きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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勝負服と仲間

 

「すごい……!」

 

 思わず感嘆の言葉が漏れる。

 久々に覗いた殺風景なトレーナー室。その中で一際異彩を放つトロフィーがあった。

 

 三段に分かれた資料棚の中段に鎮座するそれは、銀色の光沢を惜しげもなく誇示し、反射するほど磨きあげられた表面は驚いた私の顔を見せびらかしていた。

 

「お前がとった初めてのG1トロフィーだ。飾ってやらなきゃ悪い気がしてな」

 

 アイビーステークスも京成杯もトロフィー、賞状ともに私に委ねられたのを思い出します。「これはお前の物だ」と。

 代わりに彼に残るのは胸に着ける優勝させた証明のバッジのみ。

 それは悪いと断るのですが、「トレーナーは大したことはしない。お前の実力だし、グラスにとっては一生残るものだ」と言って頑として譲らなかったトレーナーさんでした。

 

「お前が望むならこのトロフィーもそこの賞状も持って帰っていいけどな」

 

 そう言って、『不退転』の額の隣に飾られた賞状を指差します。無機質で人間味の欠片も無かったこのトレーナー室に、自ら額を見つけてきて飾って下さったトレーナーさんを思うと、少しずつ彼も変わってきている気がして自然と尻尾が揺らいでしまいます。

 

「……いいえ。こればっかりは、トレーナーさんがなんと言おうがここに飾らせて頂きます」

 

 グラスワンダーだけを称える意地悪な賞状を見ながら私はそう答えます。何故ここにトレーナーさんの名前が入らないのか。そんな不満も湧きはしますが、そんなことが霞むぐらいに『このトレーナー室に飾られる』という栄誉が私にとっては遥かに重大事でした。

 

 二人で獲ったG1……。

 

 きっとトレーナーさんは何度もG1レースを制すウマ娘を送り出してきたのでしょう。ですが、『グラスワンダーとトレーナーさん』という二人で獲得したものならば初めてのG1トロフィーと賞状なんです。『グラスワンダー』でも『カブラギトレーナー』でもない『グラスワンダーとトレーナーさん』。そこに価値を見出だしたって罰は当たらないですよね?

 

「それで、俺に相談ってのはなんだ?」

 

 私が賞状に見惚れていると、トレーナーさんがそう問いかけてきました。

 そこで私はここに来た本来の目的を思い出し、あわててそれに答えます。

 

「あ!そうです。あの、つかぬことをお聞きしますが、私のイメージカラーって何色でしょうか?」

 

「……イメージカラー?」

 

 彼は素っ頓狂な声をあげ、目を見開いて驚いた表情をしますが、すぐに口元に手を当て思案し始めます。

 

「……青……」

 

 ぼそりと呟いたその色は予想外のものでした。

 

「青、ですか。栗色の落ち着いた色とか、あるいは赤のような情熱的な色を想像してましたが……」

 

「赤もまあ、その負けず嫌いなところを表していていいんだが……やっぱり青だな。暗い蒼じゃなくて空色に近い明るい青」

 

「それは、どういう由来なんですか?」

 

「まず瞳。サファイアみたいな澄んだ碧い色をしている。綺麗な碧だ。それから、闘志の青。イメージとしては炎の青。炎といえば普通赤だが、お前の闘志は赤では温度が弱すぎる。それよりももっと熱の高い青い炎の方が印象としては強い。それから……」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!……まだ、あるんですか?」

 

「?ああ」

 

 イメージを聞いているだけなのに、なんだか褒められてるような気分になってしまいます。いえ、褒められてるわけじゃないのは分かっています。しかし、この人はこんなに私のことを見てくれていたんだと思うと、何故か鼓動が早くなって体に熱が帯びてしまいます。尻尾も意図せず、ぶんぶんとせわしなく動き、耳もパタパタと内からくる感情を表現しています。

 私は思わず両手で頬を押さえて、彼から視線を外してしまいました。

 

 これは褒められてるから!だから嬉しいことを表してるだけ!

 

 今しがた否定した理由を持ち出して、この整合性のとれない感情を無理矢理納得させようとします。

 しかし、胸にこみ上げる天にも昇るような感情は、ただの『嬉しさ』だけでは表現出来ず……。

 

「それから……、表現、しづらいんだが……」

 

 そう言って口ごもる彼が多少私を冷静にさせました。

 

「それから……なんでしょう?」

 

「なんというか、信じられんかもしれないが、グラス、お前の背中にレース中、翼が見えたことがあるんだ。青いな」

 

 一瞬、突拍子もない事を言われて私は硬直してしまいました。

 

「……ツバサ……ですか?」

 

「ああ。……いや、テレビ越しに見た映像には何も見えなかったから、きっと俺の気のせいだろう。こんな非現実的なこと……」

 

「そのツバサならエルも見ましたデース!」

 

 声のする方を見ると、トレーナー室の扉が開かれ、親友が勝負服の姿で仁王立ちしていました。

 

「一緒に走ってたワタシが言うんです。ですから、グラスのトレーナーさんの言ってることは本当デスよ」

 

 そう言って彼女はトレーナー室に遠慮なく入ってきました。

 

「エル……」

 

 何回か病院にお見舞いに来てくれた親友でしたがしかし、私には今、ここにいる彼女に一抹の不安が過ります。

 

「大丈夫デス。ワタシのトレーナーさんはあくまで練習を一緒にするなということデスから」

 

 私の表情で全てを察したエルはウマ娘だけに聞こえるぐらいの小さな声でそうフォローしました。

 

