつは二、三発ぶっ飛ばしとかないと気がすまねえんだよ!HA☆NA☆SE☆!」

 

 羽交い締めにしてゴールドシップを止めようとするキングヘイロー。

 

「だ、大丈夫ですか?シンザンさん」

 

「ああ心配してくれてありがとう。ボクは大丈夫だよ」

 

 倒れたシンザンを心配して気遣うスペシャルウィークと直ぐに立ち上がるシンザン。

 

「にゃは~。勝負ついたってのに相変わらず楽しませてくれるね~」

 

 そんな光景を楽しげに眺めるセイウンスカイ。

 

 ジュニアにとっての数少ないG1レースはこうして幕を閉じた。

 

 

 

「グラスワンダー、見てたかい?次は必ず君を負かす。そして君の心も掴みとってみせるよ」

 

 カメラに向かって捨て台詞を残して長身のウマ娘を始め、激闘が終わった優駿達はライブステージへと向かうのだった。

 

 

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