きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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さ迷う想い

 

 

 

 

 世界の中に() はいるのかと問うた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗くなった病室で知らない天井を見上げながら考える。

 私の脳は麻酔のせいかぼんやりと霧がかったような思考の中にいた。

  それでも麻酔の抜けない体を動かすことも出来ず、私はただ黙って上を見つめて思案の真似事のようなことをしていた。

 

 それしか出来なかったから。

 

 

 

 

  そうしないと私の中の何かが堰を切って壊れてしまいそうだったから────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイレンの音が五月蝿(うるさ)かった。

 

 患者を乗せた緊急車両はしかし、そのけたたましさとは裏腹に、走るスピードはそれほど速くもなかった。

 

 少し前の私なら、ウマ娘用の道路を走っていった方が速く移動出来ただろう。だが、今は僅かに揺れる振動でさえ、私の脳に痛みを与えていた。ウマ娘が何よりも頼りにしているその足から。

 

「きっとカブラギくんは仕事が入ったのよ。貴方が皐月賞を獲ったのだもの」

 

 ガタガタと揺れる車体の中で、私に付き添った女性は慰めるようにそう口にする。車内には私と彼女、そして看護師の三人しかいなかった。同期の皆がウイニングライブを終える前にせっかちな救急車が到着して私の体は有無を言わせず車両に押し込められた。そして肝心の私を支えてくれるはずの男は救急車が到着するまでついぞ姿を見せてはくれなかった。

 皮肉にも唯一の同行者となった彼女は、長い栗色の髪をかきあげ、なんだか申し訳なさそうな表情を張り付けて窓の外を見やった。そんなウマ娘が視界に入り、私の感情は再度沸き立つ。

 

 貴女の目に、私は憐れに映んですか──?

 

 ふつふつと煮え立つ怒りの矛先は、本来ならあの男にぶつけるはずのもののはずだった。けれど今この場で吐き出さないと私は正気を保っていられそうになかった。

 

「……私は皐月賞に勝ってなんかいません。私は負けました。はっきりと。あのシンザンさんに……」

 

「……そんなこと間違っても言うものではないわ。喉から手が出るほど欲しくても出場さえ出来ないウマ娘は五万といるのよ……」

 

 それは────

 

「それは、貴女のこと……ですか?マルゼンスキーさん……」

 

「…………」

 

 沈黙。

 車内に流れる心拍を測る一定の機械音が私達の静寂に波紋を落とした。

 私はマルゼンスキーさんの伏せた顔をまともに見られずに、電柱が流れる車の窓に視線を向けていた。

 

「……きっと、」

 

沈黙を破り語りだした彼女の声は少し震えていた。間違いなく車体の振動のせいではなかった。

 

「私は、カブラギくんがトレーナーじゃなかったら、出走出来なくて悔しいなんて思わなかったと思う。あの人が、誰よりもクラシック級に出させようとしてたから……」

 

 再度の沈黙。

 やり場のない彼女に対する想いが胸の中で膨らむ。

 

 ……何?この気持ち?

 

 私の中で膨らむ、きっと知っているであろうその感覚に目を反らして見ないようにするのに必死だった。

 

「……貴女は……マルゼンスキーさんは、カブラギトレーナーさんにとっての何なんですか?」

 

 しかし、口からついて出た言葉は私の思いもよらないそれだった。

 

 私は自分のセリフにハッとし、思わず彼女の方に視線を向けてしまった。

 端正な顔立ちの中に光る(みどり)の瞳は驚いたように見開いた後、自分の子供を見るような慈愛の眼差しを私に向けてきた。

 

 してはいけない質問をしたような気がして、私はすぐに視線を反らすが、脳裏には彼女の慈しむその表情が張り付いていた。

 

「そう……。そういう……」

 

 自分を納得させるような優しい声色が車内に響く。

 私はなんだか勝手な解釈で自分自身を見透かされたような気がしてさらに怒気が膨れ上がった。

 

「私ね、きっと『恋』してたと思う」

 

 彼女は私の質問に答えず、穏やかな口調でそう言った。

 チラと覗き見た彼女の顔は昔を懐かしむように窓の外の遠くを見つめていた。

 

 何故この人がこんなことを言うのか、私は理解したくなかった。

 

 

 

 分かってたはずなのに──

 

 

 

「けど私は当時学生で、彼は指導者。それも新人の。仕事仕事で学園内を走り回ってた彼の背中をつい目で追ってた」

 

 

 

 …………聞きたくない。

 

 

 

「私自身、その感情が分からなくて、もやもやしたまま卒業しちゃった。今も確証はないけど、きっとあれは…………」

 

 そこまで言うと彼女は口をつぐみ、私の方に視線を投げ掛けた。

 

「……わたし、私は…………!!」

 

  彼女の問いかけるような視線に思わず口が開き、車内に私の叫びが充満した。

 

「っ…………………」

 

 しかし、次の言葉が出てこず、私の口は間抜けにもパクパクと開閉するだけだった。

 

 ──私にとって、あの人は…………。

 

 あんなことをされた直後、本当は考えたくもないはずなのに、一方でトレーナーさんのことを思うと甘酸っぱい感覚を覚える自分がいることを否定できなかった。

 

「……少し、ほんの少しだけ、妬けちゃうわ。学園生活はまだ長いわ。自分の気持ちに素直になって、後悔しない選択をしなさい」

 

 まるで心の中を覗かれたようなセリフを投げ掛けられるが、何故か先程とは違い、不快な感じはしなかった。

 

 マルゼンスキーさんはそれ以降黙ってしまった。私ももう話しかけることはなく、車窓から覗く憎たらしい太陽が車を追いかけて、私の瞑った瞼の裏を赤くしていた。

 

 

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