「それより探しましたよグラス!寮に戻ってきたと思ったら、いの一番にトレーナーさんのところに行ってしまうんデスから!そんなにトレーナーさんと一緒にいたいんデスか?」

 

 彼女はやれやれといった感じで両手を広げてオーバーなリアクションをとります。

 

「な、何言ってるんですか!私は、ただ勝負服のデザインについて相談してもらっていただけです!」

 

「あ、そうなのか?」

 

「え?」

 

「ケッ?」

 

  ……あ。

 

「す、すいません!私、まだちゃんと説明してませんでした!勝負服のデザインを考えてたんですが、なかなかいい案が浮かばずにトレーナーさんに相談しようとしてたんです」

 

「勝負服、ってエルコンドルパサーが着てるようなやつだな。そういや全然気にしてなかった」

 

「グラスがグラスならそのトレーナーさんもトレーナーさんデース……。なんか実際話したら大分聞いてた印象違いマース。鬼のように厳しい指導するって言ってたのに……」

 

「エル!」

 

 いつもの彼女の悪い癖が出てしまいます。即座に諌めますが、彼は気にする様子でもなくそれに答えました。

 

「金元のやつだろ?そう言ってるの。まあ練習が厳しいってのは自覚してるからな。別に構わんよ」

 

「え、ええ。そうデース。うちのトレーナーさんはよくグラスのトレーナーさんについて話してるのを聞くので」

 

 ……それってつまり、金元さんにとっては悪い意味でも注目すべき価値のある人ってことですよね。同業者の妬みとかなら逆にいい意味になるんですが……。

 

「それで、お前さんは何のためにここまでグラスを探しに来たんだ?」

 

「そうデス!グラスお祝いデスよ!」

 

「お祝い?」

 

 なんのことかと思案していると、

 

「グラスちゃん見つかったって~?」

 

「グラスちゃん早く行こうよー。私もうお腹減っちゃった~」

 

 扉の方から聞き馴染んだ声が二つ、近づいてきます。

 

「セイちゃん!スペちゃん!」

 

 ひょっこりトレーナー室の廊下から顔を出したのはセイウンスカイとスペシャルウィークでした。

 

「というわけで行きますよ!グラス!もうキングが料理して待ってますから!」

 

 キングさんが料理して大丈夫かという疑問を持つ前にエルは私の手を引いて連れていこうとします。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!お祝いって一体なんのお祝いなんですか?」

 

 キョトンとして固まる三人。

 その沈黙を破ったのはスペちゃんでした。

 

「そんなの、新年迎えられたお祝いだよ~」

 

「いや、それもあるから間違ってないけどさ、それグラスちゃん関係ないよね?」

 

 セイちゃんが隣にいるスペちゃんに呆れた顔を送りながらそう答えます。

 

「退院祝い!それになにより、G1優勝のお祝いデース!」

 

 そう言ってエルコンドルパサーは満面の笑みで両手を広げ、大の字で盛大に祝福してくれました。

 

 ああ、そっか……。この娘達は私が退院するのをわざわざ待って……。

 

 彼女達の温かな心意気にじんわりと胸の奥が温まるのが分かります。仲間とはこんなにも温かな存在なのだと改めて思わされました。

 

「でも、これからトレーナーさんと練習する予定が……」

 

「行ってこい。祝宴に主役がいないなんてことがあるか」

 

「トレーナーさん……」

 

 優しい笑みで私達を見守るトレーナーさんは、父性溢れる親のように見えました。

 

「……ありがとうございます!」

 

 そう言って歩き出そうとした私でしたが、

 

「ああ、それからもう一つ」

 

 その声で私の足は自然と止まります。

 

「勝負服にはGを入れた方がいいと思う。俺の直感だが」

 

「G?というとGrass wonderのGですか?」

 

「それ以外にもGetのG」

 

「GrolyのGもありますね。なるほど、その一字だけで色々な意味が含まれてるんですね」

 

 感心する私を尻目に彼はさらにGについての意味を説明します。

 

「それからGameのG」

 

「Gameというと試合、ですか?たしかにレースは試合ですし、一つの試合に全霊をかけるということにも捉えられますね」

 

「俺が想定してる意味はそっちじゃない」

 

「……と言いますと?」

 

 Gameにそれ以外の意味があったかと舜巡していると、

 

「『獲物』のGameだ」

 

「『獲物』……」

 

 そう、確かにGameは獲物という意味も含まれていることを思い出しました。まがりなりにも帰国子女の私ですらすぐには思いつかない意味を出せるというのは、彼の謎な部分です。

 

「しかし、獲物では私は狩られる側ということでしょうか?」

 

「ハッ!そんなタマかよ。お前さんはいつも『こいつ』と決めて獲物を狩る側だろうが」

 

 そう言って彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべました。

 

「ねえグラスちゃん、もういこうよ~」

 

 ぐううぅぅ……。という強烈に空腹をアピールする音を響かせながらスペちゃんが催促してきました。

 

「キングも待ってるデスよ!さあ、行きましょう!」

 

「秘密会議終わり~?セイちゃんちょっとお気に入りスポットで昼寝してから行くから先やっててよ~」

 

 やんややんやと騒ぎ立てる彼女達を見て、私はトレーナーさんに、失礼します。とだけ断って部屋を出ようとしました。

 

 

 

「……いい仲間を持ったな……」

 

 

 

 扉が閉まるその瞬間、私は確かに彼がそう呟くのを耳にしました。

 

 

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