きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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ギリギリのチョコ

 

「中等部三年間でみごとな成績を修めたリトルココン。高等部ではドリーム・トロフィーリーグを目指すことを名言していますが、『倒さなきゃいけない相手がいる』という言葉とともに近い将来トゥインクル・シリーズに帰ってくることを示唆しています」

 

 寮長からの頼みできたデパート。人混みの苦手な私は、自分からこんな姦しい場所にくることはなかったでしょう。

 広いフロアーの中でアナウンサーのハキハキとした声色が、騒然とした中でも良く聞こえたのが分かりました。

 

 

「『怪物二世』ことグラスワンダー。次走は当然、皐月賞を狙ってくるものと思われます」

 

 電化製品コーナーに陳列されたいくつもの液晶が私の走りを映しだします。当然その背には青い翼など見ることは出来ません。

 

「ホープフルステークスを制し、最優秀中学ジュニアウマ娘に選ばれた『黒い巨人』ことシンザンはすでに皐月賞の出走を表明しています」

 

 2月13日。見渡す限りバレンタインムード一色です。日本はキリスト教の人口が極めて少ないということですが、何故かこういう宗教イベントには熱心に取り組みます。しかも私の知らない作法で。

 

「シンザン選手にとってはリベンジとなる試合ですが、実力的には怪物二世が少し劣るでしょうか」

 

「……『怪物二世』……ですか……」

 

 私は液晶の中で疾走する栗毛と黒毛のウマ娘を一瞥して歩き始めました。

 

 あの時のゴールの瞬間は覚えていません。だから彼女に勝ったという感覚もありません。むしろ、追い付けないという思い、彼女のでかい背中が焼き付いて離れないのです。

 

 リベンジというなら私こそリベンジなんです。

 

 そして『怪物二世』の称号。

 

 ──正直、鼻につきます。

 

 私はマルゼンスキーさんの再来でも、『怪物』の名を継ぐ者でもありません。

 私は私。グラスワンダー。それ以上でもそれ以下でもありません。

 

 私の走りをかのマルゼンスキーさんと並べられるのは光栄ではあります。しかし、だからと言って一々マルゼンスキーさんを引き合いに出して私の走りを語るのは、私、グラスワンダーに対して失礼だという気持ちは無いのでしょうか?

 きっとメディアはそんなことを考えてはいないのでしょう。如何に視聴者に面白おかしく番組を提供出来るか。きっとそれだけしか考えていないのでしょうね。

 

 このお祭りのように。

 

「今だけ!バレンタインチョコ大安売り!」

 

「貴方の気持ちをチョコに乗せて!」

 

 しきりにチョコの購買を促すアナウンス。

 地下の食料品売場には大量のチョコレートが目玉商品として山積みされています。

 人混みが苦手な私は、この人だかりにクラクラしながら、遠目にチョコ売場を観察してしばし思案しました。

 

 そもそも何故チョコレートなのでしょう?

 

 私の祖国、アメリカにも勿論バレンタインデーはありましたが、チョコレートを贈るという風習はありません。いえ、バレンタインデーは贈り物を贈る日なのは確かなので、チョコを贈ってもいいのですが、別にチョコレートに限定されてはいません。そもそも、女性が男性に贈るだけでなく、想い人なら男性から女性に贈り物を贈るのも自然でした。でも何故かこの日本では女性から男性に、しかもチョコレートに限定されて贈り物を贈るのが一般的みたいです。

 

 まあ、折角日本に住んでるのですから……。

 

 郷に入りては郷に従え、とも言います。

 私はこの少し不思議な感じがするバレンタインも日本式だと割りきって楽しむことにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよーグラスちゃん」

 

 登校中に制服姿のスペちゃんが背中から追いかけてきます。まだ2月の寒い中で彼女の屈託のない笑顔は眩しく私達を出迎えました。

 

「おはようございます~」

 

「おはようデース!」

 

 私はすかさずバッグからプレゼントを取り出し、スペちゃんに渡しました。

 

「バレンタイン、おめでとうございます~」

 

 彼女は一瞬なんのことかとキョトンとした後、満面の笑みで私が買ってきたチョコレートを包装紙ごと受け取りました。

 

「ありがとうグラスちゃん!友チョコだね!」

 

 トモチョコ?

 

「トモチョコというのは?私は昨日デパートに行ったらバレンタイン企画の大安売りをしていたので買ってきたんですけど」

 

「ケーッ!?友チョコ知らないで渡すってことは本命チョコってことデスかー!?ていうか、ワタシにバレンタインプレゼント無いじゃないデスかー!グラスの堅物!ぺったんグホォア!!」

 

「これがグラスワンダーからエルコンドルパサーへのバレンタインプレゼントですよ~」

 

 執拗に肝臓のある右脇腹目掛けて拳をふるう。

 ドス!ドス!という鈍い音とともにエルは逃げるように身を捩るが、そのつど体勢を変えて集中放火する。

 

「ヤメテ!陰湿!やり方が陰湿!陰湿グラスデース……」

 

 私は一つ溜め息をついて手を止めると、バッグからもう一つ包装紙を取り出してエルの前に差し出した。

 

「ケッ!?これって~……」

 

 包装紙と私の顔を交互に見やりながらエルコンドルパサーは声をあげた。

 

「貴方の分のチョコですよ」

 

「……毒が入ってるとか?」

 

「……今から入れてきてもいいんですよ~?」

 

「冗談!アメリカンジョークデース!」

 

 エルは私からチョコを奪い取ると逃げるように私と距離をとります。

 私が半ば呆れていると、弾けるような笑い声が響きました。

 

「あはは!グラスちゃんとエルちゃんは本当に仲がいいね!友チョコっていうのはね、女の子同士で恋愛感情がなくても配るバレンタインチョコのことだよ。友達から貰ったり配ったりするチョコだから友チョコ」

 

 なるほど、そういう文化もあるのですね。と感心していると、今度はスペちゃんが鞄をまさぐり始めました。

 

「はいこれ!私も用意したんだ!これなら皆で分けて食べられるでしょ?」

 

 そう言って細長いクッキーにチョコをコーティングしたお菓子、ポッキーを開封して差し出してきました。

 

「わあ!確かにこれなら沢山の人とシェア出来ますね!」

 

 いただきます。と一言添えてその中の一本を取ろうとした瞬間、

 

「ありがとデース!」

 

 横から手が伸びたかと思うと、開封したばかりのポッキーが三分の一程一瞬で無くなってしまいました。

 奪い去っていった手の方を見ると、何本ものポッキーを口に頬張りながら校舎に向かって疾走する怪鳥がいます。

 

「エ~ル~?」

 

 こんな不埒な行いを黙って見過ごすわけもなく、私は即座に彼女の後を追います。

 

「エルちゃん!皆の分なんだから一人占めはダメだよ!」

 

 数秒遅れて背中からスペちゃんの声が校舎に響きました。

 登校中のウマ娘達は驚いたように三人を眺めながら道をあけていきます。

 

 何気ない日常。

 勝ったり負けたりする競技の世界でも、学生としてのこんな関係は変わらない。

 

 私はずっとそう思っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄いアルミの扉の前で立ち止まる。

 ドクドクと私の胸が騒ぎだした。

 

 トレーナー棟三階、最奥の部屋。つまり私のトレーナーさんのトレーナー室の前に私、グラスワンダーは立ちすくんでいました。

 

 このチョコはそう、友チョコ?いえ、大分年上の、しかもお世話になりっぱなしのトレーナーさんを友達呼ばわりというのは失礼でしょう。友チョコ、ではないですが、それに準じたチョコレートです。ええ、特に恋愛感情の表現ではありません。あの、えっと、ギリチョコというやつです。ギリギリ恋愛対象にはなれない残念……残念というのも失礼ですが、あと一歩の、その、そういう方に贈る、そう、ギリギリのチョコです。恋愛感情がこもっているというわけではなく、かといって友チョコよりはどちらかというと本命寄りというか、といっても恋愛感情は無いんですよ?だからそこら辺は微妙であり、ギリギリであってだからギリチョコと言う、のかもしれませんが、細かいことはどうでもよくて、つまり、その……。

 

「トレーナー。入るよー。はい義理チョコ。あんたモテなさそうだからさー……」

 

 ビクリと体を震わせる。

 隣のトレーナー室に入っていくウマ娘を見ながら、混乱しかけた頭に冷静さを取り戻そうとします。

 

 わ、私何やってるんだろ?なんか、こんな状況前にもあったような……。そ、そう!チョコよ!チョコ!このギリギリのチョコをトレーナーさんに渡して終わり!後はいつも通りトレーニングしてミーティングして解散。いつも通りよ。ちょっと最初にイレギュラーがあるだけ。それだけ。

 

 落ち着かせるように自分に言い聞かせ、ドアノブを掴むと一気に扉を開けた。

 

「失礼します!」

 

 トレーナーさんが椅子に座り机に向かっているのはいつも通りでした。

 しかし、その机の上に机の大半を占領する、綺麗にラッピングされたでかい箱が鎮座していました。

 

 当のトレーナーさんはいつもの抜けた顔でポリポリと掌サイズのチョコレートを齧っています。

 

「……少し遅かったな。グラスにしては珍しい」

 

 チラリと腕時計に目をやりそう言うと、また開いた小さい箱からチョコを取り出して口に運びます。

 

「あ……の……、それ……」

 

 震える手で彼の摘まんでいる茶色い物体を指差します。

 トレーナーさんは構わず口に放り込むと、ボリボリ音をたてながら説明しだしました。

 

「ああ、今日はバレンタインだからな。毎年学生から結構貰うんだわ。ほとんど話したことないウマ娘からが大半なんだが、こんなおっさんの何がいいんだか……。まあ、学園に男が少ないし、大体義理チョコだろうしな。気にせずトレーニングの準備…………」

 

 ぶるぶると震える手で机にあった一つの箱をとります。綺麗に青紙で包装されたそれは赤いリボンで包まれ、気持ちの籠ったものであるのが一目で分かります。

 

 なんて軽薄な女共!他人のトレーナーに軽々しくこんなことをするなんて!

 

 自然と手に力が入り、くしゃりと包装紙が悲鳴をあげます。同時に包み紙の一部が破け、中身の一部が顔を出しました。

 

 トレーナーさんもトレーナーさんです!断りもせず、のうのうと受け取って……。例えギリチョコだとしても……。

 

 透明なプラスチックのカバーの下にハート型の古典的なホワイトチョコレートが見えました。そこにカブラギトレーナーの名前の一部がデコレーションされていたのも目に入ります。

 

 ギリ?何がギリチョコか!!

 

 私は思わず手にした箱を高々と掲げ、地面に叩きつけようとしました。

 

「お、おい!何してんだよ!」

 

 トレーナーさんが慌てた様子で静止します。滅多に聞いたことがない、彼の狼狽した声が高く上げた私の手を止めました。

 

 ……私、は、何してるんでしょうか……。

 彼に対して、見たこともない彼女らに対して何故これ程までの怒りが……?

 

 これじゃあまるで──

 

 私は未だぶるぶる震える手を抑えながら、手にした箱をゆっくりと彼の前に差し出します。

 

「……お、おう」

 

 困惑した様子で受け取るトレーナーさん。私とチョコの入った箱を見やりました。

 

 ……トレーナーさんは好意を寄せる女なら誰でもいいんですね……。

 

 もはや用意したチョコを渡す気にもならず、さっさと着替えようと踵を返しました。

 

「トレーナーが学生から貰うのは本当はちょっとマズイんだが、あいつらの想いを無下にするのも嫌でな……。俺も規則を礼儀正しく守るようないい子ちゃんじゃないからな。こんなに貰っちまった」

 

 ひき止めるように私の背中に語りかける。

 私は思わずその場で足を止めてしまいました。

 

 言い訳がましいですよ……。けど……。

 

 彼の言ってることは本当だ。この人は他人から委ねられた想いをぞんざいに扱ったりしない。

 

 優し過ぎるんですよ……。貴方という人は……。

 

「それにな……」

 

 私の思考は一旦途切れ、彼の言葉に耳を集中しました。

 

 

「やっぱりなんだかんだ言って、結局担当バから貰うチョコが一番嬉しいんだわ」

 

 

 私は彼の方に向き直ると鞄から包装紙にくるまれた箱を取り出して彼の手に無理矢理押し付けました。

 

「……これ……」

 

「勘違いしないで下さい。これはあくまでギリギリのチョコですから」

 

「……ギリギリ? 」

 

 何故か困惑する彼を尻目に、私は机を占拠する箱を一睨みしました。

 

「ああ、そういやお前宛のチョコもあったんだ」

 

 私の視線に気付いたのか、トレーナーさんは机の大半を占める特大の箱を軽く叩きました。

 

「えっと……、それが私宛の、ですか?」

 

「ああそうだ。同性からこんなの貰うなんて愛されてるな」

 

 同性?もしかして、エルのいたずらでしょうか?

 

 そんなことを思いながら、特大包装紙に挟まれたメッセージカードを手にとってそれを目で読みました。

 

『シンザンから未来の妻、グラスワンダーへ

 ボク達の愛は永遠だよ』

 

 

 

 

「おい、なんで怒ってるんだ?」

 

「いいえ~。怒ってなどいませんよ~。私一人でこんなに食べられないので、このプレゼントはトレーナーさんにあげますね~。勿論、他の方に配っていただいても大丈夫ですよ~」

 

 ぐしゃりとメッセージカードのひしゃげる音が響きました。私は今度こそトレーナー室を後にしようと扉に向かうと、

 

「カブラギさーん。お届けものでーす」

 

 男の人の声が扉越しに聞こえてきました。

 

「どうぞ」

 

ここを訪れた珍しい客は、私が開けてあげた扉から両手に抱える程の大きさの荷物を持ってトレーナー室に入ってきます。

 

「私、受け取りますね~」

 

 男の人が両手で抱える程の大きさながら、実際に持ってみるとそこまで重くはありません。

 

 受け取りのサインを書いているトレーナーさんを横目に、はしたないとは思いながらも好奇心で誰から来たのか思わず見てしまいました。

 

『桐生院 葵』

 

「この荷物は私が捨てておきますね~」

 

「なんで!?」

 

 

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